【コラム】「ノーコード」もコード

編集部注:本稿の著者Greg Brockman(グレッグ・ブロックマン)氏は汎用人工知能が全人類に恩恵をもたらすことを使命とする研究・開発企業OpenAIの共同設立者兼CTO。Hadi Partovi(ハディ・パートビ)氏はすべての学生がコンピュータサイエンスにアクセスできるようにすることを目的とした非営利団体Code.orgの創設者兼CEO。

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米国時間8月11日、自然言語をコードに変換する新しいAlシステム「OpenAI Codex」がリリースされ、コンピューターソフトウェアの書き方におけるシフトの始まりが示された。

ここ数年「ノーコード」プラットフォームに関する話題が増えてきているが、これは新しい現象ではない。実際、プログラマブルデバイスの登場以来、コンピューターソフトウェアを「コーディング」する方法において、コンピューター科学者たちは定期的にブレークスルーを生み出してきた。

初期のコンピューターは、キーボードが発明されるまで、スイッチやパンチカードを用いてプログラムされていた。コーディングは数字や機械語を入力する作業から始まり、やがてGrace Hopper(グレース・ホッパー)氏が近代的なコンパイラとCOBOL言語を発明して、プログラミング言語とプラットフォームにおける数十年の革新を先導した。Fortran、Pascal、C、Java、Pythonなどの言語は進化を続け、最新の言語(古い言語を使用して構築)によって、プログラマーはより一層人間的な言語で「コーディング」できるようになった。

言語と並行して、私たちは「ノーコード」プラットフォームの進化を見てきた。1980年代に現れたノーコードの草分け的存在であるMicrosoft Excelを含め、学校や職場などの場所を問わず、視覚的なインターフェイスでコンピューターをプログラムできるようにするプラットフォームだ。スプレッドシートに数式を記述したり、Code.orgやScratchにコードのブロックをドラッグすることで、コンピューターのプログラミング、つまり「コーディング」が実行される。「ノーコード」はコードだ。10年ごとにブレークスルーとなるイノベーションが生まれ、コードを書くのが容易になり、古いコーディング方法が新しいコーディング方法に取って代わられる。

イノベーションの波に乗るように、発表がもたらされた。今回、OpenAlは自然な英語で「コードを書く」まったく新しい方法であるOpenAI Codexを発表した。コンピュータープログラマーは、自分たちのソフトウェアに何をさせたいかを英語で記述することが可能になる。OpenAlの生成Alモデルは、それに対応するコンピューターコードを、ユーザーが選択したプログラミング言語で自動的に生成する。これは私たちが常に望んできたことだ。コンピューターが、プログラミング言語のような複雑な媒介を介さずに、私たちが何をして欲しいのかを理解し、それを実行する。

ただし、これは終わりではなく始まりである。Alが生成したコードによって、あらゆるプログラミングツールやあらゆるプログラミングクラスにおける進化、そして新しいソフトウェアのカンブリア爆発のような変革が想像できる。それはコーディングの衰退を意味するものだろうか?いや違う。プログラマーがコードを理解する必要性を置き換えるものではない。パンチカードからキーボードに移行したときや、グレース・ホッパー氏がコンパイラを発明したときのように、コーディングが格段に容易になり、インパクトが大きくなることで、その重要性が増すことを示唆しているのだ。

実際に、今日のソフトウェアに対する需要はかつてないほど高まっており、今後も増加の一途を辿ることが予想される。この技術が発展するにつれて、Alはコードの生成においてより大きな役割を果たすようになり、ひいてはコンピューター科学者の生産性とインパクトが増幅され、より多くのコンピュータープログラマーがこの分野にアクセスできるようになるだろう。

ドラッグ&ドロップだけでプログラムを作成したり、音声でコードを記述できるようにするツールはすでに存在している。これらの技術やOpenAI Codexのような新しいツールにおける進歩は、ソフトウェアを作る能力の民主化につながるはずだ。その結果、世界中のコードの量とコーダーの数が増えていくだろう。

これはまた、新しい方法でプログラミングを学ぶことが、これまで以上に重要になっていることを意味する。コードを学ぶことで、機会への扉が開かれ、世界的な問題の解決に寄与することもできる。ソフトウェアの開発が容易になり、アクセスしやすくなるにつれて、あらゆる学校のすべての生徒に、技術の利用者になるだけでなく、創造者にもなれる根本的な知識を提供していく必要があるだろう。

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画像クレジット:Luis Cagiao Photography / Getty Images

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(文:Greg Brockman、Hadi Partovi、翻訳:Dragonfly)

【コラム】Apple Cardをめぐる米国の法執行はどのように間違ったのか

編集部注:本稿の著者Liz O’Sullivan(リズ・オサリバン)氏は、企業のモデルリスクとアルゴリズムのガバナンスを自動化するプラットフォームParityのCEO。また、Surveillance Technology Oversight ProjectやCampaign to Stop Killer Robotsに対して、人工知能に関するアドバイスを行っている。

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アルゴリズム正義の支持者たちは、UHGApple Cardのような企業に対する法的調査によって、いわゆる「裁判の日々」を迎え始めている。Apple Card訴訟は、定量化可能な公正性という新たな分野において、現在の反差別法が科学的研究の急速なペースに追いついていないことを示す好例である。

Appleとその引受会社が公正貸付違反を犯していないと判断されたのは確かかもしれないが、今回の判決は、あらゆる規制区域で機械学習を利用している企業に対する警鐘となり得る、明確な警告を提示した。経営陣がアルゴリズムによる公正さをもっと真剣に受け止め始めない限り、彼らの前途は法的な問題と評判の低下に満ちたものになるだろう。

関連記事:Apple Cardプログラムは公正貸付法に違反していないとNY州金融サービス局が報告

Apple Cardに何が起きたのか

2019年後半、スタートアップのリーダーでありソーシャルメディアで著名なDavid Heinemeier Hansson(デイヴィッド・ハインマイヤー・ハンソン)氏は、Twitter上で重要な問題を提起し、大きな反響と称賛を巻き起こした。「いいね!」やリツイートが5万件近くある中、同氏はAppleと引受パートナーのGoldman Sachs(ゴールドマン・サックス)に対し、同じ金銭的能力を持つ同氏と同氏の妻に付与される信用限度額が異なる理由を説明するよう求めた。アルゴリズムの公正性のフィールドに立つ多くの関係者にとって、私たちが提唱する問題がメインストリームになるのを目にすることが重大な分岐点となり、結果的にニューヨーク州金融サービス局(DFS)からの照会に結実した。

DFSが2021年3月に、ゴールドマンの引受アルゴリズムについて、1974年に制定された女性やマイノリティを差別融資から保護する厳格な金融アクセス規則に違反していないと結論づけたことは、一見したところ、信用引受会社にとって心強く思えるものかもしれない。活動家にとっては残念な結果だが、財務部門のデータチームと密接に協力している私たちにとっては驚く結果ではなかった。

金融機関向けのアルゴリズムアプリケーションの中には、試行のリスクが利益をはるかに上回るものがあり、信用引受もその1つだ。貸付の公正性に関する法律は(古いものであれば)明確かつ厳格に施行されるため、ゴールドマンが無罪となることは予測できた。

とはいえ、ゴールドマンのアルゴリズムが、現在市場に出回っている他のすべての信用スコアリングおよび引受のアルゴリズムと同様、差別化していることは疑いの余地がない。また、仮に研究者がこうした主張を検証するために必要なモデルやデータへのアクセスを許可されたとしても、これらのアルゴリズムが崩壊することはないだろう。私がこれを知っているのは、ゴールドマンのアルゴリズムを検証するための方法論をニューヨーク州DFSが部分的に公開したからであり、ご想像の通り、その監査は、今日の最新のアルゴリズム監査人によって保持されている標準には遠く及ばないものだった。

DFSは(現行法の下で)Apple Cardの公正性をどのように評価したか

DFSは、Appleのアルゴリズムが「公正」であることの証明として、ゴールドマン・サックスが申請者の性別や配偶者の有無などの「禁止された特性」を利用していたかどうかを最初に検討した。これはゴールドマンにとってパスするのは容易だった。人種、性別、婚姻状況をモデルの入力に含めていないからだ。しかし、いくつかのモデル特性が、保護されたクラスの「プロキシ」として機能し得ることは、何年も前から知られている。

50年間の判例に基づくDFSの方法論では、この問題を検討したかについて言及されていないが、検討されなかったことは推測できる。もしそうであれば、信用スコアと人種との間に強い相関関係があることがすぐに判明するはずだ。それに関連して、一部の州では損害保険への利用を禁止することを検討している。プロキシ特性は最近になって研究の焦点になったばかりであるが、科学がいかにして規制を凌駕してきたかを示す第1の例を提供するものだ。

保護された特性がない場合、DFSは、内容は類似しているが、異なる保護クラスのユーザーに属する信用プロファイルを調査した。不正確な感じがするが、申請書で性別を「フリップ(反転)」させた場合に信用供与の決定にどのような影響があるかを明らかにしようとした。男性申請者の女性バージョンも同じ扱いになるかということだ。

直感的には、これは「公正」を定義する1つの方法のように思える。機械学習の公正性の分野には「フリップテスト」と呼ばれる概念がある。これは「個人の公正性」と呼ばれる概念の多くの尺度の中の1つであり、まさにそのように聞こえる。筆者は、AI専門の大手法律事務所bnh.aiの主任研究員であるPatrick Hall(パトリック・ホール)氏に、公正貸付の事例を調査する上で最も一般的な分析について尋ねた。DFSがApple Cardを監査するのに使用した方法を参照して、同氏はそれを基本回帰、または「フリップテストの1970年代バージョン」と表現し、不十分な法律について第2の例を提示した。

アルゴリズム的公正性のための新しい語彙

Soron Barocas(ソロン・バロカス)氏の独創的な論文「Big Data’s Disparate Impact」が2016年に発表されて以来、研究者たちは哲学の核となる概念を数学的な用語で定義することに熱心に取り組んできた。いくつかのカンファレンスが開催され、最も注目すべきAIイベントで新たな公正性の道筋が示された。この分野は高度成長期にあり、現在のところ法律が追いついていない状況だ。しかし、サイバーセキュリティ業界に起きたように、この法的猶予は永遠には続かないだろう。

公正な貸付を管理する法律は公民権運動から生まれたもので、制定以来50年以上の間にあまり進展が見られなかったことを考えると、DFSの軟式監査は容認できるかもしれない。法律上の前例は、機械学習の公正性に関する研究が本格的に始まるずっと前のものだ。もしDFSが、Apple Cardの公正性を評価するという課題に適切に対処できるように装備されていれば、過去5年間に花開いたアルゴリズム評価のための堅牢な語彙を使用することができただろう。

例えばDFSの報告書は、Joy Buolamwini(ジョイ・ブオラムウィニ)氏、Timnit Gebru(ティムニット・ゲブル)氏、Deb Raji(デブ・ラジ)氏による、2018年に発表された調査の中の有名な規準「equalized odds」の測定については触れていない。同氏らの論文 Gender Shades」では、顔認識アルゴリズムが明るい肌の被験者よりも暗い女性の顔で間違った推測をすることが多いことを証明しており、この推論はコンピュータービジョンだけでなく、予測に関するさまざまなアプリケーションにも当てはまる。

均等オッズは、Appleのアルゴリズムに対して問うべきものだろう。どのくらいの頻度で信用力を正確に予測しているか。どれくらいの頻度で間違った推測をしているか。性別、人種、あるいは障害ステータスの異なる人々の間でこれらのエラー率に違いがあるか。ホール氏によると、これらの測定は重要だが、法制度を完全に体系化するには新しすぎるという。

もしゴールドマンが、現実世界の女性申請者を常に過小評価していたり、黒人の申請者に対して実際に適用されるべきものよりも高い金利を設定していたりすることが判明すれば、こうした十分なサービスを受けていない人々が、全国規模でどのような悪影響を受けるかは想像に難くない。

金融サービスのCatch-22(落とし穴)

最新の監査人であれば、判例によって指示された方法では、マイノリティのカテゴリー内でのセクション間の組み合わせに対する公正性の微妙な差異を捉えることができないことを認識している。この問題は、機械学習モデルの複雑さによってさらに深刻化している。例えば、あなたが黒人で、女性で、妊娠している場合、あなたが信用を得る可能性は、それぞれの包括的な保護されたカテゴリーの結果の平均を下回るかもしれない。

マイノリティのサンプル数は定義上セット内のより少ない数であることを考えると、これらの過小評価されたグループは、その独自性に特別な注意を払わない限り、システムの全体的な監査から利益を享受することはないだろう。このことから、最新の監査人は、各グループの個人の人口動態を明確に把握した上で結果を測定できる「認知による公正性」アプローチを採用する傾向にある。

しかし「Catch-22(落とし穴)」が存在する。金融サービスやその他の厳格に規制された分野では、監査人は最初から機密情報を収集することができないため「認知による公正性」を利用できないことが多い。この法的制約の目的は、貸し手が差別されないようにすることにあった。運命の残酷なねじれの中で、これはアルゴリズムによる差別を覆い隠し、私たちに法的不備の第3の例を与える。

この情報を収集できないという事実は、モデルが十分なサービスを受けていないグループをどのように扱っているのかを知る上で障害となっている。それがなければ、私たちは実際的に真実であることを証明できないだろう。例えば、専業主婦は両方の配偶者の名前ですべてのクレジットベースの購入を実行するわけではないため、より薄い信用ファイルを確実に持っている。マイノリティのグループは、ギグワーカー、チップを受け取る労働者、または現金ベースの業界に属する傾向が極めて高く、マジョリティにはそれほど一般的ではないことが証明されているような所得プロファイルの共通性がもたらされることが考えられる。

重要な点として、申請者の信用ファイルにおけるこれらの相違は、必ずしも真の財務責任や信用力につながるものではない。信用力を正確に予測するには、その方法(例えば信用スコア)がどのようにブレークダウンするのかを把握する必要があるだろう。

AIを使用する企業にとってこれは何を意味するのか

Appleの例で言えば、同社が時代遅れの法律で守られている差別に対抗するために、信用ポリシーの帰結的なアップデートを行ったという話に希望に満ちたエピローグを挙げる価値がある。AppleのCEOであるTim Cook(ティム・クック)氏は声明の中で「業界が信用スコアを計算する方法に公正性が欠けている」ことを即座に強調した。

関連記事:アップルが配偶者とティーンエージャーのための「Apple Card Family」発表、ジェンダー差別疑惑を払拭

新しいポリシーでは、配偶者や親が信用ファイルを結合して、信用ファイルが弱い方が強い方の恩恵を受けられるようにしている。これは、世界に構造的に存在する差別を実際に減らす可能性のある措置を先を見越して考えている企業のすばらしい例だ。Appleはポリシーを改訂するにあたり、今回の調査の結果として導入されるかもしれない規制に先んじた。

これはAppleにとって戦略的に有利な点と言える。なぜなら、ニューヨーク州DFSはこの分野を支配する現行の法律が不十分であることに徹底的に言及しており、規制のアップデートは多くの人が考えているよりも間近かもしれないからだ。金融サービス監督官Linda A.Lacewell(リンダ・A・レイスウェル)氏の言葉を借りれば「現在の形での信用スコアリングの利用と、融資における差別を禁止する法律や規制は、強化と近代化を必要としている」。規制当局と協働した筆者の経験では、これは今日の当局が極めて熱心に追求していることだ。

米国の規制当局が、自動化と数学における平等に向けた堅牢な語彙を活用して、AIを統制する法律の改善に取り組んでいることは間違いない。連邦準備制度、OCC(通貨監督庁)、CFPB(消費者金融保護局)、FTC(連邦取引委員会)、連邦議会は、ペースが遅くとも、アルゴリズムによる差別に対処することに意欲的である。

その一方で、アルゴリズムによる差別が横行していると信じるに足る十分な理由が存在する。その主なるものとして、業界がここ数年、学術界の言葉を取り入れるのに消極的だったことが挙げられる。企業がこの新しい公正性の分野を活用できず、ある意味で保証されている予測的差別を根絶できないことに対する言い訳の余地はほとんどない。EUは、今後2年以内に採択される予定のAIに特化した法案に同意している。

機械学習の公正性の分野は急速に成熟しており、毎年のように新しい手法が生み出され、無数のツールがそれを助けている。この分野は今になってようやく、ある程度の自動化によってこれを規定できる段階に達しつつある。標準化団体は、米国の法律の採択が遅れている場合でも、これらの問題の頻度と深刻さの低減に向けたガイダンスを提供し、積極的に関与している。

アルゴリズムによる識別が意図的であるかどうかは、違法性を有する。そのため、医療、住宅、雇用、金融サービス、教育、または政府に関連するアプリケーションで高度な分析を使用している場合、誰もが知らずにこれらの法律に違反している可能性がある。

センシティブな状況下でのAIの無数のアプリケーションについて、より明確な規制ガイダンスが提供されるまでの間、業界はどのような公正性の定義が最善かを自力で判断する必要がある。

画像クレジット:SOPA Images / Getty Images

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(文:Liz O’Sullivan、翻訳:Dragonfly)

【コラム】即日配送サービスがパンデミック後に生き残るためにはスピードだけでは不十分

スピードと利便性を中心としたまったく新しいeコマースの時代が到来した。ビジネスリーダーたちは、より迅速な配送サービスのため、配送能力の強化を優先事項とする必要に迫られている。

PwC(ピー・ダブリュー・シー)が2021年6月、8500人以上の消費者を対象に実施した「世界の消費者意識調査」では、オンラインショッピングの最も重要な要素として「迅速で信頼できる配送」を挙げており、eコマースの世界では配送サービスがますます重要になっていくことが明らかになった。

消費者が即日配送(および同時間配送)サービスモデルに慣れてきた今、配送オプションに対する消費者の期待は高まる一方だ。

実際、モバイルアプリのインテリジェンスプラットフォームであるSensorTower(センサータワー)の最新レポートによると、2021年1月と2月、上位のフード配送アプリは成長を続け、インストール数は前年同期比で14%増加した。しかし、DoorDash(ドアダッシュ)、Uber Eats(ウーバーイーツ)、GrubHub(グラブハブ)は、ユーザー数が増加しているにもかかわらず、利益が出ていない。では、ビジネスリーダーは、どうすれば消費者の期待に応えるスピードと高い収益性を兼ね備えた配送モデルを構築できるのだろうか。

