先月、私はUbiquitilinkの記事を書いた。そのなかで同社は、非公開の方法で、人工衛星を使って全世界を網羅するローミングサービスとも言うべきものを提供する直前であると話していた。でもどうやって、と私は尋ねた(ちょっと待って、その答はもらってる)。そしてわかったのは、私たちが持っている電話機は、私たちが想像する以上に高性能であるということだ。私たちは、携帯電話の基地局と同じように、軌道を周回する人工衛星にも、しっかりアクセスできるのだ。同社はそれを証明した。
地球の低軌道を回る衛星の集団を利用することで、この10年以内に作られた携帯電話ならほとんどが、メッセージや、その他の低帯域幅のタスクを地上のいたるところ、たとえば海の真ん中でもヒマラヤの奥地でも、(ゆくゆくだが)文字通りいつでもどこからでも利用できるようになると、バルセロナで開催されたMobile World Congress(モバイルワールドコングレス)の説明会で、Ubiquitilinkは断言していた。
そんなはずはない、という声が聞こえそうだ。ウチの近所には電波が届かない場所がいくつもあるし、居間の隅でつながらないこともあるのに、衛星でデータをやりとりするなんて無理でしょ? とね。
衛星通信技術の再構築を目指すUbiquitilinkは地上技術(端末技術)に着目
「これはすごいことです。みなさんの本能が、それは無理だと感じている」と、Ubiquitilinkの創設者Charles Miller氏は話す。「しかし、RF(高周波)接続の基本に着目すれば、
それは想像しているより簡単なことなのです」
彼の説明によれば、問題は電話機の出力にあるという。受信状態や無線ネットワークが届く範囲を決めているものは、単純な物理の理論よりも、建造物や地形による影響のほうがずっと大きい。RF送受信機を障害物のない見渡しのよい場所に置けば、どんなに小型なものでも、かなり遠くまで電波は届く。
宇宙基地局
とは言え、それほど簡単な話でもない。特殊な衛星アンテナや地上基地を作るとなどといった手間と費用のかかる話ではないにせよ、そのためには変更しなければならない点がいくつかある。携帯電話機の改造は難しい。となれば、現在使われている別のハードウエアをいじることになる。しかしその他のことは、それに応じて解決されてゆくとMillerは話している。とくに大切なのは次の3つだ。
- 軌道を下げる。実用的な通信には、距離とそれに伴う複雑な要因による限界がある。軌道は500キロメートル以下でなければならない。かなりの低高度だ。静止軌道はその10倍高い位置にある。しかし、異常なほど低いわけではない。SpaceXのStarlink通信衛星も、似たような高度を狙っている。
- ビームを狭くする。軌道が低いことや、その他の制限によって、ひとつの通信衛星が一度にカバーできる範囲は狭くなる。データを広範にばらまくGDS衛星や、自動的に狙いを定める地上の専用パラボラアンテナとは訳が違う。そのため地上では、上方45度の範囲を狙うことになる。つまり、頭の上の45度の角度の円錐形の範囲に入った衛星を使うというわけだ。
- 波長を長くする。簡単な物理学の出番だ。一般的に、波長は短かいほど、電波は大気中を通過しにくくなる。そのため、確実に衛星に届くためには、電波スペクトルの長い側の(周波数が低い)帯域を使うことが好ましい。
これらの条件を整えれば、普通の電話機でも、それに搭載されている標準的な無線チップと通常の電力消費でもって、衛星と情報のやりとりができるようになる。ところが、もうひとつ障害がある。Ubiquitilinkが解決しようと長い時間をかけてきた難問だ。
電話機と衛星が安定的に接続できたとしても、速度と距離による遅延とドップラー偏移は、どうしても避けられない。基地局や電話機の無線チップで使われているソフトウエアでは、それには対応できないことがわかった。コードに書き込まれたタイミングは、30キロメートル未満の距離を想定している。地表の曲率のために、通常はそれ以上の距離での通信ができないからだ。
そこでUbiquitilinkは、標準の無線スタックを改造し、それに対応させた。Miller氏によれば、これまで誰もやったことがないという。
「ウチの連中が戻ってきて完成したというので、『試しにに行こう』と私は言いました」と彼は話してくれた。「私たちはNASAとジェット推進研究所を訪ね、彼らの意見を聞きました。みんなの直感的な反応は『これは使えない』というものでしたが、その後、彼らはこう言ってきました『使えたよ』とね」
