先に、20名の選ばれた従業員とゲストがサンフランシスコ湾のイベントスペースに集まり、ベイブリッジを眺めながら厳選されたヘラジカのソーセージ、和牛のミートローフ、羊肉のハンバーガーを楽しんだ。これらの肉はすべてシャーレで培養されたものだ。
この夕食会は、Y Combinator(Yコンビネーター)の最新デモデイに参加する新しいスタートアップOrbillion Bio(オルビリオン・バイオ)のお披露目パーティーだ。同社はスーパーマーケットではなく、高級精肉専門店で売られるような培養肉の普及を目指している。
Orbillionでは豚肉や鶏肉、牛肉の代わりに、前述のヘラジカ、羊、和牛といったいわゆるヘリテージミートを取り扱う。
Orbillionはより高級な食材に焦点を当てており、培養肉市場の他の企業ほど劇的なコスト削減のプレッシャーはない。
だがその技術は、高級な和牛や選り抜きのヘラジカ、風味のいい羊肉にとどまらない。
「Orbillionでは、小さな組織サンプルを作りだす独自の加速開発プロセスを使い、 最適な組織と培地の組み合わせを常に探しています」とHolly Jacobus(ホリー・ジャコバス)氏。同氏の企業Joyance Partners(ジョイアンスパートナーズ)はOrbillionの初期の投資企業だ。「これは従来の方法よりもはるかに安価で効率的であり、すでに実感している目覚ましい需要に迅速に対応できるようになります」と言及している。
同社では、小型のバイオリアクターシステムを通じて複数の細胞株を培養している。それをハイスループットスクリーニングと機械学習ソフトウェアシステムと結び付け、最適な組織と培地の組み合わせのデータベースを作成している。ジャコバス氏は「培養肉を大規模に生産するうえでのカギは、最も効率的な方法で培養する正しい細胞を選ぶことです」と記している。
Orbillionは、ドイツの製薬大手Boehringer Ingelheim(ベーリンガーインゲルハイム)の研究員であったPatricia Bubner(パトリシア・バブナー)氏が率いる高度な技術と経験豊富な経営陣によって共同創業した。バブナー氏に参加したのは、American Institute of Chemical Engineers(アメリカン・インスティテュート・オブ・ケミカル・エンジニアズ)の元ディレクターGabriel Levesque-Tremblay(ガブリエル・ラベスク・トレンブレイ)氏だ。同氏はバブナー氏とともにバークレーで博士号を取得しており、同社の最高テクノロジー責任者を務めている。そして経営陣を締めくくるのは、最高業務責任者のSamet Yildirim(サメット・ユルドゥルム)氏だ。同氏はBoehringer Ingelheimの役員でバブナー氏の上司であった。
Orbillion Bio共同創業者でCTOのガブリエル・レべスク・トレンブレイ氏、CEOのパトリシア・バブナー氏、COOのサメット・ユルドゥルム氏()(画像クレジット:Orbillion Bio)
バブナー氏のヘリテージミートへのこだわりは、経済的な理由もさることながら、オーストリアの田舎で育った同氏のバックグラウンドが大きく影響している。長年、食通でオタクであることを自称しているバブナー氏は、科学を食品ビジネスに適用したいと思い化学の道に進んだ。同氏はOrbillionでただの肉ではなく、本当に美味しい肉を作りたいと考えている。
これは他の多くの企業が新しいテクノロジーの商品化を検討する際に、市場にアプローチする方法でもある。高価格帯の製品や、ユニークな生産技術で作られた独自の特徴を持つ製品は、一般的な製品と競合するよりも商業的に成功する可能性が高いのだ。はるかにおいしい動物の品種に焦点を当てることができるのに、なぜアンガスビーフに焦点を合わせる必要があるのだろうか?
バブナー氏は、単に豚肉の代替を作るのではなく、最もおいしい豚肉の代わりを作りたいのだ。
「食料の生産方法をより効率的に変えることができるようになると思うと、とてもワクワクします。私たちは今その変わり目にいます。私はオタク的であり、食べ物が大好きなので、私の技術や知識を生かして変革を起こし、食に影響を与えることができるグループの一員になりたかったのです。私はこの先、食べ物の大半が代替タンパク質、つまり植物ベース、発酵品、培養肉になると思っています」と同氏は語る。
バブナー氏にとってBoehringer Ingelheimへの入社は、巨大なバイオプロセスの世界に土台を作り、培養肉に着手するための準備であったという。
「私たちは製品をつくる会社で、最もおいしいステーキを作ることが目標です。最初の製品は塊のステーキ肉ではありません。最初の製品は和牛で、2023年の発売を予定しています」と同氏。「ミンチ肉のような製品で、和牛の刺身みたいな感じでしょうか」。
市場に参入するにあたり、バブナー氏は選択した肉の培養をするための新しいアプローチだけでなく、従来の肉のような大きな切り身を作るために必要な組織のスキャホールド(足場)や、肉の細胞と組み合わせる風味付けのための脂肪など、他の要素を培養する新たな方法の必要性についても認識している。
ということは、Future Fields(フューチャーフィールズ)、Matrix Meats(マトリックスミーツ)、Turtle Tree Scientific(タートルツリー・サイエンティフィック)などの企業にとって、最終的なブランド製品に組み込まれる要素を提供するチャンスがまだあるということだ。
またバブナー氏は製造プロセスにおいて、直接の潜在的なパートナーを超えたサプライチェーンについて考慮している。「私の家族には農家と建設業者がいます。また他にも土木技師や建築家もいます。私は農家を尊敬していますが、耕作や畜産を行う人々は、その仕事が十分に認められていないと感じます」。
同氏は、細胞株を生み出す動物の所有者が、その普及と幅広い商業生産において報酬を得られるようにできる一種のライセンス契約を通じて、農家や畜産家と協力することを想定している。
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またこれは、大規模な農業関連産業や、畜産や家畜の飼育にともなう温室効果ガス排出量を大幅に抑えるというミッションにも貢献する。食肉を生産するための動物が少なくて済むのであれば、農場の環境負荷がそれほど大きくなることはない。
「量産するだけのために動物を畜産するという、私たちが過去に犯した過ちを今後犯さないようにしなければなりません」とバブナー氏はいう。
同社はまだ始まったばかりだが、すでにサンフランシスコで最も有名な精肉店の1つと意向書を交わしている。「肉屋のガイ」として知られるGuy Crims(ガイ・クリムズ)氏は自身の店でOrbillion Bioの和牛培養肉を仕入れる契約内示書に署名している。「クリムズ氏は培養肉の熱心な支持者です」とバブナー氏はいう。
初期段階の技術が実証された今、Orbillionは迅速な拡大を目指している。同社が2022年末までにパイロットプラントを稼働させるには約350万ドル(約3億8000万円)が必要だ。これは、同社がJoyant(ジョイアント)やVentureSouq(ベンチャースーク)などの企業から調達した140万ドル(約1億5000万円)のシードラウンドに加えて必要になる額である。
「私の考える今後の統合モデルは、農家が培養肉用の動物のブリーダーになることです。これにより地球上の牛の数を数十万頭にまで減らすことができます」とバブナー氏は最終目標について語った。「培養肉の需要が増えれば、農家の仕事がなくなるといった話をよく聞きますが、すぐに畜産業が消滅するといったことにはなりません」。
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画像クレジット:RJ Sangosti/The Denver Post via Getty Images / Getty Images
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(文:Jonathan Shieber、翻訳:Dragonfly)