課題:配送アプリが収益性を高めるには、スピード以外の何かが必要だ

競争力を維持するために、配送アプリはサービスを見直し、提供するサービスの幅を広げている。

Uberの食料品・新分野担当グローバルヘッドのRaj Beri(ラジ・ベリ)氏は「アマゾンは『ネクストデーデリバリー(翌日配送)』を推進している。当社は、『ネクストアワーコマース(1時間商取引)』を推進する」と5月に述べている

しかし、配送プロセスの高速化が、必ずしも収益につながるとは限らない。さらに重要なことは、迅速な高速配送を実現しても、宅配サービス全体として優れた顧客体験を提供できなければ顧客のロイヤルティは獲得できないということだ。

配送アプリや、配送サービスを提供しようとしているeコマース企業が直面している主な課題は、顧客にとってのスピードや利便性だけでなく、顧客体験におけるすべての側面を考慮した基盤を構築することだ。例えば、食品を配送する場合、配送を担当する業者は、食品を安全に取り扱い、汚すことなく配送しなければならない。温かいもの、冷たいものにかかわらず、配送中の温度を維持し、注文どおりのものを届ける必要がある。

ソリューション:即日配送には高度なテクノロジープラットフォームが不可欠

あらゆるものが「Uber化」し、消費者の期待が劇的に高まっている昨今、配送ビジネスで利益を上げるためには、配送アプリとドライバーの集団だけでは不十分だ。即日配送サービスを確実に遂行するためには、注文を受けてから顧客の手元に届くまでの間に、いくつものステップが滞りなく行われなければならない。また、商品が複雑であればあるほど、配送プロセスも困難なものとなる。

即日配送サービスを実現すると同時に収益性を高めるためには、顧客の期待に応えるためのテクノロジーを考慮した配送アプリが必要となる。それは、単にユーザー数を増やすためにアプリをデザインするだけではない。優れた顧客体験を提供する即日配送モデルが真に成功するためには、カスタマージャーニーにおけるさまざまな側面を一元的に管理し、顧客の視点でシームレスに見せることができる高度なソフトウェアプラットフォームが必要だ。

収益性の高い配送サービスは、人工知能システムとロボット工学を駆使した自動化システムによって構築される。そのためには、アプリのデザインやユーザー数の増加よりも、まずテクノロジーが重要となる。それ以外の配送ビジネスモデルでは、本末転倒となってしまう。

Domino’s Pizza(ドミノ・ピザ)は、テクノロジーをビジネスモデルの中核に据えることで、配送プロセスを完成させ、全体的な顧客体験を大幅に向上させたブランドだ。その転機となったのは、同社が自らを「ピザを販売するeコマース企業」と定義した時だった。同社は、データ活用に力を入れ、ロボット工学テクノロジーに基づくプラットフォームを導入し、配送プロセスにスピードと効率をもたらす電子配送システムを実現した。そして2021年4月には、ヒューストンの一部の顧客を対象に、ロボットカーNuro(ニューロ)による配送サービスを開始した。

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グラブハブもまた、ロボット機能を配送プロセスに組み込むための取り組みを行っている。最近の報道によると、同社は、ドローンのようなロボットを配備した自動運転ユニットを導入し、大学生に食品を配送することを発表した。このプログラムは、今秋に米国の特定の大学キャンパスで展開される予定で、配送時間の短縮と、できればコストの削減を目指している。

このようにテクノロジーを重視することは、配送アプリの世界ではもちろんのこと、新たに台頭してきた「ネクストアワーコマース」の領域で競争しなければならない企業にとっても重要だ。アプリを開いて商品をクリックし、決済を行って配送の予約をするまで、そしてさらにその先まで、カスタマージャーニーのすべての要素をつなぐことができるテクノロジープラットフォームに投資することが、収益性の高いビジネスモデルを成功させる鍵となる。

即日配送:これから目指すところ

誰もが携帯電話でアプリを開き、何でも欲しいものを1時間以内に届けてもらいたいと願う世の中では、ビジネスリーダーは、自社開発であれ、他社との提携であれ、配送アプリそのものに注目したくなるものだ。しかし、アプリだけに注目するのは、即日配送モデルに対する近視眼的な見方といえる。

その代わりに、ビジネスリーダーは広い視野で、カスタマージャーニーのあらゆる側面を考慮する必要がある。顧客はどのように自社のビジネスに関わっているのか。顧客はどのように自社の商品を探し、どのように見つけているのか。注文を完了するには何が必要で、注文を届けるためにはどのような条件が満たされる必要があるのか。また、注文がスムーズに行われ、顧客の満足を得るためには、注文後に何が必要なのか。

配送アプリとの提携に成功している企業もあるが、これには自社のブランドの評判を、顧客と接する最前線の従業員の役割を果たす他社に委ねるというリスクがともなう。また、既存のeコマースモデルに配送サービスのオプションを追加している企業もある。その場合、既存のテクノロジースタックに統合できるサードパーティのソフトウェアを利用する。残念ながら、この方法には限界があり、複数のコンポーネントを含む規制対象のビジネスには適用できない。

即日配送サービスでシームレスな顧客体験を実現する唯一の方法は、テクノロジーをビジネスの中心に据えた独自のソフトウェアプラットフォームを構築することだ。そうすることで、主要なプロセスを自動化し、配送モデルにスピードと利便性を持たせることができる。また、注文を迅速化するロボットシステムの統合、ビジネスの成長を促進する人工知能プロトコルの組み込み、ビジネスの拡大に合わせた配送モデルのスケーリングも可能となる。

新時代のeコマースで成功するために

「ネクストアワーデリバリー」というキャッチーなフレーズが消費者の支持を得ることは間違いないが、それが利益の向上につながるかどうかは不透明だ。即日配送サービスを中心に収益性の高いビジネスモデルを構築してきた企業のCEOである筆者は、配送システムを支えるテクノロジーに自動化、人工知能、あるいはロボット工学が欠けている場合「ネクストアワーデリバリー」というサービスが収益を向上させるかどうかについては懐疑的だ。

確かに、企業は即日配送での競争を余儀なくされるだろう。しかし、パンデミック以降に明らかになったもう1つの確かな事実は、この新しいeコマースの時代には、スピードだけでは満たされない、消費者の期待の高まりがあるということだ。顧客の満足度は、アプリで注文した商品が顧客のもとに届くまでの時間だけで決まるものではない。

配送サービス市場で成功するには、ビジネスリーダーはいくつかの観点で自問自答してみることだ。即日配送を実現するためには、自社のビジネスのどの部分が必要か。注文方法は直感的か。顧客は注文や配送の状況を確認できるか。届けた商品が正しいことを確認できるか。顧客の期待に応えているか。

そして、最も重要なことは、そのビジネスが、商品の検索、購入から即日配送、さらにその先まで、カスタマージャーニーと配送モデル全体をサポートできるテクノロジープラットフォームの上に構築されているかということだ。これらの質問に「イエス」と答えたビジネスこそが、パンデミック後の世界で成功すると信じている。

編集部注:Cary Breese(ケアリー・ブリーズ)氏は、デジタル薬局NowRxのCEO兼共同創業者。

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画像クレジット:Henrik Sorensen / Getty Images

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(文:Cary Breese、翻訳:Dragonfly)

【コラム】自由とプライバシーの保有格差、デジタルフロンティアにおける不平等の拡大

プライバシーは感情的な側面がある。不快なデータエクスペリエンスにさらされて脆弱性や無力感を感じたとき、私たちは往々にしてプライバシーの価値を最大限に高めるものだ。しかし裁判所の視点では、感情は必ずしも、プライバシーの法的体系における構造的変化につながるような損害あるいは理由をなすものとはみなされない。

米国が切実に必要としているプライバシーの改善を促進するには、拡大するプライバシーの格差と、それがより広範な社会的不平等に及ぼす影響について、実質的な視点を持つ必要があるかもしれない。

Appleのリーダーたちは2020年に、App Tracking Transparency(ATT)に関するアップデート計画を発表した。端的にいうと、iOSユーザーは、アプリが他社のアプリやウェブサイトを横断して自分の行動を追跡するのを拒否することが可能になる。このアップデートにより、iOSユーザーの実に4分の3が、アプリ間トラッキングからオプトアウトしている。

ターゲティング広告の個別プロフィール作成に利用できるデータが少なくなることから、iOSユーザー向けのターゲティング広告は、広告代理店にとって効果的かつ魅力的なものとは映らなくなってきている。その結果として、広告主がiOS端末に費やす広告費は3分の1程度減少していることが、最近の調査で明らかになった。

広告主らはその資金をAndroidシステムの広告に振り向けている。AndroidはモバイルOSの市場シェアの42.06%余りを占めており、一方iOSは57.62%だ。

こうした動きが生み出すプライバシーの格差は、漠然とした不快感を超えたところにある、感情的、評判的、経済的などの実質的な害のリスクを徐々に高めていくだろう。多くのテック企業がいうように、プライバシーが私たち全員に等しく帰属するのであれば、なぜそれほどのコストが費やされているのか。あるユーザーベースがプライバシー保護措置を講じると、企業は単純に、最も抵抗の少ない道に沿って、法的または技術的なリソースがより少ない人々に向けてデータプラクティスを方向転換するのだ。

単なる広告以上のもの

Android広告への投資が増えるにつれて、広告テクニックはより巧妙になるか、少なくともより積極的になることが予想される。カリフォルニア州のCCPAのような関連法の下で、ユーザーのオプトアウトの法的権利を遵守する限りにおいては、企業がターゲティング広告を行うことは違法ではない。

これは2つの差し迫った問題を提起している。第1に、カリフォルニア州を除くすべての州の住民には現在、そのようなオプトアウト権がない。第2に、ターゲティング広告をオプトアウトする権利が一部のユーザーに供与されていることは、ターゲティング広告に害あるいは少なくともリスクがあることを強く示唆している。そして実際にそうしたことはあり得るのだ。

ターゲティング広告では、第三者がユーザーの行動に基づいてユーザーのプロフィールを舞台裏で構築し、維持する。フィットネスの習慣や購買パターンなど、アプリのアクティビティに関するデータを収集することで、ユーザーの生活の微妙な側面に対するさらなる推測につながる可能性がある。

この時点で、ユーザーの表現は、ユーザーが共有することに同意していないデータを含有する(正しく推測されているかどうかに関係なく)、規制が不十分なデータシステム内に存在することになる。(ユーザーはカリフォルニア州居住者ではなく、米国内の他の場所に居住しているものと想定)

さらに、ターゲティング広告は、ユーザーの詳細なプロフィールを構築する上で、住居取得や雇用の機会における差別待遇を生む可能性があり、場合によっては連邦法に違反することもあることが調査で明らかになっている。また、個人の自律性を阻害し、ユーザーが望まない場合でも、購入の選択肢を先取りして狭めてしまうこともある。その一方で、ターゲティング広告は、ニッチな組織や草の根組織が関心のあるオーディエンスと直接つながるのを支援することができる。ターゲティング広告に対するスタンスがどのようなものであっても、根本的な問題となるのは、対象となるかどうかについてユーザーが発言権を持たない場合だ。

ターゲティング広告は大規模で活況を呈するプラクティスだが、ユーザーのデータを尊重することを優先していない広範なビジネス活動網の中のプラクティスとしては唯一のものだ。米国の多くの地域ではこうした行為は違法ではないが、法律ではなく、自らのポケットブックを使用することで、データの軽視を回避することができる。

高級品としてのプライバシー

著名なテック企業各社、特にAppleは、プライバシーは人権であると宣言しているが、これはビジネスの観点において完全に理に適っている。米国連邦政府がすべての消費者のプライバシー権を成文化していない現状では、民間企業による果敢なプライバシー保護のコミットメントはかなり魅力的に聞こえる。

政府がプライバシー基準を設定しなくても、少なくとも筆者の携帯電話メーカーはそうするだろう。企業が自社のデータをどのように利用しているかを理解していると回答した米国人はわずか6%にとどまっているにしても、広範なプライバシー対策を講じているのは企業である。

しかし、プライバシーを人権だと宣言する企業が、一部の人にしか手が届かない製品を作っているとしたら、それは私たちの人権について何を物語っているだろうか?Apple製品は、競合他社の製品に比べて、より裕福で教育水準の高い消費者に偏っている。これは、フィードバックループが確立され、持てる者と持たざる者との間のプライバシー格差がますます悪化するという厄介な未来を投影している。プライバシー保護を得るためのリソースがより少ない人は、ターゲティング広告のような複雑なプラクティスに付随する技術的および法的な課題に対処するためのリソースがより限定されてしまう可能性がある。

これについて、プライバシーとアフォーダビリティを巡ってAppleとの確執を抱えるFacebookの側に立つものだと解釈しないようにしていただけたらと思う(最近明るみに出たシステムアクセス制御の問題を参照)。筆者の考えでは、その戦いにおいてどちらの側も勝ってはいない。

私たちには、誰もが手にすることができる、有意義なプライバシー保護を受ける権利がある。実際、その表現を重要な論点へと転換するならば、どの企業も自社製品から除外するべきではない、尊重すべきプライバシー保護を受ける権利を、私たちは有している。プライバシーの意義に重きを置き、プライバシーの広範な適用を確保するという、両方の側面を満たす「both/and(両方 / および)」アプローチがなされるべきである。

私たちが進むべき次なるステップ

先を見据えると、プライバシーの進歩には2つの鍵となる領域がある。プライバシーに関する法制化と開発者のためのプライバシーツールである。筆者はここで再び、both/andアプローチを提唱する。私たちは、テック企業というよりも、消費者のために信頼できるプライバシー基準を設定する立法者を必要としている。また、開発者がプロダクトレベルでプライバシーを実装しない理由(財務的、ロジスティクス的、またはその他の理由)を持たない、広範な適用を確保できる開発者ツールも必要だ。

プライバシーの法制化に関しては、政策の専門家がすでにいくつかの優れた論点を提起していると思う。そこで、筆者が気に入ったいくつかの最近の記事へのリンクを紹介しよう。

Future of Privacy ForumのStacey Gray(ステイシー・グレイ)氏と彼女のチームは、連邦プライバシー法と、州法の新たな寄せ集めとの相互作用に関する、良質のブログシリーズを公開している。

Joe Jerome(ジョー・ジェローム)氏は、2021年の州レベルのプライバシー状況と、すべての米国人のための広範なプライバシー保護への道筋について見事な要約を発表した。重要なポイントとして、プライバシー規制の有効性は、個人と企業の間でいかにうまく調和するかにかかっていることが挙げられている。これは、規制がビジネスに優しいものであるべきだということではなく、企業は明確なプライバシー基準を参照できるようにして、日々の人々のデータを自信を持って、敬意を払って処理できるようにすべきだということを示している。

プライバシーツールに関しては、すべての開発者に対してプライバシーツールへの容易なアクセスとアフォーダビリティを確保することで、プライバシー基準を満たすための弁解をテクノロジーに一切残さないことになる。例としてアクセス制御の問題を考えてみよう。エンジニアは、すでに機密性の高い個人情報が蓄積されている複雑なデータエコシステムにおいて、多様なデータにどの担当者とエンドユーザーがアクセスできるかを手動で制御しようとする。

そこでの課題は2つある。まず、すでに取り返しの難しい状況にある。技術的負債が急速に蓄積される中、プライバシーはソフトウェア開発の外に置かれている。エンジニアには、本番稼働前に、微妙なアクセス制御などのプライバシー機能を構築できるツールが必要だ。

このことは第2の課題につながっている。エンジニアが技術的負債をすべて克服し、コードレベルで構造的なプライバシーの改善を行うことができたとしても、どのような標準や広く適用可能なツールが使用できる状態にあるだろうか?

Future of Privacy Forumによる2021年6月のレポートが明らかにしているように、プライバシー技術には一貫した定義が切実に求められており、それは信頼できるプライバシーツールを広く採用するために必要なものだ。より一貫した定義と、プライバシーのための広く適用可能な開発者ツールという、技術的なトランスフォーメーションは、XYZブランドの技術に限られない全体的な技術としてユーザーによる自身のデータ制御に寄与する方法の、実質的な改善に結びつく。

私たちには、このゲームに関わっていない機関によって設定されたプライバシー規則が必要だ。規制だけでは現代のプライバシーの危険から私たちを守ることはできないが、有望な解決策には欠かせない要素である。

規制と並行して、すべてのソフトウェアエンジニアリングチームは、すぐに適用可能なプライバシーツールを持つべきである。土木技術者が橋を建設しても、一部の人々にとっては安全ではない可能性がある。橋の安全性は、横断するすべての人のために機能しなければならない。デジタル領域内外の格差を拡大させないようにする上で、データインフラストラクチャについても同じことが言えるだろう。

編集部注:本稿の執筆者のCillian Kieran(シリアン・キエラン)は、ニューヨークを拠点とするプライバシー企業EthycaのCEO兼共同設立者。

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(文:Cillian Kieran、翻訳:Dragonfly)

【コラム】次世代グローバル決済を生み出すAfterpayとSquareの融合

編集部注:本稿の著者Dana Stalder(ダナ・スタルダー)氏は、Matrix Partnersのパートナー。PayPalの元コマーシャルチーフ(製品、販売、マーケティング)で、現在Matrix Partnersでフィンテック投資をリードし、消費者市場やエンタープライズソフトウェアにも投資している。

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フィンテックにとって米国時間8月1日は重要な日となった。AfterPayがSquareと合併することに合意した。この合意により、近年最も高い評価を受けている2つの金融テクノロジー企業が1つの企業になる道を歩み始める。

AfterpayとSquareは、世界で最も重要な支払いネットワークの1つを構築するポテンシャルを有している。Squareは大規模なマーチャント決済ネットワークを確立しており、またCash Appを介して、成長著しい消費者向け決済サービスを提供している。しかし、歴史的にみてこの2つの事業は統合されていない。SquareとAfterpayは、これらすべてのサービスを1つの統合されたエクスペリエンスにまとめることができる。

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AfterpayとCash Appはそれぞれ数千万人の消費者を抱えており、SquareのセラーエコシステムとAfterpayのマーチャントネットワークは、いずれも年間数百億の決済ボリュームを記録している。オフラインレジとオンライン決済フローから、数タップで送金まで、SquareとAfterpayは次世代の経済的エンパワーメントの全容を物語ることになるだろう。

Afterpayの唯一の機関投資家として、私たちがどのようにしてここに至ったのか、そしてこの合併が消費者金融と決済業界の将来にとって何を意味するのかについて、いくつかの視点を共有したいと思う。

