10月、Calvin Kasulke(カルビン・カスルケ)のデビュー小説「Several People Are Typing(……が入力しています)」で、私たちは新たな恐怖を感じる。もし自分が職場のSlackのワークスペースに閉じ込められ、Slackbotが自分の身体を乗っ取ってしまったら?カスルケ氏は「資本主義は悪であり、身体は牢獄である。しかし、身体を持たないことは身体を持つことよりももっと悪い」という。
「Several People Are Typing」は、すべてがSlackのメッセージのスタイルで記述されている。作者は、PR会社に勤務する登場人物1人ひとりのタイピングの特徴を記したスタイルガイドまで作成して、登場人物を実在する人間のように描いている。彼らはSlackのワークスペースの中で、ドッグフードのプロモーションの問題、社内恋愛、ジェラルドが「在宅勤務」をしている間に彼の窓際のデスクを誰が使うかという争いなどを話し合う。もはや自分の身体をコントロールできない(身体を持っていない)ジェラルドはオフィスに通勤することはできないが、上司は、ジェラルドがかつてないほど生産性を上げているので気に留めていない(文字どおりSlackの中に閉じ込められているのに、仕事以外に何ができるというのだ?)。ジェラルドが仕事から離れられるのは、Slackbotによってジェラルドとsunset.gifが一体化したときだけだ。Slackユーザーがgifファイルをアップロードするたびに、ジェラルドは彼らのワークスペースに移動する。sunset.gifと一体化しているのも大変そうだ。
TechCrunchの取材に対し、Slackはコメントを拒否したが、カスルケ氏はSlackはこの本を気に入っているはずだと考えている。というのも、この本の出版社であるDoubleday Booksは、(出版を受けて)Slackを使ったプレゼント企画を実施したからだ。しかしながら、この小説はSlack自体ではなく、私たちのワークスタイルを表現している。
The Atlanticは最近の記事で、Slackを「史上初めて、ユーザーに『自分はカッコいい』と思わせることに成功した企業向けのソフトウェア」と評した。カスルケ氏は、Slackスタイルの本というのはギミック(しかけ)であることを認めるだろうが、実際よくできたギミックである。Good Morning America’s Book of the Month(グッドモーニング・アメリカの「今月の1冊」)に選ばれたということは「肉体を得たばかりのSlackbotがミートボールサンドを早食いして、身体を持って生きることが期待したほど良いものではない、ということを身をもって知る」という問題作を、想像以上に多くの人が読んでいるということだ。しかし、カスルケ氏曰く「人間は自分が思っている以上に奇妙な存在」であり、この小説が、日によっては文章よりもチャットを見ることが多いという人々の心に響くのも不思議ではない。
Slackのメッセージ形式で綴られるこの本を参考に、TechCrunchはカスルケ氏にテキストでインタビューを行った。是非楽しんで欲しい。
amanda at 3:08 PM
Slackを使った背景や、Slackのメッセージだけで本を書こうと思った経緯を教えてもらえる?
calvin at 3:08 PM
この本を書いていた頃、僕はコンサルティング会社で仕事をしてた。Slackはしょっちゅう使ってたよ
毎日大量のSlackを書いてた。仕事に関することの他にも、Knicks(訳注:ニックス、バスケットボールのチーム)がプレーオフに進出すると思うか?とか同僚にDMしたりしてたよ
僕は脚本を書いていたこともあるけど、業務用のスラックとは長くてエンドレスな芝居のようなものだ
amanda at 3:10 PM
そうね、この本のおもしろいところはSlackで書かれるような会話しか書けないというところかしら。でもSlackではなんでも起こりうるから、私は本の登場人物がSlackでNSFW(訳注:Not Safe For Work、職場では閲覧注意)なことをチャットしていても驚かなかったわ。マーケティング会社のSlackでは当然のことでしょ?
理論上は上司はSlackのDMをチェックできるって知っているけど、みんな上司に見られたくないことをSlackでDMしてるわ
calvin at 3:11 PM
その通り!仕事の話ばかりしてると思うなんて合理的じゃないよ
業務用のSlackなんて、仕事上のコミュニケーションでは仕事内容しか書いちゃいけないっていう考え方に屈しているようなものだ
楽しみながら仕事をしちゃいけないっていうのかな?
みんなが見れるチャットとプライベートなDMには大きな違いがあって
こういった違いを書き分けるのは楽しかった
公の場で仕事をしている自分、グループDMで仕事中の自分、1対1のDMでの本来の自分は全部違うんだ
仕事では猫かぶってるけど
時々素が出るけど
amanda at 3:13 PM
Slackの言語学ってとってもおもしろいわよね。個人個人のタイピングの癖とか、相手によってどんな風に変わるかとか
(このインタビューもチャット形式で行うことで、これを実証している。)
calvin at 3:16 PM
笑。スタイルガイドも作った
誰がどういう風にタイピングするかっていうスタイルガイド
amanda at 3:17 PM
スタイルガイドはとっても良かったと思うの。だって、チャットだけで誰が書いているのかわからなければ、この本は成功しなかったじゃない?
