消防隊がARヘッドセットで火災現場の作業状況を共有するQwake Technologiesのシステム

新技術の構築が難しい分野の中でも、消防は特に困難なものの1つだ。煙と熱はすぐに機器を損傷し、火災による障害はあらゆる種類の無線通信を妨害し、ソフトウェアを使用不可能にする。技術的観点からに見て、火災への対応方法を大きく変えたテクノロジーはほとんどない。

サンフランシスコ拠点のスタートアップQwake Technologies(クウェイク・テクノロジーズ)は、拡張現実(AR)ヘッドセットのC-THRUを使って消火活動をアップグレードしようとしている。消防士が着用するそのデバイスは、周囲をスキャンして得られた重要な環境データをクラウドにアップロードすることで、全消防隊員が現場の作業状況を共有できる。ゴールは、状況認識を改善して消防隊員の作業効率を高め、かつ負傷者や犠牲者を最小限にすることだ。

2015年に設立された同社は、今週約550万ドル(約6億円)の資金調達を終えたばかりだ。CEOのSam Cossman(サム・コスマン)氏は筆頭出資者の名前を明らかにせず、条件規定書の機密条項が理由だと述べた。同氏はその戦略的投資家が上場企業であり、Qwakeが初めての投資先であると説明した。

(通常私はこの種の詳細情報が不明な資金調達案件は無視するのだが、最近DisasterTech(ディザスターテック / 災害テクノロジー)で頭がいっぱいの私としては書かないわけにいかない)

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Qwakeは最近大型の政府契約を勝ち取り、2021年後半に製品展開の拡大を目指している。2020年同社は国土安全保障省と140万ドル(約1億5000万円)の契約を締結し、4月にはRSA社とともに米国空軍と提携を結んだ。さらに同社は少額のエンジェル資金を調達した他、Verizon(ベライゾン)の5G First Responder Lab(初期対応者研究プロジェクト)に初期コホートとして参加している(情報開示:TechCrunchは「まだ」Verizonが所有している)。

Qwakeを、John Long(ジョン・ロング)氏、Omer Haciomroglu(オマー・ハショムログル)氏とともに創業したコスマン氏は「火」、その中でも火山に関心を持っている。同氏は長年、探検映像作家・イノベーターとして、カルデラを探索し、視聴者と人道的対応と科学のギャップを橋渡ししようとしてきた。

「これまで私は、地球化学と火山に焦点を当てて数多く活動してきました」と彼は言った。「多くのプロジェクトが火山噴火の予測に焦点を当てたもので、センサーネットワークや自然界のさまざまな現象に注目することで、火山の脅威にさらされている地域住民の安全を守ることに役立てています」。

ニカラグアのあるプロジェクトで、彼のチームは活火山の煙の中で突然道に迷った。そこでは「厚くて濃厚な超高熱火山ガスが私たちの正しい移動を妨げていました」とコスマン氏は言った。そんな状況の中での移動を支援するテクノロジーを作りたかった同氏は、自社製品を消防隊員に利用してもらう方法を考えた。そして「『この人たちは、厳しい環境の中で何が見えるか、どうやって早く決断を下すのかをわかっている』ということを知りました」。

彼は落胆したが、同時に新たなビジョンを手に入れた。そのテクノロジーを自分で作ることだ。そうやってQwakeは生まれた。「私は誰よりも、間違いなく消費者よりもこれを必要としている人たちが手に入れる手段をもたないことに怒りを覚えました。それはまったく可能なことなのにです」と彼は言った。「しかし、それはSFの中だけで語られていたことだったので、私はこれを現実にするために過去6年間を捧げてきました」。

この種のプロダクトを作るには、ハードウェアエンジニアリングから神経科学、消火、プロダクトデザインなどさまざまな能力が必要だ。「まずこのプロトイプを作っていじることから始めました。すると消防コミュニティから非常に興味深い反響があったのです」とコスマン氏は言った。

Qwakeは消防士がヘルメットに装着して周囲のデータを集めるIoT製品を提供している(画像クレジット:Qwake Technologies)

当時Qwakeは消防士を誰も知らなかったので、ファウンダーたちが顧客訪問を行ったところ、センサーとカメラは初期対応者が本当に必要なものではないことがわかった。代わりに、欲しかったのは現場作業の透明性だった。入力データを増やすだけでなく、すべてのノイズを集め、合成し、現場で今起きていることや次に何をするべきかの正確な情報を彼らに伝えるシステムだ。

最終的に、Qwakeは完全のソリューションを作り上げた。消防士のヘルメットに装着するIoTデバイスと、入ってくるセンサーデータを処理してチーム全員から同時にやって来る情報を同期するタブレットベースのアプリケーションからなるシステムだ。そしてクラウドがすべてを結びつける。

これまでにカリフォルニア州メンロパークとマサチューセッツ州ボストンの消防署がモデルケースになっている。新たな資金を得て、チームはプロトタイプの段階を進め、2021年中の一般公開に向けてスケール可能な製造の準備をして販売領域を広げるつもりだ。

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カテゴリー:EnviroTech
タグ:Qwake Technologies火災拡張現実気候テック資金調達

画像クレジット:Qwake Technologies

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(文:Danny Crichton、翻訳:Nob Takahashi / facebook

医療機関用災害対策システム「Smart:DR」を手がけるSmart119が災害時の病院初期対応アプリを公開

医療機関用災害対策システム「Smart:DR」を手がけるSmart119が災害時の病院初期対応アプリを公開

テクノロジーによる緊急医療の改善に取り組む千葉大学発の医療スタートアップSmart119(スマートイチイチキュウ)は、医療機関用災害対策システム「Smart:DR」(スマートディーアール)をスマートフォンやタブレットに対応させた「Smart:DRアプリ」を開発。7月15日、Android版iOS版を公開した。

Smart:DRは、災害やテロの発生時に「スタッフの安否確認」「集合要請」をスムーズに行い、医療機関や企業が被害を最小限に抑え、BCP(業務継続計画)策定による事業継続や復旧、傷病者の救命を支援するシステム。Smart119によると、同システムを導入した医療機関からの要望に応え、アプリ版を開発したという。

アプリ版では、受信したメッセージをより明瞭に把握できるほか、災害発生地点の表示や、健康状態の報告も従来より容易になっているそうだ。また、新型コロナウイルスのワクチン接種状況や副反応発生の有無などの情報収集も可能で、院内クラスター発生抑止や職員の健康管理に貢献するとしている。

主な特徴は次のとおり。

Smart:DRの特徴

  • スタッフへの緊急連絡、安否確認
  • 緊急時の集合状況をリアルタイムに把握でき、最適な人員配置を支援
  • 医学的見地に基づいた健康管理情報を自動集計
  • 返信は、ワンクリックで完了でき、ログイン不要
  • 掲示板機能を有し、平時においても活用できる

アプリ版を使うことで「医療従事者が通常時からSmart:DRを積極的に活用し、緊急時に、スムーズに危機管理体制へ参加」することが期待されるとSmart119は話している。

2018年5月設立のSmart119は、「安心できる未来医療を創造する」を目指し、現役救急医が設立した千葉大学医学部発のスタートアップ企業。Smart:DRをはじめ、音声認識とAIを活用した救急医療支援システム「Smart119」、緊急時医師集合要請システム「ACES」の開発・運用も行っている。また千葉県千葉市において、日本医療研究開発機構(AMED)の救急医療に関する研究開発事業を実施した。

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カテゴリー:ヘルステック
タグ:アプリ / モバイルアプリ(用語)医療(用語)自然災害 / 火災(用語)新型コロナウイルス(用語)Smart119(企業・サービス)千葉大学(組織)BCP / 事業継続計画(用語)ワクチン(用語)日本(国・地域)

米幹線道路交通安全局が火災リスクのあるシボレー・ボルトを屋外に駐車するようオーナーに警告

Chevrolet Bolts(シボレー・ボルト)のニュースが再び届いた。幹線道路交通安全局(NHTSA)は新たな消費者向け警告を発行した。同様の問題に関するリコールからまだ1年も経っていない。

NHTSAは、2017~2019年型Boltのオーナーに対し、火災の恐れがあるため家の外に駐車するよう推奨した。対象となっているのは、2020年11月に後部座席下のバッテリーパックに火災の可能性があるためにリコールされたのと同じ車種だ。そのリコールは2017~2019年型Chevrolet Bolt、5万932台に影響を与えた。

しかし今回の警告は、前回のリコールの一環で修正されたはずの車両で最近起きた2件の火災事故がきっかけだとGeneral Motors(GM、ゼネラル・モーターズ)がウェブサイトに書いている。

「慎重を期して、先のリコール対象だった2017~2019年型Chevrolet Bolt EVのオーナーのみなさまには、当社が調査している間、車両を充電後は直ちに屋外に駐車し、終夜にわたっての充電を行わないようお願いいたします」。

GMは、このバッテリー異常の修復方法を発見しており、対象のBoltディーラーで対応すると述べている。2019年型Boltのオーナーは去る4月29日から、2017年および2018年型Boltのオーナーは5月26日からこの改修を受けることが可能になっている。GMがこの異常を見つけるために使用している診断ソフトウェアは2022年型Boltおよびそれ以降のGM車両に標準搭載される、と同社は言っている。

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カテゴリー:モビリティ
タグ:Chevrolet電気自動車火災GMNHTSA

画像クレジット:GM

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(文:Aria Alamalhodaei、翻訳:Nob Takahashi / facebook

食べチョクが7月の大雨被害を受けた生産者のサポートを開始、特集コーナーを新規開設し販促を強化

食べチョクが7月の大雨被害を受けた生産者のサポートを開始、特集コーナーを新規開設し販促を強化

国内産直通販サイト「食べチョク」(Android版iOS版)を運営するビビッドガーデンは7月13日、2021年度(令和3年度)7月の大雨により被害受けた生産者の特集「7月の大雨被害を受けた生産者さんまとめ」を新規開設し、販促活動や強化サポート体制を強化すると発表した。また、被災し食べチョクへの登録を希望する生産者に対し、優先的に審査対応を行う。これにより最短1日で出品可能になるという。登録の有無に関わらず、被害などを受けた生産者に連絡を行うよう呼びかけている。

7月の大雨被害を受けた生産者さんまとめ
支援やサポートを希望する生産者向け問い合わせ先2021年豪雨被害を受けた生産者さんへのサポート

同社は、被害状況の把握を随時行っており、状況に応じてさらなる支援も実施する予定としている。

支援詳細

  • 特集ページの開設
  • SNSやプレスリリースによるリアルタイムな情報発信(#農家漁師からのSOS)
  • 予約商品などの出品サポート
  • その他、必要な支援の提供

また食べチョクは、「コロナ禍により百貨店や飲食店・イベントなどからの仕入れ減」「盗難や除草剤散布などの犯罪による被害」「気温上昇や日照不足などの気候変動による価格の乱高下」など、外部要因によって影響を受ける生産者状況を正しく把握・発信しサポートしていくために「生産者非常事態サポート室」を常設している。

【 #農家漁師からのSOS 】お困りの生産者さん特集

食べチョクが7月の大雨被害を受けた生産者のサポートを開始、特集コーナーを新規開設し販促を強化

食べチョクは、こだわり⽣産者から直接⾷材や花きを購⼊できる産直通販サイト。野菜・果物をはじめ米・⾁・⿂・飲料といった⾷材全般と、花き類を取り扱っており、出品数は2万5000点超となっている。好みに合う⽣産者を選んでくれる野菜定期便「⾷べチョクコンシェルジュ」や旬の果物が届く定期便「⾷べチョクフルーツセレクト」があり、定期的なお取り寄せなども行える。2021年7⽉にはユーザー数は約50万人、登録⽣産者数は4900軒を突破した。

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カテゴリー:フードテック
タグ:自然災害 / 火災(用語)食品 / 食料品 / 食材 / 食品加工(用語)食べチョクビビッドガーデン日本(国・地域)

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  1. ​防災テック領域スタートアップのSpecteeが鹿児島県薩摩川内市で発生した河川の氾濫・被害状況をAIで解析・可視化

​防災テック領域スタートアップのSpectee(スペクティ)は7月12日、鹿児島県薩摩川内市で2021年7月10日に発生した河川の氾濫による浸水状況について、AIでリアルタイムに解析し地図上にシミュレーションを行ったと発表した。

現在同社では、AIを用いて、SNSに投稿された画像や河川カメラ・道路カメラの映像から浸水深を自動的に割り出し、降水量・地形データなどと組み合わせて統合的に解析することで、氾濫発生から10分以内に浸水範囲と各地の浸水深を2D・3Dの地図上に表示する技術の開発を進めているという。被害状況をわかりやすく可視化することで、災害対応の迅速化に役立てていくことを目指しているそうだ。現在同技術を通じ得られる、各地点における詳細な緯度経度情報や浸水深(推定値)などのデータの提供を行っており、学術研究や企業の実証実験などで利用できるとしている。

7月10日に発生した鹿児島県薩摩川内市を流れる川内川・支流で発生した氾濫についても、開発中のAIによるリアルタイム浸水推定技術を用いて、SNSに投稿された画像を基に、浸水の推定範囲および深さを地図上にシミュレーションを実施した。ただし、掲載した図は同技術に基づいた推定値としており、現在同技術の開発と並行して精度検証を行っているという。

Specteeは、AI防災・危機管理ソリューション「Spectee Pro」を中心に、AIなど最先端技術を活用したビッグデータ解析を通して、災害関連情報や企業のリスク情報などをいち早く提供する他、デジタルツイン技術による被害のシミュレーションや予測などを実施。「危機を可視化する」をスローガンに、すべての人が安全で豊かな生活を送れる社会の創造を目指している。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
タグ:SNS / ソーシャル・ネットワーキング・サービス(用語)AI / 人工知能(用語)自然災害 / 火災(用語)Spectee(企業)天気・天候・天気予報(用語)デジタルツイン(用語)日本(国・地域)

NTTドコモが「空の産業革命」実現にらみドローン向け新料金プラン「LTE上空利用プラン」日本初提供、月額4万9800円

NTTドコモが日本初のドローン向け新料金プラン「LTE上空利用プラン」提供、月額4万9800円NTTドコモが日本初となるドローン向け新料金「LTE上空利用プラン」の提供を開始しました。

同プランは、月額4万9800円(税込)で上空におけるLTE通信を120GBまで利用可能。また、同プランの契約者がドローンを利用する際に、利用場所や日時・台数・高度などを事前に予約できる「LTE上空利用予約」もセットで提供します。

従来、上空のモバイルネットワーク利用は、地上で利用する電波への干渉を避けるため、電波法のもと限定的な利用となっていました。

しかし、官民が提唱した「空の産業革命」のもと、上空での送信電力制御や、上空で利用する周波数帯の限定などを条件に、2020年12月に上空におけるモバイルネットワーク利用を拡大する制度が整備されました。

今回、同プランを活用することで、目視外への長距離飛行やリアルタイムデータ伝送も可能となり、広範囲の農薬散布や生育監視、遠隔地への長距離物流、災害発生時における遠隔地のリアルタイム映像伝送など、幅広いシーンに活用できるといいます。

なお、携帯キャリアがドローン向けの専用プランの提供を開始するのは国内初。ドコモは7月16日・19日に開催する5Gソリューションの展示会「docomo 5G DX MEETUP for business」に同プランおよびサービス内容の詳細を出展します。

(Source:NTTドコモEngadget日本版より転載)

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カテゴリー:ドローン
タグ:NTTドコモ(企業)自然災害 / 火災(用語)通信 / 通信網(用語)ドローン(用語)農業 / アグリテック(用語)物流 / ロジスティクス / 運輸(用語)日本(国・地域)

【コラム】エネルギーエコシステムは不安定な未来に適応する「エネルギーインターネット」の実現に向かうべきだ

編集部注:本稿の著者Brian Ryan(ブライアン・ライアン)は、多国籍エネルギー企業National Gridのイノベーションおよび投資部門であるNational Grid Partnersのイノベーション担当バイスプレジデント。

ーーー

National Grid Partnersのイノベーション担当バイスプレジデントとして、私はNational Gridの現在の事業に有益なだけでなく、独立した事業になる可能性を秘めたイニシアティブの開発を担っている。だから私は、エネルギー産業の未来について確かな見解を持っている。

しかし、私は未来を映し出す水晶玉は持っていない。持つ人はいないだろう。イノベーションポートフォリオを適切に管理する職務において、私の仕事はすべてを挙げて1つに投じるというものではない。有限の資産を複数のバスケットに最適に配分し、最大の集合的アップサイドを実現するものだ。

別の言い方をすれば、世界や地域のトレンドは「次なる潮流(Next Big Thing)」が単一ではないことを明白に示している。それよりも、エネルギーサプライチェーン全体にわたるオープンイノベーションの推進と要素の統合が、未来に大きく関わっている。このようなオープンエネルギーエコシステムがあって初めて、エネルギー産業が直面する極めて不安定な(予測できないとさえいう人もいるかもしれない)市場状況に適応することができる。

このオープンでイノベーションを可能にするアプローチを「エネルギーインターネット」と捉え、それが今日のエネルギーセクターで最も重要なオポチュニティであると私は確信している。

インターネットアナロジー

エネルギーインターネットのコンセプトが有用だと思う理由はここにある。デジタルインターネット(ここで使用する用語にはその構成要素であるすべてのハードウェア、ソフトウェア、標準が含まれる)が登場する以前は、メインフレーム、PC、データベース、デスクトップアプリケーション、プライベートネットワークなど、複数のテクノロジーがサイロ化されていた。

しかし、デジタルインターネットの進化にともない、これらのサイロの壁は取り払われた。メインフレーム、コモディティハードウェア、クラウド内の仮想マシンなど、デジタルサービスのバックエンドにある任意のプラットフォームを利用できるようになった。

デジタルペイロードは、速度、セキュリティ、キャパシティ、コストの最適な組み合わせを選択して、世界中のあらゆる顧客、サプライヤー、パートナーと接続するネットワーク間で転送できる。ペイロードにはデータ、音声、動画があり、エンドポイントとしてデスクトップブラウザ、スマートフォン、IoTセンサ、セキュリティカメラ、小売店のキオスクなどが挙げられる。

この種々さまざまな物がうまく組み合わされた(mix-and-match)インターネットは、オープンなデジタルサプライチェーンを生み出し、オンラインイノベーションにおける画期的なブームを牽引した。起業家や投資家は、サプライチェーン全体のどこにいても特定のバリュープロポジションに集中することができ、サプライチェーン自体を継続的に見直す必要はない。

エネルギーセクターも同じ方向に向かうべきである。サーバープラットフォームのように、さまざまな世代のモダリティを扱えることが重要だ。データネットワークと同等にアクセス可能な送電網が必要であり、あらゆる消費エンドポイントに柔軟にエネルギーを供給できることが求められる。テクノロジー業界と同様に、こうしたエンドポイントでもイノベーションを促進する必要がある。

デジタルインターネットが、優れたアプリの構築や洗練されたスマートフォンの設計など市場に貢献するあらゆる場面でイノベーションに恩恵をもたらすように、エネルギーインターネットも、エネルギーサプライチェーン全体でより優れた機会を提供する。

5Dの未来

ではエネルギーインターネットとはどのようなものだろうか。まずデジタル化、分散化、脱炭素化という既存のモデルから始めて、さらに先を見据えた見解を示したいと思う。

デジタル化(Digitalization):イノベーションは需要、供給、効率、トレンド、イベントに関する情報に依存する。こうしたデータは正確性、完全性、適時性、共有性を備えていなければならない。IoE、オープンエネルギー、そしていわゆる「スマートグリッド」のようなデジタル化の取り組みは、エネルギー供給の物理、ロジスティクス、経済性を継続的に改善するために必要な洞察をイノベーターに提供する。

