スペインはスタートアップを支援する法案の成立を目指して準備を進めている。最近ベールを脱いだこの大規模かつ大胆な改革計画は、2030年までに同国を「スペイン起業国家」(若干ぎこちない西和翻訳だが)に作り変えるという、実に壮大な目標を掲げている。
ペドロ・サンチェス首相は2020年12月、ウェブサミットの壇上で、間近に迫ったスタートアップ法の導入を発表し「高等長官」という役職を新たに設置することを発表した。高等長官の任務は、関連するすべての政府省庁と協力して全国規模の企業経済変革を成し遂げることだ。
この戦略は主に、スタートアップ投資を増やし、人材を惹きつけて確保すること、さらに、スケーラビリティを促進し、公共部門のイノベーションを進めてスペインのデジタル開発を支援できるようにすることを目指している。
上記のスタートアップ法は、スタートアップ分野に特化した同国初の法律である。スペインでの起業を簡便化することを目的とし、税の軽減や、海外からの投資に対する奨励金も導入するこの法律は、画期的なものになるだろう。
スペインの創業者と話してみると、行政、税金、資金調達など、彼らが不満を感じている問題が嫌になるほどたくさん出てくる。さらに、より大きな問題には文化が関係している。例えば、スタートアップが大きな視野で考えていない、リスクを冒して投資する貪欲さが投資家に欠けている、さらには、起業家に対する嫌疑心のようなものが投資業界に限らず社会全体に存在している、といった問題だ。一方で、スペインを本拠地とする投資家たちは、行政面での改革およびストックオプションの改正を待ちきれずにウズウズしている。こうした問題すべてを改善することが、スペイン政府が自ら決めた当面の使命だ。
TechCrunchは、スペインの起業国家戦略を監督する高等長官に任命されたFrancisco Polo(フランシスコ・ポロ)氏に、スタートアップエコシステムの成長計画に関する詳細と、起業家が最初に目にすることになる変化について話を聞いた。
「スペイン起業国家機関は首相直下の新設機関だ。つまり、国家使命を果たすという1つの目的のために各省庁間の調整を図ることができる首相権限の機関がスペインで初めて設置されたことになる。今回の国家使命の目標は、スペインを起業国家に作り変え、歴史上最大の社会的インパクトを生み出すことだ」とポロ氏はいう。
「我々の仕事はすべての省庁間の連携を図ることだ。機関として目指す一連の目的がある。第一に社会的インパクト、つまりスペイン起業国家戦略に含まれるさまざまな対策だ。第二に、この国家ミッションを軸として全員を一致団結させ、さまざまな派閥政党間の調整を図るという仕事もある」。
「最後に、『2030年までに、誰も置き去りにすることのない起業国家になる』というスペイン政府の決断を国民に周知することも注力している。以上が我々の仕事だ」。
大手企業の肩に乗ってスケールアップ
南ヨーロッパ諸国は、英国、フランス、ドイツなどの近隣諸国と比較して、スタートアップ投資を惹きつける力が弱い。その中でスペインは、そうした地理的に優位な国々となんとか渡り合っている。バルセロナ、マドリードなどの主要都市は、創業者たちにとって魅力的な場所として常に上位にランクインしている。これには、コストが比較的安いことや、地中海的ライフスタイルの人気が高いことが大きく貢献していると思われる。
スペインは、各都市の密集性、若者の失業率の高さ、オンラインでのコミュニケーションを喜んで受け入れる社交的な文化などが相まって、消費者向けのアプリを利用したビジネスにとって魅力的なテスト市場となっている。実際、スペイン市場は、2008年の金融危機で大打撃を受けた後、十数年にわたり、潜在的なディスラプト(創造的破壊)能力を実証してきた。
この期間に、(少なくとも成長速度と展望の大胆さという点で)世界的に注目を集めたスペインのスタートアップとしては、 Badi(バディ)、Cabify(キャビファイ)、Glovo(グロボ)、Jobandtalent(ジョブアンドタレント)、Red Points(レッド・ポインツ)、Sherpa.ai(シェルパ)、TravelPerk(トラベルパーク)、Typeform(タイプフォーム)、Wallapop(ワラポップ)などが挙げられる。
