【コラム】テック企業は採用の場で恵まれた学生が持つ魅力とその潜在能力を混同するのをやめるべきだ

大学に通う低所得の学生の数は増加している。Pew(ピュー)研究所からの2016年のレポートによれば、低所得の家庭出身の各部学生が占める割合は、1996年の12%から2016年には20%に増加している。ただし、6年以内に学位を取得できるのは、収入が上位4分の1の学生の場合は58%に達しているのに対し、下位4分の1の学生の場合はわずか11%にとどまっている。

この不一致に対して思いを馳せる必要がある。なぜ低所得層の学生の多くが大学に進学しても学位を取得できず、労働力としての潜在能力を十分に発揮できないのだろうか?この疑問への手短な回答は、個別のターゲットを絞り込んだサポートとリソースの不足である。そして、特にテクノロジーの分野では、このようなサポートの欠如が存在する原因は、採用のエコシステムが、学生や将来の従業員候補者に対して、ある種の「特典」や豊かさを持っていることを仮定している問題ある構造になっているからなのだ。

こうした仮定(無意識的であるか否かに関わらず)は、門戸を開いてくれるはずの教育やキャリアの機会から、低所得の学生を間違ってそして一貫して排除してしまい、結果的にテック業界が重要で実りある人材プールにアクセスできない状況を続けさせている。

こうした技術系の教育からキャリアへのパイプラインが、学位を取得して私たちの経済の中で最も給料の高いセクター(この部分についてはここでは触れない)の1つに入ろうとしている低所得の学生を、途中で挫折へ追い込んでいるのは明らかだ。社会経済的地位は「多様性」の議論の一部でなければならないが、それは過小報告され、十分に議論されていない。

「特典」の産物と潜在能力を混同するとはどういう意味だろうか?

多くの業界と同様に、技術者の採用(インターンシップからフルタイムの仕事に至る)は卒業のかなり前の段階で行われる。この採用構造は、実際の才能や潜在能力よりも、環境的に恵まれていることとリンクしがちな特徴を過大評価し採用する傾向がある。しかし潜在能力が高いにも関わらず低所得の学生は、この採用構造が求める「理想的な候補者」の型には適合しないことがよくある。それはどのように発生し、どうすればそれを止めることができるのだろう?

たとえば採用担当マネージャーにテクノロジー業界で成功するために必要なスキルを尋ねてみよう。彼らは以下のような新しい候補者を探していると口にするかもしれない。

  • 優れた問題解決能力を持っている
  • 時間管理スキルを持つことが示されている
  • 勤勉である
  • トリッキーな問題に対して弾力的に粘ることができる
  • 適応性がある

こうしたスキルは、たくさんの異なる経験から得られる。例えば技術系学位を目指しつつフルタイムまたはパートタイムの仕事をしている学生は、強い労働倫理、時間管理能力、そして弾力性を身につける。また家族の知識や社会的ネットワークに頼ることなく、大学での経験を自力で切り開いている移民二世の学生は、優れた問題解決能力を身につけている可能性が高い。主観的ではあるが、これらはテクノロジー業界で成功するための非常に貴重なスキルである。

しかし、採用活動では、こうした実証されたスキルが実際に考慮されることはほとんどなく、次のような基準によって不平等の影が落とされているのだ。

  • 一流大学への進学へつながる、恵まれた環境にある高校における経験(テストの準備、質の高いアドバイス、高レベルの数学コースへのアクセスを含む)とそれに付随する多くの機会と支援
  • 大学のクラブやネットワークに参加したり、ハッカソンに参加したり、週末や夕方に会議やネットワークイベントに参加したりするための資金と時間(すなわち、自活のために働く必要がない、またはより少ない時間の労働で済ますことができる)
  • 面接のために旅行を実行したり、インターンシップのために転居したりするために必要な現金や知識
  • 高価なテスト準備コースへのアクセス、大学入学前の高度な数学の準備、そして何よりも、自分自身と家族を養うために働く必要がない人に与えられた勉強だけに集中できる自由などの恵まれた環境によって、大きく影響されるテストの点数、GPA、その他の定量的な指標
  • 社会経済的地位だけでなく、上記の多くの要因に基づいた受賞や表彰歴

先のスキルセット(問題解決、時間管理、回復力etc……)とは異なり、これらの基準は採用活動の世界では「潜在能力」のマーカーと見なされている。しかし、これらのマーカーを取得するには、多くの学生が利用できないある程度の特典と豊かさが必要なのだ。こうした経験はいずれも時間とエネルギーを必要とするため、家族の世話をしたり、学費を払うために働いたり、その他学校以外での重要な責任を果たさなければならない人間にとっては得ることが難しい。これらの経験の多くは個別に支出を必要とするし、またこれらの経験のほとんどは、課外ネットワーク、事前知識、準備を行うことができる恵まれた環境を必要とする。

だがこれは、企業にとって大きな機会損失であり、悲惨な結果がもたらされているのだ。テクノロジー業界は、イベントへの参加、受賞歴、そして通った学校という特性を、業界で実際に成功するための能力から切り離さなければならない。それらは同じものではないからだ。このまま恵まれた環境の産物と潜在能力を混同し続けると、実際に潜在能力の高い学生のコミュニティにアクセスできなくなり、人材不足が続き、技術セクターの多様性が低下する。

では、どうすればよいだろうか?

低所得の学生がその技術の旅全体を通して個別にサポートされるようにするためには、技術コースをどのように修正していけば良いのだろうか?

低所得の採用候補者の競争の場を平準化する

大学生の半数以上が住宅不安を経験していることを口にしている。率直な話、家賃を払えなければコンピュータサイエンスの試験で優をとるのは難しく、高速のインターネット接続がなければ課題を完了するのはほぼ不可能だ。

こうした積年の障壁に対処するには、それらをまず理解してから、解決するためのリソースに投資する必要がある。

まず、低所得のバックグラウンドを持つ学生のために、こうしたギャップを埋めるために働く組織を支援し投資する。次に、すべての新規採用者のための公平な競争条件を整える。テック企業の意思決定者または人事担当者である場合は、すべてのインターンと新規採用者に対して転居と採用のための移動費用を支援する。

学生がこれらの費用を前もってまかなうためのクレジットや家族の支援を持っていると仮定して、支給まで数週間待つべきではない。これを解決することで、候補者はベストな状態で訪問することができる。

多様性に投資するために大学生に投資する

テック業界はテクノロジーパイプラインの開始部分に投資する傾向がある。その結果、企業がK-12(幼稚園から高校まで)プログラムに慈善基金の66%を集中させているのに対し、大学レベルのプログラムに投下されているのはわずか3%である

K-12への投資は重要だが、必要な人材を生み出すには、高等教育レベルでのフォローも必要だ。私たちは、学生が学位を取得できるように支援する必要がある(そうするための過程全般を通してサポートを行う)。これによって、技術革新に貢献する準備ができた技術者と、私たち全員に利便性をもたらすより多様なマインドの形でリターンが得られるのだ。

これは実際にはどういう形をとるのだろう?1つの例を次に示そう。現在まだ学部4年生の新入社員を雇用する場合は、その春学期の間支援を行うのだ。つまり将来の従業員に投資するということだ。最終的な高レベルのクラスに集中するための余裕を提供することで、最後の数カ月の重要な時期に授業料、家賃、その他の費用を支払うことを心配するのではなく、仕事へとより良く備えることができるようになる。

コンピューティングの学位を取得して卒業する現在の学生の人口、およびテクノロジーセクター全体は、人種や性別だけでなく、社会経済的地位の観点からも、私たちの多様な社会を反映していないそしてそれは、テクノロジー業界が恵まれた環境により産まれたものと潜在能力を混同し続けているからなのだ。

その結果、重要なテクノロジーを生み出す役目を負いながら、決してすべての人に平等に役立つとは限らない、多様性に欠けたテクノロジーセクターが生まれるのだ。技術パイプライン全体を通じて低所得の学生を個別にサポートし投資していこう。

編集部注:執筆者のDwana Franklin-Davis(ドワナ・フランクリン=デイビス)氏は生涯現役の技術者だ、現在Reboot Representation(リブート・レプリゼンテーション)のCEOを務めている。同組織は、慈善活動のリソースをプールして、2025年までにコンピューティングの学位を取得する黒人、ラテン系、ネイティブアメリカンの女性の数を2倍にすることを目指しているテクノロジー企業の連合体である。もう1人の執筆者のRuthe Farmer(ルース・ファーマー)氏は、Last Mile Education Fund(ラスト・マイル・エデュケーション・ファンド)の創業者でCEOであり、テクノロジーとエンジニアリングにおける公平性とインクルージョンの世界的な擁護者であり伝道者である。

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(文: Dwana Franklin-Davis、Ruthe Farmer、翻訳:sako)

【コラム】Web3の根拠なき熱狂

2021年最もホットな新規テクノロジーの用語は間違いなく「Web3」と「メタバース」であろう。前者はブロックチェーンをベースにした分散型のウェブを指し、後者はインターネットと拡張現実および仮想現実を組み合わせたものである。ある時点で、これらの概念が融合する可能性がある。もちろん、その概念が何かに変わることがあればの話だが。

関連記事:【コラム】NFT、メタバース、ゲームの親和性が持つ魅力と高まる関心における間違い

突如として、2021年内のどこかからか、私たちはこれらの用語を所与のものであるかのように使い始め、そして私たちは誰もがその変化を内々に知っていた。ソーシャルテレフォンの巨大ゲームのように、ブロックチェーンは「Web3」になり、ARとVRは「メタバース」へと姿を変えたのである。

だが、ブロックチェーンのアイデアは何年も前から概念として存在していた。Bitcoin(ビットコイン)が2008年にデジタル通貨のアイデアのための台帳として利用することを決めたずっと前のことだ。

筆者がエンタープライズ分野でブロックチェーンの概念を取り上げ始めたのは2017年のことである。ある同僚が、ブロックチェーンは次の大きな要点になる、反論の余地のない記録を通じて信頼を確立する手段になる可能性があると指摘したのだ。最初は興味深かったが、問題を探す解決策として言及されることが多く、結局興味を失った。

筆者がエンタープライズにおけるブロックチェーンについて書いた2018年の記事には、以下のように記してある。

関連記事:エンタープライズ市場に臨むブロックチェーン――仮想通貨以外の可能性

現在、ブロックチェーンには過度な期待が寄せられている(ハイプサイクルの「過度な期待」のピーク)ため、同テクノロジーを真剣に取り合えないでいる人は多い。しかしそのコアとなるデジタル台帳テクノロジー自体には、ビジネスにおける信頼性の考え方を大きく変える力が秘められている。とは言え、まだブロックチェーンは黎明期にあり、エンタープライズ市場で受け入れられるにはまだ欠けているものがたくさんある。

当時、筆者はいくつかの有望なスタートアップについて書いた。IBMやSAPなどの大企業でブロックチェーンを担当している人たちと、ブロックチェーンベースのソリューションをエンタープライズに導入するアイデアについて話をした。実際、筆者自身もかなり興奮していたが、現実よりもハイプであることに気づき、先に進んだ。それが3年後に戻ってきたのである。そして再び、次の大きな要点となり、それに合わせて新しい名前が付けられた。

英国のエンジニアでブロガーのStephen Diehl(スティーヴン・ディール)氏は、Web3という名称は同じ問題を抱えた同じテクノロジーを再パッケージ化したものだと考えている。「Web3は本質的に、暗号資産に対する一般の人々の否定的な連想を、旧来のテック企業の覇権の崩壊に関する虚偽の物語に組み込もうとする、気の抜けたマーケティングキャンペーンである」と、ディール氏は2021年12月4日のブログ投稿に書いている

つまり同氏が言っているのは、Web3の提唱者たちは、分散化によってAmazon(アマゾン)、Google(グーグル)、Microsoft(マイクロソフト)、Facebook(フェイスブック)などの大手インターネット企業の力が弱まり、ユーザーに還元される可能性があると主張している、ということである。しかしその可能性はあるのだろうか?

