2021年10月27日~31日の5日間にわたり、音声プラットフォーム「Voicy」は「Voicy FES ’21」を開催した。これは、総勢70人以上のパーソナリティによる50以上のセッションを「放送」する声の祭典だ。
なぜこのような大がかりなフェスを行うに至ったのか、またVoicyというサービスそのものや、それが生まれた背景について、Voicy代表取締役CEOである緒方憲太郎氏と参加パーソナリティの1人、国家資格キャリアコンサルタント / フリーアナウンサー 戸村倫子氏に話を聞いた。
織田信長のような魅力ある人のエッセンスを声で残したい
Voicyは「声のSNS」「声のブログ」ともいえる音声プラットフォームだ。配信者はVoicyアプリを使い10分未満の音声を録音して配信、リスナーはVoicyアプリまたはウェブブラウザを通じて番組を聴取できる。
利用時の基本料金は無料だが、お気に入りを含む任意のパーソナリティへねぎらいや感謝の気持を持って「差し入れ」を贈る機能や、特定のパーソナリティに毎月課金することで特別な放送の聴取権を得られる、いわゆる「推し」との強い絆を結べる「プレミアムリスナー」機能もある。
通常、「月額制」といえば、サービス全体に課金するものが多い。パーソナリティとリスナーが結びつくような仕組みは一風変わっている。
これが、単なる音声ブログではなく、音声SNSとも呼べる理由である。リスナー側から音声を発信することはできないが、コメントや「いいね」でリアクションできるうえ、プレミアムリスナーにはそれとわかるシンボルがコメントに付され、応援している、応援されている、という感覚をお互いに持つことができるからだ。
では、Voicyはどういった背景で誕生したのだろうか。
緒方氏は、Voicyという音声プラットフォームを「コンテンツではなく、人を届けるツール」と位置づけている。「魅力的な昔の人、例えば織田信長の声を聞けるのであれば、聞きたいですよね?未来のある地点から現在を振り返ってみて、魅力的だと思われる人の声を残し、聞くことのできる、人を届けられるサービスだと考えている」と説明した。
Voicyの収録アプリでは、音声を編集できない。そのことには2つのメリットがある。
1つは、「人そのもの」をリスナーに届けられること。「生活音が聞こえることで、その人の日常に想いを馳せられるし、その人の感情が生々しく伝わる」と緒方氏。「テキストや動画では、加工できるから加工された人物像しかユーザーには伝わらない。Voicyは、画像なしの動画ではなく、その人そのものをさらけ出し、人を届けられる」という。
もう1つは、配信者に負担を強いることがないというもの。
「魅力的な人、魅力的な情報を持っている人が、受信者が簡単に時間をかけず楽しめるよう、多くの時間をかけて配信用コンテンツを作っているのが、既存サービスの欠点だった。そのようなことでは、ただでさえ忙しい魅力あるリアルが充実している人が、配信サービスから離れてしまう。しかし、Voicyでは、10分のコンテンツを作るのに必要な時間は10分だけ。配信者に負担を強いることなく、またリスナー側も簡単にサービスを利用できるようになっている」と緒方氏はいう。
音声プラットフォームにこだわるのには、緒方氏の背景が関係している。というのも、緒方氏の父親はプロのアナウンサーとしてテレビ局やラジオ局で、いわゆる「声の仕事」をしていたからだ。
「父親も含め、アナウンサーたちが声だけで人々を魅了している場面を目にしてきたが、話す枠がなければ、その魅力を発揮できません。1人1枠、自分のチャンネルを持つことができれば、いつでも自分のリスナーに声を、自分の魅力を届けられるのにと考えました」。
また、公認会計士という緒方氏のキャリアも関係している。ベンチャー企業のブレインとして国内外問わず情報収集で回っているうちに、声を届けるプラットフォームがないと感じ「世の中にまだない新しいものを作りたい。ITの力で、声による人の魅力を届けるものを作りたい」とのことで、Voicyを2016年に創業したのだ。
ニューノーマル時代の聴取スタイルの変化
創業から4年ほど経過し、世の中を新型コロナウイルス感染症が襲った。人々は、外出を控えるようになり、自宅にこもることを余儀なくされた。このことは、Voicyのリスナーやサービスに影響を与えたのだろうか。
「通勤時間帯に聴取してくれているリスナーが多かったため、その部分で若干、利用率が下がったこともあった」と緒方氏。しかし「家の中で聞いてもいいんだ、という気づきがあってからは、家事など、何かをしながら聞いてくれるリスナーが増えたし、バラエティに富んだ放送が増えてきた」と振り返る。
また緒方氏は「生活しながらでいい、手を止めなくていい、ということで、むしろ聴ける時間が増え、わたしたち側ではパーソナリティの人となりをたくさん届けられるようになったと、好影響があったのではないかと感じている」という。