スペインの中道左派の連立政権は今、スタートアップ分野の指揮に本腰を入れることにより、経済と生産基盤における広範なデジタル化を推進しようとしている。ただし、ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)を織り込んだ形で、という条件付きだ。このデジタル化は「誰も置き去りにしないという断固とした原則」に基づいたものになる、とサンチェス首相は2020年12月に語った。
このため、サンチェス政権が長期間にわたって民間および公共部門の関係者に相談して絞り込んだ、エコシステムの支援と成長に必要とされる一連の政策措置は、社会的インパクトに細心の注意を払ったものになっている。つまり、デジタルセクターの規模拡大のみを大急ぎで推し進めてしまうと、同時に達成すべき目標であるさまざまなギャップの解消(地域格差、性別格差、社会経済的格差、世代間格差など)が実現されず、これらの格差がかえって開いてしまうのではという懸念を抱いているのだ。
「我々は政権内でも若い世代だ。我々の世代では、新しい革新的なシステムまたは産業経済システムを構築する際に社会的な影響を考慮しないということは考えられない。戦略モデルの根幹にインクルージョン政策も組み込んでいるのはそのためだ。つまり、この戦略全体は、男女間格差、地域格差、社会経済的格差、世代間格差を埋めることも目標にしている。歴史上最大の社会的インパクトを生み出せる起業国家を2030年までに構築することが最終目標だ」とポロ氏は説明する。
財源も確保されている。スペインは、EU全体の財源から受け取った「Next Generation EU」コロナ復興基金の一部をこの「起業国家」戦略に注ぎ込むつもりでいるからだ。
「具体的にいうと、2021年度には、戦略のさまざまな目的に予算が割り当てられる。策定を始めようと考えている主要な対策に15億ユーロ(約1950億円)以上を確保している。その後、2023年までに、45億ユーロ(約5860億円)以上が残りの対策に割り当てられる。つまり、基本的には、2021年から2023年までの期間でスペイン起業国家の基盤が形成されるということだ」とポロ氏はいう。
戦略の実施は関連省庁(必要に応じてプロジェクトの策定、法案の通過などを行う)に委ねられるが、そこでポロ氏の機関が政府のさまざまな部署や部門に「働きかけ」を行う。つまり、スタートアップと同じ立場に身を置いて「戦略が具体的に実施されるように支援する」わけだ。
この国家戦略では、起業家精神とスタートアップのイノベーションを、スペイン経済の既存セクターを形成するピラミッドの頂上で推進力となり「スペインが目指す革新的システムで陣頭指揮を執る」存在として位置づけている。「革新的な起業にのみ注力するつもりはない。スタートアップエコシステムと、実際にスペイン経済の推進力となっているセクターとの間で好循環を生み出す方法についても考えている。スペインのGDPの60%以上に相当する部分を動かしている10のセクターを挙げた理由もそこにある。これは最も重要な点だ」とポロ氏はいう。
リストに挙げられたセクターは、政府が支援を集中させて育てたいと考えているセクターだ。つまり、デジタル改革に熱心に取り組むことでより多くの利益を得られるセクターでもある。具体的には、観光と文化、モビリティ、ヘルス、建設と材料、エネルギーと環境保護、バンキングと金融、デジタル化と通信、農業・食品、バイオテクノロジーの各セクターだ。
「対象とするセクターをどこかの時点で絞り込む必要があると判断し、スペインのGDPの60%に相当するセクターを挙げることで、我々が求めている変化を加速するための明確な方向性を示すことができると考えた。基本的に、このモデルで実現したい変化とは、これまで封じ込められていた革新的な起業家精神が、原動力となるセクターで機能し始め、これらのセクターが互いに助け合うことでさまざまな問題を解決できるようになる状況のことだ」とポロ氏は説明する。
