編集部注:本稿はAdvanced Telematic Systemsの創業者兼CEOであるArmin G. Schmidt によって執筆された。同社は自動車業界のソフトウェア開発を支援する企業だ。彼はこの他にも、アジア、ヨーロッパ、アメリカなどにある数多くのイノベーティブなテック企業で役職をもつ。
フランスのMulhouseという街にあるCité de l’Automobileは素晴らしい場所だ。スイス人のHansとFritz Schlumpf兄弟の自動車に対する強い愛情のおかげで、この場所には多くの自動車が展示されている。展示されている自動車を集めるための費用は、彼らが立ち上げたビジネスから得た収益で賄われた。彼らはウール製品向けの紡績工場を経営していた。面白いことに、「Schlumpf」をドイツ語にすると「smurf」となる。アニメの「Smurf」を覚えている読者であれば、The Cité de l’Automobileを見て「Smurftastic(最高に素晴らしいという意味の造語)」と言うことだろう。
Schlumpf兄弟の自動車に対する過剰な愛情と、1970年代に布製品の生産がアジア国々にシフトしていった事が理由で、ついに彼らのビジネスは破産してしまった。そこで彼らはフランスを離れ、故郷のスイスに戻ることにした。その頃までには、彼らの自動車コレクションの価値はとても高くなっており、フランス政府は彼らのコレクションには歴史的な希少価値があるとして、それを破壊したり輸出したりすることを禁止する命令を出した。そして1978年、彼らのコレクションはCouncil of Stateによってフランスの歴史的記念物として認定されることとなったのだ。
数年前、今では世界最大の自動車博物館となったCité de l’Automobileに訪れる機会を頂いた。まさに自動車の栄光の時代にタイムスリップしたような感覚だった。何百もの自動車で埋め尽くされた巨大なホールを歩いていると、その多くはかつての「スタートアップ」(過去の起業家にも現代の用語を当てはめることは可能だろう)がゼロから自動車を創り出し、ブランドを確立し、誕生したばかりの自動車市場でのシェアを奪い合っていた時代に製造されたものだということに気付くだろう。馬によって移動することはもはや時代遅れとなり、それが理由で私たちは乗馬を贅沢な趣味として認識するようになった。
新しいテクノロジーが誕生して産業が革新的な発達を遂げたことにより、当時のスタートアップは限られた資本でも自動車を製造することができるようになった。第一次の自動車ブームが始まったのだ。例えば、1920年代には自動車はボディ・オン・フレームという製造方法で製造されていた。この方式では別々のサプライヤーから供給される部品をモジュールとして組み合わせることが可能になる。その後、開発予算のあるハイエンドのクルマ向けにユニボディ構造が採用され、高精度に一体化された車両が開発されるようになった。この構造はボディ・オン・フレームは開発コストはかかるが、大規模に生産することができれば開発コストを下げることも可能となる。現代の電気自動車のなかにはボディ・オン・フレームというコンセプトに回帰したものもあり、例えばBMW i3の頑丈なフレームの中にはドライブトレイン(クランクやチェーンなど自動車を前に動かすためのパーツの総称)とバッテリーが組み込まれている。
これから挙げる自動車ブランドのリストはCité de l’Automobileに展示されている自動車のほんの一部だ。もしあなたがこの中の3つ以上のブランドを知っているとすれば、正真正銘の自動車エキスパートと名乗ることもできるだろう。もしそれが本当ならば、今度会う時にはお酒を一杯おごろうではないか。 ABC、Amilcar、Arzens、Aster、Ballot、Bardon、Barraco、Barré、Baudier、B.N.C、Bollée、Brasier、Charron、Cisitalia、Clément de Dion、Clément-Bayard、Clément-Panhard、Corre La Licorne、Darracq、Decauville、 De Dietrich、 De Dion-Bouton、 Delage、 Delahaye、 Delaunay-Belleville、 Dufaux、 Ensais、 Esculape、 Farman、 Fouillaron、 Georges Richard、 Gladiator、 Gordini、 Horlacher、 Hotchkiss et Cie、 Hotchkiss-Gregoire、 Jaquot、 Le Zèbre、 Lorraine-Dietrich、 M.A.F.、 Mathis、 Maurer-Union、 Menier、 Minerva、 Monet-Goyon、 Mors、 Neracar、 O.M.、 Panhard & Levassor、 Pegaso、 Philos、 Piccard-Pictet、 Pilain、 Ravel、 Rheda、 Richard-Brasier、 Ripert、 Rochet-Schneider、 Sage、 Salmson、 Scott、 Sénéchal、 Serpollet、 Sizaire-Naudin、 Soncin、 Turicum、 Vermotel、 Violet-Bogey、 Zedel.
