資生堂が紫外線によるシミ・シワなど肌のくすみのメカニズムの一端を解明、カギを握るのはTIPARP遺伝子

資生堂が紫外線によるシミ・シワなど肌のくすみのメカニズムの一端を解明、カギを握るのはTIPARP遺伝子

資生堂は11月29日、太陽光線による皮膚の老化現象「光老化」などの影響で肌がくすみやすくなるメカニズムの一端を解明したことを発表した。光老化は、太陽光に含まれる紫外線によって生じる「シミ・シワ」などの肌の老化現象を指し、肌老化の主要な原因とされる。

これにより、遺伝子「TIPARP」が光老化によりメチル化(遺伝子情報が読み出せなくなる現象)され、肌のくすみを抑制する情報が正常に伝達されなくなることが明らかになった。また、深海に棲息する微生物由来の抽出物がTIPARP遺伝子の発現を促進し、DNAのメチル化を防ぐこともわかった。

TIPARPは抗酸化因子のひとつで、黄ぐすみやメラニンの生成を防ぐ作用があるなど、肌の明るさに関連している。だが、一度メラニン化した遺伝子は元に戻らず、それ以外の遺伝子も使われていないとメラニン化してしまう。そこでTIPARPの発現を高めれば、常に使われている状態を保つことができ、「くすみにくい肌」を維持できる。

資生堂では、肌の光老化に関して広範囲な遺伝子の研究を行ってきた。2006年には、「DNAマイクロアレイ法」という手法を用いて、非露光部・露光部・シミ部位の肌の3万個の遺伝子情報を独自に取得し、それぞれの部位の遺伝子発現の違いを明らかにしている。その後も研究を進めて蓄積された知見と、公共のビッグデータを融合させた膨大なデータを解析することで、「より本質的かつ正確に」光老化の肌への影響を調査し、今回の結果に至った。

さらに、TIPARP遺伝子の発現を促す薬剤の探索も行い、深海に生息する微生物由来の抽出液が有効であることも突き止めた。この抽出液を配合した基剤を使うことで、肌の黄ぐすみを減少させることができた。

この研究により資生堂は「これまでに浴びてきた紫外線量に関わらず、くすみをケアする新たなアプローチを見出すことに成功」したと話す。TIPARPの発現を高めることで、後天的に衰えた肌のくすみ改善機能を正常な状態に近づけることができるとのことだ。

寿命を延ばす研究に役立つオープンリサーチリソースを立ち上げるLongevicaが約2.8億円調達

ライフサイエンス企業であるLongevica(ロンジェビカ)は現地時間11月24日、オープンリサーチツールを立ち上げると発表した。医薬品試験を行う科学者や研究機関が、1000以上の薬理学的化合物の効果を追跡するデータセットにアクセスできるようにする。

これは、バイオテクノロジー企業である同社の最新の取り組みだ。同社は、健康的な加齢と寿命延伸メカニズムの研究のために、Xploration Capitalがリードしたラウンドで250万ドル(約2億8750万円)を調達した。

Longevicaは4月、研究成果に基づくサプリメントのラインナップを発表した。同社は11年以上前にスタートし、現在では長寿関連の投資家であり同社の社長でもあるAlexander Chikunov(アレクサンダー・チクノフ)氏をはじめとする投資家から1550万ドル(約18億円)以上を調達した。

関連記事:長寿スタートアップのLongevicaが長期研究に基づくサプリメントを発売予定

Longevicaの共同創業者でCEOのAinar Abdrakhmanov(アイナー・アブドラフマノフ)氏はTechCrunchに対し電子メールで、ステルス状態から抜け出した当初は、研究成果をできるだけ早く活用する最良の方法を見つけ出し、消費者向けの製品をいくつか市場に投入することに主眼を置いていたと語った。

「しかし、一連の深いインタビューを通して、長寿分野のほとんどの科学者にとって、インフラが不足していることがわかりました。私たちは、提携を通じた多くの研究の活用のために、社内のエンジンを共有することにしました。研究者にとって仕事に必要なデータプラットフォームを提供するのです」とアブドラクマノフ氏は付け加えた。

長く生きることは、人間とペットの両方を対象に、他の企業も取り組んでいる分野だ。世界のアンチエイジング医薬品市場は、2020年に約80億ドル(約9200億円)となり、2027年には倍増すると予測されている。

一方、Crunchbase Newsが7月に長寿分野のスタートアップ企業の状況を調査したところ、この分野で活動している30社以上が、合わせて数十億ドル(数千億円)の資金を調達していることがわかった。最近の例では、2700万ドル(約31億円)を調達したLoyalがある。同社は、動物の長寿を調べ、人間の長寿につなげるという長期的なビジョンを掲げている。

Longevicaが資金調達を開始したのは、エンド・ツー・エンドのオープンリサーチプラットフォームのアイデアを思いついたときからだ。今回調達した資金は、そのプラットフォームの開発と、同社の研究データセットの統合を支えるために使う。

アブドラフマノフ氏は、科学研究を消費者が使える製品にするパイプラインを検証することが目的だと述べている。

「加齢や寿命に関する仮説は数多くありますが、それらの仮説を実際に検証して、誰が正しいのかを見極めることが、明らかにボトルネックになっています」と同氏は付け加えた。「私たちのプラットフォームは、科学界が答えに少しでも近づくために役立つはずです」。

チクノフ氏とLongevicaの共同創業者であるAlexey Ryazanov(アレクセイ・リャザノフ)博士が主導した当初の研究では、1033種類の化合物をテストし、有意な寿命延伸効果を示した。その研究については、査読付き論文の発表が間近に迫っている。アブドラフマノフ氏は、これは「どちらかというとムーンショットプロジェクト」だという。この方向性であれば、より早く結果を出すことができ、業界全体にとっても有益であることを、同社の投資家たちは見抜いていたとも述べている。

新たな研究能力を手に入れたLongevicaは、ジャクソン研究所での新たな研究で、300種類の化合物をより深くテストする。また、2022年1月には、6月に開始される本格的な薬理学的スクリーニング実験で薬を試したい研究者から、申請の受け付けを開始する。

「また、1月に私たちは公開データベースを始めます。マウスを使ったほとんどの長寿関連の実験のマークアップデータを含み、公開されているものと、まだ発表されていないものの両方があります」とアブドラフマノフ氏は話す。「このプラットフォームはすべて無料のオープンソースで、プログラムコードもGitHubで公開されます」。

画像クレジット:Vinoth Chandar

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(文:Christine Hall、翻訳:Nariko Mizoguchi

東京大学がヒトiPS未分化細胞培養における世界最高レベルの超高密度化に成功、細胞あたりの培養コストを8分の1に低減

iPS細胞で犬をはじめ動物再生医療に取り組む、日本大学・慶應義塾大学発「Vetanic」が総額1.5億円を調達

東京大学大学院工学系研究科は11月22日、未分化(特定の機能を持つ細胞に分化する前)の状態でiPS細胞を超高密度に培養する独自のシステムを開発し、培養コストを1/8に低減できたことを発表した。増殖因子(増殖を促すタンパク質)の量を変えずに8倍の増殖を可能にしたということで、その密度は1mlあたり細胞3200万個と、世界最高となった。

東京大学大学院工学系研究科の酒井康行教授らからなる研究グループは、カネカ、日産化学との共同で、ヒトiPS細胞の未分化増殖のコストを1/8に低減する小規模培養システムを開発した。透析膜で仕切られた上下2つの空間を持ち、その上部で細胞を培養する。そこに増殖因子を溜めておくが、栄養素や老廃物は下部と行き来できる。ここに多糖を添加することで、増殖を従来の8倍に高密度化できた。

再生医療で大いに期待されているiPS細胞だが、増殖因子の高い価格が、その未分化細胞の大量増殖のネックになっている。増殖因子を低分子化合物に置き換える研究も進んでいるが、コストを下げるまでに至っていない。透析膜を使った培養工学的手法も研究されているものの、増殖密度が低かったり、コストの削減は実現されていなかった。

同研究グループのシステムは、高価な増殖因子をフルに使える構造になっている。さらに、実験の結果、iPS細胞から「自己組織化能の現れ」として、iPS細胞自らが分泌する増殖因子「Nordal」の濃度が培養につれて増加するという現象が認められた。これが大量の細胞培養につながったと考えられている。

東京大学がヒトiPS未分化細胞培養における世界最高レベルの超高密度化に成功、細胞あたりの培養コストを8分の1に低減

今回のシステムは細胞培養部の容量が約2mlと小さいため、スケールアップが必要だと研究グループは考えているが、増殖密度が8倍になったことで、システムのサイズは1/10程度に小型化することが可能となる。今後はより高密度化を進め、さらに、未分化細胞の増殖に比べて数十倍のコストがかかる臓器細胞への分化誘導にこの方式が有効に働くかの検討を行うとしている。すでに、未発表ながら、肝臓や膵島分化の第一段階(内胚葉分化)で、増殖因子の使用量を1/8程度に低減させることに成功しているとのことだ。

タンパク質ベースの医薬品を開発するGenerate BiomedicinesがシリーズBで422億円調達

医薬品開発の分野に引き寄せられる投資が増え続けている。米国時間11月18日には、Generate Biomedicines(ジェネレート・バイオメディシンズ)が3億7000万ドル(約422億円)のシリーズBラウンドを発表した。

同社は、プラットフォームをベースとした医薬品開発のアプローチをうたっているが、独自のひねりを加え、タンパク質に取り組んでいる。

同社の仮説はシンプルだ。自然界(あるいは多くの場合、科学的なデータや文献)にすでに存在するタンパク質とターゲットを結びつけるのではなく、全体像を理解することを目指している。つまり、どのようにタンパク質が作られ、なぜそれらがそう振る舞うのか(つまり、基本的には体内のすべてのこと)についての「基礎的な原理」の理解だ。最終的な目標は、その知識を利用し、いつの日か「生命の機能の大部分」を動かせる新しいタンパク質を作ることだ、とCEOのMike Nally(マイク・ナリー)氏はTechCrunchに語った。

この3年間で、同社はそのような基本原理を実用化することができた。

「私たちは、抗体、ペプチド、酵素、細胞治療、遺伝子治療など、あらゆるタンパク質の形状で、新しいタンパク質を生成することができました」とナリー氏は話す。

Generate Biomedicinesは、Moderna(モデルナ)の投資家であるFlagship Pioneeringが育てた、優れた企業の1つだ。Generate Biomedicinesは、2020年にステルスモードから脱け出し、Flagship Pioneeringから5000万ドル(57億円)の初期投資を受けた。新たに創業したAlltrnaのような、Flagship Pioneeringが投資する他の会社と同じ事が起きた。

この最新のラウンドは、Generate Biomedicinesにとって、初めて外部から資金調達するという重要な試みだ。このラウンドでは、Alaska Permanent Fund、Altitude Life Science Ventures、ARCH Venture Partnersや、T. Rowe Price Associatesが顧問を務めるファンドや口座の他、Flagship Pioneeringも追加で投資した。

これまでのところ、Generate Biomedicinesは関心を集めることに苦労していないようだ。

一方で、同社は一般的なトレンドの追い風を受けている可能性もある。創薬に対するベンチャーキャピタルの投資額は、2019年から2020年にかけてほぼ倍増し、162億ドル(約1兆8500億円)に達した。一方、AIによる医薬品開発への投資も雪だるま式に増えている。スタンフォード大学の2020年のレポートによると、2020年には139億ドル(1兆5800億円)に達し、2019年の資金調達の4倍以上の水準になった。2021年8月には、Signify Researchのレポートによると、資金調達額は107億ドル(約1兆2200億円)に達した。

今回のラウンドは大規模だが、Insilico Medicineの2億5500万ドル(約291億円)のシリーズCや、 Cellarity(Flagship Pioneeringが投資するパイオニア企業)の1億2300万ドル(約140億円)のシリーズBなど、類似領域の企業に2021年見られた数字からそれほど遠くはない。

Generate Biomedicinesの経営陣によると、今回の規模のラウンドが達成できたのは、タンパク質生物学やタンパク質ベースの医薬品開発に新たに取り組んできたおかげだ。

治療用タンパク質、特にモノクローナル抗体は、医薬品市場で大きなシェアを占めるようになっている。2018年に最も売れた薬トップ10のうち、7つがモノクローナル抗体だった。Bioprocess Internationalの2020年のレポートによると、過去5年間、全世界でのモノクローナル抗体の売上高は、他のバイオ医薬品よりも速く成長した。

モノクローナル抗体は、おそらく腫瘍学や免疫学の領域で最もよく知られている。しかし、使用例は拡がっている。例えば、Eli Lilly(イーライリリー)が新型コロナウイルス治療のために製造しているようなモノクローナル抗体は、治療用タンパク質の一例であり、読者はすでに耳にしたことがあるかもしれない。

Generate Biomedicinesはあらゆるタンパク質を視野に入れているが、当初は抗体の開発に注力していた。ナリー氏によると、抗体はタンパク質ベースのバイオ治療薬市場の約60%を占める。

しかし、抗体の開発は青写真のほんの一部にすぎない。共同創業者であり、チーフストラテジーイノベーションオフィサーであるMolly Gibson(モリー・ギブソン)氏は、タンパク質の機能の基本原理に着目すれば、タンパク質をオーダーメイドで設計できると語る。

スケールの大きさを理解するために、生命誕生以来、自然淘汰の過程で洗練されてきたすべてのタンパク質を思い浮かべて欲しい。そうしたタンパク質は、生命の構成要素であるタンパク質のごく一部にすぎないのだ。

「生命の歴史の中で自然界に残った配列空間の量は、地球上のすべての海に含まれる水のたった一滴に相当します」とギブソン氏は語る。

Generate Biomedicinesは、現存する未利用のタンパク質を発見するのではなく、人間が作ることのできる他の機能性タンパク質を、人工知能を使って理解するアプローチをとる。