「例えば、投資の場合、大手企業が現在よりも投資を大幅に増やし始めたら、これも革新的スタートアップシステムへの道筋として加速していく。あるいは、スペインのスタートアップ企業とスケールアップ企業が、人材を惹きつけて維持するために海外企業と協力するようになったらどうだろうか。国として、より有利なポジションに立てるようになるだろう」。
「私が考える最高の例はスケールアップだ。大手企業の肩に乗っかってスケールアップするのが一番ではないだろうか。スペインにはさまざまな市場で世界クラスの国際的な企業が多数存在している。すでに市場に存在していて、ノウハウを持っており、短期間でスケールアップとして成熟するのを支援してくれる企業と一緒にスケールアップできるなら、それが一番ではないだろうか。このように、生み出すことができる好循環は多数存在している。推進力となるさまざまなセクターに広くアピールしていきたいと考えているのはそのためだ。これを実現するためにすべての国民の力が必要であることを国全体に知ってもらいたいと考えている」。
マドリードのEl Retiro Park公園の外に置かれたLimeのシェア用電動スクーター(画像クレジット:Natasha Lomas/TechCrunch)
デジタルデバイド
もちろん、デジタル化自体も格差を作り出す。これは、世界的なパンデミックではっきりと示されたことだ。このような状況では、学校に行けなくなった子どもたちの成長は、インターネットアクセス環境があるかどうか、コンピュターが使えるかどうかに大きく左右される。
すべての年齢層の働き手にデジタル化という同じ道を進んでもらうためにはある程度の再教育とスキルの向上が必要となるが、そのような大規模な産業転換を成功させるのはもちろん簡単なことではない。だが、たとえそうだとしても、ソーシャルインクルージョンを前提として起業家の育成を進めるという原則は重要なことのように思える。
「スペイン起業国家」を10年計画にしたということは、インクルージョンには時間が必要だという事実を政府も認識しているということなのだろう。
ポロ氏によると、このような長期の計画を策定することには、スペインの政策は短期的なものばかりだというよくある批判に対応する意図もあるという。同氏は「特にスペイン国内では、政策がいつも短期的な視野でしか考えられていないという批判が絶えなかった。この国家戦略は、現政権が短期的視野の問題に対応するだけでなく、スペインの将来にも備えようとしている証拠だ」と指摘し「長期的なビジョンを提示することは良いことだと確信しているし、それが社会の要求に応えることだと思っている」と付け加えた。
スペインには別の側面もある。この10年ほどで、デジタル技術の進歩が明確な社会的影響を与えたという申し立てを欧州の法廷に持ち込んで勝訴した国というイメージが定着したのだ。例えば、2010年には、あるスペイン人が自分に関する古い情報をインデックスから削除するようGoogle(グーグル)に要求したが拒否されたため、訴訟を起こした。その後、2014年に、欧州最高裁判所は俗に「忘れられる権利」と呼ばれる権利を支持し、原告勝訴を言い渡した。
Uber(ウーバー)の規制回避行為に対して訴えを起こし、勝訴したのもスペインのタクシー業界だった。このケースでも、2017年、欧州の最高裁は、ウーバーは同社が主張してきたような単なるテクノロジープラットフォームではなく輸送サービスであり、地元の都市の輸送規則に従う義務があるという判決を下した。
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それからしばらくの間、反ウーバー(および反キャビファイ)を主張するストライキが、スペインの路上でたびたび行われるようになった(ときには暴力沙汰になったこともある)。不正な競争を行っているアプリベースの同業者2社に対して法が適正に執行されていないと思われる、というのがタクシー業界の主張だった。