分散化(Decentralization):インターネットが世界を変えた理由の1つとして、集中管理された少数のデータセンターからコンピューティング力を取り出し、適切な場所に分散させたことが挙げられる。エネルギーインターネットも同じように機能するだろう。デジタル化は、オープンエネルギーサプライチェーンに資産を統合することで、分散化を促進する。しかし分散化は既存の資産の統合にとどまらず、必要な場所に新しい資産を広げることにもつながる。

脱炭素化(Decarbonization):脱炭素化はもちろんこの運用における核心だ。徹底したエネルギー活用を通じてあらゆる場所でエネルギー需要を満たす分散型インフラの上に構築される、よりグリーンなサプライチェーンを推進しなければならない。市場はそれを求めており、規制当局も要請している。したがって、エネルギーインターネットは単なる投資機会ではなく、実存的な必須事項である。

民主化(Democratization):インターネットに関連するイノベーションの多くは、テクノロジーを物理的に分散させることに加えて、テクノロジーを人口統計学的に民主化したという事実から生まれた。民主化とは、力(この場合は文字通り)を人々の手に委ねることである。エネルギー業界の課題に取り組む頭脳と手腕を大幅に拡充することは、イノベーションを加速し、市場のダイナミクスに対応する能力を高めるだろう。

多様性(Diversity):先に述べたように、未来を映す水晶玉を持つ人はいない。したがって、大規模なイノベーションに投資する際には、リスクを低減し、リターンを最適化するためだけでなく、可能性を高めるための戦略として多様化が必要となる。つまり、もしエネルギーインターネット(あるいは用語を選ぶならグリッド2.0)により、エネルギーサプライチェーンのすべての要素の協働が必要になると真に信じるのであれば、相互運用性と統合を促進するために、これらの要素にまたがるイノベーションイニシアティブを多様化しなければならない。

デジタルインターネットはまさにそのようにして構築された。標準化団体は重要な役割を果たしたが、標準化とその実装を主導したのはMicrosoftやCisco、さらにはトップVCたちであり、こうした業界プレイヤーがサプライチェーン全体の統合を推進することで、エコシステムの成功が実現した。

エネルギーインターネットでも同じアプローチを取る必要がある。そのための力と影響力を持つものは、個々の要素の改善とともに、エネルギーサプライチェーン全体にわたる統合の積極的な推進を支援すべきである。この目的を達成するために、National Gridは2020年、NextGrid Allianceという新しい業界団体を立ち上げた。この団体には、世界中の60を超える電力会社から上級幹部が参加している。

また、エネルギーエコシステムにおける思考の多様化も不可欠であると私たちは考えている。National Gridは、エネルギー産業に携わる女性とSTEMプログラムの学部に占める女性の割合が著しく低いことに警鐘を鳴らしてきた。その一方で、Deloitteの調査では、多様性に富むチームは革新性が20%高いことが示されている。NGPに在籍する私のチームの60%以上は女性であり、その視野の広さは、National Gridが全社的なイノベーションへの取り組みについて強力な洞察を得るのに大きく貢献している。

予測を超える多くの勝利

エネルギーインターネットのコンセプトは、抽象的な未来の理想というものではない。それがどのように市場を変えるのか、具体的な例を私たちはすでに目にしている。

グリーントランスナショナリズム:エネルギーインターネットは、デジタルインターネットと同じようにグローバルに展開しつつある。例えば英国は現在、ノルウェーとデンマークから風力発電による電力供給を受けている。国境を越えて分散化されたエネルギー供給を活用するこうした取り組みは、各国経済に大きな利益をもたらし、エネルギーのアービトラージに向けた新たな機会を創出するものだ。

EV充電モデル:電気を送り出すのはガソリンをくみ上げるようなものではないし、そうあるべきでもない。スマート計測および高速充電エンドポイント設計におけるイノベーションの適切な組み合わせにより、オフィスビルや住宅地などの自動車と利便性が同等の価値を持つ場所において、エネルギーインターネットが新たな機会を生み出すだろう。

災害緩和:テキサスで起きた最近の出来事は、エネルギーインターネットが存在しないことによる弊害を浮き彫りにした。責務を負う公益事業および政府機関は、インフラストラクチャのトラブルシューティングと地域社会の保護をより効果的に行うために、デジタル化と相互運用性を積極的に取り込む必要がある。

ここに挙げたものは、オープンでany-to-any型のエネルギーインターネットがイノベーションを促進し、競争を活性化し、大きな勝利を生み出すという、限りない進展のほんの一部にすぎない。その大きな勝利が何であるかを正確に予測することは誰にもできないが、確実に多く存在し、すべてに恩恵をもたらすだろう。

だからこそ、未来を映し出す水晶玉はなくても、私たちはデジタル化、分散化、脱炭素化、民主化、多様性にコミットすべきである。そうすることで、エネルギーインターネットを協働して構築し、公平で、経済的で、クリーンなエネルギーの未来を実現するのである。

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カテゴリー:EnviroTech
タグ:コラムエネルギー産業電力脱炭素自然災害電気自動車National Grid

画像クレジット:metamorworks / Getty Images

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(文:Brian Ryan、翻訳:Dragonfly)

災害地域で高速通信回線を確保するための移動基地局車「THOR」をベライゾンが発表

世界各地を襲う猛烈な暑さが、世界中で災害の数、規模、複雑さを加速させている。この数週間だけで、米国の太平洋岸北西部では、記録的な暑さのために数百人もの死者が出ており、今後もさらなる猛暑が予想されている。

熱波、山火事、ハリケーン、台風をはじめとするさまざまな気象災害は、エネルギー事業や通信事業などのインフラ事業者に大きな難題をもたらしている。これらの事業者は、人類がこれまでに経験したことのないような厳しい環境の中でも、顧客のために稼働率を可能な限り100%に近づけなければならない。

そのために、Verizon(ベライゾン、念の為に書き添えておくと、同社は今のところ、TechCrunchの最上位の親会社だ)は米国時間7月6日「Tactical Humanitarian Operations Response(戦術的人道主義活動対応)」のために作られた「THOR(トール)」と呼ばれる車両の最初のデモ機を発表した。Ford(フォード)の「F650」ピックアップトラックの車台をベースに設計されたTHORは、5G Ultra Wideband(超広帯域無線通信)や衛星アップリンクなどの無線技術を用いて、最前線の緊急対応要員や市民に、機動性と耐障害性に優れた通信回線を提供することを目的としている。

ベライゾンのTHORは、5Gや衛星アップリンクなどの無線技術を展開し、最前線のレスポンダーに通信回線を迅速に提供することができる(画像クレジット:Verizon)

ベライゾンは、国防総省のNavalX(ネーヴァルエックス)およびSoCal Tech Bridge(南カリフォルニア・テック・ブリッジ)と共同でプロトタイプを開発し、先週サンディエゴの北に位置するMarine Corps Air Station Miramar(海兵隊ミラマー空軍基地)で公開した。

THORは、無線通信に加えて、さまざまなドローン機能を展開できる可能性も備えている。例えば、捜索・救助活動のためにドローンを配備したり、時間とともに拡大する山火事の状況を把握して消防士を支援したりすることができるだろう。

数週間前にもご紹介したように、ベライゾン、AT&T、T-Mobile(Tモバイル)などの通信事業者は、モバイルワイヤレス機器の迅速な設置から、AT&TのLTE基地局として機能する飛行船「FirstNet One」のような斬新なソリューションまで、さまざまなレジリエンス(災害復旧力)施策への支出を増やしている。

政府、民間企業、保険会社、そして個人が、世界的に激化する自然災害に直面し、対応を求められる中「DisasterTech(災害テクノロジー)」は規模を問わず多くの投資家や企業から注目を集めている。

関連記事:テクノロジーと災害対応の未来3「接続性、地球が滅びてもインターネットは不滅」

カテゴリー:EnviroTech
タグ:気候変動自然災害5G通信網気候テックVerizon

画像クレジット:Verizon

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(文:Danny Crichton、翻訳:Hirokazu Kusakabe)a

AIリスク情報配信FASTALERTの「リアルタイムAPI」機能がアップデート、災害ビッグデータの網羅性が国内最大級に

災害ビッグデータの網羅性が国内最大級に、AIリスク情報配信「FASTALERT」の「リアルタイムAPI」機能が大幅アップデート

SNSに投稿された災害や事故などのリスク情報を収集し、AIで精査して配信するウェブサービス「FASTALERT」(ファストアラート)を提供するJX通信社は6月29日、外部サービスやアプリでの「FASTALERT」のリスク情報を共有可能にする「FASTALERT リアルタイムAPI」の大幅アップデートを発表した。

FASTALERT リアルタイムAPIは、自然災害速報、火災速報、ライフライン速報、通信障害・システム障害速報、新型コロナウイルス感染症・ワクチン関連統計情報をすでに提供済み。今回新たに、鉄道運行情報、バス運行情報、航空運行情報、フェリー・客船運行情報、高速道路情報、停電情報、新型コロナ感染場所(事例)情報が追加しており、人々の関心が高い旅客インフラの遅延や高速道路の混雑状況などが、このAPIをサービスやアプリに組み込むことで提供可能になる。

たとえば、Yahoo! Japan、LINENEWS、FNNプライムオンラインは、このAPIを使って「新型コロナ ワクチン接種リアルタイム統計データ」を提供している。

FASTALERTは、TwitterなどのSNS投稿のほか、企業や官公庁からの公式情報、JX通信社の一般向けニュース速報アプリ「NewsDigest」からリスク情報を収集し、独自のAI技術でデマなどのノイズを排除した上で発生場所を特定し、「できごと単位」で即時配信するサービス。日本のすべての民放キー局とNHK、そのほかのマスコミおよびインフラ企業、警察、消防、自治体などでも広く導入されている。2016年9月にベータ版をリリース、2017年4月に公式リリースした後、ニュース番組などでの「視聴者提供動画」の定着に寄与したという。2018年には日本新聞協会「技術開発奨励賞」を受賞するなど、数多くの賞を獲得し、現在はSNS緊急情報サービスのシェア1位の業界標準とされている。

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災害の最前線で働く人たちを肉体的、精神的そしてその後もサポートするために資金を提供するRisk & Return

悲しいことに、災害は成長中のビジネスだ。かつては遠い場所のことだと思っていた被災地が今やずっと身近なものになっている。山火事、ハリケーン、洪水、竜巻、そしてパンデミック。米国の多くの地域や世界中のあらゆる場所が今、実質的に安全な場所などどこにも存在しないという新たな現実に直面している。

大災害に見舞われた人々の死亡率は、その危機にどう対応するかによって大きく左右され、適切な情報、迅速な対応、強力な実行力が生死を分けることになる。しかし、第一線で働く人々は、必要なツールやトレーニングを受けられないことが多く、また政府のサプライチェーンを簡単には通過できないような新しいイノベーションにもアクセスできないことが多い。そしておそらく最も重要なこととして、災害が収束した後も彼らが心のケアを必要としているということを忘れてはいけない。

Risk & Return(リスク・アンド・リターン)は、ベンチャーファンドと慈善事業を組み合わせた比類のない組織で、最前線で働く人々の現場での活動だけでなく、肉体的にも精神的にも過酷な任務に立ち向かうそうした人々のその後を支援するために、次世代のテクノロジーを追求して資金を提供することをミッションとしている。

米国の救急隊員から退役軍人までさまざまな人が同じような課題を抱え、今日も解決策を必要としているが、こういったコミュニティ特有のニーズを知る由もない一般のベンチャー企業にとっては資金調達が困難である。

この組織を設立したのは、2020年15億ドル(約163億円)の2ファンドを発表したバイオテック分野のVCリーダーであるARCH Venture Partners(アーチ・ベンチャー・パートナーズ)の共同創設者兼マネージングディレクターとして名を馳せたRobert Nelsen(ロバート・ネルセン)氏だ。そこに、9/11 Commission(米国同時多発テロ事件に関する国家調査委員会)元共同議長であり、元ネブラスカ州知事兼上院議員でもあるBob Kerrey(ボブ・ケーリー)氏が理事長として、またNavy SEALs(ネイビーシールズ)出身でオバマ大統領の国家安全保障会議でアフガニスタン・パキスタン担当シニアディレクターを務めたJeff Eggers(ジェフ・エガース)氏がマネージングディレクターとして参加した。

ネルセン氏とケーリー氏が出会ったのは、ネルソン氏が事業のアイデアについて思いを巡らせていた頃だ。ケーリー氏はNavy SEALsの資金調達イベントでの当時の会話を振り返り「最前線で活躍する人々には多くの苦しみがともないます。ロバートが事業のアイデアを持っており、私もそれがとてもスマートな考えだと感じたため慈善活動に対して異なるアプローチを取ることを試みたのです」と話している。

同ベンチャーファンドの規模は2500万ドル(約27億円)で、そのうち約35%がすでに展開済みだ。このファンドでは第一線で働く人々のメンタルヘルスに大きく力を入れており、資金提供を受けた企業の75%がそのカテゴリーに属している。

同ファンドの最初の投資先は、心的外傷後ストレスを治療するための精密医療ツールを開発しているAlto Neuroscience(アルト・ニューロサイエンス)だ。また、行動管理に取り組むスタートアップのNeuroFlow(ニューロフロー)、幸福度評価の代替ツールであるQntfy、商業データと健康データを繋げて人間のパフォーマンスを最適化することを目的とした新規スピンアウト企業であるSpear Human Performance(スピア・ヒューマン・パフォーマンス)、義肢装具用のより優れた接続ソケットを設計しているXtremity(エクストリミティ)にも投資している。また、数週間前に筆者が紹介したPerimeter(ペリメーター)を含め、さらに6社のスタートアップにも投資している。

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典型的なベンチャーポートフォリオとはかけ離れたセレクションだが、これこそがRisk & Returnが注力している分野なのである。「この種のテクノロジーは第一線で働く人々にとって有益なだけでなく、地域社会にも利益をもたらすという二重の目的を持っているためすばらしいのです」とエガース氏はいう。

同社が投資しているスタートアップの多くが第一線で働く人々に焦点を当てていることは明らかだが、彼らが開発するテクノロジーはその市場だけにはとどまらない。「退役軍人はみな、一般市民であり、またこれらは軍事市場をターゲットにしたビジネスではありません」とケーリー氏は指摘する。この1年を振り返ると「このパンデミック禍で何からのPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症していない人間を見つけるのは難しい」という。政府への販売は非常に困難であり、また現場で働く人々が必要とする専門的なメンタルヘルスサービスの市場は期待しているほど商業的に成り立つものではないのかもしれない。

Risk & Returnの共同創設者ジェフ・エガース氏、ロバート・ネルセン氏、ボブ・ケーリー氏(画像クレジット:Risk & Return)

政府もこの分野への研究やイノベーションに取り組んではいるものの、ケーリー氏は民間企業がさらに関与することで大きなチャンスが開けると考えている。幻覚剤のような分野について政府が今日このカテゴリーに触れることはほとんどないが、民間部門は興味を持っているという事実を指摘し「PTSDの代替療法を探すということは公共部門にとっては困難でも、民間部門では可能です」と話している。ただし現時点ではRisk & Returnもこの分野への投資は行っていない。

このファンドの収益の半分はRisk & Returnの慈善事業部門に還元され、現場で働く人々を任務中も任務後も支援するという同じテーマに沿って慈善団体に助成金を提供している。同組織らは複雑な対応が求められる分野に多面的にアプローチすることで、潜在的なニーズと最適な資金源をマッチングさせることができるのではないかと期待を寄せている。

このように営利と非営利を組み合わせたハイブリッドなベンチャーモデルは、他の分野でも見られるようになっている。スウェーデンの財団兼ベンチャーファンドNorrsken(ノールスケン)は、メンタルヘルスや気候変動など、国連の持続可能な開発目標(SDG)に掲げられている分野に投資している。MIT Solve(MITソルブ)は、パンデミックやヘルスセキュリティなど、ハイブリッドなアプローチによるスタートアップイノベーションに取り組んでいるプログラムだ。災害が身近になってしまった今、パンデミックやヘルスセキュリティなどの非常に重要な分野のテクノロジーに対する資金提供が増えるということは、実にすばらしい動きなのではないだろうか。

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カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:自然災害Risk & Return

画像クレジット:Spencer Platt / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

商業赤外線衛星で政府機関より細かい地表温度データを収集・分析するHydrosat、地球の危機に関するデータ提供を目指す

地表温度データをモニタリングするだけで、その地表エリアに関する多くの情報を学ぶことができる。Hydrosatの共同創業者兼CEOであるPieter Fossel(ピーテル・フォッセル)氏は、TechCrunchにこう説明してくれた。「例えば、作物畑にストレスがかかっている場合、植物自体のストレスの徴候より前に、地面の温度が上昇しているはずです」。今回、新たに500万ドル(約5億5000万円)のシード資金を獲得したことで、同氏はHydrosat初の地表面温度アナリティクス製品を顧客に提供したいと考えている。

今回のシードラウンドは、Cultivation Capitalが新たに立ち上げたGeospatial Technologies Fundが主導し、Freeflow Ventures、Yield Lab、Expon Capital、Techstars、Industrious Ventures、Synovia Capital、そしてミシガン大学が参加した。

2017年末に設立されたこの地理空間データ分析スタートアップは、熱赤外センサーを搭載した衛星を使って地表温度データを収集する予定だ。地表温度は農業データ以外にも、山火事のリスクや水ストレス、干ばつなどの情報を提供できる。フォッセル氏のように、気候変動がすでに地球に力を及ぼし始めていると考えるなら、これらはすべて重要な変数だ。

地上温度のデータはNASAや欧州宇宙機関(ESA)などのレガシー機関で収集されているが、あまり高い頻度では収集されておらず、時には特定の場所の地表温度が16日に1回程度しか読み取られないこともあり、高い解像度でもない。Hydrosatは、このような既存のデータギャップを埋めたいと考えている。同社はマルチスペクトル赤外線カメラを使って他の帯域のデータも収集しているが、主なバリュープロポジションはサーマルデータだ。

最初の衛星は、2022年後半にSpaceX(スペースX)のFalcon 9(ファルコン9)ロケットでLoft Orbitalと組み地球低軌道に向かう予定だ。このミッションは、約1年前に心臓発作で他界したHydrosatの前CEOであるJakob van Zyl(ヤコブ・ファン・ジル)氏にちなんで名付けられた。衛星打ち上げというと華やかさが増すようだが、フォッセル氏は同社が「コンテンツ企業であり、データ企業であることが第一」と強調している。

「当社はまた、地表面温度製品の上に、作物の収穫量予測、干ばつ検知、灌漑管理などを目的としたアプリケーションを開発しています。なぜなら、これらはすべて基本的に水ストレスが原因であり、ここで挙げたアプリケーションはすべて、基本的に当社のコア製品である地表面温度データによって実現されるからです」と同氏は語った。

Hydrosatの最初の顧客は、ESAとの契約や、米国空軍および国防総省との3つのSBIR(中小企業技術革新研究プログラム)契約など政府機関だった。しかし今回の資金調達により、同社は製品を商業顧客に提供することが可能になる。商業顧客には、農業関連企業や保険会社、さらには地表データの収集に加えて分析を行いたいと検討している企業などが考えられる。

「(Hydrosatは)おそらく、我々が注力している農業分野からスタートしますが、業界を超えて広がっていく可能性があります。というのも、気温は、環境、水、ストレス、食糧など、当社が対象としている分野以外でもさまざまな活動のシグナルだからです」とフォッセル氏は説明する。「気温は経済活動のシグナルでもあります。防衛やセキュリティの観点からも、温度には多くの優れた使用例があります」とも。

