サシの入った和牛肉など培養肉の「3Dバイオプリント技術の社会実装」に向け大阪大学・島津製作所・シグマクシスが提携

3Dバイオプリントを応用したテーラーメイド培養肉自動生産装置のイメージ大阪大学大学院工学研究科島津製作所シグマクシスは3月28日、「3Dバイオプリント技術の社会実装」に向けた協業に関する契約を締結した。またこれに先立ち、大阪大学大学院工学研究科と島津製作所は、「3Dバイオプリントを応用したテーラーメイド培養肉の自動生産装置の開発」に関する共同研究契約も締結したと発表した。環境・食糧問題の解決、健康、創薬、医療の進化に貢献するという。

社会実装を目指す技術は、大阪大学大学院工学研究科の松崎典弥教授が開発した筋肉組織構造を自由自在に製作できるというものだ。食糧分野では「筋・脂肪・血管の配置が制御された培養肉」、医療分野では「ヒトの細胞による運動器や内臓モデル」の3Dプリントを可能にする。現在、世界で研究されている培養肉の多くは、筋繊維のみのミンチ構造のものだが、この3Dプリント技術を使えば、美しい「サシ」の入った和牛肉を再現したり、脂肪や筋肉の比率を調整したりもできるようになる。またこれを再生医療に応用することも可能だ。

3者が協業して行うのは、「3Dバイオプリント技術の開発推進に向けた他企業との共同研究」「周辺技術・ノウハウを有する企業・団体との連携」「食肉サプライチェーンを構成する企業・団体との連携」「3Dバイオプリント技術に関する社会への情報発信」となっている。

その中で大阪大学大学院工学研究科は、3Dバイオプリントを含む組織工学技術の開発を担当する。具体的には、より複雑な組織や臓器構造の再構築、血管を通じた栄養や酸素の循環による臓器モデルの長期培養のための基礎技術の開発としている。

島津製作所は、3Dバイオプリント技術による培養肉生産の自動化と、培養肉開発に関わる分析計測技術の提供を行う。具体的には、筋肉、脂肪、血管の繊維を「ステーキ様に束ねる工程を自動化する専用装置の開発」であり、培養肉の味や食感・風味・かみ応えなど「おいしさ」に関わる項目、栄養分などの含有量といった「機能性」の分析を行うソリューション開発する。

ビジネスコンサルティング企業のシグマクシスは、この事業のマネージメントを担当する。具体的には、この技術の活躍テーマごとの取り組み方針の策定、テーマ別に必要となる周辺技術やノウハウを有する企業や団体との連携、各取り組みにおける体制作り、進捗管理、課題管理などだ。

3Dバイオプリントを応用したテーラーメイド培養肉自動生産装置のイメージ

3Dバイオプリントを応用したテーラーメイド培養肉自動生産装置のイメージ

食糧問題、環境問題の解決に加え、ヒトの細胞を使った再生医療や創薬への応用が期待されるこの技術を、「多様な企業とともに活用することで社会への実装を加速」させると、3者は話している。

次世代型mRNA創薬の実用化に向けた名古屋大学発スタートアップCrafton Biotechnology設立

次世代型mRNA創薬の実用化に向けた名古屋大学発スタートアップCrafton Biotechnology設立

名古屋大学は3月18日、メッセンジャーRNA(mRNA)の製造、分子設計・医学に関する知見、AI、データサイエンス、シンセティックバイオロジー(合成生物学)などの最先端技術を融合し、次世代型mRNA創薬を目指す名古屋大学発スタートアップCrafton Biotechnology(クラフトンバイオロジー)を3月1日に設立したと発表した。国産mRNAワクチンの速やかな供給をはじめ、がんや遺伝子病の治療、再生医療にも応用されるmRNA創薬に取り組むという。

Crafton Biotechnologyは、名古屋大学、京都府立医科大学、早稲田大学、理化学研究所、横浜市立大学の共同研究を実用化することを目的に設立された。10年以上にわたりmRNAワクチンと医薬品の開発に取り組んできた名古屋大学大学院理学研究科の阿部洋教授と京都府立医科大学大学院医学研究科医系化学の内田智士准教授らが、AI、データサイエンスを専門とする早稲田大学の浜田道昭教授、シンセティックバイオロジーを専門とし進化分子工学の手法を採り入れた次世代mRNAの製造法と設計法を開発する理化学研究所の清水義宏チームリーダー、さらに、副反応の少ないmRNAワクチンの開発を進める京都府立医科大学大学院医学研究科麻酔科学の佐和貞治教授と横浜市立大学眼科学の柳靖雄教授らが連携し、「強固なベンチャーエコシステム」を構築するという。そのとりまとめを行うのが、代表取締役を務める名古屋大学大学院理学研究科の金承鶴特任教授。そのほか、安倍洋教授が最高科学責任者、内田智士准教授が最高医療責任者に就任した。名古屋大学インキュベーション施設に拠点を置き、各研究機関の技術をライセンス化して一元的に集約。mRNA技術の事業基盤を確立し開発を促進する。

同社は数年以内に国内でmRNAを製造できる体制を整備し、安定供給を目指す。また独自の創薬技術を整備して、新型コロナウイルスに限らず、感染症のパンデミック時に独自開発したmRNAワクチンの迅速な供給を可能にすると話す。また、治療技術の海外依存度が大変に高くなっている現在、医薬品産業における日本の国際競争力を高める上で非常に重要な「ワクチンを超えた医薬品としてのmRNAの応用」として、がんや遺伝性疾患、再生医療への応用にも取り組むとしている。

4000年かかるヒト遺伝子の網羅的探索を富岳と「発見するAI」利用し1日で完了、肺がん治療薬と耐性の因果メカニズム抽出

富岳と「発見するAI」利用し4000年かかるヒトの遺伝子の網羅的探索を1日で完了、肺がん治療薬と耐性の因果メカニズムを抽出

東京医科歯科大学富士通の研究グループは3月7日、スーパーコンピューター「富岳」と、富士通が開発した「発見するAI」を用いて、肺がん治療薬の耐性の原因と思われる遺伝子の、新たな因果メカニズムの抽出に成功したと発表した。これは、2万変数ものデータを1日以内で超高速計算し、1000兆通りの可能性から未知の因果を発見できる技術の開発によるもの。

がんの原因となる分子だけに作用する「分子標的薬」は、投与を続けると、それに対する耐性を持つがん細胞が増殖し再発するという課題があり、そのメカニズムを解明するには、精緻なデータと解析技術が不可欠となる。また、薬の臨床治験では、効果が期待できる患者を選ぶ必要があるが、個人の遺伝子やその発現量により薬剤効果が異なり、遺伝子の発現量の組み合わせパターンは1000兆通りを超える。がんに関係することが判明している主な50個の遺伝子の組み合わせに限定し、各遺伝子の発現量を2分類(遺伝子の発現の「高い」「低い」など)とした場合でも、条件数は2の50乗となり、1000兆通り以上となるそうだ。

そのため、効率的な探索技術が求められており、その有力な候補となるのが富士通が開発した「発見するAI」だ。これは、判断根拠を説明でき、知識発見が可能なAI技術「ワイドラーニング」(Wide Learning)を用いて、特徴的な因果関係を持つ条件を網羅的に抽出する技術なのだが、2万個あるとされるヒトの全遺伝子を網羅的に探索しようとすると、通常の計算機では4000年以上かってしまう。

そこで研究グループは、富岳に条件探索と因果探索を行うアルゴリズムを並列化して実装し、計算能力を最大限に引き出した。そこに「発見するAI」を活用したところ、ヒトの全遺伝子に対する条件と因果関係の網羅的探索が1日以内で実現した。そして、肺がんの治療薬に耐性を持つ原因となる遺伝子の特定に成功した。

研究グループは、今後、薬効メカニズムやがんの起源の解明といった重要課題に取り組むとしている。また東京医科歯科大学は、この技術を用いてがんや難病の攻略法の研究を推進する。富士通は、マーケティングやシステム運用などで複雑に交錯する因子を発見し、意志決定を支援する取り組みを進めるとのことだ。

産総研・大阪大学・JST・日本電子、電子顕微鏡を使い同位体を原子1個から4個のレベルで識別・可視化することに成功

単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡(日本電子製TripleC二号機)

単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡(日本電子製TripleC二号機)

産業技術総合研究所(産総研)は、原子1個から4個というごく微量の同位体炭素を透過電子顕微鏡で検出する技術を開発した。これは、光やイオンを用いた既存の同位体検出技術よりも1桁から2桁以上高い空間分解能であり、原子レベルの同位体分析によって材料開発や創薬研究に貢献するという。

同位体とは、原子番号が同じで質量(中性子の数)だけが異なる原子のことを言う。生体反応や化学反応の追跡用標識(同位体標識)として利用されるほか、鉱物や化石の年代測定など、幅広い分野で使われている。しかし、貴重な美術品や微化石の分析や、同位体標識を使った化学反応、原子拡散、材料成長過程などの詳細な追跡といった用途では、原子数個分というレベルでの測定が求められる。既存の同位体検出技術の空間分解能は数十から数百ナノメートル程度が一般的であり、原子や分子ひとつだけを分析することは困難だった。

産総研ナノ材料研究部門電子顕微鏡グループ、大阪大学産業科学研究所科学技術振興機構日本電子からなる研究グループは、透過電子顕微鏡の高性能化に取り組んできたが、電子線のエネルギーをそろえる「単色化電子源」を開発し、電子線が試料を通過する際に失うエネルギーを計測して元素や電子の状態を調べる手法「電子エネルギー損失分光」のエネルギー分解能を大幅に向上させたことで、原子の振動エネルギーを直接検出できるようになった。そして今回、その原子の振動エネルギーから同位体を識別する技術の開発に成功した。

この研究では、単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡を使用している。従来の透過電子顕微鏡では、電荷をも持たない中性子の数が像に反映されず、同位体の区別ができなかった。研究グループは、単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡を使うことで、中性子ひとつ分の重さの違いを振動エネルギーの差として検出し、同位体の識別と原子レベルで可視化することができた。また、電子エネルギー損失分光の測定方法には「暗視野法」を用いた。電子が試料を通過したときに大きな角度で散乱した電子を分光する方式だ。これに対して小さな角度で散乱した電子を分光する方式を「明視野法」と呼ぶ。これまで電子エネルギー損失分光で同位体を検出できたという報告例では、すべて明視野法が使われていたが、空間分解能は数百ナノメートルであり、原子間の電荷の偏り(極性)を検出する方式であるため極性を持つ材料にしか使えない。一方、暗視野法には、ひとつの原子の中に生じる電荷の揺らぎを計測するため、電荷のない材料でも振動エネルギーを計測できるという利点がある。

電子線分光によるグラフェン中の炭素同位体識別のイメージ図

電子線分光によるグラフェン中の炭素同位体識別のイメージ図

研究グループは、原子ひとつ分の厚みの炭素原子のシート「グラフェン」の2つの安定同位体、12Cと13Cを測定した。これらは、中性子の数がそれぞれ6個と7個という違いがある。これらを測定した結果、エネルギー損失のピーク時に中性子ひとつ分の差が確認され、12Cと13Cの区別ができた。この計測の空中分解能は約0.3ナノメートル。グラフェンの炭素原子4個分に相当する。この4個のうちのいずれか、またはすべてが同位体で置き換わったときの振動エネルギーの差が検出できることから、測定感度は同位体1個から4個ということになる。