ギグプラットフォームは(欧州発のプラットフォームでさえ)こうした抗議行動を保護主義(または反イノベーション的)であるとして一笑に付す傾向があるが、彼らは自社のビジネスモデルの合法性に異議を申し立てる訴訟で頻繁に敗訴してきた(最近では英国最高裁で、ドライバー / ライダーは自営業者であるとするウーバーの分類を却下する判断が下された。これによりウーバーは多額の福利厚生費を支払う責任を負うことになる)。
これらすべての事例から言えるのは、スペイン社会には不公正に断固として抗議する気持ちが強い部分があり、華々しい最新のテックツールであっても、それが不公平な扱いの源泉になっているなら許すべきではないと感じると、積極的に、ときには本能的にこうした示威行動に出るということだ。つまり、スペイン人は自分にとって本当に重要なものとは何かを正確に把握しているようだ。
スペイン政府がスタートアップにやさしい政策を推進する国家戦略を発表した際に、誰も置き去りにしないこと(ソーシャルインクルージョン)をわざわざ強調した理由も、これで説明がつくかもしれない。
起業国家戦略に含まれる約50の支援政策の中では「スマートな規制」という考え方が言及され、(まずは規制準拠について頭を悩ませずに)製品を公にテストできるサンドボックス環境というアイデアが提案されている。
サンドボックス環境を公開するというアイデアは地元のギグプラットフォームGlovo(グロボ)から高い評価を得ている。グロボの共同創業者であるSacha Michaud(サーシャ・ミショー)氏は次のように述べている。「この考え方はとても重要だと思う。テスト段階で規制の悪夢に悩まされることなく製品やサービスをテストできる革新的なアイデアだ。これにより、イノベーションが大幅に促進される。この方法は金融サービスで効果的に機能するだけでなく、広範なテック領域にも適用できる可能性がある」。
ミショー氏によると、より多くの投資をスペインに惹きつけ、ストックオプションを改正し、地元企業の競争力を高めて人材を惹きつけられるようにすることも重要な優先課題だ。
同氏は、政府の起業国家戦略とスタートアップ法については全面的に支持するが、立法化には時間がかかると予想されるため、すぐに結果が出るとは思っていないという。
一方で、ミショー氏は、ギグプラットフォームを規制するために政府がすでに策定した計画には不満を持っている。そこでは、宅配業務がやり玉に挙げられていて不公平だと同氏はいう。労働省が取り組んできたこの改革は、ギグワーカーを自営業者として分類するギグプラットフォーム側に対して近年起こされた多くの訴訟を考慮に入れて策定されたものだ。それには、2020年スペインの最高裁でグロボが敗訴したケースも含まれる。
「グロボのケースでは、政府はライダーと宅配プラットフォームを規制することにのみ目を向け、その一方で、物流、サービス、搬入といった約50万人の自営労働者については現状維持を許している」とミショー氏は指摘し、このような扱いは「極めて差別的だ。ひと握りのテック企業のみを規制対象とし、IBEX35に含まれる従来のスペイン企業については現状維持を認めている」と語る。
労働法の改革の進捗状況について聞かれたポロ氏は、作業は進行中であるとだけ答えた。「彼らが行っている作業をすべて把握しているわけではない。私が知っているのは、おそらく君たちマスコミが知っているのと同程度のことだ。さまざまな企業に話を聞いているし、ギグプラットフォーム企業ともオープンな対話を続けている」と同氏はいう。
しかし、テック主導による働き方の変化を考慮に入れて規制改革を進めることが、より広範な意味での起業国家戦略における重要な要素ではないのか、と問われると、同氏は、この国家転換計画の「最終目標」は「雇用の量と質を上げることだ」という点も強調した。
「我々は常に、そのような質の高い雇用を継続して創出できる企業を育むよう努めている。スペインのさまざまなギグプラットフォーム企業が、この最終目標を理解していると認識している。彼らは、この目標の実現に向けて進むことで、企業も国も利益を享受することができることも理解している。そして、彼らが積極的に変革を行い、進化すれば、国も進化することになる」とポロ氏は語る。
