テック業界は従業員、経営幹部、ベンチャー投資家の支援を受けた創業者、ベンチャーキャピタル企業、取締役における多様性が圧倒的に欠如しているという問題に長い間取り組んできた。そして業界全体でさらなる多様化に向けて努力をしているにもかかわらず、テック業界の大部分は依然として白人と男性が占めている。
長年にわたり、テック業界における多様性の欠如はいわゆるパイプライン問題に起因している、と多くの人が主張してきた。つまり、テック業界で多様性が乏しいのは、多様なバックグラウンドを持つ有能な人材が不足しているからだという主張である。
Uber(ウーバー)のチーフダイバーシティオフィサーであるBo Young Lee(ボー・ヤング・リー)氏がTechCrunchに語ったところによると、テック業界における多様性の欠如はパイプライン問題によるものでないことを証明する十分に確立されたデータがあるとのことだ。
「パイプライン問題だと主張したいのであれば、まずそのパイプラインから人材を採用したと主張しなければなりません」と同氏はいう。「これはパイプラインの問題というより、採用プロセスの問題なのです」。
しかし、パイプライン問題が存在しないことを示す証拠があるにもかかわらず、パイプライン問題は存在するという考えは、少なくともある程度は一般市民の心理に残っている。多様性、公平性、一体性(DEI)のコンサルティング会社Paradigm(パラダイム)のディレクターであるCourri Brady(クーリー・ブレイディ)氏は、パイプライン問題の神話からまだ抜け出せない人々がいることを認めている。
「私が個人的にサポートしている企業の中にも、パイプライン問題が存在するという認識がある程度残っている企業があります。しかし、いくつかの力学が働いています」とブレイディ氏はTechCrunchに語った。
ブレイディ氏によると、これらの力学の1つは、テック企業内で比較的固定化されている採用プロセスに関係しているという。
優秀な人材を輩出するのは、特定の学校やプログラムといった特定の集団だけであり、そうした人材は多様性に欠けると企業が確信しているなら、問題は長期化するだろう、とブレイディ氏はいう。
AI Now Institute(エーアイナウ研究所)で人工知能におけるジェンダー、人種、権力の研究リーダーをしているJoy Lisi Rankin(ジョイ・リージ・ランキン)博士は、パイプライン問題の歴史を積極的に研究している。今後6カ月以内に、その研究をレポートとして出版し、書籍化する予定もある。ランキン氏は親切にも、これまでの研究の一部をTechCrunchに紹介してくれた。
「大局的には、1970年代以来、人々は何らかのかたちでパイプライン問題を語ってきました」とランキン氏はいう。「それ以前は、ある分野で博士号や修士号を取得しているのは誰か、ある分野で一流の仕事に就いているのは誰かなどが重視され、パイプライン問題は多くの場合いわゆるマンパワー問題のようなものでした。重視されるのは常に個人でした。組織や構造ではなく、人を追跡することが重要でした。だからこそ、パイプライン問題が多くの罪の便利な言い訳になり続けるのだと思います。パイプラインの話をすることで、米国ではすべてが平等であるかのように見えるからです。そして、人々がパイプライン問題という考えを持ち続けるようにする方法を見つけさえすればよいのです。一方で私たちがSTEMパイプラインについて考えるとき、米国における教育は生まれた時からずっと平等であったことがないという事実について語ることはありません。これが真実です」。
もちろんBlack Girls Code(ブラック・ガールズ・コード)、Girls Who Code(ガールズ・フー・コード)、Code.org(コード・オルグ)など、子どもたちにテクノロジーを紹介するためのプログラムはある。しかしランキン氏がいうには、こうした問題はSTEM教育よりも深く浸透している。
「長い間、どこかの大学に入学するには一定のSATスコアが必要でしたし、大学院に入学するには一定のGREスコアが必要でした」とランキン氏はいう。「しかし文字どおり何十年にもわたる研究によると、SATスコアは大学での過ごし方や学生としての在り方にはまったく相関関係がありません。SATスコアは、人種にも関連する家族の裕福さや、家庭教師などを利用できるかどうかと密接に関連します。一方で、大学生の時に取得した資格認定が必要になる場面は次から次へと登場します」。
ランキン氏によると、教育システム全体は、昔から資格認定を通して知識の門番として機能してきた。