実験手法と実際に得られた12Cおよび13Cグラフェンの格子振動スペクトル

実験手法と実際に得られた12Cと13Cグラフェンの格子振動スペクトル

今後はこの手法を他の元素や材料に応用し、検出元素や適用材料の幅を広げると研究グループは話す。また、これまで実現し得なかったナノスケール以下での同位体標識法を確立するという。将来的に、エネルギー分解能と空間分解能、さらに検出効率を向上させることで、原子ひとつひとつの振動状態をより高い精度で高速な測定を可能にし、「化学反応や材料成長における単原子・単分子同位体標識のリアルタイム追跡を実現させ、同位体を標識に用いる創薬研究などでの応用」を目指すとしている。

バイオ分子に照準を合わせて新薬を生み出すGandeeva Therapeuticsが46億円調達

かつて冗談交じりに「ブロボグラフィー(抽象的な芸術作品の一種)」と呼ばれていた分野が大きく進展した。

低温電子顕微鏡法は、現在、生体の最小構成要素を最も忠実に観察できる手法の1つで、バイオ分子のアモルファス(非晶質=結晶ではない)画像を提供する。米国時間1月31日、4000万ドル(約46億円)のシリーズAラウンドを完了し、その存在を世に知らしめた新しいバイオテック企業Gandeeva Therapeutics(ガンディーバセラピューティクス)は、これを重要な柱として、低温電子顕微鏡法による高解像度画像と機械学習ツールを組み合わせて、創薬のプロセスを高速化することを計画している。

共同創業者でありCEOのSriram Subramaniam(シュリラーム・サブラマニアム)氏は、TechCrunchの取材に対して次のように話す。「『電子顕微鏡でタンパク質を原子レベルの分解能で可視化する』という創業時の夢を、約15年の歳月をかけて実現しました。誰かがこの夢を実現できれば、これこそが創薬を変え、革命を起こすために必要な重要なツールになるはずだと確信していました」。

「現在の低温電子顕微鏡法の進歩を採り入れて、実際に学習するプラットフォームを作ることがGandeevaの命題である」と同氏は続ける。高解像度の画像を利用すれは、これまで観ることのできなかった結合ポケットを発見することが可能で、それに合う薬剤を見つけることができる、というのだ。

「金鉱を採掘する道具は重要ですが、その金鉱をどうするか、つまりどのような製品に変換するかを知っている必要があります。私たちの場合は、それは患者さんのための薬です」。

現在では、Insilico Medicine(インシリコ・メディスン)Generate Biomedicines(ジェネレート・バイオメディシンズ)Pepper Bio(ペッパーバイオ)Eikon Therapeutics(エイコン・セラピューティクス)Isomorphic Labs(アイソモルフィックラボ)といった数多くの企業が創薬という大きなチャレンジに取り組んでいるが、Gandeevaのアプローチは、簡単にいえば、体内のドラッガブル(druggable、ターゲット分子における低分子化合物による機能調節の可能性を意味する)なターゲットを見つけるために「実際に観てみる」といったところだ。

周りをぐるっと見ただけでも、これまで数え切れないほどの科学的ブレークスルーがもたらされてきた。しかし、身体の構成要素に関しては、特殊な顕微鏡技術がなければブレークスルーは起こり得ない。この分野の代表的な技術はX線結晶構造解析で、タンパク質や分子を文字通り結晶に詰め込んでX線を照射し、その形や大きさ、向きを近似的に再現するものである。

X線結晶構造解析の問題は、結晶化という手間と時間のかかるプロセスにある。しかし、低温電子顕微鏡法では、結晶化が不要だ。この手法では、分子を瞬間冷凍して2次元のシートを作り、それを電子銃で照射する。2次元シートは生体分子を電子から保護し、詳細な画像の撮影や、結晶化構造では観ることのできないバイオ分子の動きの撮影を可能にする。

低温電子顕微鏡法では、2オングストローム(ナノメートルの10分の1)の構造体の画像が得られる(参考までに、人の髪の毛1本の太さは約100万オングストロームである)。

低温電子顕微鏡がブームになっていることを示す証拠もある。2024年までに、低温電子顕微鏡で決定されるタンパク質構造がX線結晶構造解析を上回る、と予測する科学者もいる(2020年2月のNatureのニュース)。顕微鏡や装置が高価であるにもかかわらず、分解能が飛躍的に向上したことで、低温電子顕微鏡は主要な科学的ツールキットとなりつつある。

左:オミクロンスパイクタンパク質の低温電子顕微鏡マップ(画像クレジット:Scienceに掲載)、右:X線結晶構造解析によるAAA ATPaseのp97の画像(画像クレジット:Gandeeva Therapeutics)

一方、構造生物学という点ではGandeevaに有利な動きが他にもある。1つは、機械学習が進歩してタンパク質がどのように折りたたまれるか(タンパク質フォールディング)を正確に予測できるようになったことだ。

すでにタンパク質フォールディングを予測できるAIエンジンが2つ開発されている。アルファベット傘下のAI企業、DeepMind(ディープマインド)が開発したAlphaFoldと、ワシントン大学が開発したRoseTTAFoldである。かつてはタンパク質の構造を決定するには何時間も実験室で作業する必要があったが、RoseTTAFoldは通常のゲーム用コンピューターを使って、10分でタンパク質の構造を予測できるという。

サブラマニアム氏は、これらのツールは、タンパク質の構造と機能に関する前例のないレベルの知見を提供するが、まだ対処すべきギャップがある(AIによる予測では、要素によっては他の手法より信頼度が低いなど)と主張し、低温電子顕微鏡法では、タンパク質のある領域にズームインしたり、タンパク質のさまざまなコンフォメーション(立体配座)を撮影したりすることができるので、こうしたギャップを埋めることができるだろう、と指摘する。

「AIには革命の真っただ中にありますが、誰もが『AIって結局何?』と疑問に思っているのではないでしょうか。AIと低温電子顕微鏡の組み合わせは、実験だけでも予測だけでもない、まさしく正攻法であり、Gandeevaの命題でもあります」とサブラマニアム氏。

「AIによる構造生物学や相互作用の理解を利用して、最速かつ適切なスループットで精密なイメージングを組み合わせることができます」。

Gandeevaは現在、政府や大学がスポンサーとなっていなくても、すばやく簡単に低温電子顕微鏡を利用できることを証明しようとしている。この分野におけるサブラマニアム氏の研究の多くはこうした環境で行われてきたので、これは重要なポイントだ。

サブラマニアム氏は、キャリアの大半を米国国立衛生研究所(NIH)で過ごした。国立がん研究所(NCI)の生物物理学セクションのチーフを務め、その後、政府が運営する国立低温電子顕微鏡研究所を設立。NIHでは、Gandeevaの低温電子顕微鏡を使った創薬プラットフォームの開発を進めたいと考えていたが、ラボの開発だけで数十億円の費用がかかることが判明した。

同氏によると、当時「VCはこのようなアプローチに関心を持たなかった」という。しかし、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)が興味を示したため、彼はNIHを退職し、UBCのCancer Drug Designのチェアマンに就任した。

「NIHで行っていたことが再現できると証明するために、UBCに来て数年間でこのプロジェクトの基本を立ち上げました。UBCで作成したプロトタイプは、この方面に迅速に進めることを投資家に確信してもらうきっかけとなりました」と同氏は話す。

この概念実証(PoC)では、短時間で作成されたオミクロン変異体のスパイクタンパク質の低温電子顕微鏡画像がScienceに掲載された。

しかしながら、Gandeevaの最終目標は、低温電子顕微鏡法をパッケージ化して生物学的に美しい写真を撮ることではなく、新薬の開発にかかる時間を短縮することを目的とした研究プラットフォームである。

サブラマニアム氏は「薬剤がどこに結合するか、タンパク質のどの表面をターゲットにしているのかを正確に観ることができるので、単純に、大幅に時間を短縮できると考えています。このような情報があれば行き止まりの経路を調べずに済むため、非常に有効です」と話す。

Gandeevaは、この技術を工業規模かつ速度で実行し、他では得られない情報を得られることを証明する必要がある。同社は、バンクーバー郊外の施設を6年間リースしており、サブラマニアム氏はここでプラットフォーム機能を構築する予定だ。

社内的には、いくつかのプログラムを進めて、潜在的な創薬ターゲットを特定できることを証明するのが目標である。サブラマニアム氏は、もしかしたらGandeevaのプラットフォームを腫瘍学に適用し始めるかもしれない、と話すが、これはまだ決まっていない。

今回のラウンドはLux Capital(ラックスキャピタル)とLEAPS by Bayer(リープスバイバイエル)が主導。Obvious Ventures(オブビアスベンチャーズ)、Amgen Ventures(アムジェンベンチャーズ)、Amplitude Ventures(アンプリチュードベンチャーズ)、Air Street Capital(エアストリートキャピタル)が参加した。

画像クレジット:Gandeeva Therapeutics

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

3Dプリントによる次世代小型バイオリアクターの開発でStämm Biotechが約20億円調達

この1年、細胞を使った食肉加工や微生物を使った医薬品製造など、バイオマニュファクチャリングが盛んに行われるようになっている。しかし、合成生物学は、バイオリアクターという重要な装置なしには成り立たない。生物学を利用した製造業の実現に向けて、世界中でさまざまな議論が行われているが、ある企業ではすでに最も重要な装置を再考に取り組んでいるしている。

2014年に創業されたStämm Biotechは、工業用やベンチトップのバイオリアクターにすら見られるタンクとチューブとつまみの集合体とはかなり異なっているデスクトップ型のバイオリアクターを開発している。ブエノスアイレスに拠点を置く同社はこのほど、1700万ドル(約20億円)のシリーズAを発表、これまでのシードとプレシードのラウンドを合わせると総調達額は2000万ドル(約23億円)になった。

Stämmが行っていることを理解するために、バイオリアクターは通常どのような形状で、その中で何をしているのかをまず知ろう。基本的には、工業用のバイオリアクターは、巨大な滅菌タンクだ。タンクの中に、特定のタイプの細胞や微生物を育てるための培地があり、それらが目的の製品を生産したり、あるいはそれ自体が製品そのものだ。

これらの細胞培養の工程はまず全体がモーターで撹拌され、冷却液を使って正しい温度を維持し、正しい量の酸素を供給、または無酸素状態を維持してその成長を促す。この工程はタンクではなく使い捨ての袋を使っても行うことができ、別のものを育てるときのタンクの滅菌作業を省略できる。

Stämmの方法は要するに、以上の工程からタンクと撹拌とチューブをなくしてしまう。その代わりに同社は、独自に開発した3Dプリントの基本装置を利用して、微小な流路の稠密なネットワークをプリントし、そこを細胞が通過する間に必要な栄養と酸素を供給される。そしてこの動きが、撹拌の役をする。

液体の流路が3Dプリントされる様子。細胞と酸素と栄養はさまざまな場所で加えられる。(画像クレジット:Stämm Biotech)

流路の設計はStämmのソフトウェアを使って行う。Stammの共同創業者でCEOのYuyo Llamazares(ユヨ・ラマザレス)氏によると、その工程全体を、クラウド上のCDMO(医薬品製造受託機関)と考えることができる。

「バイオ製品を開発する意志と、現在、市場に出回っているツールの能力との間に、大きなギャップがあることに気がつきました。そこで、それを自分の問題として解決しようと考えたのです」とラマザレス氏はいう。