この優秀なスタートアップたちが自動車を製造していた時代は、まだクルマの燃焼機関が参入障壁として機能していなかった時代だった。その後、GM、Ford、Mercedes、Toyota、BMW、VWなどのメーカーが40年以上もの間マーケットを独占することになる。これにより、これらの大規模メーカーとMcLarenやLotusのような小規模メーカーとの間に巨大な壁が生まれたのだ。
もちろん、DeLoreanやFisker、Artegaのようなスタートアップが誕生したことは事実だ。しかし、燃焼機関を搭載したクルマを製造開発し、マーケティングを行って製品を販売し、そして言うまでもなくディーラーのバリューチェーンを維持するというビジネスは、大規模で資金力のある企業が常に勝利する試合だった(今でもそうだと主張する者もいる)。自動車業界でスタートアップを立ち上げて成功させるのは簡単ではない。1億ドル以上の資金を調達できないスタートアップはすべて、遅かれ早かれ倒産の道をたどることになるだろう。特に、大半の投資家はこの業界を触れてはいけないもののように扱っている。非常に大きなリスクを伴うのにもかかわらず、成功する確率が低いからだ。
次世代のクルマや商用車、そして他のタイプの交通手段を開発することを目的としたスタートアップが次々に誕生しつつある。
しかし、2004年に台湾に現れた1人の男がすべての常識を覆した。Elon Muskだ。その時彼は、台湾だけでなく様々な場所で資金を調達するために奔走していた。彼が開発した第一号モデル「Roadster」をローンチするための資金だ。当時このクルマに使われていた部品の大半は、人口2300万人の島国である台湾で製造されたものだった。この国は世界中に存在するPCやノートパソコン・メーカーの8割に部品を供給しているだけでなく、iPhoneで使われているマイクロチップのすべてを生産していることでも有名だ。また、Foxconn、Pegatron、Wistronなどの台湾出身の巨大メーカーの存在もよく知られている。
Teslaが2006年にローンチした当時、同社のプロダクトに搭載されたエンジンは台湾にあるTeslaの工場で生産されていた。その当時から、Elon MuskはITと自動車の世界は交わることになるだろうと確信していたのだ。初めての資金調達を完了したあと、彼は野望を抱き始めるようになる。「専門家」と呼ばれる人たちのアドバイスは聞かなかった。2009年までにTeslaは1億8000万ドルを調達し、147台のプロダクトを販売した。
その数年後、その時すでに何十億ドルもの追加資金を調達していたTeslaに世界は注目し、Teslaであればそれまで誰もが避けてきたことを成し遂げることができるだろうと考えるようになった。伝統的で巨大な自動車メーカーへの攻撃だ。コンピューターの処理能力の発達し、業界を進化させるというモメンタムが大きくなっている今、時代は「イノベーションのジレンマ」と呼ばれる新たな1ページに差し掛かろうとしている。ハーバード大学教授のClayton Christenseが提唱したこの理論は、新しいテクノロジーによって優良な大企業が没落する過程を説明している。そして何より、これまで競争力のあるプロダクトが創り出したプレミアムを享受してきたAudi、BMW、Toyota、Mercedesのような企業は、この理論を真剣に受け止め始めている。
豊富な資金力と技術によって構築された巨大な壁は崩壊しつつある。VC業界はこの絶好の機会に歓喜し、自動車業界を攻撃し始めた。過去5年の間に自動車メーカーは2200億ドル以上もの資金をM&Aに費やしている。
洗練された生産技術を必要とする、燃焼機関などのプロダクトによって構築された参入障壁は今後消え去ることになる。電子部品が業界の主流となりつつあるのだ。例えば、今ではE-ドライブトレインの製造はMagnaなどのODM製造業者にアウトソースされており、今後はこの分野のFoxconnとも言えるような企業が生まれることになるだろう。
より重要なことには、Teslaは機械学習という分野において有利な立場にいるだけでなく、彼らのクルマには従来の自動車システム(内部燃焼エンジンなど)が搭載されていないことから、より大規模で成長著しいマーケットに競合他社よりも素早く参入することが可能なのだ。従来のモデルから転換してインターネットにつながれたコンピューターを搭載するクルマをつくるという動きは、いずれ人々が自動運転車を所有し、共有し、そして自動運転車がオンデマンドで配車されるという世界を生み出すだろう。
