モバイル旅行アプリHopperは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで顧客による旅行のキャンセルや航空会社によるフライトの欠航が相次ぎ、大きな打撃を受けた。ところが、航空会社のフライトクレジットの取得と返金に関する手続きが複雑なため、航空運賃の予測とチケット予約のスタートアップであるHopperの顧客サービスが今、危機的状態に陥っている。2018年に企業価値7億5000万ドル(約776億円)と評価されたHopperは、2020年の新型コロナウイルス感染症によるロックダウン中に非公開ラウンドを完了させ、ユニコーン企業となった。現在、多くの顧客がApp Storeのレビューで、Hopperを詐欺呼ばわりしたり、法的手段に訴えると脅したり、他の人たちに絶対に使うなと警告して、同社を激しく非難している。
多くのユーザーが不満を感じているのは、航空会社によってフライトがキャンセルになったのに返金されないといったことだけではない。Hopperにサポートを求めても対応してくれる担当者が誰もいないというのだ。連絡先の電話番号さえわからない、というレビューもあった。
App Storeのレビューに投稿されたそのような苦情はかなり手厳しいものばかりで、Hopperブランドの評判はがた落ちだ。
具体的にどのような苦情が寄せられているのか、下記にいくつか例を挙げてみる。
- 「連絡先の電話番号もわからないし、メールの返事が返ってくるのに1週間以上かかる」
- 「カスタマーサービスに連絡する方法がない。誰も質問に答えてくれない。ヘルプタブをクリックしても無限ループに陥るだけ」
- 「注意しろ。この会社は人の金を盗む。返金されないし、問い合わせ窓口もない」
- 「カスタマーサービスの相変わらずのお粗末さにはあきれる。1週間前にサポートをリクエストしたが、回答がない」
- 「フライトが欠航になっても返金されなくてもいいならHopperを使えばいいだろう。カスタマーサポートのかけらもない」
- 「新型コロナウイルスの影響でアプリのトラフィックが急増しているのはわかるけど、注意を引くためにわざわざレビューに投稿しなきゃいけないとか、アプリ経由で連絡が取れないのは本当にイライラする」
- 「担当者に連絡する方法がない。連絡先ページは単なるQ&Aページ」
- 「返金は一度もないし、『お問い合わせ』ページから問い合わせても折り返し連絡するという定型メールが届くだけ。1週間待って再度メッセージを送ったけど、何も返ってこない。入金して予約した便が欠航になっても、何も連絡がない」
- 「カスタマーサポートが存在しない。サポートが必要なときは、ここの書き込みを読むしかない。買い手が泣きを見る典型的な例。完全な詐欺」
- 「2020年4月からフライトクレジットについて何度も問い合わせたが、詳細な情報は何も提供されないし、フライトクレジットの使い方についても教えてくれない」
- 「この会社のやっていることは詐欺だ。Hopperを使うな!私は弁護士に相談する」
- 「このカスタマーサポートのひどさには閉口する。回答が返ってくるのに15日かかるなど、信じられない」
- 「6月にフライトを予約したが、まだ返金されない。航空会社はエージェントに直接返金するからだ。カスタマーサービスが存在しない」
- 「3000ドル以上支払って、3か月経ったが、まだ返金されない」
- 「もう7か月も返金を待っている」
現時点で、1つ星レビューの数はiOSで550件、Androidで302件に達している(Sensor Towerのデータによる)。iOSで「最新の投稿」でソートすると、上記のようなレビューが数百件表示される。パンデミック前は信頼性が高く評判の良い旅行ブランドだった会社にとっては大きな痛手だ。
Hopperの名誉のために言っておくと、HopperはTechCrunchに対し、同社が言うところの「パンデミックの発生による前例のない膨大なカスタマーサポートに対する問い合わせ(通常の2.5倍)」と格闘している状態であることを公に認めている。
同社によると、顧客も航空会社も次々とフライトを変更したりキャンセルしたりする中、現在、顧客からのサポートリクエストが毎月10万件以上寄せられている。カスタマーサービスに対する問い合わせ件数は4月からの累計で98万件を超えている。
問い合わせの多くは、新型コロナウイルス関連で予約がキャンセルになったため返金を求めるものだ。通常、航空会社は、運航スケジュールが変更されると変更後のフライトを顧客に提示し、多くの顧客はこの変更を受け入れる。ただ、顧客によっては、別の便を予約し直すとか旅行プランをすべて中止したなどの理由で返金を求めることもある。Hopperによると、パンデミックによってそうしたケースが増え、キャンセル率は通常の約5倍にもなっているという。