将来的には、Hydrosat社はグローバルなモニタリングを可能にするために、16機の衛星を打ち上げる予定だ。しかし、これはあくまでも中期的な計画だとフォッセル氏はいう。長期的な計画としては、さらに衛星を打ち上げたり、データを充実させるためにバンドを追加したり、分析レイヤーを構築することが考えられる。「その先にあるのは、干ばつ、食糧安全保障、水ストレス、山火事、防衛・安全保障などへの応用を可能にする基盤データを提供することです」と同氏は付け加えた。

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カテゴリー:宇宙
タグ:Hydrosat人工衛星地表温度資金調達農業自然災害SpaceX

画像クレジット:Hydrosat

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(文:Aria Alamalhodaei、翻訳:Aya Nakazato)

テクノロジーと災害対応の未来4「トレーニング・メンタルヘルス・クラウドソーシング、人を中心に考えた災害対応スタートアップ」

災害がすべて人災というわけではないが、災害に対応するのはいつも人間である。対応する緊急事態の規模が小さいとしても、さまざまなスキルと専門性が必要となる。防災計画や災害後の復旧時に必要となるスキルを除いたとしても、必要なスキルや専門性は多岐にわたる。ほとんどの人にとって割に合う仕事ではないし、ストレスからくる精神的な影響が数十年にわたって続くこともある。それでも、この終わりなき戦いへと多くの人が立ち向かい続けるのは、最も必要とされているときに人を助けるという、この仕事の究極の使命があるからこそだろう。

テクノロジーと災害対応の未来に関するこのシリーズでは、3回にわたってテクノロジーを中心に取り上げてきた。具体的には、新製品の販売サイクルモノのインターネット(IoT)が全面的に普及することによるデータの急増データをどこにでも拡散できる接続性について考えた。一方で、それに関わる人たちという側面についてはあまり触れてこなかった。つまり、災害に実際に対応する人たち、そうした人たちが直面している課題、およびそうした課題をテクノロジーで解決する方法といった点だ。

そこで、シリーズ4回目で最終回となるこの記事では、災害対応時に人とテクノロジーが交差する4つの分野(トレーニングと開発、メンタルヘルス、クラウドソーシングによる災害対応、非常に複雑な緊急事態が発生する可能性)と、この市場の今後の可能性を取り上げる。

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災害に対応するためのトレーニング

大半の分野では、トレーニングに対して線形的なアプローチをとる。ソフトウェアのエンジニアになるには、コンピューターサイエンス理論を学び、プログラミングの実践練習をすればよい(個人差はあるが)。医師になるには、学部のカリキュラムに加えて生物学や化学を履修し、医学部で本格的な解剖学などのクラスを2年間みっちりこなしてから、臨床研修ローテーション、研修医、必要に応じて研究職などを経験する。

では、緊急事態に対応する要員をトレーニングするには、どうすればよいか。

緊急電話対応オペレーター、EMT(緊急医療チーム)、救急救命士、緊急時計画策定者、さらには現場で災害対応を行う緊急救助隊員などが任務を適切に実行するために必要なスキルは数え切れない。ハードスキルに含まれるような、緊急隊員派遣用ソフトウェアの使い方や災害現場からの動画のアップロード方法に関する知識だけでなく、正確に意思を伝達する能力、冷静さ、高い敏捷性、臨機応変な対応と一貫性のバランスといったソフトスキルも極めて重要だ。一貫性がないという要素も非常に重要である。1つとして同じような災害は発生しないので、情報を入手することが難しく、極度のプレッシャーがかかる状況でも、これらのスキルを直感的に組み合わせて発揮する必要がある。

こうしたニーズに応えるのが「EdTech」と呼ばれるサービスだ。しかも、EdTechが役立つのは緊急事態の対応時だけではない。

コミュニケーションには、チーム内で意思の疎通を図ることに加えて、さまざまな地域でコミュニケーションを取ることも含まれる。RAND Corporation(ランド・コーポレーション)の社会科学者Aaron Clark-Ginsberg(アーロン・クラークギンズバーグ)氏は「このようなスキルは、ほとんどがソーシャルスキルです。さまざまな背景の人たちと、文化的にも社会的にも適切な方法でやり取りできるスキルです」と説明する。同氏によると、緊急時管理の分野ではこの問題に対する関心が近年高まっており「我々が必要としているスキルとは、災害発生現場に存在しているコミュニティとやり取りするためのもの」だという。

ここ数年のテック業界でも見られることだが、異文化とコミュニケーションを図るスキルは乏しい。経験を積むことでこのようなスキルを習得することは可能だが、共感するスキルや理解力を育むために、ソフトウェアを使ったトレーニングは可能だろうか。あらゆる条件下でコミュニケーションを効果的に取る方法について、緊急時対応要員(に限らずあらゆる人たち)を教育するために、効果的で良い方法を開発できないか。スタートアップにとっては、この問いに挑むことが大きなビジネスチャンスとなる。

緊急時対応は、キャリアパスとしても十分に成長している。「この分野の歴史は大変興味深く、今や専門性が高まっており、さまざまな認定資格も用意されている」とクラークギンズバーグ氏はいう。こうした職業化によって「緊急時対応が標準化されたため、さまざまな資格を取得することで、習得したスキルと知識の範囲が明確になる」という。認定資格を取得すると特定のスキルを証明することになるが、全体的な評価にはならい。そのため、新しいスタートアップにとっては、より良い評価を行う機会を提供するビジネスチャンスとなる。

誰にでも経験があることだが、緊急時対応要員は何度も繰り返して作業することで慣れてしまっているため、新しいスキルの習得がさらに困難でなる。緊急時データ管理プラットフォームRapidSOS(ラピッド・エス・オー・エス)のMichael Martin(マイケル・マーチン)氏によると、緊急電話対応オペレーターは作業を体で覚えてしまっているため「新しいシステムに切り替えるのはリスクが高い」という。インターフェイスがどんなにお粗末な既存ソフトウェアでも、新しいソフトウェアに変更すると個別対応が遅くなるだけでなく、エラーが発生する危険性も高まる。ラピッド・エス・オー・エスが年間25000時間のトレーニングやサポート、インテグレーションを提供している理由もそこにある。スタッフのトレーニングやソフトウェアの切り替えに関連するサービスの需要は依然として非常に高く、個別に提供されていることが多い。

このようなニッチ市場は別として、この分野では教育の抜本的な見直しが全面的に必要である。私の同僚のNatasha Mascarenhas(ナターシャ・マスカレーナス)は先に、Duolingo EC-1(デュオリンゴ・イー・シー・ワン)というアプリに関する記事を公開した。このアプリは、第2外国語の学習に関心がある学生がゲーム感覚で参加できるように設計されており、非常に魅力的なサービスである。初期対応救助員が取り組めるような、このようなトレーニングシステムはない。

Art delaCruz(アート・デラクルーズ)氏は、災害発生時の救助隊員を志望する退役軍人のチームを構成している非営利団体Team Rubicon(チーム・ルビコン)のCOO兼社長である。同氏の組織はこの問題について、これまでより多くの時間を割いて考えるようになったという。「災害復旧に不可欠な要素は、教育に加えて情報にアクセスできることです。我々は、このギャップを埋めていけるように取り組みます。(学習管理システムよりも)シンプルに情報を提示する方法を考えています」と同氏は説明し、定期的に新しい知識を提供すると同時に既存の考え方もテストする「フラッシュカードのような短期集中型の訓練」が救助隊員には必要だとする。

また、ベストプラクティスを世界中に急いで拡大する必要もある。Tom Cotter(トム・コッター)氏は、被災地や貧困地域の医療従事者をバックアップする非営利団体Project Hope(プロジェクト・ホープ)の緊急時対応準備担当ディレクターを務めるが、新型コロナウイルス感染症が拡大している状況では「さまざまな教育が(まず初期段階に)必要でした。臨床レベルで大きな情報格差があり、情報をコミュニティ全体に伝える方法を教える必要がありました」と話す。プロジェクト・ホープはBrown University(ブラウン大学のWatson Institute(ワトソン研究所)と、パワーポイント形式の対話型カリキュラムを開発した。このカリキュラムにより、最終的に新型ウイルスについて10万人の医療従事者を教育するために使用されたという。

利用できるさまざまなEdTech製品について考えると、1つ特殊なことに気づく。製品の対象が非常に狭いことだ。アプリには言語学習用、数学学習用、読み書き能力開発用などがある。医学生に人気のAnki(アンキ)などのフラッシュカードアプリ、よりインタラクティブなアプローチとしてLabster for science experiments(科学実験用ラブスター)Sketchy for learning anatomy(解剖学の学習用スケッチー)などもある。

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しかし、シリコンバレーで提供されているさまざまな短期集中トレーニングでも、本物の新入隊員訓練プログラムのような方法で学生を根本から訓練するようなEdTech企業は存在しない。ハードスキルを習得しながら、ストレスに対処するスキル、急速に変化する環境に対応するために必要な適応性、共感を持ってコミュニケーションを図るスキルも習得できるプログラムを提供するスタートアップは、いまだかつて存在したことがない。

こういう訓練は、ソフトウェアでは不可能なのかもしれない。あるいは、教育に対する考え方に革新を起こす気概をもって、全力で取り組む創業者がまだ現れていないのかもしれない。必要とされているのは、次世代の緊急時対応管理プロフェッショナルの教育、また最前線の作業員と同じくらい民間企業でストレスに対処するための教育、すばやく決断する必要があるすべての社員の教育を抜本的に変える方法である。

公的安全企業Responder Corp(レスポンダー・コープ)の社長兼共同創業者Bryce Stirton(ブライス・スタートン)氏が考えているのは、まさにその点だ。「私が個人的に気にいっている分野は、VRによるトレーニング空間です」と同氏はいう。消火活動などの「大きなストレスがかかる現場の環境を再現するのは非常に難しい」が、新しいテクノロジーを使えば「トレーニングで心拍数の上昇を体験することができる」。同氏は「VRの世界は大きなインパクトを与えることができる」と結論づける。

災害後の癒やし

トラウマという点では、緊急時対応の現場ほど大きなトラウマに直面する分野はあまりない。緊急時の現場では、想像し得る最悪の悲惨な光景に、作業員は直面せざるを得ない。死と破壊は当たり前だが、忘れられがちなのが、初期対応救助員がしばしば経験する、自分ではどうしてよいか分からない状況だ。例えば家族を救助できないため、最後の慰めの言葉をいうしかない緊急電話対応オペレーターや、現場に到着したものの必要な機器がないため、対応できない救急救命士などだ。

心的外傷後ストレスは、初期対応救助員が直面する精神異常として、おそらく最もよく知られた一般的なものだが、精神面に現れる異常はそれだけではない。こうした異常を改善し、場合によっては治療するサービスは投資対象となる急成長分野で、多くのスタートアップや投資家が事業を拡大している。

例えばRisk & Return(リスク&リターン)は、メンタルヘルスおよび社員の一般的なパフォーマンス改善に取り組む企業に特化したベンチャー企業だ。私が先に書いた同社の紹介記事で、代表取締役社長Jeff Eggers(ジェフ・エガーズ)氏は次のように語っている。「私はこの種のテクノロジーが気に入っています。というのは、現場の初期対応救助員に役立つだけでなく、コミュニティにもメリットがあるからです」。

リスク&リターンのポートフォリオ企業から、このカテゴリーで異なる成長経路をたどった2社を紹介しよう。まず、Alto Neuroscience(アルト・ニューロサイエンス)を紹介する。この会社は、Stanford(スタンフォード)大学で神経科学者および精神科医として学際的研究を行っているAmit Etkin(アミット・エトキン)氏によって創業された。水面下で活動してきたスタートアップで、脳波データに基づいて心的外傷後ストレスやその他の症状を治療する臨床治療法を新たに開発している。治療法に注力しているため、治験や規制当局による承認はおそらく数年先になると思われるが、これはイノベーションの最先端を行く研究である。

2つ目の会社は、アプリを使って患者のメンタルヘルスを改善するソフトウェアスタートアップNeuroFlow(ニューロフロー)だ。この会社のツールは、継続してアンケートやテストを実施し、開業医との協力を得ることで、精神面の健康をよりアクティブに監視し、最も複雑なケースでも症状や再発を特定する。ニューロフローのツールはどちらかというと臨床に近いが、近年はHeadspace(ヘッドスペース)Calm(カーム)などのメンタルウェルネス関連のスタートアップも頭角を現している。

治療法やソフトウェア以外の分野では、メンタルヘルスの最前線としてサイケデリックスのようなまったく新しい分野もある。これは、筆者が2021年始め、2020年の投資対象の上位5つとして挙げたトレンドの1つであり、この考えは今も変わっていない。また、サイケデリックスを重視した患者管理臨床プラットフォームであるOsmind(オスミンド)というスタートアップについても記事を掲載している

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リスク&リターン社はサイケデリックス分野に投資していないが、同社の取締役会長で9/11 Commission(米国同時多発テロ事件に関する調査委員会)の前共同議長、およびネブラスカ州知事と上院議員も務めたBob Kerrey(ボブ・ケリー)氏は「政府機関がサイケデリックス分野に投資するのは難しいですが、民間企業であれば簡単に投資できます」という。

EdTech同様、メンタルヘルス系スタートアップは最初は初期対応救助員のコミュニティをターゲットにしているものの、対象を限定しているわけではない。心的外傷後ストレスやその他のメンタルヘルス疾患は、世界中で多くの人を悩ませる症状であり、あるコミュニティで効果があった治療法を別のコミュニティにも幅広く適用できる可能性は大いにある。市場規模は非常に大きく、大勢の人たちの生活が大幅に改善される可能性を秘めている。

話を進める前に、興味深い分野をもう1つ挙げておきたい。それは、治療に大きな影響を及ぼすコミュニティの構築だ。初期対応救助員や退役軍人たちは、現役時に使命感や仲間意識を感じることができるが、再就職後や社会復帰前の回復期には、そうした感覚が欠落してしまうことが多い。チーム・ルビコンのデラクルーズ氏によると、退役軍人を被災地の救援活動に参加させる目的の1つは、彼らがアイデンティティを取り戻し、コミュニティとの関わりを取り戻してもらうことであり、国に奉仕したこうした人たちはとても貴重な人材であると指摘する。患者ごとに1つの治療法を見つけるだけでは十分ではない。大抵の場合、目をさまざまな人たちに向けて、精神面の健康を損なう要因を確認する必要がある。

そのような人たちが目的を見つけるのを支援するのは、スタートアップが簡単に解決できる問題ではないかもしれないが、多くの人にとって重要な問題であることは間違いない。ソーシャルネットワークの評価がどん底まで落ちた今、この分野に新しいアプローチが次々と芽生えている。

クラウドソーシングによる災害対応

近年、テクノロジーの世界では分散化が主流となっている。TechCrunchの記事でブロックチェーンという単語に言及しただけで、トイレの染みに関する最新のNFTに関するPRメールが少なくとも50通は届く。さまざまな情報が混在していることは明らかだが、災害対応の分野でも分散化が役立つ。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックが証明したものがあるとすれば、それはインターネットの強みだ。インターネットには、データを収集して、データを検証し、ダッシュボードを構築して、複雑な情報を分かりやすく効果的に視覚化し、専門家と一般向けに配信できるという強みがある。このようなサービスは、世界中の人たちが自宅でくつろいでいる時に開発しており、問題が発生したときに対応できる腕を持つユーザーをクラウド上で迅速に集めることができることを実証している。

Columbia(コロンビア)大学の地球研究所国立防災センターのプロジェクト統括責任者Jonathan Sury(ジョナサン・シュリー)氏は「新型コロナウイルスは、我々の想像をはるかに上回る最悪の事態をもたらした」と話す。しかし、オンラインで共同作業するさまざまな方法を利用できるようになったことについては「大変ワクワクしているし、実践的で非常に役に立っている」と指摘する。

ランドのクラークギンズバーグ氏は、この状況を「災害管理の次世代フロンティア」と呼んでいる。同氏は「テクノロジーを使って災害管理や災害対応に参加できる人数を増やせるなら」、災害に効果的に対応する革新的な方法を確立できるだろうと語る。「プロの現場作業員の形式的な体制が強化されることで人命が救われ、リソースを節約できているものの、一般人の緊急時対応要員を活用する方法については、まだまだ取り組むべき余地が残されています」と主張する。

クラウドソーシングによるさまざまな取り組みを支えているツールの多くは、災害対応を目的としていない。シュリー氏は、リモートで活動する一般人の初期対応救助員が使用しているツールの例として、Tableau(タブロー)とデータ視覚化ツールプラットフォームFlourish(フローリッシュ)を挙げる。表形式データを扱う極めて堅牢なツールはあるが、危機発生時に必要となるデータのマッピングを処理するツールの開発はまだ初期段階だ。筆者が2021年初めに紹介したUnfolded.ai(アンフォールデッド・アイ)は、ブラウザ上で動作するスケーラブルな地理空間分析ツールの構築に取り組んでいる。他にもさまざまなツールが開発途上だ。

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新型コロナに苦しむ人を救う開発者の卵が作ったDevelop for Goodが学生と非営利団体を繋ぐ

多くの場合、コーディネーターをまとめるにはさまざまな方法がある。筆者が2020年注目したDevelop for Good(デベロップ・フォー・グッド)という非営利団体は、野心のあるコンピューターサイエンス専攻の学生と、パンデミックで人手が不足している非営利団体および政府機関のソフトウェアプロジェクトやデータプロジェクトと結びつけることを目的としている。こうしたコーディネーターが非営利団体の場合もあれば、Twitter(ツイッター)のアクティブなユーザーの場合もある。分散的な方法でさまざまな取り組みを調整しながら、プロの初期対応救助員や公的機関と関わり合う方法については、試験的な取り組みが続いている。

分散化と言えば、災害対応や危機対応にブロックチェーンが役立つことさえある。ブロックチェーンを証拠の収集や本人確認に使用できる場合がある。たとえば今週始め、TechCrunchの寄稿者Leigh Cuen(リー・クエン)氏は、Leda Health(レダ・ヘルス)が開発した家庭内性的暴行の証拠収集キットについて詳しく報告している。このキットではブロックチェーンを使用して、サンプルが収集された正確な時刻を確認できる。

クラウドソーシングと分散化を利用する方法には他にもいろいろな可能性があるが、そうしたプロジェクトの多くは、災害管理自体とはまったく異なるさまざまな応用事例がある。これらのツールは実際の問題を解決するだけでなく、災害自体とはほとんど無縁だが他者を助ける活動に参加することには熱心な人たちのために、本物のコミュニティを作ることも可能だ。

未曾有の災害に備える

スタートアップに関して筆者が紹介した3つの市場(トレーニングの質の向上、メンタルヘルスの向上、クラウドソーシングによる(データ関連の)コラボレーションツールの向上)は、創業者にとって価値があるだけでなく、ユーザーの生活の質を向上させることができるため、極めて魅力的な市場となっている。

Charles Perrow(チャールズ・ペロー)氏は著書「Normal Accidents(普通の事故)」の中で、複雑さと癒着度が高まる現代の技術システムにおいては、災害が確実に発生するであろうと述べている。さらに、温暖化と毎年発生する災害の大きさ、頻度、異変性を考えると、人類はこれまでに対応したことがないまったく新しい形の緊急災害に直面する可能性が高い。最近では、テキサスの大寒波で送電網が弱体化し、数時間にわたって州全体が停電する事態となり、一部の地域では数日間続いた。