フィンテックにおける重大なイノベーション

世界の決済業界は、今後数十年間の勝者と敗者を決定する重大なイノベーションのサイクルを、5年から10年ごとに経験している。最近の大きな変化はNFCベースのモバイル決済へのシフトで、これについては2015年に寄稿しているが、主要なモバイルOSベンダー(VISA、マスターカードなど)はネットワークと消費者のニーズを巧みに橋渡しして、グローバルな決済スタックにおける地位を確固たるものにした。

AfterPayは、最新の決定的なイノベーションサイクルを引き起こした。シドニーのリビングルームでミレニアル世代のNick Molnar(ニック・モルナー)氏が構想したAfterpayには、ミレニアル世代はクレジットが好きではない、という重要な洞察がある。

ミレニアル世代は、2008年の世界的な住宅ローン危機の中で成人となった。彼らは若い頃、友人や家族が住宅ローンを積みすぎて家を失うのを目の当たりにしており、銀行に対する信頼はすでに薄れていた。また学生ローンもかつてない水準に達した。それゆえ、ミレニアル世代(そしてそのすぐ後に続くZ世代)がクレジットカードよりもデビットカードを強く好むのも不思議ではない。

しかし、パラダイムシフトを認識することと、それに対して何かを行うことは別物だ。ニック・モルナー氏とAnthony Eisen(アンソニー・アイゼン)氏は行動を起こし、最終的にそのコアプロダクトで歴史上最も急成長した決済スタートアップの1つを構築した。「Buy Now, Pay Later(BNPL、今買って後で支払う)」そして無利息のサービスだ。

Afterpayのプロダクトはシンプルだ。カートに100ドル(約1万1000円)分が入っていて、Afterpayでの支払いを選択した場合、銀行カード(通常はデビットカード)に対して2週間ごとに4回に分けて25ドル(約2730円)が請求される。無利息で、リボルビング債務もなく、適時支払いにかかる手数料もない。ミレニアル世代の消費者にとっては、高い金利やリボルビング債務といったクレジットカードの欠点を気にすることなく、デビットカードを使ってクレジットカードの第1のメリット(後で支払いができること)を享受できることを意味するものとなった。

良い面ばかりで、悪い面はない。誰が抗えるだろうか?ミレニアル世代を主な成長セグメントとしていた初期のマーチャントは、公正な取引を獲得した。Afterpayへの支払い処理にわずかな手数料を支払うだけで、かなり高い平均注文価値(AOV)と購入へのコンバージョンが得られる。これはwin-winの提案であり、多くの実績を得て、新しい決済ネットワークが生まれた。

画像クレジット:Matrix Partners

真似することが最もすばらしいお世辞となる

Afterpayは2016年から2017年にかけてはオーストラリア以外ではあまり知られていなかったが、2018年に米国に進出してビジネスを立ち上げ、2年目にして1億ドル(約110億円)の純収益を上げたことで注目を集めた。

Klarnaは米国でのプロダクト市場の適合性に苦慮していたが、Afterpayを模倣すべく事業を転換した。またAffirmは、従来からのクレジット事業を主な事業としており、売上の大部分を消費者利益から得ていたが、独自のBNPLオファリングに着目して導入した。その後PayPalが「Pay in 4」の提供を開始し、つい数週間前にはAppleがこの分野に参入するというニュースが報じられた。

Afterpayは世界的な現象を生み出し、今では業界のメインストリームプレイヤーに支持されるカテゴリーとなっている。このカテゴリーは今後10年間で世界の小売決済のかなりのシェアを獲得する軌道に乗っている。

Afterpayは、他とは一線を画している。同社は事実上あらゆる指標において常にBNPLのリーダーであるとともに、顧客のニーズに忠実であり続けることで、その地位を確立してきた。同社はミレニアル世代やZ世代の消費者をよく理解している。それはAfterpayユーザーとして人々が体験する、同社の声、トーン、ライフスタイルブランドに顕著に表れており、マーチャントネットワークにおいて戦略的に構築され続けている。それはまた、負債商品を旋回するユーザーに対して、Afterpayはクロスセルを意図していないという単純な事実からも明らかだ。

最も重要な点は、こうした消費者に対する理解の姿勢が、競合他社と比較した使用状況の測定基準に反映されていることにある。これは人々が愛着を持ち、利用し、信頼を寄せるようになったプロダクトであり、かつては得られなかった、伝統的な消費者信用を上回る良質で公正な条件を備えている。

Afterpay2021年度上半期業績発表

SquareとAfterpayの融合は完璧な調和

筆者はこれまで15年以上にわたって決済会社を手がけてきた。初期にはPayPalの黎明期を経験し、より直近ではMatrix Partnersのベンチャー投資家として活動している。しかしこれほどまでに、消費者やマーチャントに並外れた価値をもたらすポテンシャルを秘めた組み合わせは見たことがない。eBayとPayPalよりもはるかに優れている。

明確なプロダクトとネットワークの補完性を超えて、筆者とパートナーにとって最もエキサイティングな点は、価値と文化の整合にある。すべての人に向けられたより多くの機会があり、経済的なハードルが少ない未来のビジョンを、SquareとAfterpayは共有している。彼らがともにその未来に向かって前進する中で、筆者はこの組み合わせが勝者となることを確信している。SquareとAfterpayの融合により、世界の次世代決済プロバイダーが誕生するだろう。

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カテゴリー:フィンテック
タグ:AfterpaySquare合併決済サービスBNPLオーストラリアアメリカミレニアルコラム

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(文:Dana Stalder、翻訳:Dragonfly)

【コラム】シリコンバレーは軍事業務に対する偏見と戦うべきだ

編集部注:本稿の執筆者Phil Wagner(フィル・ワグナー)博士はSparta Scienceのファウンダー。南カリフォルニア大学で医学学位を取得した後、同氏はスポーツや軍隊、労働衛生の実績と傷害予防における根拠に基づく方法の欠如に不満を感じ、Sparta Scienceを設立する動機となった。

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職場での政治的議論は、2000年代初めに私がLAC+USC Medical Center(ロサンゼルス郡+南カリフォルニア大学医療センター)で訓練を受けていたころには推奨されていなかった。

13階の囚人病棟で、我々は職務上の義務として飲酒運転犯や窃盗犯を他の患者と同じように治療し、彼らの立場に関する刑事司法政策に関する意見を述べた。

その意味で医療が特別というわけではない。我々の生活は法律家、軍人、その他の公共サービス提供者が、個人の意見よりも社会的義務を優先することによっていっそう向上する。

テック企業はしばしば同様の社会的に重要な役割を果たすことを目指すが、職務上の義務と個人の意見の区別を会得する者は稀だ。私はテック企業のファウンダーとして、アマチュアから大学、プロにいたるスポーツや労働衛生、さらには増え続ける軍事機構の人員など幅広い組織にサービスを提供するテック企業をこの目で見てきた。

前政権下では、軍の仕事をすることは世界を良くする力になるという会社のミッションと一致しているのか、という疑問を何人かの同僚が投げかけた。過去数年間、軍事業務に対するこの偏見はいくつかのシリコンバレー大手企業を混乱に陥れ、時には契約の解除や不更新の誓約や米軍に関わる作業に対する明白な抑制効果を引き起こした。

テクノロジー企業と軍との協力関係は新しくないが、今ほど多くの議論を呼んだのは稀である。こうした協力は20世紀を通じて標準的な慣行であり、そこから生まれたマイクロ波レーダーやGPS、ARPANETなどの軍事技術は、現代のつながった世界の構成要素として平時との二役をこなしている。

軍事契約はシリコンバレーにおいて、伝統的に国の軍事的優位と企業の収益というウィンウィンの関係と見られてきた。連邦政府の財源に支えられた壮大で実現困難な計画の数々は、プロダクト志向の技術者にとって魅力的選択肢の1つでもある。

この関係が過去数年間崩れつつあり、Microsoft(マイクロソフト)、Google(グーグル)、Amazon(アマゾン)をはじめとする企業の従業員たちは、前政権の政策に対する強い嫌悪のためにあらゆる政府プロジェクトと距離を起こうとしている。しかし、ワシントンに新しい指導者を迎えた今、企業とテックワーカーは、軍事業務に対するその認識が永久に植え付けられるものなのか、それとも変化を続ける関係の中の1章に限定されるものなのかを決める必要がある。

先へ進む前に、従業員と軍部間の緊張関係に関する前政権の誤認識を修正しておくべきだろう。最近ある研究が、反軍隊思想はテックワーカーの普遍的特質であるという概念に疑問を投げかけた。

2019年終わりから2020年初頭にかけて実施された調査でジョージタウン大学のセキュリティ新興テクノロジーセンターは、AI専門家の中でペンタゴンとの仕事を否定的に見ているのは1/4以下であり、78%は肯定的あるいは中立的であるという結果を得た。

国防総省との業務機会を追求する用意のある企業は、商業顧客と政府顧客との違いと優位性をよく考えるべきだ。

政府の契約は一般的に、多大な金額と低い利益幅と長い業務期間が特徴だ。これは、売上に基づいて評価されるVC支援企業にアピールし、政府契約独特の構造は、利益は大きいが変動の大きいB2BおよびB2C市場の仕事にとって歓迎される補完要素だ。両極端を混ぜ合わせることで強力な全体が生まれるが、それは株式と債権のバランスを取る投資信託とあまり変わらない

多くのファウンダーが、国防総省(DOD)との契約を追求しないのは、軍事ビジネスに従事していると見られたくないからだ。私はSparta Science(スパルタ・サイエンス)でその一例に遭遇した。社員たちは政府のあらゆる政策の全面支持を受けた政府職員を支援する業務に参加した。

現実はもっと微妙だ。DODは5000億ドル(約54億6980万円)以上の年間予算と280万人の労働力を有する。戦闘に関わっている個人はそのごくわずかであり、組織は多数の管理者と専門家に支えられてそれぞれのミッションを遂行している。

DODでは常時1300万件契約が進行中であり、その分野は医療、アパレル、物流からソフトウェアライセンシングまで多岐にわたる。軍はまさしく米国の断面であり、そこで働く人々を支援することはシリコンバレーの伝統であり、公正なビジネス手法であり、正しい行動である。

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カテゴリー:その他
タグ:コラム軍事ペンタゴン

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(文:Phil Wagner、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】カナダ人は穏やかながらも積極的に米国のバイオテクノロジー人材をリクルートしている

本稿の著者はMichael May(マイケル・メイ)氏とJayson Myers(ジェイソン・マイヤーズ)氏。マイケル・メイ氏はCentre for Commercialization of Regenerative Medicineの社長兼CEO。ジェイソン・マイヤーズ氏はNext Generation Manufacturing CanadaのCEO。

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米国のトランプ大統領の任期中、カナダはSTEM(科学、技術、工学、数学)分野の労働者を自国に呼び寄せようと注力し、大きなニュースになった。トランプ氏は退任したが、カナダは隣国から人材をリクルートすることをやめてはいない。そして、この人材確保の戦いで最もホットな前線の1つがバイオテクノロジーだ。

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何世代にもわたり、カナダのエンジニアやプログラマー、研究者たちにとってシリコンバレーの給与水準と天候は魅力的なものだった。しかし、トランプ大統領による移民排斥の発言、政策、ビザ規制が行われた4年間は、カナダのテクノロジー企業や政府に競争上の優位性をもたらした。

2016年のトランプ大統領就任後、カナダ連邦政府は移民の受け入れを促進するプログラムを立ち上げ、トロントやモントリオール、バンクーバーといった都市のテクノロジーエコシステムを後押しした。カナダのテクノロジー界のリーダーたちは、より多くの労働者を同国に呼び込むキャンペーン乗り出した。ケベックでは、移民排斥的な空気が高いことで知られる同州政府に業界が働きかけ、新規移住者を14%増やすことに成功している。

パンデミックによるシリコンバレーからの大規模な流出により、多数の国外移住カナダ人が故郷に押し寄せている。米国のH-1 Bプログラム(特定のスキルを備えた外国人労働者のためのビザプログラム)に応募するカナダ人の数は劇的に減少しており、10年にわたる傾向に拍車をかけている。

新型コロナウイルス(COVID-19)の影響を抑え、新しい経済への移行を促進する政府支出は、カナダ国民に広く支持されている。

それでも、カナダのテクノロジー界や政治界のリーダーたちは依然として、先進的な製造、クリーンテクノロジー、バイオテクノロジーといった主要セクターの人材のインバウンドフローについて懸念している。彼らは、米国の長年の優位性を切り崩すためにあらゆる手段を講じている。

その活動の大半はバイオテクノロジー分野におけるものだ。新型コロナウイルス感染症はワクチン製造能力の不足を露呈させたが、カナダには優れた大学のエコシステムと最先端の研究を行う数千のベンチャー企業が主導する、活気に満ちたバイオテクノロジーおよび生命科学の研究セクターが存在する。これらの企業の多くは、パンデミックに端を発するバイオテクノロジーへの投資ブームに乗じて、2020年には記録的な額のベンチャー資金を調達している。

しかし、この財源流入は資金調達の展望を変えたものの、多くのカナダ企業はなおも規模の拡大を模索している。カナダのテクノロジーエコシステムは人材に満ちているが、伝統的には、これらの企業がグローバルな強豪企業に成長するために必要な、十分な数の上級人材を育成、採用、保持していない。

科学者のみならず、ビジネスリーダーも必要とされている。トロント地域のハブやベンチャー企業を対象とした最近の調査によると、生物医学工学、再生医療、その他の関連企業は、米国産業界のより良い賃金と機会に引き寄せられる上級幹部、最高経営責任者、科学専門家といった人材の大幅な不足に苦しんでいる。

我々双方の組織も属するカナダのイノベーション経済協議会(IEC)の最近のサミットでは、産業界のリーダーたちが、世界的な規制問題やビジネス開発における未充足の仕事、さらには最高医療責任者について議論を交わした。これらは、学問的な訓練と職場での進歩的なリーダーシップの任務の両方から培われた、技術的およびビジネス的な洞察力を必要とするハイブリッドな役割を担っている。

カナダの大学、ハブ、ベンチャーキャピタル企業は、専門の研修機関やプログラムを設立することでこのニーズに対応している。また、規模拡大を目指すカナダ企業は、新たに調達した資金を使って米国内外で大量の人材を採用することでこのギャップを埋めようとしており、パートナーシップを構築し、未開発の人材プールを精査しつつ、リモートワークや柔軟な勤務時間を提供している。

このような背景の中、カナダの連邦政府は2年ぶりに予算を執行した。これは、同国がこれまでに展開した中で最も積極的なテクノロジー支出計画の1つであり、世界市場が同国の伝統的なエネルギー輸出や天然資源、工業製品から離れつつある中で、連邦政府が先進産業の育成とSTEM分野の雇用創出に真剣に取り組んでいることを物語っている。予算には、大学研究パートナーシップ、雇用奨励金、助成金、インキュベーターやハブへの支援が含まれている。重要なのは、ライフサイエンス分野の人材パイプラインを構築するための22億ドル(約2400億円)のコミットメントがあることだ。

新型コロナの影響を抑え、新しい経済への移行を促進する政府支出は、カナダ国民に広く支持されている。4月初旬に行われたIECとCampaign Researchによる世論調査では、中等後のSTEM教育への投資に対して3対1の支持が示され、バイオテクノロジーを含む先進的な製造業への政府投資に対しても同様に強い支持が見られた。10倍の広さの隣国と競争するには、まさに必要とされることである。

カナダの研究者や大手製薬企業のCEOの米国流出がすぐになくなるとは言い難い。しかし、投資資金の流入、テクノロジーエコシステムの急成長、自律的な人材エコシステムの構築、採用、維持に向けた協調的な政策努力などにより、カナダは業界が望むような存在になりつつある。

言い換えれば、米国は、自国のバイオテクノロジーの人材がカナダに積極的に惹きつけられようとしていることに留意すべきであろう。

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カテゴリー:バイオテック
タグ:コラムカナダバイオテックアメリカ人材採用

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(文:Michael May、Jayson Myers、翻訳:Dragonfly)

【コラム】オープンバンキングが普及し、フィンテックと中小企業の蜜月が始まる

本稿の著者Lee Li(リー・リー)氏はプロジェクトマネージャー兼B2Bコピーライター。TaoBao、MeitTuan、DouYin(現TikTok)のPMとして、中国のフィンテックスタートアップ界隈で10年の経験がある。

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これまで10年間で大きな成長を遂げたフィンテック業界。パンデミックに際してさらに大きな成功を収めた業界だが、多くの関係者が、この成功談はまだ始まったばかりで、フィンテックの次の10年はこれまでとは根本的に異なるものになると信じている、と聞けば驚くだろうか。

銀行の規制方法はパンデミックのはるか前から変化してきた。銀行業界の競争を促進する方法として、オープンバンキングや新しい決済サービス指令(PSD2)などの取り組みが提案され、大手金融機関が長い間支配してきた市場に、小規模で意欲的な金融サービス企業が参入できるようになった。

これらの取り組みが実施された今、その効果は、小規模金融サービス企業に活躍できる余地を与えるだけではないことがわかってきた。オープンバンキングでは、データをAPI経由で利用できるようにする必要があるので、中小企業の資金調達方法に革命が起こりつつある。金融資本ではなくデータが、フィンテックが成功するための最も重要な要素になったのだ。

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オープンバンキングとデータの自由

フィンテックが台頭し、中小企業との連携方法を再構築している現状を理解するには、オープンバンキングの理解が重要である。オープンバンキングは、過去10年間に政府や超国家の銀行規制当局の間で定着した概念で、現在、バンキングセクター全体にその影響が現れ始めている。

基本的に、オープンバンキングとは、APIを使用して消費者の金融データを第三者に公開するプロセスを指し、これにより、第三者が独自の金融商品を設計、構築、販売できるようになる。これらの商品の有用性(つまり、収益性)は、莫大な資本を保有していることによるのではなく、収集・保管しているデータに起因する。

オープンバンキングモデルにはいくつかの課題がある。1つ目の課題は、このような形でデータを共有することに対して常に利用者の同意を得るために、より厳密なシステムを開発する必要があるということである。フィンテックの黎明期には、利用者がデータを提供することに対してかなり寛容で、米国のユーザーの約60%がプライバシーよりもフィンテックを選ぶという調査結果もあった。しかし現在、オープンバンキングのシステムで共有されるデータの種類と量は、これまでの金融商品よりもはるかに多くなっている。

こうした懸念にもかかわらず、オープンバンキングへの取り組みは世界各地で進んでいる。欧州の新しい決済サービス指令(PSD2)は、大手銀行が金融情報を第三者と共有することを要求している。アジアでは、中国のAlipayやWeChat、インドのTezやPayTMなどのサービスによって、すでに金融サービス市場が変化しつつある。そして、これらのサービスが提供する機能により、米国の金融システムにもオープンバンキングを導入することを求める声が高まっている。