もう1つ混乱を招いているのは、誰が返金を処理するのかという点だ。Hopperによると、顧客は航空会社に直接連絡して返金を求め再予約してもらうこともできるし、Hopperに対処を依頼することもできる。また、ごく一部だが、航空会社によっては返金に応じず、トラベルクレジットの発行のみで対応しているところもある。そうした航空会社はその旨をポリシーに明記しているため、Hopperは単純にすべての顧客の返金に応じることはできない。すべての返金に応じていたら、支出額が大き過ぎて倒産していただろう。
「すべての返金に応じていたら5億ドル(約517億円)の支出が発生していただろう」とHopperのCEO Frederic Lalonde(フレデリック・ラロンデ)氏はTechCrunchに対して状況を説明する。TechCrunchは、人気アプリだったHopperが顧客からこれほどまでに大きな反感をかっている現状を理解すべく、取材を行った。
「航空会社のシステムの仕組みはこうだ。もし、当社から予約した顧客に返金したら、当社はそのお金を誰にも補償してもらえない。当然、倒産していただろう」とラロンデ氏は言う。
また、通常はHopperが返金を受け取ることはない。返金は、航空会社から顧客に直接返される。多くの顧客はコロナ禍のため返金を待たされている。ただし、一部例外もある。FrontierやSpiritといった格安航空会社については、Hopperが航空会社からの返金を処理して、顧客に返却する必要がある。したがって、その場合は、Hopperのカスタマーサポートに問い合わせても回答がないとなると、顧客はどうしてよいかわからないということになる(Hopperの返金に関する質問に対し航空会社から回答が返ってきており、現在整理しているところだ。控えめに言っても、複雑であることは間違いない)。
だが、Hopperのカスタマーサービスが混乱したのは、パンデミックと航空会社によるキャンセルが原因ではない。Hopperのこの状況に対する対処の仕方が問題だったのだ。
「我々は顧客を裏切った。大勢の人たちが我々を信頼してくれていた」とラロンデ氏は認める。
ラロンデ氏によると、顧客の苦情と問題の多くはすでに対応済みだという。だが、まだ残されている問題は多い。「これから手を付けるという問題はもうない」と同氏は付け加えた。
カスタマーサービスの危機がエスカレートしたこの1年を通して、ラロンデ氏は自身の個人のメールアドレスと携帯の電話番号をウェブ上に公開したという。以来、数千通、いやおそらく数万通の、サポートを必要とする顧客のメールやボイスメールを開き、対応してきた。
振り返って考えれば、Hopperが犯した間違いの1つは、パンデミックによって起こるであろう状況に対応するためにカスタマーサービス担当者を増員しなかったことだ。それどころか、Hopperは逆に、コストを削減して生き残るためにカスタマーサービス担当者を一時解雇してしまった。ラロンデ氏によると、当時は、あまりに不安定要因が大きく、とても増員できなったという。各店舗のトイレットペーパーは切れていた。西側諸国は旅行できない状態になった。ワクチンの製造には通常数年はかかる。長期の最悪のシナリオが現実になりそうだった。
「4年間収益ゼロで運営する計画を作成する必要があった。取締役会でもそう伝えた」とラロンデ氏は言う。
ロックダウンが解除され旅行者が戻り始めると、Hopperのカスタマーサービス担当者も一部戻ってきた。その頃までには、航空会社のキャンセルや高料金でのスケジュールの変更、およびFuture Travel Credits(FTC)の発行開始などによりカスタマーサービスの問題は急増していた。そこでHopperは増員によってカスタマーサービスの問題を解決するのではなく、顧客が自分でより多くの問題を解決できるようにオートメーションを導入することにした。2020年を通して、Hopperは、アプリ内でのフライトの交換、航空会社によって発行されたFTCの換金、スケジュールの変更の管理、セルフサービス方式によるキャンセルの追加などを自動化し、顧客がキャンセルをリクエストした後の顧客に対するフォローアップメールを公開した。
ラロンデ氏は、長期的な生き残り戦略としては、最終的にはオートメーションのほうがサポート担当者の増員よりも重要だと考えていた。
「たとえカスタマーサービス担当者を増員したとしても、状況が大きく改善されただろうか。正直、私はそうは思わない。せいぜい対応状況が10%程度は改善されるくらいだったかもしれない。数千人のお客様がより早くサポートを受けられたと思うかと問われればその通りだと思うが、お客様からのサポート要求が100万件に到達するのを遅らせることができただろうかと問われれば答えはノーだ」とラロンデ氏は言う。
Hopperに欠けていたもう1つの領域はカスタマーコミュニケーションだ。
これは、App Storeに寄せられた苦情からも明らかだ。