クラークギンズバーグ氏は「我々が目にしているこうしたリスクは、単なる典型的な山火事のようなものではありません。通常の災害であれば対応体制も整っており、容易に準備して危機を管理できます。よく発生する災害管理にはノウハウがあります。しかし最近では、これまでに経験したことがないような緊急事態が発生することが多くなっており、そうした事態に対応する体制を構築するのに苦戦しています。パンデミックはまさにそうした例の1つです」と説明する。

同氏はこうした問題を「境界線を越えたリスク管理」と呼んでいる。つまり、役所、専門性、社会性、行動や手段といった境界を越えた災害のことだ。「こうした災害に対応するには、敏捷性、迅速に行動する能力、お役所体制にとらわれずに作業する力が必要となります。これは大きな問題です」。

災害とその対応に必要となる個々の問題に対しては解決策を立てられるようになってきたものの、こうした緊急事態によって表面化する体系的な取り組みが無視されている現状を見逃すことはできない。最大の効果をあげる画期的な方法で人材を迅速に集めると同時に、ニーズに応える最善のツールを柔軟かつすぐに提供する方法を考える時期にきている。スタートアップ企業がこの問題を解決するというより、利用可能な情報を用いて斬新な災害対応を構築するという考え方が必要だろう。

Natural Resources Defense Council(天然資源保護協議会)の政策アナリストAmanda Levin(アマンダ・レヴィン)氏は次のように語っている。「温室効果ガスを削減したとしても、地球温暖化から受ける圧力と影響は極めて大きいものがあります。温室効果ガスの排出をゼロにしたとしても、その影響は続きます」。筆者がインタビューした政府関係者の1人は匿名を条件に、災害対応について「常に何か物足りない結果に終わっています」と語った。問題は難しくなる一方だ。人類は自分たちが作り上げてしまったこの試練に対応するために、今よりはるかに優れたツールを必要としている。それは、今後100年間の厳しい時代の課題であると同時に、試練を克服するチャンスでもある。

カテゴリー:EnviroTech
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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

日本全体での防災・減災の強化を目指すOne ConcernがSOMPOと複数年の戦略的パートナーシップ締結

気候変動は世界各地で深刻化しているが、日本はその中でも特にチャレンジングなケースといえる。日本は大断層の上に位置するだけでなく、海面上昇により列島の浸水が進み、災害が発生しやすくなっている。10年前、東北地方太平洋沖地震と津波は数十億ドル(数千億円)の被害をもたらしたが、この悲劇からの復興は今でも国際関係の大きな火種となっている。

昨今、災害対策技術はベンチャーキャピタルの投資対象として重要な分野となっているが、新たなスタートアップがRaaS(Resilience-as-a-Service、サービスとしてのレジリエンス)分野に登場し、成長市場として幅広い関心が寄せられていることが証明された。

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地震、洪水、その他の自然災害に対するコミュニティの回復力と対応をモデル化し、シミュレーションするプラットフォームを構築しているOne Concern(ワンコンサーン)は米国時間6月3日、日本最大の保険会社の1つであるSOMPOのベンチャー部門SOMPOホールディングスから4500万ドル(約49億6000万円)を調達したと発表した。この投資はOne Concernの災害レジリエンスプラットフォームを日本市場に投入するための、総額1億ドル(約110億3000万円)の複数年契約の一部だ。

日本はここ数年のOne Concernの市場開発において、ある種宝石のような存在となっている。同スタートアップは、2019年末に秋元比斗志氏を日本法人代表取締役社長として採用した後、2020年2月に日本への進出を正式に発表した。2020年8月にはSOMPOとの戦略的パートナーシップを発表し、同保険会社のベンチャー部門が1500万ドル(約16億5000万円)を投資した。今回の契約は、そのパートナーシップをさらに拡大するものだ。

プレスリリースによると、One Concernはこの提携の一環として、日本で6つ以上の都市に同社のプラットフォームを販売するという。

CrunchbaseとSECファイリングによると、これまでOne Concernは、2015年10月のシードラウンド、2017年にNEAが主導した3300万ドル(約36億4000万円)のシリーズAラウンド、同じくNEAが共同で主導した3700万ドル(約40億8000万円)のラウンドと、3回の資金調達を行っていた。One Concernは、2015年に設立された。

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衛星コンステレーションから地球上の山火事の端緒を見つけ警告するOroraTech

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(文:Danny Crichton、翻訳:Aya Nakazato)

衛星コンステレーションから地球上の山火事の端緒を見つけ警告するOroraTech

山火事がかつてないほどの壊滅的な、しかも毎年のような現象になっている。そのため、早期発見と対応が世界共通の関心になっている。山火事の絶好の火の見やぐらは宇宙だ。ドイツのOroraTechは、小さな衛星のコンステレーションで、グローバルな山火事警報システムを作ろうとしている。同社は最近調達したばかりのおよそ700万ドル(約7億7000万円)のシリーズA資金を、そのために投じる気だ。

山火事は毎年、数千万エーカーもの森林を破壊し、人間と地球に多様かつ甚大な被害をもたらしている。しかもそれは、一定の大きさを超えると手に負えなくなるため、早期発見と早期消火が何にも増して重要だ。

山火事の発見と消火は、時間が勝負だが、数百マイル四方の広大で乾燥した森林のどこでいつ出火するかわからず、これまで行われてきたヘリコプターの巡回といった方法では火が広がる速さに対応できないこともある。しかも航空機は高価であるだけでなく、乗員や作業員にとって危険な場合も多い。

OroraTechの計画では、約100基の衛星コンステレーションに特製の赤外線カメラを搭載して、地球全体もしくは出火の可能性の高い地域をすべて同時に観測する。そして、30秒以内に10メートル以上に広がった火を見つけたら報告する。

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このバイエルンの企業は当初、すでに宇宙にある10数基の衛星を利用して地上からサービスを提供し、その有効性を証明しようとした。しかし、今回新たな資金が得たことにより、自分の鳥を空に飛ばすことに決めた。それは靴箱サイズの衛星に特製の赤外線センサーを搭載したもので、2021年中に衛星コンステレーション企業のSpire Globalが打ち上げる予定だ。また、その画像処理システムは機械学習による処理を行うため、下流の処理が単純になる。

2023年にはさらに14基の衛星を打ち上げ、それらによって必要不可欠な改良をほどこそうとしている。

CEOで共同創業者のThomas Grübler(トーマス・グリューブラー)氏は、プレスリリースで「将来もっと範囲を広げて早めに警報を出すことができるように、私たちが独自に設計した特製の衛星コンステレーションを軌道に打ち上げたいと考えています。高名な投資家たちが、その資金と技術的ノウハウで私たちの計画の実現を支えてくれるのは、とてもうれしいことです」と述べている。

画像クレジット:OroraTech

その高名な投資家たちとは、この投資ラウンドをリードしたFindus VentureとAnanda Impact Ventures、そしてこれにAPEX VenturesとBayernKapital、Clemens Kaiser(クレメンス・カイザー)氏、SpaceTec Capital、およびIngo Baumann(インゴ・バウマン)氏らとなる。同社は、創業者たちのミュンヘン工科大学時代の研究がルーツであり、同大学も一部の株式を有している。

APEXのWolfgang Neubert(ウルフギャング・ノイベール)氏は、次のように述べている。「限られた財源で彼らがこれまで成し遂げたことは、本当にすばらしいものです。人の気持ちをワクワクさせるような意欲的で斬新な宇宙プロジェクトに参加できることは、とても誇らしいことです」。たしかに、最先端の宇宙データサービスが、お金もなく衛星もないという状態から起業したことは感動的だ。ただし1年前には、わずかな投資があったようだ。

地球の表面の赤外線撮影は、同社以外にも行っている。たとえばSatelliteVuは最近資金を調達して独自のとても小さなコンステレーションを打ち上げようとしているが、こちらは広大な森林ではなく、都市をはじめとした人間の関心が高い領域が対象だ。そしてConstellRは、収量の精密管理のために農地をモニターすることが目的だ。

資金を得たOroraは、拡張してその改良版の火災検出サービスを提供できるはずだ。しかし残念ながら、今年の北半球の山火事シーズンが始まるまでには、アップグレードできそうもない。

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カテゴリー:宇宙
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(文:Devin Coldewey、翻訳:Hiroshi Iwatani)

テクノロジーと災害対応の未来3「接続性、地球が滅びてもインターネットは不滅」

インターネットは、神経系のように世界中で情報伝達を司っている。ストリーミングやショッピング、動画視聴や「いいね!」といった活動が絶えずオンラインで行われており、インターネットがない日常は考えられない。世界全体に広がるこの情報網は思考や感情の信号を絶え間なく送出しており、私たちの思考活動に不可欠なものとなっている。

では機械が停止したらどうなるだろうか。

この疑問は、1世紀以上前にE.M. Forster(E・M・フォースター)が短編小説で追求したテーマである。奇しくも「The Machine Stops(機械は止まる)」と題されたその小説は、すべて機械に繋がれた社会においてある日突然、機械が停止したときのことを描いている。

こうした停止の恐怖はもはやSFの中だけの話ではない。通信の途絶は単に人気のTikTok動画を見逃したというだけでは済まされない問題だ。接続性が保たれなければ、病院も警察も政府も民間企業も、文明を支える人間の組織は今やすべて機能しなくなっている。

災害対応においても世界は劇的に変化している。数十年前は災害時の対応といえば、人命救助と被害緩和がほぼすべてだった。被害を抑えながら、ただ救える人を救えばよかったとも言える。しかし現在は人命救助と被害緩和以外に、インターネットアクセスの確保が非常に重要視されるようになっているが、これにはもっともな理由がある。それは市民だけでなく、現場のファーストレスポンダー(初動対応要員)も、身の安全を確保したり、ミッション目的を随時把握したり、地上観測データをリアルタイムで取得して危険な地域や救援が必要な地域を割り出すため、インターネット接続を必要とすることが増えているからだ。

パート1で指摘したように、災害ビジネスの営業は骨が折れるものかもしれない。またパート2で見たように、この分野では従来細々と行われていたデータ活用がようやく本格化してきたばかりだ。しかし、そもそも接続が確保されない限り、どちらも現実的には意味をなさない。そこで「テクノロジーと災害対策の未来」シリーズ第3弾となる今回は、帯域幅と接続性の変遷ならびに災害対応との関係を分析し、気候変動対策と並行してネットワークのレジリエンス(災害復旧力)を向上させようとする通信事業者の取り組みや、接続の確保を活動内容に組み入れようとするファーストレスポンダーの試みを検証するとともに、5Gや衛星インターネット接続サービスなどの新たな技術がこうした重要な活動に与える影響を探ることとする。

地球温暖化とワイヤレスレジリエンス

気候変動は世界中で気象パターンの極端な変化を招いている。事業を行うために安定した環境を必要とする業界では、二次的・三次的影響も出ている。しかし、こうした状況の変化に関し、通信事業者ほどダイナミックな対応が求められる業界はほぼないだろう。通信事業者は、これまでも暴風雨によって何度も有線・無線インフラを破壊されている。こうしたネットワークのレジリエンスは顧客のために必要とされるだけではない。災害発生後の初期対応において被害を緩和し、ネットワークの復旧に努める者にとっても絶対的に必要なものである。

当然ながら、電力アクセスは通信事業者にとって最も頭を悩ませる問題だ。電気がなければ電波を届けることもできない。米国三大通信事業者のVerizon(ベライゾン、TechCrunchの親会社のVerizon Mediaを傘下に擁していたが、近く売却することを発表している)、AT&T、T-Mobile(Tモバイル)も近年、ワイヤレスニーズに応えるとともに、増え続ける気象災害の被害に対処するため、レジリエンス向上の取り組みを大幅に増強している。

Tモバイルにおいて国内テクノロジーサービス事業戦略を担当するJay Naillon(ジェイ・ナイロン)シニアディレクターによれば、同社は近年、レジリエンスをネットワーク構築の中心に据え、電力会社からの給電が停止した場合に備えて基地局に発電機を設置している。「ハリケーンの多い地域や電力供給が不安定な地域に設備投資を集中させている」という。

通信3社すべてに共通することだが、Tモバイルも災害の発生に備えて機器を事前に配備している。大西洋上でハリケーンが発生すると、停電の可能性に備えて戦略的に可搬型発電機や移動式基地局を運び入れている。「その年のストーム予報を見て、さまざまな予防計画を立てている」とナイロン氏は説明する。さらに、非常事態管理者と協力して「さまざまな訓練を一緒に行い、効果的に共同対応や連携」を図ることで、災害が発生した場合に被害を受ける可能性が最も高いネットワークを特定しているという。また、気象影響を正確に予測するため、2020年からStormGeo(ストームジオ)とも提携している。

災害予測AIはAT&Tでも重要となっている。公共部門と連携したAT&TのFirstNetファーストレスポンダーネットワークを指揮するJason Porter(ジェイソン・ポーター)氏によれば、AT&Tはアルゴンヌ国立研究所と提携し、今後30年にわたって基地局が「洪水、ハリケーン、干ばつ、森林火災」に対処するための方策と基地局の配置を評価する気候変動分析ツールを開発したという。「開発したアルゴリズムの予測に基づいて社内の開発計画を見直した」とポーター氏は述べ、少なくとも一定の気象条件に耐えられるよう「架台」に設置された1.2~2.4メートル高の脆弱な基地局を分析して補強していると語った。こうした取り組みによって「ある程度被害を緩和できるようになった」という。

またAT&Tは、気候変動によって不確実性が増す中で信頼性を高めるという、より複雑な問題にも対処している。近年の「設備展開の多くが気象関連現象に起因していることが判明するのにそれほど時間はかからなかった」とポーター氏は述べ、AT&Tが「この数年、発電機の設置範囲を拡大することに注力」していると説明した。また可搬式のインフラ構築も重点的に行っているという。「データセンターは実質すべて車両に搭載し、中央司令室を構築できるようにしている」とポーター氏は述べ、AT&T全国災害復旧チームが2020年、数千回出動したと付け加えた。

さらに、FirstNetサービスに関し、被災地の帯域幅を早急に確保する観点から、AT&Tは2種類の技術開発を進めている。1つは空から無線サービスを提供するドローンだ。2020年、記録的な風速を観測したハリケーン・ローラがルイジアナ州を通過した後、AT&Tの「基地局はリサイクルされたアルミ缶のように捻じ曲がってしまったため、持続可能なソリューションを展開することになった」とポーター氏は語る。そして導入されたのがFirstNet Oneと呼ばれる飛行船タイプの基地局だ。この「飛行船は車両タイプの基地局の2倍の範囲をカバーする。1時間弱の燃料補給で空に上がり、文字通り数週間空中に待機するため、長期的かつ持続可能なサービスエリアを提供できる」という。

ファーストレスポンダーのため空からインターネット通信サービスを提供するAT&TのFirstNet One(画像クレジット:AT&T/FirstNet)

AT&Tが開発を進めるもう1つの技術は、FirstNet MegaRangeと呼ばれるハイパワーワイヤレス機器である。2021年に入って発表されたこの機器は、沖合に停泊する船など、数キロメートル離れた場所からシグナルを発信でき、非常に被害の大きい被災地のファーストレスポンダーにも安定した接続を提供できる。

インターネットが日常生活に浸透していくにつれ、ネットワークレジリエンスの基準も非常に厳しくなっている。ちょっとした途絶であっても、ファーストレスポンダーだけでなく、オンライン授業を受ける子どもや遠隔手術を行う医師にとっては混乱の元となる。設置型・可搬型発電機から移動式基地局や空中基地局の即応配備に至るまで、通信事業者はネットワークの継続性を確保するために多額の資金を投資している。

さらに、こうした取り組みにかかる費用は、温暖化の進む世界に立ち向かう通信事業者が最終的に負担している。三大通信事業者の他、災害対応分野のサービスプロバイダーにインタビューしたところ、気候変動が進む世界において、ユーティリティ事業は自己完結型を目指さざるを得ない状況になっているという共通認識が見られた。例えば、先頃のテキサス大停電に示唆されるように、送配電網自体の信頼性が確保できなくなっていることから、基地局に独自の発電機を設置しなければならなくなっている。またインターネットアクセスの停止が必ずしも防げない以上、重要なソフトはオフラインでも機能するようにしておかなければならない。日頃動いている機械が停まることもあるのだ。

最前線のトレンドはデータライン

消費者である私たちはインターネットどっぷりの生活を送っているかもしれないが、災害対応要員はインターネットに接続されたサービスへの完全移行に対し、私たちよりもずっと慎重な姿勢を取っている。確かに、トルネードで基地局が倒れてしまったら、印刷版の地図を持っていればよかったと思うだろう。現場では、紙やペン、コンパスなど、サバイバル映画に出てくる昔ながらの道具が今も数十年前と変わらず重宝されている。

それでも、ソフトウェアやインターネットによって緊急対応に顕著な改善が見られる中、現場の通信の仕組みやテクノロジーの利用度合いの見直しが進んでいる。最前線からのデータは非常に有益だ。最前線からデータを伝達できれば、活動計画能力が向上し、安全かつ効率的な対応が可能となる。

AT&Tもベライゾンも、ファーストレスポンダー特有のニーズに直接対処するサービスに多額の投資を行っている。特にAT&Tに関してはFirstNetネットワークが注目に値する。これは商務省のファーストレスポンダーネットワーク局との官民連携を通して独自に運営されるもので、災害対応要員限定のネットワークを構築する代わりに政府から特別帯域免許(Band 14)を獲得している。これは、悲惨な同時多発テロの日、ファーストレスポンダーが互いに連絡を取れていなかったことが判明し、9.11委員会(同時多発テロに関する国家調査委員会)の重要提言としてまとめられた内容を踏まえた措置だ。AT&Tのポーター氏によれば、777万平方キロメートルをカバーするネットワークが「9割方完成」しているという。

なぜファーストレスポンダーばかり注目されるのだろうか。通信事業者の投資が集中する理由は、ファーストレスポンダーがいろいろな意味でテクノロジーの最前線にいるためだ。ファーストレスポンダーはエッジコンピューティング、AIや機械学習を活用した迅速な意思決定、5Gによる帯域幅やレイテンシー(遅延)の改善(後述)、高い信頼性を必要としており、利益性のかなり高い顧客なのだ。言い換えれば、ファーストレスポンダーが現在必要としていることは将来、一般の消費者も必要とすることなのだ。

ベライゾンで公共安全戦略・危機対応部長を務めるCory Davis(コリー・デイビス)氏は「ファーストレスポンダーによる災害出動・人命救助においてテクノロジーを利用する割合が高まっている」と説明する。同氏とともに働く公共部門向け製品管理責任者のNick Nilan(ニック・二ラン)氏も「社名がベライゾンに変わった当時、実際に重要だったのは音声通話だったが、この5年間でデータ通信の重要性が大きく変化した」と述べ、状況把握や地図作成など、現場で標準化しつつあるツールを例に挙げた。ファーストレスポンダーの活動はつまるところ「ネットワークに集約される。必要な場所でインターネットが使えるか、万一の時にネットワークにアクセスできるかが重要となっている」という。

通信事業者にとって頭の痛い問題は、災害発生時というネットワーク資源が最も枯渇する瞬間にすべての人がネットワークにアクセスしようとすることだ。ファーストレスポンダーが現場チームあるいは司令センターと連絡しようとしているとき、被災者も友人に無事を知らせようとしており(中には単に避難するクルマの中でテレビ番組の最新エピソードを見ているだけの者もいるかもしれない)、ネットワークが圧迫されることになる。