中小企業へのサービス提供

米国の銀行業界がオープンバンキングの有用性を受け入れ、あるいは法律によってオープンバンキングを認めざるを得なくなれば、次のように恩恵を受けるグループがある。

  • 利用者は、現在よりもはるかに詳細なデータ分析に基づく、まったく新しいバンキングや投資商品を利用できるようになる。
  • これらの商品を設計・構築するフィンテック企業も、自社商品をもっと利用してもらえるようになり、利益率が向上する。
  • どんなにオープンなモデルであっても、どの第三者が消費者データにアクセスできるか、アクセスするための要件は何かを決定するゲートキーパーの役割を果たすのは銀行なので、銀行が恩恵を受けるのは確実である。

しかし、オープンバンキングで最大の恩恵を受けるのは中小企業である。これは、必ずしもオープンバンキングの枠組みが、中小企業にとって有益な新機能を提供するからということではなく、中小企業は従来型の銀行から十分なサービスを受けてこなかったという事実を反映している、といえるだろう。

中小企業がサービスを受けられない理由はたくさんある。従来型の銀行では、複数の金融機関や金融商品を資本として保有している中小企業の総合的な財務状況を把握する能力が極めて限られているため、資金の提供が非常に難しいのだ。

銀行にデータを送信するために、旧式で時間と手間のかかるインターフェースを利用しなければならないこともよくある。そして(おそらく最悪なのは)、ほとんどの銀行で使用されているB2B決済システムでは、利用する企業へのフィードバックが非常に限られ、情報が少ないことで、企業にとって大きな負担となることだ。

新しい機能

このような欠点を考えると、フィンテック企業が中小企業への融資に熱心であることも、中小企業が新しい銀行商品やサービスを積極的に求めていることも、驚くべきことではない。そしてもちろん、この分野ではすでにいくつかのサクセスストーリーがあり、今日、特に欧州の中小企業が利用できるバンキングシステムの種類は、10年前に利用できたサービスよりもはるかに進んでいる。

オープンバンキングはこの変革を加速させ、一般的な中小企業が利用できる金融サービスを、いくつかの方法でさらに大胆に改善することを約束している。銀行が保有するデータに第三者がアクセスできるようになることで、多くの中小企業が、その財務状況を初めて正しく評価してもらえることになる。

フィンテック企業は、APIを利用してさまざまな種類の口座、保険、カード、リースなどの複数の国にまたがる情報にアクセスし、データをまとめて1つの全体像に統合することができる。

こういったことは、中小企業の信用力の評価に大きな影響を与えるだろう。現在、多くの中小企業が資金不足に陥っているが、これは銀行が「貸借対照表」モデルを使わずに信用リスクを評価することを躊躇しているためだ。中小企業のビジネス活動をリアルタイムで分析できれば、銀行は信用リスクをもっと正確に評価し、より多くの企業に融資することができるようになる。

実際、オープンバンキング先進国では、このような取り組みがすでに行われている。英国では、Lloyds(ロイズ)がビジネスツールボックスを提供していて、口座の取引データに加えて、企業や役員の信用調査を無制限に行うことができる。

オープンバンキングは、これまでよりもはるかに進んだ同業他社比較分析も実現する。APIを利用すれば、該当の市場で中小企業がどのような業績を上げているかをリアルタイムでフィードバックすることができる。英国ではこれもすでに実現していて、Barclays(バークレイズ)は同社のスマートビジネスダッシュボードで、マーケティング費用を最大限に活用するためのツールを提供している。このダッシュボードはカスタマイズも可能だ。

集約したアカウント上に構築されたインテリジェントなデータ分析によるインサイト、レコメンデーション、自動プロンプトなどの主要な機能は中小企業にとって非常に有益なので、これらの機能を提供するフィンテック商品の人気は高まるだろう。

銀行や代替融資機関にとっては、これらのモニタリングツールから得られる情報を活用することで、これまで資金提供が困難だった中小企業に対して、承認済みの融資枠をタイムリーに提供するなど、より積極的な融資を行うことができるようになる。

結論

中小企業は、データ分析に基づく付加価値サービスを受けて成長することができるのであれば、ほぼ間違いなく喜んで手数料を支払うだろう。これはフィンテック業界にとって重要なことだ。この分野のスタートアップ企業の中には、すでに巨額の資金を調達しているところもあり、オープンバンキングが技術と経済の関係の中心にあるのもそれが理由だ。

ここまで見てきたように、すでにフィンテックが成功していたとしても、それは物語の始まりに過ぎないと考えられる。オープンバンキングの取り組みに後押しされたフィンテックは今、バンキング革命の最前線にある。この革命により、各中小企業はそれに相応しいサービスを受けられるようになり、経済全体でそれらの企業の真の可能性を引き出せるようになるだろう。

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カテゴリー:フィンテック
タグ:コラムオープンバンキングオープンAPI銀行中小企業

画像クレジット:Richard Drury / Getty Images

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(文:Lee Li、翻訳:Dragonfly)

【コラム】オープンソースの終焉が来ているのだろうか?

本稿の著者Shaun O’Meara(ショーン・オメーラ)氏は、MirantisのグローバルフィールドCTO。企業のITインフラストラクチャの設計と構築において20年間、顧客と仕事をしてきた。

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数週間前、ミネソタ大学の研究者らにより「偽善者のコミット」と彼らが呼ぶものをLinuxカーネルに投入するメソッドが展開されたという憂慮すべきニュースがLinuxコミュニティを揺るがした(ただし結果的には完全に実行されなかったことが明らかになっている)。その主意は、検知が困難な振る舞いを配布し、それ自体には意味はないが、後に攻撃者によって整合されることで脆弱性が顕在化し得るというものだった。

その後すぐに、ある意味同じように憂慮すべきことだが、大学が少なくとも一時的にカーネル開発へのコントリビューションを禁じられたことが発表された。続いて、研究者らが公式に謝罪した。

脆弱性の発見と開示は往々にして厄介なものだが、世界最大かつ最も重要なオープンソースプロジェクトに対して、技術的に複雑な「レッドチーム」プログラムを実行するのは、少々やりすぎだと感じる。こうした振る舞いが爆発的な広がりを持つ可能性があることを理解しないほど、研究者や研究機関が無知であるとか、怠慢であるなどとは考えにくい。

同様に確かなこととして、メンテナーとプロジェクトガバナンスは、ポリシーを強化し、時間の浪費を回避する義務があり、常識的観点では、脆弱性を含まないカーネルリリースの生成に努めることが推奨されている(そしてユーザーが要求している)。しかしメッセンジャーを排除することは、少なくともいくつかの要点を見落としているように思われる。つまり、これは単なる悪意によるものではなく研究に基づくものであり、技術的、体系的な緩和を必要とする、ある種のソフトウェア(および組織)の脆弱性を明らかにしようとするものだということだ。

「偽善者のコミット」に端を発した不慮の事象は、拡張されたオープンソースエコシステム全体とそのユーザーを脅かす、あらゆる面において関連性のあるトレンドの兆候だと思う。このエコシステムは長い間、規模や複雑性、そしてFOSS(フリーソフトウェアとオープンソースソフトウェア)が人間による各種の活動において重要性を増していることにまつわる、数々の問題と格闘してきた。この複雑に絡み合った諸問題を見ていこう。

  • 最大規模のオープンソースプロジェクトは現在、大きなターゲットを掲げている。
  • その複雑さとペースは、従来の「コモンズ」アプローチや、さらに進化したガバナンスモデルで対応できる規模を超えて拡大している。
  • 互いにコモディティ化する方向に進化している。例えば、分散アプリケーションのために「Linux」と「Kubernetes」のどちらを「オペレーティングシステム」として扱うべきかを明確にすることはますます難しくなっている。営利組織はこれに注目し「フルスタック」ポートフォリオとナラティヴを中心に再編成を始めている。
  • そうすることで、一部の営利組織は、FOSS参加という従来型パターンを歪め始めている。多くの新機軸が現在進行中である。一方で、資金調達や、FOSSへの人員コミットメントなどのメトリクスは減少傾向にあるようだ。
  • OSSプロジェクトとエコシステムはそれぞれ異なる方向性で順応しており、場合によっては、営利組織が居心地の良さを感じたり、参加から恩恵を受けることが難しくなっている。

一方で、脅威のランドスケープは進化し続けている。

  • 攻撃者は巨大化し、巧妙化し、高速化するとともに持続性を増しており、長期にわたるゲームやサプライチェーンの破壊などにつながっている。
  • 攻撃はこれまで以上に財務的、経済的、政治的に収益性を高めている。
  • ユーザーは以前にも増して脆弱になり、多くのベクターにさらされている。
  • パブリッククラウドの利用が増えるにつれて、技術的および組織的なモノカルチャーの新たな層が生まれ、攻撃を可能にし正当化する可能性がある。
  • オープンソースソフトウェアから部分的または全体的に組み立てられた複雑な商用オフザシェルフ(COTS)ソリューションは、そのコンポーネント(およびインタラクション)にアクセスできる、悪質な攻撃者によく理解された複雑な攻撃サーフェスを生成する。
  • ソフトウェアのコンポーネント化は、新たな種類のサプライチェーン攻撃を可能にする。
  • そして、組織が非戦略的な専門知識を排除し、設備投資を運用コストにシフトさせ、セキュリティのハードワークをクラウドベンダーやその他の事業体に依存するように進化する中で、これらすべてが起こりつつある。

結果として、Linuxカーネルの大規模かつ絶対的な重要性を持つプロジェクトの多くは、大きな変化をもたらす巨大な脅威モデルに立ち向かう準備が整っていない状況にあると言えるだろう。私たちがここで考察している特定のケースでは、研究者たちは比較的少ない労力で侵入候補サイトをターゲットにし(静的分析ツールを使い、コントリビュータの注意を必要としていることがすでに確認されているコードの単位を評価する)、メールで非公式に「修正」を提案し、信頼性が高く、高頻度のコントリビュータとして確立されている彼ら自身の評判を含む多くの要因を活用して、脆弱性コードをコミットされる寸前の状態にした。

これは、堅牢で安全なカーネルリリースを作成するためにこれまで非常にうまく機能してきた信頼システムの「内部者」による重大な裏切り行為だった。信頼を悪用すること自体が状況を変え、それに続く暗黙の要件、つまり体系的な緩和で相互の信頼を支えるということが大きく浮かび上がってくる。

しかし、このような脅威にどう対処すればいいのだろうか。ほとんどの場合、正式な検証は事実上不可能である。静的解析では巧妙に設計された侵入を明らかにできない場合がある。プロジェクトのペースを維持しなければならない(修正すべき既知のバグがある)。そして、こうした脅威は非対称的だ。典型的な言い方をすれば、ブルーチームはすべてに対して防御する必要があり、レッドチームは一回成功すれば良い。

改善の機会がいくつか存在する。

  • 単一培養の広がりを制限する。Alva LinuxやAWSのOpen Distribution of ElasticSearchなどは、広く使われているFOSSソリューションを無料でオープンソースにしていることもあるが、技術的な多様性を注入しているという点からも優れている。
  • 人的要因への完全な依存を緩和し、営利企業に専門知識やその他の資源を提供するインセンティブを与えることを目的として、プロジェクトのガバナンス、組織、資金調達を再評価する。ほとんどの営利企業はオープンソースへのコントリビューションを、そのオープン性ゆえに、またオープンソースにもかかわらずオープンではない場合でも歓迎するであろうが、多くのコミュニティにおいて、既存のコントリビュータの文化を変える必要があるかもしれない。
  • スタックを簡素化し、コンポーネントを検証することで、コモディティ化を促進する。適切なセキュリティ責任をアプリケーション層に押し上げる。

基本的に私がここで主張しているのは、Kubernetesのようなオーケストレータはあまり重要ではなく、Linuxはそれほどインパクトを持たない、ということだ。最後に、ユニカーネルのようなシステムの使用を形式化することに向けて、できる限り早く進むべきである。

いずれにしても、オープンソースの継続に必要なリソースを企業と個人の両方が提供することを確保する必要がある。

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カテゴリー:ネットサービス
タグ:オープンソースコラムLinuxKubernetes

画像クレジット:Alexandr Baranov / Getty Images

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(文:Shaun O’Meara、翻訳:Dragonfly)

【コラム】働き方の未来、自分の仕事環境を持参せよ

編集部注:著者のMichael Biltz(マイケル・ビルツ)氏は、Accenture Technology Visionのマネージングディレクター。テクノロジーが私たちの仕事や生活にどのように影響するかに焦点を当てるために、企業の年間ビジョニングプロセスを主導している。

ーーー

世界は、史上かつてないほどの急激な仕事の変革を目の当たりにしたばかりだ。新型コロナウイルス(COVID-19)によって、企業は人びとを一斉に家に送り返し、いつものようなビジネスを維持するためにテクノロジーに頼ることを学んだ。在宅勤務は、かつては普通ではなく例外だったが、2019年には3億5000万人だった在宅勤務が、いまや世界中で推定11億人が日常業務をリモートで実行することを余儀なくされたために、今では経済活動の3分の2を担うようになっている

2021年版Accenture Technology Visionレポートで説明しているように、この変革はほんの始まりに過ぎない。将来的には、人びとがどこでどのように働くかは、従業員と雇用者の双方に利益をもたらす可能性をもつ、はるかに柔軟な概念になるだろう。実際、Accentureが調査した経営幹部の87%は、リモートワークの出現によって、見つけるのが難しい人材の市場が開かれると考えている。

こうしたメリットは、企業が将来の仕事に戦略的アプローチを採用した場合にのみ完全に享受される。数年前、BYOD(Bring Your Own Device、個人のデバイスを使って仕事をすること)が流行していたことを思い出して欲しい。企業環境の中で自分のデバイスを使用したいという労働者からの要求に直面して、企業はこのモデルをサポートするために新しいポリシーと管理を検討する必要があった。

雇用主は今や同じことをしなければならないが、その規模ははるかに大きい。それはBYODが「BYOE」(Bring Your Own Environment)になったからだ。従業員は環境(Environment)全体を仕事に持ち込むようになった。こうした環境には、労働者自身が所有する幅広いテック機器(スマートスピーカー、ホームネットワーク、ゲームコンソール、防犯カメラなど)とその作業環境が含まれている。ある人は庭小屋にホームオフィスを設置し、また別の人は家族に囲まれた台所のテーブルで働いているかもしれない。

職場の再考

今後は、BYOEスタイルの仕事は従業員の自宅には限定されない。人びとはどこからでも自由に仕事をすることができるようになるだろう、オフィス、自宅、またはその2つのハイブリッド環境など、自分に最適な環境で仕事をしたいと思うだろう。リーダーたちは、これに抵抗するのではなく、むしろ支えなければならないのだ。

実際、リーダーたちはビジネスを構成する、倉庫、貯蔵庫、工場、事務所、実験室、およびその他の場所で働く目的を再考することができる。彼らは、人びとが、いつ特定の場所にいて、特定の人びとと一緒にいることが理に適っているのかを慎重に考慮しなければならない。そうすることによって、業務を最適化できるようになるだろう。

数年後、成功している組織は、全員をオフィスに戻そうという圧力に抵抗し、代わりに従業員の働き方を再考した組織になるだろう。彼らはクラウド、AI、IoT、XRなどのテクノロジー成功要因の採用を含む、変化のための強力な戦略を導入するだろう。しかし、もっと重要なことは、こうした戦略が、彼らの再考された労働力モデルがどのように従業員をサポートし、働かせることができるか、そしてこれがどのように企業文化に反映させることができるかの概略を描き出すことだ。

新しさを受け入れる

この未来への第一歩は、従業員の体験を可視化することだ。BYOEを使用することで、従業員の体験がこれまで以上に重要になるが、モニタリングはこれまで以上に難しくなる。したがって、従業員の環境が仕事にどのように影響しているかを理解し、経験と生産性を向上させることができる洞察を見つけるためには、職場の分析をすることが重要になる。

セキュリティは、もう1つの主要な成功要因だ。企業は、従業員の環境が企業の永続的な部分を構成することを受け入れ、それに応じて調整する必要がある。ITセキュリティチームは、従業員のノートPCが最新のファイアウォールパッチで保護されていることを確認するだけでなく、従業員のネットワークセキュリティと、ベビーモニターやスマートテレビなど、そのネットワークにリンクされているすべてのデバイスのセキュリティを考慮する必要がある。

テクノロジー、分析、セキュリティの基盤が整ったら、企業はBYOEの価値を最大限に引き出すことができるようになる。それは業務モデルの変革だ。企業がバーチャルファーストになると、新しいテクノロジーを労働力に統合する新しい機会が生まれる。たとえば仮想ファーストのBYOE戦略を使用すると、企業は、物理的な作業を行うロボットでいっぱいの倉庫を、安全に監視および監督するオフサイトの従業員と組み合わせる戦略を実践することができる。

文化の変化こそが鍵

BYOEでの成功は文化にも影響を及ぼす。企業は、従業員の環境が今や「職場」の一部であり、人々のニーズに対応していることを受け入れる必要がある。これは大規模で、進行が遅い文化的変化だが、迅速な勝利もある。

例として、対面ならびにリモートワーカー間の分断を取り上げよう。現在は、地理的なものに多くのことが結びついているが、将来はバランスがすべてになる。さまざまな役割の労働者が、自分のニーズに最も適した作業環境の便益を受けるようになる。ただし、注意深く実践しないと、このアプローチでは従業員が分割され、オフィスにいる従業員とリモートの従業員が同士がコラボレーションに苦労する可能性が生まれる。Quora(クオーラ)は、在宅かオフィス内かに関係なく、会議に参加するすべての従業員に対してビデオ上に登場することでこの課題を克服しようとしている

BYOEのために組織を再考することは動くゴールを追うことで、いまでもベストプラクティスが生み出され続けている。しかし、すでに明らかなことが1つある。それは、待っている余裕はないということだ。最高の人材を引き付け、従業員のエンゲージメントを維持するには、今すぐ計画を開始しよう。

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カテゴリー:その他
タグ:コラムリモートワークBYOD

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(文: Michael Biltz、翻訳:sako)

【コラム】ドイツのベンチャーキャピタルが離陸するには政府がブレーキを解除する必要がある

編集部注:本稿の著者Uwe Horstmann(ウーヴェ・ホルストマン)氏は、ベルリンを拠点とするベンチャーキャピタルProject A Venturesの共同設立者兼パートナー。