とはいえ、治療用タンパク質は簡単に作れる薬ではない。歴史的に見ても、免疫システムは新しいタンパク質を受け入れないことが多い。しかし、ギブソン氏は、同社の技術がこの障害を克服できると話す。同社は、免疫原性とタンパク質の機能を「ともに最適化」することができるという。

「そのために、免疫系がタンパク質をどのように認識するかを測定する独自の実験手法と機械学習アプローチを開発しました。それらにより、免疫系による認識を避けることができます」とギブソン氏は語る。

全体として、Generate Biomedicinesは自らを医薬品メーカーであると同時にプラットフォームでもあると考えている。同社は、前臨床段階にあるいくつかの医薬品候補を抱える(重点的に取り組んでいるのは、感染症、腫瘍学、免疫学だとナリー氏はいう)。目標は、2023年までに治験薬として認可されることだ。

しかし、同社の最大の伸びしろは、タンパク質ベースの医薬品開発プロセス全般を円滑に進めるためのプラットフォームであることだとナリー氏はいう。同氏は過去に、提携が戦略の一部になると指摘していた。これまでのところ、同社は何も公表していない。だが同氏は、同社が深い疾患領域の専門知識や、特定のターゲットに関する専門知識を持つパートナーを探していると付け加えた。

今回の資金調達により、Generate Biomedicinesは従業員を500人に増やす予定だ(現在の従業員数は80人)。また、ウェットラボ、機械学習、データ生成能力を拡張するために、2つの施設を建設中だ。

画像クレジット:JUAN GAERTNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Nariko Mizoguchi

「臓器もどき」とAIで、医薬品開発のスピードアップと動物実験の削減を目指すイスラエルのQuris

創薬のプロセスに動物実験は必要悪だ。マウス(ハツカネズミ)は特に人間に近いとはいえないものの、マウスを代替するものはないようにも思える。イスラエルを拠点とするQuris(クリス)は「チップ上の患者(複数のオルガノイドをリンクさせたシステム)」のデータとAIとを組み合わせて、マウスを必要としない新開発の本格的な方法で、低コストで極めて信頼性の高い試験と自動化を実現する、と主張している。

同社は、試験運用から実際の生産に移行するために900万ドル(約10億3000万円)を資金調達した。また、錚々(そうそう)たる後援者およびアドバイザーたちも、同社のアプローチが持つ利点を示す有望な指標となっている。

ベースとなるのは非常に理にかなったアイデアだ。これまで以上に優れた人体の小規模シミュレーションを構築し、それを使って機械学習システムが解釈しやすいデータを収集する。もちろん「言うは易し、行うは難し」だが、研究者たちのそんなアイデアを受けて、Qurisはすぐさまこれを実行に移した。

Qurisのアプローチは、ハーバード大学で行われた、いわゆる「organs on a chip(生体機能チップ)」の使用に関する大規模な研究に基づいている。まだ比較的新しいが、この分野ではすでに確立されたシステムで、少量の幹細胞から作られた組織(オルガノイド、臓器もどき)を薬や治療法の実験台として使用し、例えば人間の肝臓がある物質の組み合わせに対してどのように反応するかを調べることができる。

ハーバード大学では、複数の臓器(肝臓、腎臓、心臓の細胞など)の生体機能チップをリンクさせることで、驚くほど効果的に人体のシミュレーションが可能になるということが発見された。本物(の人体)にはかなわないとはいえ、複数のオルガノイドをリンクさせたシステム=「チップ上の患者」は、マウス実験に代わる真の手段となる可能性がある。というのも、マウスでの実験に合格した分子が人での実験に合格する確率は10%未満という事実にもかかわらず、マウスでの実験は未だに行われているからである。

Qurisの共同設立者でCEOのIsaac Bentwich(アイザック・ベントウィッチ)氏は、同氏と同僚はこの研究結果が発表された直後にこの研究が持つ将来性に気づき、実験的なシステムから規模を拡大するために、エンジニアリングとAIという点で何が必要かを考え始めたという。Qurisが取り組むのは単なるマウスの代替ではない。制約のある、人を使った実験を、人を使わずに、かつマウスの不確実性を排除して(比較的)安価に行う方法である。

自動化された「チップ・オン・チップ」デバイスの全体像(画像クレジット:Quris)

ベントウィッチ氏はインタビューで次のように話す。「あなたが製薬会社だと仮定しましょう」「理論上では効果がありそうな分子があるとします。実際に効果があるかどうかを調べるのに、臨床試験を行う寸前まで待ちますか?ゲノム情報をいくら集めても、マウスの実験で失敗する確率は90%です。Qurisの手法があれば、レースに出る前にうまく機能する(しそうな)分子を選別することができるのです」。

医薬品候補が臨床段階に到達するまでに何百億円もの費用がかかることを考えると、失敗する(はずの)候補を除外するために、わずかな費用(数十億円程度)を費やす価値は十二分にある。手法が正確であれば(おそらく正確なはずだが)、リスクは実質的にゼロであり、高額を費やしながらも失敗する(はずの)医薬品候補を1つ除外するだけで元が取れる。ベントウィッチ氏によれば、要はソフトウェア産業における「Fail fast, fail cheap(損害の少ないうちにさっさと失敗しよう)」という考え方を、こういう考え方がまったく存在しなかった医薬品という領域に持ち込んだのだ。

Qurisのシステムでは、チップオンチップという技術を使用する。つまり、複数のオルガノイド(チップ)を並べて(別のチップ上に)配置するのだが、最新の研究室のシステムと比べてはるかに小さく、効率的である。ハーバード大学で行われた実験方法で100人分のオルガノイドを調査するには何億円もかかるが、Qurisのシステムでは100万円以下で済む。Qurisの自動システムには適切に訓練された機械学習モデルが採用され、使用する生体物質の量も少ないからだ。

機械学習モデルはQurisのもう1つの特徴である。実験を理解し、実験の実行と解釈をサポートするQuris独自のAIを機能させるには、同社だけのデータセットが欠かせない。同社のAIは、既存の医薬品や今後発売される医薬品の一部を学習済みで、物質の安全性にとってさまざまなセンサーからの信号がどのような意味を持つかを学習する。これにより(500匹のマウスの代わりに)一握りのチップで効果的な実験を行えるようになる。

チップ自体もすべて同じではない。幹細胞や組織を慎重に操作・選択することで、人のさまざまなタイプ、さまざまな状態や表現型を検査することができる。効果は十分だが10%の確率で副作用が起こる医薬品があり、その原因がわからないとしよう。自動化された環境で異なる遺伝的素質や複雑な要因に対するテストを行えば、どのような要素がその副作用を引き起こすのかを調べることができるかもしれない。

ラボで作業するQurisチームのメンバー(画像クレジット:Quris)

AIはこれらすべてを認識し、カタログ化しているので、比較的少数の自動テスト(数千ではなく数十のテスト、コストも数億円ではなく数十万円)で、その医薬品候補を臨床試験に持ち込めるかどうかを判断できるようになるはずだ。AIによる解釈がなければ、データの解析は(何種類もの博士号が必要なぐらいの)難しい問題になる。しかし、ベントウィッチ氏は、生物学的な側面を排除してAIだけに頼ることは決して想定できないとすぐに気づいたと言い「『AIは生物という相手と連携する必要がある』というのが、哲学、生物学という点での私たちの見解です」と話す。

科学諮問委員会に参加しているModerna(モデルナ)の共同設立者、Robert Langer(ロバート・ランガー)氏は、このTechCrunchのインタビューでベントウィッチ氏の見解に同意し、この技術はすぐに採用されるだろうが、(本質的に)保守的な大手製薬会社がどうするかはわからない、と予測している。

ランガー氏は次のように話す。「これは非常に大きなチャンスだと思います」「私は他の化学分野でも『AIを使ってこれらの予測を行うことができる』という類似のアイデアを持っています。(動物での、あるいは人での)試験に置き換わるものではありませんが、候補を絞ることで、プロセスを爆発的な速さで進めることができるだろうと思っています」。

ランガー氏やノーベル賞受賞者のAaron Ciechanover(アーロン・チカノーバー)氏のような人物を味方につけるのは良いことだが、ベントウィッチ氏は、Qurisのビジネスはランガー氏やチカノーバー氏の特許ポートフォリオとこの分野における優位性に依存している、と話す。Qurisはニューヨーク幹細胞財団と契約を締結し、財団の幹細胞ワークフローを特別に利用している。

このビジネスモデルには2つの柱がある。1つは、製薬会社に医薬品候補をスクリーニングするサービスを提供し、その結果が正確であると証明された場合(例えばQurisのシステムによって絞り込まれた医薬品が、予測通りに所定の試験をクリアした場合)に支払いを受け取るというものであり、もう1つは、自社の医薬品の開発だ。現在、同社は自閉症に関連する脆弱X症候群の治療薬を開発中で、来年には臨床試験を開始すると予定している。

ベントウィッチ氏は、AIを活用した創薬が急増し、投資が行われているにもかかわらず、自社の研究成果である分子が臨床試験に入ったといえる企業はほとんどない、と指摘する。この理由としては、たとえば企業が、特定の生物活性を持つ分子やその効率的な製造方法を公表するなどの主張を行っていないからではなく、(医薬品候補となる分子の)発見、試験、承認のプロセスには他にも時間のかかる多くのステップがあり、AIなどを利用することで以前よりは高くなったとはいえ、成功する確率はまだまだ低い、ということにある。

シードラウンドでの900万ドルの資金調達について、ベントウィッチ氏は「私たちの装置を製品化し、一層の効率化、自動化を図り、AIを訓練するために最初の100~1000種類の薬をテストするための資金として非常に有効です」と話す。プレスリリースによると、今回の資金調達ラウンドは「心血管治療のパイオニアであるJudith Richter(ジュディス・リヒター)博士とKobi Richter(コビ・リヒター)博士が主導し、データストレージの革新的技術の先駆者であるMoshe Yanai(モシェ・ヤナイ)氏と複数の戦略的エンジェル投資家が参加した」という。機関投資家からの投資が見当たらない点については読者の判断に委ねたい。

ベントウィッチ氏は、Qurisの未来を「完全にパーソナライズされた医療」という自身が持つ大まかな未来像の一部として捉えている。幹細胞のコストが下がり続ければ(数億円だったものがすでに数十万円に下がっている)、まったく新しい市場が開拓されるだろう。

「製薬会社が高価な実験をするだけという状況は変わるでしょう。5年後、10年後には、何億もの人々が創薬をしているかもしれません。考えてみれば、私たちの今の生活は、野蛮なものとも言えるのです」とベントウィッチ氏。「薬剤師は起こりうる可能性のある副作用を教えてくれますが、はっきりとしたことはわかりません。自分はモルモットだと思いませんか?私たちは全員がモルモットです。しかし、それこそがこの状況からの脱却の第一歩です」。

画像クレジット:Andrew Brookes / Getty Images

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

微生物を活用した最先端のバイオテックソリューションPluton Bioscienceが7.4億円調達

現在、我々が生物学と農業の分野で直面している問題の多くは、実は以前、人間ではないある生物体が経験していたものである。自然界のどこかには、科学者や生物工学者が再現するのに悪戦苦闘しているプロセスを、自然かつ効率的に実行してしまう微生物が存在している。Pluton Biosciences(プルトンバイオサイエンス)は、そうした微生物またはそれに類する生命体を見つける方法を開発したという。同社はすでに、アンチモスキート(蚊の駆除)および二酸化炭素隔離の手法をデモしており、その他のデモも準備中である。

地球上には、動物および植物の体内外、および土中に、科学でも解明されていないバクテリアやその他の微生物が存在している。人間が培養して制御できるようになった乳酸菌や大腸菌といったひと握りの微生物は革新的な変化をもたらし、さまざまな新しい食品が生まれ、さまざまな発見がなされ、産業プロセスが実現された。そうした微生物は、人類にとって極めて有益ではあるが、ほとんど無限に存在する微生物種のわずか一握りに過ぎない。

「微生物は1兆種類存在しており、人類が利用しているのはわずか数個に過ぎません」とPlutonの創業者兼CEOであるBarry Goldman(バリー・ゴールドマン)氏はいう。ゴールドマン氏は、Monsanto(モンサント)で約20年間、この未知の微生物たちを利用する方法を考えていた。「私たちは地球上の生物の計り知れないほどの多種多様性を利用して大きな問題を解決しようと試みています。自然に答えを見つけてもらおうというわけです」。

もちろん、地球が保有しているこうした未開拓の知的財産を何とか見つけ出して活用することを考えたのはゴールドマン氏が最初ではない。実際、Plutonのアプローチは驚くほど保守的なものだ。基本的には、微生物が大量に含まれている土やその他の媒体を一握り持ち帰って、何かおもしろいことが行われていないか調べるというものだ。

なんとも曖昧なやり方だと思われたかもしれない。実際にその通りだ。だが、体系的に行えば、土は膨大な微生物の供給源となるのだ。しかし、問題は、文字通り土を掘り起こして次のペニシリンを見つけ出そうとしていた頃は「その中から単一の生命体を特定したり、シーケンス解析(同定)することは決してできませんでした」とゴールドマン氏は説明する。1立方センチの土の中で微生物が抗生物質を生成したり、窒素固定を行ったり、インシュリン生成効果を発揮していることはわかっていた。そうした作用は計測できたからだ。だが、それらの微生物を分離するツールはなかった。