この理論は、Ubiquitilinkが今年の初めに打ち上げた衛星の試作機で実証された。彼らは、地上にある普通の電話機とその衛星とを、双方向2G通信でつなぐことに成功したのだ。信号が届き、無事に戻ってきただけでなく、ドップラー偏移と遅延による歪みも、その場で修正できた。
「私たちの最初の実験で、ドップラー偏移と遅延の解消が可能であることが示されました。すべてを市販のソフトウエアで行っています」とMillerは話したが、すぐにこう付け加えた。「ハッキリ言っておきます。まだまだやるべきことはありますが、どれも最新テクノロジーなどではありません。小型衛星を作るといった、確実で筋金入りのエンジニアリングです」
Ubiquitilinkの前にNanoracksを共同創設し、数十年間、宇宙ビジネスに携わってきた彼には、衛星分野に強い自信を持てるだけの資格がある。膨大な作業と資金を必要とするが、彼らはこの夏に、最初の実用衛星を打ち上げる予定だ(すべては特許取得済みだと彼は認めている)。
グローバルローミング
製品は複雑なものであっても、ビジネスのやり方はきわめてシンプルだ。衛星の運用には、多少の改造を施してはあるが、ほぼ市販のままのソフトウエアを使い、携帯電話には手を加える必要が一切ないことから、Ubiquitilinkは、実質的に、モバイルネットワーク各社を通じて利用できる地球規模のローミング運用会社として事業を行うことになる(開示情報:モバイルネットワーク業者であり、TechCrunchのオーナーでもあるVerizonは、私の知る限りではこの技術を導入するようだ。そのことは編集上の決定には一切影響していない)。
通常は、X社のネットワークと契約している人が、X社がカバーしていない国へ行くときは、X社がその国でネットワークを提供しているY社と調整して、有料でY社のネットワークにつなげてくれる。こうしたサービスは一度に何百件と行われているが、Ubiquitilinkもそのひとつとして加わることになる。ただし、Ubiquitilinkがカバーするエリアは地球全体。X社もY社もつながらない場所でも、U社ならつながる。
受けられるサービスは、どのモバイルネットワークを使うかで決まる。当然ながら、すべての人が同じものを望むわけではない。LTEの接続が不安定なとき、3Gに落とした方が安定することもある。だが、少なくともテキストのメッセージを送受信できるだけのデータ量は、全員が共通して必要とするものだ。
この接続は、いくつかのきわめて重要な意味において、他の接続と区別がつかないという点も強調しておくべきだろう。たとえば、これは暗号化には影響を与えない。
このサービスには、少なくとも1000基の衛星が必要だとMillerは見ている。だが、それが揃うまでの間も、時間制限による限定的な利用は可能だ。55分間は送受信はされず、その後5分間だけ、重要なメッセージや位置情報を送受信できるといった具合だ。展望としては、最初は専門的なサービスとして開始し、やがて衛星の数が増えたときに、24時間年中無休で地球上のすべての人が使える、ごく普通の一般向けサービスにする予定だ。
緊急用フォールバック
ネットワークのプロバイダーは、このグローバルローミング・サービスを高価格なオプションとして提供することになるだろう(彼らにはその権利がある)。しかしUbiquitilinkは、一部のサービスを無料で提供することも考えている。地球規模のコミュニケーション・システムの価値を、Millerは十分に理解しているのだ。
「ポケットの中の電話機が圏外になったことで、命を落とす人がいてはいけません」と彼は言う。「死の谷の真ん中で身動きがとれなくなったとき、緊急メールが発信できないと困ります。そこで金を取ろうとは考えていません」
ネットワークがダウンしたときの緊急放送システムも計画されている。大災害による停電は人々を混乱に陥れる。また、津波や洪水による二次被害も受けやすくなる。そのとき安定した通信環境があれば、多くの命を救うことができ、復興にも大いに役立つ。
「人命救助で金儲けしようとは思っていません。それは、このシステムを導入した場合のひとつの恩恵に過ぎないのです。そうあるべきものなのです」
これは壮大な約束だ。しかし、彼らとその技術力には、それを実現させるだけの能力がある。初期のテストは終わり、鳥は空に羽ばたいた。あとは、衛星を1000基ほど打ち上げるだけだ。
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(翻訳:金井哲夫)