バイオマニュファクチャリングは、製薬や化学、テキスタイル、香料、そして食肉に至るまで、多様な分野で、その細胞からものを作るという考え方が、次世代の生産技術として大きな関心を寄せられている。

たとえば150億ドル(約1兆7275億円)の評価額でIPOに至ったGinkgo Bioworks(時価総額は72億4000万ドル[約8338億円])は、製薬とそれ以外の分野の両方でバイオマニュファクチャリングの応用に積極的に取り組んでいる。しかしそんな、世界を変えるような製造技術も、エビデンスは少しずつ漏れてきている。

バイオマニュファクチャリングが約束していることはどれも、バイオリアクターがなければ実現しない。Stämmのアプローチは、マイクロ流体力学を利用してリアクターのサイズを小さくする。

3Dプリントされた部品の中を流れていく液体をCGで表現(画像クレジット:Stämm Biotech)

現在の同社の技術では、バイオマニュファクチャリングを行う設備の大きさを従来の数百分の一程度に縮小できる。しかしそれでも、これまでの大きなバイオリアクターに比べるとかなり小さい。Stämmのバイオリアクターの最大出力は約30リットルで、工業用に多い数千リットルではない。しかし、同社によると、そのプリントされた微小流路方式でも、理論的には約5000リットルまで可能だという。

技術のポテンシャルは大きいが、Stämmはまだ、その技術の商用化を始めたばかりだ。現在、同社はバイオシミラーの生産にフォーカスしているヨーロッパのバイオ製剤企業と協働しているが、他に検討しているパートナー候補は5社いる。計画では、同社が「パイロットスケール」に移行するのは2022年中となっている。

今は、パートナー企業が増えることがStämmの主な成功の証だとラマザレス氏はいう。「できるだけ多くのパートナーと直接の関係を持ちたいと考えています。それによって、私たちが開発した製品の有用性を確認したい」。

ビジネスの面では、まださまざまな問題がある。装置のコストについてラマザレス氏に確認すると、彼はコメントしなかった。そして彼は、クライアントが従来のマシンではなくマイクロ流体力学方式のリアクターを使い慣れて欲しいという。マシンとサービスの価格は未定だ。

「今は勉強の段階です。いろいろなビジネスモデルを理解し、クライアントとの対話に努めたいと考えています」とラマザレス氏はいう。

Stämmは、今回得た資金で社員数を倍増して200名にし、国際的なプレゼンスを拡張、さらに同社のマイクロ流体力学によるバイオリアクターとその制御に必要なツールの改良や開発を進めたいという。

このラウンドの新たな投資家は、リード投資家がVaranaで、他にVista、New Abundance、Trillian、Serenity Traders、Teramips、Decarbonization Consortium。そして彼らが仲間に加わった既存の投資家は、Draper Associates、SOSV、Grid Exponential、VistaEnergy、Teramips、,Cygnus Draper、そしてDragones VCもこのラウンドに参加した。

画像クレジット:Stamm Biotech

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(文:Emma Betuel、翻訳:Hiroshi Iwatani)

うつ病の自宅臨床試験の実施に乗り出すCerebralとAlto Neuroscience

パンデミックによって、リモートワーク、学校、研究を注目せざるを得ない状況になっている。実はそうなる前から、分散化臨床試験はおそらくその姿を現し始めていたのだが、今、それが本格的に登場してきた。

2021年12月、高精度の精神医学スタートアップAlto Neuroscience(アルトニューロサイエンス)とオンラインメンタルヘルスプロバイダーCerebral(セラブラル)が、アルトのうつ病薬候補ALTO-300の分散化フェーズ2臨床試験で協力すると発表した。この臨床試験の大半は患者の自宅で実施される。

具体的にいうと、このプロジェクトでは、セラブラルのプラットフォームから、現在うつ病で苦しんでいるが、既存の治療法では症状が改善されない約200人の患者を募集する。アルトは新薬を提供するだけでなく、患者の生体指標を使って患者に効果がある(または効果がない)薬品を予測するという同社独自の新薬開発アプローチを評価しようとしている。

「臨床試験に数十億ドル(数千億円)を使う羽目になる前に、患者グループに対して徹底した表現型検査を実施して、患者のどのサブグループが本当に新薬の恩恵を受けることができるのかを特定するという方法は、業界では至極道理に適っているものの、これまで誰も行おうとしなかったのです」とセラブラルの医務部長David Mou(デビッド・マオ)氏はTechCrunchに語った。

「ある意味、当社とアルトは相性抜群でした。当社はアルトが必要としているものを持っていましたし、アルトのビジョンは最も成功する可能性が高いものだと確信しています」。

分散化臨床試験の興味深い点

「分散化臨床試験」の定義はいろいろあり、それぞれ微妙に異なるものの、基本的には、バーチャルに、またはモバイル臨床医によって、何らかの形で患者に医療行為が施されるという意味だ。また、データも通常患者のいる場所で収集される。わざわざ、研究センターまで患者が足を運ぶ必要はない。

臨床試験を患者の自宅で実施することによって、患者から見た煩わしさが軽減されるため、現在の臨床試験が抱える大きな問題を解消できる可能性がある。例えば臨床試験を受ける患者の約7割が研究センターから2時間以上離れた場所に住んでいる。登録者数不足のため臨床試験が打ち切られることもよくある。およそ8割の臨床試験で、試験実施までに十分な数の患者を登録できていない。また、専門家によると、臨床試験を患者の自宅で実施することで、新薬研究の多様性とアクセス可能性が向上する可能性があるという。

今回の臨床試験は最初の分散化臨床試験というには程遠いものだが、業界の転換期に登場した手法であることは間違いない。

McKinsey(マッキンゼー)の調査によると、パンデミック前は、分散化臨床試験が主力サービスになると考えていたのは、製薬会社と開発業務受託機関(CRO:製薬会社と契約して開発をする組織)の38%ほどに過ぎなかったという。

マッキンゼーが同じ調査を2020年に実施したところ、回答した企業や機関すべてが、分散化臨床試験は今後大きな役割を果たすようになると考えていると回答した。

今回の臨床試験で判明すること

今回の臨床試験で、自宅で収集されたデータの強み、そうしたデータに対するFDAの考え方、そして現実世界で現場ベースの臨床試験が長年に渡って抱えてきた問題が分散化臨床試験によって解決されるのかどうかといった点について多くのことが明らかになる可能性がある。

詳細なデータを収集することは、アルトの医薬品開発戦略にとってとりわけ重要である。それは、同社が、EEG測定値から感情や気分に関するアンケートまで、さまざまなメンタルヘルス診断を使用した独自の生体指標(体の状態や病態を示す指標)駆動型の患者ポートレートを基盤としているからだ。

「当社はさまざまな精神疾患用の新薬を開発していますが、その際、脳のテストや脳の生体指標に基づいてその新薬の対象となる患者を特定することに重点を置いています」とアルトの創業者兼CEOのAmit Etkin(アミット・エトキン)氏はTechCrunchに語った。

「つまり、今回の臨床試験における当社の主眼点は、当社の収集した整体指標データによって、当社の新薬が効果を発揮する患者を、最も一般化可能な形で特定できることを確認することです」。

セラブラルが近く実施されるアルトの臨床試験において魅力的なパートナーとなる理由はいくつかある。まず、セラブラルは今回の臨床試験の具体的な内容に適合する患者グループを迅速に見つけることができたという点だ。「当社は今回の臨床試験の対象となる200人の患者を1時間以内に見つけ出しました」とマオ氏はいう。

しかし、最も重要なのは、セラブラルが患者や臨床医に関する膨大なデータをすでに収集蓄積しているという点だった。つまり、セラブラルはアルトが必要とする高品質のデータを収集する能力を備えているということだ。このデータには、重篤なうつ病(ウェルネス分野に属するアプリでは対象外となることが多い病状)を患っている患者に関するデータも含まれる。

例えばセラブラルの登録患者はすでに症状や心的状態についてのアンケートに定期的に回答している。またCerebralは臨床医の処方パターンに関するデータも持っており、どの薬が効果がある(または効果がない)のかを知ることができる。

「当社は高品質の医療を非常に重視してきたので、バックエンドにデータインフラを構築せざるを得ませんでした。結果として、患者と臨床医について、現存する他のどのメンタルヘルスプロバイダーよりも詳細に把握できるようになりました」とマオ氏はいう。

厄介なのは、分散化リモート方式で収集されたデータをFDAがどのように見るかという点だ。このプロセスは現在開発中だ。たとえば2021年4月に、FDAは、がんの分散化臨床試験において、対面で収集したデータとリモートで収集したデータを識別できるようにデータセットにラベル付けを行うことを義務付けた。

今回の臨床試験では2つの手法を比較対照できるという利点もある。実際、アルトは、ALTO-300について2の類似した臨床試験を併行して進めている。1つはCerebralと協力して行うものもう1つは従来のサイトベースで行うものだ。

ここでの狙いは、ALTO-300の有効性を検証することだけではない。分散化高精度精神科臨床試験というアイデアそのものをテストするという目的もある。

「当社が行おうとしているのは、FDAに代わって当社のアプローチの正当性を立証し、分散化アプローチで得られる結果が、従来のサイトベースのアプローチで得られる結果と比べて何の遜色もないことを示すことです」。

最後に、今回の臨床試験によって従来の臨床試験が抱えていたさまざまな障害(登録者数不足など)を克服できるという証拠もいくつかあがっている。とはいえ、この方法も完璧ではない。例えばセラブラルの臨床試験に登録されている患者は、ニューヨーク、ダラス、アトランタなどに在住しており、必ずしも主要な医療センターから何時間も離れているというわけではない。

「この方法で登録者数不足が解消されるかといえば、完全に解消されることはないでしょう」とマオ氏はいう。「しかし、今回の登録者たちは極めて精度の高いグループです。従来のように実際の病院経由で登録患者を集めるよりも、本当にうつ病を患っている可能性がずっと高いと思われます」。

試験から商品化へ

両創業者とも、分散化臨床試験は医薬品の商品化の下準備になることを指摘している。例えばセラブラルは承認後に処方すれば患者に効くと思われる薬を承認前に簡単に処方できるとマオ氏は指摘する。

アルトから見ると、セラブラルはメンタルヘルスの生体指標を臨床診断に持ち込むためのパイプ役になる。これはメンタルヘルスの症状を診断する際の長年の懸案だった(これまでメンタルヘルスの診断は、医療試験ではなく、行動に現れる症状を観察することによって行われていたが、一部の研究者やアルトなどの民間企業が生体指標の確認による診断へと変えるべく取り組みを進めてきた)。

「当社の投薬用生体指標データが承認されれば、セラブラルなどのパートナー企業は同データを臨床試験に持ち込むのに理想的な存在となります。彼らの臨床ケアは構造化が進んでおり、徹底して追跡されているからです」。

アルトとセラブラルの両社は、今回の臨床試験について、2022年末までに最初の結果を取得する考えだ。

画像クレジット:Evgeny Gromov / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

DRP創薬を手がける産総研技術移転ベンチャーVeneno Technologiesが2億円のシード調達

DRP創薬を手がける産総研技術移転ベンチャーVeneno Technologiesが2億円のシード調達

Veneno Technologies(ベネイノテクノロジーズ)は1月24日、シードラウンドとして、第三者割当増資による2億円の資金調達を完了したと発表した。引受先は、SBIインベストメント、筑波総研、SBI地域活性化支援。