届けられる「人」を応援したい人たちが集まったVoicy FES ’21
そのような中、大規模なフェスが行われたわけだが、これにはどのような意図があったのだろうか。
緒方氏は、2つの理由を挙げた。
1つは、ある文化を作るには熱量が重要であると考えていること。もう1つは理解や認知を得たい、ということだ。
「声で人を届けるという文化を作り上げる中で、一極に熱量を集中させるタイミングが必要だと感じた。そこで、チケットを購入すれば、誰でも全プログラムを生で、またアーカイブで聴取できるフェスを開催することにした」と緒方氏。また「新しいものを作ると、理解されないことが多い。存在感を主張することで、理解や認知を深めたいと考えた」と説明する。
Voicyでは、2018年から2020年の間、「Voicyファンフェスタ」としてファンと配信者の交流イベントを行ったが、今回は参加パーソナリティ数、セッション数、期間などの規模をアップ。チケット購入で参加(聴取)できるようにした。
結果、参加者は6600人。これはリアルイベントでいえば東京国際フォーラムのAホールを埋め尽くすほどの人数だ。また公式Voicyフェスグッズなどの特典付きで、通常チケットより高額なスペシャルサポーターやサポーター枠もすぐに完売したという。
緒方氏は「それぞれ40人ずつの募集だったが、即完売。それほどパーソナリティたちを支えたい、応援したいというユーザーが多いんだなと実感できた」と想いを語った。
戸村氏は、Voicyの人気番組「ながら日経」の月曜日を担当するパーソナリティ。セッションへの登壇を直後に控えているタイミングだったが、Voicyのパーソナリティになったきっかけや、その影響、またフェスへの想いについて聞くことができた。
もともと、ラジオ局とテレビ局など3社で報道に関わる仕事をしていたという戸村氏。ライフスタイルの変化により、仕事との両立が難しくなり、いったん離れたが、ニュースを発信したいという想いを抱き続けていた。
そのようなときに、ながら日経パーソナリティの募集があることを知り、応募し、見事、オーディションを通過した、というわけだ。
「音声でニュースを届けられるため、高いクオリティを持ちつつ機動力もあるのが魅力」とVoicyというプラットフォームについて語る戸村氏。Voicyで配信するようになってから「子ども向けの話し方講座や学生向けキャリアセミナーなどで、聞いているよと声をかけてもらうことが増え、認知度の高まりを実感している」という。
フェスについては「普段は、音響のことを考え、ウォークインクローゼットの中で収録しているが、フェスでは他のパーソナリティに会える。同窓会のような、文化祭のようなこの雰囲気を楽しみたい」と語っていた。
作り手も楽しんでいるからこそ、リスナーも楽しめるし、応援したくなるのか、と話を聞きながら感じることができた。
音声市場はオワコンではない
2021年に入り、海外製音声サービスが上陸し、国内では熱狂的に迎えられた。それに追随するかたちで、Twitterなど古参のSNSサービスでも、音声でのやり取りに力を入れるようになった。
早い段階で海外製音声サービスが冷めてしまったことについて、緒方氏は「あれは、音声というよりオープンなミーティングサービス。リアルタイム性が求められるので、仕方ないところはあるだろう」と分析。そのうえで「音声業界は伸び続けているし、音声会話サービスを始めたTwitterなど他のサービスとは、音声SNS文化をともに作り上げていく仲間だと考えている」と思いを述べた。
事実、Voicyの年間UUは1100万人。実に、日本人口の10分の1近くに上る。また、配信登録者数は1000人を超えており、さらに毎月の応募者の中から3%ほどが審査を通過しているため、今後も増加が見込まれる。
「今は、トップスピーカーに牽引してもらいたいため、応募からの審査という流れになっているが、数年先には誰でも自分の番組を持てるようにしたい」と緒方氏。「音声での『人』のエッセンスをどんどん蓄積していけたら」と抱負を述べた。
最後に、Voicyの今後の展開について語ってもらった。
「今は、テキストにしろ、動画にしろ、情報を得るためにいったん立ち止まる必要がある。しかし、近い将来、耳さえ空いていればいつでも情報を取り入れられる、自分の好きな“人を聴ける”ようになる。
海外では、音声市場がかなり活性化してきているので、国内でも、耳から取り入れる「note」と言われるような立ち位置を目指していきたい」。
なお、Voicy FES’21を聞き逃した、あるいは興味が出てきた、という人は、今からでもチケット購入により、11月いっぱいはアーカイブを聴取できるとのこと。人そのものが声で届くという感覚を味わってみるのはどうだろうか。