ペンシルバニア大学ウォートンスクールの教授で「The Blockchain and the New Architecture of Trust(ブロックチェーンの技術と革新~ブロックチェーンが変える信頼の世界)」の著者でもあるKevin Werbach(ケビン・ワーバック)氏は、このテクノロジーはハイプの域を出ていない可能性があり、現在のデジタル資産の人気は、まだビッグテックの脅威にはなっていないと述べている。

「Web3はある意味、さまざまなブロックチェーンや暗号資産関連のミームまたはマーケティングブランドであり、すでに存在していたものです。数年前のエンタープライズ向けブロックチェーンの波のように、Web3は普及という点では実際よりもはるかにハイプのレベルが高くなっています。多くの人々が暗号資産を取引してNFTを購入していますが、それは必ずしも、彼らが主要なテクノロジープラットフォームに代わる分散型の代替を採用していることを意味するものではありません」と同氏は語っている。

しかし、Linux Foundation(リナックス・ファウンデーション)の研究担当VPで、トロントにあるThe Blockchain Research Instituteに3年間在籍したHilary Carter(ヒラリー・カーター)氏は、Web3のハイプを受け入れるためのスケールの準備ができている、有望な一連のテクノロジーを見出している。

「Web3は、ブロックチェーンというイノベーションなしには存在することすらできなかったでしょう。初期の失敗によりこのテクノロジーが却下されることがあまりにも多かったため、その道のりは容易ではありませんでした。それでもこうした失敗が、イノベーションを推し進め、スケールのような問題に対処したのです」とカーター氏は筆者に語った。

数年前にブロックチェーンの報道で目にしたスケールと持続可能性に関する問題は、その後の数年間で解決されたと同氏は述べている。「これらの問題が解決されたことで、今日ではブロックチェーンのエコシステムが成熟し、国家は『中央銀行のデジタル通貨』の構築を進めています。これはおそらく、最大のスループットを必要とするユースケースでしょう」と同氏は話す。

確かに、金融機関はこのテクノロジーを受け入れている。Deloitte(デロイト)の年次ブロックチェーンサーベイによると、回答者の80%近くが、今後2年以内にデジタル資産が業界にとって重要になる、あるいはある程度重要になると考えている。また、パンデミックの中でデジタル変革が加速しており、それに対応してデジタル通貨の普及が進んでいるとの見方も根強い。

デジタル化が進む世界でのデジタル通貨というアイデアは、確かに理に適っているが、支持者らが示唆しているように、ブロックチェーンが現在のインターネットインフラを置き換えることを含め、幅広いユースケースをサポートできるというのは、飛躍が過ぎるかもしれない。

ディール氏はそうは思っていない。「計算ベースでは、ブロックチェーンネットワークは、置き換えるために設計されたと言われている極めて金権的で中央集権的なシステムと同じものになることでしか、拡張できない」と同氏は記している。

しかしカーター氏は、デジタル通貨とその他の用途の両方に余地があると考えている。「そうです。私はデジタル通貨とブロックチェーンの両方の実装が大幅に進歩すると見ています」と同氏は述べている。

ワーバック氏は、有望な例がいくつかあるが、全体的な概念としてはWeb3に懐疑的になる理由があると付け加えた。

DeFi(分散金融)のようなスクラッチから構築された新しいシステムは、レガシーファームの問題は抱えていないものの、スケーリングとマスアダプションの課題に直面しています。いわゆる『Web3』ソリューションの多くは、見かけほど分散化されていません。一方で他のソリューションも、マスマーケットに十分なスケーラビリティ、安全性、アクセス性をまだ示していません。それは変わるかもしれませんが、こうした制限がすべて克服されるとは言い切れません」と同氏は語っている。

そこが問題のところなのだ。Web3がマーケティングのスローガンであろうと、真のテクノロジートレンドであろうと、その背後には確かに多くの資金とテクノロジーが存在する。しかし、まだかなりの障害や課題が残っていることは明らかであり、Web3がそれらを克服し、最新のハイプサイクルに対応できるかどうかは、時が経つことで明らかになるだろう。

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(文:Ron Miller、翻訳:Dragonfly)

【コラム】米国は対中国競争でも「スプートニク・ショック」が起こせるだろうか?

TechCrunch Global Affairs Projectは、テクノロジー部門と世界政治のますます複雑になっている関係を検証する。

1957年10月4日、旧ソビエト連邦がカザフスタンの草原から世界初の人工衛星を宇宙に打ち上げ、宇宙時代の幕が開けた。ビーチボールほどの大きさの、小さなアルミニウムの球体であるスプートニク1号の打ち上げは、米国にとって変革の瞬間となった。それは、米ソの宇宙開発競争の引き金となり、新しい政府機関を生む推進力となり、連邦政府の研究開発費とSTEM(科学・技術・工学・数学)教育に向ける財政的支援を大幅に増やすきっかけとなった

スプートニクが刺激を与える力となった。米国の科学技術基盤の革新に必要だった、衝撃と勢いをもたらしたのだ。近年、政府高官や議員らは、新たな「スプートニク・モーメント」(米国が技術的に他国に追い抜かれる瞬間・衝撃)を求めている。彼らは、経済面と技術面で中国に対抗するにはどうすべきかを考えている。スプートニク・モーメントはまだ訪れていないが、ワシントンでは、米国が中国に遅れをとっている、あるいは遅れをとる危険性があるとの認識が広がっている。

米中間の競争は多くの点で新しいものだが、だからといって米国の対抗手段も斬新でなければならないというわけではない。米国のイノベーションの推進者としての比類なき役割を取り戻すために、米政府はスプートニク後と同じように奮起しなければならない。中国との競争において成功を収めるために、米国の優れた才能、制度、研究開発資源を動員するのだ。

まず、約60年前のことを振り返ることが重要だ。スプートニク打ち上げ後の数カ月の間に、米政府は2つの新しい機関を設立した。1958年7月、議会は国家航空宇宙法を可決し、NASA(米航空宇宙局)を創設するとともに、国の宇宙開発計画にシビリアンコントロール(文民統制)を敷いた。NASAの主な目的は、人類を月に着陸させることだった。そのために多くの資金が注ぎ込まれた。NASAの予算は1961年から1964年の間にほぼ500%増加し、ピーク時には連邦政府支出のほぼ4.5%を占めた。NASAは米国人を月に連れて行き、また、商業的に広く応用されることになった重要技術の開発に貢献した。

さらに連邦政府は、高等研究計画局(現在の国防高等研究計画局、DARPA)を設立した。将来、技術面でのサプライズを防ぐことが使命だった。そこでの研究開発がGPS、音声認識、そして最も重要なインターネットの基礎的要素など、米国の経済競争力にとって不可欠なさまざまな技術に寄与した。

スプートニクの打ち上げは、1958年の国防教育法(NDEA)成立の動機にもなった。NDEAは、STEM教育と外国語教育に連邦政府の財源を充当し、国内初の連邦学生ローン制度を確立した。NDEAは、教育の振興を国防のニーズと明確に結びつけた。教育を米国の国家安全保障に不可欠な要素だと認めたのだ。

スプートニクは、連邦政府の研究開発費の大幅増加に拍車をかけ、今日の強力なテック企業やスタートアップのコミュニティ形成に貢献した。1960年代までに、連邦政府は米国の研究開発費の70%近くを負担するようになった。これは世界の他の国々を合わせた額よりも多い。しかし、それ以降の数十年間、政府の研究開発投資は減少した。冷戦が終結し、民間企業の研究開発支出増加に伴い、連邦政府の研究開発費の対GDP比は1972年の約1.2%から2018年には約0.7%に低下した

政策立案者は、米国が中国に対して技術的、経済的、軍事的にどう対抗すべきかを審議する際、スプートニク・モーメントで学んだ教訓を心に留めるべきだ。

第一に、スプートニクは新しい制度の創設と、研究開発支出・教育支出の増加を促す政治的資本を提供したが、こうした取り組みの多くはすでに土台ができ上がっていた。NASAは、その前身である全米航空諮問委員会の仕事を引き継いだ。NDEAの条項の多くは、以前から準備が進められていた。スプートニクは衝撃をもたらし、急を要したが、仕事の大部分とその勢いは、すでに始まっていた。米政府は今、科学技術基盤への持続的な投資に注力すべきだ。そうした投資により、米国が将来どのような課題に直面したとしても揺るがない、イノベーションの強固な基盤が確保される。

第二に、連邦政府は、技術投資を導く明確な国家目標を設定し、優先事項に貢献するよう国民を動機づけるべきだ。ケネディ大統領による月面着陸の呼びかけは、あいまいさがなく、感動的だった。そして研究開発投資の方向性を示した。政策立案者は、重要性が高いテクノロジーセクターに対し、測定可能な指標をともなう具体的な目標を設定しなければならない。その上で、そうした目標が米国の国家安全保障と経済成長をどう支えるのかを説明する必要がある。

最後に、政府の研究開発投資は目覚しい技術進歩の創出に貢献したが、その支出を配分・監督するアプローチも同様に重要だった。Margaret O’Mara(マーガレット・オマラ)氏が著書「The Code:Silicon Valley and the Remaking of America(コード:シリコンバレーとアメリカの作り直し、邦訳未刊)」で説明しているように、連邦政府の資金は「間接的」かつ「競争的」に流れ、テックコミュニティに「未来の姿を定義する驚くべき自由」を与え「技術的可能性の境界を押し広げた」。米政府は、その投資により技術競争力を強化するよう、再び注意を払わなければならない。投資が、広範で非効率な産業政策だと思われるものに変質させてはならない。

「スプートニク・モーメント」という言葉が、政府の行動や国民の関与を促そうと、しばしば引用される。実際、スプートニク後に取られた対応は、米政府のアプローチを1つにまとめ、明確な目的の下に推進した場合、何が達成できるかを示した。だが、米国のイノベーションの基盤が、その時ほどまでに改善したことはほとんどない。米政府はスプートニク後、人材、インフラ、資源に投資して、科学技術基盤を再活性化させた。それが最終的に米国の技術的覇権を確立した。今日の新しい「スプートニクの精神」は、将来にわたり米国の技術競争力を高める原動力となり得る。事は一刻を争う。

編集部注:寄稿者Megan Lamberth(ミーガン・ランバース)氏はCenter for a New American Security(CNAS)のテクノロジー・ナショナルセキュリティプログラムのアソシエイトフェロー。CNASのレポート「Taking the Helm:A National Technology Strategy to Meet the China Challenge(舵を切る:中国の挑戦に対抗する国家技術戦略)」の共著者

画像クレジット:Bryce Durbin / TechCrunch

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(文:Megan Lamberth、翻訳:Nariko Mizoguchi

【コラム】完全なソーシャルメタバース体験は「音声」の要素が揃うことで実現する

Facebook(フェイスブック)の社名がMeta(メタ)に変更されたことで触発された「メタバース」にまつわる会話の多くは、ビジュアル的な要素に焦点を当てている。ほとんど言及されていないのは、オーディオだ。しかし仮想環境を現実のものにするには、音声は間違いなく重要になる。

時には、それがすべての場合もある。

Spike Jonze(スパイク・ジョーンズ)に尋ねてみよう。この映画監督は、2013年の映画「Her(her/世界で1つの彼女)」のタイトルロールで、その声を演じていた当初の女優を降板させ、Scarlett Johansson(スカーレット・ヨハンソン)の官能的な音声に置き換えた。コンピューターオペレーティングシステムであるサマンサは生身の人間として登場することはなかったが、ジョーンズは、元の女優が三次元のペルソナを作るのに必要な感情をうまく表現できていないと感じたのだ。

視聴者をストーリーの前提に引き込み、十分真実味のあるストーリーに仕立ててくれる、洗練されたキャラクターを作るのに、音声は不可欠な要素であった。

The Washington Post(ワシントン・ポスト)が指摘しているように、Metaのメタバース構想の要となるものは、その多くがビデオゲームの世界に、ただし分断されたゲームの世界に限られるが、すでに存在している。ゲームの世界では、音声がますます重要な役割を果たしている。Metaは、統合された相互運用可能な体験を約束しているが、高度にテクスチャ化された、生き生きとしたデジタル音声が豊富に含まれていなければ、メタバースは包括的で没入的というよりは不完全なものになるだろう。

1970年代半ばのMcGurk Effect(マガーク効果)の研究では、聴覚と視覚の認識の不一致から生じる認知的不協和が観察された。アバターと十分に合致しない音声は、参加者を仮想環境から切り離す可能性がある。

本当の自分を表現する

人間は社会的存在であり、現在推進されているメタバースは、参加者が家庭と職場の両方で独特のペルソナを作り出す社会的環境である。アバターを使えば、プレイヤーは自分が見られたいように自分を表現することができる。人間、宇宙人、動物、野菜、漫画やその他無数の選択肢があるだろう。プレイヤーは新たな装いを試すように、一時的に新しい「ルックス」を試用できる。ジェンダーと種は流動的である。