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現在ドイツは、世界的な競争力を持つベンチャーキャピタル市場の構築において、ヨーロッパの近隣諸国に遅れを取っていると言える。しかし、今後の5年間はドイツのベンチャーキャピタルセクターにとって大変に大きな影響をもつと予想され、その将来は非常に明るいと筆者は考える。

ドイツのスタートアップが2020年に調達した金額は64億ユーロ(約8400億円)にのぼり、これはフランスの57億ユーロ(約7500億円)を上回っている。もう1つの好ましい点は、初期段階の市場に対する国内からの投資と国外からの投資のバランスが健全であることである。シードおよびシリーズAの段階では、ドイツのファンドがドイツのスタートアップへの投資のほとんどを占める。企業が成長すると、海外からの投資重要な役割を担う。5000万ドル(約55億円)以上の資金調達ラウンドの半分は完全に外国人投資家が主導しており、ドイツの投資家によるものはわずか5%で、残りの45%は外国人投資家と国内投資家の混合による投資となる。

筆者はこれをドイツVC市場にとって理想的な状態と考える。優れたイノベーションは、国内のファンドから資金を得、支援を受けている。これらの企業が成長して頭角を表すと、最高の投資家を世界中から引き付けるようになり、ドイツのローカル企業という立場から国際化への道が開かれる。これにより初期段階のスタートアップに投資を行うVCは報酬を獲得し、引き続きドイツ国内のスタートアップに投資する。今後市場が成熟していけば、初期段階だけでなく、成長段階に対しより多くのドイツのVC資金が投資されると筆者は確信している。

見通しは良好である。ドイツ市場は現在大変活発に発展しており、パンデミックでさえ、テクノロジーセクターの根本的上昇傾向にほとんど影響を与えなかった。

ドイツ市場は現在大変活発に発展しており、パンデミックでさえ、テクノロジーセクターの根本的上昇傾向にほとんど影響を与えなかった。

ドイツテックに対する国内外からの投資レベルの高まりに加え、政策立案者はドイツでスタートアップやVCファンドが発展できるような好条件を作り出している。

ドイツ連邦政府は100億ユーロ(約1兆3000億円)の未来基金を立ち上げ、ディープテック未来基金に追加で資金を投入した。これにより、ただちに成長段階の市場により多くの資本が投資されるだけでなく、このような政策はドイツが「ビジネスにオープンであることを示してもいる。イノベーションが社会における具体的な改善につながる、ということをドイツが理解していることを世界に伝える明確なシグナルになるのである。これは、世界中のファンドにとって力強い、歓迎すべきシグナルである。

ドイツは投資家にとってだけではなく、技術者にとっても大変魅力的な国である。ドイツが未来のモデルを提示する中、ますます多くの技術者がドイツへの移住を望むようになっている。

長期的視点からみても状況は良好である。ドイツは製造およびエンジニアリング部門で世界的に有名であり、国内生産を通じて貿易黒字を生み出している数少ない国の1つである。製造およびエンジニアリング部門はイノベーションを通した大々的な飛躍をまだ遂げていない。従って、ドイツのスタートアップは高まりを見せる「インダストリー4.0」イノベーションの活動から、メリットを享受できる大変有利な立場にあり、ドイツの製造業の中心地で生まれたスタートアップが、ベルリンとミュンヘンで増え続ける技術者のプールと融合する準備が整いつつある。

シェアオプションとスピンオフはドイツのスタートアップにとってのアキレス腱だ

ドイツのVCとテック市場は新たな飛躍を遂げる準備が整っている。しかし、大幅な改善が求められる領域が2つある。それは社員株オプションとスピンオフをめぐる規制である。

ドイツは官僚主義に陥っており、それはイノベーションにとっては脅威である。テルサの新しいギガファクトリーの例は、煩雑な行政プロセスがいかにあらゆることをスローダウンさせるかの最新の例である。

ドイツのスタートアップにとって、スタートアップで働く社員が会社の成功から利益を得、またスタートアップエコシステムが自力で発展していくためにも、従業員ストックオプションプラン(ESOP)の 改革は今すぐにも実行する必要がある。

税制上の優遇措置に関する現行法案は、業界のニーズを反映しているとは言えない。例えば、免税措置が適用されるのは設立から10年未満の会社の従業員のみである。従業員が別の会社に移る場合、事前に会社の株式に対する税金を払う必要があり、これは重大な破産のリスクをともなう。これは10年以上が経過していても利益をだすことができないでいるスタートアップが多いからであり、税金は従業員が持ち株から実際に利益を上げたとき、つまり株式を売却したときにのみ支払う形にすべきである。こうしたこともあり、スタートアップは従業員に対し新たなESOPを提供しない。

もう1つの問題はスピンオフである。ドイツはヨーロッパで最も特許出願数が多い国である。しかし、スタートアップが革新的テクノロジーを製品市場に適合させることができない場合が多い。ドイツの大手研究機関からのスピンオフを実行する場合、高額の機関固定費とライセンス料が課されるため、足場を固めるには非常な困難をともなうのだ。ドイツはもっと柔軟に対応し、スタートアップが必要とするスペースと資金を与えるべきである。

スピンオフ時に創設者が直面する固定費や膨大な行政手続きを削減すべきであるし、また投資家は、研究者から創設者に転向した人々に対して、より多くの運営上のサポートや組織上のサポートを提供する必要がある。さらに、VCは、成功するまでに多少時間がかかると目される革新的なアイデアやテクノロジーにもっと投資する勇気を持つべきである。BioNTechは、そうした長期間にわたるサポートが報われた最良の例といえる。

ドイツのユニコーン企業について

現状では、2021年にはすでにドイツで多数の新しいユニコーン企業が登場しておりPersonioMambuSennderGorillasTrade Republicは数十億ドル(数千億円)の評価を得ている。そしてこうしたユニコーン企業の数は今後も増える見通しである。

規制当局が最終的にストックオプションとスピンオフにまつわる官僚的形式主義を取り払うことができれば、ドイツの技術とVC業界は新たな高みに到達することができるだろう。筆者は今後数年間で前向きな変化が起きることを期待し、ドイツにたくさんのユニコーン企業が生まれることを楽しみにしている。

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カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:ドイツVCコラムユニコーン企業

画像クレジット:Jorg Greuel / Getty Images

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(文:Uwe Horstmann、翻訳:Dragonfly)

【コラム】自動運転車の普及にはまず運転支援システムが消費者に信頼されることが必要

編集部注:本稿の著者Tarik Bolat(タリック・ボラット)氏はWaveSenseのCEO兼共同設立者。

ーーー

この1年間で交わされてきた自動運転車(AV)に関する議論の多くが「いつ自動運転車が公道で標準になるのか」という同じ疑問を中心に展開された。

業界のリーダーたちは2016年に、AVが路上を支配するというビッグゲームを論じていたが、今日では、一部の専門家たちはレベル4の広範な普及を10年以上先に考えている。しかしながら、そのようなタイムラインであっても、自動車メーカーが技術的にも行動的にも大きな障壁を乗り越えなければうまくいかない。AVを消費者に届けるという取り組みは予想以上に困難であり、その中核を担うのは大衆の信頼を得ることだ。

消費者の信頼度とAVの大規模な普及は密接に関係している。予測タイムラインの達成を目指し、この不可欠となる信頼の構築をすぐにも開始するために、自動車メーカーは先進運転支援システム(ADAS:Advanced Driver Assistance System)への自動運転機能の導入を加速すべきである。

現行のADAS技術が直面している課題

実際、消費者はまだ自分たちのクルマのADAS機能に信頼を置いていない。全米自動車協会(AAA)交通安全財団が2021年に実施した調査によると、ドライバーの80%が自動緊急ブレーキや車線維持補助などの現行の車両安全システムについて機能改善を望んでおり、現在提供されているシステムに対する消費者の信頼感の欠如が指摘されている。

Cruiseがカリフォルニア州で無人運転のテスト車両による乗客輸送の許可を取得するなど、業界における最近の顕著な進展にもかかわらず、AAAの調査によると、自動運転車に乗ることに抵抗を感じないのはドライバーの10人に1人程度だという。消費者はAV技術の急速な進歩を認識していると思われるが、こうしたユーザーからの信頼の欠如は完全な普及に対する大きな障害となり、技術がどれほど発展しようと、業界に脅威をもたらし得るものとなるだろう。

消費者の信頼の醸成を促進するために、業界は消費者の需要を満たすより高度で信頼性の高いADASの実現に目下注力する必要がある。しかし現行のオファリングは、多くの消費者が参加する前に解決すべき大きな課題に直面している。

  1. 一般的な悪条件下での信頼性の欠如:LiDARやカメラのような技術の範囲は、周囲を「見る」ことができるものに限定される。これらのシステムは、車両のセンサーが雪、土、漂積物などで覆われてしまうことで、容易に妨害される可能性がある。さらに、雪や大雨、オフロード条件により車線表示が不鮮明になったり、GPS信号の強度が不足したりすると、車両の位置を追跡する一般的なセンサーが正しく機能しないことが懸念される。
  2. 検知不良:劣化した車線表示、歩行者、他の車両、または一般的な路上物をADAS技術が検知できず、運転者や歩行者が負傷したり死亡したりした事例がいくつか発生している。
  3. 一般大衆からの理解が低い:独立して動作するように設計されたADASの機能がある一方で、システムの能力を最大限に活用して安全性を最大化する方法の理解に関して、一般大衆の知識における一貫した欠如が依然として存在する。この認識の欠如により、不注意にこの技術を誤用する運転者だけでなく、道路を共有する運転者にも不必要な脅威がもたらされる。

これらの課題に対処し、消費者に向けたより良い自動運転エクスペリエンスを創出することは、将来のAV技術の大規模普及に向けた必須のステップである。この領域で消費者の支持を得て変化を起こすための最も即時の機会は、信頼性とユーザーエクスペリエンスの向上を図ることにあり、特に動的な車両安全システムに関してはそれが重要となる。その目的において自動運転車に求められるのは、現行のシステムを強化し、その結果として自動化機能の安全性に対する消費者の信頼を高める、センサーとソフトウェアの改良である。

車両ポジショニングに関する新たな視点

この10年間で、業界はポジショニングシステムにおいて多様な進歩を遂げてきた。ポジショニングシステムとは、車道上でセンチ単位まで車両の位置を特定するシステムであり、従来のハードウェアスタックにとって極めて重要な追加機能である。そのため専門家たちは、堅牢な車両測位の最後の未完成要素として、地中レーダー(GPR、Ground Penetrating Radar)や新しいマッピング技法などの技術に賭けている。過酷な運転条件における操作や、高度に動的な環境のナビゲーションを行う能力に期待を寄せるものだ。

AVの信頼性向上にはさまざまな手段があることは明らかだが、自動車メーカーは依然として、広範な普及に必要な性能の進化を実現するアプローチを模索している。

これらの技術を傑出させる差別化要因を詳しく考察すると、次の3つの重要な問題にどのように対処するかが共通の論旨として見えてくる。オープンハイウェイや駐車場内、あるいはクルマがトラックに囲まれて視界が遮られている場合などにおける路側機能の不足、明確で一貫性のある車線表示が前提となるカメラベースシステムへの依存、そして地表のシーンが刻々と変化し、HDマップが途端に使用できなくなるような急激な環境の変化、である。こうした共通に見られる課題により、消費者は一貫性のない、信頼性の低いADAS機能に不満を抱いている。

これらの重要なギャップを克服する1つの方法として、信頼性の高い車両ポジショニングを確保するための別の手段を模索することが挙げられる。例えば、地中レーダー(GPR)は、今日の自動化システムが直面しているGPSの可用性の不足やその他の一般的な障害がある中で、悪天候や悪路での正確な位置を車両が特定できるようにする。自律性向上の実現性を示すことが肝要である。自動車メーカーは、これらの新しいアプローチを車両に追加することで、より信頼性が高く精度の高いADAS機能を生成し、自動運転エクスペリエンスを保護することができるだろう。

消費者の信頼と大規模なAV普及の足がかりとしてADASに傾注

Partners for Automated Vehicle Education(PAVE)の最近の調査によると、ADAS技術に詳しい消費者は自動運転車に肯定的な傾向があり、その75%は現在ADAS機能を持つクルマを所有し、将来の安全技術に期待を寄せている。これは、現行のADAS機能への消費者のエンゲージメントが、将来のAV普及に対するより肯定的な態度につながる可能性があることを示している。

業界として、私たちはどこに向かうのか。現在のADASシステムにおいて、自動運転の将来の課題に正面から取り組むことで解決すべき唯一の機会が存在することに、多くの人が気づいている。そうでなければ、自動運転は、大量普及を妨げる将来の難題となってしまう。

私たちは、ADAS技術を用いてこれらの重要な課題に取り組み、より優れた運転エクスペリエンスを創造して、大衆の信頼を得る必要がある。高性能なADASを大規模AV普及への経路として用いることにより、目的地に安全に到達できるであろう。

業界は、消費者と歩調を合わせながら、安全で自律的な未来を築くことができるはずだ。

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カテゴリー:モビリティ
タグ:コラム自動運転ADAS

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(文:Tarik Bolat、翻訳:Dragonfly)

【コラム】世界中のエコシステムでエグジットの効果を最大化するためにVCが行うべき4つのこと

多くのベンチャーキャピタル企業(VC)にとって、エグジット、すなわち現金化によって投資を回収して次に進むことは、その投資案件の終わりを意味する。しかし、知っての通り、スタートアップの世界は進化している。つまり、投資によってもたらされるインパクトを左右する要素は今や投資金額の大小だけではないということだ。

VC企業は、投資家として、各投資案件が人類にとって何を意味するのか、VCの使命と資本をどう連携させていくか、という点について掘り下げて考えている。長期に及ぶインパクトにつながる強力な機運を生み出すきっかけの1つは、ポートフォリオ企業のエグジット成功だ。しかし、そのエグジットの効果が最大限に生かされていない。

エグジットは、適切に活用すれば、本当の意味で影響力を持つ企業を誕生させることにつながる。すべての創業者に平等にチャンスを与えて優れたアイデアに力を与えようとする場合はなおさらだ。米国以外の国々で生まれた製品が世界を席巻し、国際的な取引が当たり前になっている今、投資業界は「アメリカファースト」のアプローチからゆっくりと離れつつある。

投資家は、非常に高いポテンシャルを持つ企業が、その所在地に左右されずに、世界中で重宝されるような製品を生み出すことを可能にする原動力になる。そのような企業の手法には、業界を刷新し、海外の創業者でも国内の創業者と同じチャンスを与えられる場所へと変える力がある。

我々は、資本を使ってその手法を実践する基本的な方法ならすでに知っている。まず必要なのは、レプリゼンテーションが低い創業者に投資することだ。しかし、この記事では、多様性に富んだ創業者が戦える場を整える点でエグジットが持つ力について語りたいと思う。そのためには、他の起業家の事業が高額で買収されるのを見ることから生まれる心理的なモチベーションや、エグジットを終えたスタートアップのチームが次に取り組むこと、また、一市民の功績が一国家の評判にどれほどの影響を及ぼすのかという点について検討する必要がある。

2020年、ベンチャー投資を受けた41の企業が10億ドル(約1100億円)規模のエグジットを達成し、そのエグジット総額は1000億ドル(約11兆円)を超えた。これは10年ぶりの最高記録だ。VC企業は今、そのようなエグジットに関してかつてないほどの影響力を持っている。そして、大型エグジットを連鎖的に引き起こしていくためにVC企業にできることが4つある。

1. 競争心を引き出す

外国人の起業家が米国企業から資金を調達し、その事業を別の米国企業に売却すれば、当然それは移民の目に留まる。その外国人起業家の製品がどれほど画期的なアイデアに基づいたものだとしても、米国に住む移民たちは、少なくともベンチャー投資用資金の93%が白人男性にコントロールされている限りは、その外国人起業家にすべての希望を託したいとは思わないだろう。

米国人の発明家よりも移民の方が40%も多くイノベーションに貢献していることが研究によって証明されているのにも関わらず、このような状況なのである。

そのような外国人起業家が最も必要としているものは自信とロールモデル、そして、同じような立場の人々が同じような業界で色々と波風を立てながらも成功していることを示すサクセスストーリーである。

したがって、あるエグジットが大きな話題になると、業界内の他の外国人創業者は、自分の事業にテコ入れをして次の段階に進めようとする。それだけなく、彼らはより自信を持って資金調達に臨むようになる。そして、その自信を投資家は高く評価する。

筆者がこの記事を書こうと思い立ったのは、自分と同じくスペインからサンフランシスコに移住した移民創業者が起業したフィンテック企業Returnly(リターンリー)がAffirm(アファーム)によって3億ドル(約329億円)で買収されたことがきっかけだった。ちなみに、完全な透明性を期すために書いておくが、筆者はリターンリーにエンジェル投資、およびシリーズBとC段階での投資を行ってきた。

個人的に金銭的な利益を享受した筆者には、それだけでもこのエグジットに対して賛辞を送る十分な理由がある。しかし、シリコンバレーという競争の激しい環境の中で、その不利な立場に負けず、米国を拠点とする投資家から多額の資金を調達し、最終的には米国企業による買収を達成した外国人創業者の成功は、世界中の多様性豊かな創業者にインスピレーションを与えた。このエグジットはスペインの主要メディアやビジネスメディアで大きく報じられ、LinkedInアカウントには「つながり」リクエストやお祝いメッセージが殺到した。

外国人起業家のスタートアップにも資金調達の機会を平等に与えようとするグローバルな視点を持つ組織の存在を、エグジットを通して外国人起業家に示すことができれば、そのエグジットがもたらすインパクトはさらに強くなる。つまりそれは、世界各国の起業家に注目し、世界各地のエキスパートを結びつけるネットワークを築くVC企業が存在することを意味するからだ。

投資家は、エグジットを進める際に創業者が外国人であることを大いに宣伝し、その創業者がこれまでに乗り越えてきた課題や獲得してきたチャンスについて語ることによって、そのエグジットが業界にもたらすインパクトを最大化できる。さらに、そのようなサクセスストーリーに注目することにより、多様性が豊かな外国人起業家に投資することの価値が過小評価されているという事実を米国人投資家たちに納得させることができる。このようなエグジットを達成することにより、ニッチな外国人起業家に投資するVC企業としてのブランド力を強化し、資金調達を打診するスタートアップを引きつけて、この好循環をさらに強化することも可能だ。