確かに顧客は返金に関して不満を示しているかもしれないが、それよりもっと怒っているのは担当者と一切連絡が取れないという点だ。Hopperは、24時間以内にご回答するよう努力いたします、などというまったく非現実的な約束が書かれたメールを返信していたようだが、それが必ずしも同社のためになったとは思えない(下記参照)。
画像クレジット:Hopperのメール(顧客提供)
また、Hopperは、80%の顧客が電話口で45分待たされていると知って電話回線をシャットダウンするという選択をした。おそらく一部の顧客には、それだけ待たされてもまったくつながらないよりはマシだっただろうと思う。その後、Hoppperはオンラインの構造化トリアージシステムを導入して、顧客からの苦情の優先順位付けを行うようにした。このシステムにはプッシュボタンが付いていて、ユーザーが空港で足止めされたといった緊急事態に即対応できるようになっていたという。
問題は、顧客がHopperのヘルプ機能を見つけられなかった点だ。
「コミュニケーション戦略が崩壊していたかと問われれば、その通りだ」とラロンデ氏は認める。
ラロンデ氏は、顧客対応はしなくてよいからFTCと返金の処理に当たるようにと社員に指示した。「これで、ますますひどい会社だと思われたかもしれないが、このおかげでたくさんの仕事をこなすことができた。結局、同じ内容のメールが繰り返し5通も届いたら、顧客は最初から無視されたのと同じくらい怒ってしまう。それなら無駄な対応に時間をかけるより意味のある仕事をこなしたほうがよい」と同氏は言う。
Hopperはその後、顧客に謝罪し、返金処理を開始すると同時に、合計150万ドル(約1億6000万円)相当のトラベルクレジットを顧客に追加で送付して、一連の不手際の埋め合わせをした。カスタマーサービス関連の未処理の問題についてはまだ対応中だ。ようやくワクチンが出荷されたが、それでも航空会社関連の問題が即座に解決することはないため、今後6か月は混乱が続くと予想される。
ようやく先が見えてきたため、Hopperは今後2か月でサポートチームを75%増員する予定だという。また、問題解決センター、エスカレーションパス、重複問い合わせをなくすためのステータスチェックを導入し、アプリ内構造化リクエストを追加する計画だ。さらには、メールキャンペーン、アプリ内メッセージング機能の向上、予約状況を確認するためのウェブサイトへのアクセスなど、顧客とのコミュニケーション機能も更新する予定だという。
Hopperのブランドは泥を塗られ、数百人、数千人の顧客が不満を抱えている。この悪夢のような状況の会社が生き残ることができたうえ、資金調達まで達成できたのは不思議だ。
結果的に、モントリオールに本社を置く同社は、カナダ政府による救済のおかげで、少なくとも短期的には生き残ることになるだろう。
5月初め、Hopperは、機関投資家と個人投資家の両方から7000万ドル(約72億5000万円)を調達した。カナダ政府はパンデミックの影響を受けた有望なテック企業を直接財政支援して救済する方針を固めた。7000万ドルのラウンドの大半(99%などではないが半分以上)はカナダビジネス開発銀行(BDC)とInvestissement Quebecからの資金だ。また、Hopperの既存の投資家も戻ってきており、新しい投資会社としてInovia(イノビア)とWestCap(ウエストキャップ)が加わった。
カナダ政府(ラロンデ氏に言わせると、「世間で言われているよりも社会主義寄り」)は、パンデミック前に高い業績を上げていたテック企業へのベンチャーラウンドをリードすることで他の投資家のリスクを小さくして投資を促した。
「カナダ政府はこれを大規模に実施して、カナダのテック業界の安定を図った」とラロンデ氏は言う。新規調達した資金によって、Hopperの企業価値は米ドルでちょうど「ユニコーンレベル」(つまり企業価値10億ドル)に到達したと同氏は付け加えた。
Hopperがパンデミック中の対処方法に苦労した理由の1つとして、米国市場における多大な不透明感がある。「米国市場は怖い」とラロンデ氏は言う。
「何が起こっているのか把握できなかった。もっと良い計画があれば、おそらく我々ももう少しうまく対応できただろう。だが、どうしてよいか皆目見当がつかなかった。ロックダウンは州レベルで実施されたからだ」と同氏は説明する。「投資、支出、緊急資本注入をどの程度積極的に行えばよいのか、また経済はどの程度回復するのかを把握しようとすれば、政府レベルの予測可能性が高いほど、意思決定も容易になる。米国は、予測可能な環境とはとても言えなかった」。
Hopperの経営は当座は救済されたが、そのブランドの評判は大きな痛手を被った。
問題は、その評判を回復することができるかどうかだ。
「今はわからない」とラロンデ氏は言う。「ただこれだけは言える。信頼を回復するための唯一の正しい道は、顧客ひとりひとりに対して正しい対応を続けること、それだけだ」。
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(翻訳:Dragonfly)