調達した資金は、採用・組織体制の強化、同社独自のペプチド創薬プラットフォーム技術のさらなる発展と、DRP機能性ペプチドを基盤分子とする自社創薬パイプラインの研究開発に投資し、DRP創薬を推進する。DRPは、ジスルフィドリッチペプチド(Disulfide-Rich Peptide)の略称。分子内に3つ以上のジスルフィド結合を有し特徴的な構造を持つ、20から60アミノ酸残基程度のペプチドの総称したもの。

Veneno TechnologiesのVeneno Suiteは、独自のDRP創薬一気通貫技術により、天然のDRPを鋳型に人工的に加速進化させ作成される巨大な遺伝子ライブラリーと、そのライブラリーから目的とするDRPを高速・効率的に探索できるスクリーニングシステムという。また多様なDRPを短期間で効率よく製造できる技術からなるとしている。

同社は、これまで創薬困難とされてきた膜たんぱく質などの標的や、それに関与する難治性疾患に対し新たな薬剤を提供することで、医療の進歩に少しでも貢献することをミッションとして掲げており、DRP創薬の新たな展開に向けて、調達した資金により以下の点を中心に強化するという。

・DRP創薬を進める高度な研究員の登用、研究所の新規開設
・DRP焦点化ライブラリー(DRP Space)の拡充
・DRP高速探索システム(PERISSTM)の強化とパイプライン拡充(共同研究の推進)
・DRP製造技術(Super Secrete)の開発(高効率な少量多品種製造技術の確立)
・DRP分析技術の開発

Veneno Technologiesは、DRP機能性ペプチドの研究開発を加速し、先進的で持続可能な医療と社会への貢献を目指し、2020年7月に設立。産業技術総合研究所(産総研)で長年研究されてきた革新的なDRP探索技術と、現在研究開発を進めているDRP製造技術の統合により、新薬や研究試薬、農薬、バイオスティミュラントなど、様々なDRP創薬の研究開発をリードするとしている。

また産総研による技術移転措置により、特許実施許諾契約を締結し、産総研技術移転ベンチャーの称号を付与されている。

「生きた細胞の中」を覗ける超解像蛍光顕微鏡を活用する創薬プログラムEikon Therapeuticsが約598億円調達

Lux Capital(ラックス・キャピタル)のパートナーであるAdam Goulburn(アダム・ゴールバーン)氏は、Eikon Therapeutics(エイコン・セラピューティクス)が行った超顕微鏡による薬の開発を説明するピッチで、創業者のEric Betzig(エリック・ベッツィヒ)氏の「生きている生命を見ないで、どうしてそれを理解できるでしょうか?」というシンプルな問いかけに最初に感銘を受けた。

「それはとてもシンプルな言葉でしたが、私にとっては興味を掻き立てられるものでした」とゴールバーン氏はTechCrunchに語った。

細胞内の環境は絶え間なく動いている。タンパク質はねじれたり、回転したり、移動したりしている。しかしこの環境は、どのような顕微鏡下であっても、不可視であり続けてきた。

それは、科学者であるエリック・ベッツィヒ氏、Stefan W. Hell(シュテファン・W・ヘル)氏、William E. Moerner(ウィリアム・E・モーナー)氏の3氏が、生きた細胞の中の「ナノ領域を覗く」ことを可能にする技術を開発するまでの話である。この偉業によって、チームは2014年にノーベル化学賞を受賞した。具体的にいえば、ベッツィヒ氏は超解像蛍光顕微鏡を初めて開発した人物であり、この顕微鏡によって単一分子の動きの詳細な観察が可能になったのである。

生細胞内でのタンパク質の動き(画像クレジット:Eikon Therapeutics)

このイノベーションが、2019年の創業以来資金調達を続けてきたスタートアップの基盤となっている。ベッツィヒ氏が共同設立したEikon Therapeuticsは、超解像蛍光顕微鏡と、このような高性能顕微鏡によって収集されるデータ、そして新薬開発のためのその他数多くのツールの使用を計画しているバイオ医薬品企業である。

米国時間1月6日、同社は5億1780万ドル(約598億円)のシリーズBラウンドを発表した。これは2021年5月に発表された1億4800万ドル(約171億円)のシリーズAに続くものであり、これで同社の調達総額は6億6800万ドル(約771億円)を超えることになる。

シリーズBラウンドの新規投資家には、T. Rowe Price Associates(ティー・ロウ・プライス・アソシエイツ)の助言を受けたファンドとアカウント、Canada Pension Plan Investment Board(カナダ年金制度投資委員会、CPP Investments[CPPインベストメンツ])、EcoR1 Capital(エコアールワン・キャピタル)、UC Investments(UCインベストメンツ、Office of the Chief Investment Officer of the Regents of the University of California[カリフォルニア大学理事会最高投資責任者室])、Abu Dhabi Investment Authority(アブダビ投資庁、ADIA)の100%子会社、Stepstone Group(ステップストーン・グループ)、Soros Capital(ソロス・キャピタル)、Schroders Capital(シュローダー・キャピタル)、Harel Insurance(ハレル・インシュアランス)、General Catalyst(ジェネラル・カタリスト)、E15 VC(イーフィフティーンVC)、Hartford HealthCare Endowment(ハートフォード・ヘルスケア・エンダウメント)、AME Cloud Ventures(アメ・クラウド・ベンチャーズ)などが名を連ねている。

Column Group(コラム・グループ)、Foresite Capital(フォレサイト・キャピタル)、Innovation Endeavors(イノベーション・エンデバー)、Horizons Ventures(ホライゾン・ベンチャーズ)、Lux CapitalはいずれもシリーズAラウンドの投資家であり、シリーズBに再び参加する。

「多くの人がプロプライエタリ技術という言葉を盛んに使用していますが、私の見解では、Eikonが持っているものはまさにプロプライエタリです」とゴールバーン氏は語っている。「それが新しい生物学の発見において独自のアドバンテージをもたらす力を持つことを、私たちは確実に認識しています」。

超解像顕微鏡法が大きな生物学的ポテンシャルを秘めていることは疑う余地はないが、薬剤開発への応用はどのようになされるのであろうか。

これについての1つの考え方は、タンパク質が細胞内で大部分の働きをしていることを思い起こすことである。例えば、タンパク質はシグナルを送ったり、化学反応を行ったり、より小さな分子を全身に輸送したりするのに役立っている。私たちは薬を服用するとき、その多忙なワークフォースに別のコンポーネントを導入して、それが特定のターゲットに結合し、体内ですでに起きている事象(おそらく問題を引き起こしている)を変化させることを期待する。

超解像顕微鏡のようなツールを使えば、他の種類の実験によって何が起きるかを推測するのではなく、生きた細胞に薬が導入されたときに何が起きているかを正確に知ることができる。さらには、これまで見えなかった新たなターゲットが明らかになるかもしれない。

「このように超高解像度の、細胞の中を覗くことができる単一粒子追跡顕微鏡を私たちは有しています」とゴールバーン氏は説明する。「このツールを軸に、ウェルに何百万もの細胞を加え、さらに何百万ものウェルを追加し、そのウェルに何百万もの薬のような化合物を加えることを想定すれば、生きているという意味での大規模な創薬研究に向かうことが期待できるでしょう」。

その一方で、Eikonの目下のフォーカスは、自社の創薬プラットフォームの「工業化」に置かれている。この詳細なタンパク質データを新薬の製造や既存薬のより良い理解に役立てるための、プロセスやツールの開発を進めている。

このプロセスは、業界でも指折りの人物である、Merck Research Laboratories(メルク・リサーチ・ラボラトリーズ)の元プレジデントで2020年にMerckからの引退を発表したRoger Perlmutter(ロジャー・パールムッター)氏によって監督されている。だが今回の最新資金調達ラウンドで、同社はさらに6人の経営幹部レベルの人材を迎え入れた。

最高科学責任者にRecursion Pharmaceuticals(リカージョン・ファーマシューティカルズ)で生物学担当VPを務めていたDaniel Anderson(ダニエル・アンダーソン)氏、最高技術責任者にPacific Biosciences(パシフィック・バイオサイエンシズ)の元エンジニアリング担当VPであるRuss Berman(ラス・バーマン)氏が就任する。最高財務責任者にはVeracyte(ベラサイト)でコーポレートおよびビジネス開発担当VPを務めていたAlfred Fredddie Bowie, Jr.(アルフレッド・フレディ・ボウイ・ジュニア)氏、最高人事責任者兼エグゼクティブバイスプレジデントにはPliant Therapeutics(プライアント・セラピューティクス)の元最高人事責任者であるBarbara Howes (バーバラ・ハウズ)氏を迎える。最高情報責任者としてPACT Pharma(パクト・ファーマ)の元最高情報責任者であるAshish Kheterpal(アシシュ・ケターパル)氏、ゼネラルカウンセルおよび最高ビジネス責任者としてMerck Research Laboratoriesでシニアバイスプレジデント兼BD&Lヘッドを務めたBen Thorner(ベン・ソーナー)氏が加わる。

ゴールバーン氏は、Eikonの技術はすでに工業化の準備が整っているという見方を示している。T. Rowe Priceの投資アナリストであるJohn Hall(ジョン・ホール)氏もプレスリリースの中で、Eikonの研究がすでに「タンパク質の動的挙動に関する大量の定量的情報を生み出している」ことに言及している。

「私の見るところ、現時点で工業化されています」とゴールバーン氏。「私たちは24時間年中無休で薬剤スクリーニングを行うことを考えています。それは私の心の中にある未来のバイオファクトリーです」。

同社は4つの匿名ターゲットプログラムを推進しており、パートナーは非公表の1社となっているが、ゴールバーン氏は、これらのプログラムがどのように進行しているのか具体的には明らかにしなかった。

この最新の資金調達ラウンドで、同社は100人のチーム(理想的には2倍の規模を想定しているとゴールバーン氏は述べている)を成長させ、プラットフォームの開発を加速し、すでに動きを見せている創薬プログラムの進歩を目指していく。

画像クレジット:Eikon Therapeutics

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

ペプチド医薬品開発を手がける宮崎大学発「ひむかAMファーマ」が総額6億円超のシリーズB調達、創薬開発を進展

ペプチド医薬品開発を手がける宮崎大学発「ひむかAMファーマ」が総額6億円超のシリーズB調達、創薬開発を進展

難病指定の潰瘍性大腸炎などに向けたペプチド(アミノ酸の結合体)医薬品を開発するひむかAMファーマは1月14日、シリーズBラウンドにおいて、第三者割当増資による追加資金調達をクローズしたことを発表した。シリーズBの調達総額は6億円を超えており、シリーズAラウンドからの累計調達額は12億円を突破した。シリーズBラウンド追加資金調達に参加した主な投資家は、Fiducia GrowthTech投資事業、ナントCVC2号投資事業(南都キャピタルパートナーズ、ベンチャーラボインベストメント)など。

調達した資金を用いて、開発品「HM201」のオーストラリアでのPhase1試験などの創薬開発を実施する。HM201の主成分は、ひむかAMの共同創業者である北村和雄氏(宮崎大学特別教授)が発見したペプチド「アドレノメデュリン」(AM)をベースに新規開発したもの

ひむかAMは、2017年2月に設立された宮﨑大学発のスタートアップ企業。多彩な生理活性を有するペプチドホルモン(アドレノメデュリン)をベースとした創薬開発を行っている。HM201は、炎症性腸疾患に対する新たな治療薬として開発が進めており、2021年12月からオーストラリアにおいて、現地子会社であるHimuka AM Australia Pty Ltd.においてPhase1試験を開始している。