こうした接続の集中を考えれば、ファーストレスポンダーに専用帯域を割り当てるFirstNetのような完全分離型ネットワークの必要性も頷ける。「リモート授業やリモートワーク、日常的な回線の混雑」に対応する中で、通信事業者をはじめとするサービスプロバイダーは顧客の需要に圧倒されてきたとポーター氏はいう。そして「幸い、当社はFirstNetを通して、20MHzの帯域をファーストレスポンダーに確保している」と述べ、そのおかげで優先度の高い通信を確保しやすくなっていると指摘する。

FirstNetは専用帯域に重点を置いているが、これはファーストレスポンダーに常時かつ即時無線接続を確保する大きな戦略の1つに過ぎない。AT&Tとベライゾンは近年、優先順位付け機能と優先接続機能をネットワーク運営の中心に据えている。優先順位付け機能は公共安全部門の利用者に優先的にネットワークアクセスを提供する機能である。一方、優先接続機能には優先度の低い利用者を積極的にネットワークから排除することでファーストレスポンダーが即時アクセスできるようにする機能が含まれる。

ベライゾンのニラン氏は「ネットワークはすべての人のためのものだが、特定の状況においてネットワークアクセスが絶対に必要な人は誰かと考えるようになると、ファーストレスポンダーを優先することになる」と語る。ベライゾンは優先順位付け機能と優先接続機能に加え、現在はネットワークセグメント化機能も導入している。これは「一般利用者のトラフィックと分離する」ことで災害時に帯域が圧迫されてもファーストレスポンダーの通信が阻害されないようにするものだという。ニラン氏は、これら3つのアプローチが2018年以降すべて実用化されている上、2021年3月にはVerizon Frontline(ベライゾン・フロントライン)という新ブランドにおいてファーストレスポンダー専用の帯域とソフトウェアを組み合わせたパッケージが発売されていると話す。

帯域幅の信頼性が高まったことを受け、10年前には思いもよらなかった方法でインターネットを利用するファーストレスポンダーが増えている。タブレット、センサー、接続デバイスやツールなど、機材もマニュアルからデジタルへと移行している。

インフラも構築され、さまざまな可能性が広がっている。今回のインタビューで挙げられた例だけでも、対応チームの動きをGPSや5Gで分散制御するもの、最新のリスク分析によって災害の進展を予測し、リアルタイムで地図を更新するもの、随時変化する避難経路を探索するもの、復旧作業の開始前からAIを活用して被害評価を行うものなど、さまざまな用途が生まれている。実際、アイディアの熟成に関して言えば、これまで大げさな宣伝文句や技術的見込みでしかなかった可能性の多くが今後何年かのうちに実現することになるだろう。

5Gについて

5Gについては何年も前から話題になっている。ときには6Gの話が出てレポーターたちにショックを与えることさえある。では、災害対応の観点から見た場合、5Gはどんな意味を持つだろうか。何年もの憶測を経て、今ようやくその答えが見えてきている。

Tモバイルのナイロン氏は、5Gの最大の利点は標準規格で一部利用されている低周波数帯を利用することで「カバレッジエリアが拡大できること」だと力説する。とはいえ「緊急対応の観点からは、実用化のレベルはまだそこまで達していない」という。

一方、AT&Tのポーター氏は「5Gの特長に関し、私たちはスピードよりもレイテンシーに注目している」と語った。消費者向けのマーケティングでは帯域幅の大きさを喧伝することが多いが、ファーストレスポンダーの間ではレイテンシーやエッジコンピューティングといった特徴が歓迎される傾向にある。例えば、基幹ワイヤレスネットワークへのバックホールがなくとも、前線のデバイス同士で動画をリレーできるようになる。また、画像データのオンボード処理は、1秒を争う環境において迅速な意思決定を可能とする。

こうした柔軟性によって、災害対応分野における5Gの実用用途が大幅に広がっている。「AT&Tの5G展開の使用例は人々の度胆を抜くだろう。すでに(国防省と協力して)パイロットプログラムの一部をローンチしている」とポーター氏は述べ、一例として「爆弾解体や検査、復旧を行うロボット犬」を挙げた。

ベライゾンは、革新的応用を戦略的目標に掲げるとともに、5Gの登場という岐路において生まれる新世代のスタートアップを指導する5G First Responders Lab(5Gファーストレスポンダーラボ)をローンチした。ベライゾンのニラン氏によれば、育成プログラムには20社以上が参加し、4つの集団に分かれてVR(仮想現実)の教育環境や消防隊員のために「壁の透視」を可能とするAR(拡張現実)の適用など、さまざまな課題に取り組んでいるという。同社のデイビス氏も「AIはどんどん進化し続けている」と話す。

5Gファーストレスポンダーラボの第1集団に参加したBlueforce(ブルーフォース)は、最新のデータに基づき、できるかぎり適切な判断を下せるようファーストレスポンダーをサポートするため、5Gを利用してセンサーとデバイスを接続している。創業者であるMichael Helfrich(マイケル・ヘルフリッチ)CEOは「この新しいネットワークがあれば、指揮者は車を離れて現場に行っても、情報の信頼性を確保できる」と話す。従来、こうした信頼できる情報は司令センターでなければ受け取ることができなかった。ブルーフォースでは、従来のユーザーインターフェース以外にも、災害対応者に情報を提示する新たな方法を模索しているとヘルフリッチ氏は強調する。「もはやスクリーンを見る必要はない。音声、振動、ヘッドアップディスプレイといった認知手法を検討している」という。

5Gは、災害対応を改善するための新たな手段を数多く提供してくれるだろう。そうはいっても、現在の4Gネットワークが消えてなくなるわけではない。デイビス氏によれば、現場のセンサーの大半は5Gのレイテンシーや帯域幅を必要とするわけではないという。同氏は、IoTデバイス向けのLTE-M規格を活用するハードやソフトは将来にわたってこの分野で重要な要素になると指摘し「LTEの利用はこのさき何年も続くだろう」と述べた。

イーロン・マスクよ、星につないでくれ

緊急対応データプラットフォームのRapidSOS(ラピッドSOS)社のMichael Martin(マイケル・マーティン)氏は、災害対応市場において「根本的な問題を解決する新たなうねりが起きていると感じる」といい、これを「イーロン・マスク効果」と呼んでいる。接続性に関しては、SpaceX(スペースX、正式名称はスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ)のブロードバンドコンステレーションプロジェクト「Starlink(スターリンク)」が稼働し始めていることからも、その効果は確かに存在することがわかる。

衛星通信はこれまでレイテンシーと帯域幅に大きな制約があり、災害対応で使用することは困難だった。また、災害の種類によっては、地上の状況から衛星通信接続が極めて困難だと判断せざるを得ないこともあった。しかし、こうした問題はスターリンクによって解決される可能性が高い。スターリンクの導入により、接続が容易になり、帯域幅とレイテンシーが改善され、全世界でサービスが利用できるようになるとされている。いずれも世界のファーストレスポンダーが切望していることだ。スターリンクのネットワークはいまだ鋭意構築中のため、災害対応市場にもたらす影響を現時点で正確に予測するのは難しい。しかし、スターリンクが期待通りに成功すれば、今世紀の災害対応の方法を根本的に変える可能性がある。今後数年の動きに注目していきたいと思う。

もっとも、スターリンクを抜きにしても、災害対応は今後10年で革命的に変化するだろう。接続性の高度化とレジリエンス強化が進み、旧式のツールに頼り切っていたファーストレスポンダーも今後はますます発展するデジタルコンピューティングを取り入れていくだろう。もはや機械が止まることはないのだ。

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

テクノロジーと災害対応の未来2「データとAI」

データが10年以上も次世代の石油として評価されてきたきた経緯については、さまざまなメディアで取り上げられており、特定の分野ではまさにデータが重要な要素となっている。今やほとんどの民間企業で、マーケティング、物流、金融、製造、意思決定などのあらゆるレベルでデータが欠かせない(これが間違っているなら、私は履歴書を書いてすぐにでも転職した方がよい)。

データを使用することにより、多くの被災者が苦しめられるような災害に対する対応を根本から変えられる可能性があるが、この10年間に発生した緊急時対応にデータがほとんど活用されていないと聞くと、少し驚くかもしれない。災害対応機関と民間の組織は長年にわたり、災害対応用として入力するデータの範囲を広げ、処理するデータの量を増やしてきたが、結果はあまり芳しくなく、データを活用するには程遠い。

しかし、モノのインターネット(IoT)の普及により、このような現状も変わりつつある。災害の最前線で作業する危機管理マネージャーは、回復、対応、復興のサイクルにわたって必要なデータを入手し、的確な判断を下せるようになってきている。ドローンからの航空撮影、災害想定状況の可視化、AI誘発型の災害のシミュレーションなど、最前線で活用されている技術は最高レベルに達していない。これは、2020年代の災害対応における変革の幕開けに過ぎない。

膨大な量の災害データをついに入手

緊急時対応は、先の見えない不安と刻々と迫る時間との戦いである。山火事やハリケーンの現場では、数秒ですべてが変わる場合がある。注意を怠れば一瞬で事態が急変することさえある。避難者を輸送するはずの安全な道路に山火事が広がって突然通れなくなることや、避難チームが再編成を繰り返して広範囲に広がり過ぎること、また予想外の状況が急に発生することで、救助活動が立ち行かなくなってしまうといったことがよくある。情報を完全に掌握していたオペレーションセンターに、突如として地上検証データがまったく入らなくなってしまうこともある。

残念ながら、災害前や災害発生時に未処理データを取得することが極めて難しいことさえある。ビジネスの世界でこれまでに発生したデータ革命を振り返ってみると、初期の成功があったのは、企業が常にデータに大きく依存しながら、自社の活動を進めていたという事実によるところが大きい。今もそうだが重要なのはデジタル化である。つまり、放置されている未処理データをパソコンで解析可能な形式に変換するために、業務を書類からパソコンに移行することだった。ビジネスの世界でこれまでの10年間は、いわばバージョン1からバージョン2へのアップグレード期間だったといえる。

緊急対応管理について考えてみると、多くの対応機関がバージョン0からバージョンアップしていない。洪水を例にとると、洪水の発生源と水の流れをどのように把握するのか。つい最近まで、洪水の発生場所と水の流れに関する総合的なデータすら存在していなかった。山火事の場合は、世界中に点在する樹木の場所や可燃性に関するデータセットが管理されていなかった。電線や携帯電話の基地局といったインフラ設備でさえ、デジタル世界との接点がまったくないことが多かった。そのため、ユーザーがそうした設備を判別できなければ、そうした設備があっても、設備側からユーザーを認識することもできなかった。

洪水モデルは、災害防止計画と災害対応の最先端だ(画像クレジット:CHANDAN KHANNA/AFP/Getty Images)

モデルやシミュレーション、予測、分析には、未処理データが不可欠である。災害対応の分野には、これまで詳細なデータは存在しなかった。

モノのインターネット(IoT)がかなり浸透してきた今では、ありとあらゆるモノがインターネットに接続されるようになり、米国や世界中の至るところにIoTセンサーが設置されている。温度、気圧、水位、湿度、大気汚染、電力、その他のセンサーが広範に配備され、データウェアハウスに定常的に送信されるデータが分析されている。

例として米国西部の山火事を挙げよう。連邦政府と州の消防庁が火災の発生場所を把握できないというのは、そんなに昔の話ではない。消防には「100年の歴史があるが、その伝統が技術進歩に妨げられることはない」と、米国農務省林野部で10年間消防局長を務め、現在はCornea(コルネア)の最高消防責任者であるTom Harbour(トム・ハーバー)氏はいう。

彼のいうことは正しい。消火活動というのは理屈抜きの活動なのだ。消防隊員には炎が見える。炎の熱風を自分の肌で感じることさえある。広大な土地が広がり、帯状に都市が点在しているような米国西部では、データは役に立たなかった。衛星で大火災を発見することはできるが、茂みでくすぶっている小火を地理空間情報局から確認することはまず不可能だ。だが、小さい火事を発見できなくても、カリフォルニア一帯には煙が充満していることがある。では、このような貴重な情報を、地上の消防隊員はどのように処理すればよいのだろうか。

これまで10年にわたってIoTセンサーの成功が謳われてきたが、ここへきてようやく障害となっていた多くの問題が解決されつつある。回復力のあるコミュニティについて調査しているRAND Corporation(ランド・コーポレーション)の社会科学者Aaron Clark-Ginsberg(アーロン・クラークギンズバーグ)氏は「非常に安価で使いやすい」大気質センサーを使うと、大気汚染に関する詳細な情報(山火事の重要な徴候など)を入手できるため、このセンサーがいたるところに設置されていると説明する。同氏は、最近のテクノロジーの可能性を示すものとして、センサーの製造だけでなく、人気のある消費者向け大気質マップも作成しているPurple Air(パープルエアー)を挙げた。

災害時にデータを扱う際には、マップが重要なツールとなる。大半の災害防止計画チームや災害対応チームは地理空間情報システム(GIS)をベースに活動しているが、この分野で随一のマップ制作量を誇っているのが非公開企業のEsri(エスリ)だ。同社の公安ソリューション担当部長Ryan Lanclos(ライアン・ランクロス)氏は、水位センサーの数が増えたことにより、特定の災害に対する対応が劇的に変化したという。「洪水センサーは常に稼働状態にあります」と同氏はいう。「連邦政府が作成している全米洪水予報モデル」により、研究者はGIS分析を使用して、洪水が各コミュニティに及ぼす影響をかつてないほど正確に予測できるようになったと指摘する。

デジタルマップとGISシステムは災害防止計画と災害対応にますます不可欠な存在となっているが、印刷版のマップも依然として好まれている(画像クレジット:Paul Kitagaki Jr. — Pool/Getty Images)

Verizon(ベライゾン)(Verizon MediaはTechCrunchの親会社であるため、ベライゾンは当社の最終的な所有会社)の公安戦略および危機対応担当ディレクターCory Davis(コリー・デイビス)氏によると、このようなセンサーのおかげで、同社の作業員がインフラを管理するために行う作業が変わってきたという。「送電線にセンサーを設置した電力会社を想像してみてください。センサーがあれば、障害が発生した場所にすぐに駆け付け、問題を解決して、復旧させることができます」。

同氏はセンサーのバッテリー寿命が延びたことで、この分野で使用されているセンサーがこの数年で大きく進歩したという。超低電力のワイヤレスチップやバッテリー性能、エネルギー管理システムが絶えず改善されているおかげで、荒れ地に設置したセンサーをメンテナンスしなくても、非常に長い期間使用できるようになった。「バッテリー寿命が10年というデバイスもある」と同氏はいう。これは重要だ。最前線の送電網にセンサーを接続することなどできないからだ。

同じ考え方がT-Mobile(ティー・モバイル)にも当てはまる。防災計画に関して、電話会社の全米技術サービスオペレーション戦略上級ディレクターJay Naillon(ジェイ・ナイロン)氏は次のように話す。「価値が向上し続けているタイプのデータとして、高潮データがあります。このデータのおかげで、設備が正常に稼働していることを容易に確認できます」。高潮データは洪水センサーから送信されるため、全米の防災計画策定者に警報をリアルテイムに送ることができる。

災害関連のセンサーやその他のデータストリームの採用を進めるためには、電話会社の関心やビジネス面での関心を惹くことが必要不可欠だった。洪水や山火事のデータを必要とするエンドユーザーは政府ではあるが、このようなデータの可視性に関心があるのは政府だけではない。Columbia(コロンビア)大学の地球研究所国立防災センターのプロジェクト統括責任者Jonathan Sury(ジョナサン・シュリー)氏は「こうした情報を必要としているのはほとんどの場合、民間企業です」と話す。「気候変動などの新しいタイプのリスクが、企業の収益に影響を与えるようになっています」と同氏はいい、センサーデータに対するビジネス面での関心が、債権格付けや保険の引受などの分野で高まっていると指摘する。

センサーはどこにでも設置できるわけではないが、緊急対応管理者がこれまで確認できなかったような、現場のあいまいな状況を見通すのに役立ってきた。

最後に、世界中の至るところで利用されるようになったモバイル機器には、膨大なデータセットが存在する。例えばFacebook(フェイスブック)のData for Good(データ・フォー・グッド)プロジェクトでは、接続に関するデータレイヤーを利用できる。ある場所から接続していたユーザーが別の場所で接続したら、移動したと推測できる。フェイスブックや電話会社が提供するこのようなデータを使うことで、緊急対応計画を策定するスタッフは、人の移動をリアルタイムに把握することができる。

氾濫するデータとAIの可能性

データが乏しかった過去と比べると今は情報が溢れているが、世界中の都市で発生している洪水のように、データの氾濫に対応する時期が近づいている。データウェアハウスやビジネスインテリジェンスツールなどのITスタックによって、過剰なまでのビッグデータが収集されている。

災害データが簡単に処理できさえすればよいのだが、現実はそう簡単ではない。民間企業や公的機関、非営利団体などさまざまな組織が災害関連データを保持しているため、データを相互に運用する面で大きな障害がある。分散しているデータを統合して知見を得られたとしても、最前線で対応するスタッフが現場で意思決定に役立てられるようにまとめるのは困難だ。そのため、防災計画以外の用途でAIを売り込むのは今でも難しい。ベライゾンのデイビス氏は次のように話す。「過剰なまでのデータをどのように活用すればよいのかという点に関して、多くの都市や政府機関が苦慮しています」。

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残念ながら、あらゆるレベルでの標準化が課題だ。世界的にみると標準化が徐々に進んではいるものの、各国間の相互運用性はほとんど実現されていない。緊急電話対応プラットフォームCarbyne(カーバイン)の創業者兼CEOのAmir Elichai(アミール・エリチャイ)氏は「テクノロジーと標準化の両面で、国ごとに大きな隔たりがあります」と語り、ある国のプロトコルを別の国で使用するには、まったく別のものに作り直す必要があることが多いと指摘する。

ヘルスケア災害対応組織Project HOPE(プロジェクト・ホープ)の緊急対応準備担当ディレクターTom Cotter(トム・コッター)氏は、国際的な環境では、対応するスタッフ同士でコミュニケーションを確立することさえ難しいと話す。「ある国では複数のプラットフォームを使用できるのに対し、別の国では使用が許可されていないということがあり、状況は常に変化しています。基本的には、テクノロジーコミュニケーションプラットフォームを国ごとに別々に用意している状態です」。

連邦政府の緊急管理部門のある上級担当者は、テクノロジーの調達契約ではデータの互換性がますます重要になっていることを認め、政府は自前のソフトウェアを使用するのではなく、市販の製品を購入する必要性を認識していると話す。こうしたメッセージはエスリなどの企業にも届いている。ランクロス氏は「当社の中核となる使命はオープンであることです。作成したデータを一般公開して共有するか、オープンな基準に基づいてセキュリティ保護したうえで共有するというのが当社の考え方です」。

相互運用性が欠如しているというのはマイナス面がいくつもあるが、皮肉なことにイノベーションの際にはプラスに作用することがある。エリチャイ氏は「標準化されていないということは利点になります。従来の標準に合わせる必要がなくなるからです」と指摘する。標準化されていない状況では、最新のデータワークフローを前提とした、質の高いプロトコルを構築できることもある。

相互運用性が確保されたとしても、その後にはデータ選別の問題が控えている。災害関連データには危険も潜んでいる。センサーから発信されるデータストリームは検証したうえで別のデータセットと照合できるが、一般市民から発信される情報量が激増してきているため、初動対応するスタッフや一般向けに公開する前に安全性を精査する必要がある。

一般ユーザーがかつてないほどスマホにアクセスできるようになっているため、緊急対応計画を策定するスタッフが、アップロードされたデータを選別して検証し、使える状態にする必要がある(画像クレジット:TONY KARUMBA/AFP/Getty Images)