この微生物を分離するという次の段階は、研究者たちが数十年前に放置してしまい、まったく進んでいなかった。Plutonはその壁を突破したのだという。

「中核となる技術は、個別に生育させる方法はわかっていないが、その作用をテストすることはできる有機体の小集団を形成するというものです」とCEOのSteve Slater(スティーブ・スレーター)氏はいう。「この方法で、現在培養も、そしてもちろんシーケンス解析もできていない微生物の99.999%を生育させることが可能です」。

ゴールドマン氏とスレーター氏がこのプラットフォームの具体的な内容について話したがらないのは理解できるが、彼らの初期の成功は、このアプローチの有効性を証明しており、660万ドル(約7億4000万円)のシードラウンドが実施されたことから、投資家たちも納得していることが伺われる(PlutonはIlluminaのアクセラレーターが選択したスタートアップの成功ケースの1つだ)。

「鍵は、二酸化炭素の隔離、害虫や菌の殺傷など、関心のある表現型(遺伝子型の一部が目に見えるかたちで現れる生物組織の特質)をすべて選び出す方法を知ることです。そうすれば、その特定の作用を持つ有機体または遺伝子のセットをすぐに特定できます」とスレーター氏は説明する。独自のプロセスにより、彼らはこの分離プロセスを実行し、関心のある生命体のシーケンス解析を実行できる。

この「微生物マイニングエンジン」の有効性を証明するため、彼らは、蚊に効く天然の殺虫剤を探すことにしたという。蚊はもちろん、多くの地域で重大な驚異となっている。「蚊を殺す作用のある同定されていない新しい微生物を見つけることができるかと自問してみました。それは可能でした。しかも実に単純でした。実際数カ月で見つけることができました。バリーの家の裏庭で採取した土から見つかったのです」。

このような発見が創業者の極めて身近な所に眠っているのは驚くべきことだと思う人は、微生物の生物多様性の程度を過小評価しているかもしれない。これは、我々があまり注意を払わないような「驚くべき科学的事実」の1つであり、ショベル一杯の土には、何億兆の未知の有機体や百万の種が含まれているといったことは、よく耳にする話だ。私達はそうしたことを理解して「そう、生命はどこにでも存在する。すごいことだ」と思う。

耐抗生物質バクテリアの生物膜。棒状バクテリアと球状バクテリア。大腸菌、シュードモナス菌、ヒト(型)結核菌、クレブシエラ菌、黄色ブドウ球菌、MRSA。3Dイラストレーション(画像クレジット:Dr_Microbe/Getty Images)

だが、これらは、ゲノムがわずかに異なるだけの生命体ではない。バクテリアなどの微生物は驚くほど多様性に富み迅速に変化する。そうして、我々が存在することさえ知らなかった多様性の隙間をあっという間に埋めることで、植物の果糖製造の過程で捨てられた微粒子を食べたり、表面下のちょっとした暖かみや腐食有機物を利用して生き延びる方法を見つける。こうしたさまざまな生命体はいずれも、人類の食糧生産、薬品製造、農業などを一変させる可能性のある新しい化学経路を独自に発達させている可能性が高い。

Plutonが心配しているのは農業だ。農業分野は、他の分野と同様、CO2排出量を削減する方法を探している(動機はいくつもある)。PlutonはBayer AGと提携して土壌添加剤の開発に取り組んでいる。これが成功すれば、すでに存在する可能性が高い有機微生物の作用を単純に増幅させるだけで、さまざまなことを成し遂げられる可能性がある。

Plutonは次のように説明する。「私たちの概念実証研究によれば、微生物を適切に組み合わせて、種まきと収穫時にスプレー散布すれば、0.4ヘクタールの農地で年あたり約2トンのCO2を空中から除去できます。同時に、土中の栄養分も補給できます」。

蚊の駆除剤も商用化可能だ。また、害虫が耐性を獲得してしまっている現在市場に出ている殺虫剤よりも効果的な天然由来の殺虫剤も実現できる。

同じ方向性で製品開発に取り組んでいる企業は他にもある。Pivot Biosciences(ピボットバイオサイエンス)は、基本的に土中の微生物に肥料を作らせるために膨大な資金を調達した。Hexagon Bio(ヘキサゴンバイオ)も薬品の開発に使える自然に存在する微分子を特定するという同じような提案を行い資金を調達した。つまり、自然の金庫からは次々に財産が盗まれているが、財産が枯渇することはない。

「これが投資家に説明するのが最も難しい点です」とゴールドマン氏はいう。「1兆種というとてつもない多様性規模をどうすればわかってもらえるでしょうか」。

それでもPlutonは、シードラウンドで660万ドル調達したことからもわかるように、ある程度成功を収めているようだ。シードラウンドはオークランドのBetter Ventures(ベターベンチャーズ)が主導し、Grantham Foundation(グランサムファウンデーション)、Fall Line Capital(フォールラインキャピタル)、First In Ventures(ファーストインベンチャーズ)、Wing Venture Capital(ウイングベンチャーキャピタル)、およびYield Lab Institute(イールドラボインスティチュート)が参加した。今回調達した資金で、Plutonは、パートタイムから正規雇用への移行、ラボの設置などを実施して正規の会社として運営を開始できるはずだ。ゴールドマン氏の裏庭の生物多様性から抜け出すこと(実験施設の拡充)も考えているかもしれない。

画像クレジット:TEK IMAGE/SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

岡山大学らが甲虫の「死んだふり」を操る遺伝子の全貌を世界で初めて解明、天敵から逃れる戦略を制御するゲノム

クモの糸を上回る強度のあるミノムシの糸と導電性高分子を組み合わせた複合繊維材料を筑波大学が開発

岡山大学は11月8日、甲虫が敵に遭遇したときに「動く」か「動かない」か、つまり逃げるか「死んだふり」をするかの違いがなぜ生まれるかを、DNA解析によって世界で初めて解明したと発表した。そこにはドーパミンや、寿命制御や概日リズム(体内時計)制御といった生命のタイミングに関連する遺伝子が関与しているという。

この研究は、岡山大学学術研究院環境生命科学学域の宮竹貴久教授、東京農業大学生物資源ゲノム解析センターの田中啓介助教、玉川大学農学部の佐々木謙教授らの共同によるもの。

岡山大学大学院環境生命科学研究科昆虫生態学研究室では、21年間にわたり、少しでも刺激を与えると死んだふりを長く続ける系統と、刺激を与えても死んだふりをしない系統の甲虫コクヌストモドキを20世代以上飼育してきた。これらの甲虫のRNAを抽出して遺伝子解析を行ったところ、脳内で発現するドーパミンの量や、体内時計、寿命関連遺伝子、カフェイン代謝系、酸化還元酵素など、生物が生きてゆくうえでタイミングを決める遺伝子群が、死んだふりをするしないの違いに関与していることがわかった。

生物の生存戦略、防衛戦略、繁殖戦略の鍵を握るのは「動き」だが、「動かない」というのも戦略のひとつだと研究グループは話す。この、動くか動かないかの行動のゲノムレベルの解析は、「人の挙動が生き残りるうえでどのように役立ってきたか」を示唆するものだという。今後は医療へのつながりも期待できるとしている。

これがどう医療につながるのか、素人にはピンと来ないが、宮竹教授は、こうしたことを突き詰めて解明すると、人類にとって新しい知識がひとつ増え、「いつかは人の暮らしの役に立つこともある」と話す。「大切なのは面白がって調べること。それは人生を豊かにしてくれる秘訣でもある」ということだ。

地上最強生物、水がなくても生きられるクマムシの乾燥耐性の仕組みが明らかに

地上最強生物、水がなくても生きられるクマムシの乾燥耐性の仕組みが明らかに

大学共同利用機関法人の自然科学研究機構生命創成探究センター(ExCELLS)は11月4日、クマムシが乾燥しても生きられる乾燥耐性の仕組みについて、CAHS1というタンパク質分子の振る舞いによるものであることを、世界で初めて解明し発表した

最大でも体長1mm程度のクマムシは、実際には虫ではなく、4対の歩脚を持つ「緩歩動物」(カンポドウブツ)という生き物だ。そんなクマムシは、生育環境から水がなくなると「乾眠」(かんみん。クリプトビオシス。cryptobiosis)という状態になり、代謝を止めて生命活動を一時停止させるが、水が与えられると乾眠状態から復帰して、代謝が再開される。乾眠中のクマムシは、乾燥だけでなく、極度の高温・低温・圧力・放射線などによる環境ストレスにも強い耐性を示し、宇宙の真空状態でも生きていられるため、「地上最強生物」と呼ばれている。

なかでも乾燥耐性が強いものに、ヨコヅナクマムシと呼ばれる陸生のクマムシがいる。ヨコヅナクマムシは、乾燥から身を守るために、細胞の中に何種類かのタンパク質が常備されているといわれているが、その役割はわかっていなかった。

この研究では、とりわけ細胞内に多く存在するCAHS1というタンパク質に着目し、透過型電子顕微鏡でその形を調べ、変化の状態を赤外分光法、核磁気共鳴法、高速原子間力顕微鏡を用いて観察したところ、水分が失われ細胞内のタンパク質の濃度が高まると、水溶液中のCAHS1タンパク質は自然に集合してファイバーを形成し、最終的にゲル状になることがわかった。このゲルは、水分を与えると元の水溶液の状態に戻る。

遺伝子組み換えタンパク質として大腸菌の細胞内に作り出したCAHS1タンパク質も、同じようにファイバーを形成し、ヒト由来の培養細胞の中に作り出したCAHS1タンパク質も、脱水ストレスがかかると大きな集合体を作り、ストレスがなくなると集合体は消失することが確認された。

ヨコヅナクマムシは、このようなタンパク質を細胞内に豊富に持っていて、すぐに脱水状態に対応できる仕組みを備えているという。このタンパク質の集合体は、「細胞が復活する際に必要な成分を保護したり、乾燥によって生じる有害物質を隔離したりする働きがあるのかもしれません」と同センターは推測している。

今回の研究成果は、生命の環境適応戦略を理解するうえで重要な手がかりとなる。「生きているとは何か」の謎に迫るとともに、医療やバイオテクノロジーへの応用研究の推進につながるとのことだ。

この研究は、自然科学研究機構生命創成探究センター分子科学研究所の加藤晃一教授と矢木真穂助教の研究グループと、同センター所属の青木一洋教授(基礎生物学研究所)、村田和義特任教授(生理学研究所)、内橋貴之教授(名古屋大学)、荒川和晴准教授(慶應義塾大学)、古谷祐詞准教授(分子科学研究所/現 名古屋工業大学)と共同で行われた。

人の臓器を単三電池ほどのサイズで再現した「生体機能チップ」開発のEmulateが約90.2億円調達

「生体機能チップ」テクノロジーの開発に力を入れるバイオテクノロジー企業、Emulate Inc.(エミュレート)は、2021年9月上旬、8200万ドル(約90億2000万円)のシリーズEラウンドを終了した。このラウンドの目的は、薬品会社のニーズを満たし、生体機能チップのアイデアを研究室で活かすための臓器モデルの開発「ロードマップ」に対して、大規模な投資計画を立てることだ。

生体機能チップは、その名が示す通り、人間の臓器(または臓器系)を縮小し、単三電池ほどのサイズの小さなハードウェアに再現したものだ。「チップ」と呼ばれるそのハードウェアには、ヒト細胞(脳細胞、腎臓、肺、腸など)を培養できるチャンバーが組み込まれている。このチップを操作すると、呼吸や臓器の血流など、人体で起こり得る機械的な力をシミュレートすることができる。

チップは最終的には人体の状態を模倣する予定であり、製薬会社はそのチップを使用して、新しい候補薬剤が投与されたときに何が起こるかを正確に予測できるようになるはずだ。このチップは、臨床前試験プロセスにおいて重要な意味を持つ実験の新たなモデルになる。現在この分野の研究は、細胞または動物を使った従来のモデルが主流になっているが、Emulateなどの企業がこのパラダイムを変えようとしている。

Emulateは2013年に創設され、これまでに約2億5500万ドル(約280億5000万円)の資金を調達している。Northpond Ventures(ノースポンド・ベンチャーズ)とPerceptive Advisors(パースペクティブ・アドバイザー)が主導する今回のシリーズEラウンドは、研究開発への投資を強化し、製薬会社との対話を通じて着目してきた生体機能チップアプリケーションを開発するというEmulateの計画の一環である。現在、Emulateは、Roche(ロシュ)、Genentech(ジェネンテック)、Johnson & Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)、Gilead Sciences(ギリアド・サイエンシズ)を含む21の主要な製薬会社を顧客に持っている。

「当社は、製薬会社がどの分野(特定の種類の分子、バイオ医薬品など)に研究開発費を費やしているかを調査し、その分野に合わせたロードマップ、一連のアプリケーションを開発しました」と、EmulateのCEO、Jim Corbett(ジム・コルベット)氏はテッククランチに話した。

Emulateは、2021年1月にこのロードマップに含まれるいくつかの新しい製品とサービスを発表した。例えば中枢神経系障害(アルツハイマー病など)の研究を支援するために設計されたEmulate脳チップ、(肺チップ、肝臓チップ、腸チップを使用して)肺、肝臓、腸全体で免疫システムがどのように相互作用しているかを調査する免疫細胞動員アプリケーション、肝臓チップに組み込まれたマイクロバイオームモデルなどだ。

コルベット氏によると、同社は、今後2年間で14のアプリケーションを展開し、そのうち7つは2022年に展開する予定だ。

生体機能チップは、およそ10年前から存在する。NIHは、宇宙飛行の影響を研究するために、生体機能チップを宇宙に打ち上げたことがある。また2010年から細胞組織チップのテストと検証プログラムを開発している。

バイオエンジニアリングの雑誌に2020年に掲載された解説論文によると、生体機能チップ業界の最近の評価額は約2100万ドル(約23億1000万円)だったが、2025年までには約2億2000万ドル(約242億円)まで上昇する可能性ある。