本記事の執筆中、バルセロナの通りは、ラッパーのPablo Hasél(パブロ・ハーゼル)氏が自身のソーシャルメディアへの投稿(警察による暴行を非難するツイートなど)が原因で収監されたことに抗議するデモで大変な騒ぎになっている。スペインの裁判所は、ハーゼル氏の行為がテロリズムを美化するもので、刑法に違反していると判断した。
スペインの法律は長い間、テロリスト関連の領域において不当に厳しすぎると非難されてきた。例えば、Amnesty International(アムネスティ・インターナショナル)は、ハーゼル氏の収監を「表現の自由に対する過度かつ不当な制限」であると非難している。近代化を進める起業支援国家に変わろうとする一方で、裁判所がツイートの発言内容を根拠に容疑者を収監するというのは矛盾しているように思えるが、ポロ氏はその点を一蹴する(この法律に違反したアーティストや市民はハーゼル氏だけではない。いずれも、不面目なことに、ソーシャルメディアで発したジョークから始まっている)。
ポロ氏は次のように反論する。「矛盾するところは何もない。スペインは世界でも最も堅牢な民主主義国家の1つだ。これは何も我々自身が言っているのではなく世界的なランキングがそれを示している。さらに、スペインでは法の支配が機能している。このケースの場合、被疑者が法律で定められている一線を越えたことは明らかだ。言論の自由は無制限に認められるわけではない。他の人の権利を侵害しない範囲で、という条件がある。つまり、このケースは言論の自由とは残念ながら何の関係もない。パブロ・ハーゼル氏が収監されたのは、同氏がテロリズムを助長する発言をしたからだ」。
「ツイートでの発言が原因で収監」と聞いて国際社会はどう反応すると思うかと問われると、ポロ氏は、刑法を修正したいと考えているという最近の政府の発言を繰り返し「修正したい条項は確かにある。時代は進んでいるからだ。現在の我が国は1980年当時よりもはるかに成熟している。刑法にも修正すべき条項はある。しかし、そのことと、最近の事例とは何の関係もない」と付け加えた。
ラッパーのパブロ・ハーゼル氏の収監は言論の自由に反するとして抗議する、バルセロナ市内の街角の落書き(画像クレジット:Natasha Lomas/TechCrunch)
マインドセットを変えるための手段
より広範な文化的な課題、つまり、国家的なマインドセットをより起業家精神にあふれたものに変革する方法について、ポロ氏は、同氏に課せられたミッションの実現に自信を見せる。問題の全体像と国が提示している未来のビジョンにおける国民の位置づけの両方を国民自身が理解していること、そして政府が誰も置き去りにしないよう積極的に取り組んでいることを国民に分かってらもうことが重要だと同氏はいう。
ポロ氏は次のように説明する。「この点については自信がある。私が政界に入る前に従事していた職で蓄えた知識を活かせるからだ。マインドセットを変えるのに役立つと思う。私は以前、自分では到底できないと思っていたことが実はできることを理解する、つまり、マインドセットを変える方法を大勢の人に教えることを仕事にしていた。私の理解では、そのような文化的な変化を起こすためにまずやらなければならないことがある。それは、未来のビジョンを描くことだ」。
2030年までにスペインは起業国家になると同時に、歴史上最大の社会的インパクトを与えること、そしてそのための計画があることを我々が強く主張するのは、そのためだ。その計画では、起業に注目し、この新しい革新的モデルを引っ張ってもらう役目を果たしてもらう。経済の原動力となっているあらゆるセクターの力を活用して、世界的な経済国家としての成功を積み上げながらこの計画を実現していく。男女間格差、地域格差、社会経済的格差、世代格差をなくすために、この国家的戦略の基本部分にインクルージョン政策を含める理由もそこにある。
「文化的な側面を変えるには、国民を今の自分たちよりも優れた何かの構築に向けて団結させる必要がある。スペイン起業国家戦略によって、そのための最初の一歩を踏み出したと思っている。スタートアップ法がこの戦略と同じくらい重要だと言っているのは、そのためだ」とポロ氏はいう。