「資格認定は、ある種の門番のようなもので、誰が権限を利用できるか、誰が利用できないかを管理するものです」とランキン氏はいう。「シリコンバレーのテック企業が、いかにして実力ではなく均質性を優先しているかを示すために、数年前にこの言葉が新しく作られたのだと思います。シリコンバレーでは、自分と似たような資格を持ち、同じような学校教育を受けた人を採用します。だからといって、資格認定のある人が必ずしも有能であるとは限りません。あらゆる種類の多様性が、さまざまな状況でより良い仕事とより良い成果をもたらすことはよく知られています。しかし特定のタイプのいわゆる資格や証明書だけを重視すると多様性は生まれません」。
「教育以外にもパイプラインは存在します。私が『もう1つのパイプライン』と呼ぶ『ゆりかごから刑務所までのパイプライン』や、『地位が低く入れ替わりが激しいH1Bビザ労働者のパイプライン』などもあります」とランキン氏は述べている。
「パイプラインは『これらの企業が人種差別主義者、白人至上主義者、女性差別者であり、こういった組織や大規模な社会的・世界的資本主義構造こそが根本から変わる必要がある』と発言するための手段ではなく、あらゆる問題を切り離して『私たちはもっと多くの黒人女性をテック業界に迎える必要がある』と発言するための手段です」。
ランキン氏によると、1950年代から60年代にかけて、しばしば女性が手作業でコンピューティングの仕事をしていたという事実は、このパイプラインという概念で捉えられていないという。当時、多くの人がコーディングは女性の仕事だと考えていた。
「コンピューティングが社会的にも経済的にも政治的にも、いかに重要であるかが明らかになってから10年ほどで、この専門的職業は男性がやるものになりました。特定の種類のコンピューティングやプログラミングが文化的に価値を持ち始めると、給料の高い多くの仕事が男性に移っていったことは確かです。仕事の内容が変わったわけではありません。仕事に対する評判が変化したため、仕事の性差のつけ方が変化したのです」。
これらは、ランキン氏が自身の研究論文の中で概説する考えのほんの一部にすぎない。同氏は、この論文が、多様性、公平性、一体性についてのテック業界の会話を変えるきっかけになることを期待している。ランキン氏は、テック業界がパイプラインを言い訳にするのではなく、不平等、人種差別、女性蔑視や、ミクロの不平等がマクロの問題につながる仕組みをもっと重視することを望んでいると述べた。
ランキン氏の報告書には、教育を真に公平なものにするための努力や監視への取り組み、学校から刑務所へのパイプラインなどに関するいくつかの提言も含まれる。同氏はまた、給与データは公開するべきだと考えている。
「給与に関する透明性が高まれば、より実りある会話ができるようになります」とランキン氏はいう。
先にPinterest(ピンタレスト)の元従業員Ifeoma Ozoma(イフェオマ・オゾマ)氏は、カリフォルニア州上院議員Connie Leyva(コニー・レイバ)氏の後ろ盾を受けて、職場での差別や嫌がらせを経験した人々に権限を持たせる法案を提出した。Silenced No More Act(SB 331)(もう黙っていない法)は、あらゆる形態の差別や嫌がらせのある職場環境において機密保持契約の使用を防止するものだ。
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「これは間違いなく正しい方向への第一歩です」とランキン氏はいう。
提案された法案は、レイバ氏が起草し、2019年に施行された「Stand Together Against Non-Disclosures Act」による労働者の保護を拡大するものである。オゾマ氏と元同僚であるAerica Shimizu Banks(エアリカ・シミズ・バンクス)氏は2020年、人種差別と性差別の両方について訴え出た。最終的にはPinterestと和解したが、STAND法は、厳密にいえば、性差別の告発に関して彼女たちを保護したにすぎなかった。この新しい法案は、人種差別の告発についても労働者を保護することを保証している。
「今回の法案はテック業界だけでなく、みなさんの業界にも重要になるでしょう」とオゾマ氏は私に話してくれた。「物事に横断的に取り組まない限り、真の進歩はありません。私たち全員が得た教訓はこのことです。そう私は信じています」。
AI Nowのファカルティディレクターであり、2018年のGoogleストライキの共同主催者でもあるMeredith Whittaker(メレディス・ウィッタカー)氏は、この種の法案は絶対に必要だと述べている。
「構造的な見地から、問題を告発せずに、有害で差別的なテック環境を変えるつもりはありません。それは明らかです」とウィッタカー氏はTechCrunchに語った。「私たちは何十年もDEI(多様性・包括性・平等性)のPRに失敗してきました。何十年もの間、人々はパイプラインを非難してきました。そして、何十年もの間、Ifeoma(イフェオマ)氏、Aerica(アエリカ)氏、Timnit(ティムニット)氏といった優秀な人材は嫌がらせを受け、このような環境から追い出されてきました。そして多くの場合、人々は自分の経験について話すことができないため、差別的環境の深刻な毒性(企業や職場の構造的な業務手順に差別が植え付けられる慣習)が公表されることはありません」。