評価額の上昇は、生体機能チップが、前臨床側の医薬検査プロセスを変えられるかどうかに大きく左右される。また生体機能チップ自体は、そのプラットフォームから収集されたデータをFDAがどう評価するかで大きく状況が変わる。

生体機能チップのテクノロジー自体は(治療薬や装置ではないので)FDAの承認はいらないが、製薬会社はほぼ確実に、FDAが生体機能チップを使った実験を受け入れているという保証を求めるだろう。

コルベット氏によると、FDAは、これらのプラットフォームで収集されたデータを「非常に前向きに受け入れている」ようだ。

同社が過去にFDAと緊密に協力していた証拠がある。たとえば2020年、EmulateはFDAと共同研究開発契約(CRADA)を結んだ。CRADAでは、連邦政府以外の協力者がFDAの研究所で行われる研究プロジェクトに資金と設備を提供することを許可している。FDAは資金を提供しないが、このようなプロジェクトで開発された知的財産をライセンス供与することを協力者に認めている。

このプロジェクトを通して、Emulateの肺チップは新型コロナウイルスの研究に使用された。脳、肝臓、腸の各チップも、個々の研究プロジェクトに利用された。

FDAの協力はさておき、臓器チップに取り組んでいる企業にとっては都合の良い規制に関する動きがあった。たとえば4月に議会に提出された2021年のFDA近代化法では、FDAが薬物の安全性と有効性を評価するために「動物試験に代わる試験方法」を使用することを認めている。この法案では、非臨床試験 / 研究の定義に生体機能チップを明記している。

「近代化法が通過すれば、はっきりします」とコルベット氏。

生体機能チップの研究分野はまだ比較的新しい。最終的に多くの薬剤候補の実現に役立つかどうかは、まだ理論の段階である。しかし新たな資金調達ラウンドと規制に関する環境の変化があれば、近い将来、確かな答えが得られるかもしれない。

画像クレジット:Andriy Onufriyenko / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

バイオテックのスタートアップShiruが新規資金で植物由来原料の「発酵」を促進

タンパク質生化学者のJasmin Hume(ジャスミン・ヒューム)博士は、代替食料分野に取り組んでいる。テクノロジーを進化させることで、世界の食品産業が動物への依存を減らせる機会があると考えたからだ。


同氏は2019年にShiru(シル)を設立し、その会社では「精密発酵」プロセスを利用してし食品会社向けに植物由来原料を作り出している。その結果は味、食感、多用途性、量産した場合のコスト、いずれにおいても動物由来と同等だとヒューム氏はTechCrunchに語った。

「私が発見し、学んだのは、動物から得ている原料である卵のタンパク質や乳タンパク質が、食品ラベルのおかしな場所に現れているということでした」と彼女は語った。「例えば白い、ふわふわのパンには乳タンパク質が入っています。私たちは多くの食品部門を対象に、それらを持続可能で栄養のある原料に置き換えることが目標です。

食品原料市場と植物由来タンパク質市場は、いずれも安定した成長態勢にある。世界食品原料市場の規模は2022年に4000億ドル(約45兆4136億円)と予測されており、植物由来食品は2030年までに1620億ドル(約18兆3925億円)市場になると考えられている。

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現在、Shiruの商品カタログには、パッケージされた焼き菓子、ソース、バーガー、ヨーグルトなどさまざまな食料製品に添加できる無味無色の材料が6種類載っている。

ヒューム氏らが置き換えを狙っている食料の1つがメチルセルロースで、これは植物タンパク質ベース食品などに使用されているデンプンだ。

「メチルセルロースには植物由来のバーガーとソースにはない結合作用がありますが、ラベルには載せたくない成分です」とヒューム氏は付け加えた。「食品会社はメチルセルロースの問題を抱えていますが、誰も口にしません。この種の成分は置き換えを余儀なくされていて、私たちには置き換えるための原料があります」。

産業界からの需要を見越して、2022年の早くにこれらの原料を企業に提供するために、カリフォルニア州エメリービルのスタートアップは米国時間10月27日、1700万ドル(約19億3000万円)のシリーズAラウンドをS2G Venturesのリードで完了したことを発表した。

ラウンドには、既存出資者のLux Capital、CPT Capital、Y Combinator、およびEmles Venture Partner、新規出資者のThe W Fund、SALT、およびVeronorteが参加した。新たな資金を得て、Shiruのこれまでの総調達額は2000万ドルをわずかに超えた、とヒューム氏は語った。

投資の一環として、S2GのマネージングディレクターであるChuck Templeton(チャック・テンプルトン)氏がShiruの取締役会に加わった。S2Gは、健康食品と持続可能農業に焦点を当てた投資ファンドで、これまでに影響力があり、動物由来製品を置き換える製品をもつ会社に何度も投資してきた。

植物由来食品は進化中であり、新しいバージョンは常に良い味を目指しているが、まだ十分健康的ではない、と彼は言った。その点、Shiruの原料は「味がよい」だけでなく、置き換えようとする対象をしっかりと再現し、かつ健康的だとテンプルトン氏は付け加えた。

さらにテンプルトンは、同社はコスト構造と栄養成分、そして「顧客を喜ばせる」正しいラベリングを理解していると信じていると語った。

「あの会社は製品とタンパク質をすばやく発見し、多用途の原料を市場に提供する方法を知っています」と彼は付け加えた。「これによって彼らは、コスト構造の改善などを精査、継続していく機会を得られます。ヒューム氏のチームは、食品業界が制約を受けないように、そしてラベルと環境をきれいにする最高の原料を見つけられるようにしています」。

2022年までに材料を顧客に提供する計画を踏まえ、Shiruの成分を含む最初の商品が食料品店の並ぶのは、早ければ2023年だろうとヒューム氏は予想している。

同社はまずテクノロジーに集中して取り組み、それが検証されるとヒューム氏は、Shiruのスケーリングと基盤整備を次のフェーズに進めるために、次期ラウンドのベンチャーキャピタルを探し始めた。

彼女は新しい資金を、Shiruの22名の従業員を1年以内に2倍にし、科学、発酵、マーケティング、事業開発の人員を雇用するために使うつもりだ。また同社は、2022年にカリフォルニア州アラメダへ本社を移転し、生産規模の拡大を開始する。

「私たちがやるべき最大の仕事は、食品原料をたくさんつくることです」とヒューム氏はいう。「スケーリングへの挑戦には困難がともなうでしょうが、提携あるいは自社施設の建設によって発酵を工業規模で行うことを目指しています。そうすることで、食品会社がテストするために必要なサンプルを配れるところまで進むことができます。

画像クレジット:Getty Images under a metamorworks license.

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(文:Christine Hall、翻訳:Nob Takahashi / facebook

エビの養殖を市街地のビル内に設置した「アクアタワー」で行うVertical Oceans

John Diener(ジョン・ディーナー)氏は、水産養殖による栄養学・遺伝子学会社CEOの仕事の一環として、何百というエビ養殖場を訪れてきた。しかし彼は、多くの施設で環境的に持続可能でない手法が使われていることにいら立ちを感じてきた。ある晩、妻が夕食の材料に冷凍エビを買ってきたとき、彼は自分が関わっている産業が自分たち家族の健康に悪影響を及ぼしていることに気がついた。なぜか?そのエビが養殖場で抗生物質を使っていることで知られている国から来たものだったからだ。ディーナー氏は我慢の限界に達し、海産物のための新しいモデルの構築に着手した。

その結果がVertical Oceans(バーティカル・オーシャンズ)だ。このスタートアップが持続可能なエビを養殖する巨大な「aqua towers」(アクアタワー)は、市街地のビルなどの施設の中にも設置することができる。タワーの中では化学物質や抗生物質を使うことなく季節に関わらずエビを養殖できる。ここで思い出して欲しい、エビは全世界で年間500億ドル(約5兆7000億円)の市場であることを。

バイオテック専門のアクセラレーターであるIndieBio(インディーバイオ)出身のVertical Oceansは、最近350万ドル(約4億円)のシードラウンドをKhosla Venturesのリードで完了した。これは(私の知る限り)、シリコンバレーのファンドが水産養殖のスタートアップに投資した初めての事例だろう。Khoslaは300万ドル(約3億4000万円)を出資、SOSVが残りの50万ドル(約6000万円)をプロラタ方式で引き受けた。

これまでに同社は、核となる生化学的コンセプトが有効で優れた商品を生み出すことを見せるために、シンガポールの小さな概念実証用施設で、最近6カ月に10回の収穫を行った。

競合面では、シンガポールにはバーティカル(垂直型)水産養殖システムを使用しているUniiversal AquacultureとApollo Aquacultureの2社がある。米国にはTru Shrimpという屋内システムがあり、垂直型養殖に限らず、スケーラブルな屋内養殖技術を開発している。

Vertical Oceansの水槽(画像クレジット:Vertical Oceans)

ディーナー氏はこう話している。「私たちの製品は海でとれた新鮮なエビのような味で、これを再循環型水産養殖システムで継続的に実現することは非常に困難です。当社の製品は非常に品質がよく新鮮なので、養殖冷凍エビではなく、天然エビと対等に販売できます。価格の高さは、市街地で垂直型システムを使って養殖するコストを補って余りあります」。

システムは「場所無依存」な都市型垂直養殖に特化して作られており、シカゴなどの厳冬都市でも使用できる。現在同社はシンガポール中心部に隣接した新しい施設を建設中で、そこでは同社のテクノロジーをフルスケールで開発する予定だ。

ディーナー氏と共同ファウンダーのEnzo Acerbi(エンゾー・エイサービ)氏は、以前昆虫タンパクの会社で一緒に働いたことがあり、その会社のテクノロジー開発とスケールアップを手がけていたので、農業テックのスケーリングの経験をもっている。

画像クレジット:Vertical Oceans

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(文:Mike Butcher、翻訳:Nob Takahashi / facebook

芝浦工業大学が植物固有の触覚センサーとなるタンパク質を世界で初めて特定

芝浦工業大学が植物固有の触覚センサーとなるタンパク質を世界で初めて特定

芝浦工業大学の吉村建二郎教授たちからなる研究チームは10月18日、MCA1とMCA2タンパク質が植物の触覚センサーとして働くことを世界で初めて証明したと発表した。これまで植物には機械的刺激(力学的刺激)を感じるメカニズムがあり、その触覚センサーの候補はいくつか挙げられていたが、特定はされていなかった。この発見は、学術的に高く評価されるべきものと研究チームは考えている。

植物は移動が困難なため、風や害虫や障害物などによる機械的な刺激に敏感に反応して対処するメカニズムが備わっていると考えられてきた。その触覚センサーの候補として、2007年に東京芸術大学の飯田秀利教授らがシロイヌナズナのMCA1とMCA2というタンパク質を発表していたが、決定的な証拠は得られていなかった。

飯田教授の研究では、細胞膜上にあるMCA1とMCA2は、機械的な刺激によって細胞膜が伸ばされると、細胞内にカルシウムイオン(Ca2+)を取り込む働きがあることがわかったのだが、MCA1とMCA2が直接刺激を感じているのか、別のタンパク質が刺激を感じてその情報をMCA1とMCA2に伝えているのかが区別できずにいた。それを確かめるためには、脂質人工膜上にMCA1とMCA2を組み込んで、カルシウムイオンの透過を電気生理学的に調べる必要があった。

そこで、電気生理学的研究において世界の第一人者である芝浦工業大学システム理工学部機械制御システム学科の吉村建二郎教授を加えた、東京学芸大学の飯田和子研究員、飯田秀利名誉教授からなる研究チームは、人工合成したMCA2を脂質人工膜上に組み込み実験したところ、人工膜を引っ張ったときにMCA2がカルシウムイオンを通す確率が上がることを突き止めた。さらに、脂質人工膜内へのカルシウムイオンの流入も分光学的に証明できた。

機械的刺激は、古くから農業で応用されてきた。そのひとつが麦踏みだ。この発見により、植物の成長をよりよく制御できるようになり、農作物の収穫量を増やすことにもつながるものと期待されている。

金沢大学などが乳がん発症の超早期兆候を作り出す仕組み発見、がん予防・超早期がんの診断治療への活用に期待

金沢大学などが乳がん発症の超早期の兆候を作り出す仕組みを発見、がん予防・超早期がんの診断治療への活用に期待

金沢大学がん進展制御研究所/新学術創成研究機構などによる研究グループは10月19日、乳がん発症の際に必ず表れる超早期の微小環境を作り出すメカニズムを発見したと発表した。癌予防、超早期がんの診断治療への活用、ひいてはがん撲滅への寄与が期待される。

乳がん発症の超早期には、間質細胞、免疫細胞などが集まり、がん細胞を取り囲む微小環境が作り出される。その微小環境から生み出されるサイトカイン(免疫細胞から分泌されるタンパク質)が、がん幹細胞様細胞に影響を与えていることはわかっていたが、実態は不明だった。この研究では、そのメカニズムを分子レベルで明らかにした。さらに、この微小環境がFRS2βといいう分子によって整えられ、がん細胞の増殖が始まることも突き止めた。

FRS2βの影響で炎症性サイトカインが生み出され、細胞外に放出されると、そこに間質細胞や免疫細胞が引き寄せられる。マウスを使った実験では、この状態の乳腺に乳がん幹細胞様細胞を移植すると、1カ月以内に大きな腫瘍ができた。だが、FRS2βのない乳腺に乳がん幹細胞様細胞を移植しても、まったく腫瘍はできなかった。