難聴治療と多発性硬化症治療の新薬をFrequency Therapeuticsが発表、第II相試験の不本意な結果を受けて試験を再設計

Frequency Therapeutics(フリークエンシー・セラピューティクス)は設立から間もないが、浮き沈みを経験している。研究開発イベント期間中の米国時間11月9日、同社は、主力の難聴治療薬の開発状況を補足する多くの発表を行い、いくつかの方向性を示した。

2015年に設立されたフリークエンシー・セラピューティクス(以下、フリークエンシー)は、難聴のための再生医療アプローチに取り組んできた。このアプローチでは前駆細胞の再生を軸としている。前駆細胞は、最終的に蝸牛の中で音を伝導する重要な有毛細胞となる。これらの有毛細胞が不可逆的に消失したり損傷したりすると、最も一般的な難聴である感音性難聴になる。

同社は2021年11月、難聴の治療薬候補であるFX-322に関する発表をいくつか行った。フリークエンシーは、初期の試験で蓄積されたデータを示し、FX-322が臨床的利点をもたらすこと、第Ⅱ相試験の結果が思わしくなかったのは、試験設計に不備があったことを説明した。そして、新しい難聴治療薬と多発性硬化症治療薬のプログラムを発表した。

FX-322試験設計の刷新

感音性難聴のほとんどの症例は、人工内耳または補聴器のいずれかを使用して治療される。突発性難聴を発症した場合は、ステロイド治療を施すことがあるが、感音性難聴の治療や改善を目的として承認された治療薬はない。

FX-322はすばらしいスタートを切った。1件の第Ⅰb相試験では、15人にFX-322を投与し、8人にプラセボを投与したが、有害な副作用は認められなかった。FX-322を投与した4人は、特定の言葉を聞く能力において、臨床的に意義のある改善が見られた。

ちなみに、フリークエンシーは単に音を聞く能力ではなく「言語知覚」に基づいて治療薬の効果を評価している。人工内耳に関する他の治験でもこの指標が使用されており、チーフサイエンティフィックオフィサーのChris Loose(クリス・ルース)氏によると、この方法で聴覚治療薬を評価することの有用性について、同社とFDAの意見は「一致」しているという。

フリークエンシーの最高開発責任者であるCarl LeBel(カール・ルベル)氏によると、治療薬の効果は長期的に持続している。5人の被験者を1~2年追跡調査して得た未発表の耐久性データから、3人の被験者に統計的に有意な改善が今なお続いていることがわかった、とカール・ルベル氏はTechCrunchに語っている。

「このことは、一部の被験者は効果を維持できることを示しています。その効果は1年持続するかもしれません。あるいは2年かもしれません。こうした改善が見られる患者をさらにモニターする必要はありますが、この薬は実際に疾患修飾効果があることを示しています」とルベル氏は述べた。

しかしFX-322に関する良いニュースは長くは続かなかった。第Ⅱa相試験では、プラセボと比べて難聴の改善が見られなかった。

この試験は95人の被験者を対象に実施された。半数にFX-322が4回投与され、残りの半数にプラセボが投与された。両群とも改善は限定的なものであり、同社はその試験でFX-322の「明確な効果はなかった」と報告した。

このニュースが発表された日、フリークエンシーの株価は36ドル(約4100円)から7ドル(約800円)に下落し、それ以来、過去の高値を大きく下回っている。これを受けて、一部の株主は、2021年3月23日以前の収支報告、プレスリリース、SEC提出書類、プレゼンテーションで、経営陣がFX-322について事実を曲げて伝えたとして、集団訴訟を起こした。

この時点で、経営陣は、この試験は公平ではない判断によるの悪影響を受けたと主張している。ルベル氏によると、患者は臨床試験を受けるために、自身の聴力を過小評価した可能性があるからだ(そして試験は、その可能性を考えて適切に調整されなかった)。

TechCrunchの取材に対し、ルベル氏は「患者が試験に参加する際、過去の言語知覚スコアと試験のベースライン訪問時のスコアが一致しなかった」と述べている。

フリークエンシーのコーポレートアフェアーズ上級副社長であるJason Glashow(ジェイソン・グラショウ)氏は、同社はこれを試験の「設計上の問題」だと考えていることを明らかにした。

「この試験は公平ではない判断の影響を受けましたが、それは参加した被験者の責任ではありません」と同氏は続けた。

研究開発イベント時に、フリークエンシーは3つの第Ⅰ相試験で蓄積したデータについて報告し、FX-322が反応パターンを示していたこと、第Ⅱ相試験の結果は異常値だったことを主張した。

フリークエンシー・セラピューティクスが実施したFX-322に関する3つの試験で蓄積したデータは、ある反応パターンを示した。第Ⅱ相試験ではプラセボと比べて効果は確認されなかったが、経営陣は、この試験は公平ではない判断の悪影響を受け、試験設計が不十分だったと主張している(画像クレジット:Frequency Therapeutics)

このニュースが、進行中の訴訟にどのような影響を与えるのかは不明だ。しかしこの経験が、FX-322の今後の試験の構造を特徴づけたと言える。

フリークエンシーは、FX-322に対する新しい第Ⅱb相試験の開始をすでに発表している。124名の被験者が参加するこの試験では、ベースラインの聴力を測定する前に、被験者の聴力をモニターする1カ月の「リードイン」が設けられた。最初の患者は、2021年10月にFX-322が投与された。

また、どのようなタイプの難聴を対象とするかについても同社は焦点を絞り込む。対象となるのは、騒音性難聴または突発性感音難聴と診断された被験者になるだろう。微妙な違いではあるが、治療の対象となる難聴のタイプのパラメータがわずかに変わってくる(CDCの推定によると、騒音性難聴は年間1000万〜4000万の人々に影響を及ぼしている)。

新しい治療薬候補と多発性硬化症プログラム

フリークエンシーはその地歩を固めるために、初めて、FX-322以外の製品にも取り組もうとしている。同社は、FX-345という新しい製品の試験も計画している。FX-345は、FX-322に含まれる小分子の効能を改良したものだ。ルース氏によると、この効能により、FX-345は蝸牛の深部にまで浸透することができる。

同社は、2022年第2四半期に、新薬治験開始申請(IND)を進める予定だ。

フリークエンシーは、FREQ-162という多発性硬化症の治療薬も開発中である。これは同社が以前から明確に述べていた目標の1つ「再生医療へのより幅広い取り組み」に向けた新たな一歩だ。

TechCrunchが確認した説明によると、同社は、治療薬がオリゴデンドロサイトの発生を促進できることを示す、マウス試験から得た予備データを持っている。多発性硬化症の患者は脂肪鞘が劣化しているが、オリゴデンドロサイトはその脂肪鞘を産生する。

しかし、同社は今後の試験のスケジュールを明らかにしていない。

今のところ、FX-322と新たに設計された試験への重点的な取り組みは変わらない。新たな試験では、未解決の問題の解決策が見つかる可能性がある。

画像クレジット:Science Photo Library – VICTOR HABBICK VISIONS / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

メルクのコロナ飲み薬「モルヌピラビル」米FDAが緊急使用許可、抗ウイルス剤として2番目

Pfizer(ファイザー)の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)抗ウイルス剤は、米国ではすでにいくつかの競争相手がいる。AP通信の報道によれば、米食品医薬品局(FDA)はMerck(メルク)の経口治療薬「Molnupiravir(モルヌピラビル)」について、緊急使用許可を出したという。この治療薬は、理想的には発症からすぐに投与し、ウイルスの遺伝コードに「エラー」を挿入することで、SARS-CoV-2ウイルスの複製を抑制し、リスクの高い患者の軽度または中等度の症例が重症化するのを防ぐというもの。

しかし、この薬は、PfizerのPaxlovid(パクスロビド)のようには広く使用されないかもしれない。若い患者の骨や軟骨の発達に影響を与える可能性があるため、Merckの薬は18歳以上の大人にしか使用できないが、Pfizerの製品は12歳以上の患者に使用できる。また、薬が胎児に影響するリスクがあるため、妊婦や妊活中の服用は推奨されていない。FDAは、治療中も治療後も避妊具を使用し、(妊娠を試みる前に)女性は数日、男性は3カ月待つべきだとしている。

さらに、MolnupiravirにPaxlovidほどの効果は期待できないようだ。Pfizerのソリューションが入院や死亡を90%減少させたのに対し、Merckの飲み薬は30%しか減少させることができなかった。この薬は、特にPaxlovidが使用できない場合の第二の選択肢となるかもしれない。両社の製品は変異したスパイクタンパク質をターゲットにしたものではないため、同ウイルスのオミクロン変異株にも引き続き有効だと考えられる。

それでも、新型コロナウイルスによる入院や死亡を最小限に抑えるためには、これも有効な手段の1つとなるかもしれない。米国が1000万人の患者に対応できるだけの量を発注した場合、Pfizerの薬が最も入手しやすくなるが、Merckの薬は310万人に対応できるだけの量があるという。たとえ効果が限定的であっても、それによって何十万人もの人々の命がこの病気の最悪の事態から救われるかもしれない。

編集部注:本稿の初出はEngadget。執筆者Jon FingasはEngadgetの寄稿ライター。

画像クレジット:Merck

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(文:Jon Fingas、翻訳:Aya Nakazato)

米FDAがファイザーの新型コロナ経口薬を12歳以上に認可

米食品医薬品局(FDA)は、Pfizer(ファイザー)の抗ウイルス剤Paxlovid(パクスロビド)を緊急認可し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の軽度から中等度の症例を治療する最初の経口療法となった。この治療法は、重症化のおそれのある12歳以上のリスクの高い患者だ。FDAは数日以内に使用を認めているため、オミクロン株の襲来に対して有効かもしれない

Paxlovidは処方箋のみで入手可能で、新型コロナの症状に気づいてから5日以内に服用することになっている。Pfizerのテストによると、高リスクの患者でも入院や死亡を88%防ぐことができる。この治療薬は、ワクチン接種者と非接種者の両方に処方することが可能で、30錠を5日間かけて服用する。タンパク質阻害剤であるニルマトレルビルと、その阻害剤が体内で分解されないようにするリトナビルが含まれており、副作用として味覚障害、高血圧、下痢、筋肉痛などがある。

FDAの医薬評価調査センターのディレクターであるPatrizia Cavazzoni(パトリツィア・カヴァッツォーニ)博士は「この認可により、新たな変異種が登場したパンデミックの緊急事態において、新型コロナウイルスと戦う新しいツールを提供し、重症化のリスクの高い患者に抗ウイルス治療へのアクセス性を高めることができた」と述べている。

ニューヨーク・タイムズによると、これまで米国は1000万人分の薬を注文している。同社は、1週間以内に6万5000人の米国人をカバーするのに十分な錠剤を納入する予定だ。その後、2021年1月に15万個、2月に15万個と生産が拡大される予定となっている。この薬は唯一の抗ウイルス剤というわけではない。Merck(メルク)の対抗となる治療薬も間もなく承認される見込みで、Pfizerよりも容易に入手できるようになる可能性が高い。ただし同社の治療薬ははるかに効果が低く、入院や死亡を30%しか防ぐことができない(それでも、何も治療しないよりはましだ)。

編集部注:本記事の初出はEngadget。執筆者のDevindra HardawarはEngadgetのシニアエディター。

画像クレジット:Pfizer

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(文:Devindra Hardawar、翻訳:Hiroshi Iwatani)