災害コミュニケーションプラットフォームPerimeter(ペリメーター)のCEO兼共同創業者Bailey Farren(ベイリー・ファレン)氏は「正確な最新情報を持っているのが一般市民である場合もあります。そうした貴重な情報を、初動対応するスタッフが作業を始める前に市民が政府担当者に伝えてくれればよいのですが」と話す。問題は、無益な情報や悪意のある情報から質の高い情報を選別する方法だ。自然災害の対応要員として有志の退役軍人チームを構成する非営利団体Team Rubico(チーム・ルビコン)のCIO Raj Kamachee(ラージ・カマチー)氏は、データの検証が必要不可欠であると述べ、同氏が2017年にチーム・ルビコンに参加して以来、組織で構築するインフラの重要な要素にデータの検証があると考えている。「当社のユーザーが増えているため、フィードバックのデータ量も増えています。結果として、セルフサービス型の非常にコラボレーション的なアプローチが形成されています」。

量と質が確保されれば、AIモデルを活用すべきだろうか。答えは、イエスでもありノーでもある。

コロンビア大学のシュリー氏は、一部で話題になっているような過剰な期待をAIにすべきではないと考えている。「注意が必要な点ですが、機械学習やビッグデータ関連のアプリケーションで何でもできるわけではありません。こうしたアプリケーションでさまざまな情報を大量に処理できますが、AIが具体的な解決策を教えてくれるわけではありません」と同氏はいう。「初動対応するスタッフはすでに大量の情報を処理しており」、それ以上のガイダンスを必ずしも必要としているわけでない。

災害分野では、防災計画や復旧にAIを利用することが増えている。シュリー氏は、防災計画プロセスでデータとAIを組み合わせた1つの例として、復旧計画プラットフォームOneConcern(ワン・コンサーン)を挙げる。また、さまざまなデータシグナルをいくつかのスカラー値にまとめて、緊急対応計画を策定するスタッフが危機管理計画を最適化できるようにする、CDC(米国疾病管理予防センター)の社会的脆弱性指標とFEMA(連邦危機管理庁)のリスクツールも挙げた。

とはいえ、筆者が話を聞いたほとんどの専門家は、AIを使用することについて懐疑的だった。災害に関する販売サイクルについて取り上げたこのシリーズのパート1で少し説明したように、データツールは、人命がかかっているときは特に信頼性が重要で、最新の情報に更新されていなければならない。チーム・ルビコンのカマチー氏は、ツールを選択する際にはそのツールの秀でているポイントではなく、各ベンダーの実用性だけに注目するという。「当社はハイテク機能も追求しますが、ローテクも用意しています」と同氏は語り、災害対応で重要なのが、変化する状況に機敏に対応できることであることを強調する。

カーバインのエリチャイ氏は、同社の販売実績にも同様のパターンがあると認識している。同氏は「市場には新しいテクノロジーに対する意識の高さと、採用を躊躇する慎重さの両方がある」ことを指摘するが「あるレベルに達すればAIが有益となることは間違いない」と認める。

同じように、ティー・モバイルのナイロン氏も経営者の観点から、ティー・モバイルの災害計画に「AIを最大限に活用できるとは思えない」と語る。ティー・モバイルはAIを頭脳として使う代わりに、単純にデータと予測モデリングを使用して装置の配置を最適化している。高度な敵対的生成ネットワークなど必要ないというわけだ。

AIは計画策定以外でも、災害後の復旧、特に損害査定に活用されている。災害の収束後にはインフラと私有財産の査定を行って、保険金を請求し、コミュニティを前進させる必要がある。チーム・ルビコンのCOO兼社長Art delaCruz(アート・デラクルーズ)氏は、テクノロジーとAIの普及によって、損害査定の作業が大幅に軽減されたと指摘する。チーム・ルビコンでは、復旧作業の過程でコミュニティの再構築を支援することが多いため、損害の重大度判定が対応戦略を効果的に進めるうえで不可欠だ。

太陽の光で将来は明るくなるが、その光でやけどする可能性もある

AIはこのように、回復計画と災害復旧の分野でいくらかの利用価値があるものの、緊急対応の分野ではあまり役に立っていない。とはいえ、災害対応サイクル全体では有効な場面も増えてくるだろう。ドローンの将来性には大いに期待が寄せられているし、現場で使用されるケースも増えている。しかし、長期的に考えると、AIとデータが解決策とならず、新たな問題を引き起こすのではないかという懸念がある。

災害対応の現場でドローンを使用することは、明らかに価値があるように思える。救援隊員が立ち入ることが困難な現場でも、ドローンを導入したチームは空からの映像や情報を入手できる。バハマでの任務遂行中に主要道路が閉鎖されたため、現場のチームがドローンを使って生存者を見つけたと、チーム・ルビコンのカマチー氏は話す。ドローンから撮影された画像がAI処理され、生存者を特定し避難させるのに役立った。同氏は、ドローンとその潜在能力について「とにかくすばらしいツールだ」と話してくれた。

ドローンから航空写真を撮影することで、災害対応チームが入手できるリアルタイム情報の質は大幅に向上する。地上からは近づけない現場ではなおさらだ(画像クレジット:Mario Tama/Getty Images)

プロジェクト・ホープのコッター氏もやはり、データ処理を高速化することで的確に対応できるようになると話す。「災害地で人命を救うのは、結局のところスピードです。対応をリモートから管理できるケースも増えたため、多数の要員を現地に送らずに済みます」と同氏はいう。これは、人員が限られている場所で活動する対応チームにとって、とても重要である。

「捜索や救助、航空写真などに、ドローンのテクノロジーを活用する緊急管理機関が増えています」とベライゾンのデイビス氏はいい「現場に機材を導入することが先決」という考え方の作業員が多いと指摘し、次のように続ける。「AIの性能は向上する一方であり、初動対応するスタッフはより効果的、効率的かつ安全に対応できるようになっています」。

センサーやドローンから送信される大量のデータを迅速に処理して検証できるようになれば、災害対応の質は向上するだろう。大自然が気まぐれに起こす大災害が増えているが、そうした現状にも対応できるかもしれない。しかし問題がある。AIのアルゴリズムが将来、新たな問題の原因となることはないのだろうか。

ランドでは典型的な代替分析を提供しているが、ランドのクラークギンズバーグ氏は、これらのソリューションで問題が発生する可能性があると話し「テクノロジーが引き金となって災害が発生し、テクノロジーの世界が災害を悪化させます」と指摘する。これらのシステムは破綻する可能性がある。間違いを犯すかもしれない。そして何より不気味なのは、システムを細工して大混乱と破壊を拡大させる可能性があるということだ。

筆者が最近紹介した災害対応VCファンド兼慈善活動組織のRisk & Return(リスク&リターン)社の取締役会長で、9/11 Commission(米国同時多発テロ事件に関する調査委員会)の前共同議長、およびネブラスカ州知事と上院議員も務めたBob Kerrey(ボブ・ケリー)氏は、多くの対応現場でサイバーセキュリティが不確定要素となるケースが増えていると指摘する。「(調査委員会が業務を遂行していた)2004年当時は、ゼロデイなどという概念はありませんでした。もちろんゼロデイを取引する市場もありませんでしたが、今はその市場があります」。9/11の同時多発テロでは「テロリストたちは米国にやってきて、飛行機をハイジャックすることが必要でした。今はハイジャックしなくても米国を破壊することが可能です」と同氏はいい「ハッカーたちは、モスクワやテヘランや中国の仲間、もしかすると自宅に引きこもっている仲間と、家で座ったまま攻撃できます」と指摘する。

災害対応の分野でデータは注目を浴びているが、このような状況が原因で、これまで存在しなかった二次的な問題が引き起こされる可能性がある。与えられしものは奪われる。今は石油が湧き出ている井戸もいつか突然枯渇する。あるいは井戸に火が付くかもしれない。

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

テクノロジーと災害対応の未来1「世界で最も悲惨な緊急事態管理関連の販売サイクル」

スタートアップが 自分たちは使命感を持っていると語るのをよく耳にする。しかし、その使命が節税対策のためにキャッシュフローを最適化することだとしたら、そのような言葉を真に受けてはならない。一方、新世代のスタートアップも登場してきている。世界規模の大きな課題に挑み、これまでのスタートアップと同様の起業家精神や卓越した運営能力、優れた技術力を、現実的な使命に生かそうとしている企業だ。こういった企業が何千人もの命を救う可能性がある。

気候テックは全般的に、新世代のスタートアップの登場というトレンドから大きな恩恵を受けているが、私が注目したのは災害対応という小規模な専門分野だ。この分野はソフトウェアサービスのカテゴリーで、何年も前からあちこちのスタートアップが参入しているが、今、新たな創業者たちが、これまでにない危機感や熱意を持ってこの分野の課題に取り組んでいる。

最初に触れたように、災害対応は急激に成長している。2020年は厳しい年だった。その理由は新型コロナウイルス感染症の世界的な流行だけにとどまらない。この年、記録的な数のハリケーンが発生し、米国西部では過去最悪の山火事シーズンとなった。また、世界各地でメガストームも発生した。気候変動、都市化、人口増加、不十分な対応策などの要因が重なり、人類全体がこれまでに直面してきた中でもかなり危険な状況となっている。

私は、この10年間で災害対応市場がどのような状況になっているのかを把握すべく、過去数週間にわたりスタートアップの創業者、投資家、政府関係者、公益企業の幹部など30人以上にインタビューを行い、最新の状況とこれまでの変化を理解するに至った。4回にわたるシリーズで、テクノロジーと災害対応の未来をテーマに、災害対応市場の販売サイクル、ようやく災害対応にデータが活用されるようになったいきさつ、インターネットアクセス問題への公益企業や特に通信会社による対処法、そして地域社会における今後の災害対応の再定義について考えていく。

災害対応やレジリエンス(災害復旧力)におけるテクノロジーの発展を紹介する前に、次の基本的な質問について考えることが重要だ。テクノロジーを確立すれば、それは売れるのか。創業者や投資家、政府調達関係者からは「ノー」というシンプルな答えが返ってきた。

実際、今回のシリーズ用のインタビューでは、緊急事態管理関連の販売サイクルの厳しさが繰り返し話題にのぼり「世界のどの企業にとっても、緊急事態管理関連の売上を上げるのは最も難しいことかもしれない」と語る人も1人ではなかった。地方自治体、州政府、連邦政府、各国政府の調達予算を合計すると、あっという間に数百億ドル(数兆円)規模の市場になることを考えると、この見解は意外かもしれない。しかしこの後見ていくように、この市場には独特のメカニズムがあるため、従来の販売手法はほとんど役に立たない。

これは悲観的な見方だが、販売活動が不可能というわけではなく、いくつもの新しいスタートアップがこの市場への参入障壁を打ち破っている。現在、多くのスタートアップが突破口を開くために採用している販売戦略と製品戦略を見ていく。

厳しい状況での販売

政府機関相手の販売には困難が付き物であるが、それも驚くにはあたらない。これまで多くのGovTechスタートアップの創業者たちが学んできたことは、販売サイクルの遅さ、複雑な調達手続、厄介な検査やセキュリティ要件、契約担当者の全般的に消極的な態度などが、収益を上げるための戦いにおいて障害となっているということだ。現在、多くの政府機関がスタートアップに特化したプログラムを導入しているが、これは、新たなイノベーションが日の目を見ることがいかに難しいかを知っているからだ。

緊急事態管理関連の販売活動は、他の分野のGovTechスタートアップと同様の問題を抱えている。一方で、それに加えさらに6つほどの問題があるため、販売サイクルは疲弊し、かなり厳しい状態になっている。

まず第一に最も厳しいのは、緊急事態管理関連の販売活動が、著しく季節に依存することだ。季節的な災害(ハリケーン、山火事、冬の嵐など)に対応している機関の多くは、災害に対応する「活動」期間を経た後、その活動内容を評価し、次のシーズンに向けて必要な変更を判断して、災害対応要員の活動の効果を高めるために追加または廃止する災害対応用ツールを検討する「計画」期間に移行することが多い。

ここでは、先ごろ紹介した山火事対応分野のスタートアップであるCornea(コーニー)Perimeter(ペリメーター)を取り上げる。どちらの企業も、製品を継続して販売するためには、火災シーズンを考慮する必要があると語っている。ペリメーターのCEO兼共同創業者であるBailey Farren(ベイリー・ファーレン)氏は「解決すべき問題を適切な方法で解決するため、2回の火災シーズンをかけてテクノロジーのベータテストを行いました。そして、実は2019年にカリフォルニア州で起こったキンケード火災の際に、ベータテストの対象を変更しました」と述べている。

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こういった点について、防災テックとEdTechを比較することもできる。EdTechに関しては、学校がテクノロジーを購入する時期は、アカデミックカレンダーで決まることが多い。米国の教育システムでは、6月から8月までの期間を逃すと、スタートアップはその年に学校で販売する機会を失い、次の年まで待つことになる。

3カ月という短い期間に売り込まなければならないEdTechの方が、以前は状況が困難だったかもしれないが、年々、災害対応の販売活動の方が難しくなってきている。気候変動の影響により、あらゆる種類の災害の継続期間が長くなり、深刻さが増し、被害が悪化している。そのため、これまで災害対応機関には半年以上のオフシーズンがあり、その期間に次の計画を立てていたのだが、今では1年中、緊急事態対応の活動に追われていることもある。つまり、災害対応機関が新たに購入すべきソリューションを検討する時間はほとんどないということになる。

さらに言えば、標準化されたアカデミックカレンダーとは異なり、災害が起こる時期の予測が最近では難しくなっている。例えば、洪水や山火事のシーズンは以前は年間の特定の時期に比較的集中していた。しかし今は、このような緊急事態が1年中いつでも発生する可能性がある。この結果、災害対応機関は災害にいつでも対応する必要があるため、調達手続は急に開始されることもあれば急に凍結されることもある。

季節性は販売サイクルだけでなく、災害対応機関の予算にも影響を与える。災害が発生している間は市民や政治家の関心はそこに注がれるが、その後、次の大災害が発生するまで、私たちはそのことをすっかり忘れてしまう。他のテクノロジーへの政府支出が毎年安定している一方、防災テックの予算には増減がある場合が多い。

連邦政府の緊急事態管理機関のある高官(公に話す権限がないため名前は伏せるようにとのことだった)は「好天の日々」(災害のない期間など)には一定の予算の確保とそれを迅速に使用する条件が非常に限られており、同局のような機関は、連邦議会や州議会が追加資金を承認した場合に、補完的な災害資金をつなぎ合わせて使用しなければならないと説明した。主要な機関はテクノロジー関連のロードマップを用意しており、追加の資金が入ってきた時に、すぐにその資金を使って計画を実現できるようにしているが、すべての機関がそのような準備をするためのテクノロジー計画のリソースを持っているわけではない。

911(緊急通報)センターでの電話対応をサポートするクラウドネイティブプラットフォームであるCarbyne(カーバイン)のCEO兼共同創業者のAmir Elichai(アミール・エリチャイ)氏は、災害対応への関心の波は2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的な流行で再び頂点に達し、それにより緊急対応能力に関する注目度と資金が大幅に増加したと述べた。「新型コロナウイルス感染症によって、政府の準備が不十分であるということが明らかになったのです」と同氏はいう。

驚くにはあたらないが、災害対応業界や災害対応要員が長年にわたって提唱してきた次世代の911サービス(一般的にNG911と呼ばれている)に対する大幅な資金強化が期待されている。バイデン大統領が提案したインフラ法案では、米国内の911の業務機能を強化するために150億ドル(約1兆6400億円)が追加される予定だが、この資金は過去10年間ほぼ毎年要請されてきた。2020年、120億ドル(約1兆3000億円)規模の同法案は、連邦下院議会を通過した後、上院で否決された

販売活動では、例えるならば客に鎮痛剤を提供する場合とビタミン剤を提供する場合がある。鎮痛剤には即効性が、ビタミン剤には遅効性がある。システムのアップグレードを検討している災害対応機関は、おおかた鎮痛剤を求めるだろうと予想される。恐怖感と危機的状況が災害対応機関とその活動を取り巻いているため、これらの機関は自分たちのニーズを直感的に意識するようだ。

しかし、このような恐怖感から、テクノロジーの組織的なアップグレードよりもその場しのぎの、いわば鎮痛剤のようなソリューションに注意が向いてしまい、実際は逆効果となる場合が多い。名前を伏せたあるGovTechのVCは「この世界が怖くて危険な場所だというイメージを与えないようにしています」と語った。そうすることがないよう「重要なのは、危険性よりも安全性に目を向けることです」。安全性の確保は、時々起こる緊急事態への対処より、はるかに広範で一貫したニーズだ。

最終的に資金が承認されれば、各機関は立法府からついに割り当てられた予算資金の用途として優先すべきことを見つけ出すためにすぐに行動しなければならない。スタートアップが適切なソリューションを提供していても、特定のサイクルでどの問題に資金が集まるのかを見極めるためには、すべての顧客にきめ細やかな意識を向ける必要がある。

スタートアップスタジオでありベンチャーファンドでもあるHangar(ハンガー)のマネージングパートナーであるJosh Mendelsohn(ジョシュ・メンデルゾーン)氏は「災害対応機関のお客様は常にさまざまなニーズを提示してくださいます。最も難しいのは、最も取り組む価値がある問題は何かを見極めることです」と述べた。その価値は、残念ながら、災害対応機関の任務の要件に応じて非常に急速に変化する。

すべての条件が揃っているとしよう。災害対応機関には購入する時間的余裕とニーズがあり、スタートアップは彼らが求めるソリューションを持っている。最終的に最も解決が困難だと思われる課題は、そもそも災害対応機関が新しいスタートアップを信頼していないということだ。

この数週間、緊急対応の関係者たちと話をしたが、当然のことながら信頼性の話が何度も持ち上がった。災害対応は極めて重要な仕事であり、現場でも司令センターでも決して中断することは許されない。一方、最前線の災害対応要員は、タブレットや携帯電話の代わりに今でも紙とペンを使っている。紙ならばバッテリー切れになることなく、どんな時でも使用できるからだ。シリコンバレーの「Move Fast and Break Things(すばやく動き、物事のマンネリを打破すべし)」という精神は、この市場とは根本的に相容れない。

季節性、資金の増減、注目度の低さ、調達の緊急性、信頼性の厳しい要件などのため、緊急事態管理関連の販売活動はスタートアップにとってかなり困難なものとなっている。これには、GovTechの典型的な課題は含まれていない。その課題とは、レガシーシステムとの統合、米国や世界各地に散在し、バラバラな状態となっている何千もの緊急対応機関、多くの機関の人々がそもそも変革にあまり興味を持っていないという事実などだ。ある関係者は、政府による緊急対応テクノロジーへの取り組みについて「多くの部署の人員が、テクノロジーの移行という困難な課題に取り組む前に、あわよくば定年を迎えられるかもしれないと考えています」と述べた。

不確実な状態から抜け出すための戦略

つまり、販売サイクルは厳しい状態なのだ。では、なぜVCはこの分野に資金を投入しているのか。数カ月前には、緊急対応データプラットフォームのRapidSOS(ラピッドエスオーエス)が8500万ドル(約93億円)を調達しており、これはCarbyneが2500万ドル(約27億3000万円)を調達したのとほぼ同時期だ。この他にもかなりのスタートアップが初期段階でプレシード投資やシード投資を調達した。

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この分野に携わるほぼ全員が同意している重要な論点は、創業者(およびその企業への投資家)は、民間企業に対する販売戦略を捨て、災害対応機関に特化して販売するために、アプローチを根本から再構築しなければならないということだ。つまり、収益を確保するためにまったく異なる戦略や戦術を立てなければならないということになる。