この研究を発展させることで、乳がん発症前に整えられる乳腺微小環境を標的とした治療が可能になり、乳がんの発症予防、早期治療が実現するという。

研究グループのおもなメンバーは、金沢大学がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の後藤典子教授、東京医科大学分子病理学分野の黒田雅彦主任教授、東京大学医科学研究所の東條有伸教授(研究当時)、東京大学特命教授・名誉教授の井上純一郎教授、国立がん研究センター造血器腫瘍研究分野の北林一生分野長、九州大学病態修復内科学の赤司浩一教授、慶應義塾大学医学部先端医科学研究所遺伝子制御研究部門の佐谷秀行教授ほか。

過敏性腸症候群の患者を食事制限から解放するバイオテック企業Kiwi Bio

過敏性腸症候群(IBS)は、20人に1人が患っていると言われている。腸の働きに関係する一般的な疾患で、腹痛やトイレ利用にともなう困難など、さまざまな症状を引き起こす。

腸内環境を整えるには、特定の食品を避けることが有効だが、食餌療法の多くは非常に制限が厳しい、とAnjie Liu(アンジー・リュー)氏は話す。同氏は、ボストンのバイオテクノロジー企業であるKiwi Bio(キウイバイオ)の共同創業者で、過敏性腸症候群とともに生活することの難しさを身をもって知っている。

「食後にお腹が痛くなって医者に行き、その医者が専門家を紹介してくれる、というのがIBSのたどる典型的な道筋です。どこが悪いのか自分でわかる人はいません」とリュー氏はTechCrunchに話した。「IBSに悩む人は10〜15%ですが、正式な診断を受けるのはそのうち半分だけです」。

自らの体験から、リュー氏はDavid Hachuel(デビッド・ハウエル)氏と組み、同じくIBSに苦しむ4000万人の米国人のために、食事を苦痛のない行為にする方法を開発することにした。Kiwiの最初のプロダクトであるFODZYMEは5月に発売された。FODZYMEは、特許出願中の酵素を使って、共通の消化器系の誘因を分解する。

そして米国10月14日、Kiwi Bioは150万ドル(約1億7000万円)のシードラウンドを発表した。同ラウンドには、Y Combinator、North South Ventures、Surf Club Ventures、Acacia Venture Capital Partners、Emily Leproust(エミリー・レプロスト)氏が運営するファンドSavage Seed、Goldenの創業者であるJude Gomila(ジュード・ゴミラ)氏などの投資家が参加した。

6年前にIBSと診断されたリュー氏は、多くの人が最初は薬を試してみるものの、普段摂っている食品の半分をカットする以外に症状を抑える方法がないことに気づくという。「低フォドマップ食」と呼ばれるこの食餌療法は、医師の80%が処方する。だが「実践が非常に難しく、結果的に順守度合いが低くなってしまう」と同氏は付け加えた。

多くの人にとって、これはニンニクやタマネギなどの食品を避けることを意味する。3年近く食餌療法を続けたリュー氏にとって、それは人生や食の楽しみを失うことでもあった。FODZYMEの最初の製品があれば、ニンニク、タマネギ、バナナ、小麦などの食品に粉末を振りかければ食べることができる。

同氏は、カプセルよりも粉末の方が食品になじみやすいという理由から、粉末を採用したと説明する。

「臨床試験の結果、カプセルは酵素を届ける方法としては最悪の部類に入ることがわかりました」と同氏はいう。「カプセルは人間の腸まで届きません。実際にユーザーに作用する場所は腸です。当社の製品が食品に直接かける粉末タイプなのはそのためです」。

また、Kiwiはチュアブルタイプや、糖アルコールの働きを抑えるサプリメントも開発した。FODZYMEに含まれるすべての成分は、米食品医薬品局によって安全性が認められていると同氏は付け加えた。

同社の顧問の1人で、ブルックリンにあるニューヨーク州立大学ダウンステート校の小児消化器科医であるThomas Wallach(トーマス・ワラック)氏は、Kiwiの仕事は、証明されていないコンセプトに頼っている他の消化器系の健康分野の企業や、IBSや腸の不調におけるプラシーボ効果が非常に強いという事実とは異なると考えているとメールで述べた。

「正直なところ、安全な製品で調子が良くなるのであれば、それは何の問題もありませんし、私にとってもうれしいことです」と同氏は話す。「しかし、Kiwiは本当の治療薬の導入を目指しています。IBSから腸管運動機能不全、短腸症まで、いくつかの症状に応用できる可能性があります。斬新で刺激的なアイデアであり、この研究に携われることをとてもうれしく思っています」。

ワラック氏は、過敏性腸症候群などの腹痛症を専門とする臨床医であり、腸管上皮のホメオスタシス専門のトランスレーショナル・リサーチャーでもある。同氏は、ガスが張りを悪化させると説明する。私たちの腸内細菌叢はフォドマップを食べ、多くの細菌がそれをガスに変える。低フォドマップ食は、ガスを減らすことを目的としており、特に関節過可動や自律神経失調症の人には非常に良い成功率を示しているという。

低フォドマップ食は制限が多いというリュー氏の話に加え、ワラック氏は、食物繊維が多く摂取できないため、結果的に細菌叢が悪影響を受ける可能性があると付け加えた。Kiwiは「食物繊維のためのラクチド」であり、IBS患者は多少の準備があれば自由に食べられるという。

「結局のところ、食物繊維は体に良いものであり、それを食事から取り除くことは持続可能ではありません」とワラック氏は付け加えた。「Kiwiの酵素パッケージは、フォドマップを事前に消化し、理想的には、食物繊維の排除や栄養制限を避けながら、大腸に至るフォドマップを減らすことができます。彼らが経験的検証に重点を置いていることに非常に感銘を受けました。彼らは、試験管内モデルシステムでの試験と、臨床試験への迅速な移行を計画しています。臨床試験に移行できるのは、Kiwiの酵素パッケージが一般的に安全な物質とみなされているためです」。

一方、Kiwiにとってこの夏は忙しかった。リュー氏とハウエル氏は、Y Combinatorの夏のコホートに参加し、Kiwiの在庫は今夏2回も完売した。FODZYMEは1本39ドル(約4300円)で、30日分または60日分を購入することができる。同社は現在、600人以上の顧客にサービスを提供しており、毎週18%のペースで成長している。

同社は、製品の拡大に向け、サプライチェーンの強化に取り組んでいる。また、成長部門の責任者と、コミュニティエンゲージメントおよびサクセス担当マネージャーを採用した。

今回の資金調達により、同社はFODZYME製品を成長させ、未解決のフォドマップ群に効く新しい酵素など新製品を開発するとともに、計画中の臨床研究を支えることができる。

「資金調達の過程で、Kiwi Bioは、従来のバイオテック企業の型にも、従来の消費者製品、食品、消費財企業の型にも当てはまらないことがわかりました」とリュー氏は語る。「私たちは、当社を構成するすべての要素を支援できる投資家の適切な組み合わせを見つけなければなりませんでしたし、特に分岐点で考えるのが得意な投資家を見つけなければなりませんでした」。

画像クレジット:Kiwi Bio co-founders David Hachuel and Anjie Liu/Kiwi Bio

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(文:Christine Hall、翻訳:Nariko Mizoguchi

細胞データの「新たなレイヤー」を発見、プロテオーム解析用機器のIsoPlexisがIPO

細胞の周辺におけるタンパク質の活動を調べるツールを開発するIsoPlexisの株式が、米国時間10月8日からマーケットに出回った。同社はこのIPOで1億2500万ドル(約140億円)の調達を狙っており、資金で同社技術の商用化のためのチームを作り、精密医療の創造において重要な役割を果たすという同社の計画を進めようとしている。

IsoPlexisは2013年に創業した、薬学の研究でラボに出入りしているようなタイプの企業だ。同社は主に、シングルセルのプロテオーム解析(タンパク質とそれらの相互作用の研究)に力を入れてきた。同社は主に、免疫細胞や腫瘍細胞などの細胞が分泌するタンパク質を分析する機器やソフトウェアを開発してきている。

それらの機器を使うと、多種類のタンパク質を放出する細胞を見つけることができる。そのデータセットを利用して、新しい治療法を開発したり、既存の治療法への人間の反応を理解することができる。

CEOで共同創業者のSean Mackay氏(ショーン・マッケイ)氏は「私たちが発明した機器は、体中の、私たちがスーパーヒーロー呼んでいる細胞を見つけ出します。その細胞の小さな部分集合には、今日の既存の技術では見つけられない大量の活動があります」と説明する。

マッケイ氏によると、市場には2021年の前半で約150のIsoPlexisの装置が出回っており、顧客の中には15社の世界的大手の製薬企業がいる。またIPOのためにSECに提出した文書によると、米国の総合がんセンターの約半分に同社の機器がある。

IsoPlexisは過去にも、著名な投資家たちから相当な額の資金を調達している。

Crunchbaseによると、同社はIPOの前までに2億550万ドル(約231億円)の資金を調達している。至近のシリーズDでは、総額1億3500万ドル(約151億円)を調達した(約8500万ドル[約95億円]がエクイティー証券、5000万ドル[約56億円]が借入金)。そしてこのラウンドにはPerceptive AdvisorsやAlly Bridge Group、そしてBlackRockが管理する「ファンドと信用口座」が参加している。

本日の初値は約15ドルだったが、本稿を書いている時点では約12ドルに落ちた。

IsoPlexisの特徴は、プロテオーム解析とシングルセル生物学を利用して、細胞の機能を患者の状態に結びつけた初めての企業であることだ。言い換えると同社は、個々の細胞とタンパク質の相互作用を調べて、がん患者のような人がどれだけ良くなるかを知ることのできる、最初の企業に属している。

IsoPlexisの機器がそのために使われたことを示すエビデンスも公表されている。特にそれは、がんの治療に関するものだ。

例えばNature Medicineに2021年に掲載された論文では、IsoPlexisの機器を使って、リンパ腫の患者の免疫細胞の活動を調べている。これらの患者には、治療に抵抗するがんや、軽快後に再発したがんがあった。特に彼らは、CAR-T細胞療法を受けていた。それは、遺伝子を変えた免疫細胞を患者に注入する治療法で、がん細胞の標的化を助ける。その研究では、CAR-T細胞によるサイトカイン(細胞の信号送受に関わるタンパク質)の生産がCAR-T細胞の効果を示す指標であることがわかった。

そこでもIsoPlexisのデバイスが、CAR-T細胞の効果を示す信号を明らかにした。

「それは、私たちが見つけた特定の細胞が、患者における長期的な反応の指標になるということです。さまざまながんでの調査を公表していますが、患者にそういうタイプのユニークな免疫細胞があれば、これらは私たちがスーパーヒーローとして見つける細胞であり、患者に長期的にその結果があることがわかります」とマッケイ氏はいう。

細胞に関心がある人にとっては、IsoPlexisの技術が、細胞を蛍光色で染色して観察や計測をする、すでに確立した方法であるフローサイトメトリーに似ていると思えただろう。フローサイトメトリーの世界には、Thermo Fisher Scientificのような大企業もすでにいる。

しかしIsoPlexisは、まったく新しい情報のレイヤーを提供するとマッケイ氏は主張する。それは主に、フローサイトメトリーにはないタンパク質の情報だ。同社は、デバイスが個々の細胞のタンパク質の活動をバーコードで表す発明をライセンスした。そのコードを、IsoCodeと呼んでいる。Nature Reviews Chemistryに掲載された論文では、何千もの細胞のいろいろなタンパク質を一度で分析できるバーコードは便利さを主張している。しかも、細胞そのものは他の実験に使える。ただしこの方法で捉えられるのは今のところ、プロテオームの活動全体のごく一部だ。

マッケイ氏は「その新しいレイヤーのデータは個々の細胞に関して、現在、市場にある技術で得られるものと非常に異なっている」と付け加えた。

しかしそれでも、同社はまだ利益が出ていない。SECの文書によると、損失は過去数年間続いている。売上が750万ドル(約8億4000万円)だった2019年と1040万ドル(約11億6000万円)の2020年は損失がそれぞれ約1360万ドル(約15億3000万円)と2330万ドル(約26億1000万円)だった。

今後の成長への道は、もっと多くの機器をもっと多くの研究者の手に渡すことだ。

「私たちの目標は、現在と同じタイプのお客様を、より深く拡大しながら、速いペースで前進し続けることです。それはまさにコマーシャルチームを構築し続けることが必要です」とマッケイ氏はいう。

画像クレジット:IsoPlexis

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(文:Emma Betuel、翻訳:Hiroshi Iwatani)

タンパク質シーケンシングを超高速化、Glyphic Biotechnologiesが6.6億円調達

DeepMind(ディープマインド)のおかげでヒトのプロテオーム(ある細胞に含まれているすべてのタンパク質)はすべて自由に閲覧できるようになるようだが、バイオテクノロジーの最先端では、毎日新しいタンパク質が作られ、テストされている。ここで重要になるのがタンパク質のシーケンシング(配列決定)だ。Glyphic Biotechnologies(グリフィックバイオテクノロジーズ)は、時間のかかるシーケンシングを高速化して、医薬品の開発期間を大幅に短縮しようとしている。

関連記事:DeepMindがAlphaFoldで折りたたみを行った人体のすべてのプロテオームをオンライン化

タンパク質はたくさんの新しい治療法や製品の中核となっている。体内のどこにでもある、無限に変化するアミノ酸の鎖(タンパク質)は、細胞や体内物質、他のタンパク質とねじれて絡まりながら、DNAの複製からカリウムでは対応できない異物の排除まで、あらゆることを行っている。

創薬やバイオテクノロジーの分野において、タンパク質は無限の可能性を秘めている。適切なタンパク質があれば、がん細胞を捕らえたり、自然治癒を促進したり、有益な物質の生成を促したりすることができる。しかし、新しい分子を見つけてテストするのは簡単ではない。特に難しいのは、テストしようとしているタンパク質の正確な構造を調べるシーケンシングである。