国際宇宙ステーションで高校や学習塾が科学実験、SpaceXのFalcon 9でJAMSS実験装置Kirara 3号機を本日打ち上げ

国際宇宙ステーションで高校や学習塾が科学実験、SpaceXのFalcon 9・ドラゴン補給船でJAMSS実験装置Kirara 3号機打ち上げ

国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」の運用・利用支援などを行う有人宇宙システム(JAMSS。ジャムス)は米国時間12月21日、SpaceXのドラゴン補給船に宇宙工場モデル「Kirara」3号機を搭載しFalcon 9ロケットで打ち上げる(CRS-24・SpX-24ミッション。記事掲載時点では打ち上げ成功)。Kiraraは主に、創薬分野で利用される高品質タンパク質結晶生成を宇宙で行うサービスのための実験装置として、複数の企業や団体からの宇宙実験を請け負っているのだが、今回新たに「Kiraraシェアサービス」を開始し、初めての試みとして、日本国内の学校や学習塾から募った宇宙教育ミッションも行うことになっている。

今回の打ち上げに参加する団体は、東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部、欧州コンフォーカルサイエンス、静岡大学電子工学研究所、米国のBayer、ハンガリーのInnoStudio、フランスのInstitut Laue-Langevin、スペインのCSISとIACT、そして教育関連では、茨進、日本旅行(ミライ塾)、柳川高等学校、東京都立小石川中等教育学校、みどりの学園義務教育学校、Nikkei宇宙プロジェクト。

なかでも、市進教育グループの茨進では、JAMSSと共同でISSでの宇宙実験教育を実施する予定となっており、その材料の準備を子どもたちが行った。柳商学園柳川高等高校は、高校主催による宇宙でのタンパク質結晶生成実験を行う。みどりの学園義務教育学校は、持続可能な社会の実現に向けて学んだ成果であるデータやメッセージをSDカードに納めて宇宙に打ち上げる。

Kirara 3号機を載せたSpaceXのFalcon 9は、米国時間12月21日にケネディー宇宙センターから打ち上げられ、翌22日午前4時半ごろ(米国東部標準時間)にISSにドッキングする予定。

モデルナの主要投資元Flagship Pioneeringの新たな投資先、tRNAを用いて「何千もの病気」の治療を目指すAlltrna

米国時間11月9日、モデルナの主要投資元であるFlagship PioneeringはRNAに関心を寄せる企業のポートフォリオに新たな企業を追加したことを発表した。この1年、mRNAが話題になったわけだが、Alltrnaと呼ばれる新しい企業は転移RNA(tRNA)ベースの薬剤の開発に乗り出そうとしている。

メッセンジャーRNA(ModernaやPfizerの新型コロナウイルスワクチンに使用されているmRNA)が、細胞にある特定のアミノ酸を組み立てそれらを結合してタンパク質を作るよう指令する遺伝子情報であることを知る人は多いだろう。では、tRNAとはなにかというと、これはL型をした分子で、mRNAにより集められたアミノ酸を実際に組み立てる働きをする分子である。tRNAは人の細胞が遺伝子コードを取得し、それを体内で機能的なタンパク質に変えるための最後のステップの1つを実行する。

Flagshipの設立期からのパートナーでAlltrnaの共同創設CEOである Lovisa Afzelius(ロヴィサ・アフゼリアス)氏がTechCrunchに語ったところによると、Alltrnaでは、1つのtRNAを「何千もの病気」を治療するのに活用できると考えている。同社は、過去3年間プロトモードにあったのだが、その間、30人からなるチームでtRNA治療開発のための「プラットフォーム」を開発してきた。

「これは本当に重要な分子です。しかし現在まで、創薬手法としては完全に過小評価されてきました。当社が開発したのは広範囲にわたるtRNAプラットフォームで、これを使用することで、tRNAの生物学的側面全体を探求することが可能になります」と、アフゼリアス氏は語った。

ModernaやPfizerの新型コロナワクチンは、mRNAテクノロージの可能性について非常に説得的に証明してきた。しかし、2021年は他のRNAプロジェクトの資金調達に大きな動きのある年となっている。

5月、Flagshipは次の10年間で100種類のエンドレスRNA(eRNA)製品および薬剤プログラムの開発を目指す企業、Larondeに関する発表を行った(eRNAはFlagshipにより開発されたRNAの一種で、体内で特定の薬の治療効果を引き伸ばしたり、治療用タンパク質の「持続的な」発現を生み出したりするように設計されている)。

Larondeは2021年シリーズBでの資金調達で、Flagshipからの投資に加え、T. RowePrice、CPPinvestments、Fidelity Management and Research Company、Federated Hermes Kaufmann Funds、BlackRockが管理する資金とアカウントより、約4億4000万ドル(約501億円)を調達した

tRNAを用いた薬剤のアイデアは比較的新しいものだが、次第に注目され始めている。2021年9月にC&EN が報じたところによると、ReCode Therapeutics、Shape Therapeutics、Tevard Biosciencesの三つのスタートアップは、tRNAを用いた治療法の開発に向け、合わせて2億4000万ドル(約273億円)を調達した。

Alltrnaは、さまざまな病気に介入しうるtRNAの可能性を大いに喧伝している。Flagshipのプリンシパルで、共同創設兼Alltrnaのイノベーションオフィスの責任者でもあるTheonie Anastassiadis(セオニー・アナスタシアディス)氏は、 tRNAには「翻訳の多くの側面」を制御する機能があるという。

例えば「増殖tRNA」の一部は細胞分裂に関与している(またいくつかの研究では、 tRNAを下方制御することにより細胞の増殖を抑えることができ、癌への対応策となりうることが示唆されている)。

また、tRNAにより、遺伝子コードのエラーに起因する問題を修正することができる。一部の遺伝子には、早すぎる時点でタンパク質生成の停止を促す「終止」サイン(終止コドンとも呼ばれる)として機能する変異が含まれている。これらの終止サインは、特定のタンパク質について、それが完全に生成されきっていない状態であるのに、生成を停止するよう指示する。この時期尚早な終止コドンは遺伝性疾患の大きな要因であり、すべての遺伝性疾患または癌の10%から30%程に関係しているとされている。

アフゼリアス氏によると、tRNAエンジニアリングの背後にある考え方は、tRNAがそれらの終止サインを読み込んだ場合でも、完全なタンパク質を組み立てられるということである。

「何千という病気にこれらの終止コドンがまったく同様のかたちで関与している可能性があります。これらのタンパク質に挿入すべきアミノ酸は同一のものです。実際に広範囲に渡る遺伝性疾患に同一のtRNA薬剤を使用することが可能です」。とアフゼリアス氏は語った。

AlltrnaのtRNA に対するアプローチはtRNAベースの薬剤開発を実際に行うのに必要なツールを拡張するところから始まる。tRNAを発現させ、そのレベルを計測し、修正し、そして合成する基本的な手法は現在「非常に技術的に難しい課題です」とアナスタシアディス氏は述べた。

「プラットフォームの一部としてまず私たちが行ったのは、実際にこれらのAlltrnaの独自のツールを構築したことでした」。

tRNA治療のためのプラットフォームの開発は、計画にそって進んでいる。現在のところ、同社はどこと提携しているかや、どういった病気を治療対象と考えて開発に取り組んでいるかについては明らかにしていない。

Flagshipは現在までに、Alltrnaに5000万ドル(約54億円)を提供している。これは2021年FlagshipがLarondeに最初に提供した額と同額である。アフゼリアス氏は今後「適切な時期が来たら」外部からの投資も求めたい考えだと語った。

画像クレジット:LAGUNA DESIGN / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

タンパク質ベースの医薬品を開発するGenerate BiomedicinesがシリーズBで422億円調達

医薬品開発の分野に引き寄せられる投資が増え続けている。米国時間11月18日には、Generate Biomedicines(ジェネレート・バイオメディシンズ)が3億7000万ドル(約422億円)のシリーズBラウンドを発表した。

同社は、プラットフォームをベースとした医薬品開発のアプローチをうたっているが、独自のひねりを加え、タンパク質に取り組んでいる。

同社の仮説はシンプルだ。自然界(あるいは多くの場合、科学的なデータや文献)にすでに存在するタンパク質とターゲットを結びつけるのではなく、全体像を理解することを目指している。つまり、どのようにタンパク質が作られ、なぜそれらがそう振る舞うのか(つまり、基本的には体内のすべてのこと)についての「基礎的な原理」の理解だ。最終的な目標は、その知識を利用し、いつの日か「生命の機能の大部分」を動かせる新しいタンパク質を作ることだ、とCEOのMike Nally(マイク・ナリー)氏はTechCrunchに語った。

この3年間で、同社はそのような基本原理を実用化することができた。

「私たちは、抗体、ペプチド、酵素、細胞治療、遺伝子治療など、あらゆるタンパク質の形状で、新しいタンパク質を生成することができました」とナリー氏は話す。

Generate Biomedicinesは、Moderna(モデルナ)の投資家であるFlagship Pioneeringが育てた、優れた企業の1つだ。Generate Biomedicinesは、2020年にステルスモードから脱け出し、Flagship Pioneeringから5000万ドル(57億円)の初期投資を受けた。新たに創業したAlltrnaのような、Flagship Pioneeringが投資する他の会社と同じ事が起きた。

この最新のラウンドは、Generate Biomedicinesにとって、初めて外部から資金調達するという重要な試みだ。このラウンドでは、Alaska Permanent Fund、Altitude Life Science Ventures、ARCH Venture Partnersや、T. Rowe Price Associatesが顧問を務めるファンドや口座の他、Flagship Pioneeringも追加で投資した。

これまでのところ、Generate Biomedicinesは関心を集めることに苦労していないようだ。

一方で、同社は一般的なトレンドの追い風を受けている可能性もある。創薬に対するベンチャーキャピタルの投資額は、2019年から2020年にかけてほぼ倍増し、162億ドル(約1兆8500億円)に達した。一方、AIによる医薬品開発への投資も雪だるま式に増えている。スタンフォード大学の2020年のレポートによると、2020年には139億ドル(1兆5800億円)に達し、2019年の資金調達の4倍以上の水準になった。2021年8月には、Signify Researchのレポートによると、資金調達額は107億ドル(約1兆2200億円)に達した。

今回のラウンドは大規模だが、Insilico Medicineの2億5500万ドル(約291億円)のシリーズCや、 Cellarity(Flagship Pioneeringが投資するパイオニア企業)の1億2300万ドル(約140億円)のシリーズBなど、類似領域の企業に2021年見られた数字からそれほど遠くはない。

Generate Biomedicinesの経営陣によると、今回の規模のラウンドが達成できたのは、タンパク質生物学やタンパク質ベースの医薬品開発に新たに取り組んできたおかげだ。

治療用タンパク質、特にモノクローナル抗体は、医薬品市場で大きなシェアを占めるようになっている。2018年に最も売れた薬トップ10のうち、7つがモノクローナル抗体だった。Bioprocess Internationalの2020年のレポートによると、過去5年間、全世界でのモノクローナル抗体の売上高は、他のバイオ医薬品よりも速く成長した。

モノクローナル抗体は、おそらく腫瘍学や免疫学の領域で最もよく知られている。しかし、使用例は拡がっている。例えば、Eli Lilly(イーライリリー)が新型コロナウイルス治療のために製造しているようなモノクローナル抗体は、治療用タンパク質の一例であり、読者はすでに耳にしたことがあるかもしれない。