しかし、視覚的な存在感に合わせて自分の声の聞こえ方を変えることができなければ、アイデンティティの変化は妨げられる。自分の声を他の人に提示するペルソナに合わせることは、パーソナライズされたプレイヤーアイデンティティの中核的要素である。この状況はすでに多くの人がビデオゲームで慣れているものだ。

プレイ中のゲームで、あごひげをはやした無骨で巨大な騎士に遭遇した場合、そのキャラクターは深く荒々しい声をし、甲冑を身にまとっていることが予想される。ゲーム会社は、ノンプレイヤーキャラクター(NPC)を声優とオーディオの専門家が入念に制作し、没入感のある体験を提供することで、こうしたイメージの伝達を確保している。

しかしオンラインゲーム環境や将来のメタバースでは、その騎士は実在する人物が表現するものとなり、体験は大きく異なってくる。予想されるような太くしゃがれた成熟味ある声ではなく、マイク品質に問題のある甲高いティーンエイジャーの声を聞いて、困惑することもあるかもしれない。音と視覚の間の極端な不一致は、体験の没入的な質を損なう。メタバースアバターに十分な没入感を持たせるには、人々が完全なデジタル体験を作り出せるよう配慮する必要がある。

カバーの提供

ソニック(音響の)アイデンティティの技術は、没入感の提供に加えて、プレイヤーに「真の」匿名性をもたらし得る。彼らは、他人に見てもらいたいと思うような人物(または存在)になることができる。これは多くの人にとって、時には敵対的なオンライン環境からの強力な保護となるだろう。地理的な特徴をわからないようにして、参加者がプレイヤーコミュニティをよりスムーズに統合できるようにすることも考えられる(オフショアのカスタマーサポートコールセンターが恩恵を受ける可能性のあるケイパビリティだ)。音声チックを有する人にとっては、明らかにしたくない身体障害を覆うことにもつながる。

音声変更技術は、オンラインでの差別や嫌がらせを緩和するのにも役立つ。医学専門誌「International Journal of Mental Health and Addiction(メンタルヘルスと中毒に関する国際ジャーナル)」に2019年に掲載された研究によると、女性ゲーマーは他のプレイヤーとの口頭でのコミュニケーションを避け、不快なやり取りを減らすことが多いという。音声変更技術により、特定のジェンダーに関係なく、完全に匿名性が確保された会話に参加することが可能になり、自分自身をより快適に表現できるようになる。

学術誌「Human-Computer Interactions(ヒューマンコンピュータインタラクション)」の研究者らは2014年に「音声はオンラインゲームの体験を根本的に変え、仮想空間をより強力に社会性のあるものにしている」と結論づけている。

筆者自身の会社のデータからは、音声でコミュニケーションを取るプレイヤーは、よりゲームに没頭するように感じる自意識に変容し、より長い時間ゲームに関わり、結果としてゲーム内でより多くのお金を投じるようになることが明らかになっている。

メタバースに欠けているもの

真に完全な没入型体験を実現するには、3Dビジュアルとリアルタイムオーディオを組み合わせて、人々が自分自身の表現を行う上で、耳を傾けてもらいたいという彼らの思いに添う形で実現できるようにする必要がある。参加者は、自分の視覚的アバターと同じくらい独創的で独自性のある自分自身の音響表現を望んでいる。そして、自分の声を外見と同じようにきめ細かくカスタマイズするツールを求めている。プレイヤーの没入感とエンゲージメントを維持するには、拡張されたオーディオと3Dビデオの両方が調和している必要がある。

リアルタイムオーディオは、人々がどのようにして究極の個性をコンテンツにもたらすことができるかを定義し、オーディオをメタバースのすばらしいイコライザーとして機能させる。残念なことに、現在の音声体験は、すべてを網羅するメタバースの約束に沿った没入的な品質を提供することが難しくなっている。

熱心なアーリーアダプターたちの実験にもかかわらず、リアルタイムオーディオのペルソナは、良くても制限的だ。人の音声をデジタルの自己に合わせるためのツールは限られており、音質は視覚的な品質にまだ及ばない。

だが、利用可能なオーディオ技術における最近の進歩は、プレイヤーによる独自のソニックアイデンティティ形成を現状よりはるかに容易なものへと変えようとしている。プラットフォーム開発者やゲーム開発者が利用できる新しいソリューションにより、ライターやプロデューサー、オーディオエンジニアは、ゲーム内に音声修正技術を組み込んで、自然に聞こえるファンタジー音声をオンデマンドかつリアルタイムで生成できるようになっている。

このことは、プレイヤーを魅了して完全にフォーカスさせ、離れさせることなくその体験へのエンゲージメントを維持するような、包括的で没入的な聴覚体験の提供を通して、収益化のための新しい道を生み出す可能性へとつながっていく。

企業は、人々がデジタル空間で自分自身の視覚表現を形作ることを可能にする、強力なツールへの投資を進めている。こうした企業は、デジタル表現がシームレスになるソーシャルオーディオ体験に合わせてカスタマイズされた、ソニックアイデンティティを見過ごしてはならない。

メタバースはそれなしでは完成しないだろう。

編集部注:本稿の執筆者Jaime Bosch(ハイメ・ボッシュ)氏はVoicemodの共同創設者兼CEO。

画像クレジット:luza studios / Getty Images

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(文:Jaime Bosch、翻訳:Dragonfly)

【コラム】プーチンと習近平の進化した偽情報の手法は新たな脅威をもたらす

TechCrunch Global Affairs Projectは、テクノロジー部門と世界政治のますます複雑になっている関係を検証する。

情報領域が国家間の競争においてますます活発で重要なものとなる中、2つの国が全面的に乗り出している。中国とロシアは、地政学的な利益を促進するために洗練された情報戦略を展開しており、その手法は進化している。ロシア政府はもはや、極論を展開するコンテンツを大量に生成するプロキシトロールファームに依存するのではなく、軍事インテリジェンス資産を利用して、プラットフォーム検知メカニズムを回避するために、よりターゲットを絞った情報活動を行うようになっている。また、世界で500万人超の命を奪ったパンデミックの責任を取らされるのではないかという懸念から、中国政府は「戦狼外交を使ってネット上で陰謀論を展開し、リスクをかなり回避するようになっている。自由で開かれたインターネットというビジョンを維持するために、米国は反撃のための戦略を練らなければならない。

ロシアの情報操作の手口は進化している

多くの指標から見て衰退しつつあるロシアは、短期的には近隣諸国や地政学的競争相手の機関、同盟、国内政治を混乱させることによって、非対称的手段でその相対的な弱さを補おうとしている。ロシア政府は、自らの活動を世間に知られることで失うものは少なく、得るもの方が多いため、その帰属に特に敏感でもなければ、反動も気にしていない。そして大西洋共同体を混乱させ、分裂させ、自国の利益を損ないかねない外交政策を自信を持って協調して実行できないようにするために、ロシアは偽情報を使って混乱をあおり、無秩序を助長している。

これを達成するために、ロシアは2016年の米大統領選挙を妨害するための「広範かつ組織的な」キャンペーン以来、その手法の成熟を示す少なくとも2つのテクニックを使用している。第一に、情報操作を本物の運動と見せるために、ターゲットとする社会の声や制度を定期的に活用しており、しばしばターゲット人口内にトロールを隠したり、ローカル市民のソーシャルメディアアカウントを借りたり抗議行動をあおる本物の活動家を採用したりしている。これは、ますます洗練されているプラットフォーム検知の仕組みを回避するためでもあり、米国内でコンテンツモデレーションの議論が政治化するのを悪化させるためでもある。

第二に、ロシアの偽情報屋は、自分たちや他者が持つ印象を作り出すために大規模な活動を継続する必要はなく、その印象だけで選挙結果の正当性に対する疑念を生み、党派間の不和を悪化させるのに十分であることを認識している。このようにロシアは、特に選挙という場面において、不正操作の可能性に対する広範な懸念を利用し、たとえ不正操作が成功しなくても、不正操作が行われたと主張することで、目的を達成することができる。

中国はロシアを見習い、策を弄している

一方、中国は新興国であり、干渉活動を世間に知られることで得るものは少なく、失うものは大きい。ロシアとは異なり、安定した国際秩序を望んでいるが、米国が主導する現在の枠組みよりも自国の利益に資する秩序を望んでいる。その結果、情報領域における中国の活動は、責任あるグローバル大国としての中国のイメージを高め、その威信を傷つけるような批判を封じ込めることを主目的としており、米国とそのパートナー国を無能で偽善者と決めつけることで民主主義の魅力に水を差している。

中国にとって、こうした利益を追求するためには、他の強者のプロパガンダ・ネットワークに便乗し、民衆の支持を取り繕い、自国の人権記録に関する会話を取り込むという3本柱の戦略が必要だ。中国は独自のインフルエンサー・ネットワークを持たないため、ロシアのプロパガンダでおなじみのオルタナティブな思想家たち(その多くは西洋人)に定期的に頼っている。北京が国内で禁止しているプラットフォームで中国寄りの立場を支持させることの難しさを強調し、中国の狼戦士外交官はTwitterで定期的に偽の人物と関わりを持っている。また、中国の人権記録に対する批判を跳ね返すために、ハッシュタグキャンペーンや巧妙なビデオを使って、新疆ウイグル自治区のイスラム教徒の扱いに関する議論を取り込もうとしている。

独裁者たちの連携、ただし時々

長期的な目標には大きな違いがあるものの、ロシアと中国は、民主主義の世界的な威信を損ない、多国間機関を弱め、民主的な同盟関係を弱めるという、複数の直接的な目標を共有している。その結果、両国はいくつかの同じ戦術を展開する。

ロシア、中国とも、特に人種問題において、米国を偽善者と見なす「whataboutism」を用いている。Twitterで多くのフォロワーを獲得するためにクリックベイトコンテンツを利用し、聴衆が戦略的資産であることを認識している。しかしロシアと中国は、政治的な出来事に関する公式発表を疑い、自分たちの活動に対する非難から逃れ、客観的な現実など存在しないという印象を与えるために、複数の、しばしば矛盾する陰謀説を定期的に流している。2国とも、自分たちの好む物語を広めるために大規模なプロパガンダ組織を運営している。

また、同じような物語を数多く展開している。ロシアも中国も、ある種の西側の新型コロナウイルスワクチンの安全性に関する記録に対する信頼を低下させ、米国とその同盟国のワクチンを効果のないものとして描写するよう働きかけている。とはいえ、ロシアは主に分極化を深め、制度やエリートに対する信頼を低下させるような分裂的なコンテンツを押し出すことに注力しており、同時に既存のメディアにおける反ロシア的な偏向とみなされるものを押し退けている。一方、中国は自国の統治モデルの利点強調することに主眼を置き、自国の権利侵害に対する批判を偽善と決めつけている。ロシアの国営メディアは、ロシアの国内政治をほとんど取り上げない。ロシア政府の目標は、視聴者をロシアに引き寄せるのではなく、政治的な西側から遠ざけることだ。中国は、その逆だ。

米国との競争において、ロシアと中国がさまざまな領域で協力関係にあることはよく知られている。その証拠に、両国の情報活動には、互いのコンテンツを配信するという極めて象徴的な合意以上の正式な連携はほとんど見られない。これはまったく驚くべきことではない。中国は、ロシアが宣伝するシナリオを増幅させたり、ロシアの情報戦略の他の成功要素を模倣したりするために、ロシアと正式に協力する必要はない。

今後の展開

ロシアと中国の情報戦略はともに進化している。ロシアの偽情報活動は標的が絞られ、発見が難しくなっている。一方、中国は以前よりも主張が強く、繊細さに欠けるアプローチを取っている。ロシアにとって、こうした変化は、2016年以降、その活動に対する認識が高まっていることが背景にあるようで、同時に新しいプラットフォーム政策と検出メカニズムの導入を促し、選挙の正当性をめぐる党派的な議論が今日まで響いている時代を迎えた。中国にとって、情報戦略への変更は、主に新型コロナのパンデミックという、地政学的な点で独特の重要性を持つ世界的危機によって動機づけられているようで、中国にとって新しいアプローチを試す機会を作り続けることになる。

ロシアと中国の情報領域への取り組み方に対するこうした重大な変化を認識した上で、米国は独自の手法を必要としている。強固な戦略には、抑圧的な支配の失敗を強調するために真実の情報を活用すること、不安定な偽情報キャンペーンを行う者を阻止したりコストを課すために米国のサイバー能力を展開すること、プラットフォームの透明性、特に信頼できる研究者を規範とするような法律を実施することが含まれる。最後に、情報の自由は民主主義社会にとって有益であり、権威主義的な競争相手に課題を与えるものであるため、米国は世界中で情報の自由をより強力に擁護する必要がある。

民主主義社会と権威主義社会との間の結果として起こる事においては、独裁者が主導権を握っている。この措置は、米国がそれを取り戻すことを確実にするための大胆で責任ある行動の出発点となるものだ。成功させるために、米国とその民主的パートナーは迅速に行動しなければならない。

編集部注:寄稿者Jessica Brandt(ジェシカ・ブラント)氏はAI and Emerging Technology Initiativeの政策担当ディレクターで、ブルッキングズ研究所の外交政策プログラムのフェロー。

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(文:Jessica Brandt、翻訳:Nariko Mizoguchi

【コラム】バイデン大統領は本当に技術独占を取り締まることができるだろうか?