現在、いくつかの大企業がタンパク質の同定ビジネスを展開しているが、一般的な方法は、タンパク質鎖の末端にあるアミノ酸を特定し、そのアミノ酸を切り取って次のアミノ酸を特定する、というプロセスを繰り返すものである。

この方法の問題点は、タンパク質の形状や次のアミノ酸の分子特性によって、末端のアミノ酸における結合を調べて特定するというプロセスが妨害されてしまうことだ。そのため、この方法には一定量の不確実性があり、信頼性に欠けていた。

Glyphic Biotechnologiesは、共同創業者の1人が開発したClickPと呼ばれる新しい分子を用いて、まずターゲットとなるアミノ酸を切り離し、すぐに(ClickPに)結合させるというステップを追加することで、この問題を解決する。既知の分子に固定された1つのアミノ酸は、はるかに簡単に特定することができる。1つのアミノ酸を特定したら、従来の方法と同じようにこのプロセスを繰り返す。

簡単に説明したが、この進歩は大きなものだ。現在の抗体同定技術では、(非常に高価な)機械1台で、1週間で数万個のタンパク質の配列しか生成・検査できない。多いようにも見えるが、タンパク質はその性質上無限に存在するので、これはバケツの中の一滴に過ぎない。24時間365日稼働しても、需要を満たすことはできないのだ。

Glyphic Biotechnologiesの方法では、ClickPと単一分子顕微鏡(DNAシーケンサー大手のIllumina(イルミナ)が使用しているようなもの)を利用することで、1週間に数百万から数千万個、将来的には数十億個の配列の検査が可能になる。控えめに見積もっても、桁違いの成果が得られることになる(別の方法ではB細胞を培養して対象の抗体を生成するので、数万個の情報には(ほぼ確実に)繰り返しやジャンクの情報が含まれる)。

画像クレジット:Glyphic Biotechnologies

さらに、ClickP法では隣のアミノ酸からの干渉の問題を避けることができるので、非常に高い選択性と信頼性が得られる。つまり、単にタンパク質の配列を従来の100倍、1000倍決定するのではなく、はるかに確実な結果を得ることができるのだ。

当初、Glyphic Biotechnologiesは送られてきたサンプルを処理していたが、最終的には競合他社と同じように自社の技術を他の研究室で利用してもらうことになる。同社のロードマップは、サービスからハードウェアの販売およびサポートへと進んでいる。

バイオテクノロジー分野で配列決定の需要が急増する中、すべてが触れ込みどおりに機能すれば、Glyphic Biotechnologiesの技術は、タンパク質配列決定の新しい標準になるかもしれない。しかし、そのためには、もう少し成長の時間が必要だ。

同社が開拓したプロセスは、共同創業者のJoshua Yang(ジョシュア・ヤン)氏(CEO)とDaniel Estandian(ダニエル・エスタンディアン)氏(CTO)が、MIT(マサチューセッツ工科大学)のEd Boyden(エド・ボイデン)博士の研究室で行った研究が元になっている(ヤン氏とエスタンディアン氏は「科学的創業者」としてチームに参加した)。

CTOのダニエル・エスタンディアン氏(左)と、CEOのジョシュ・ヤン氏(画像クレジット:Glyphic Biotechnologies)

ヤン氏は、同社が業界を支配する可能性を阻んでいるのは、単なる化学工学の問題だと説明する。

「共同創業者であるエスタンディアンは、ClickPを自分で開発しました。組み合わせがうまくいったのです」とヤン氏は話す。「しかし、大学の研究室から独立した私たちは、まだ20種類のバインダーすべてを開発できていません。これは既製の分子ではないのです」。

これらのバインダーは、20種類のアミノ酸のそれぞれを調べるためのアダプターのようなものだ。バインダーの開発には時間と費用がかかるので、彼らはまずいくつかのバインダーを使ってシステムを公表し、残りのバインダーを開発するための資金を得ることにした。「このシステムを世に送り出すためには、時間をかけるしかありません」とヤン氏。

今回のシードラウンドで602万5000ドル(約6億6000万円)を調達したアーリーステージの同社は、プラットフォームの構築を進めている。このラウンドは、OMX Ventures(オーエムエックスベンチャーズ、過去に10X Genomics(テンエックスゲノミクス)とTwist Bioscience(ツイストバイオサイエンス)に投資している)が主導し、Osage University Partners(オーセージユニバーシティパートナーズ)、Wing VC(ウィングブイシー)、Artis Ventures(アルティスベンチャーズ)、Cantos Ventures(カントスベンチャーズ)、Civilization Ventures(シビリゼーションベンチャーズ)、Axial VC(アキシャルブイシー)が参加し、エンジェル投資家としてMammoth Biosciences(マンモスバイオサイエンス)のCEO、Trevor Martin(トレバー・マーティン)氏が参加した。

Glyphic Biotechnologiesは、カリフォルニア大学バークレー校に新設されたバイオテックインキュベーター「Bakar Labs(バカールラボ)」に最初の拠点を置く予定。次の大きなステップを踏み出す準備が整うまで、Bakar Labsで過ごすことになるだろう。2022年にはシリーズAラウンドで資金調達してハードウェアの製造に乗り出すかもしれない。同社初の有料サービスも開始されるはずだ。巨大な抗体市場も、同社の始まりに過ぎない。

関連記事:バイオテックの巨大インキュベーター「Bakar Labs」、カリフォルニア大学に誕生

インタビューの後、ヤン氏はメールで説明をしてくれた。「抗体は単なる出発点に過ぎません。タンパク質の配列決定は多くの用途に利用できます」「もう1つの有望な分野は、産業用バイオテクノロジーです。進化させた酵素をタンパク質の配列決定に基づいてスクリーニングすれば、強化された機能や新しい機能(より優れた洗濯用洗剤や排水処理など)を特定することができます。また、診断テストの開発にもメリットがあります。サンプルに含まれるより多くのタンパク質をシーケンシングして同定することができれば、発見しにくい重要なバイオマーカーを同定したり、優れたバイオマーカーパネルを開発したりすることが可能で、それらを一緒に利用すれば、疾患の検出や予測の可能性が高まるからです」。

Glyphic Biotechnologiesのような会社は、資金力のある競合他社の格好の餌食のようにも思われるが、ヤン氏は、それを乗り越える自信はある、と話す。

「この分野の動きは非常に活発です。エスタンディアンと私は、次のIlluminaや10X Genomicsのように、プロテオミクス分野のリーダーになりたいと思っています」。競合他社が切り札を隠していなければ、ヤン氏の野望が成就する可能性も高い。

画像クレジット:Glyphic Biotechnologies

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

DeepMindがAlphaFoldで折りたたみを行った人体のすべてのプロテオームをオンライン化

DeepMind(ディープマインド)と数社の研究開発パートナーは、人体を構成するほぼすべてのタンパク質の3次元構造が格納されたデータベースをリリースした。この3次元構造は、2020年実証された画期的なタンパク質フォールディングシステムAlphaFoldを使って、コンピューター上で算出したものだ。無料で利用可能なこのデータベースは、数百の分野や領域に及ぶ科学者たちに大幅な進歩と利便性の向上をもたらし、生物学と医学において新しい段階の礎を形成する可能性が高い。

AlphaFoldタンパク質構造データベースは、DeepMind、欧州バイオインフォマティクス研究所、その他の研究機関が協力して構築したもので、 数十万のタンパク質アミノ酸配列について、その構造をAlphaFoldによって予測した結果が格納されている。最終的には、さらに数百万を追加して「世界のタンパク質年鑑」を作成する計画だ。

「この取り組みは、科学知識を高めるためにこれまでにAIが行った最も重要な貢献であると確信しています。また、AIが社会にもたらすことができる利点のすばらしい一例でもあります」とディープマインドの創業者兼CEOであるDemis Hassabis(デミス・ハサビス)氏はいう。

ゲノムからプロテオームへ

無理もないことだが、プロテオミクス全般について馴染みのない方もいると思うので、簡単に説明しておく。プロテオミクスのイメージを把握するには、別の大きな取り組みであるヒトゲノムの解読作業について考えてみるのが一番良い。ヒトゲノムの解読は、1990年代から2000年代にかけて、世界中の多数の科学者グループや組織が長年に渡って取り組んだ一大作業だ。そして遂にヒトゲノムが解読されたおかげで、数え切れない症状の診断と理解に大いに役立ち、そうした症状の治療薬や治療法の開発が進んだ。

しかし、ヒトゲノムの解読はこの分野における取り組みのほんの始まりに過ぎなかった。喩えていえば、巨大なジグゾーパズルの縁のピースがようやくすべて埋まった段階だ。当時、誰もが注目していた次の大きなプロジェクトは、人のプロテオーム、つまり、人体で使用されており、ゲノムにコード化されるすべてのタンパク質を把握することだった。

プロテオームを把握するときに問題となるのは、ゲノムの解読よりもはるかに複雑であるという点だ。タンパク質はDNAと同様、既知の分子の配列だが、DNAでは、アデニン、グアニンなど、お馴染みの4種類の塩基しか存在しない。しかし、タンパク質では、20のアミノ酸が存在する(各アミノ酸は遺伝子を構成する複数のベースによってコード化される)。これだけでも、DNAに比べてはるかに複雑だが、それは一端に過ぎない。アミノ酸の配列は単なる「コード」ではなく、実際には、編み込まれ、畳み込まれて小さな分子折り紙マシンを形成し、これが人体であらゆる種類のタスクを遂行する。ちょうど、2進コードから、実世界のモノをあらわす複雑な言語に翻訳されるようなものだ。

これは事実上、プロテオームが数百のアミノ酸の2万個の配列で構成されているだけでなく、その各配列に物理的な構造と機能が備わっていることを意味する。プロテオームの最も難解な部分は特定の配列からどのような形状が形成されるのかという点だ。この解析は一般に、X線結晶構造解析などを使用して実験的に行われるが、1つのタンパク質を解析するのに、数カ月またはそれ以上の長く複雑なプロセスを要する。たとえ、最高の実験室と実験技術が使えるとしてもである。タンパク質の構造はコンピューターでも予測できるが、これまでは十分に信頼性の高い予測結果が得られていなかった。が、AlphaFoldの登場でそれが一変したのだ。

関連記事:Alphabet傘下のAI技術企業DeepMindがAIベースのタンパク質構造予測で歴史的なマイルストーン

構造生物学の分野に驚きをもたらす

この記事ではコンピューターによるプロテオミクスの歴史について深く立ち入ることはしないが、基本的には、15年前の分散型の力技方式(Folding@homeを覚えているだろうか)から、この10年間でより洗練されたプロセスへと移行してきた。そこにAIベースのアプローチが登場し、DeepMindのAlphaFoldが世界中の他のシステムを一足飛びに追い抜いて世界を驚かせた。2020年にはさらに大きな前進があり、一部の専門家たちに、任意のアミノ酸配列を3次元構造に変換する問題は解決されたと言わしめるほどの高い精度と信頼性が達成された。

私がこの長い歴史を上記の1段落にまとめたのは、詳細な説明は以前の記事で行ったからだが、今回の前進がいかに突然でなおかつ完全なものだったことは強調しても強調しすぎることはない。数十年に渡って世界中の最高の頭脳を悩ませてきた問題が、1年のうちに「使えるアプローチはあるかもしれないが、極端に遅く、コストが極めて高い」というレベルから「正確で、信頼性が高く、市販のコンピューターで実行できる」というレベルにまで進歩したのだから。

画像クレジット:DeepMind

今回DeepMindが実現したブレイクスルーの詳細とその達成方法については、コンピューターバイオロジーとプロトテオミクスの分野の専門家たちにおまかせすることにする。彼らが、今後数カ月および数年かけて、今回の進歩の内容を分解して繰り返し説明してくれるだろう。我々が今懸念しているのは実際の結果だ。DeepMindは現在、AlphaFold 2(2020年時点のバージョン)の公開以来、彼らが入手できるあらゆるタンパク質のアミノ酸配列について、今回のモデルの微調整だけでなく実行に時間を費やしている。

同社によると、その結果、人体プロテオームの98.5%の「たたみ込み」を完了したという。つまり、AIモデルが充分な信頼性があると判断した(そして何より、我々が充分に信頼できる)予測結果が、現実になったということだ。同社は、人体以外にもイーストやE. colなど、20の有機体についてプロテオームのたたみ込みを完了しており、合計で35万のタンパク質の構造が明らかになった。これはもちろん、これまでのレベルをはるかに凌ぐ、最大かつ最高のタンパク質構造コレクションだ。

これらはすべて無料でブラウジング可能なデータベースとして公開される予定だ。研究者は、アミノ酸配列またはタンパク質名を入力するだけでその3次元構造を即座に表示できる。プロセスとデータベースの詳細については、雑誌ネイチャーに掲載されている論文をお読みいただきたい。

「このデータベースは、見ていただければ分かるとおり、検索バーになっています。タンパク質構造のグーグル検索のようなものと考えてください」とTechCrunchのインタビューでハサビス氏はいう。「3次元構造を3Dビジュアライザーで表示して、各部を拡大縮小したり、遺伝子配列を質問したりできます。EMBL-EBIと連係しているため、EMBL-EBIの他のデータベースともリンクされています。ですから、関連する遺伝子に即座に移動して表示できます。他のすべてのデータベースとリンクされているため、他の有機体の関連する遺伝子、関連する機能を持つ他のタンパク質などを確認できます」。

