三国時代の遺跡と今日の製造業で知られる中国の都市「合肥」。この街で、無骨な美学とダークなストーリー展開にファンも多い欧米のロールプレイングゲームを制作する小さなスタジオを発見したMaxim Rate(マキシム・レイト)氏は胸を躍らせた。
「デザインとCGが実にすばらしく、中国で作られたものとは感じさせません」と同氏は話す。
合肥のこの例のような、創業間もない中国のスタジオを見つけ出し、彼らが国際的なプレイヤーを獲得できるよう支援することがレイト氏の使命である。中国の規制当局がゲームパブリッシングに関する規則を強化しライセンスの取得を困難にしているため、小規模なスタジオの多くが苦戦を強いられている。2020年以降、Apple(アップル)は中国当局の要請により中国のApp Storeから何千もの非正規のゲームを引き上げている。このような状況下、若手開発者たちは自国以外の地域に目を向けるようになったのだ。
関連記事
・中国がゲーム認可を再開、業界に今年最後の大きな朗報
・Appleが中国で4年放置されていたApp Storeの抜け穴をやっと封鎖
・7月第1週に2500本超のiOS用ゲームが中国App Storeから削除される
「問題は、こういったスタートアップに海外展開の経験がないということです」とレイト氏。
自身も熱心なゲーマーである同氏は、2020年中国のクロスボーダー決済会社を辞めた後、中国のゲームを海外に展開するためインキュベーターと投資を兼ねた会社を立ち上げた。Westward Gaming Ventures(ウェストワード・ゲーミング・ベンチャーズ)と名づけられたこの会社は、明の時代に国の支援を受けて「西海」への航海に乗り出した中国の武将であり探検家でもあった鄭和を着想源としている。
TechCrunchのインタビューに応じた同社は、デビューファンドとして2億元(約33億円)の資金調達を計画していると話している。1スタジオあたり200万〜400万元(約3300万〜6600万円)を目安に今後3年間で資金を投入する予定で、現在幅広いジャンルの20~30チームと交渉中だという。
今回設立されるファンドは「Qualified Foreign Limited Partners(QFLP)」と呼ばれており、同氏によるとこれにより初めて外国人投資家が米ドルおよびユーロで中国のゲーム会社に直接投資できるようになる。QFLPのライセンスを保有している機関は限られており、Westwardはライセンスを保有していないものの、中国の大手金融コングロマリットのプライベートエクイティ部門と提携することで外国人による直接投資の正当性を獲得している。同金融コングロマリットは現時点では企業名を公表していない。
このような複雑な規制を乗り越えるため、Westwardは近年中国と海外のゲーム会社によって設立された最大規模の合弁事業で法的および財務的プロセスを監督したアドバイザーなどからの協力を得ている。企業名は明かされていないが、このパートナーシップも外国企業が中国のゲーム合弁事業の過半数の株主となった初めてのケースである。
中国では付加価値サービスなどの機密性の高い分野への外国投資が制限されているため、多くの企業は複雑な海外法人を設立して海外からの資金調達を行っている。こういった制限により、資金に乏しいスタジオがグローバル市場への進出を支援してくれる外国人投資家を獲得することが難しくなってしまい、結果としてTencent(テンセント)やByteDance(バイトダンス)のような中国の大手企業に買収されるか支援を受けるかという2択を迫られることになる。
中国ゲームの台頭
中国の独立系ゲーム会社が海外資本を獲得するためのハードルを下げるということだけがWestwardの目的ではない。海外展開に向けて入念に準備を整えるというのも同社の仕事である。
「中国のゲームスタジオは規模の大小にかかわらず、海外に進出する際にはユーザー獲得の術として広告に大きく依存していました。ゲームが軌道に乗ることもありましたが、その理由が分からずただテストを続けていました。失敗したスタジオはそのまま諦めてしまうこともあります」とレイト氏は話す。
ゲームの海外展開とは、翻訳して公開ボタンを押し、Facebookで広告キャンペーンを展開するだけでできるような単純なことではない。
そのゲームがRPGなのか、ターゲットとなるユーザーはカジュアルそれとも本格的なプレイヤーなのか、グラフィックはどうするのかなどゲームの開発初期段階に関わり、ゲームのポジショニングをサポートするというのがWestwardの計画だ。また開発者に対しては、ワークスペースの提供、技術支援、マーケティングやローカライズのノウハウの提供、パブリッシャーとの連携、海外での運営支援なども行う予定である。
画像クレジット:Westward Gaming Ventures
投資後のサポートを提供するため、Westwardは同社自身も本拠地としている深セン市にあるゲームのインキュベーター、V+ Gaming Society(V+ゲーミング・ソサエティ)と提携した。
地政学的な緊張が高まるにつれ、中国のテック企業は欧米においてますます多くの課題に直面している。自らを「グローバル企業」と呼ぶ企業も多く、中国のルーツを完全に否定することさえも少なくない。
しかしWestwardは、同社が制作を支援するゲームが非中国のゲームであるなどと言って装う必要はないと考えている。「本当に良いゲームなら、それがどこで制作されたかなんて事はほとんどのプレイヤーは気にしません」。
「むしろ、海外のプレイヤーにも理解できるような中国文化の要素がゲームに含まれていたら良いのではと考えています」。
レイト氏、Edward He(エドワード・ヒー)氏とともに同社のパートナーを務めるAmy Ho(エイミー・ホー)氏によると「中国的」であると同時に文化的な境界線を超えることができた数少ない中国のゲームの1つが「Chinese Parents」だという。このシミュレーションゲームはユーザーに中国での子育てを体験させるというもので、世界的なヒット作となっている。
レイト氏がベンチマークとしたのは、20〜30年前に輸出が開始された日本のゲームだという。「日本的」な精神が宿りながらもグラフィックやゲームデザインは「グローバル化」されたものだ。
Tencentの他にも、新進気鋭のスタジオであるLilith(リリス)やMihoyo(ミホヨ)など、すでに世界的に成功した中国メーカーからのタイトルは存在する。以前はSteam(スチーム)の中国ユーザーの多くが海外タイトルの中国語版を急ぐよう求めていたが、今では欧米のユーザーが中国ゲームの英語版を要求することも珍しくないとレイト氏は話している。
政治的な問題よりも、特に小規模なスタジオにとっては「現地の個人情報保護法を遵守しながら、製品の新バージョン制作に必要なキーデータをいかにして収集するか」が大きな課題だとホー氏はいう。
Westwardは資本の50~70%を中国の機関投資家が占めることになるだろうと想定している。中国からの投資があれば、嫌でもセンサーシップの問題が台頭する。ホー氏はWestwardがスタジオにリソースと資本を提供する一方で、スタジオが投資家の影響を受けないように独立性を確保することに努めると述べている。
うまく進めば、同社のサポートにより中国と世界の文化交流が促進されることになるかもしれない。北京は同国のソフトパワーを輸出しようと試みているが、ゲームがそのパイプとなってくれるのではとレイト氏は考えている。貿易戦争が続く中、中国企業に外国人が出資すれば、中国の「ブランド」にも良い影響を与えるかもしれないと、同氏は期待を膨らませている。
画像クレジット:Westward Gaming Ventures
[原文へ]
(文:Rita Liao、翻訳:Dragonfly)