ジョー・バイデン大統領は2021年7月、米国経済における「競争促進」の行政命令を出した。この命令の中で、大統領は特に大手テクノロジー企業に対して「現在、少数の有力なインターネットプラットフォームがその力を利用して、市場新規参入者を排除し、独占的利益を引き出し、自分たちの利益のために利用できる個人の秘密情報を収集している」と述べている。

米上院は11月、ハイテク企業の反競争的買収を規制する法案を提出した。米国ではこの20年間、重大な独占禁止法事案はなかったが、最近の勢いは、現政権が運用の透明化を望んでいることを示唆している。

これまでのところ、独占禁止法違反を適用するためには、ルールや市民の間に曖昧な領域があまりにも多かったが、アプローチへのいくつかの変更で、大衆の意見が、新しい政策、罰則、さらには起訴につながる可能性がある。

この1世紀の間に、独占禁止法はその効力を失い「消費者福祉」という曖昧な基準の下に、より大きな目標は放棄されてきた。1980年代に確立された独占禁止法適用の判断基準はすべて、疑惑の独占行為が消費者物価の上昇をもたらしたかどうかだけに還元されていた。

だが独占禁止法の運用を、こうした1つの経済的影響テストに帰すこの手法は、過度に単純化されていることが証明されている。独占禁止法に対するこの特異な消費者価格ベースのアプローチの擁護者たちは、現在の技術の価格低下が公正な競争が支配的であることの明白な証拠だと主張している。

技術独占の解体は容易ではないが、それは以下の3つのアプローチで実現できる。すなわち、反競争的なM&Aを阻止すること、政策を書き換えてデータを市場の力として位置付けること、そして市民が独占禁止政策に関心のある政治家を選ぶことができるようにこのトピックへの公共の関心を駆り立てることだ。

キラーM&A

非常に緩い金融政策が長期化し、株価が非常に高騰しているこの金融緩和の時代にあっては、将来の競争相手を高値で買い取ることが現在のビジネス戦略の一部となっている。

テクノロジーの世界には例がたくさんあるが、たとえばFacebook(フェイスブック)によるInstagram(インスタグラム)とWhatsApp(ワッツアップ)の買収は議論の余地のない例だ。過度の規制はイノベーションを殺すが、自由市場が公正で自由なままでいるためには規制が必要だ。

現行法では、9200万ドル(約104億4000万円)以上の取引は、ほとんど例外なく、審査のために米連邦取引委員会(FTC)と司法省(DOJ)に報告しなければならないと定められている。

バイデン命令の意図の1つが、M&Aに対する監視の強化であることを考えると、この先消費者は「競争を大幅に減少させる」取引を阻止するための法的措置を目にすることになるかもしれない。

提案された、特定の買収を阻止する法案は、これまでその濫用があったことを両陣営が認識している証拠だが、データの独占が反競争的だと広く考えられていない場合は特に、違反認定の基準は依然として高いままだ。FTCとDOJは、ビッグテックに対して独占禁止法を適用する能力を発揮できるようになる必要があるが、これは、今回の新しい法律でより適切に行うことができるだろう。

データ=お金=市場支配力

一部のテック大企業にとって、無料の製品を提供することは、その他の資産を蓄積するための秘密裏の戦略であることが判明している。特にその中には、無意識のうちに「無料」で使う顧客の個人情報が含まれていて、それらの資産は数十億ドル(数千億円)規模の莫大な利益をもたらしただけでなく、そうした資産の独占も行われている。検索エンジンマーケティングとソーシャルメディア広告はまさにこの方法で構築された。このようなデジタル資産は現在、他のすべての企業にマーケティング予算に対する税金として貸し出されている。これは市場支配力の明白な例である。

私たちはほとんどの産業で前例のない集中に出会っている。集中が高まっている産業の企業は、市場支配力をより容易に行使できるため、実際には投資を減らしてさえいるのだ。

しかし、少し天候が悪くなると、自分で規則を変える都合の良いときだけの友たちはチームをすぐに変えて、連邦準備制度がパンデミックの最中に市場を支えるために臆面もなく行った、複数の異常な市場介入を支持するだろう。

バイデンの大統領命令で歓迎されたのは、オンライン監視とユーザーのデータの蓄積に関する新しい規則を確立するようFTCに促したことだ。独占的なテクノロジーの巨人たちは、このゲームのルールをあまりにも長い間作り続けていて、騙されやすい議員たちの目を、笑えるような自己規制の誓いでくらましている。

データの大量収集と管理が市場支配力として適切に分類されるまで、正義の手段は消費者ではなくビッグテックの手に握られ続ける。この場合、新しい政策と法律は、国民の抗議の声が立法者を動かしたときのみ実現するだろう。

大衆意識の変化を

緩い独占禁止法の執行と緩い政策の影響を最も受けているのは、消費者と市民だ。個人情報が取り込まれたり、サービス料を払い過ぎることになったり、商品を選択できなかったりするという形で、独占は消費者の福祉を侵害する。しかし、消費者にできることはあるだろうか?

バイデンの大統領命令は、米国内の独占禁止法をめぐる世論の圧力の高まりを直接反映したものだ。同じことが新しい上院法案にも当てはまる。ますます民間企業たちは、選出された公務員が多くいる州裁判所で、独占に対して訴訟を起こすようになっている。

今はバカげているように聞こえるかもしれないが、独占禁止法は、政治家が挑戦しなければならない主要なトピックになる可能性がある。有意義な独占禁止政策改革は、政治団体によって選出された改革派によってもたらされる。そのため、独占禁止法の執行に対する意見に基づいて候補者を選出することは、現状を変えるために極めて重要である。

私たちは今、より強力な独占禁止法とプライバシー規制を必要としている。私たち市民のプライバシーと幸福が危機に瀕しているからだ。チャリティーのように、独占禁止法への取り組みは身近なところから始めなければならない(訳注「チャリティはまず身近なところから始めよ」という諺のもじり)。

関連記事:サードパーティーがユーザーデータを知らぬ間に収集する副次的監視の時代を終わらせよう

編集部注:著者のVijay Sundaram(ビジェイ・サンダラム)氏は、大手テクノロジー企業と競合しつつ、消費者のプライバシーをポリシーの最優先事項としているビジネスソフトウェア企業Zoho Corporation(ゾーホー・コーポレーション)の最高戦略責任者。

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(文:Vijay Sundaram、翻訳:sako)

【コラム】非営利団体にはソーシャルメディアを改善する答えがあり、ビッグテックにはそれを実現するリソースがある

ソーシャルメディアがメンタルヘルスに与える影響についての議論は目新しいものとはいえないが、この秋、Facebook(フェイスブック)が自社プラットフォームの10代向けのメンタルヘルスに対する悪影響を十分に認識していたことを示唆していた報告が出されたことで、議論は再び世界の注目を取り戻した。

このデータ(およびFacebookがこれらの懸念を無視したという事実)は厄介な話だが、ソーシャルメディアがメンタルヘルスに与える影響を理解することはそれほど簡単ではない。実際、ソーシャルメディアは若者が自分自身や自分のアイデンティティを発見するための安全で肯定的な空間やつながりを提供できるとする強い主張も存在している。

ソーシャルメディアへの怒りがもたらす暗い結論の一方で、こうした利点はあまりにもしばしば片隅へと押しやられてしまう。事実、Instagram(インスタグラム)、Snapchat(スナップチャット)、Facebookといった現在の人気ソーシャルネットワーキングプラットフォームは、収益化を最優先事項としてデザインされている。これらのアプリは、アプリのユーザー時間が増えることで広告収入も増えるため、基本的に過度の使用を促すものなのだ。

最近の反発に応えて、Instagramのような場所は厳格に大人用とすべきだと主張する人もいるが、筆者は10代の若者にとって有益なソーシャルメディア環境を構築することは可能だと強く信じている。それは彼らが自己発見をできる場所であり、アイデンティティを自由に探求できる場所であり、暗闇の中で彼らを慰め、彼らが1人ではないことを知る手助けをする場所なのだ。

この未来が反応的な機能だけで育成できるかどうかはわからないが、ソーシャルメディアの巨人には、他の組織や非営利団体と協力して、ソーシャルメディアをすべての人々にとってより安全な場所にできる可能性がある。

広告型かつ非営利型のソーシャルメディアのためのスペースの創出

営利目的のソーシャルメディアが独占しない世界を想像するのは難しいが、独占は必然ではない。広告収入型のソーシャルメディアアプリを完全に排除するのは現実的ではないかもしれないが、テック業界には広告収入に依存しないプラットフォームのためのスペースを作る機会と責任がある。

もし閲覧数、クリック数、広告数が人々の欲求やニーズに対する二次的なものであれば、ソーシャルメディアプラットフォームの仕組みに革命を起こすことができるだろう。他のアプリからのプレッシャーから逃れたり、仲間と交流したり、自分自身が受け入れられる場所を見つけたり、目的はどうであれ私たちはユーザーが自由に参加できるコミュニティを構築することができる。

Ello(エロ)や、LGBTQ+の若者向けのTrevor Project(トレバーブレロジェクト)のソーシャルネットワーキングサイトであるTrevorSpace(トレバースペース)など、広告なしのソーシャルメディアスペースはすでにいくつか存在しているが、それらの規模は小さく機能も少ないため、 Instagramなどのソーシャルメディアアプリに備わる機能に慣れているユーザーを大量に引き付けることはできていない。

また、若者が匿名で自分のアイデンティティを探求できるオンラインスペースも必要だが、ソーシャルメディア企業がユーザーの精神的健康や健康よりも広告支援を優先する場合には、それはほぼ不可能だ。広告主は年齢、性別、行動、アイデンティティに基づいてユーザーをターゲットできるように、ソーシャルメディアに時間を費やしているのは誰かを正確に知りたいと考えているからだ。これは、ソーシャルメディアを自分が何者なのかを知るための手段として使いたいが、あまり慎重には行動できない若いユーザーにとって特に問題となる。

これを克服するためには、業界全体として利益を目的としないソーシャルメディアスペースへの投資を増やす必要がある。ここ数年、テック大手はプロダクトのイノベーションで驚異的な進歩を遂げており、これを、ユーザーが安心して自分を表現したり、協力的なコミュニティを見つけたりできるサイトにも応用できる可能性がある。

Facebook、Instagram、TikTok(ティックトック)、その他の広告付きアプリにはふさわしいタイミングと場所があるが、収益に左右されないオンラインスペースに対する明確なニーズと要望も存在している。どちらか一方である必要はなく、両方のためのスペースを確保するために私たちは協力することができる。

たとえばTrevorSpaceに対しては、私たちは特定の収益目標を達成するというプレッシャーを与えることなく、ユーザーの要望やニーズをよりよく理解するための研究に投資してきた。この調査を通じて、私たちはユーザーが自分のアイデンティティを探求し、自分を表現できる安全な空間を持つことに価値を見出そうとインターネットを利用していることを学んだ。

AIをずっと使用したらどうなるだろう?