新しいクルマや商用車、そして他のタイプの交通手段を開発することを目的としたスタートアップが次々に誕生しつつある。以下のような企業だ: NextEV、 Atieva、 ThunderPower、 Gogoro、 Navya、 Borgward、 Local Motors、 ZMP、 Faraday Future、 Starship、 Varden Labs、 Easy Mile、 Auro Robotics、 Gaius Automotive、 Elio、 LeEco、 nuTonomy、 Dyson、 Mission Motors、 Boosted、 Lit Motors、 Renovo Motors、 Inboard Technology、 Future Motion、 GLM、 Dubuc Motors、 Dagmy Motors、 Newton Vehicles、 ALTe Technologies、 Lumen Motors、 Barham Motors、 Highlands Power、 Myers Motors、 Tratus、 Virtus Motors、 AC Motors、 Scalar Automotive、 Fenix Vehicles、 Marfil、 Esco Motors、 Lithos Motors。今後数年間のうちに何百ものスタートアップが新しく生まれることだろう。
近い将来、レッドブルのロゴが塗装されたクルマが道を走っていたとしても驚かないように。
どんなにイノベーティブな交通手段のコンセプトでも、最終的には人を乗せる「乗り物」が必要となる。未来の乗り物は今日のものと比べて異なる要素を持ち合わせていたり、異なる材料から製造されていたり、電源の供給の仕方や制御の方法も違うかもしれない。しかし、誰かがその乗り物を開発し、製造し、販売し、品質の維持をしなければならない。現存する自動車メーカーはまだその部分においては競争能力を持っており、要素が変化すればそれに徐々に適応していく能力も持っている。現在のクルマのように複雑で、耐久性があり、安全性が高いプロダクトを製造しているにもかかわらず、そこから利益を得る知恵やプロセスを彼らは持ち合わせているのだ。しかも、彼らにはビジネスの規模を拡大させる能力もある。それに加え、彼らのブランド力や評判、そしてカスタマーロイヤリティが今後しばらく色焦ることはないだろう。
現状のマーケットで力を握る自動車メーカーは、今後も一定の間は優位に立つことができるだろう。資金が豊富で身軽な新参企業でもそれは同様だ。また、ニッチな市場にフォーカスするブランドや企業が現れる可能性は高い。将来のクルマを開発していくうえで、まだ解答されていない問題が残っている。新しいクルマはどのように利用されるのか。都市部と地方の移動手段はどう異なるのか。電気自動車や自動運転車はいつ業界の主導権を握り、そして受け入れられるのか。規制機関は新しいクルマの開発を加速するのか、または減速させるのだろうか。
自動車を選ぶ消費者にとって、ブランド力はいまだに重要な要素の1つである。そのため、ポルシェなどの高級車ブランドはそこから大きな恩恵を受けることができ、マスマーケット向けのブランドに比べれば業界の変化によって受ける影響の度合いは小さいだろう。FenderとVW Beetle、Paul smithとMini、GucciとFiat 500のように、今後も新しいファッションブランドや既存のファッションブランドとクルマとのコラボレーションが生れるだろう。近い将来、レッドブルのロゴが塗装されたクルマが道を走っていたとしても驚かないように。
また、たとえ自動運転車がより賢くて安価になったとしても、ブランドがもつ力が衰えることはない。航空業界で言えばeasyJet、Virgin、RyanairなどのLCCも、みずからのポジションを確立した立派なブランドだ。航空券を選ぶとき、消費者が選ぶのはサービスのプロバイダー(航空会社)であって、メーカーではない(航空機)。この航空業界の状況は自動車業界にも当てはまるかもしれない。
Cité de l’Automobileに展示されているクルマのブランド名が書かれたリストを覚えているだろうか?スタートアップたちはこの世に誕生しては消え、博物館にその遺産を残していったのだ。それと同じように、この記事で紹介した現代の自動車メーカーの中のいくつかが今後数年間のうちに消えていくのは明らかだ。しかし、その中に私たちの毎日を支える自動車という分野で独占的な地位を占める企業がいるのは確かだ。
今では6.4兆ドル規模(McKinsey調べ)とも言われるこの業界では、非常に多くのブランドやイノベーションが新しく誕生している。彼ら全員がクルマを製造しているわけではなく、死亡事故を失くして安全な交通を実現するための、まったく新しい交通手段のアイデアを持つ者もいる。
いつか将来、Schlumpf兄弟のCité de l’Automobileのような博物館に私たちが良く知る現代のクルマが並ぶ日が来るだろう。コレクターがこれから新しく誕生するクルマ(究極のモバイルデバイス)を集めてつくった博物館を見られる日が来るのを楽しみにしている。私たちの子どもや孫はその博物館に興味津々になることだろ(Smurfと関係しているからということではない)。歴史は常に繰り返すのだ。
[原文]
(翻訳: 木村 拓哉 /Website /Facebook /Twitter)