Generate Biomedicinesはあらゆるタンパク質を視野に入れているが、当初は抗体の開発に注力していた。ナリー氏によると、抗体はタンパク質ベースのバイオ治療薬市場の約60%を占める。

しかし、抗体の開発は青写真のほんの一部にすぎない。共同創業者であり、チーフストラテジーイノベーションオフィサーであるMolly Gibson(モリー・ギブソン)氏は、タンパク質の機能の基本原理に着目すれば、タンパク質をオーダーメイドで設計できると語る。

スケールの大きさを理解するために、生命誕生以来、自然淘汰の過程で洗練されてきたすべてのタンパク質を思い浮かべて欲しい。そうしたタンパク質は、生命の構成要素であるタンパク質のごく一部にすぎないのだ。

「生命の歴史の中で自然界に残った配列空間の量は、地球上のすべての海に含まれる水のたった一滴に相当します」とギブソン氏は語る。

Generate Biomedicinesは、現存する未利用のタンパク質を発見するのではなく、人間が作ることのできる他の機能性タンパク質を、人工知能を使って理解するアプローチをとる。

とはいえ、治療用タンパク質は簡単に作れる薬ではない。歴史的に見ても、免疫システムは新しいタンパク質を受け入れないことが多い。しかし、ギブソン氏は、同社の技術がこの障害を克服できると話す。同社は、免疫原性とタンパク質の機能を「ともに最適化」することができるという。

「そのために、免疫系がタンパク質をどのように認識するかを測定する独自の実験手法と機械学習アプローチを開発しました。それらにより、免疫系による認識を避けることができます」とギブソン氏は語る。

全体として、Generate Biomedicinesは自らを医薬品メーカーであると同時にプラットフォームでもあると考えている。同社は、前臨床段階にあるいくつかの医薬品候補を抱える(重点的に取り組んでいるのは、感染症、腫瘍学、免疫学だとナリー氏はいう)。目標は、2023年までに治験薬として認可されることだ。

しかし、同社の最大の伸びしろは、タンパク質ベースの医薬品開発プロセス全般を円滑に進めるためのプラットフォームであることだとナリー氏はいう。同氏は過去に、提携が戦略の一部になると指摘していた。これまでのところ、同社は何も公表していない。だが同氏は、同社が深い疾患領域の専門知識や、特定のターゲットに関する専門知識を持つパートナーを探していると付け加えた。

今回の資金調達により、Generate Biomedicinesは従業員を500人に増やす予定だ(現在の従業員数は80人)。また、ウェットラボ、機械学習、データ生成能力を拡張するために、2つの施設を建設中だ。

画像クレジット:JUAN GAERTNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Nariko Mizoguchi

「臓器もどき」とAIで、医薬品開発のスピードアップと動物実験の削減を目指すイスラエルのQuris

創薬のプロセスに動物実験は必要悪だ。マウス(ハツカネズミ)は特に人間に近いとはいえないものの、マウスを代替するものはないようにも思える。イスラエルを拠点とするQuris(クリス)は「チップ上の患者(複数のオルガノイドをリンクさせたシステム)」のデータとAIとを組み合わせて、マウスを必要としない新開発の本格的な方法で、低コストで極めて信頼性の高い試験と自動化を実現する、と主張している。

同社は、試験運用から実際の生産に移行するために900万ドル(約10億3000万円)を資金調達した。また、錚々(そうそう)たる後援者およびアドバイザーたちも、同社のアプローチが持つ利点を示す有望な指標となっている。

ベースとなるのは非常に理にかなったアイデアだ。これまで以上に優れた人体の小規模シミュレーションを構築し、それを使って機械学習システムが解釈しやすいデータを収集する。もちろん「言うは易し、行うは難し」だが、研究者たちのそんなアイデアを受けて、Qurisはすぐさまこれを実行に移した。

Qurisのアプローチは、ハーバード大学で行われた、いわゆる「organs on a chip(生体機能チップ)」の使用に関する大規模な研究に基づいている。まだ比較的新しいが、この分野ではすでに確立されたシステムで、少量の幹細胞から作られた組織(オルガノイド、臓器もどき)を薬や治療法の実験台として使用し、例えば人間の肝臓がある物質の組み合わせに対してどのように反応するかを調べることができる。

ハーバード大学では、複数の臓器(肝臓、腎臓、心臓の細胞など)の生体機能チップをリンクさせることで、驚くほど効果的に人体のシミュレーションが可能になるということが発見された。本物(の人体)にはかなわないとはいえ、複数のオルガノイドをリンクさせたシステム=「チップ上の患者」は、マウス実験に代わる真の手段となる可能性がある。というのも、マウスでの実験に合格した分子が人での実験に合格する確率は10%未満という事実にもかかわらず、マウスでの実験は未だに行われているからである。

Qurisの共同設立者でCEOのIsaac Bentwich(アイザック・ベントウィッチ)氏は、同氏と同僚はこの研究結果が発表された直後にこの研究が持つ将来性に気づき、実験的なシステムから規模を拡大するために、エンジニアリングとAIという点で何が必要かを考え始めたという。Qurisが取り組むのは単なるマウスの代替ではない。制約のある、人を使った実験を、人を使わずに、かつマウスの不確実性を排除して(比較的)安価に行う方法である。

自動化された「チップ・オン・チップ」デバイスの全体像(画像クレジット:Quris)

ベントウィッチ氏はインタビューで次のように話す。「あなたが製薬会社だと仮定しましょう」「理論上では効果がありそうな分子があるとします。実際に効果があるかどうかを調べるのに、臨床試験を行う寸前まで待ちますか?ゲノム情報をいくら集めても、マウスの実験で失敗する確率は90%です。Qurisの手法があれば、レースに出る前にうまく機能する(しそうな)分子を選別することができるのです」。

医薬品候補が臨床段階に到達するまでに何百億円もの費用がかかることを考えると、失敗する(はずの)候補を除外するために、わずかな費用(数十億円程度)を費やす価値は十二分にある。手法が正確であれば(おそらく正確なはずだが)、リスクは実質的にゼロであり、高額を費やしながらも失敗する(はずの)医薬品候補を1つ除外するだけで元が取れる。ベントウィッチ氏によれば、要はソフトウェア産業における「Fail fast, fail cheap(損害の少ないうちにさっさと失敗しよう)」という考え方を、こういう考え方がまったく存在しなかった医薬品という領域に持ち込んだのだ。

Qurisのシステムでは、チップオンチップという技術を使用する。つまり、複数のオルガノイド(チップ)を並べて(別のチップ上に)配置するのだが、最新の研究室のシステムと比べてはるかに小さく、効率的である。ハーバード大学で行われた実験方法で100人分のオルガノイドを調査するには何億円もかかるが、Qurisのシステムでは100万円以下で済む。Qurisの自動システムには適切に訓練された機械学習モデルが採用され、使用する生体物質の量も少ないからだ。

機械学習モデルはQurisのもう1つの特徴である。実験を理解し、実験の実行と解釈をサポートするQuris独自のAIを機能させるには、同社だけのデータセットが欠かせない。同社のAIは、既存の医薬品や今後発売される医薬品の一部を学習済みで、物質の安全性にとってさまざまなセンサーからの信号がどのような意味を持つかを学習する。これにより(500匹のマウスの代わりに)一握りのチップで効果的な実験を行えるようになる。

チップ自体もすべて同じではない。幹細胞や組織を慎重に操作・選択することで、人のさまざまなタイプ、さまざまな状態や表現型を検査することができる。効果は十分だが10%の確率で副作用が起こる医薬品があり、その原因がわからないとしよう。自動化された環境で異なる遺伝的素質や複雑な要因に対するテストを行えば、どのような要素がその副作用を引き起こすのかを調べることができるかもしれない。

ラボで作業するQurisチームのメンバー(画像クレジット:Quris)

AIはこれらすべてを認識し、カタログ化しているので、比較的少数の自動テスト(数千ではなく数十のテスト、コストも数億円ではなく数十万円)で、その医薬品候補を臨床試験に持ち込めるかどうかを判断できるようになるはずだ。AIによる解釈がなければ、データの解析は(何種類もの博士号が必要なぐらいの)難しい問題になる。しかし、ベントウィッチ氏は、生物学的な側面を排除してAIだけに頼ることは決して想定できないとすぐに気づいたと言い「『AIは生物という相手と連携する必要がある』というのが、哲学、生物学という点での私たちの見解です」と話す。

科学諮問委員会に参加しているModerna(モデルナ)の共同設立者、Robert Langer(ロバート・ランガー)氏は、このTechCrunchのインタビューでベントウィッチ氏の見解に同意し、この技術はすぐに採用されるだろうが、(本質的に)保守的な大手製薬会社がどうするかはわからない、と予測している。

ランガー氏は次のように話す。「これは非常に大きなチャンスだと思います」「私は他の化学分野でも『AIを使ってこれらの予測を行うことができる』という類似のアイデアを持っています。(動物での、あるいは人での)試験に置き換わるものではありませんが、候補を絞ることで、プロセスを爆発的な速さで進めることができるだろうと思っています」。

ランガー氏やノーベル賞受賞者のAaron Ciechanover(アーロン・チカノーバー)氏のような人物を味方につけるのは良いことだが、ベントウィッチ氏は、Qurisのビジネスはランガー氏やチカノーバー氏の特許ポートフォリオとこの分野における優位性に依存している、と話す。Qurisはニューヨーク幹細胞財団と契約を締結し、財団の幹細胞ワークフローを特別に利用している。

このビジネスモデルには2つの柱がある。1つは、製薬会社に医薬品候補をスクリーニングするサービスを提供し、その結果が正確であると証明された場合(例えばQurisのシステムによって絞り込まれた医薬品が、予測通りに所定の試験をクリアした場合)に支払いを受け取るというものであり、もう1つは、自社の医薬品の開発だ。現在、同社は自閉症に関連する脆弱X症候群の治療薬を開発中で、来年には臨床試験を開始すると予定している。

ベントウィッチ氏は、AIを活用した創薬が急増し、投資が行われているにもかかわらず、自社の研究成果である分子が臨床試験に入ったといえる企業はほとんどない、と指摘する。この理由としては、たとえば企業が、特定の生物活性を持つ分子やその効率的な製造方法を公表するなどの主張を行っていないからではなく、(医薬品候補となる分子の)発見、試験、承認のプロセスには他にも時間のかかる多くのステップがあり、AIなどを利用することで以前よりは高くなったとはいえ、成功する確率はまだまだ低い、ということにある。

シードラウンドでの900万ドルの資金調達について、ベントウィッチ氏は「私たちの装置を製品化し、一層の効率化、自動化を図り、AIを訓練するために最初の100~1000種類の薬をテストするための資金として非常に有効です」と話す。プレスリリースによると、今回の資金調達ラウンドは「心血管治療のパイオニアであるJudith Richter(ジュディス・リヒター)博士とKobi Richter(コビ・リヒター)博士が主導し、データストレージの革新的技術の先駆者であるMoshe Yanai(モシェ・ヤナイ)氏と複数の戦略的エンジェル投資家が参加した」という。機関投資家からの投資が見当たらない点については読者の判断に委ねたい。

ベントウィッチ氏は、Qurisの未来を「完全にパーソナライズされた医療」という自身が持つ大まかな未来像の一部として捉えている。幹細胞のコストが下がり続ければ(数億円だったものがすでに数十万円に下がっている)、まったく新しい市場が開拓されるだろう。