より多くの非営利のソーシャルメディアプラットフォームに投資することに加えて、テック企業たちには、その最先端のAI開発を応用することで、ソーシャルメディア上のユーザー体験を改善し、オンラインに時間をかけすぎたことによる精神衛生上のストレスを軽減できる機会もある。

ソーシャルメディアサイトは現在、機械学習を使用して、人々がオンラインでより多くの時間を過ごすことを促すアルゴリズム生み出しているが、機械学習の可能性はそこに留まるものではない。テクノロジーには、人びとのメンタル不調を悪化させるのではなく、メンタルヘルスをサポートする力があることを私たちは知っている。ではAIを使用して、ユーザーにソーシャルメディアを制御できる新しい力を与えたらどうなるだろうか。

AIが、特定の瞬間に本当に必要としているものを見つけるのに役立てたらどうなるのかを想像してみて欲しい。例えばユーザーが笑いたいときには笑えるコンテンツへ、泣きたいときには泣けるコンテンツへとガイドしてくれたり、志を同じくするユーザー間の前向きな関係を築く手伝いをしてくれたり、または、彼らの生活にプラスの影響を与えるスキルや知識を彼らに与えてくれるリソースを提案したりということだ。

今日のソーシャルメディアアプリの大多数は、AIを使用して、私たち向けのフィード「あなたのための」ページ、そして私たちのためのタイムラインを決定している。しかし、もし私たちがAIを使って、ソーシャルメディア上での自分自身の旅をガイドできるようにすれば、根本的に異なる感情体験を育むことができる。それは、単に時間と注意を独占するのではなく、自分自身の欲求やニーズを支えるものなのだ。

これは簡単なことのように聞こえるし、すでに起きていることだと考える人さえいるかもしれない。しかし、最近Facebookの元プロダクトマネージャーFrances Haugen(フランセス・ハウゲン)氏の証言によって裏付けられたように、現在私たちが大手ソーシャルメディアで見ているコンテンツは、そのようにはキュレーションされていない。その状況は変わる必要がある。

ソーシャルメディアにおける前例のない革新と研究のおかげで、私たちは私たちの幸福に貢献するサイトを作成するために必要な技術は持っている、あとはその開発に時間とリソースを投資して、非営利アプリが主要な広告利用アプリと共存できるスペースを作ればいいだけなのだ。

将来的には、ユーザーが自身の見るコンテンツやそのコンテンツとのやり取りを制御できるようなAIを、ソーシャルメディア企業が非営利企業と提携して開発する可能性があるが、そのためには両者からの多大な時間投下、投資、協力が必要になるだろう。また、ソーシャルメディア大手は、この分野で切望されている代替アプリが入り込む余地を十分に確保する必要がある。

ソーシャルメディアをすべての人にとってより安全で健康的なものにすることは、The Trevor Projectを含む多くの非営利団体が実現に向けて取り組んでいる目標であり、ソーシャルメディア企業の支援によって私たちはその実現に大いなる助けを得ることになるだろう。

編集部注:著者のJohn Callery(ジョン・カレリー)氏はThe Trevor Project(トレバー・プロジェクト)の技術担当上級副社長。

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(文:John Callery、翻訳:sako)

【コラム】私たちが自律型ロボットを設計できなくても、ロボットが自らを設計できるかもしれない

Elon Musk(イーロン・マスク)氏が先に発表した、人間型で「人間レベルの手」と特徴的に楽観的な納期を備えたTesla Bot(テスラ・ボット)は、当然のことながらそれなりの批判を集めている。

関連記事:テスラはロボット「Tesla Bot」を開発中、2022年完成予定

このロボットは最終的に、単独で食料品店に行くなどの用事をこなすことができるようになるとマスク氏は述べている。Boston Dynamics(ボストン・ダイナミクス)は、これまでで最も高度なヒューマノイドロボットを開発中だが、Atlas(アトラス)プラットフォームへの取り組みに10年以上を費やしてきた。Atlasは、何千万人ものYouTube視聴者の前で走ったり、ジャンプしたり、踊ったりするなど、目覚ましい進歩を遂げているものの、同社はこのロボットが複雑なタスクを自律的に実行するにはまだ長い道のりがあることを即座に認めている。

ロボットの進化のポテンシャル、そして果されていない約束に関する最も良い例の1つが、2010年にPLOS Biology(プロス・バイオロジー)誌に発表された研究である。この研究の執筆者たちは、モーターとセンサーを搭載した物理的なロボットを使って(単なるシミュレーションではなく)、衝突のないナビゲーション、ホーミング、捕食者と被食者間の共進化など、いくつかの進化モデルとフィットネス目標を実行した。

彼らは結論の中で「これらのロボットによる実験的進化の例は突然変異、組み換え、自然選択による進化の力を証明している。すべての場合において、ロボットはそのゲノムにランダムな値があるために、最初は完全に非協調的な行動を示した」と記している。

要約すると、この研究は「広範囲の環境条件下で効率的な行動の進化を促進するには、数百世代にわたるランダムな突然変異と選択的複製が必要にして十分である」と結論づけている。

この非常に多くの世代にわたる進化の必要性は、Alphabet(アルファベット)が最近リリースした、Google(グーグル)のオフィスの清掃作業を行う100台を超えるEveryday Robot(エブリデイ・ロボット)のプロトタイプに示されている。そのぎこちなく、たどたどしい動きは、依然として進歩途上の域を出ない

「進歩」対「完全」

マスク氏がロボティクスのフィールドで競争に勝つことは実際にあり得るかもしれないが、ロボット自身の助けが必要になるだろう。進化的コンピューター分野の多くの専門家によれば、一定のフィードバックや学習ループを必要とする複雑なタスクを実行できるロボットは、人間が自ら直接設計するには複雑すぎるという。それよりむしろ、ロボットによる開発と設計の未来は、特定の結果に最も役立つ機能をロボットが選定する「進化」の産物になる可能性を秘めている。

進化的ロボティクスはSFのように聞こえるが、新しいコンセプトではない。1950年代初頭でさえ、Alan Turing(アラン・チューリング)氏が、インテリジェントな機械の創造は人間の設計者には複雑すぎるだろうと考え、より良い方法はそのプロセスに「突然変異」と選択的複製を導入することかもしれないと仮定していた。もちろん、進化的ロボティクスの背景にあるアイデアはかなり前から形になっていたが、そのコンセプトを実行に移すために必要なツールが利用できるようになったのは最近のことにすぎない。

現代史上初めて、私たちは進化的ロボティクスを促進する上で必要なあらゆるビルディングブロックを手にしている。3Dプリンティングを使った迅速なプロトタイピングと物理的な複製、学習と訓練のためのニューラルネットワーク、改善されたバッテリー寿命と安価な材料などだ。

例えば、NASAはすでに人工進化技術を使って衛星用アンテナを開発している。それ以上にエキサイティングなのは、バーモント大学とタフツ大学のクリエイターが2020年に「xenobot(ゼノボット)」を発表したことだ。これは「進化的ロボティクスの技術を使ったコンピューターシミュレーションで初めて設計された小さな生物機械」である。

この自己修復型の生物機械はカエルの幹細胞を使って作られたもので、ペイロードを動かしたり押したりする能力を示している。この「ナノロボット」は、いつの日か血流に注入されて薬を運ぶことに使えるようになると考えられている。

しかし、これらすべてのブレークスルーが存在するとしても、物理的ロボットの進化的反復は依然として時間を要するものであり、その理由の一部は、それにともなうリスクに起因している。食料品を買いに行くような作業でさえ、信じられないほど複雑で、クルマが往来する道路を横断してしまうようなロボットのさまざまなミスが人間を危険にさらしかねない。

多くの可能性

マスク氏が既存のTesla(テスラ)車を単なる車輪付きロボットだとするのは間違ってはいないが、あまりにも単純化しすぎている。Teslaは1つのタスクに特化しており、直接的な監督なしでは複雑な世界をナビゲートする自己学習はできない。同氏はスーパーコンピューターを自由に使えるようにし、すでに高度なロボットと驚異的なAI専門家チームを手に入れているかもしれないが、独立して人前に出ることのできるヒューマノイドロボットの実現はまだ遠い先のことだろう。

自力で動けるロボットを作るためには、ロボットが突然変異を起こし、2つの異なる親の最も望ましい特性を組み合わせていく、数百「世代」の進化が必要となるであろう。

有用な現実世界のアプリケーションを空想するなら、セキュリティと偵察のラインに沿って想定してみよう。安全検査やコードコンプライアンスの構築、消防支援、さらには捜索救助支援なども考えらえる。

2021年6月、フロリダ州サーフサイドのビーチフロントにあるコンドミニアムの塔が崩壊し、100人近い命が奪われた。ドローンの大群が有用であることを示す好例は、建物の建築とコード検査かもしれない。老朽化したマンションの最上階から最下部、内部、外部まで、センサーやカメラを使って防水性の問題、コンクリートのはく離やひび割れ、沈下などの問題をチェックする、より定期的で頻度の高い検査を行うことができる。これは、人間のエンジニアチームの何分の1かのコストで実現可能である。

他にも、警備や医療支援など、イベントに役立つアプリケーションがある。ヒューストンのアストロワールドの悲劇を思い出して欲しい。10万人規模のイベントでは、人間の警備員が広大で混雑した地帯をカバーするのは難しいことが多い。ドローンやロボットの群れは、セキュリティ上の問題や闘争、発作を起こしている人あるいはその他の医療上の緊急事態を監視したり、自動体外式除細動器のような医療機器を人間のスタッフよりもはるかに迅速に運んだりするといった点で、極めて有用である。

なぜドローンは群れを成し、1機ではないのか。多くの理由があるが、主としてレジリエンスと冗長性が挙げられる。1機のドローンが故障しても、オペレーションは途切れることなく継続する。これは「ミッション」を中断できない高リスクの状況で特に有用である。

より良いロボットの創造

「進化的ロボティクス」という用語は、有機的な進化から学んだプロセスを非有機的なデバイスに複製することを意味しているため、少し誤解を招きやすい。より良い記述子は「人為的進化」あるいは「具現化進化」かもしれない。ロボットが進化しているというよりも、プロセスそのものが進化を生み出しているのである。

同じアプローチは、2つ以上の親由来の突然変異とそれに続く組み換えの両方を介して「子孫」を生成するニューラルネットワークと進化アルゴリズムを装備可能な、任意のエンティティに適用することができる。実際、進化には物理的な形さえ必要ない。これらと同様のプロセスをスーパーコンピューターの内部に配置して、大規模な問題を解決することもできる。進化のより良い理解は、私たちが何を成し遂げるのに役立つだろうか?

1つは、自律的な現実世界のインタラクションである。進化的ロボティクスは、複雑かつ自律的な現実世界でのインタラクションを可能にする唯一の方法だ。そのようなロボットの利点は列挙するには長すぎるが、ユースケースは、ロボット消防士、捜索救助ロボットから、核廃棄物浄化ロボットや在宅介護ロボットなどにまで及ぶ可能性がある。

私たちはまた、有機的進化についてもさらに理解を深めることができる。進化についてのより微細な知識は、推し量るのが難しいほど幅広いアプリケーションを生み出す可能性がある。病気の治療や免疫の確立、寿命の延長、生態系へのインパクトの軽減など、地球上の未来をより正確に把握するための最善の方法について、信じられないほどの洞察を得られるかもしれない。

生命の起源を知る手がかりを得る可能性も秘めている。人工的な進化を研究し、習得することにより、他の惑星で生命が形成され進化し得るあらゆる方法について理解を深めることができるだろう。科学の専門家の多くは、宇宙の他の場所に生命が存在する可能性は低いとしているが、進化に関するより深い理解と、ミクロスケールで大進化を再現する能力は、地球外生命の探索の指針となることは間違いない。

もろ刃の剣

最後に太陽系の探査について考えてみよう。完全に自動化され、自己複製し、進化するロボットがあれば、これまでの想定をはるかに超える距離で、宇宙の奥深くまで無人ミッションを送ることが可能になる。これらのロボットは、着地した惑星に適応し、コンポーネントを再利用し、環境に応じて進化し、最終的にはデータや子孫を地球に送り返すことができるかもしれない。

ロボットが街を歩き回るというアイデアが「ターミネーター」のようなロボットの蜂起のイメージを想起させるのであれば学習、再生、環境観察、進化が可能なロボットが現実からまだ遠いという事実に慰めを得ることができる。

むしろ、複雑な現実世界のインタラクションが可能で真に自律的なロボットを習得する上での最大の難点は、人間のワークフォースが必然的に移動することだ。マスク氏は、この問題の解決策はベーシックインカムの普及であり、将来の仕事は完全に任意だと考えている。

同意できそうにない。人間は仕事と創造から自尊心と価値を得ており、それを取り除くことは、潜在的な経済的影響に加えて、広範囲にわたる心理的インパクトが生じる可能性がある。これは複雑な問題だが、進化的ロボティクスは、最大の成果の1つとなり得るとともに、人類が直面しなければならない最大の課題にもなり得るだろう。

編集部注:本稿の執筆者Gideon Kimbrell(ギデオン・キンブレル)氏は、InListの共同設立者兼CEO。

画像クレジット:NanoStockk / Getty Images

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(文:Gideon Kimbrell、翻訳:Dragonfly)