でも、IRL(訳注:in real life、現実世界、現実では)ではチャットだけでどんな人かを判断しなきゃいけないことも多いと思うの
calvin at 3:18 PM
この本は全体がチャットで構成されていてそれぞれ書き分ける必要があったんだ。だから全員分ルールを作ったんだけど、普通人ってそんなに一貫性がないから、ルール通りにチャットしないこともしょっちゅうだし句読点を工夫した方が効果があることもあるんだよ
そうそう今ではオンラインでしかあったことのない仕事仲間がいっぱいいるよ、ヒュー!
amanda at 3:19 PM
この本は「ギミックみたい」って思われがちだと思うけど、びっくりするぐらい実生活に当てはまるわよね
びっくりといえば
この本って……その……ホラーなの?
悪役のSlackボットってどうやって思いついたの?
calvin at 3:20 PM
それがギミックだよ!ギミックって楽しいだろ?それと、本が単なるギミックで終わらないように、プロットや感情、思考、考察などの肉付けのりょほうを頑張ってみた
ごめん、両方だ
ちょっとわかりにくいかな?
Slackボットね
どうやったらジェラルドがSlackに閉じ込められているっていう状況を盛り上げられるかって考えて、現実世界の身体の運命を使えばプロットを強調できると思ったんだ
Slackのチャットのスタイルは保ったままで、読みやすく
amanda at 3:22 PM
Slackボットは食べることが好きなのね?
calvin at 3:23 PM
ボットは生身の身体で物理的な世界を楽しんでいる。ジェラルドが四六時中書いていたのと同じように
amanda at 3:23 PM
個人的にはあまりSlackボットを使ってなかったけど、もう絶対にボットは使えないわ
calvin at 3:23 PM
そうかい?Slackボットの動機ははっきりしてるよ。倫理観は持ってないから、文字どおり非道徳的なんだけど
まあそうだね
amanda at 3:24 PM
ある日突然自分がロボットだと気づいたら……パニックになるわよねえ
脱出してミートボールサンドイッチを食べようとするかも
Slackボットみたいに(ネタバレ注意)
他にもいろいろやってるけど
calvin at 3:24 PM
生身の身体があったらミートボールサンドイッチは絶対食べたい
煩わしいこの世で生きていたい理由トップ5だね
amanda at 3:25 PM
何が問題かっていうと、あなたが以前言ってたように「常時オンラインでなければならないと感じるような仕事では、いずれにしてもスラックから抜け出せなくなる可能性がある」ってことだと思うの
ジェラルドが「ほんとにSlackから出られなくなったんだよ!」と言い始めたのに、誰も彼を助けてくれないっていう話があるわね
みんな「ヘンなの」と思ってるだけで、上司はジェラルドの生産性が上がってるから気にもしていない(ジェラルドはSlackから逃げられないんだから、当然ね)
calvin at 3:27 PM
A.あまりに荒唐無稽。B. 現実だとしても魔法使いでもないただの人間になにができるか、ってことかな
自分だって会議に出たりメールを出したりメモを作ったりしなきゃいけない。自分はゴーストバスターでも魔法使いでもない。現実だとしてもジェラルドを助けることはできないだろうね、本当のことだとは信じてないんだから
もしジェラルドを信じるとしたら……自分にとっていろいろな意味でまずいことになるんじゃない?
amanda at 3:29 PM
Slackの人にどう思うか聞いてみた?
calvin at 3:30 PM
DoubledayとSlackは一緒にプレゼント企画をしてたよ
amanda at 3:30 PM
あら、すてき
calvin at 3:30 PM
オフレコで連絡をもらったことはあるけど
みんな超喜んでるって誰かが言ってた
プレゼント企画ってことは、本が欲しい人もいるんだよね(笑)
本を読んでSlackボットが怖くなったら知らないけど
amanda at 3:31 PM
Slackが悪いって言ってるんじゃなくて「資本主義とワークライフバランスの欠如が悪い」って言いたいんじゃないの?
calvin at 3:31 PM
資本主義は悪だし、身体は牢獄。でも身体を持たないことは身体を持つことよりももっと悪い
amanda at 3:31 PM
悪い労働条件はSlackやGmailが原因なの?
悪い上司がいけないんじゃないの?
よくわかんない!
calvin at 3:32 PM
Slackのことは非難してないよ、おもしろいプラットフォームだし
amanda at 3:32 PM
Slackの方がGmailより良いわよね。Slackだとこんな風にチャットできるけどGmailだったら絵文字も使えないしきっちり書かなきゃいけないし
calvin at 3:33 PM
労働条件は上司の要求と労働者の我慢によって決まるんだ
それから、この2つに影響を及ぼす経済や労働環境みたいなやつ
amanda at 3:35 PM
もう1つ聞きたいんだけど
GMAの今月の1冊ですって???