2. 富を生み出す好循環を作る

大型エグジットが成功すると、関係する全投資家は多額の富を手にする。そして、その富が使われないまま投資家の手元にとどまる可能性は低い。投資家はその富を投資するために、高いポテンシャルを持つ別の企業、恐らくは大型エグジットを達成した直前の企業と同じような企業を探すことだろう。

しかし、そのような投資家は、自社のポートフォリオにおいて前述のような好循環を促進するだけでなく、同じようにするよう他の投資家にも働きかけるようになる。

どのエグジットも、成功例であれ失敗例であれ、外国人起業家とそのスタートアップにとって「前例」となる。高い利益を見込んであるスタートアップに出資する投資企業が1つでもあると、それを嗅ぎつけた他の投資家がそれに続く。なぜなら、スタートアップ投資の世界では外国人創業者や少数派民族の創業者は依然として過小評価されており、非常に高いポテンシャルを秘めていながらも、積極的に投資する企業がまだ少ないからだ。無比のチャンスを探す目を持つVC企業であれば、従来の形にとらわれないスタートアップに出資して大きな利益を手にした投資企業が1社でもあれば、それを見逃さない。その投資企業が同じ業界の別の企業に継続して投資している場合はなおさらだ。

この流れをサポートするために、最近エグジットを成功させ、類似する創業者に再投資してきたエンジェル投資家やVC企業は、そのような成功例の連鎖について大いに宣伝し、1つの成功例が同業界の別のスタートアップへの投資へとつながってきた経緯を説明するべきだ。さらに、成功した前例に基づいて特定の起業家を育てる決断をしたことを、自社のネットワーク内の企業にきちんと伝えることもできるだろう。

リターンリーの創業者は最近、自分が手にした利益の一部を当社のファンドに戻すことを申し出た。彼と同じ立場の外国人起業家が1人でも多く資金を調達できるようにするためだ。投資企業が創業者と意義深い関係を育み、多様性豊かな起業家に力を与えることに真剣に取り組めば、富の増大という投資企業としての使命もよりよく果たせるだろう。

3. 再投資を促進する

「ペイパルマフィア」はPayPal(ペイパル)の元幹部や元社員で構成される起業家集団である。そのメンバーには、南アフリカ共和国出身のElon Musk(イーロン・マスク)氏やドイツ系米国人のPeter Thiel(ピーター・ティール)氏など、1つの業界だけでなく、テクノロジーに関する複数の業界で大きな革新を生み出してきた起業家たちが名を連ねる。ペイパルマフィアの中には、YouTube(ユーチューブ)、LinkedIn(リンクトイン)、Yelp(イェルプ)、Tesla(テスラ)などの創業者や、米国大使になった者もいる。1つの企業だけでこれだけの効果を生み出せたのであれば、多様性が豊かで意欲にあふれた他のスタートアップのチームが大型エグジットに成功して資金とインスピレーションを手にしたら、チームメンバーは自分たちを信じてくれた人たちの成功に感化されて、1人また1人と、それぞれ自分で再投資を行うようになるだろう。

そのようにして設立されたベンチャーは、出自に関係なく平等なチャンスを与えるという特性を「次世代に引き継ぎ」、その使命によってより多くの雇用を創出していく可能性が高い。例えば、ペイパルマフィアのティール氏はこれまでに欧州だけで40以上の企業に投資してきた。

VC企業は、スピンオフするベンチャーに目をつけて、可能であればサポートする(出資しない場合でも、これまで積み上げてきた知識や人脈を使ってサポートする)ことにより、このチーム効果を活用できる。しかし、それだけでなく、投資の世界に参入するよう、そのようなベンチャー創業者の背中を押すことも検討できる。自社のポートフォリオ企業から始めるよう勧めてもよいだろう。成功したスタートアップの創業者や幹部社員の多くは投資家に転身する。例えばペイパルマフィアのメンバーは、現在最も有名なファンドのいくつかに出資してきた。成功したスタートアップのチームメンバーたちは、出自に関して自分たちもさまざまなことを経験してきたがゆえに、過小評価されている創業者たちを投資によって支援したいと、より強く思うようになる。そして、新しい起業家たちは自分たちの体験からさらなる価値を引き出せるようになるのだ。

4. 評判を次につなげる

前述したリターンリーの本社はサンフランシスコにあるが、同社の創業者はスペイン人で、従業員の多くがスペインを拠点としている。

つまり、リターンリーのエグジットによってもたらされるインパクトは大西洋の反対側にあるスペインでも、米国に入るスペイン人移民たちの間でも感じられるということだ。同じことは他のエグジット売却にも当てはまる。例えば、スペインで創業し、スペイン国内に複数のオフィスを持つAlienVault(エイリアンボルト)だ。同社は米国の通信大手AT&Tに9億ドル(約987億円)で買収された。または、IPO(新規株式公開)の例もある。今月初め、スペイン発の決済サービス企業Flywire(フライワイヤー)がIPOを申請した。IPO価格は30億ドル(約3289億円)になると予想されている。1つのスタートアップが成功すると、そのスタートアップに関わったチームメンバー全員の評判が上がり、ひいては、彼らと同じ国の出身で、同じ背景、教育、目標を持つ他の創業者や人材の評判も上がる。

その結果として、投資家や他のステークホルダーは、成功した創業者と出身国を同じくする別の創業者を支援したいという気持ちになる。その国の出身であることが、スタートアップのミッション、専門知識、文化に寄与していると考えるからだ。

同時に、成長中のスタートアップは、明白な成功実績を持つチームから人材を採用したいと感じる。これは、米国でより多くの外国人専門家を採用することだけでなく、米国以外の国へアウトソースする道を探ることも意味している。我々はすでに、リモートチームと働くことに非常に慣れており、チームの半分が眠っている時間帯にもう半分が働くというように時差を利用した方が資金を効率よく使える。しかし、創業者たちは常に、地元の人材とイノベーションがすでに活発に生まれている国に引きつけられる。VC企業はそのような話をポートフォリオ企業と始めるとよいだろう。

VC企業には、業界を永久に変え、大陸を超えてスタートアップエコシステムをつなげて、スタートアップが世界中に拡大していくのをサポートする力がある。しかし、その力を発揮するには、投資家として関わり続けるだけでなく、スタートアップがエグジットを達成した後に迎える次のステージがポジティブなものになるよう尽力する必要がある。

スタートアップの未来が本質的にグローバルで多様なものになることを認識していない投資家は、絶好のチャンスにめぐり合えないし、最良の創業者から選ばれることもないだろう。遅れを取り戻すことよりも、グローバルで多様なエコシステムを構築することに力を尽くすべきだ。

編集部注:Laura González-Estéfani(ローラ・ゴンザレス-エステファニ)氏は、TheVentureCityの創設者兼CEO。TheVentureCityは、グローバルな起業家のエコシステムをより多様に、国際的にそして公正な資本にアクセスできるように設計された、事業者主導の国際的なベンチャーアクセラレーションモデル。

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カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:コラムVCエグジット

画像クレジット:Klaus Vedfelt / Getty Images

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(文:Laura González-Estéfani、翻訳:Dragonfly)

【コラム】政治的なことと個人的な時間、仕事では両方のためのスペースを確保する

私たちの会社には、月次の社内ブッククラブがある。それは夕方に行われるもので、チーム全員が参加しているので(そう、私たちはブッククラブにはまっている)、4月20日の夕方、1人のチームメンバーがブッククラブ開始の数分前に、自身が不在となるであろうことを私たち全員に知らせたのは理に適っていた。

彼はミネソタに住んでおり、Derek Chauvin(デレク・ショービン)被告の裁判の評決が間もなく下されるところで、雰囲気は緊迫していた。彼は集中することができず、チームの他のメンバーに不参加の意思をSlackで伝えた。いくつかのサムズアップ絵文字が返され、ブッククラブが開始された。

数日後、経営陣との話し合いの席で何人かの幹部が、自身のチームメンバーがブッククラブの状況を話題にしたことに言及した。それについて何かが感じられた。キャンセルすべきだったのだろうか?どのような理由があっても個人的な時間を自由に取ることができることを、みんなに再認識してもらえただろうか?誰も的確な答えを持ち合わせていなかったが、より思慮深いアプローチを熟考し、実現する機会のように感じられた。それは私たちのチームが急速に成長し、リモート環境に置かれているという状況において、特に重要な意味を有するものだ。

この1年、私たちは、仕事をする中で非常に重要な出来事が起こっているときに、それが私たちの集団的な良心に入り込み、仕事と生活の間の境界が薄くて穴だらけであると認識させられる瞬間を何度となく経験した。企業は、こうした出来事についてチームとどのように話し合うか、あるいは話し合うべきかどうかという課題に直面している。

インクルーシブな企業を発展させるためには、世界で起きていることのためのスペースが必要であるとほとんどの企業は考えている。一方で「政治的なこと」という曖昧な言葉とは切り離して企業は存在すべきだという相反する意見もある。

私は陸軍に何年も所属していたので「黙って仕事をしろ」という考え方には慣れている。例えば政治的な問題に関して、辛口の兵士たちは次のようにいうだろう。「陸軍が意見を求めているならそうしているはずだ」(意見したいことは多くあったが)。

しかし、それは私が考える会社づくりの様相とは異なっている。私たちの「仕事の自分」は、世界で起きていることと切っても切れない関係にあると私は信じている。波立つ水面をどう進むべきか正確にはわからないが、前述した最近の経験は、私のチームがいくつかの教訓を具体化するのに役立つものとなった。

「政治的なこと」がチームに影響を与えるときのためのスペースを確保する

数カ月前、私は仕事の準備をしながら「The Daily」を聞いていた。エピソードは、兵役中に性的嫌がらせを受けていた陸軍兵士Vanessa Guillen(ヴァネッサ・ギレン)氏の殺害に関するものだった。陸軍がどのようにしてヴァネッサを失望させたかについての彼女の母親の話を聞いて、胸が張り裂けそうになった。私は泣いた。制服を着ていた私自身の経験がよみがえり、その朝はじっくり考えて書き物をする時間が必要だった。私は自分のスケジュールの中でいくつかのことを変更し、準備ができるまで仕事を始めることはなかった。

個人的な時間を必要とする許容可能な理由について指示を出すことは、企業の役割ではないと思う。そうではなく、賢明で意欲的な人材を採用し、その適切な意思決定を支援するフレームワークを与えることが重要だ。

私はその朝、時間が必要だった。個人的な時間を必要とする理由として何が受け入れられ、何が受け入れられないかを決定するのは、企業が果たすべき役目ではないと私は考えている。そうではなく、賢明で意欲的な人材を採用し、その適切な意思決定を支援するフレームワークを与えることが重要だ。

当社のワーキングフレームワーク(私たちにとって企業文化の構築は進行中の仕事であるため「ワーキング」と表現している)は、Netflixから拝借しているところが大きい。すなわち、自由と責任から成るデュアルコンセプトを採用している。Ethenaの従業員は、理由を問わず自由に休暇を取ることができ、上司に正当な理由を述べる必要はない。彼らには自分の仕事をきちんとこなす責任もある。例えば、ミーティングに参加できない場合は、カバレッジを確保する必要がある。

同僚からの意見に耳を傾ける

創業者の神話というのは強力なものだが、CTOのAnne Solmssen(アン・ソルムセン)氏と私はそれを支持していない。次の2つのことに真価があると考えている。賢明で、原動力を備え、機知機略に富む創業者であること、そして、チームと協働して向上していくこと。当社では、会社をより良くして欲しいという想いを託すことのできる、見いだせる限り最も賢明な人材の採用に努めている。

私たちは直属の部下との間でフィードバックミーティングを毎週実施しており、フィードバックは常に二者間で行われる。つまり、マネージャーは直属の部下からフィードバックを得る。フィードバック・フライデーは、問題が最初に表面化する場となっている。こうしたフィードバックのための圧力解放バルブの存在はとても喜ばしいことだ。リモートチームにおいては特にそうだと思う。こうした場がなければ、上手くいっていないときにすべてが順調だと考えてしまうような、狭い視野に陥ってしまう。またフィードバックを私たちの文化の中に早期に取り入れたことは、後になってからそれを固定するのは非常に難しいことから、幸いに感じている。

従業員のフィードバックに耳を傾ける上で重要でありながら無視されがちなことに、意思決定の方法に関する公正さがある。例えば、共同創業者と私は、意見の相違や批判を聞きたいと思っている。しかし、熱心に耳を傾けることは、直接民主主義とは異を呈する。私はCEOとして意思決定を行うとともに、従業員たちができる限り多くの情報を得て、包括的であることに重きを置いている。

早い段階で人材運用に投資する

社内ブッククラブへの参加について積極的なアプローチが取られなかった理由として、当社にはまだ人材運用のリーダーが存在しないことが挙げられる。従業員約20名ほどのチームで、急速に成長しているところだ。私たちが人材運用担当者の採用を優先してきたのは、それが必須の機能であり、早期に投資しなければ、問題が見過ごされたままになりかねないからである。

確かに、共同創業者は企業文化に個人的に投資すべきだが、人材運用は技能であり、専門知識を必要とする。経験豊富な人材運用のリーダーは、複雑な問題に対処するプラクティスを豊富に有している。

誰もが自分自身を仕事に駆り立て、時間が必要なときには仕事から離れることもできる、機能性の高いチームを作りたいと私は考えている。この先途中で間違ってしまうこともあると思うが、どこでつまづくかを知る最善の方法は、賢明で有能なチームに教えてもらい、彼らのいうことに耳を傾け、企業文化を構築することに意識的になることである。

編集部注:本稿の著者Roxanne Petraeus(ロクサーヌ・ペトレイアス)氏は、現代のチームのためのコンプライアンス研修プラットフォームであるEthenaのCEO兼共同設立者。元陸軍の戦闘経験者でもある。

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カテゴリー:その他
タグ:コラム

画像クレジット:Klaus Vedfelt / Getty Images

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(文:Roxanne Petraeus、翻訳:Dragonfly)

【コラム】プライド月間の6月を終えて、テック業界のステレオタイプな男性的文化との戦い

「ゲーム」と呼んでいるものを始めたのは4歳のときだった。学校でコスプレの時間があり、衣装箱に駆け寄った私の肩を先生が掴んだ。先生は私の顔を見てこう言った。「これは女の子の衣装。男の子の衣装はあっちだよ」。

私は何が悪いのかわからず困惑した。ただ「ああ、世の中にはルールがあるんだな」と思ったのを覚えている。その瞬間から、私は多くの人が参加しているゲームのルールに従うようになった。学校や職場、社会全体で何が許容され、どのように振る舞うべきかを規律する、不文律のゲームだ。

私はこのゲームに従い、自分の「ゲイらしさ」を抑えてきた。20代でカミングアウトした後でさえも。仕事を始めたばかりの時は特にそうだった。初めて参加する会議やビジネスの取引があるたびに、どの部分が「OK」で、どの部分が人を遠ざけるのか、線引きはどこなのかを常に先読みしていた。

そういう意味では、私が拠り所とするテック業界に蔓延しているステレオタイプの男性的な「ブログラマー」文化は、私にとって大きな驚きではない。誰もが自分の核となるアイデンティティを隠そうとして、集団の型に合うように必死でエッジを削っていれば、少数派の声がかき消されるのは必然だ。この図式から得られる結果はこうだ……大きな変革を起こす者が集うはずの、イノベーションの艦隊であるはずのシリコンバレーは委縮していく。

プライド月間と先日行われた祭典は、ブログラマー覇権主義に対する解毒剤になる。虹を象徴とするプライドは、自由であり、真実であり、何にも縛られないすべての者の豊穣の角(豊かさの象徴)である。プライド月間が終わりに近づいた今、私の最大の希望は、プライド月間だけが持つ偏見のないエネルギーで、さらに意義のある変化を引き起こすことである。

まず自分のチームのために行動する

私はプライドとそれにともなう意義深い行動を心から愛しているが、一部のブランドが形だけの行動をしていることは否めない。企業がマーケティングのためにレインボーフラッグを利用し、必ずしも自分たちの身近なところで具体的な変化を起こさないという「パフォーマティブ・アクティビズム(流行に合わせて表面だけのアクティビズムを行うこと)」が増加している。口先ではプライドを支持しながら、裏では反トランスジェンダー法案を推進する政治家を支援する企業も増えている。

もしあなたが職場の多様性に真剣に取り組むリーダーであれば、まず自分のチームを支援できるように内部に目を向けよう。従業員が、性別、人種、性的指向、さらには服や音楽の趣味といった付随的な属性に関係なく、十分に満足していられる文化を作るにはどうすればいいだろうか。

2019年に行われたイェール大学公衆衛生大学院の調査によると、レズビアン、ゲイ、バイセクシャルを自認している人のうち、推定83%が日々の生活で自分の性的指向をすべての他人、またはほとんどの他人に秘密にしているという。

この抑圧は職場ではさらにひどくなる。テック業界では特に顕著で、無数の差別的行動が日常茶飯事となっている。職場向けの匿名チャットアプリ「Blind」の調査によると、LGBTQの技術系社員の約40%が、職場で同性愛者差別やハラスメントを目撃したことがあると回答している。

多様性に関する年次報告書によると、大手テック企業では、他の業界に比べて女性や過小評価グループ(ある集団において、全世界における人口比よりも小さな割合しかもたないグループ)の雇用が非常に少ないこともわかっている。#SiliconValleySoWhiteというハッシュタグで共有されている何千何万もの個人的な体験談にもあるように、この業界では日常的に、文化的に少数派のグループに属する人を「ダイバーシティ採用」と称して、給与や昇進などあらゆる面で差別を行っている。さらに、Bloomberg Technologyのキャスターであり、著書「Brotopia」でシリコンバレーの男性優位主義の文化を暴いたEmily Chang(エミリー・チャン)は、この業界は女性を疎外するように仕組まれていると話す。

これらの問題は簡単に解決できるものではないが、私は「自分らしさ」がその解決に重要な役割を果たすと信じている。私の「ゲーム」を終了するときが来たのだ。人からの評価を気にせず、自分の好きなように仕事ができることを知ったとき、私はその自由をとても甘美なものに感じた。何年にもわたって、自分でもよく理解せずに、絶え間ないループの中で疲弊しながら自分を偽ってきた後、私はCEOになり、私は自分がなりたいと思っていた人物になることができた。カリフォルニアのテック業界に精通し、出世すればするほど、私は私であることに自信を持てるようになった。

しかし、自分の会社を所有しなければ、自分自身を完全に表現することはできないと思う必要はない。調査によると、自分を表現しないことによる代償は、個人の自由だけでは済まないことがわかっている。近年では多様性に関する意味のある対話が行われるようになったとはいえ、私たちが働く世界は圧倒的に画一的(一面的)だ。自分の本来の姿を明らかにすることができない、あるいはしようとしない人々であふれている。