【コラム】マイニング業界の転換で訪れる、暗号資産のグリーンな夜明け

気候変動は現代における主要な問題だ。政策立案者から個人まで、誰もが持続可能性とグリーンな行動が社会に浸透するために自らの役割を全うする責任を持っている。

事実、米国から中国まで世界中の政府が気候変動に積極的に取り組んでおり、最近行われた2021年国連気候変動会議、COP26は、 パリ協定の目標に向けた気候変動対策の推進力となっている。

企業もまた大きな責任を負うべく前進を続けており、今や多くの投資家が、財務実績だけでは成功の指標に足り得ないと考え始めている。ESG(環境・社会・ガバナンス)指標、即ち負の外部性(negative externalities)が、社会に役立つ事業活動の真の価値を決めるためにいっそう考慮されるようになった。

その中で、金融インフラを再活性化させるプロセスがますます注目を集めている。Bitcoin(ビットコイン)をはじめとするデジタル資産は、ESG基準をどの程度満たしているのだろうか?この疑問は暗号資産の利用がいっそう幅広い層に行き渡るにつれ、これまでになく重要になってきている。米国では複数のBitcoin先物ETF(上場投資信託)が取引されおり、機関投資家の関与も最高水準に達し、 Standard Chartered(スタンダードチャータード)、 State Street(ステート・ストリート)、Citibank(シティバンク)をはじめとする多くの世界最大級の金融機関が、静かにこの分野で準備を進めている。

規制の明確化も世界でさまざまな人々の参加を可能にし、それぞれのデジタル資産戦略を加速させている。EUの広範囲にわたるMarket in Crypto-assets(暗号資産市場、MiCA)規制フレームワークは、欧州議会で法制化手続きが進められている。一方米国でも、Gary Gensler(ゲイリー・ジェンスラー)氏率いる証券取引委員会が、ステーブルコインと分散型金融(DeFi)のためのフレームワークを明確化する意志を表明している。

デジタル資産が真に主流となり、全世界の投資家のポートフォリオで地位を固めるためには、各国政府と企業が従うべきものと同じ厳格なESG基準の対象にならなくてはいけない。業界が徐々にこの要件を受け入れ、高まる受け入れに呼応して環境自主規制のプロセスを強化していることは特筆すべきだろう。

Bitcoin Mining Council(ビットコイン・マイニング協議会)などの組織は、報告基準を高めることで業界の透明性向上に取り組んでいる。多くの暗号資産ネイティブ組織も、Crypto Climate Accord(暗号資産気候協定)に参加して、暗号資産関連活動にともなう電力消費の2030年までの排出量実質ゼロを誓約している。

しかし、こうしたあらゆる活動にとって、おそらくデジタル資産のエネルギー効率化における唯一最大の貢献は、業界の制御がまったく届かないところで決定されている。2021年5月、中国国務院は暗号資産のマイニングおよび取引を全面的に禁止した。かつて全世界Bitcoinマイニングハッシュレートの44%を占めていた暗号マイニング(採掘)の世界拠点でのこの決定は、採掘者の他の司法権の下への大量脱出を呼び起こした。

これはBitcoinマイニング業界のエネルギー効率化にとって極めて大きな意味をもつ動きだ。電力の石炭依存が高い中国経済を離れ、再生可能なエネルギー形態の多い他の地域へ移動することを意味しているからだ。

北米はこの動きの大きな受益者であり、マイニングハッシュレートの米国シェアは、 4月の17%から8月は35%へと上昇した。カナダのマイニングハッシュレート、9.5%を加えて、今や北米は世界供給の50%近くを占め、全世界マイニングハッシュレートを支配している。

米国のエネルギー生産は全州に分散しているが、この転換はBitcoinマイニングの持続可能性にとって朗報だ。米国は再生可能エネルギーが豊富であることに加えて、大規模なマイニング会社は薄利な業界で競争しており、主要な変動コストはエネルギーであることから、インセンティブは最安値のエネルギー源に移行することであり、その大部分が再生可能エネルギーだという事実がある。

たとえばニューヨーク州はBitcoinハッシュレートで最大級のシェアをもつ州の1つであり、Foundry USAのデータによると、州内エネルギー生成の3分の1が再生可能資源によるものだ。同じくBitcoinマイニングハッシュレートで高いシェアをもつテキサス州も再生可能エネルギー生産の割合を高めており、2019年には電力の20%が風力によるものだった。

さらに、Bitcoinマイニング業界には、電力網にまだつながっていない孤立した再生可能エネルギー源を使用することにインセンティブを与えるという独自の仕組みがある。再生可能エネルギー生成の収益化手段となることで、Bitcoinマイニングが再生可能エネルギー構築をいっそう加速する可能性を秘めている。

こうした再生可能エネルギー源への転換は、反対派に対して、Bitcoinを含むデジタル資産業界全体が持続可能性の精神と一致しながら成功できることを示し始めている。ただしそのような変遷はただちに起きるものではなく、大規模のマイニング事業が新たな地域で再構築するためには長い時間がかかるだろう。

つまるところ、暗号資産の提供する価値がそのエネルギー消費に見合っていることを世に知らしめられるかどうかは、デジタル資産サービスプロバイダーにかかっている。2021年だけでも、デジタル資産の炭素排出量削減は大きな進展を見せており、今後も暗号資産が持続可能性の旅を続けていけば、企業や機関投資家の参入も後に続くだろう。

編集部注:本稿の執筆者Seamus Donoghue(シーマス・ドノヒュー)氏は METACO(メタコ)の戦略的アライアンス担当副社長。

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(文:Seamus Donoghue、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】米国特許商標局はイノベーションを推進するために今すぐ行動すべきだ

近年、発明を促進すべき米国の特許システムの乱用がはびこりイノベーションを阻止している。即刻刷新が必要であり、そこにはあらゆる規模のイノベーターと起業家のためにシステムが働くように変える「今すぐ」実行可能な決定的修正方法がある。

バイデン政権が米国特許商標庁(USPTO)長官に指名したKathi Vidal(カシー・ビダル)氏は最近、上院司法委員会で指名承認公聴会を行った。両党の上院議員(民主党のバーモント州選出Patrick Leathy[パトリック・リーヒ]氏と共和党ノースカロライナ州選出Thom Tillis[トム・ティリス]氏)がともにビダル氏に質問したのがNHK-Fintivルールに関連する問題だった。これは米国特許商標庁の前長官が強要したルールで、議会で承認された超党派法案と真っ向から対立する。NHK-Fintivとは、特許商標庁における専門家による透明な侵害請求レビュープロセスの利用を制限し、イノベーターが費用のかかる訴訟や和解に関与することを強要するものだ。

短時間の公聴会の中でこの質問が際だっていたことは、USPTOおよび米国にとってこの問題がいかに重要であるかを示している。就任が承認されれば、次期長官はほぼ間違いなくNHK-Fintivのさまざまな問題に取り組まなくてはならない。しかし、特許商標庁は待つべきではない。米国のイノベーターたちを守るために今すぐ行動を起こすことができるのだから。

10年以上前、米国発明法によって米国特許商標局における当事者系レビュー(IPR)プロセスが生まれた。IPRは、特許侵害申請が偏見のない専門家審査員による透明な方法で解決されることを可能にするもので、企業はしばしば根拠のない訴訟や和解に巨額の費用と時間を割く必要がなくなる。このレビューが極めて重要なのは、誰もが特許侵害申請に善意で携わっているわけではないからだ。近年、特許訴訟の 60%近くに、特許不実施主体(NPEs)、いわゆる「特許ゴロ」グループが関わっている。

特許ゴロはダミー会社(その多くをヘッジファンドなどの訴訟資金提供者が支援している)で、使われけていない広範囲の特許を買い取り、米国の真っ当なイノベーターたちに対する武器として使用する。特許ゴロには、購入した特許を使って価値ある物を作る意志が一切ない。自分たちの出資者のために、価値ある商品を作っている企業から判決と和解金をゆすり取るためだけに存在している連中だ。

我々Intelは、相当数の特許ゴロに直面している。しかしこれは大メーカーだけの問題ではない。ゴロたちは数千通もの同一の要求書を小さな会社に送りつけることを、まるでネットビジネスを運用するように日々行っている。彼らは、多くの小企業が高額な費用のかかる訴訟に関わることを避けて和解金やライセンス費用を支払うことを当てにしている。さらに、時折専門知識のない陪審員が都合の良い判決を下して大当たりクジを引くことも期待している。

特許ゴロ訴訟は米国企業に深刻な影響を与えている。標的にされた企業は、年間総額290億ドル(約3兆2931億円)の現金支出を強いられ、和解金の平均は650万ドル(約7億4000万円)に及んでいる。これは本来であればビジネスを成長させ、新たな労働力を雇い、研究開発に使われるべきだったものであり、費用と時間のかかる裁判に関われる会社は多くない。IPRプロセスはこの種の搾取行為に対する効果的な保護措置であった。

不幸なことに、米国特許商標局前長官がNHK-Fintivルールを強制した結果、状況は特許システムを乱用する者たちに有利な方向へと逆戻りしてしまった。NHK-Fintivの下では、係争中の訴訟がある場合、当事者系レビュー(IPR)は拒否され、侵害申請の内容すら吟味されない。これは、IPRによって無効な特許や侵害申請に高価な訴訟を減らすことを目的とした米国発明法を無視するものだ。さらに、ビダル氏の公聴会でリーヒ議員は、最近の分析によると、USPTOがこれらの「自由裁量による拒否」を発行する際に基づいていた公判期日の90%以上が不正確だったことを指摘した。

議会が意図したIPRプロセスを復活させるために、NHK-Fintivは破棄されるべきだ。これはビダル氏の承認プロセスが進行する中で今後も重要事項として扱われるべきだが、商務省と特許商標庁には、米国のイノベーターたちを守るために「今すぐ」行動を起こす権限がある。

彼らはこれ以上待つべきではない。特許ゴロが米国のイノベーターを食い物にする時期は1日たりとも延びてはならない。

編集部注:本稿の執筆者Steven R. Rogers(スティーブン・R・ロジャーズ)氏は、
Intel Corporation(インテル・コーポレーション)の執行副社長兼法務顧問。上級幹部チームに属し、同社の法務、政府および貿易グループを担当している。

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(文:Steven R. Rogers、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】開発者と設計者が企業の半導体不足解消のためにできること

米半導体メーカーMarvell Technology(マーベル・テクノロジー)のCEOであるMatt Murphy(マット・マーフィー)氏は2021年10月、半導体不足は2022年さらにはそれ以降にも及ぶだろうとの見解を示した。供給不足はすでに世界中で甚大な影響をもたらしており、ドイツの自動車メーカーOpel(オペル)は一部ラインの稼動を2022年初めまで停止すると発表している。

Society of Motor Manufacturers and Traders(英国自動車製造販売協会)が最近発表したところによると、2021年9月の英国の新車登録台数は1998年以降で最低を記録した。世界的に自動車メーカーは半導体不足に苦しんでおり、需要を満たすだけの車を製造・販売できていない。

しその余波はさらに広がっている。新型コロナウイルスのパンデミックを受けて需要が急増したコンシューマーエレクトロニクスも半導体不足の影響を受け始めており、調査結果からは、スマートフォンの生産に当初の予想以上の打撃が生じる可能性が示唆されている。Microsoft(マイクロソフト)のゲーミング担当エグゼクティブバイスプレジデントであるPhil Spencer(フィル・スペンサー)氏は、Xbox(エックスボックス)とPlayStation(プレイステーション)のゲームコンソールは2022年も供給不足が続くだろうとの見通しを表明した。

このことは、当社The Qt Company(ザ・キュート・カンパニー)がForrester(フォレスター)と最近行った、世界の製造業が直面している課題に関する調査でさらに実証された。驚くべきことに、私たちが話をした組織の80%が現在、デジタルプロダクトやサービスの産出に苦慮しており、62%がその原因として半導体供給の遅れを挙げている。

迅速な解決策はない

2020年を通じて、デジタルプロダクトとサービスに対する需要は前例のないペースで増加し、この需要はまだ揺らいでいない。2021年上半期に実施した本調査では、さらに82%の組織が、市場での地位を維持または成長させるためには新しいスマートプロダクトやコネクテッドプロダクト、サービスを迅速に導入する必要があると回答した。10組織のうち8組織近く(79%)にとって、これはソフトウェアの研究開発ライフサイクルの加速に意識を向けることを意味している。