まもなく、スタートアップ法(別称anteproyecto de ley)の草案が提出される。この草案が閣僚会議で承認されると、国会での広範な審議を経て、必要に応じて修正が行われ、起業国家戦略と足並みをそろえて策定される最初の法律となる。これが、同戦略の最初の成果物となりそうだ。
ただし、この新しいスタートアップ法が成立するまでに、あとどのくらい時間がかかるのかは、まだわからない(スペインの政治には長い間、合意が欠如してきた。サンチェス首相の「革新連立政権」も、与党であるスペイン社会労働党による過半数の確保に2回続けて失敗した後にやっと確立された)。
法案可決に要する時間についてポロ氏は「それについてはまだ何とも言えない。承認までに要する期間は法案によって異なるからだ。ここで重要なのは、スタートアップ法にはすべてのプロセスが含まれているという点だ。つまり、承認に至るまでのすべての過程で完全に同意が得られるようにすることで、今後も堅牢な安定した法律になる」と説明する。
ポロ氏によると、エコシステムが「長年」求めてきたこの待望の法律が成立すれば、スタートアップの法的定義(他のタイプの企業との相違点を明確にするもの)から、スタートアップが人材を惹きつけて維持するための手段まで、多くの問題が解決されるという。
「ストックオプションを改正して、世界市場での人材確保競争で勝ち抜くための道具として使えるようにする必要がある」と同氏は言い、要するにスペインが、英国、フランス、ドイツなどの他の欧州諸国にはすでに存在している体制と競争できるようにすることが目標だと付け加えた。
「ビザも改正してそうした人材を再度、惹きつけ維持する必要がある。首相は投資の奨励、ある程度の減税についても話していた。エンジェル投資家にはより大きなインセンティブが必要であることは我々も理解している。プレシードおよびシードステージの投資については、法律で規定されたロジカルなシステムの導入が必要だ。他にもやるべきことはたくさんある。最終的な法案は経済産業省で作成され、その後閣僚会議に回される」と同氏は続ける。
ポロ氏は、スタートアップ法によって、スペインの創業者と投資家が持つあらゆる不満が即座に解消されるわけではないと警告する。当然だが、そこに至るまでには相当な時間がかかる。
「我々が戦略を立てるのもそのためだ」と同氏は強調する。「スタートアップ法への関心が高まっていることはわかっているが、私は常に、スタートアップ法と同じくらい重要なのがスペイン起業国家戦略であると言い続けている。スペインのエコシステムが抱える大きな問題を解決してくれるのは、まさにこの戦略だからだ。この戦略は、スペインが抱える4つの大きな課題に挑むものだ」。
「第一の課題は投資だ。我々はスペインでの投資の成熟速度を加速させる必要がある。投資件数は年々増えているし、状況は悪くない。今必要なことは、投資件数を加速度的に増やして、より早く成長し、近隣国(基本的にはドイツとフランス)との差を埋めることだ。この両国の投資件数はスペインの4~5倍にもなる。10年後には、スペインが欧州本土での革新的な起業家に対する投資をリードする存在になっていたいと思う」。
「第二の課題は人材だ。起業国家を構築するには、持てる人材をすべて注ぎ込む必要がある。そのため、国内の人材を育成することはもちろん、海外の人材も惹きつけて、その人材を維持する必要がある。さまざまなツール(仕組み)をスタートアップ法に含めることを検討してきた理由もそこにある」。
「第三の課題はスケールアップだ。スペインには、成功とはすなわち自社を売却することであると考えている企業がたくさんある。それはそれでまったく問題ない。だが、スペインが国として求めているのは、会社の売却を成功と同じ意味とは考えずに、世界中の他のスタートアップを買収することを考える企業が今後どんどん増えていくことだ。つまり、成長する企業、スケールアップする企業が増えていくことだ。今、大企業の構築を始めれば、2030年までには、スペインで質の高い数千の雇用が創出される。これが起業国家戦略の最終目標であり、最も重要な点だ」。