他者の理解と「弱さの共有」の力

技術系のリーダーである私たちが、本腰を入れて自分らしさの表現の問題を掘り下げることができなければ、私たちの業界に蔓延している「ブログラマー」文化を排除することは不可能だ。

「ブログラマー」文化が蔓延した環境では、誰もが恐怖、疲労、不安を抱くだけではなく、収益にも影響が生じる。幸福感を持つ従業員は生産性が高く、多様性のある経営陣を擁する企業では、収益性、創造性、問題解決能力が高いという事実は、研究で明らかになっている。仕事中に本来の自分でいられるという自由は、成功と達成感につながる。

それでは、技術系のCEOや経営陣は、どうすればこれを実現できるだろうか?私は、二面的なアプローチが必要だと考える。まず、自分らしさの表現に向けた取り組みを、ポリシーとして制定する。リーダーはチームに、従業員が自分らしさを最大限に発揮して仕事を行えるようにするという責任を持たせる。つまり、従業員全員に、組織内のすべての声を聞くという責任を与えるのだ。

GumGum(ガムガム)では、STRIDE(Seeking Talent Representation Inclusion Diversity & Equity:包括性、多様性、平等性を持つ自己表現の追求)評議会を設置している。評議会のメンバーは、社内のすべての部門、拠点、職責から構成されていて、日々の業務の一環(有給)として、社内の多様性と包括性を向上させるための具体的な提案を行っている。

職場における自分らしさの表現を可能にするには、無意識の偏見に関するトレーニングも不可欠だ。私がキラキラしたショートパンツとクロップトップを着て街を歩いていたら、周りの人は好意的かどうかにかかわらず、私の選んだ服装に何らかの反応を示すだろう。このような潜在的な判断を意識することは、偏見を抑制するための第一歩であり、職場での意思決定に偏見がどのように影響するのかを理解することにつながる。

第二に、ビジネスの真正性を追求するのはCEOや上級管理職の役割であり、彼らが模範となる能力を持つことだ。今日のキャンセルカルチャー(ボイコットの形式の1つ。ある人物を仲間や仕事上の仲間から追放すること)によって、リーダーたちは、自分たちの行動を律し、プロとしてミスのないようにすることに過敏になっているように思われる。

もちろん、時と場所に応じたプロフェッショナリズムは必要だが、私は常に、CEOとして可能な限りオープンであることを心がけている。自分の個性のあらゆる要素、他人にジャッジされ、好ましくないと思われるような要素にも光を当てるのだ。私がかつてアイデンティティを隠そうとして苦慮していたが故の決断である。かつて私が抱えていた、ゲイであることの恐怖は、今では本当の自分を見せるための起爆剤となっている。私は、私の周りの人にも同じことをしてもらいたいと考えている。

ある種の人たちだけが活躍できるテック企業のブロカルチャーを醸成したいと思う人はいないだろう。しかし、それを口にするだけでは十分ではない。まずは、人と違っていてもいい、どのような違いがあってもいい、ということを表すことから始める必要がある。例えば私は派手なファッションが好きなので、Zoomのミーティングに空色の帽子をかぶって出席することを躊躇わない。これがCEOとしての私の表現方法だ。

このような姿を見せることに恐怖心があるなら、恐怖をオープンにすることも重要だと思う。私たちはCEOとして、自分の弱さ、アイデンティティへの苦悩、隠しておきたい自分の秘密の部分を共有すべきだ。失敗を認めることも同様だ。CEOもただの人間であり、自分らしさの表現を目指すのであれば、その人間性も晒すべきだ。

「自分の弱さを批判されることなく話を聞いてもらえる」という土壌を作ることも必要だ。面接や新しいプロジェクトに取り組む際、私が社員に尋ねるお気に入りの質問に「何に対して恐怖を感じているか?」という質問がある。

恐怖心は誰にでもある。この質問に対する答えで、その人の傷つきやすい部分に触れることができる。その人は、失敗したり、間違った決断をしたり、何かの拍子に問題を引き起こしたりすることを恐れているかもしれない。そのような感情に触れることは、自分らしさを完全に表現することを認める良い方法である。

テック企業の転換点

プライド月間は、受容と存在の自由をめぐる幅広いストーリーの一部である。この価値観を十分に実践せずに、周りがやっているからといってレインボーフラッグを掲げる企業は、偽善的であるだけでなく、自らを損なっている。プライドは収益の機会ではないし、たとえそうであったとしても、中身のないメッセージを発信するだけのブランドはチャンスを逃がしている。

体よく飾られたLGBTQ+プライドの下には、プライド運動が支持する価値観を緊急に必要としているたくさんの職場環境がある。その価値観を日々の仕事で実現していくことは、並大抵のことではない。しかし、職場での「あるべき姿」から脱却できるようにすることは、(遅きに失した)変化のための重要な出発点となる。

私は、本当の自分を隠すことは恥ずべきことだと考え、他の人がそのような経験をしないように努力している。私は今、若い頃には考えられなかったほど自分らしく仕事をしていて、その小さな行動が、同僚たちにも影響を与えている。際限ない駆け引きを止め、本当の仕事を始めることができるとすれば、それはビジネスにおける自分らしさの在り方をともに探究し始めたときだけだ。

編集部注:本稿の著者Phil Schraeder(フィル・シュレーダー)氏はコンテクストインテリジェンスに特化したグローバルテクノロジー&メディア企業であるGumGumのCEO。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
タグ:コラム差別セクシャリティLGBTQ+シリコンバレー

画像クレジット:Anna Efetova / Getty Images

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(文:Phil Schraeder、翻訳:Dragonfly)

【コラム】アフリカ諸国政府にブロックチェーンサービスを売って学んだこと

編集部注:本稿の著者Mohammed Ibrahim Jega(モハメド・イブラハム・ジェガ)氏は、Domineum Blockchain Solutionsの共同ファウンダー。連続テック起業家、スタートアップアドバイザー、フィンテック専門家でブロッチェーン推進者。

ーーー

アフリカ大陸の大きな魅力の1つは12億という人口であり、そこに獲得可能な巨大市場があることを意味している。しかし、ターゲット顧客が54カ国の政府だと何が起きるのか?

我々のケースがそれだ。Domineum Blockchain Solutions(ドミニエム・ブロックチェーン・ソリューションズ)を設立したのは、アフリカ諸国政府が貨物の出荷と記録管理に関わる問題を解決するのを手助けするためだった。

大変な仕事になることはわかっていたが、最初の顧客を獲得するのが最難関になるとは予想していなかった。

当社の最初のプロダクトは、貨物の出荷元と移動経路を追跡し、あらゆる国との輸出入製品の内容を特定する貨物サービスだった。我々は、貨物が非公式な裏経路を通ることによる収入減少問題を解決するためにこれを開発した。

サハラ以南アフリカに焦点を合わせていた我々は、2019年に4つの国に打診した。母国ナイジェリアとケニア、ガンビア、ギニア共和国の各国だ。

最初に話を持ちかけた時、どの政府からも期待した反応を得られなかった。我々のソリューションを試す準備が整っていなかった。提案は新奇であり、彼らがブロックチェーン技術に馴染みがなかったためだ。動揺した我々は、ターゲットに小国を加えた、シエラレオネだ。

首都フリータウンの港湾は、シエラレオネの貿易の主たる玄関口として貿易量の80%がここを通過している。同港には貿易中継地としての長い歴史があり、ヨーロッパとアメリカ大陸の中間という戦略的に重要な位置の恩恵を受けてきた。

しかし、フリータウンはアフリカはもちろん、サハラ以南アフリカの中でも主要な港湾都市とはいえない。この港を通過するのは、全世界の輸送取扱量の1%にも満たない。世界人口のおよそ0.1%が住むアフリカの小国はダイヤモンド、カカオ、コーヒーなどを輸出し、食糧、機械、化学薬品などを輸入している。

ある時この国は、一連の製品の輸出入に関して大きな課題に直面した。シエラレオネのあるサプライチェーンマネージャーが状況を説明した。「私たちは輸出手続きで大きな課題に直面しました。港で長期に渡る遅延が起きていたのです。深夜前に到着した私たちのトラックは、何時間、時には何日間も順番を待たせられました。書類手続きが非常に複雑でした」。

世界銀行によると、シエラレオネの「貿易問題はいくつかの要因に起因する。貿易情報の欠如、高レベルな現物検査、さまざまな手数料、ライセンス、許可証、証明書。手作業による手続き。当局部署間の連携の欠如など」。Domineumはこれを解決することを目指した。

シエラレオネ政府との最初の話し合いは順調に進んだ。幸運なことに、シエラレオネは国境を越える物品の移動に必要な時間とコストを減らすために、世界銀行グループの支援を受けて5年計画(2018~2023年)を展開していた。目標は、貿易コストの10%削減だ。3カ月に渡る検討の結果、当社の貨物追跡システムが導入された。

当社は2019年の終わりにこの提携事業を開始し、さもなければ失われていた200万ドル(約2億2000万円)の収益を獲得することに成功した。ビジネスモデルはシンプルだ。当社の貨物追跡システムによってシエラレオネ政府が獲得した追加収益の40%を手数料として我々が受け取る。

アフリカに参入する際、ナイジェリアや南アフリカ、ケニアなどの大きくて人気のある市場に焦点を当てたがるのが一般的だ。しかし、これまでに我々が学んだのは、この国々は会社にとって最初の参入国ではない可能性が高いということだ。ビジネス-政府モデルは一筋縄ではいかない。政府と仕事をするためには実にさまざまな政治活動が必要だ。

これまでうまくいっているのが、まずいくつかの国に接触して足がかりを得て、それをコンセプトが通用する検証として使うやり方だ。シエラレオネでの成功を受け、我々は他の国々に戻って、よりよい反応を得られることを期待している。

シエラレオネの成功は、我々が提供していたサービスを考え直すきっかけになった。当初の話し合いは貨物追跡サービスから始まったが、やがて我々は、始めにノーと言った国に別のサービスを提案すべきなのではないかと考えた。

アフリカでは土地登記が共通の問題であることがわかった。アフリカの農村部の90%以上が未登記であり、土地収奪の温床になっている。このことが農業その他の産業の成長を阻んでいる。紛争時に土地が他者に略奪されたり、政府に強制収用されるからだ。

我々は再び各国を訪れ、ブロックチェーンを用いた土地所有登記などのサービスを提案した。ナイジェリア政府から肯定的反応があり、パイロットプログラムを実施することになった。このパイロットフェーズが終わった暁には次のビジネス契約を獲得できることを楽観している。

アフリカ諸国政府とのビジネスはどんな感じだったか?小さくて獲得可能な市場である。もしあなたが、アフリカの国の政府に製品やサービスを売り込むつもりなら、最初の顧客は小さな国にいることを念頭に置くのがよいだろう。

その他のチャンスをつかむために、我々はこの発想に基づいて今後も他のアフリカ諸国への拡大計画を続けていくつもりだ。

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カテゴリー:ブロックチェーン
タグ:アフリカシエラレオネコラムナイジェリア南アフリカケニア

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(文:Mohammed Ibrahim Jega、翻訳:Nob Takahashi / facebook

コラム】消費者の同意を取り付けるためだけのプライバシー通知をやめませんか?

編集部注:本稿の著者Leif-Nissen Lundbæk(レイフ-ニッセン・ルンドベック)氏は、Xaynの共同設立者兼CEO。専門はプライバシー保護を目的としたAIだ。

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「プライバシー」は誰もが気にする言葉であり、大手テック企業でさえもこの問題に取り組んでいる。最近では、Apple(アップル)がiOS バージョン14.5の要(かなめ)として「App Tracking Transparency(アプリのトラッキングの透明性)」というユーザーのプライバシー保護機能を導入した。2021年の初めには、同社CEOのTim Cook(ティム・クック)氏が、プライバシーについて気候危機と同等に言及し、21世紀の最重要課題の1つとしている。

Appleの対応は、正しい方向への強い働きかけであり、強力なメッセージとなっているが、これで十分なのだろうか?表面上は、消費者はアプリによる追跡方法について通知を受け、希望すれば追跡を制限したりオフにしたりすることを選択できる、ということになる。ソ連の風刺作家イリフ=ペトロフの言葉を借りれば「溺れる者を救う方法は、溺れる者自身が知っている」(風刺小説『12の椅子』の「溺れる者は、自分が救え」をもじったセリフ)とでもなるだろうか、歴史的に見ても、あまり良い結果を生む仕組みとはいえない。

今日、ネット上の消費者は、大量に表示されるプライバシーポリシー、Cookieのポップアップ、ウェブやアプリのさまざまなトラッキング許可に、まさしく溺れている。新しい規制はプライバシーの開示に関する同意の収集義務を増やすだけで、これには多くの企業が喜んで応じている。そして企業は情報管理の負担を消費者に押し付けている。消費者側は、大量の情報に1つ1つ目を通すことは合理的、経済的、主観的な観点から割に合わないので、これを盲目的に受け入れるしかない。責任を背負わされた消費者を救う選択肢はただ1つ……プライバシー通知を廃止することだ。

通知は見過ごされている

調査によれば、ネット上の消費者は往々にして「よくある」通知に悩まされている。ネットユーザーの大多数は、ウェブサイトに「プライバシー通知」または「プライバシーポリシー」という文書があれば、その企業は自分の個人情報を収集、分析、または第三者と共有しないはずだと期待している。同時に、大多数の消費者は、トラッキングやプライバシーを無視した広告のターゲットにされることに深刻な懸念を抱いている。

オンラインビジネスやプラットフォームの多くは、消費者に理解してもらうためではなく、消費者の同意を取り付けるために、プライバシーに関する通知やその他のデータの開示を行っている。

プライバシーの二重苦のようなものだ。消費者はプラットフォームを利用するために、プライバシーに関する通知を受け入れる必要がある。同意すると、トラッキングやプライバシーを無視した広告を許可することになる。同意する前にプライバシーポリシーを事細かに読めば、貴重な時間を無駄にすることになり、面倒で苛立たしい。Facebookのプライバシーポリシーが、ドイツの哲学者イマヌエル・カントの「純粋理性批判」のように難読なものだとしたら、それは問題だ。結局のところ、プライバシーに関する通知を拒否するという選択肢は形式的なものに過ぎず、プライバシーポリシーに同意しなければ、プラットフォームにアクセスできない。

このようなプライバシー通知にはどのような意味があるのか?企業にとっては、データ処理を正当化するという意味がある。一般的に、今のようなプライバシー通知は弁護士が弁護士のために作成した文書であり、実際のユーザーの利益は完全に無視されている。このような文言は誰も読まないとわかっているので、意図的に難解な文章にしたり、あらゆる種類のくだらない文章、あるいはおもしろおかしく本音を書き込んだりしている企業もある。

通知の中でユーザーの不滅の魂と永遠の命の権利を主張した企業もあった。一方、消費者にとっては、プライバシー通知への同意を押し付けられるのは面倒なもので、データの安全性について誤った認識を抱かせることにもつながる。

万が一、プライバシーに関する通知があまりにも不愉快なもので、消費者が別のプラットフォームに移動することがあっても、本当の解決策にはならないことが多い。ネット上ではデータの収益化が主流のビジネスモデルとなっていて、個人情報は最終的に同じ大手テック企業に流れる。たとえ消費者が直接的には彼らのプラットフォームを利用していなくても、代替のプラットフォームの多くは、プラグイン、ボタン、Cookieなどで大手テック企業とつながっているのだ。抵抗しても無駄なのだろうか。

旧態依然の規制の枠組み

もし企業が、誰も読まないような不透明なプライバシー通知を意図的に作成しているとして、立法者や規制当局が介入したら、消費者のデータプライバシーを改善することができるだろうか?うまくいったケースは歴史的にも見当たらない。デジタル化が進む前の時代でも、法律家は契約前に多くの情報を開示する義務があり、消費者はアパートを借りたり、車を買ったり、銀行口座を開いたり、住宅ローンを組んだりする際に、大量の書類に記入する必要があった。

特にデジタルの分野では、法律は後手に回り、技術の発展に大きく後れをとっている。EUでは、Google設立から20年、Facebook設立から10年を経て、包括的な法律である「EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation、GDPR)」を制定したが、いまだに横行するデータ収集行為を抑制できていない。これは、より大きな問題の一部にすぎない。今日の政治家や議員はインターネットを理解していないのだ。インターネットの仕組みを知らないのに、どうやって規制するというのか。

米国やヨーロッパの議員の多くは、ハイテク企業がどのように運営され、ユーザーデータでどのように収益を上げているのかを理解していない、あるいは(さまざまな理由で)理解していないふりをしている。議員たちは、自分たちで問題に取り組むのではなく、企業に「明確で理解しやすい」言葉でユーザーに直接通知するよう要求している。これは自由放任主義という名の無責任だ。

このような姿勢のせいで、私たちは、オンラインデータのプライバシー、プロファイリング、デジタル個人情報の盗難といった21世紀の課題に、古代ローマの法論理である「同意」を用いて戦うことを強いられている。ローマ法を非難するわけではないが、マルクス・アウレリウスにはiTunesのプライバシーポリシーを完全に読む必要はなかった。

オンラインビジネスや主要なプラットフォームでのプライバシーに関する通知やその他のデータの開示は、消費者にわかりやすく説明するのではなく、同意を得ることを目的としている。そうすることで、データフローを維持し、プライバシーに関する形ばかりの姿勢を示す機会があったときには、すばらしいアピールができる。とはいえ、消費者はこのでっち上げに気づきつつある。そろそろ変化が必要だ。

企業に真っ当な姿勢を求める声

ここまで、消費者がすべての「法律用語」を理解することは困難であり、理解したとしてもどうしようもないことを説明してきた。また、立法者にはテクノロジーを適切に規制するための知識やモチベーションが足りていないことも指摘した。ネットユーザーの多くが不満と苛立ちを表している今、デジタル企業は自らが行動を起こすべきだ。データプライバシーが21世紀の最大の課題の1つであるならば、一致団結した行動が必要だ。世界中の国々が二酸化炭素の排出量を減らすことを約束したように、企業も団結して消費者のプライバシーを守ることを約束しなければならない。

そこで、大小すべてのテック企業にお願いしたい。プライバシー通知の因習を捨てて欲しい。潜在的な法的請求から自社を守り、ユーザーの個人情報を収集し続けることを目的として、ほとんどの消費者が理解できない文章を書かないで欲しい。消費者に向けた、誰もが理解できるプライバシー通知を書いて欲しい。