スピードは依然として企業の最重要事項であり、半導体の供給やソフトウェア開発サイクルの遅れは深刻な問題を引き起こしている。多くの場合、このような遅延は数カ月間続く。そして、ファームウェアの課題にしっかりと向き合うことは、開発者スキルの不足という絶えず存在する懸念とも関係していることを忘れてはならない。

人材不足や半導体不足をすぐに解決することはできないが、企業が即座に有益なインパクトを生み出せる変革は存在する。そしてその中心には、半導体や組み込みデバイスに依拠するプロダクトやサービスを創造し、送り出す設計者と開発者が位置している。

開発プロセスへの挑戦

企業は危機に陥らないために、迅速かつ効果的な改善を行うための働き方に今すぐ目を向けなければならない。プロダクトのライフサイクルを見ると、ほとんどの企業は設計と開発に対して非常にサイロ化されたアプローチをとっている。そうした状況は、プロジェクトの着手時からのインタラクションの方法(あるいは多くの場合なされていない)に関してだけではなく、チームが使用するソフトウェアやツールを検討する際にも当てはまる。

これは、迅速で効率的なモバイルアプリ開発における中核的な課題の1つである、過度に複雑な開発者 / 設計フィードバックループに直接つながっている。デジタルプロダクトの制作を任されている開発者と、ユーザーエクスペリエンスやユーザーインターフェイスのような要素をより考慮している設計者との間には、しばしば断絶がある。

連携して作業を行うべきときに、両者は異なるサイロで活動している。開発者と設計者のコラボレーションを有効にすることは、このプロセスを促進し、チップ不足により失われた部分を補うために極めて重要である。

プロセスの一元化

開発と設計のツールとプラクティスを一元化することで、設計イテレーションを、中断ではなく開発プロセスへの貢献に転換することができる。骨の折れるフィードバックループのサイクルを断ち切り、ブランドはより早くプロダクトを市場に投入できるようになる。

DevOpsによるソフトウェア開発と同じような考え方で、設計と開発を「DevDes」として統合することは、サイロ化を解消し、ワークロードを軽減し、デリバリーをシンプルにすることを意味する。

クロスプラットフォームのフレームワークとツールは、これらの市場の課題の影響を緩和するために不可欠である。デジタルプロダクトの意思決定者は、柔軟性を維持し、調達可能なものを調達できる限り利用する必要があるだろう。例えば、多種多様なシリコンをサポートする柔軟なソフトウェアツールやプラットフォームに投資することで、サプライチェーンの不足による負荷を低減できる。

しかし、利点はそれだけではない。半導体不足を超えて考えると、プロダクトチームは多くの場合、複数のデバイスで使用可能でありながら、なおかつシームレスでネイティブなエクスペリエンスをエンドユーザーに提供できるプロダクトを、迅速に開発して展開することが求められる。繰り返しになるが、サイロを取り除き、DevDesアプローチをクロスプラットフォームフレームワークで採用することで、チームがネイティブ環境で作業できるようになり、プロセスの迅速化が可能になる。

将来にわたって機能するプロセス

私たちすべてがパンデミックの視点を離れ、より持続可能な未来を見据えつつあることに喜びを感じる一方で、過去20カ月間に得た教訓を決して忘れることはできないし、忘れてはならないと思う。

これほど急激に需要が高まることはないと思うが、再びピークを迎える可能性は高い。そして、消費者と企業の両方から期待されている、より良い品質のプロダクトの迅速な提供と、増え続けるデバイス間でのシームレスなエクスペリエンスは、今後も確実に続いていくトレンドである。

開発者のバーンアウトは広く語られており、必要なサポートを受けずにより多くのものをより速く提供するというプレッシャーは、持続可能なものではない。開発者スキルの不足に対応するために、より多くの開発者を育成していく上で、開発者がプロダクトチームの他の部分と真に統合された方法で作業できるようにすることは、極めて重要な意味を持つ。

今後しばらくの間、半導体不足が混乱を引き起こすことは避けられないだろう。それゆえ、現在のプロセスで実現可能なステップに目を向けることが、企業に委ねられている。その取り組みは、この困難な時期を乗り切るのに役立つだけではなく、将来にわたって存続できる企業を確立することにもつながるはずだ。それは開発ライフサイクルの中核をなす人とプロセスから始まるものである。

編集部注:本稿の執筆者Asa Forsell(アサ・フォーセル)氏は、The Qt Companyのオートモーティブ担当シニアプロダクトマネージャー。

画像クレジット:Mykyta Dolmatov / Getty Images

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(文:Asa Forsell、翻訳:Dragonfly)

【コラム】開発者と設計者が企業の半導体不足解消のためにできること

米半導体メーカーMarvell Technology(マーベル・テクノロジー)のCEOであるMatt Murphy(マット・マーフィー)氏は2021年10月、半導体不足は2022年さらにはそれ以降にも及ぶだろうとの見解を示した。供給不足はすでに世界中で甚大な影響をもたらしており、ドイツの自動車メーカーOpel(オペル)は一部ラインの稼動を2022年初めまで停止すると発表している。

Society of Motor Manufacturers and Traders(英国自動車製造販売協会)が最近発表したところによると、2021年9月の英国の新車登録台数は1998年以降で最低を記録した。世界的に自動車メーカーは半導体不足に苦しんでおり、需要を満たすだけの車を製造・販売できていない。

しその余波はさらに広がっている。新型コロナウイルスのパンデミックを受けて需要が急増したコンシューマーエレクトロニクスも半導体不足の影響を受け始めており、調査結果からは、スマートフォンの生産に当初の予想以上の打撃が生じる可能性が示唆されている。Microsoft(マイクロソフト)のゲーミング担当エグゼクティブバイスプレジデントであるPhil Spencer(フィル・スペンサー)氏は、Xbox(エックスボックス)とPlayStation(プレイステーション)のゲームコンソールは2022年も供給不足が続くだろうとの見通しを表明した。

このことは、当社The Qt Company(ザ・キュート・カンパニー)がForrester(フォレスター)と最近行った、世界の製造業が直面している課題に関する調査でさらに実証された。驚くべきことに、私たちが話をした組織の80%が現在、デジタルプロダクトやサービスの産出に苦慮しており、62%がその原因として半導体供給の遅れを挙げている。

迅速な解決策はない

2020年を通じて、デジタルプロダクトとサービスに対する需要は前例のないペースで増加し、この需要はまだ揺らいでいない。2021年上半期に実施した本調査では、さらに82%の組織が、市場での地位を維持または成長させるためには新しいスマートプロダクトやコネクテッドプロダクト、サービスを迅速に導入する必要があると回答した。10組織のうち8組織近く(79%)にとって、これはソフトウェアの研究開発ライフサイクルの加速に意識を向けることを意味している。

スピードは依然として企業の最重要事項であり、半導体の供給やソフトウェア開発サイクルの遅れは深刻な問題を引き起こしている。多くの場合、このような遅延は数カ月間続く。そして、ファームウェアの課題にしっかりと向き合うことは、開発者スキルの不足という絶えず存在する懸念とも関係していることを忘れてはならない。

人材不足や半導体不足をすぐに解決することはできないが、企業が即座に有益なインパクトを生み出せる変革は存在する。そしてその中心には、半導体や組み込みデバイスに依拠するプロダクトやサービスを創造し、送り出す設計者と開発者が位置している。

開発プロセスへの挑戦

企業は危機に陥らないために、迅速かつ効果的な改善を行うための働き方に今すぐ目を向けなければならない。プロダクトのライフサイクルを見ると、ほとんどの企業は設計と開発に対して非常にサイロ化されたアプローチをとっている。そうした状況は、プロジェクトの着手時からのインタラクションの方法(あるいは多くの場合なされていない)に関してだけではなく、チームが使用するソフトウェアやツールを検討する際にも当てはまる。

これは、迅速で効率的なモバイルアプリ開発における中核的な課題の1つである、過度に複雑な開発者 / 設計フィードバックループに直接つながっている。デジタルプロダクトの制作を任されている開発者と、ユーザーエクスペリエンスやユーザーインターフェイスのような要素をより考慮している設計者との間には、しばしば断絶がある。

連携して作業を行うべきときに、両者は異なるサイロで活動している。開発者と設計者のコラボレーションを有効にすることは、このプロセスを促進し、チップ不足により失われた部分を補うために極めて重要である。

プロセスの一元化

開発と設計のツールとプラクティスを一元化することで、設計イテレーションを、中断ではなく開発プロセスへの貢献に転換することができる。骨の折れるフィードバックループのサイクルを断ち切り、ブランドはより早くプロダクトを市場に投入できるようになる。

DevOpsによるソフトウェア開発と同じような考え方で、設計と開発を「DevDes」として統合することは、サイロ化を解消し、ワークロードを軽減し、デリバリーをシンプルにすることを意味する。

クロスプラットフォームのフレームワークとツールは、これらの市場の課題の影響を緩和するために不可欠である。デジタルプロダクトの意思決定者は、柔軟性を維持し、調達可能なものを調達できる限り利用する必要があるだろう。例えば、多種多様なシリコンをサポートする柔軟なソフトウェアツールやプラットフォームに投資することで、サプライチェーンの不足による負荷を低減できる。

しかし、利点はそれだけではない。半導体不足を超えて考えると、プロダクトチームは多くの場合、複数のデバイスで使用可能でありながら、なおかつシームレスでネイティブなエクスペリエンスをエンドユーザーに提供できるプロダクトを、迅速に開発して展開することが求められる。繰り返しになるが、サイロを取り除き、DevDesアプローチをクロスプラットフォームフレームワークで採用することで、チームがネイティブ環境で作業できるようになり、プロセスの迅速化が可能になる。

将来にわたって機能するプロセス

私たちすべてがパンデミックの視点を離れ、より持続可能な未来を見据えつつあることに喜びを感じる一方で、過去20カ月間に得た教訓を決して忘れることはできないし、忘れてはならないと思う。

これほど急激に需要が高まることはないと思うが、再びピークを迎える可能性は高い。そして、消費者と企業の両方から期待されている、より良い品質のプロダクトの迅速な提供と、増え続けるデバイス間でのシームレスなエクスペリエンスは、今後も確実に続いていくトレンドである。

開発者のバーンアウトは広く語られており、必要なサポートを受けずにより多くのものをより速く提供するというプレッシャーは、持続可能なものではない。開発者スキルの不足に対応するために、より多くの開発者を育成していく上で、開発者がプロダクトチームの他の部分と真に統合された方法で作業できるようにすることは、極めて重要な意味を持つ。

今後しばらくの間、半導体不足が混乱を引き起こすことは避けられないだろう。それゆえ、現在のプロセスで実現可能なステップに目を向けることが、企業に委ねられている。その取り組みは、この困難な時期を乗り切るのに役立つだけではなく、将来にわたって存続できる企業を確立することにもつながるはずだ。それは開発ライフサイクルの中核をなす人とプロセスから始まるものである。

編集部注:本稿の執筆者Asa Forsell(アサ・フォーセル)氏は、The Qt Companyのオートモーティブ担当シニアプロダクトマネージャー。

画像クレジット:Mykyta Dolmatov / Getty Images

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(文:Asa Forsell、翻訳:Dragonfly)

【コラム】地球を救い、利益を上げるために地球の最大の課題に投資する

それを持続可能性と呼ぼうが、ESGまたは気候技術と呼ぼうが構わないが、お金を稼ぎながら良いことをしようとする動きが世界を席巻していることは間違いない。

ブルームバーグによれば、世界の持続可能性への投資資産は、2020年には35兆3000億ドル(約4000兆円)に増加している。これは「世界をより良い場所にする」ことで利益を得ようと管理されている3ドル(約340円)分に対して約1ドル(約110円)分に相当する。

こうした資金がベンチャーキャピタルに流れ込む中で、世界は地球を温暖化の摂氏1.5度以内に保つために、気候関連の最も困難な問題のいくつかを解決しようとしている。PwCのレポートによると、投資家は緊急性を感じているようだ。気候技術への投資が、2013年から2019年の間に、VC全体よりも速いペースで成長している。

関連記事:気候テクノロジーへのVC投資はVC全体の5倍の速さで成長、PwC最新レポート

なお、この記事では「インパクト投資」という用語が、社会的責任投資(SRI)や環境、社会、ガバナンス(ESG)といった他の用語とおおよそ同じ意味で使われていることをお伝えしておく。本質的に「インパクト」とは「世界をより良い場所にする」ことだ。

しかし、そこにはインパクト投資の問題がある。見る人の目に良いものが映っている場合、正確には何が良いものなのだろうか?