第一に最も重要なアプローチは、まず顧客となる機関を知ることではなく、この分野の人々が実際にどのような仕事をしているかを知ることだと言えるだろう。販売サイクルが示すように、災害対応は他の仕事とは異なる。混沌とした状況、急速に変化する環境、複数の分野にまたがるチームや省庁間の連携など、効果的に対応するにあたって行うべきことは、オフィスワークとはかなり違っている。ここで重要なことは共感だ。紙を使っている災害対応要員は、現場でデバイスが故障して危うく命を落とすところだったという経験があるかもしれない。911センターのオペレーターは、ソフトウェアのデータベースから適切な情報を見つけようと必死になっている間に、誰かが亡くなるのをリアルタイムで聞いたという経験があるかもしれない。

要するに、顧客の発見と開発だ。これは企業の世界とあまり変わりないが、緊急対応の業界関係者と多くの会話を交わす中で、そこからは忍耐の必要性が感じ取れた。構築すべきソリューションやソリューションを効果的に売る方法を確実に見いだすためには、とにかく長い時間、時には何シーズンもの時間が必要だ。企業向けのSaaS製品を繰り返し市場に出し、それが市場に受け入れられるまでの期間が6カ月だとすれば、政府機関ではそれと同等の段階に達するのに2~3年かかる可能性もある。

RapidSOSのMichael Martin(マイケル・マーティン)氏は「公共サービス分野における顧客発見に近道はありません」と語った。同氏は「シリコンバレーの技術コミュニティの傲慢さと、公共安全に関わる課題の実態の間には、実に難しい問題があると思います」と述べ、スタートアップが成功を収めるためには、そうした問題を解決しなければならないと指摘した。一方、公共安全分野の企業であるResponder Corp(レスポンダー)の社長兼共同創業者、Bryce Stirton(ブライス・スタートン)氏はこう語る。「すべての課題を捉えるにはエンドユーザーについて考えるのが一番です。エンドユーザーにとって新しいテクノロジーを導入する上で満たす必要のある条件は何かを考えるのです」。

ハンガーのメンデルゾーン氏は、顧客発見のプロセスで創業者はいくつかの難しい質問に答えを見いだす必要があると述べている。「結局のところ、エントリーポイントは何かということです」と同氏はいう。「Corneaでは、顧客発見のプロセスを経る必要がありました。顧客にとってすべての要素が必要に思えたとしても、最小限の行動変化ですぐに効果があらわれる最適な解答を見つけ出す必要があるのです」。

確かに、顧客発見のプロセスは顧客の側からも評価されている。連邦政府の緊急事態管理機関の高官は「どの会社もソリューションを持っていましたが、誰も私の抱えている問題について質問することはありませんでした」と語った。質の高い製品を用意し、この市場で行われている特別な仕事に合わせてその製品をカスタマイズしていくことが鍵となる。

しかし、仮にすばらしい製品があったとしても、どうやって調達手続の難しい課題を解決できるのか。その答えはさまざまで、この問題へのアプローチ方法について各スタートアップが戦略を示している。

RapidSOSのマーティン氏は「問題解決のための新しいサービスを調達するうえで、政府には手本となる良いモデルがない」と述べる。そこで、同社は政府向けのサービスを無料にすることを決めた。「かつて当社の製品を使用している政府機関はゼロでしたが、3年であらゆる政府機関が当社の製品を使用するようになりました。手本となるモデルがないという調達の問題を解決したことが功を奏しました」と同氏は語る。同社のビジネスモデルが基盤としているのは、自社のデータを911センターに統合して自社の安全を確保したいと考える有料の企業パートナーを持つことだ。

これはMD Ally(エムディアリー)が採用しているモデルと同様のものだ。同社は先週、シードラウンドでGeneral Catalyst(ジェネラルカタリスト)から350万ドル(約3億8200万円)の資金を調達した。エムディアリーは、911通報システムに遠隔医療の紹介サービスを組み込んでいる。CEO兼共同創業者のShanel Fields(シャネル・フィールズ)氏は、政府調達を避け、医師や精神医療従事者側からの収益エンジンを作成することに活路を見いだしたと強調している。

「政府のロビンフッド」とでも呼ばれるようなもの(つまり無料で提供するサービス)以外に、別のアプローチもある。より有名で信頼できるブランドと連携して、スタートアップの革新性と既存プレイヤーの信頼性を兼ね備えた製品を提供するというものだ。レスポンダーのスタートン氏は「この分野で企業を立ち上げるには、資本金だけでは不十分であることをこの市場で学びました」と述べている。同氏は、民間企業とパートナーシップを構築して、政府に共同提案を行うことが効果的だと判断した。例えば、クラウドプロバイダーのAmazon Web Services(アマゾンウェブサービス)やVerizon(ベライゾン)は政府からの評判が良く、そのおかげでスタートアップが政府調達のハードルを越えやすくなっているという(TechCrunchはベライゾングループの一員であるVerizon Mediaが運営している)。

Carbyneのエリチャイ氏は、販売の大部分はインテグレーションパートナーを介して行っていると言い、その一例としてCenterSquare(センタースクエア)を挙げた。911サービスについては「米国の市場が最も細分化されていることは明らか」だ。だからこそパートナーを持つことで、同社は何千もの機関へ販売する労力を省くことができる。「通常、政府に直接販売することはありません」と同氏は述べた。

パートナーを持てば、緊急事態管理関連の調達における地元主義の問題に対処することもできる。多くの政府機関は実際に何を購入すべきかわからないため、地元地域の身近な企業が提供しているソフトウェアを購入する。パートナーは地元地域での存在感を示すと同時に、スタートアップが全国的にすばやく事業展開する後押しをしてくれる。

また、パートナーとして、経験豊富な退職した政府関係者との関係を構築することも考えられる。彼らの存在やネットワークを通してスタートアップへの信頼を勝ち得ることができる。政府関係者、特に緊急事態管理担当者の仕事は、企業における仕事以上に密接な連携が求められるため、お互いに協力し合い、信頼関係を築く必要がある。そのような連携を通して親しくなった関係者からの積極的な推薦があれば、商談の流れは簡単に変わる可能性がある。

最後に、緊急事態管理ソフトウェアは政府を対象にしているが、民間企業にとっても、自分たちの業務を守るために同じようなツールを検討する必要が増してきている。多くの企業は、従業員や現場チーム、守るべき物理的資産を分散して抱えており、政府と同様に災害に対応しなければならない場合が多い。スタートアップによっては、初期の段階では民間企業に売り込みながら、公的機関との関係を根気強く構築し続けることも可能だ。

要するに、スタートアップが政府の災害対応機関と関係を築くためには、長期的な顧客開発プログラムや良好なパートナーシップ、共同提案に加え、民間企業も大切にするというのが最善の道だ。

幸いなことに、こうした努力は報われる可能性がある。災害対応機関にはかなりの資金があるだけでなく、これらの機関自体が今より優れたテクノロジーが必要であることを認識している。Corneaの消防責任者であり、以前は米国森林局で火災対応責任者も務めていたTom Harbour(トム・ハーバー)氏は「私たちが費やす資金は数十億ドル(数千億円)にもなります。しかし、もっと効率を上げることができると考えています」と述べた。政府は効率性を高めることに必ずしも協力的ではないが、最後までやり遂げる意思のある創業者なら、影響力があり、収益性が高く、使命感を持った企業を作り上げることができるだろう。

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

山火事発生時に避難情報を伝える双方向緊急プラットフォームをPerimeterが開発

窓の外では火が燃え盛っていて、それがどんどん近づいてくる。混乱している。恐怖。クルマに逃げ込む。道路が当局によって突然閉鎖される。渋滞に巻き込まれる。炎が止まったかと思うと、突然、炎が方向を変えて飛び出してくる。普段の日常生活の中では、誰もがこれからやることの予定を立てている。しかし、誰かが避難のために家を出た瞬間、その「やること」は破棄されてしまう。

だが、いざというときこそ、何をすべきか、どこに行くべきか、正確に把握しておくことは、誰にとっても必要だ。とはいえ、残念ながら、そのような情報が必要な形で得られることはほとんどない。

カリフォルニア州のサンフランシスコ北部に住むBailey Farren(ベイリー・ファーレン)氏の家族は、このような事態をもう4回も経験している。気候変動による乾燥化で山火事がかつてないほど多発しているにもかかわらず、避難は相変わらず大混乱になる。カリフォルニア大学バークリー校の学生だった彼女は、何が起きていたのか、なぜ家族が安全かつ迅速に避難するために必要な情報が常に不足していたのかを調べ始めた。「第一応答者は、必要な情報をすべて持っていると思っていました」と、彼女はいう。

しかし、そうではなかった。最前線で活動する消防士には、正確な情報をオペレーションセンターに伝え、市民に避難方法を指示するためのテクノロジーを持ち合わせていないことが多い。市民には最新の情報を常に伝えなければならないが、その手段を関係当局は簡単なテキストメッセージに頼っていることが多く、例えば、郡全体の人々に避難するように伝えるだけで、それ以上の情報はほとんど伝えられない。

2018年にカリフォルニア州で発生した史上最悪の火災「Camp Fire(キャンプ・ファイア)」をきっかけに、ファーレン氏は公安担当者へのインタビューに留まらず、さらに解決策の構築を目指すようになった。2019年春に大学を卒業すると同時に、彼女は同じバークリー校の卒業生であるNoah Wu(ノア・ウー)氏と、Perimeter(ペリメーター)を設立した。

Perimeterは、ファーレン氏の言葉によれば、地理空間データを中心にした双方向のコミュニケーションを提供することで「機関と市民の間のギャップを埋める」ために設計された緊急対応プラットフォームだ。

同社は米国時間4月12日、プレシードラウンドで100万ドル(約1億900万円)の資金を調達したと発表した。この投資ラウンドはParade Ventures(パレード・ベンチャーズ)のShawn Merani(ショーン・メラニ)氏と、Dustin Dolginow(ダスティン・ドルジノウ)氏が主導し、SIO(ソーシャル・インパクト・オーガニゼーション)のOne World(ワンワールド)と、Alchemist Accelerator(アルケミスト・アクセレレーター)が参加。Alchemistはこのスタートアップの最初の資金提供者だった。

Perimeterの共同創業者でCEOのベイリー・ファーレン氏(画像クレジット:Benjamin Farren via Perimeter)

市民はPerimeterを利用して、新たに発生した火災や、倒れて道路を塞いでいる木など、地理的にタグづけされた情報をアップロードすることができる。「消防隊員が到着する前に、市民が最も正確でリアルタイムな情報を持っていることがあります。それを【略】政府の役人と共有してもらいたいのです」と、ファーレン氏は語る。しかし、その情報はすぐには一般には広まらない。まずは第一応答者が情報を調査し、市民が常に正確な情報をもとに行動を起こせるようにする。「ソーシャルメディアのようにはしたくないのです」と、彼女は説明する。

その一方で、オペレーションセンターはPerimeterを使って、市民に正確で詳細な避難地図と避難経路を送ることが可能だ。単なるテキストメッセージとは異なり、PerimeterはメッセージとURLの両方を送信し、地図や災害の進行状況に関するリアルタイム情報を表示できる。

現時点では、このプラットフォームはウェブアプリとして配布されており、災害時に備えて市民が事前にインストールしておく必要はない。ファーレン氏によれば、同社はネイティブアプリにも取り組んでおり、特に被災地では携帯電話の電波が断続的になることが多いため、堅牢なオフライン機能を必要とする救急隊員のために開発を進めているという。

ファーレン氏と彼女のチームは、緊急管理機関に広くインタビューを行っており、最初の顧客はパロアルトのOffice of Emergency Services(緊急管理局)だった。「研究開発に重点を置き、機関と手を取り合って構築しました。過去2度の火災が多い時期には、技術のベータテストを行いました」と、ファーレン氏は述べている。

現在、Perimeterには4人のフルタイム従業員がいる。リモートで仕事をしているが、全員がカリフォルニア在住だ。

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カテゴリー:ソフトウェア
タグ:Perimeter火災資金調達Alchemist Acceleratorカリフォルニア

画像クレジット:Patrick T. Fallon/Bloomberg / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

スタートアップにはバイデン大統領のインフラ計画を支持する110兆円分の理由がある

Joe Biden(ジョー・バイデン)大統領が2021年3月末に提案した膨大なインフラ投資計画概算で2兆ドル(約220兆円)の規模となり、大幅な増税もともなう。スタートアップとテクノロジー業界全体にとって、この計画の価値は実に1兆ドル(約110兆円)ほどになる。

テクノロジー企業は過去10年以上、農業、建設、エネルギー、教育、製造、運輸、流通といった昔からの業界に適用できるイノベーションの開発に取り組んできた。こうした業界は、非常に強力なモバイルデバイスの出現により、ようやく最近テクノロジー適応における構造的な障害が取り除かれた業界だ。

これらの業界は現在、より強固な経済再建を目指す大統領の計画の核となっている。バイデン政権が期待する取り組みの大半を実現するのは、スタートアップや大手のテクノロジー企業が提供するハードウェアサービスやソフトウェアサービスだ。米国を再び偉大にすべく費やされる何千億ドルもの資金は、直接的であれ間接的であれ、こうした企業にとって大きな後押しとなるだろう。

投資会社Energy Impact Partners(エナジーインパクトパートナーズ)のパートナーを務めるShayle Kann(シェイル・カン)氏は「バイデン氏の新計画に織り込まれている環境重視の投資は、ARRA(American Recovery and Reinvestment Act、米国復興・再投資法)における投資額のおよそ10倍の規模となる。これは、クリーンな電気や炭素管理、車両の電気化など、環境テクノロジーを扱う幅広い部門にとって大きな機会となるはずだ」と話している。

この計画の感触は多くの面でグリーンニューディールに似ているが、目玉は米国が切実に必要とするインフラの最新化、そしてサービスの改善だ。事実、エネルギー効率化はもはや新時代の建設の一部となっているため、グリーンニューディールの核であるエネルギー効率や再生可能エネルギーの開発計画を無視してインフラに投資することは難しい。

関連記事:バイデン次期大統領の気候変動対策はグリーンニューディールに依存しない

予算案のうち7000億ドル(約77兆円)以上は自然災害への耐性強化に用いられる。例えば、水道、電気、インターネットといった重大なインフラの改修や、公営住宅、連邦ビル、老朽化した商業不動産や住宅不動産などの復旧・改善だ。

また、別途4000億ドル(約44兆円)ほどの資金が、半導体など国内の重要な製造業の強化、将来のパンデミック対応、そして地域のイノベーションハブの立ち上げに投じられる。地域ごとのイノベーションハブは、ベンチャー投資とスタートアップ育成の促進を目指したもので「有色人種のコミュニティやサービスが行き届いていないコミュニティにおける起業家精神の向上を後押しする」ものとなる。

気候への耐性

2020年に米国を襲った数々の災害(および合計で推定1000億ドル、約11兆円ほどの被害額)を鑑みると、バイデン計画の焦点がまず災害対策に向けられていることにも納得できる。

バイデン計画の概要としては、まず500億ドル(約5兆5000億円)を融資に投じ、Federal Emergency Management Agency(連邦緊急事態管理庁)とDepartment of Housing and Urban Development(住宅都市開発省)のプログラム、またDepartment of Transportation(運輸省)の新たな取り組みを通じて、サービスが不十分で災害リスクが最も高いコミュニティにおける強化・保護・投資を行う算段だ。スタートアップに最も関係する点として、大規模な山火事や海水位の上昇、ハリケーンなどを阻止してこれらに備え、農業の新たなリソース管理を実現し「気候に強い」テクノロジーの開発を促進するための取り組みやテクノロジーには、積極的に資金が提供される。

バイデン氏の大がかりなインフラ戦略の大部分と同様、これらの問題にも解決に向けて取り組んでいるスタートアップが存在する。例えば、Cornea(コルネア)Emergency Reporting(エマージェンシーレポーティング)Zonehaven(ゾーンハーヴェン)などの企業が山火事におけるさまざまな側面の解決に取り組んでいる他、洪水予測や気候監視を行うスタートアップもサービスを展開し始めている。また、ビッグデータ分析、監視・感知ツール、ロボティクスといった分野も農場に欠かせない存在となりつつある。大統領がてがける節水プログラムやリサイクルプログラムについては、Epic CleanTec(エピッククリーンテック)をはじめとする企業が住宅ビルや商業ビル向けに廃水のリサイクル技術を開発したところだ。

米国再建物語

バイデン氏のインフラ投資計画で圧倒的な額を占めているのが、エネルギー効率の向上と建物の改修だ。実に4000億ドル(約44兆円)もの資金が、丸ごと住宅やオフィス、学校、退役軍人病院や連邦ビルの改修に充てられる。

Greensoil Proptech Ventures(グリーンソイルプロップテックベンチャーズ)Fifth Wall Ventures(フィフスウォールベンチャーズ)が立ち上げた新たな気候重視の基金は、バイデン氏の計画によってさらにその理論の信頼度を高めることとなる。2億ドル(約220億円)の投資手段を確立し、エネルギー効率と気候テックのソリューション事業に力を入れている基金だ。

フィフスウォールに最近参加したパートナーであるGreg Smithies(グレッグ・スミシーズ)氏は2020年、エネルギー効率の分野で建物の改造とスタートアップのテクノロジーに大きなビジネスチャンスが広がっていると述べている。

「この分野では、実入りが良く、すぐに着手できる案件が数多くある。これらの建物の価値は260兆ドル(約2京9000兆円)にも上るが、ほとんど近代化されていない。こうした老朽化物件に注力すれば、ビジネスチャンスは格段に広がるだろう」。

不動産の脱炭素化もまた、住民の暮らしの質と満足度を高められるだけでなく、世界的な気候変動への取り組みを大きく変える分野だ。フィフスウォールの共同設立者、Brendan Wallace(ブレンダン・ワランス)氏は、声明の中で「エネルギー全体の40%を不動産が消費している。世界経済は屋内で動いているのだ。不動産は炭素問題に大きく関与しているため、気候関連のテクノロジーへの出資が特に多い分野となるだろう」と述べている。

手頃な価格での住宅建設が難しい現状を鑑み、バイデン計画では、この障壁を取り除くための具体的な方策を講じる地域に報酬として柔軟な財政支援を行うよう、新しい補助金計画の議会成立を求めている。その一部に含まれるのは、米国の公営住宅のインフラ改修に使われる400億ドル(約4兆4000億円)の資金だ。

このプロジェクトには、すでにBlocPower(ブロックパワー)などのスタートアップが深く関わっている。

ブロックパワーの最高責任者兼設立者、Donnel Baird(ドネル・ベールド)氏は次のように述べている。「まさにヒーローの登場だ。バイデン・ハリス政権が発表した気候対策は、まさに米国の経済と地球を救うプランで、 「Avengers: Endgame(アベンジャーズ / エンドゲーム)」の現実版を見ている気分だ。過去5年間はやり直せなくても、スマートで大がかりな投資をして未来の気候インフラを整備することならできる。200万軒もの米国の建物を電気化し、化石燃料から完全に切り離す取り組みは、まさに米国への投資だ。新しい業界を生み出し、外国に流出しない雇用を米国人のために創出し、将来的には建物が排出する温室効果ガスを30%削減することにもなるのだ」。

連邦政府によると、スタートアップに直接影響する投資計画の中には、Clean Energy and Sustainability Accelerator(クリーンエネルギーおよび持続可能性促進法)の取り組みとして、270億ドル(約3.0兆円)を投じて個人投資を集める提案書が含まれている。この取り組みで重視されるのは、分散型エネルギー資源、住宅・商業ビル・庁舎の改造、そしてクリーンな運輸だ。サービスが行き届いておらず、クリーンエネルギーへの投資機会がなかったコミュニティに重点が置かれる。