「製薬会社が高価な実験をするだけという状況は変わるでしょう。5年後、10年後には、何億もの人々が創薬をしているかもしれません。考えてみれば、私たちの今の生活は、野蛮なものとも言えるのです」とベントウィッチ氏。「薬剤師は起こりうる可能性のある副作用を教えてくれますが、はっきりとしたことはわかりません。自分はモルモットだと思いませんか?私たちは全員がモルモットです。しかし、それこそがこの状況からの脱却の第一歩です」。

画像クレジット:Andrew Brookes / Getty Images

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

グーグルの親会社アルファベットがAIを活用して創薬に挑むIsomorphic Labsを設立

創薬の分野はAIの能力によって超高速化が進んでいる。複数の企業がさまざまな方法でAIを応用し、膨大な実際上の課題を、扱いやすい情報の問題に変えている。最近の動きとして、Google(グーグル)の親会社であるAlphabet(アルファベット)が、DeepMind(ディープマインド)のトップであるDemis Hassabis(デミス・ハサビス)氏の下でIsomorphic Labs(アイソモルフィックラボ)を設立し、この有望な新分野に挑戦する。

この会社については、初公開のブログ記事と、それに付随するごく一般的なFAQでは、ほとんど何も明らかにされていない。同社の目的は「生体システムを第一原理から理解し、病気治療の新方法を発見する計算プラットフォームを開発する」ことだ。

もちろん、この設立宣言には、いくつかの前提条件が織り込まれている。その中でも最も重要なのは、創薬に適した方法で生体システムを計算機上でシミュレートすることが可能であるという前提だ。

過去5年ほどの間に、よく似た目標を追求するために、複数の大企業が形成され、何億ドル(何百億円)もの資金が投入されたが、目に見える革命や、これまで治療不可能だった病気の特効薬をAIが発見したというようなことはなかった。その理由について考察することは本稿の範囲を超えているが(近い将来、Isomorphic Labsが取り組むことになるだろう)、AIシステムというものは奇跡の工場ではなく、いまだに膨大な時間・資金・試験管を必要とする長く複雑なプロセスの一部に過ぎないことは明らかだ。

ハサビス氏も馬鹿ではない。同氏は生物学を「情報処理システムです。ただし、非常に複雑で動的な」とやや楽観的に表現しているが(この分野の読者は下にスクロールしてコメント欄に向かっていることだろう)、直後にやや穏やかな言葉に置き換えた。

生物学はあまりにも複雑で混沌としているので、単純な数式では表現できないものです。しかし、物理学を記述する適切な言語は数学だということがわかったように、AIを応用する対象として生物学が最適だということが明らかになるかもしれません。

情報システムと生物システムには共通の構造があるのではないかという考えから「Isomorphic Systems(同型のシステム)」と名づけられた。同型とは、形は似ているが起源が異なるという意味だ。

同氏の説明の背景には、2020年、生物学者の度肝を抜いた、DeepMindのAI搭載タンパク質折り畳み構造解析システム「AlphaFold」が有効だとわかり、非常に複雑な分野で新たな常識を生み出すことに貢献したことがあるのは間違いない。

DeepMindの学習システムが汎用性や知識の伝達に特に親和性があることが明らかになりつつある。さまざまなタスクに再利用できる構造を持つということだ。AlphaFoldの成功が示すように、生物学的システムがこの種のシミュレーションや分析に適しているとすれば、ハサビス氏による検証は同社の幅広い能力を証明することになるかもしれない。

しかし、それが実現するのはしばらく先のことだろう。DeepMindがAI研究でスタートダッシュを見せたとしても、Isomorphicは基本的にこの問題をゼロから始めることになる(今後も両社は別々の会社として存在する見込みだが、研究結果は共有される可能性がある)。Isomorphicは、採用により「世界レベルの学際的なチーム」を構築しており、おそらく1~2年後には、同社の野望から生まれる成果の最初の兆候を目にすることができるだろう。

画像クレジット:Isomorphic Labs

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Nariko Mizoguchi

人の臓器を単三電池ほどのサイズで再現した「生体機能チップ」開発のEmulateが約90.2億円調達

「生体機能チップ」テクノロジーの開発に力を入れるバイオテクノロジー企業、Emulate Inc.(エミュレート)は、2021年9月上旬、8200万ドル(約90億2000万円)のシリーズEラウンドを終了した。このラウンドの目的は、薬品会社のニーズを満たし、生体機能チップのアイデアを研究室で活かすための臓器モデルの開発「ロードマップ」に対して、大規模な投資計画を立てることだ。

生体機能チップは、その名が示す通り、人間の臓器(または臓器系)を縮小し、単三電池ほどのサイズの小さなハードウェアに再現したものだ。「チップ」と呼ばれるそのハードウェアには、ヒト細胞(脳細胞、腎臓、肺、腸など)を培養できるチャンバーが組み込まれている。このチップを操作すると、呼吸や臓器の血流など、人体で起こり得る機械的な力をシミュレートすることができる。

チップは最終的には人体の状態を模倣する予定であり、製薬会社はそのチップを使用して、新しい候補薬剤が投与されたときに何が起こるかを正確に予測できるようになるはずだ。このチップは、臨床前試験プロセスにおいて重要な意味を持つ実験の新たなモデルになる。現在この分野の研究は、細胞または動物を使った従来のモデルが主流になっているが、Emulateなどの企業がこのパラダイムを変えようとしている。

Emulateは2013年に創設され、これまでに約2億5500万ドル(約280億5000万円)の資金を調達している。Northpond Ventures(ノースポンド・ベンチャーズ)とPerceptive Advisors(パースペクティブ・アドバイザー)が主導する今回のシリーズEラウンドは、研究開発への投資を強化し、製薬会社との対話を通じて着目してきた生体機能チップアプリケーションを開発するというEmulateの計画の一環である。現在、Emulateは、Roche(ロシュ)、Genentech(ジェネンテック)、Johnson & Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)、Gilead Sciences(ギリアド・サイエンシズ)を含む21の主要な製薬会社を顧客に持っている。

「当社は、製薬会社がどの分野(特定の種類の分子、バイオ医薬品など)に研究開発費を費やしているかを調査し、その分野に合わせたロードマップ、一連のアプリケーションを開発しました」と、EmulateのCEO、Jim Corbett(ジム・コルベット)氏はテッククランチに話した。

Emulateは、2021年1月にこのロードマップに含まれるいくつかの新しい製品とサービスを発表した。例えば中枢神経系障害(アルツハイマー病など)の研究を支援するために設計されたEmulate脳チップ、(肺チップ、肝臓チップ、腸チップを使用して)肺、肝臓、腸全体で免疫システムがどのように相互作用しているかを調査する免疫細胞動員アプリケーション、肝臓チップに組み込まれたマイクロバイオームモデルなどだ。

コルベット氏によると、同社は、今後2年間で14のアプリケーションを展開し、そのうち7つは2022年に展開する予定だ。

生体機能チップは、およそ10年前から存在する。NIHは、宇宙飛行の影響を研究するために、生体機能チップを宇宙に打ち上げたことがある。また2010年から細胞組織チップのテストと検証プログラムを開発している。

バイオエンジニアリングの雑誌に2020年に掲載された解説論文によると、生体機能チップ業界の最近の評価額は約2100万ドル(約23億1000万円)だったが、2025年までには約2億2000万ドル(約242億円)まで上昇する可能性ある。

評価額の上昇は、生体機能チップが、前臨床側の医薬検査プロセスを変えられるかどうかに大きく左右される。また生体機能チップ自体は、そのプラットフォームから収集されたデータをFDAがどう評価するかで大きく状況が変わる。

生体機能チップのテクノロジー自体は(治療薬や装置ではないので)FDAの承認はいらないが、製薬会社はほぼ確実に、FDAが生体機能チップを使った実験を受け入れているという保証を求めるだろう。

コルベット氏によると、FDAは、これらのプラットフォームで収集されたデータを「非常に前向きに受け入れている」ようだ。

同社が過去にFDAと緊密に協力していた証拠がある。たとえば2020年、EmulateはFDAと共同研究開発契約(CRADA)を結んだ。CRADAでは、連邦政府以外の協力者がFDAの研究所で行われる研究プロジェクトに資金と設備を提供することを許可している。FDAは資金を提供しないが、このようなプロジェクトで開発された知的財産をライセンス供与することを協力者に認めている。

このプロジェクトを通して、Emulateの肺チップは新型コロナウイルスの研究に使用された。脳、肝臓、腸の各チップも、個々の研究プロジェクトに利用された。

FDAの協力はさておき、臓器チップに取り組んでいる企業にとっては都合の良い規制に関する動きがあった。たとえば4月に議会に提出された2021年のFDA近代化法では、FDAが薬物の安全性と有効性を評価するために「動物試験に代わる試験方法」を使用することを認めている。この法案では、非臨床試験 / 研究の定義に生体機能チップを明記している。

「近代化法が通過すれば、はっきりします」とコルベット氏。

生体機能チップの研究分野はまだ比較的新しい。最終的に多くの薬剤候補の実現に役立つかどうかは、まだ理論の段階である。しかし新たな資金調達ラウンドと規制に関する環境の変化があれば、近い将来、確かな答えが得られるかもしれない。

画像クレジット:Andriy Onufriyenko / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

NTTが数学の真理探求と長期的研究開発強化に向け「基礎数学研究センタ」設立、量子コンピューティングの速さの根源解明

NTTが数学の真理の探求と長期的研究開発強化に向け「基礎数学研究センタ」を設立、量子コンピューティングの速さの根源など解明

NTTは10月1日、長期的視野に立った基礎数学研究を推進するための組織「基礎数学研究センタ」(Institute for Fundamental Mathematics)を、NTT研究所内に新設した。現代数学の基礎理論体系構築に取り組みつつ、「量子コンピューティングの速さの根源」の解明や、未知の疫病の解明、新薬の発見などにおいて、「現代数学の手法を駆使した今までにないアプローチの提案を通じた貢献」を目指すという。

同センターのミッションは、「現代数学の多様かつ広範にわたる未知なる課題」に取り組み、「数学の真理の探求」を推進することであり、以下のような課題解決に貢献することだとしている。

  • 現代数学の未解決問題への挑戦を通じて新たな基礎理論体系を構築し、量子コンピューティングの速さの根源の解明、量子計算機でも破れない暗号方式の考案など、「デジタルを超える量子技術の革新に向けた研究」の加速
  • 生命科学、脳科学、社会科学などにおける現象の相互作用や未解明な振る舞いに関する、トポロジーと幾何学、数論、関数解析などの現代数学の発展と各研究領域の研究者との連携
  • 各研究分野での現代数学の数理的な記述方法を探索し、未知の疾病の解明、新薬の発見、超大規模シミュレーションとAIの融合による災害予測、災害救助を本格的に担えるアバターやロボットの構築
  • 人間の脳のダイナミクスや人の行動メカニズム、記憶、思考、意識が生まれるメカニズムの解明、新たな脳型計算機実現に向けた理論の発展への寄与

今後は、基礎数学分野の第一級の研究者を招き学術貢献すると同時に若手を育成し、NTTが提唱する光による高速大容量通信のネットワークと情報処理基盤を構築する「IOWN」(Innovative Optical and Wireless Network)構想の実現にまつわる諸問題の解決を目指すという。