「私自身科学者として、計り知れない奥深い機能を備えたあるタンパク質の働きに取り組んでいます」とEMBL-EBIのEdith Heard(エディス・ハード)氏はいう(同氏は具体的なタンパク質の名前には触れなかった)。「現時点の、特定のタンパク質の先端部の構造を即座に確認できるのは、本当にすばらしいことです。これまでは何年もかかっていましたから。タンパク質の構造を調べて「なるほど。これが先端部か」と納得して、その先端部が実際に行っている仕事の研究に集中できます。これによって科学の進歩が数年単位で加速されるのではないかと思います。20年ほど前に、遺伝子配列を決定できるようになったときと同じように」。

こういうことが可能になったのは本当に画期的なことなので、この分野の研究全体が一変し、それと並行してこのデータベースも変わっていくのではないか、とハサビス氏はいう。

「構造生物学者たちはまだ、ほんの数秒でタンパク質の構造を調べられるという状況に慣れていません。これまでは、実験で何年もかけて調べていたわけですから」と同氏はいう。「これによって、質問の立て方とか実験のやり方という点で、これまでとはまったく異なる新しいアプローチが生まれるのではないかと思います。そうしたことができることが分かってくると、例えば1万のタンパク質を特定の方法で関連付けるとどうなるのか確認したい、などというセレンディピティ(偶然の発見)的な質問にも答えることができるツールが構築されるようになるかもしれません。今は誰もそんな質問を立てることもありませんから、そんなことをする通常的な方法もありません。ですから、我々は新しいツールの作成を開始する必要があると思います。研究者たちがこのデータベースの使い方に慣れてくれば、そうしたツールの需要はあるでしょう」。

これには、長い開発の歴史の中でオープンソース形式でリリースされてきたソフトウェアの派生バージョンと改善バージョンも含まれる。ワシントン大学のベイカー研究室の研究者によって独立に開発されたシステムRoseTTAFoldもすでに存在している。このシステムは2020年、AlphaFoldのパフォーマンスを上回り、同じような構造をより効率的に作成できるようになった。ただし、DeepMindは最新バージョンで再度トップの座を取り戻したようだ。いずれにしても、こうした秘密兵器が誰でも使えるようになったということだ。

関連記事:DeepMindのAlphaFold2に匹敵するより高速で自由に利用できるタンパク質フォールディングモデルを研究者が開発

現実的なマジック

構造生物情報工学者にとって一番の夢が実現する見込みがあるのはすばらしいことだが、DeepMindとEMBL-EBIが実現したシステムが即座に現実の利点をもたらすことも重要な点だ。その利点が明らかに見てとれるのは、Drugs for Neglected Diseases Institute(DNDI)とのパートナーシップだ。

DNDIは、その名前から想像できるように、稀であるがために、治療法の発見につながる可能性のある大手の製薬会社や医療研究機関からの注目や投資の対象とならない病気に焦点を当てている。

「これは臨床遺伝学の分野では極めて現実的な問題です。この分野では、症状のある子どもに遺伝子配列の異常が疑われる場合、その特定の遺伝的疾患の原因となっている可能性の高い遺伝子を特定する必要があるからです。タンパク質の構造情報が広く利用できるようになれば、そうした作業が大きく改善されることはほぼ間違いありません」と、DNDIのEwan Birney(イワン・バーニー)氏は今回のリリースに先立って報道陣に語った。

特定の問題の根本原因であることが疑われるタンパク質を調べる作業は通常、大変な費用と時間を要する。ましてや実際の患者が少ない病気の場合、癌や認知症といったより一般的な患者数の多い症状が優先され、お金と時間はますます不足する。しかし、10の正常のタンパク質と10の配列異常のあるタンパク質の構造を簡単に比較できれば、これまでのように何年にも渡って綿密な実験作業を行わなくても、ものの数秒で原因が明らかになるかもしれない(治療薬の発見と臨床試験には数年かかるが、それでも、たとえばシャーガス病の原因究明を、2025年からではなく明日からすぐに始めることもできるのだ)。

RNAポリメラーゼII(タンパク質)がイースト内で機能しているところ(画像クレジット:Getty Images / JUAN GAERTNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY)

実験的に結果が確認されていない構造について、コンピューターの予測に頼りすぎているのではないかと思われるといけないので、まったく別のケースを紹介しよう。このケースでは厄介な実験による確認作業の一部をすでに終えていた。ポーツマス大学のJohn McGeehan(ジョン・マクギーハン)氏(別の潜在的な使用事例でDeepMindと連携した)は、同氏のチームのプラスチック分解の取り組みにどのような影響があったかを説明してくれた。

「最初我々はDeepMindに7つのアミノ酸配列を送りました。そのうちの2つは実は、実験による構造解析をすでに終えていたのです。ですから、結果が返ってきたときにその2つについてはテストできました。そのときは正直、身の毛がよだつような興奮を覚えました」とマクギーハン氏はいう。「DeepMindが作成した構造は、我々が実験で確認した結晶構造と完全に一致していたのです。いえ、場合によっては、結晶構造から分かるよりも詳細な情報が含まれていました。我々はその情報を使って、より高速に作用するプラスチック分解酵素を直接開発することができました。その酵素の実験は、すでに始まっています。ですから、我々のプロジェクトは数年分前進したと言えるでしょう」。

DeepMindの計画は、今後1、2年の間に、あらゆる既知の配列済みタンパク質の3次元構造を予測することだ。その数は1億近くにもなる。その大部分について(数は少ないがこのアプローチでは対応できない構造もある。それについては、まもなく公開されるようだ)生物学者たちは予測結果を信頼できるはずだ。

3次元の分子構造を調べるのは数十年前から可能だったが、そもそもその構造を見つけること自体難しい(画像クレジット:DeepMind)

AlphaFoldが構造の予測に使っているプロセスは、ある意味、実験的な方法よりも優れている。AIモデルがその予測結果に達する過程については不明確な部分も数多くあるものの、ハサビス氏にとって、これは単なるブラックボックスではないことは明白だった。

「このケースの場合、説明可能性は、プラスチックの分解というその用途の重要性を考えると、機械学習に対してよく言われるように、『あればいい』というものではなく、『なくてはならない』ものだったと思います」と同氏はいう。「ですから、このケースについては、説明可能性が確保されるように、特定のシステムに対してできることはすべてやったと思います。アルゴリズムの粒度という意味での説明可能性、出力、予測結果、構造という観点からの説明可能性、そしてそれらの信頼性、予測された領域のうち信頼可能な部分という意味での説明可能性があります」。

にもかかわらず、同氏はシステムの説明に「奇跡的」という言葉を使っていたため、私の見出し語に対する特殊感覚が引きつけられた。ハサビス氏によると、このプロセス自体には奇跡的な部分は何もないが、その処理によって作成されるものがあまりにパワフルなので少し驚いたのだという。

「これまでで最も困難なプロジェクトでした」と同氏はいう。「コードの動作方法、システムの動作方法については詳細部分まで明確であり、すべての出力も確認できるのですが、システムが行っていること、つまり、この1次元のアミノ酸の鎖を取り込んで美しい3次元構造を作成するのを見ると奇跡的という言葉を使いたくなるのです。しかもその構造の多くは審美的にも信じられないくらい美しく、科学的および機能的にも価値のあるものでしたから。ですから、あれはある種の感嘆の言葉だったと思います」。

大量のたたみ込みの実行

AlphaFoldとプロテオームデータベースがもたらしたインパクトはすぐに広く伝わらなかったものの、初期のパートナーが証言しているように、これが短期的にも長期的にも重大なブレイクスルーになることはほぼ間違いない。しかし、だからといってプロテオームの神秘が完全に解決されたわけではない。それどころか、解決にはまだほど遠い。

前述のとおり、基本的なレベルでのプロテオームの複雑さに比べれば、ゲノムの複雑さなど何でもないが、このDeepMindがもたらした大きな進歩を以ってしても、プロテオームの上っ面をなでただけに過ぎない。AlphaFoldは、非常に限定的だが、非常に重要な問題を解決する。すなわち、アミノ酸の配列を受け取って、その配列が実際に実現する3次元形状を予測する。しかし、タンパク質は真空中に存在するわけではない。構造を変え、破壊と再生を繰り返し、さまざまな条件、および要素や他のタンパク質の存在に反応し、それらに応じて自身も形を変える複雑でダイナミックなシステムの一部だ。

実際、人体を構成する多くのタンパク質の中には、AlphaFoldがその予測結果に中くらいの信頼性しか与えられなかったものが大量にある。こうしたタンパク質は、基本的に「無秩序な」タンパク質であり、あまりに可変的であるため静的なタンパク質のように特定することができない可能性がある(静的なタンパク質の場合、AlphaFoldは非常に精度の高い予測システムであると評価されることになる)。このように、解決しなければならい問題はまだまだ山積みの状態だ。

「新しい課題に目を向けるときがきています」とハサビス氏はいう。「もちろん、まだ課題は山積みです。それでも、先程触れたタンパク質の相互作用、複雑さ、リガンド結合といったさまざまな問題に我々は取り組んでおり、こうした課題を解決する極めて初期段階のプロジェクトも立ち上げています。しかし、今回の大きな前進は少し時間を取って取り上げる価値はあると思います。それはコンピューターを使った生物学のコミュニティで20年から30年にも渡って取り組みを続けてきた問題であり、今回ようやくその最重要部分が解決されたと考えています」。

画像クレジット:DeepMind

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

AI創薬のSyntheticGestaltが約12億円を調達、機械学習モデルの拡張・自社パイプライン拡充に向けウェット試験実施

AI創薬事業を手がけるSyntheticGestaltが約12億円を調達、機械学習モデルの拡張・自社パイプライン拡充に向けウェット試験実施

AIによる創薬事業を展開するSyntheticGestalt(シンセティックゲシュタルト)は9月29日、シリーズAラウンドにおいて、1100万ドル(約12億円、このうち400万ドルが株式、700万ドルが転換社債)の資金調達を発表した。引受先は英国政府系ファンドFuture Fundをはじめ、インキュベイトファンド、三井住友海上キャピタル、ほか2社。累計調達額は1400万ドル (約15億円)となった。

ロンドンと東京に拠点を持つSyntheticGestaltは、AI創薬事業を展開するスタートアップ。新薬候補物質を製薬企業に提供する「自社創薬」と、創薬システムを基軸としたケイパビリティをライフサイエンス系企業との協業にいかす「共同研究」の2つの事業を主軸としている。今回調達した資金は、機械学習モデルの拡張および自社パイプライン拡充のための各種ウェット試験にあてる方針。

SyntheticGestaltの創薬システムは、より多くの新薬候補物質を機械学習を用いて発見するために開発された。数十億の化合物から新薬候補物質をスピーディーに発見し、創薬における研究期間を大幅に短縮することが期待されている。また、従来の機械学習を用いた創薬と異なり、創薬標的タンパク質の構造情報を必要としないため、これまで治療薬の創出が困難であった標的も創薬の対象にできるという。

コロッサルがマンモス復活プロジェクトを投資家たちに売り込むことに成功

医療を一変させるCRISPR(ゲノム編集技術)の可能性に関心を持つ企業がますます増えている。しかし、この遺伝子編集システムを用いて現代にマンモス(あるいは、それに極めて近いもの)を蘇らせようとしている企業はおそらく1社しかいないだろう。

それを第一のミッションとして掲げている会社が新興企業Colossal(コロッサル)だ。異端の遺伝学者George Church(ジョージ・チャーチ)氏と、企業家でHypergiant(ハイパージャイアント)の前CEO Ben Lamm(ベン・ラム)氏によって創業された同社は、CRISPRを使って既存のアジア象のゲノムを編集することでこの古代生物を現代に蘇らせることを目的としている。そういう意味では、蘇る生物はマンモスに極めて近いものの、どちらかというと象とマンモスの雑種ということになる。

チャーチ氏のラボではこのプロジェクトに数年間資金を投入してきた。チャーチ氏とラム氏は、マンモスを現代に蘇らせるというアイデアには単なるSF的なプロジェクト以上の意味があることを投資家たちに売り込むことに成功した。

コロッサルは、創業しLegendary Entertainment(Dune、Jurassic World、The Dark Knightなどをてがけた会社)の前CEO Thomas Tull(トーマス・タル)氏率いる1500万ドル(約16億5000万円)のシードラウンドを実施することを発表した。このラウンドには、Breyer Capital(ブレイヤーキャピタル)、Draper Associates(ドレイパーアソシエイツ)、Animal Capital(アニマルキャピタル)、At One Ventures(アットワンベンチャーズ)、Jazz Ventures(ジャズベンチャーズ)、Jeff Wilke(ジェフ・ウィルケ)氏、Bold Capital(ボールド・キャピタル)、Global Space Ventures(グローバルスペースベンチャーズ)、Climate Capital(クライメートキャピタル)、Winklevoss Capital(ウィンクルボスキャピタル)、Liquid2 Ventures(リキッド2ベンチャーズ)、Capital Factory(キャピタルファクトリー)、Tony Robbins(トニー・ロビンズ)氏、First Light Capital(ファーストライトキャピタル)などが参加している。

「チャーチ氏とラム氏の2人は、現代の遺伝学の考え方を一変させると同時に、絶滅種の復活だけでなく業界全体を前進させる革新的テクノロジーを開発する能力を持ち合わせた強力なチームです」とロビン氏はいう。「この2人が率いるプロジェクトに投資できることを誇りに思います」。

ラム氏はテキサス州本拠のAI企業ハイパージャイアントの創業者としてコロッサルに入社した。同氏は他にも、Conversable(LivePersonに売却)、Chaotic Moon Studios(Accentureに売却)、Team Chaos(Zyngaに売却)の3社を起業し売却している。

チャーチ氏は、これまでにも大規模で挑発的なプロジェクトを立ち上げてきたことでよく知られている。

チャーチ氏は1980年代に最初のゲノム直接配列決定法を生み出し、続いて人ゲノムプロジェクトの立ち上げにも携わった。同氏は現在、Wyss Instituteで、遺伝子とゲノム全体を統合することに重点を置いた人工生体の取り組みを率いている。

