パンデミック初期、程度の差こそあれ、世界中でロックダウンが行われそうなことは明らかだった。当然のことながら、トイレットペーパー(および、そこまでではないがペーパータオルとティッシュ)が飛ぶように売れた。店側は突然、人間が消費する最も基本的で便利なモノの1つが売り切れていることに気づいた。
このレベルまで人々が備えるというのはかつて見られなかったし、サプライチェーンの準備も整っていなかった。サプライチェーンは依然としていつも通りのスピードで動いていたため、需要と供給の間にギャップが生じた。
パンデミックがさらに進行すると、基本的な商品の供給というこの問題は、個人用保護具(PPE)の安全の限界を引き伸ばしていた最前線の労働者に移った。これにより需要の急変によるサプライチェーンへの影響が明らかになった。企業は自社の設備を保護具と手指消毒剤の生産に再利用し始めた。手っ取り早く利益を上げる目的の企業もあれば、サプライチェーンのニーズを満たす目的の企業もあった。
政府や企業は緊急に対応した。サプライヤー候補からの申し出をまとめるスプレッドシートがあったようだ。
この間、市場全体を概観することは困難だった。品質、仕入先の検索、価格変動があらゆるところで混乱を引き起こしていたからだ。製造元を追跡し、製造施設の品質管理に関するデータを入手することはほぼ不可能だった。市場は粗悪な製品や偽物で溢れかえっていた。サプライチェーンの構造に関する解説記事が初心者向けガイドとともに出始めた。
消費者は、現状のシステムがこういった激変のために構築されたものではないことを理解し始めた。
再考を促される企業の調達戦略
我々がはっきりと目撃したのは、企業はサプライチェーンをほとんどコントロールできないということだ。大半の企業は通常、直接の調達先に関して穏やかに機能するリスク計画しか用意していない。我々のほとんどがXbox Series XやPlay Station 5なしでこのホリデーシーズンを過ごさなければならない理由はこれだと察しがつく。そうしたゲーム機は1つの調達先からの部品で作られる製品ではない。1つのゲーム機を作るために多数の部品と材料が使われる。
外装材の仕上げ工程から、染色のための材料、各種プラスチック、低コスト国に生産拠点を設ける必要性といった要素すべてが、物事が正常に動かない場合には生産を遅らせる可能性がある。ゲーム機を分解すると企業、プロセス、材料、国からなる非常に複雑なマトリックスを見てとることができる。
もし我々が、ゲーム機の各部品の旅をすべての材料、関係する人間、企業、場所をわかりやすく表現し、直接可視化できれば、サプライチェーンの非効率性がどこにあるのか特定できる。
すべての材料と部品はサプライチェーンのどこかを通るが、その過程でストーリーは失われる。個別具体的なデータは入手できないため、企業と国のいずれも、サプライチェーンを混乱に陥れる世界的な出来事に備える効果的なリスク計画の作成に苦慮している。
現在、ほとんどの人が気づかぬところで革命が起こっている。分散型台帳技術(ブロックチェーン)により透明性をサプライチェーンにもたらすことが可能になりつつあるのだ。
脆弱性を特定する
企業が自らを守るためリスクの所在を把握しようとするなら、いろいろ掘り下げて考える必要がある。そのためには、直接の調達先やそのまた調達先をはるかに超え、流通施設や輸送ハブを含む完全なサプライチェーンのマッピングが必要となる。これは時間と費用がかかるため、ほとんどの大手企業は支出の大部分を占める戦略的な直接の調達先にのみ注意を向けてきた。
だが、サプライチェーンを詳しく調べるよりも、ビジネスを停止させる突然の混乱の方がはるかにコストがかさむ可能性がある。
マッピングプロセスの目標は、サプライヤーを低・中・高リスクに分類し、適切なリスク緩和戦略を練ることだ。ただしこのアプローチは、サプライチェーンの任意のポイントで異なるサプライヤーが生成するデータにアクセスできる場合にのみ可能となる。その場合はデータを信頼することができ、分析が可能になる。
目的は遅延や混乱を早期に警告し、調達先の多様化または主要な材料や品目の備蓄を可能にすることだ。もちろんこれはすべて不確実だ。トイレットペーパーがなくなってからわずか数カ月後にはワクチンが普及している。
パンデミック、ワクチン、サプライチェーン
我々がグローバルで自由な市場だと思っていたものが2020年試された。医薬品会社は、インドで生産された頭痛薬の有効成分など、いくつかの主要成分を調達できない事態に直面した。すべては自国で必要とされる商品を確保するための国同士の戦いになった。この傾向は、貿易におけるナショナリズムと保護貿易主義の高まりによっても強化された。サプライチェーンの管理と可視化の必要性は明白であり、民間部門だけでなく政府にとっても優先事項になった。
ワクチンの展開によりリスク、調達、プロセス管理という点だけでなく、品質と責任という点からも上記の問題が発生する。偽物からサプライチェーンプロセスの極めて特定のポイント(Reuters記事)を標的とするすでにアクティブなサイバー攻撃(ワクチンは特定の温度で出荷・保管する必要がある)まで、製造におけるすべてのタッチポイントのストーリーを伝える分散型物流システムの必要があろう。だがすでに見られるように(The Washington Post記事)、政府が自身のサプライチェーンに対するニーズを管理できないなら、こうしたことはそもそも問題にすらならない。
新型コロナウイルスのパンデミックから教訓を得ることは可能だ。企業と業界全体が政府と緊密に協力して、グローバルなサプライチェーンモデルを再考し変革する時が来た。1つ確かなことは、パンデミックがすでに多くの組織、特に原材料または完成品を世界中からの調達に大きく依存している組織の脆弱性を露呈したということだ。
幸いなことに、サプライチェーン全体の可視性を高め、リスクを軽減し、次のパンデミックという変動性に対処できるインフラを構築する新しいサプライチェーンテクノロジーが登場している。サプライチェーンに沿って提供されるデータの説明責任と信頼を確保するためのソリューションとして、分散型台帳テクノロジーが有用であることはすでに証明されている。デジタルサプライネットワークは、線形サプライチェーンモデルに徐々に取って代わり、機能別のサイロを分解し、エンド・ツー・エンドの可視性、コラボレーション、機動性、最適化を実現する。
これは将来に向けた朗報だ。家から働き、トイレットペーパーを備蓄し、更新ボタンをクリックしてまったく数が足りないゲーム機がカートに追加されているのを期待するような1年を過ごしてきた我々は皆、今やサプライチェーンロジスティクスの専門家だからだ。
【Japan編集部注】Jens Munch Lund-Nielsen(イエンス・ムンク・ルント・ニールセン)氏は、IOTA Foundationのグローバルトレードおよびサプライチェーンの責任者。
画像クレジット:chain45154 / Getty Images
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(翻訳:Mizoguchi)