文章だけでなく、行動も大切だ。個人データの収集や処理に依存しない製品を開発しよう。個人データの収集や処理に頼らない製品を開発し、インターネットのオープンソースやプロトコルのルーツに立ち返り、大手テック企業や広告主ではなく、自社のコミュニティに価値を提供しよう。これは可能であり、収益性があり、やりがいもある責務である。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
タグ:コラムプライバシー通知透明性

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(文:Leif-Nissen Lundbæk、翻訳:Dragonfly)

【コラム】核融合に投資すべき理由

編集部注:本稿の著者Albert Wenger(アルバート・ウェンガー)氏はUnion Square Venturesのマネージング・パートナー。

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デジタルテクノロジーは過去に類を見ない広がりと規模で市場構造を破壊してきた。今、また1つイノベーションの波が訪れている、それは世界経済の脱炭素化だ。

各国政府は未だに気候変動危機と正面から戦うために必要な信念に欠けているが、全体的方向性ははっきりしている。欧州における炭素の価格は、1トンあたり10ドル(約1100円)以下から50ドル(約5500円)以上へと高騰している。Shell(シェル石油)はオランダ裁判所で厳しい審判を下された。2021年初めにテキサス州で起きた大規模停電は、既存のエネルギー供給が高度工業国においてさえ脆弱であることを露見させた。脱炭素化を現実にするためには、信頼できるクリーンな発電技術の開発、配備への投資が緊急の課題である。

先見の明のある投資家はこれを理解している。Bloomberg(ブルームバーグ)によると、2020年に低炭素テクノロジーへの国際投資は5000億ドル(約55兆350億円)に達した。再生可能エネルギーがそのうち3000億ドル(約33兆210億円)を占め、運輸の電化(1400億ドル、約15兆4110億円)と暖房(500億ドル、約5兆5040億円)が続いている。

しかし、まだゴールにはほど遠い。International Energy Agency(国際エネルギー機関)によると、2021年の全世界CO2排出量は、2020年水準を15億トン上回る見込みだ。そして全世界エネルギー消費の80%は 未だに石炭、石油、ガスからなっている。

我々が飛躍的革新の可能性を持つ新技術を支援し続けなくてはならない理由はそこにある。中でも期待されているのが核融合だ。核融合は恒星を光らせる原動力となるプロセスであり、人類にとって最もクリーンなエネルギー源になる可能性を有している。我々はすでに、核融合エネルギーを間接的に利用している、ソーラーエネルギーとして。核融合炉ができれば、天候に左右されない「常時稼働」バージョンを手に入れることができる。

しかし、まだその方法もわからない核融合になぜ投資するのか。第1に、これは二者択一の提案ではない。再生可能エネルギー設備を築くのと同時に新たなエネルギー生産方法に投資することができる。なぜなら後者は、少なくとも開発の初期段階では、比較的少額の費用しか必要としないからだ。米国政府の最新計画では、今後10年間に自動車輸送の電化に1740億ドル(約19億1530億円)を投入する予定なので、核融合発電所の建設に20億円投資することは実行可能と思われる。

第2に、我々は今これまで以上の電気が必要になりつつある。無炭素エネルギー源の国際需要は2050年までに3倍になると予測されている。都市化の増加、産業プロセスの電化、生物多様性の損失、新興市場におけるエネルギー消費の増加などによる。

第3に、必要な支援技術の飛躍的な発展がある。核融合の磁場封じ込め方式に使用される超電導磁石は価格が大きく低下し、慣性封じ込め核融合のためのレーザーははるかに強力になり、材料科学の躍進によってナノ構造ターゲットが利用できるようになることで、低エネルギー中性子燃料 PB11などのまったく新しい核融合のアプローチが可能になる。

幸い、多数の世界レベルのチームが起業家精神を発揮して核融合の開発、製造に取り組んでいる。現在世界で少なくとも25のスタートアップが核融合を目標に掲げ、広範囲のテクノロジーを駆使して問題にアプローチしている。Crunchbaseによると、2020年に全世界で民間核融合企業に投資された金額は約10億ドル(約1100億円)に上る。

成功した核融合の利点は無限に近い。クリーンエネルギー生成市場には1兆ドル(約110兆円)規模の可能性がある。Materials Research Societyは、増加する世界エネルギー需要を満たすために2030年から2050年までに26 TV(テラワット=10億キロワット)の一次エネルギー容量が必要になると推計している。1 TWの発電能力があれば3000億ドルの収益を生み、2030~2050年の市場シェアの15%は年間収益1兆ドルに相当する。

ここでは枠を捉えるシュートがたくさん必要であり、Susan Danziger(スーザン・ダンジガー)氏と私がすでに3社の核融合スタートアップに個人投資しているのはそのためだ(米国のZap EnergyとAvalanche、およびドイツのMarvel Fusion)

しかし私たちを動機付けている主な理由は経済的利点の可能性ではない。人類の歴史の軌跡に消えることのない違いを残すチャンスがあるからだ。過去数十年間に起業家や投資家が蓄積してきた巨大な富のごくわずかな部分をここる投資することで、核融合が成功する可能性は飛躍的に高まる。それは、ベンチャー資金と政府からさらに多くの出資を得られることにつながる。

今こそ、一致団結して脱炭素化に向かう時だ。そして核融合の画期的可能性への投資はその取り組みの一部になるべきだ。

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カテゴリー:EnviroTech
タグ:コラム脱炭素気候変動核融合

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(文:Albert Wenger、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】テックコミュニティにおけるメンタルヘルスの偏見をなくすために

編集部注:本稿の著者Nigel Morris(ナイジェル・モリス)氏はQED Investorsの共同ファウンダーでマネージングパートナー。

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アントレプレナーシップ(起業家精神)への道のりは決して容易ではない。そのプロセスは、ストレスが多く、とてつもない規模の精力的行動、リスクテイク、そして不確実性の中で前進していくことが求められる。犠牲は計り知れないものがあり、時には精神面における健康を代償にすることもある。

創業者たちは、リソースが不足していて、過度にコミットしている状況に陥ることも多い。夢を追い求めることは心躍る魅力的な体験である一方、従業員、投資家、顧客に対する責任の重さに圧倒されることもあるだろう。

この問題をさらに複雑にしているのは、多くの創業者たちが「失敗者」と見なされたり、仕事をする能力がないと思われたりすることを恐れて、最も近しい人たちに自分がどのように感じているかを明らかにしたがらないことだ。会社経営にともなう要求事項や重圧のために、創業者が依存症や薬物乱用に苦しんでしまうことを少しの間想像してみて欲しい。そして、投資家にそうした状況を明らかにしなければならないことにより、その心配と不安が一層増してしまうことを考えてみよう。

精神科医で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部の教授を務め、CEO職の経験を持つMichael Freeman(マイケル・フリーマン)氏は、起業家の間の、心の健康状態に関する罹患率と特性について調査を行った。

創業者は、人口統計的に適合した比較対象と比べて、うつ病にかかる可能性が2倍、ADHD(注意欠陥多動性障害)を患う可能性が6倍、薬物乱用に陥る可能性が3倍、自殺念慮に至る可能性が2倍高くなっている。

創業者は、人口統計的に適合した比較対象と比べて、うつ病にかかる可能性が2倍、ADHD(注意欠陥多動性障害)を患う可能性が6倍、薬物乱用に陥る可能性が3倍、自殺念慮に至る可能性が2倍高くなっているとフリーマン氏は結論づけている。起業家はメンタルヘルスの問題を抱えている可能性が50%高くなっており、創業者の間で驚くほど蔓延している特定の状況があることが、同氏の調査で明らかになった。

この統計には目を見張るものがあるが、実際に目に見えるインパクトは、真に衝撃的なものになる可能性がある。

私は、腕や肩に痛みがあるときには、仕事に出向いてそのことについて弱音を漏らすこともある。しかし、昨晩眠れなかったり、外出を不安に感じたり、あるいは睡眠薬を飲みすぎたり、ワインを飲みすぎたりした場合には、その話題に触れることはないだろう。

かかりつけの医者に肩を治療してもらうつもりだと伝えることはあっても、セラピストに相談するつもりであることは口にしないと思う。

QED Investorsでは、この沈黙がもたらした悲惨な結果を目の当たりにしている。私たちは2018年、パートナーのGreg Mazanec(グレッグ・マザネック)氏を失った。薬物乱用との長い闘いの末のことだった。それ以来、私たちはグレッグの家族と協力して、VCやスタートアップの世界にいる人々が同じ運命をたどるのを防ぐために、どのように自分たちの役割を果たせるかを検討してきた。

個人的な友人としても、また同僚としても、グレッグについて十分に語り尽くすことはできない。彼は、自らを通してすばらしい人間を定義づけているような人物だった。直交性のある思想家で、粘り強く、聡明で、斬新さを兼ね備えていた。私たちは彼をあまりにも早く失った。今もなお、私たちは彼の存在を傍らに置いている。

その当時の当社のチーム構成は15人だったことから、お互いがどれだけ親密であったかを想像していただけると思う。私は、機会があればいつでも彼の話をしようと、自分自身、そして彼の家族に誓った。だから、LPやポートフォリオ企業の前に出るたびに、この問題を表に出して、この腐食性を帯びたスティグマと正面から向き合うことにしている。

心の健康に関する議論を影の外に持ち出すことで、結果の軌道を大きく変えることができる。ベンチャーキャピタルの世界には、新型コロナウイルスのパンデミックが人々の不安や心配を増幅させる前から、このような困難を経験している人がたくさん存在する。人々は孤立感、抑うつ、不安、無力感を募らせており、オピオイドやその他の形式の依存症、または薬物の乱用に向かってしまった人もいる。

友人、仲間、同僚からの支援は、心の病を克服する上で極めて重要だ。企業がオフィス勤務を再開、あるいは自宅とオフィスのハイブリッド勤務を導入し始める中、経営陣は、自社の文化に再び焦点を当て、依存症に対する偏見を取り除き、メンタルヘルスを優先事項にする真の機会を手中にしている。それは、この問題に重点を置くためのまたとない好機である。

マザネック家は、グレッグのような創業者や起業家のコミュニティにとって最も大切なエコシステムにおける、薬物乱用や依存症の問題に取り組む目的で、Operation Lighthouseを設立した。このすばらしいイニシアティブを強力に支援することは、当社QEDにとって極めて自然な決断だった。

2021年の初めに、QEDはポートフォリオ企業3社とともに、Just Fiveと呼ばれるプログラムを試験的に導入した。Just Fiveは、全国的なメンタルヘルス非営利団体であるShatterproofによって作成されたもので、依存症に関する重要な概念と事実について、1レッスンにつき5分程度で伝えている。

そして、QEDの米国拠点のポートフォリオ企業50社すべての1万6千人を超える従業員に、同じ自己学習型の匿名制教育プログラムを無料で提供するに至り、大変喜ばしく思っている。

このプログラムは、メンタルヘルス教育を提供し、情報に基づく議論を促進することで、最終的にスティグマを低減することを目的としている。

2021年中にこのプログラムの対象を、海外のポートフォリオ企業や、創業者を支援したいと考えているその他のVCにも拡大していく意向である。スペイン語版はすでに計画段階に入っている。

レッスンは6つあり、それぞれにテーマが設定されている。最初の2つのレッスンでは、依存症の科学について触れ、初めて使用した年齢や、遺伝学、環境などの特定の要因によって、なぜ一部の人が依存症になり、他の人はそうならないのかについて説明する。

中間のレッスンでは、オピオイドの有害性、および薬物乱用の徴候、症状、治療の選択肢について説明し、最後の方のトピックでは、人々がどのように手助けできるかについて触れていく。私たちがこれまでに受け取った圧倒的にポジティブなフィードバックの大部分は、最後の2つのレッスンに集中している。私たちは、逸話的にすでに把握していたことから、大切なことを学び取った。人々は助けを求めているが、最も助けを必要としている人々は、助けを求める方法を常に知っているわけではないということを。

私はここ数年、メンタルヘルスについてあらゆる機会をとらえて議論してきた。心の健康に対する偏見を取り除くことで、人々はそれに対処できると心から確信している。これは解決可能な問題である。肩の痛みと同じように、治すことができるのだ。人々が最初の一歩を踏み出し、それについてオープンに話すことができる文化を作ることにおいて、より良い仕事をしなければならないと、私たちは強く感じている。

変化を起こすことはできるし、そうしなければならない。あなたの発する声を、私の声につなげて欲しい。

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カテゴリー:その他
タグ:コラムメンタルヘルス健康アメリカ

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(文:Nigel Morris、翻訳:Dragonfly)

【コラム】パンデミックによる米国の労働力不足はAIニーズを呼び起こす大きなチャンスとなるのか?

編集部注:著者のChetan Dube(チェタン・ドゥベ)氏は、Amelia(アメリア)の創業者でCEOである。ニューヨーク大学の元助教授で、自動制御、コグニティブ・コンピューティング、デジタル・ワークフォースの将来的な影響に関する専門家でもある。

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パンデミックが引き起こした米国の文化や社会への地殻変動は、まだまだ終わりそうにない。その中でも特に目立つのは、米国の労働市場が完全に混乱してしまっていることだ。

何百万人もの人びとが失業しているのに、小売業やカスタマーサービス、航空会社などの企業が十分な労働力を確保できていない。Uber(ウーバー)の料金が高騰したり、飛行機がキャンセルされて延々と待たされたりする背景にあるこの不可解なパラドックスは、単に私たちにとって不便というだけではなく、パンデミック後の米国の労働側からの明確なメッセージでもあるのだ。多くの人が、現在の仕事では給料が低く、過小評価され、存在感が希薄になっていて、キャリアを変えたり、ある種の仕事からは完全に足を洗ったりしたいと考えている。

なお、低賃金労働者だけではなく、ホワイトカラーの退職者も過去最高となっていることにも注目する価値がある。パンデミックの際に実施された失業手当の延長が、一部の労働者の様子見を促している可能性もあるが、従業員たちの燃え尽きや仕事への不満も主な原因となっている。

私たちの目の前には賃金問題と従業員の満足度の問題が横たわっていて、議会はこれからの長い夏の間に解決策を見つけなければならない。しかし、その間に企業は何をすればいいのだろうか?

今、企業が必要としているのは、新型コロナウイルスによる救済措置や失業手当が期限切れとなる9月までの一時しのぎの解決策か、もしくはエンジンをただ動かし続けるだけでなく船を前進させるような、より長期的で頑丈な解決策だ。AIの採用は、その両方の鍵となり得る。

「私たちはAIの目覚めの瀬戸際に立ち会っている」と宣言したところで、おそらく2021年目にしたものの中で最も衝撃的な言葉ではないだろう。しかし、ほんの数年前までは、自動化やAIの進歩により、遠い想像からごく個人的な現実へと変化し始めたことが、膨大な数の人々を怯えさせていたのだ。人びとは、ロボットやバーチャルエージェントの登場で、命の綱である仕事を失うのではないかと、本気で心配していた(今でも一部の人は心配している)。

しかし、この「AIが仕事を奪う」というストーリーは、現在私たちが置かれている文化的・経済的な状況に適用されるのだろうか?

誰もその仕事が好きじゃないのに、AIが仕事を奪っていると言えるのだろうか?

この「人手不足」に明るい面があるとすれば、それは現実の世界にある「組み分け帽子」(ハリーポッターに出てくるクラス分けを行う帽子)の役割を果たしているということだ。雇用の問題からお金を取り除いてみると、人々がどのような仕事を好ましいと思っているのか、さらには、何を好ましくないと思っているのかが明らかになってくる。具体的には、製造業、小売業、サービス業が最も厳しい労働力不足の打撃を受けていて、こうした仕事に関連するタスク(反復的な業務、報われない接客業務、肉体労働)が、ますます多くの潜在的な労働力を遠ざけていることが明らかになっているのだ。

製造業におけるAIの導入は、パンデミックの間にサプライチェーンの変動に対応するために加速したが、今や「試験的な苦行」から広い導入へと移行しなければならない。この業界におけるAIの最適なユースケースは、品質検査、一般的なサプライチェーン管理、リスク / 在庫管理など、サプライチェーンの最適化に役立つものたちだ。

最も重要なことは、AIが機器の故障や破損の可能性を予測し、コストを削減し、ダウンタイムをほぼゼロにできることだ。業界のリーダーたちは、AIは事業継続に有用であるだけでなく、既存の従業員を置き換えるのではなく、彼らの仕事や効率性を増強することができると考えている。AIは、リアルタイムのガイダンスやトレーニングを提供して従業員を支援したり、安全上の危険を警告したり、組み立てラインの潜在的な欠陥を検出するなどの作業を引き受けることで反復的でスキルの低い作業から人間の従業員を解放することができる。

製造業において、現在のような人手不足は今に始まったことではない。米国この業界は、長い間認識の問題に直面してきた。主に若い労働者が製造業を「低技術」で「低賃金」だと考えているからだ。AIは、既存の仕事をより魅力的なものにして、収益の向上に直結させると同時に、テーマに沿った人材や専門知識を集める企業に新たな役割を生み出す。

小売業やサービス業では、過酷な接客業務と低賃金が原因となって、多くの従業員が離職している。それでも頑張っている人は、仕事に不満があっても現在受けている福利厚生のために手をこまねいているのだ。自然言語処理と機械学習を活用して人間のように人と対話できる会話型AIが、従業員を多くの単調な顧客体験のやりとりから解放することで、従業員たちはより頭を使い人間的な入力をもとに、販売やサービスブランドを高めることに焦点を当てた役割を担うことができるようになる。

多くの小売業やサービス業の企業が、パンデミックの際に、オンラインでの大量処理に対応するためスクリプト付きのチャットボットを採用した。だがそうしたチャットボットは固定されたディシジョンツリーで動作しているので、文脈を無視した質問をすると顧客サービスプロセス全体が破綻してしまう。高度な会話型AI技術は、人間の脳をモデルにしている。さらに、AIは運用を通して学習することで、より熟練した技術を身につけ、小売店やサービス業の従業員たちを煩雑な作業から解放し、顧客満足度と収益を向上させるようなソリューションを提供する。

職場におけるAIに対する躊躇と誤解が、長い間普及の障壁となってきた。しかし、人手不足に悩む企業は、AIが従業員の生活をより良くより楽にすることができる場所を検討すべきであり、それは収益成長のためにはメリットにしかならない。そしてそれが、おそらくAIが必要とする大きなチャンスなのだ。

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カテゴリー:人工知能・AI
タグ:コラム労働アメリカ

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(文:Chetan Dube、翻訳:sako)