未来のスタートアップ国家への資金提供

連邦政府は次のように発表している。「半導体の発明からインターネットの誕生まで、経済成長の新たな原動力となっている分野は、研究や商品化、強力なサプライチェーンなどを支える公共投資によって成長してきた。バイデン大統領は議会に対し、研究開発、製造、地域単位での経済成長、さらにはグローバル市場での競争に勝つためのツールやトレーニングを従業員と企業に提供する人材育成といった分野について、スマートな投資を行うよう呼びかけている」。

これを実現すべく、バイデン氏は別途4800億ドル(約53兆円)を費やして研究開発を促進する予定だ。このうち500億ドル(約5兆5000億円)は半導体、高度通信技術、エネルギー技術、およびバイオ技術への投資として国立科学財団へ、300億ドル(約3兆3000億円)は農村開発、さらに400億ドル(約4兆4000億円)は研究基盤の強化に充てられる。

また、インターネットを生み出したDARPAプログラムをモデルに、Advanced Research Projects Agency(国防高等研究計画局)の一機関として、気候問題に主眼を置いたARPA-Cの設立を目指す動きもある。気候専門の研究・実証プロジェクトに対する資金としては、200億ドル(約2兆2000億円)が投じられる。こうしたプロジェクトに該当する分野は、エネルギー貯蔵をはじめ、炭素の回収・貯留、水素、高度な核燃料、および希土類元素の分離、浮体式洋上風力発電、バイオ燃料・バイオ製品、量子計算、電気自動車などである。

製造業に資金投入するバイデン氏の取り組みでは、さらに3000億ドル(約33兆円)の政府財政援助を行う用意がある。このうち300億ドル(約3兆3000億円)はバイオプリペアドネスとパンデミックへの準備、500億ドル(約5兆5000億円)は半導体の製造・研究、460億ドル(約5.0兆円)は連邦政府による新たな高度原子炉、核燃料、自動車、ポート、ポンプ、クリーン物質の購買力向上に使われる。

これらすべてで強調されているのは、国内全体で公平かつ均等に経済を発展させるという点だ。そこで、地域のイノベーションハブに加え、刷新的なコミュニティ主導の再開発事業を後押しするCommunity Revitalization Fund(コミュニティ再生基金)に200億ドル(約2兆2000億円)が割り当てられ、農村部の製造業およびクリーンエネルギーの促進を目標にして、国内の製造業投資に520億ドル(約5兆7000億円)が割り当てられる。

さらに、スタートアップ関連では、スモールビジネスがクレジットやベンチャーキャピタル、研究開発費用を獲得できるよう支援するプログラムに310億ドル(約3兆4000億円)が投じられる。予算案では特に、有色人種のコミュニティやサービスが行き届いていないコミュニティの発展を後押しすべく、コミュニティベースのスモールビジネスインキュベーターやイノベーションハブへの資金提供を呼びかけている。

水道と電力のインフラ

米国のC評価のインフラが抱える問題は国内のいたるところで見受けられ、その内容も、道路や橋の崩壊、きれいな飲料水の不足、下水設備の欠陥、不十分なリサイクル施設、発電・送配電設備の増加し続ける需要に対応しきれない送電網などさまざまだ。

連邦政府の声明によると「配管や処理施設が全国で老朽化しており、汚染された飲料水が公衆衛生を脅かしている。推定では、600~1000万軒の住宅への飲料水配給でいまだに鉛製給水管が使われている」とのことである。

この問題に対処するため、バイデン氏は450億ドル(約4兆9000億円)をEnvironmental Protection Agency’s Drinking Water State Revolving Fund(環境保護庁州水道整備基金)とWater Infrastructure Improvements for the Nation Act(水道インフラ改善法)を通じた助成に充てる計画だ。こうしたインフラ交換のプログラムはスタートアップに直接影響することはないかもしれないが、飲料水・廃水・雨水の処理設備や水に含まれる汚染物質の監視・管理システムの改善にさらに660億ドル(約7兆2000億円)が費やされれば、水質検査やフィルタリングなどを扱うさまざまなスタートアップがここ10年以上市場にあふれていることを考えると、恩恵は大きい(事実、水道技術に特化したインキュベーターもあるほどだ)。

悲しい事実ではあるが、米国内の水道インフラの大部分は維持が追いついておらず、こうした大規模な資金投入が必要となっているのである。

また、水道に関して言えることは、近年電力に関しても言えるようになってきている。連邦政府によると、停電による米国の経済損失は年間700億ドル(約7兆7000億円)以上にも上る。この経済損失と1000億ドル(約11兆円)の出費を比較すれば、どちらがいいかは一目瞭然だろう。スタートアップにとって、この計算式で浮く金額はそのまま会社の利益につながる。

より耐久性のある送電システムを構築することは、Veir(ヴェイル)をはじめとする企業にとっては実にうれしい話だろう。ヴェイルは、送電線容量の増加に向けた新しい技術の開発に取り組んでいる企業だ(このプロジェクトは、バイデン政権も計画内で明確に言及している)。

バイデン計画には資金提供だけでなく、Department of Energy(エネルギー省)内部に新しくGrid Deployment Authority(送電網配備局)を設置する案も盛り込まれている。連邦政府はこれを、同局の設置について、道路や鉄道沿線の敷設用地をより有意義に活用し、資金提供手段を通じて新たな高圧送電線を開発するためとしている。

同政権の取り組みはこれだけにとどまらない。エネルギー貯蔵技術と再生可能技術を後押しするため、これらの開発には税額控除が適用される。つまり、直接払いの投資税額控除と生産税控除が10年延長され、その後、徐々に控除が減額されるというわけだ。この計画では、クリーンエネルギーの包括的補助金を捻出する他、政府の連邦ビルについては再生可能エネルギーのみを購入することが盛り込まれている。

バイデン政権下では、クリーンエネルギーとエネルギー貯蔵に対するこの支援に加え、廃棄物の浄化と汚染除去の分野で予算を大きく拡大し、210億ドル(約2兆3000億円)が投じられる予定だ。

Renewell Energy(レネウェルエナジー)をはじめとする企業や、放置された油井を塞ぐ取り組むを続けるさまざまな非営利団体は、この分野に携わることができるはずだ。また、その他の鉱床の回復や、こうした油井から出る排水の再利用といった取り組みの可能性も考えられる他、ここでも投資家はビジネスチャンスを狙うアーリーステージの企業を見出だせるだろう。バイデン計画から出される資金の一部は、汚染されて利用できなくなった工業用地を再開発し、より持続可能なビジネスに変えるために用いられる。

屋内での農業をてがけるPlenty(プレンティ)、Bowery Farms(バワリーファームズ)、AppHarvest(アップハーヴェスト)などの企業は、利用されていない工場や倉庫を農場として再利用することで、大きな利益を上げられるかもしれない。送電網に関する需要を考えれば、閉鎖された工場をエネルギー貯蔵やコミュニティベースの発電に使うハブ、あるいは送電設備に生まれ変わらせることもできる。

連邦政府の声明によると「バイデン大統領の計画は、Appalachian Regional Commission(アパラチア地域委員会)のPOWER補助金プログラム、エネルギー省による(セクション132プログラムを通じた)閉鎖工場の改革プログラム、さらにはコミュニティ主導の環境正義活動を後押しする専用の資金を通して行われる、持続可能な経済開発の取り組みを促進するものである。コミュニティ向けの支援としては、旧世代の環境汚染や蓄積された環境への影響を最前線や工場に隣接する地域で経験してきたコミュニティがこうした問題に対応できるよう、能力構築助成金やプロジェクト助成金が給付される」。

こうした再開発事業の鍵は、スチール、セメント、および化学製品の大規模な製造施設向けに炭素の回収・修復の実証実験を行うパイオニア施設の設立だ。とはいえ、バイデン政権が望めば、さらに一歩先へ進んで低排出の製造技術開発に取り組む企業を支援することもできるだろう。例えば、Heliogen(ヘリオゲン)は大規模な採掘作業用に必要な電力を太陽光発電でまかなっている他、BMWと提携しているBoston Metal(ボストンメタル)は炭素排出量がより少ないスチール製造プロセスの開発を進めている。

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また、これらの資金を使うために不可欠な前提条件として、開発前の段階にある事業に投資する必要がある。これには250億ドル(約2兆7000億円)が割り当てられており、Forbes(フォーブス)誌のRob Day(ロブ・デイ)はこの資金について、比較的小規模のプロジェクトデベロッパーを後押しするだろうと述べている。

デイ氏は次のように述べている。「他の記事でも書いたように、持続可能性に関するプロジェクトを最も有意義な形で、つまり現地の環境汚染や気候変動による打撃を最も受けたコミュニティで実施するには、地元のプロジェクトデベロッパーが鍵となる。比較的小規模のプロジェクトデベロッパーは、単に民間企業のインフラ整備投資を受けるだけでも、多額の出費が必要となる。持続可能性政策に携わる人は皆、起業家の支援について話すが、現状の支援対象の大半は技術開発者で、実際にこうした技術革新を展開する小規模のプロジェクトデベロッパーには支援が向けられていない。インフラの投資家も通常、プロジェクトの建設準備が整ってからでないと資金を提供したがらないものだ」。

より良いインターネットの構築

連邦政府は次のような声明を出している。「広帯域インターネットは、新時代の電気のようなものだ。米国人が仕事をして、平等に学校で学び、医療サービスを受け、人とつながるには広帯域インターネットが欠かせない。それにもかかわらず、ある調査によると、3000万人以上の米国人は最小限必要な速度の広帯域インフラがない場所で生活している。また、農村部や部族の所有地で暮らす米国人のインターネット環境はとりわけ貧弱だ。さらに、OECD諸国の中で米国の広帯域インターネット料金が特に高いこともあり、インフラが整っている地域に暮らしていながら実際には広帯域インターネットを利用できない人も多く存在する」。

バイデン政権は、広帯域インターネットのインフラ整備のために1000億ドル(約11兆円)を支出するにあたり、高速の広帯域インターネットのカバレッジを100%に引き上げる他、地方自治体、非営利団体、および共同組合が所有・運営・提携するネットワークを優先することを目標としている。

新たな資金投入にともない、規制政策にも変化が生じる。これにより、地方自治体が所有または提携するプロバイダーや農村部の電気協同組合が民間のプロバイダーと競合することになり、インターネットプロバイダーは料金形態をさらに透明化する必要が生じる。競争の激化はハードウェアベンダーにとってもメリットとなり、最終的には独自のISP立ち上げを目指す起業家の新事業も生まれる可能性がある。

そうしたサービスの1つが、ロサンゼルスで高速のワイヤレスインターネットを提供するWander(ワンダー)だ。

連邦政府の声明によると「米国人は他の国の人と比べてもインターネット料金を払いすぎている。そこで、大統領は議会に呼びかけて米国人全員のインターネット料金を引き下げ、農村部と都会の両方のインフラを強化し、プロバイダーに説明責任を課し、納税者のお金を守るためのソリューションを全力で探している」とのことだ。

カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
タグ:ジョー・バイデンインフラ環境問題災害農業炭素脱炭素電力持続可能性公共政策アメリカ

画像クレジット:Bryce Durbin/TechCrunch

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(文:Jonathan Shieber、翻訳:Dragonfly)

我々を殺すのはAIではなく「何もしないこと」、シリコンバレーは災害やパンデミックといった現実の問題を解決する努力をすべきだ

この1年間、私たちの多くは存亡の危機について考えながら過ごしてきた。非常食セットから核バンカーまで、サバイバル用品の売り上げは増加しており、Twitterで1日中ドゥームスクローリング(ネットで悲観的な情報を読み続けること)をしていると、少なくとも文明崩壊の可能性が話題にならない週はないように感じる。

しかし、テック業界に長くいると、存亡の危機に関する「現実の問題」と「憶測に基づくシナリオ」との間に驚くほどのずれがあることに気づく。

シリコンバレーでは「実は今、偏屈な生物学博士が小さな実験室にこもって、個人あるいは全人類を暗殺できる特別な病原菌を作っているのだ」というようなシナリオが話のネタとしておもしろおかしく話題にのぼっている(ゲノム編集技術の略称「CRISPR」を使って話せば、よりそれっぽく聞こえる)。他にも、コロナガスの噴出や電磁爆弾のようなものが頻繁に発生して、すべての電力供給を停止させる可能性があるというシナリオや、世界中のすべてのCPUが同じコード行に対して脆弱であるという(おそらくMeltdownやSpectreから発想を得た)ある種のハッキングシナリオもよく耳にする。

しかし、ここ1年を振り返ってみると、私たちには、問題を認知する際に偏った思い込みをしてしまう傾向があることに気づく。つまり、憶測にすぎないリスクについては考え過ぎるのに、文明的な生活を脅かしかねないありふれたリスクについてはあまり考えていないのだ。

確かに、先ほどのようなシナリオはおもしろく想像力に富んでいて「仕事は何をしているの?」なんていう話を続けるよりもずっとZoom飲み会を盛り上げてくれる。

しかし、ここ1年を振り返ってみると、私たちには、問題を認知する際に偏った思い込みをしてしまう傾向があることに気づく。つまり、憶測にすぎないリスクについては考え過ぎるのに、文明的な生活を脅かしかねないありふれたリスクについてはあまり考えていないのだ。

新型コロナウイルス感染症は、文字どおり何十年も前から何らかのかたちで予測されてきた、あまりにも明白なパンデミックの例である。しかし「想定済み」だったはずの災害に遭遇した例は他にもある。2021年2月、テキサス州のエネルギー供給網の多くが故障したために数日間にわたって停電し、数百万人の人々が、それまで地元で経験したことのない寒さに耐えなければならなかった。電磁爆弾が落とされたわけではないのに、これだけの被害が生じたのだ。またカリフォルニアの山火事シーズンが拡大し、人命が失われ、大規模な停電や何十億ドル(何千億円)もの損害が発生した。空を象徴的なオレンジ色に染めたのはハリウッドの特殊効果ではない。2021年1月には「ソフトウェアの問題」により東海岸のあちこちでインターネットが使えなくなったし、クリスマス休暇中にはナッシュビルで単独犯による自爆テロのせいで通信施設が破壊され、都市部の通信回線の大部分がダウンした。

関連記事:悪天候や停電が示す米国の電力網最大の問題は再生可能エネルギーではなくインフラそのものにある

ここで問題の認知にずれが生じる。私たちはすでに文明的な生活を脅かされたことがあるのだ。ただ、これまではその期間や範囲が限定されていた。2月はテキサス州、2020年はカリフォルニア州で大規模な停電が発生したが、全土で停電したことはない。同じく、東海岸とナッシュビルでインターネットが使えなくなったが、時間差があったし、全土で同時にインターネットが使えなくなったことはない。パンデミックが発生し、ウイルスの拡散を抑えるために世界の大部分で学校や店舗を定期的に閉鎖しなければならなくなったが、文明的な生活が消滅してしまったわけではない。人口の10%がNetflix(ネットフリックス)を使えている限り、このパンデミックでさえも大した災害ではないと思えるくらいだ。

汎用人工知能や、AIの能力が人類を超えるというシンギュラリティ(特異点)の概念、火星への避難について話している人たちがいるが、目の前の現実では、何千カ所ものダムに信じられないほど大きな負担がかかっており、これらのダムのいくつかが決壊すれば、今後数年間で何百万人もの人々が命を落とす可能性がある。これは仮定の話ではない。ダムの構造物が耐用年数に達し、次第に崩れやすくなると、ダムは予測に違わず決壊する。

私たちはなぜか、このような身近に迫る深刻な事態をリスクとして認識することを避けるようになってしまった。数年前は極度の非難を受けていたAWSの障害が、今ではZoom会議から私たちを解放してくれるものになった。停電は新たな日常にすぎない。パンデミックについては、私たちすべてが期待している回復を変異ウイルスが脅かし始めているとしても、現段階でわざわざマスクをする意味はないと考える人もいる。ある同僚が私に言ったように、電池式のラジオを買うべきだ。すぐに必要になるだろう。インターネット通信が突然使えなくなる可能性を想定すべきである。

シリコンバレーを起業家精神あふれる場所にしているソリューショニズムは、存亡にかかわる非常に日常的な脅威を解決するという方向に向かうことはないようだ。送電網の故障は防ぐことができる。インターネットは、障害を迂回し、わずか数カ所の中央データセンターや電話局のみを拠点することはないように設計されているはずだ。これにより不正なパッチや妨害者が世界のGDPが低下させることはない。医療システムはアウトブレークを制御することができる。私たちはどんな戦略を取るべきかを知っている。ただその戦略を実行できさえすればいいはずだ。

回復力と計画性には、シリコンバレーが得意とする分析力が役に立つ。それなのに、シリコンバレーにはその回復力と計画性が欠如している。そして、それ以上にいら立たしいのは、このような大惨事にあっても行動をまったく起こさないことだ。この1年でわかったことは、政府も会社も一般市民もすべてが完全に無気力状態にあり、災害が起きた場合の備えを明らかにまったくしていないことだ。

私は、人々を病院に案内したり、データを追跡したり、ワクチンを見つけるように人々を指導したり、初期の慌ただしい時期にマスクを探したりする、新型コロナウイルス感染症から生まれたクラウドソーシングのプロジェクトを非難したいわけではない。このようなプロジェクトは、たとえうまくいかなくても重要であり、豊かで新しい市民生活を象徴している。しかし重要なのは、現場での行動の欠如をキーボードで完全に補えると考えないことだ。テック業界では、あらゆる問題を解決するためにウェブアプリを開発することを好むが、Pythonコードだけで対応できる災害などないに等しい。

テックコミュニティで私が見つけた唯一の例外は、Googleの共同創設者であるSergey Brin(セルゲイ・ブリン)氏だ。彼はGlobal Support and Development(GSD)という災害救援チームとともに世界規模の災害対応能力を築くことに時間とリソースを費やしたようだ。Mark Harris(マーク・ハリス)氏は2020年、この取り組みに関して詳細な記事を書いている

GSDはこの5年間、新型コロナウイルス感染症のパンデミックをはじめ、注目を集めたさまざまな災害が発生した際、ひそかにハイテクシステムを使い、迅速な人道支援を行ってきた。ドローンやスーパーヨットから、巨大な新しい飛行船まで、チームが期待する幅広いハイテクシステムを使えば、支援物資を被災地に簡単に輸送できるようなる。

このような取り組みをもっと増やすべきだ、しかも、今すぐに。

存亡リスクは常にハイテク業界の中心にある。ラジオ放送の「宇宙戦争」、マンハッタン計画から、1960年代のAIや人工頭脳工学、80年代のサイバーパンクや気候パンクなどのあらゆるパンク、そして今日の汎用人工知能やシンギュラリティ(特異点)に至るまで、自分たちが作る技術の進歩が、現代の世界に大きな影響を与える可能性があることを私たちは知っている。

今こそ、現在利用できるツールを使って、クレイジーな憶測に基づく未来ではなく、現在の世界が直面している大混乱と課題に目を向けるときである。私たちの主要な課題のほとんどは、単に解決可能であるだけでなく、時間をかければ事態を大幅に改善できるものである。しかしそのためには、恐怖をあおる憶測に対してばかり危機感を感じるのではなく、ありふれた日常的な問題(でも最終的には確実に私たちを苦しめる予測可能な問題)をリスクとして認知するよう、意識的に努力することが必要だ。

カテゴリー:その他
タグ:コラム自然災害新型コロナウイルスGlobal Support and Development

画像クレジット:Allkindza / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)