もう先月だけど
なにがどうなってるのか気になるわ
本当に良くておもしろくて、考えさせられる本だから超クールだと思うんだけど……ヘンじゃない!?
GMAを読んでる人って私が思っているよりヘンなのかしら……
calvin at 3:38 PM
そう、9月だね!
僕が一番驚いたよ!
amanda at 3:39 PM
ヘンだとは思うけど、私たちの現実の生活に一番近いのかも
calvin at 3:40 PM
僕はこの本に自信を持ってるから、お世辞じゃないと良いなって思ってる
GMAのブッククラブに選ばれたり、ニューヨーカーにレビューが掲載されたり、反響が大きくて本当にびっくりだよ
amanda at 3:41 PM
驚くのも当然だわ、いえ、本当に良い本だとは思うけど……一般的な本とはちょっと違うわよね
calvin at 3:41 PM
人って自分が思っているよりもヘンなんだろ?きっと。それにみんなテキストやチャットやグループDMなんかには慣れっこだし
amanda at 3:41 PM
人は自分が思っているよりもヘン、って良いわね
calvin at 3:42 PM
だからちょっとぐらいヘンな本でも読者はOKなのかも
amanda at 3:42 PM
この本が普通の本と同じように書かれていたら、こんなに刺激的でおもしろいものにはならなかったでしょうね
calvin at 3:42 PM
読み方を学習しながら読めるようにしたんだ
ヘンなことをするときにはルールが必要だから
もうみんなオンラインに慣れてるから、Slackを使ってなくても読めるでしょ
amanda at 3:45 PM
この本で気に入っているのは、ワークライフバランスや自分の生活におけるテクノロジーの役割などにとてもまじめに考えさせられることと、もしSlackボットがミートボールサンドイッチを食べていたらどうしよう、という気持ちにさせてくれるところね
この本を書いたことで、Slackやインターネット、仕事との向き合い方は何か変わった?
calvin at 3:46 PM
笑。今はSlackは積極的には使ってない
通知が鳴らない方が仕事がはかどるっていうのと、自分がチャットの内容を収集してるって思われたくないから
amanda at 3:47 PM
とっても特殊な問題ね
私も、元上司だった友だちが妊娠したって教えてくれたんだけど、ツイートしないでって言われたわ。そのときはまだ妊娠を公表してなかったのよ、それに似てるわ
calvin at 3:47 PM
とてもよくある話だね
ツイートしないでとか、私が写ってる写真を投稿しないでとか、チャットの内容をシェアしないでとか
モラルを身につける前にやってしまいがちだけど
おもしろいメールのやり取りを投稿するときは相手の許可を得るとか、最低でも一般的なモラルは必要だね
amanda at 3:50 PM
フェイスブックが仮想空間でアバターをミーティングに参加させようとしていることについて考えたことはある?
calvin at 3:52 PM
もちろん!そんな形のVRを望んでいる人はいないと思うけど
直接会えない時はチャットするっていう方がまだ主流
amanda at 3:53 PM
テクノロジーをここまで生活に取り入れたいっていう境界線はあるのかしら?あるとしたらどこに?
calvin at 3:53 PM
直接会いたくない人には仮想空間でも会わない方が良いと思う。ゼロスーツ(訳注:ゲーム「メトロイドシリーズ」に登場するサムスの専用インナースーツ。パワードスーツを装着していない能力低下状態)のとき会いたくない人には特に
さて、きちんとした文章に戻って、タイムスタンプなしで書いてみよう(念のため、今は10月18日月曜日11時55分だ)。ここまでの会話についてくることのできた人なら「Several People Are Typing」も問題なく読めるはずだ。オーディオブックでも、Slackのチャットを複数のキャストが読み上げているので、自然に楽しむことができるだろう。この本は、現代のワークスタイルを批判しているが、それほど誇張されたものではない。確かに、複数の企業の専門家たちが頭を突き合わせて、ドッグフードブランドが誤って犬に毒を盛ってしまうという悪夢のようなPR(パブリック・リレーションズ、企業と企業を取り巻くパブリックとの有益な関係を築くための戦略的コミュニケーションプロセス)をどのように展開させるかを考える、というアイデアはかなり馬鹿げているが、実際現実で起こっていることだ。だからこそ、私たちは「Steak-umms」のような公式アカウントに、ソーシャルメディアのアテンションエコノミー(関心や注目の度合いが経済的価値を持つという概念)に関する優れたインサイトを見い出している。
ギミックに関していえば、2004年に出版された、テキストスピーク(メール略語)を多用したテキストメッセージ形式のヤングアダルト小説「ttyl(talk to you later、また後で)」は少しやり過ぎだったように思う。しかし、不条理は、それが現実かもしれないと感じられるときに最も効果的であり、それがこの本の成功につながっている。(この本の)摩訶不思議なシナリオは馴染みにくいかもしれないが、Slackのメッセージほど崇高な日常を感じさせてくれるコミュニケーション手段は他にはない。
画像クレジット:NOAA / Unsplash
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(文:Amanda Silberling、翻訳:Dragonfly)