「第四の課題は、政権を起業家精神を持つ政権に変える、つまり、政権内において敏捷性を向上させ、ポジティブなベンチマークを打ち立てていくということだ。さらには、高リスクを厭わないベンチャーキャピタルファンドでさえできない投資をときには公的部門が行うことも意味する。こうしたビジョンを提示し、そのビジョンを達成するための手段を用意することこそ公的部門の役割だからだ。スペインのエコシステムが抱えるすべての課題のうち、この課題は戦略の中で組み立てる必要がある。スタートアップ法という1つの法律だけでなく、スペイン起業国家戦略に含まれる50の対策すべてを使って対処すべき課題だ」。
より包括的な起業国家戦略では、特定のプロジェクトによって今後2年間で策定すべき9つの優先アクションについて説明されている。ポロ氏は、このプロジェクトは、EUのコロナ復興基金によって近々に加速化されると見ている。
同氏は2つの優先プロジェクトを目玉として挙げている。1つは、起業家と政策立案者を広範なエコシステムに結びつけるネットワークを作ること。もう1つは、インキュベーターとアクセラレーターをつなげて創業者向けの国家支援ネットワークを構築することだ。どちらも、他の欧州諸国で採用されているアプローチから着想を得たものだ。
これらのプロジェクトの中にOficina Nacional de Emprendimientoというプロジェクトがある。これはフランスのLa French Techに強く触発されて立案したもので、起業家、投資家、およびエコシステムの他の構成要因が、中央政府、地域、CP評議会のあらゆるコラボレーション機会に参加するためのワンストップショップを作ることにより、それぞれの領域での起業家精神を向上させることを目的とする。
「また、Renace(Red Nacional de Centros de Emprendimientoの略)のようなプロジェクトもある。これもやはり、とても興味深い取り組みを行っているポルトガルのネットワークから着想を得たものだ。目的は、スペインのさまざまなインキュベーター、アクセラレーター、ベンチャービルダーをつなげることだ。まずはつなげて、そこから価値を付加していくのだが、その際にさまざまな格差に焦点を当てる」。
「Renaceでは、特に、地域間格差の解消に焦点を当てている。例えば、バルセロナに本社を置く企業に所属するカセレス在住のエンジニアと仕事をするとか、マラガで創業した会社に所属するバスク自治州在住のデザイナーのチームと仕事をするといったことができたら非常におもしろい。Renaceでは、国レベルで一体化することを目的としており、単に個々の都市だけでなく、起業国家になることを見据えている。スペインにはこうした仕組みを構築するポテンシャルがある。それと同時に、他にも多くの問題がある」。
フランスだけでもR&Dとデジタル分野の直接支援に年間数十億ドル(数千億円)を費やしている。スペインは、EUからの調達資金を加えても、財政的に豊かな北ヨーロッパ諸国の「エコシステム」の支出レベルにはおよびそうもない。しかし、ポロ氏によると、スペインの計画では、現在の予算と、集めることができるリソースを最大限に活用するという。したがって、Renaceプロジェクトでは既存のインキュベーターとアクセラレーターをつなげること(そして官民パートナーシップの形成などによって「新しい価値」を追加すること)が重要となる。
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「スペインの起業国家戦略を読めば気づくと思うが、この計画は、起業国家の構築を開始するために億万長者がテーブルの上に用意した資金で始めるといった安易なものではない。そうではなく、ビジョンを作成し、手持ちのさまざまなピースを組み合わせて堅実に築いていくものだ。スペインという国が持っているさまざまな資産をうまく連携させて、今手元にあるすべてのものを最大限に活用できるようにする、そんな計画だ」。