CRISPR遺伝子編集技術は対人臨床試験の段階に入ったばかりで、特定の病気の原因となっている遺伝子を編集することを目的としているが、チャーチ氏のプロジェクトでは、それよりはるかに大きな考えで取り組みを進めており、テクノロジーの進化を加速する目的に沿ったものが多い。2015年、同氏のチームは、人に移植する臓器を作る過程で豚の胚の62の遺伝子(当時の新記録)を編集することに成功した。

この取り組みから派生した企業eGenesisはチャーチ氏の当初の予定より遅れているが(同氏は、2019年までには豚の臓器を人体への移植に利用できると予測していた)、現在、猿を使った前臨床実験を行っている。

チャーチ氏は長年、マンモスの復活に照準を合わせてきた。2017年、ハーバード大学の同氏のラボは、マンモスを復活させる過程で、45の遺伝子をアジア象のゲノムに追加することに成功したと報告した。投資家たちからの研究支援を受け、コロッサルはチャーチ氏のラボでのマンモス復活の取り組みを全面的にサポートすることになる。

プレスリリースによると、コロッサルがマンモスを復活させることを追求しているのは、エコシステムを復元することで気候変動による影響と戦うためだという。

「当社の目的はマンモスを復活させることだけではありません」と同氏はいう。「もちろん、それだけでも大変なことですが、最終的にはマンモスを自然環境に適応させることが目的です。マンモスを復活させることができれば、絶滅を防いだり、絶滅危惧種を復活させるすべての道具立てが揃うことになります」。

現在、約100万種の動植物が絶滅の危機に瀕している。コロッサルのマンモスプロジェクトが成功すれば、最近絶滅した生物を復活させるだけでなく、ラム氏のいう「遺伝子レスキュー」によってそもそも絶滅を防ぐことさえできる能力が実現されることになる。

遺伝子レスキューとは、絶滅危惧種の遺伝子多様性を向上させるプロセスのことだ。これは、遺伝子編集によって、あるいはクローニングによって新しい個体を作り遺伝子プールを大きくすることによって実現できる(クローンと既存の動物の遺伝子が十分に異なることが条件)。これが実現可能である証拠はすでにいくつかある。2021年2月、北米で最初の絶滅危惧種のクローニングによってクロアシイタチが誕生し、Elizabeth Ann(エリザベス・アン)と名付けられた。このイタチは1988年に収集され冷凍された組織サンプルに含まれていたDNAからクローニングされたものだ。

山の中のマンモス。3Dのイラスト(画像クレジット:Orla / Getty Images)

絶滅種を復活させることで気候変動による影響と戦うことはできるかもしれないが、それで根本的な問題が解決するわけではない。人間が生み出した気候変動の原因が手つかずのままであるかぎり、そもそも気候変動によって絶滅した生物を復活させることができたとしてもあまり期待はできない。そもそも、気候変動は巨型動物類が絶滅した原因の1つなのだから。

また、絶滅してかなりの時間が経つ種を現代の環境に適応させることにより、新しい病気が蔓延したり、既存の種が置き換えられて実際に地形が変わってしまうなど、エコシステムにさまざまな重大な悪影響が生じる可能性もある(象は結局のところ生態系の技師なのだ)。

生物多様性を維持することがコロッサルの主たる目的なら、今すぐ救える種があるのになぜわざわざマンモスの復活にこだわるのだろうか。ラム氏によると、アジア象のゲノムを編集して回復力を高める試みをしてもよいが、マンモスプロジェクトがコロッサルを導く光輝く目標でもあることに変わりはないという。

ラム氏の見方では、マンモスプロジェクトはムーンショット(困難だが成功すれば大きな効果をもたらす試み)なのだ。このような困難な目標にあえて挑むとしても、絶滅種復活のための独自技術を開発し、それを見込みのありそうな買い手にライセンス供与または売り込む必要がある。

「この計画はアポロ計画によく似ています。アポロ計画は文字通りムーンショットでした。その過程で多くのテクノロジーが生まれました。GPS、およびインターネットや半導体の基本原理などです。これらはすべて大きな収益を生むテクノロジーでした」と同氏はいう。

要するに、マンモスプロジェクトは、多くの知的財産を生み出すインキュベーターのようなものなのだ。具体的には、人工子宮やCRISPRのその他の応用技術の研究プロジェクトなどがあるとラム氏はいう。こうした技術を実現するにはまだまだ多くの科学的なハードルをクリアする必要があるが(現行の人工子宮プロジェクトは臨床試験段階にも程遠い状態だ)、生きた本物の生物体を作り上げることに比べれば少しは実現可能性が高いのかもしれない。

けれども、コロッサルがこの研究を進めるにあたってたくさんの中間的な計画を持っていたというわけではない。コロッサルは、研究過程で記憶に残るブランドを作ろうと躍起になっている。ラム氏に言わせると、それは「ハーバードとMTVの融合」としてのブランドだという。

コロッサルに匹敵するような企業は存在しないとラム氏はいうが、インタビューでは、Blue Origin、SpaceXなどの大手の宇宙開発企業ブランド、そして何よりNASAの名前が登場した。「NASAは米国が作り上げた最高のブランドだと思います」と同氏はいう。

「SpaceXやBlue OriginやVirginの名前を挙げれば、私の91歳の祖母でも宇宙開発企業だと知っています。ULAなどの企業も数十年に渡ってロケットで衛星を打ち上げていますが、誰も知りません。SpaceXやBlue Originは宇宙開発事業を一般大衆に知らしめるのに大きな役割を果たしたのです」。

人を火星に送るというElon Musk(イーロン・マスク)氏の計画を少し連想させるが、同氏の火星探査宇宙船Starshipは、プロトタイプ試験段階から先に進んでいない。

夢のある大きなアイデアは人を惹き付けるとラム氏はいう。そして、その実現に向けた道のりで生まれる知的財産によって、投資家たちの気持ちをなだめることもできる。全体像はどうしてもSF的に見えてしまうが、それも織り込み済みなのかもしれない。

とはいえ、コロッサルはマンモスを復活させることなど本気で考えてはいないなどというつもりはない。今回のシードラウンドで調達した資金は、生存可能なマンモスの胚を作り出すのに十分な額だ。同社は、あと4年~6年で最初の分娩にまでこぎつけることを目指している。

画像クレジット:Colossal

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

新型コロナのアルファ株・デルタ株変異体発見に貢献、ゲノム情報に特化した情報共有プラットフォームのSeqera Labsが約6億円調達

ビッグデータ時代の現在、あらゆる場所に存在する非構造化情報に秩序をもたらして理解するということは、最も重要なブレークスルーの1つだろう。ライフサイエンス分野において、この課題に取り組むためのプラットフォームを構築してきた欧州のスタートアップ(同社のプラットフォームは複数の研究所によって新型コロナウイルスの変異株の配列と特定にも活用された)が現地時間9月7日、より多くのユースケースに対応するためのツールを開発し、北米に進出するための資金調達を発表した。

バルセロナを拠点とするSeqera Labs(セケラ・ラブス)。シード資金として550万ドル(約6億円)を調達した同社は、データオーケストレーションやワークフローのカスタムプラットフォームを提供しており、科学者やエンジニアがクラウドベースのゲノムデータから情報を得たり、複数の場所からの複雑なデータを利用するライフサイエンスの応用に取り組んだりするのを支援している。

今回のラウンドはTalis Capital(タリス・キャピタル)Speedinvest(スピードインベスト)が共同で主導し、以前からの支援者であるBoxOne Ventures(ボックスワン・ベンチャーズ)も参加している。また、Mark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏とPriscilla Chan(プリシラ・チャン)博士が科学応用のためのオープンソース・ソフトウェア・プロジェクトを支援するために設立したChan Zuckerberg Initiative(チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ)も助成金を提供している。

Seqeraは「sequence(配列)」と「era(時代)」を組み合わせた造語で、シーケンスデータの時代を意味している。同社はこれまで100万ドル(約1億1000万円)以下の資金しか調達してこなかったものの、現在では世界最大の製薬会社5社の他、バイオテクノロジーやその他のライフサイエンス分野の顧客を持ち、収益を伸ばしている。

Seqeraはバルセロナのバイオメディカル研究センターであるCentre for Genomic Regulation(CGR、ゲノム規制センター)からスピンアウトしたもので、Seqeraの創設者であるEvan Floden(エヴァン・フローデン)氏とPaolo Di Tommaso(パオロ・ディトマソ)氏が、オープンソースのワークフローおよびデータ・オーケストレーション・ソフトウェアであるNextflow(ネクストフロー)の商用アプリケーションとしてCGRで構築したのが始まりだ。

SeqeraのCEOであるフローデン氏はTechCrunchに対し、Nextflowがライフサイエンスのコミュニティで多くの支持を得て、その後さらなるカスタマイズや機能を求める多くのリクエストを繰り返し受けたことが、同氏とディトマソ氏が2018年にSeqeraを創設する動機になったと話している。NextflowとSeqeraはともに多くの利用実績があり、Nextflowのランタイムは200万回以上ダウンロードされ、Seqeraの商用クラウドサービスでは現在50億件以上のタスクを処理しているという。

新型コロナのパンデミックのような深刻な課題は、Seqera(およびその関連としてのNextflow)が科学者コミュニティで解決しようとしていることの典型例である。新型コロナの大流行は世界中で発生しており、研究所で新型コロナの検査が行われる度にウイルスの生きた遺伝子サンプルが採取される。こういった何百万件もの検査結果は新型コロナウイルスがいつ、どこで、どのように変異しているかを示す情報の宝庫であり、さらにまだ解明されていない新しいウイルスにとってもこれは非常に貴重なデータとなる。

つまり問題は、より深い洞察を得るためのデータが存在するかどうかではなく(間違いなく存在するからだ)、既存のツールを使ってそのデータを総合的に見ることがほぼ不可能だということなのである。データはあまりにも多くの場所に存在し、その量はあまりにも多く、日々増加し続けている(そして日々変化し続けている)。データを中央に集めて分析を行うという従来のアプローチは効率的ではなく、実行には莫大なコストがかかってしまう。

そこで登場するのがSeqeraだ。同社のテクノロジーでは異なるクラウド上の各データソースを重要なパイプラインとして扱い、データがすでに存在しているインフラの境界を離れることなく、1つのボディとして統合・分析することができる。ゲノム情報に特化してカスタマイズされているため、科学者らはその情報を照会してより多くの知見を得ることが可能だ。新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、Seqeraはアルファ株とデルタ株の両方の変異体の発見に貢献したのである。

同社はいわゆる「プレシジョン・メディシン」の領域など、他のタイプの医療応用でも使用されており、がんなどの複雑な分野では非常に大きな可能性を秘めている。がんは患者自身の遺伝子の違いなど、多くの要因によって変異や行動が異なるため、画一的な治療では効果が出にくいためだ。

機械学習やビッグデータ解析を活用して、個々のがんやそれが異なるグループ間でどのように発症するかを理解してより個別化された治療法を生み出すアプローチが近年増えているが、Seqeraはそのようなデータをシーケンスする方法を提供しようと取り組んでいる。

Seqeraプラットフォームのもう1つの特徴として、データの専門家でなくてもデータを分析する人、つまり研究者や科学者自身が直接利用できるという点が挙げられる。同社にとってこれは優先事項だったとフローデン氏は話しているが、高度に技術的なプロセスを技術者ではない人々が使えるように設計された、今流行の「ノーコード・ローコード」ソフトウェアをこのプラットフォームが意図せずして取り入れているというのは興味深い事実である。

既存の可能性と、将来的にクラウド上に存在することになる他の種類のデータにSeqeraをどのように適用していくかという両点が、この会社を興味深いものにしており、また投資先としても興味深いものとして考えられているのだろう。

Talis CapitalのプリンシパルであるKirill Tasilov(キリル・タシロフ)氏は声明の中で次のように述べている。「機械学習の進歩とデータの量と種類の増加により、ライフサイエンスや生物学におけるコンピューター科学の応用がますます増えています。これは人類にとって非常にエキサイティングなことですが、一方で、コンピューターを駆使した複雑な実験は、コストが非常にかかり、プロジェクトごとに数百万ドル(数億円)になることもあります。Nextflowはすでにこの分野ではユビキタスなソリューションであり、Seqeraはその機能を企業レベルで推進しています。その過程で彼らはライフサイエンス業界全体を近代化しているのです。Seqeraの今後に関わって行けるということに、弊社は胸を躍らせています」。

SpeedinvestのプリンシパルであるArnaud Bakker(アルノー・バッカー)氏は「安価で商業的なDNAシーケンシングによる生物学的データの爆発的な増加にともない、増え続ける複雑なデータを分析する必要性が高まっています。Seqeraのオープンでクラウドファーストなフレームワークがもたらす高度なツールキットにより、組織は複雑なデータ分析の展開を拡大し、データ駆動型のライフサイエンスソリューションを実現することができるでしょう」と話している。

現在のSeqeraにとって、医療やライフサイエンス分野は最もタイムリーで明らかな活用分野ではあるものの、もともと遺伝学や生物学のために設計されたこのフレームワークは他のさまざまな分野にも応用することができる。AIトレーニング、画像解析、天文学の3つが初期のユースケースだとフローデン氏はいうが、天文学には限度がないため非常に適した分野なのではないだろうか。

「私たちは、現在が生物学の世紀であると考えています」とフローデン氏。「生物学は活動の中心であり、またデータ中心になりつつあります。我々はそれに基づいてサービスを構築しているのです」。

Seqeraは今回のラウンドでの評価額を公開していない。

画像クレジット:zhangshuang / Getty Images

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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Dragonfly)