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また雇用や企業の採用についても透明性を高める必要がある、とランキン氏は述べた。多様性に関する目標をいち早く掲げた企業の1つであるPinterestは、女性エンジニア、マイノリティのエンジニア、マイノリティの従業員の採用率を2020年に公開した。しかし、学校、コーディングブートキャンプ、その他のプログラムとの提携による新規採用者がどれだけいるかなどを公開し、さらに透明性を高める余地がある。
Uberの多様性に関する最新のレポートでは、大学新卒者採用や、多様化するインターンシッププログラムなどについて言及しているが、同社が報告したデータでは、それらの取り組みから採用につながった人数は明らかにされていない。
Uberのボー・ヤング・リー氏によると、同社はトップ・オブ・ファネルのパイプラインを適切に追跡し、有能な人材が集まっているかどうかを確認しているという。これはマンスフィールド・ルールと呼ばれるもので、ルーニー・ルールをさらに2、3歩進めたものである。ルーニー・ルールは、欠員のある役職に対して少なくとも1人以上の多様性に富む候補者と面接することを企業に求めている。Uberがこれに正しく取り組めば、その採用パイプラインの14%は黒人とヒスパニック系になるだろうと、リー氏は2016年ニューヨークタイムズ紙の工学系卒業生に関する記事を引用して述べている。Uberはマンスフィールド・ルールを導入したばかりだが、データの一部を公開する予定があるという。それがどういうものか、まだはっきりしていないが。
一方、Google(グーグル)の多様性に関する最新のレポートでは、ラテンアメリカで1300人以上の女性が、GoogleボランティアとGoogle.orgからの助成金を利用して、どのようにウェブ開発とUXデザインの訓練を受けたかを紹介している。その結果、参加した女性の75%がテクノロジー関連の仕事に就いたとGoogleは述べている。しかしGoogleに就職した女性の人数には言及しなかった。
同じレポートの中でGoogleは、米国内の15のHistorically Black College and Universities(HBCU)、39のヒスパニック系教育機関、9つの女子大学から人材を採用したと述べている。聞こえはいいが、2020年12月に、Googleの元多様性採用担当者であるApril Curley(エイプリル・カーリー)氏は自分が解雇された経緯を明かした。カーリー氏は「黒人やヒスパニック系の学生をパイプラインから締め出すために、あらゆる人種差別的発言が行われていることに気づいた」後、解雇されたという。
「当社には、HBCUと提携して関係強化を図る専用チームを含め、黒人やその他のマイノリティの採用を増やすために、非常に熱心に取り組んでいる大規模な採用担当者チームがあります」とGoogleの広報担当者はTechCrunchに対して述べた。「この取り組みは非常に重要です。2019年には19のHBCUからの卒業生を受け入れ、過去十年間で800以上の学校に採用活動を拡大しました。同時に私たちは、全身全霊を尽くして、開放的で支援的な職場を維持しています。カーリー氏の解雇についての説明には賛同できませんが、同氏の主張へのコメントは差し控えさせていただきます」。
Googleでの出来事であろうと、他のテック企業での出来事であろうと、ランキン氏が問題にしているのは、採用プロセスの透明性が全体的に欠如していることだ。
「独自のパイプラインは問題が多く不公平です。しかし大規模な問題を取り除き、個人だけが注目されないようにするにはどうすればよいでしょう」とランキン氏はいう。
ランキン氏はテック企業の内部で働いているわけではないので、DEI部門の内部事情を語ることはできないが「事態を改善しようとしている優秀な人材がいると信じている」と述べた。
「これは教育と視点の大きな問題です。工学の学位を取得したり、テック企業に就職したりするところまで、どうたどり着けるかが重要であり、深く根ざした歴史的・構造的な問題として人種を考える必要がなかったのです」と彼女はいう。「こうした大きな問題のいくつかを無視すれば都合が良いと思いますが、特にここ数年の出来事を考えると、知らなかったでは済まされません」。
画像クレジット:TechCrunch/Bryce Durbin
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(文:Megan Rose Dickey、翻訳:Dragonfly)