スペインはすでにスタートアップクラスターの最前線でよく健闘している、とポロ氏は主張する。欧州で「起業に最も適した都市」といった類のリストで同一国内の都市がいくつも上位10位にランクインしているのは、ドイツ以外ではスペインだけだ。「イノベーションを起こす起業家を求める世界的な競争」に参戦するスペインの都市が増えているため、こうしたリストにおけるスペインの順位はさらに上がっている、と同氏はいう。
同氏はまた「スペインのあちこちに、起業家がこの種の経済を形成するのを支援する場所になりたいと渇望している都市や地域が多数存在している。これからもっと増えるだろう」と指摘し、Renaceのソーシャルインクルージョンがもたらす価値に期待を寄せている。
「Renaceを通じて、前述の国家支援ネットワークを形成し、付加価値を生み出したい。ここでいう付加価値とは、サービスを提供し、公共部門と民間部門のパートナーシーップを形成して、国内に存在するさまざまな場所の価値を高めることだ。例えば、バルセロナにある会社が、カセレスなどの都市でたくさんのエンジニアを見つけることができたらどうだろう。カセレスは給与が安いためバルセロナの会社の競争力が高まる。カセレスで最高水準の給与を支払ったとしてもバルセロナで支払う給与の3分の2ほどで済む。こうしてバルセロナの会社は競争力を高めることができるが、効果はそれだけではない。カセレスの都市に住んでいて、ずっとカセレスにいたい、家族と一緒に暮らしたい、カセレスで一生かけてやりたいことがある、と思っているエンジニアはカセレスに残ることができる。これが、地域間格差を解消して、真の意味で統合されたスタートアップ国家として歩み続けていく方法の一例だ」。
「スペイン起業国家戦略の最終目標は、スペインをさまざまな危機の影響を回避できる国家に作り変えることだ。例えば、2008年のリーマンショックでは大半の脆弱な雇用が一夜にして失われた。失業者数が数万人単位で増えたほどだった。若者は特に大きな打撃を受け、失業率は55%を超えた。移民や50歳以上の人たちも同じだった。あのような事態は二度と起こしたくない。そのためにスペインには何が必要か、という点について深い議論が行われ、国の生産基盤を変える必要がある、という結論に達した」と同氏は続ける。
「革新的な起業セクターが先頭に立ってスペインの新しい経済モデルを推進する戦略を組み立てる理由もそこにある。このモデルでは推進役となるさまざまな経済セクターを活用することになる。つまり、この戦略に記載されている10のセクターだ。どのセクターも21世紀の戦略には欠かせないものである。これが、新世代の政治家によって立案された、新世代の野望に応えようとする戦略であることを考えるとなおさらだ。しかし、その戦略ではこの現象の社会的影響が考慮されていない。我々がインクルージョン政策の策定にも注力しているのはそのためだ」。
ポロ氏はスペインを旅して回ったときに出会った特に有望なスタートアップについて、具体名を挙げることはせず、その代わりに、近い将来必ずスペイン国内および(政府が望むように)海外でビジネスをディスラプトすると同氏が信じている「多数の超革新的企業」(バッテリー充電会社から、衣類の新しい製造方法に取り組んでいる小売りディスラプタまで、広範囲に及ぶ)に言及した(同氏は簡潔に「想像が追い付かないほどの多様なイノベーション」と表現した)。
ポロ氏は、自分の最重要使命は「世界中にスペインの存在を知らしめること」だと認め、次のように付け加えた。「我々があらゆる機会をとらえて取り組んでいるのは、これらの企業の認知度を高めることだ。スペインには、国として成功するために、そして、歴史上最大の社会的インパクトを生み出す起業国家になるために必要なものがすべてそろっていることを、スペイン人だけでなく世界中の人たちに知らせることが我々の使命だ」。
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画像クレジット:Juanedc / Flickr under a CC BY 2.0 license.
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(文:Natasha Lomas、翻訳:Dragonfly)