例えばフィリップ・モリスは年間7000億本の紙巻たばこを製造していながら、投資家を惹きつけるESG目標を目指して努力している。目眩しの論理、だが要点はおわかりだろう。

Hans Taparia(ハンス・タパリア)氏はこれを美しく説明している

多くの投資家の考えに反して、ほとんどの格付けはESGファクターに関連しているだけで、実際の企業責任とは何の関係も持っていません。代わりに、彼らが測定するのは、ESGファクターによって企業の経済的価値がリスクにさらされる度合いです。例えば格付け会社が、ある会社に対して、その会社の汚染行為が適切に管理されているかその会社の財務価値を脅かさないと見なした場合には、重要な排出源でありながらも高いESGスコアを付与する可能性があります。

手に入るのは測定したものだけだが、公的公正の世界では、その測定がひどい誤解を招く可能性がある。それでも個人投資家たちは、巧みな「ESGファクター」のマーケティング活動を受けて、そのファンドに投資するだろう。

だが、最大のインパクトを与えるために最善の努力をしている本物の投資マネージャーたちもいる。

インパクトを示すために、そうしたマネージャーはIRISなどの標準的な測定フレームワークを採用している。しかし、インパクト測定を適用するのは非常に難しいことで知られている。それらはまた、測定すること自体が非常に難しく、多くは本質的に主観的であり、それらを改善しようとするソリューションと比較して測定するのに費用がかかるのだ。

さらに、肯定的な結果を生み出す複数の要因が存在する可能性があり、それらの結果を改善する際の特定の原因や結果を識別することはしばしば不可能だ。その結果、マネージャーは次善の策に頼ることになる。すなわち行動や実装を測定するのだ。しかし、目立つ指標を変化のための指標ととり違えてしまうことは容易に起こり得る。

例えば遊んでいる子どもたちが回転させることによって、地下水を汲み上げるメリーゴーランド装置のPlayPumps(プレイポンプス)は、その好例だ。PlayPumpsの設置数、それを使用している子どもの割合、もしくは汲み上げられた地下水の量は、コミュニティがポンプのおかげで、きれいな水にアクセスしやすくなっているどうかを必ずしも示していなかった。

これらはそれでも変わらずに財務実績を提供しなければならないファンドマネージャーや企業経営者による発表であることを忘れてはならない。

ドルの価値とは異なり、影響の測定は曖昧で真の基準がないため、投資家が投資ポートフォリオの社会的影響を比較したり、相対的なパフォーマンスを評価したりすることはより困難になる。これにより、パフォーマンスベースの出資をインパクト測定と結び付けることもほぼ不可能になる。

インパクトは具体化するのに時間がかかり、多くの場合、ファンドまたは会社による影響の範囲外にある。四半期ごとを生き抜く金融の世界では、選択を行う必要がある場合には、ドルを最大化することが常に簡単な選択となる。

それでもインパクトが存在できる特別な場所がある。それはマネージャーと企業の間のインセンティブが一致し、特定の測定値はそれほど重要ではなく、測定期間が真の違いを生むのに十分な長さで考えられるような場所だ。

そうした特別場所とは?アーリーステージのベンチャーグループだ。

Creative Venturesでは、インパクトを機会を見るレンズとして使用している。インパクトが大きければ大きいほど、問題も大きくなり、市場機会と経済的利益も大きくなる可能性があることを私たちは理解している。

インパクトは問題がある場所に存在するからだ。高度なインパクト測定に悩まされている世界で、私たちのアプローチは、EVのコストが20%低く、40%遠い場所まで行くことができる世界を想像している。ガンを治せる世界。すべてのデータセンターのエネルギー消費量が半分になる世界。

そして、これらの企業の1つだけが成功しただけでも、世界がはるかに良い場所になるとは思わないだろうか?

編集部注:本稿の執筆者Champ Suthipongchai(シャン・スティポンチャイ)氏は、労働力不足、医療費の増加、気候危機の影響に取り組むスタートアップたちに投資する、ディープテックVCであるCreative Ventures(クリエイティブ・ベンチャーズ)の共同創業者でゼネラルパートナー。

画像クレジット:Hiroshi Watanabe / Getty Images

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(文: Champ Suthipongchai、翻訳:sako)

【コラム】創業者は自らのアイデアを自分から切り離す必要がある

ファウンダーはみんな、自分の会社が自分たちなしで繁栄することを願っているが、その意識に基づいて行動することの覚悟は、昨今の市場で交わされる最もぎこちない会話の1つである。結局のところ、ファウンダーへの賛美(および彼らをロックスターのように扱うマスコミの変わらぬ習慣)には一定の正当性がある。ビジョンを持つ人たちは、本質的に興味深い人間であり、人が他人の家に寝泊まりしたり小鳥がさえずるようなアプリで日々生の意見を公表したりすることに賭けるほど狂気に満ちている。

この緊張感、ファウンダーをスタートアップ成功の導き手として位置づけると同時に、あらゆるビジネスにとって長命の鍵は継続にあるとことを認識させる社会の緊張感こそ、最近、Jack Dorsey(ジャック・ドーシー)氏が発信した数行からなるTwitter(ツイッター)退職のツイートが私の目を引いた理由だ。

「企業が『ファウンダー主導』であることの重要性についてはさまざまな意見があります」とドーシー氏は書いた。「結局それは著しく制限的で、『単一障害点』であると私は信じています。この会社が創業時のことや創業者から離れられるように、私は懸命に取り組んできました」とドーシー氏は付け加え、「企業は自立して、ファウンダーの影響や指示を受けないことが極めて重要」で彼が信じていることを付け加えた。

ドーシー氏は、私がそれ以来ファウンダーや投資家に話し続けている話から会話を始めた。アイデアをファウンダーのアイデンティティから切り離し、会社が本質的に創設者とつながっていると感じないようにすることが、会社にとって健全である。ただし帰属についての真剣な会話が必要だ。

2021年11月、私はファウンダーと創業チームメンバー、アドバイザー、投資家、エンジェル投資家、および初期従業員の間の当事者意識とインセンティブの違いを明確化することの重要性について書いた。今週は、支配構造が時間とともに変化すること、そしてファウンダーの肩書がある日「無担当副社長」になるかもしれないと理解することが、なぜ重要なのかについて話す必要がある。

雑草時代を忘れる

「ある時点で、ファウンダーは『無』担当副社長(VP of nothing)になります」とFloodgate(フラッドゲート)のパートナーであるIris Choi(アイリス・チョイ)氏がTechCrunch Equityポッドキャストの最新回で述べた。「最初はプロダクト責任者でありエンジニアのトップであり、一般社員であるともに、未解決問題を収拾し、隙間を埋める人物でもあります」。

アイデンティティクライシスは企業が成長ステージに入ったときに始まる。そしてファウンダーは、徹夜組を引っ張る向こう意気の強いエンジニアから、有能な人材の採用と「列車が間違いなく定刻に発車」することに責任をもつビジョナリーへと変わっていく。

「ある程度、ファウンダーの地位を雑草より高める必要があります」とチョイ氏はいう。

Fractional(フラクショナル)の共同ファウンダーStella Han(ステラ・ハン)氏は、最近Y Combinator(Yコンビネーター)を卒業し、シードラウンドで数百万ドル(数億円)を調達した。彼女のビジネスは、他人や友人がオーナーシップを手に入れやすくすることがすべてで、それは社内でそれを実行する方法について、共同ファウンダーとよく話し合わなければならないことも意味していた。

「共同ファウンダーになると、非常にアクティブにプロダクト業務を実行しますが、リーダーたる幹部は、他の人々に権限を与えて手綱を握り、行動を起こして会社を成長させるのが仕事です」と彼女は語る。「オーケストラの指揮者が必要な時、重要なのはそのビジョンとそのマジックを伝え、チーム一丸となって経験を作り上げ、聴衆と消費者に届けることです」。

会社のスケールが大きくなるにつれて、有能なファウンダーを中心にスマートな幹部チームを作り始めることに問題はないが、そのアイデアを考えた人物に向かって、そろそろ別のCEOに席を譲る時期がきたというのは逆説的だ。言い換えれば、まだ身を引く準備が出来ていない時何をするのかだ。

結局それはインセンティブアラインメントに行き着く、とハン氏は考える。

「エゴは人間の大きな部分であり、おそらくそれが、自分にとって正しいと思えるけれど会社全体にとってはそうではない行動を起こしてしまう理由でしょう」と彼女は話し、ファウンダー(および既存あるい新しく入ってくる幹部全員)は「全員が合わせるべき、より総合的で大局的なインセンティブが何であるか」を見つけ出す必要がある、と付け加えた。

そして、ファウンダーは「重要な場面で苦境に陥ったとき、自らの身を遠ざけて全体にとって最良のことをする」必要があるとハン氏は語った。

会社の中で権力の分散化をやりやすくするためには、投資家が小切手を書くやり方にも大きな変化が必要だ。現在は、アイデアを持っていて、そのアイデアによる功績を認められることが、起業家にとってベンチャーキャピタリストに売り込む最も効果的な手段だ。そのインセンティブに代わるものは何か?

デューディリジェンスをひとひねりする

「あらゆる会社が、スターチームを集めて次のPayPal Mafia(ペイパル・マフィア)になるエコシステムを作るスターファウンダーを欲しがっています」とHum Capital(ハム・キャピタル)のCEO・共同ファウンダーであるBlair Silverberg(ブレア・シルバーバーグ)氏はいう。「このビジョンを達成した会社はほとんどありません。その理由は、新しいビジネスを始めたりそこに参加した時、チームが何をするか、起こした行動がビジネスにどんな結果をもたらすのか、自分たちが生んだ勝利の所有権を関わった個人がどう受け取れるのか、それらが明確になっていないからです」。

シルバーバーグ氏は、Web3.0の約束をいくつか説明した。そこではプロセスを形式化することで、ビジネスの各部分を誰が所有し、誰が実行するかを透明に見通せるようにすることが求められている。しかし起業家たちは、変化が起きるためには、それが主流派になるまで待つ必要はないと考えている。

「すぐれた実績をもつヘッジファンドマネージャーのコンセプトは、ビジネス運営の世界でも十分考慮に値します」と彼はいう。「もし同じような実績が存在する世界を作れたなら、ビジネスだけでなく人々のレベルでも、社会の資産を適材適所に使うことができます」。そして、2021年11月に書いたように、アイデア経済においては、勝利したビジネス戦略を誰かが思いついたかの証拠が重要になる(法的にも財務的にも)。

ただし、Zoomでの売り込みの中で。成功する会社(個人ではなく)に賭けたいアーリーステージ投資家は、共同ファウンダーの雇用する能力、考えを変える能力、そして立ち去るべき時期が来たことを理解する能力を推進する必要がある。

アーリーステージフィンテックファンドであるVentureSouq(ベンチャー・ソウク)のゼネラルパートナーSonia Gokhale(ソニア・ゴケイル)氏は、自分が投資する際にも、1人のファウンダーではなく、共同ファウンダーの会社を探す、なぜなら予定外の事態が起きた時のリスクを分散できるだけでなく、1人が他方を埋め合わせられるのはよいことだからだと語った。

「当社の創業チームの多くは、2人のファウンダーがうまくやっていけるかどうかに焦点を合わせたデュー・ディリジェンスに時間をかけています。相性はどうか?シナジーはあるか?直感を受けるか?」と彼女はいう。「そして、少しでも不安を感じたら、それは赤信号です」。

企業が自立することは不可欠だというドーシー氏の意見は、あらゆるファウンダーがいつか会社を去らなくてはならない、という意味とは限らない。むしろ、Sounding Board(サウンディング・ボード)のChristine Tao(クリスティン・タオ)氏が指摘していたように「優れたリーダー」の自覚だけでよいのかもしれない。

「CEOもただの人間です。そして私たちのアイデンティティの多くが会社に没頭しているとしても、私たちは完璧ではありません」と彼女はいう。「企業は進化し、変化していくるので、違うリーダーシップが必要になることもあります」。

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(文:Natasha Mascarenhas、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】新たなハイブリッド生活、私たちと共存するハードウェアにできること

社会におけるさまざまな場面でハイブリッドモデルが登場しているが、それらは驚くほどの柔軟性がある一方で、仕事とプライベートの境界線はますます曖昧になり、私たちが精神的に疲弊をしていることは明らかだ。

儀式というのは、常に私たちの精神的、感情的な状態を形作る強力な力を持っている。例えば、人の集まり、物理的なトーテム、衣装や空間デザインなどはすべて、その経験を生み出すために機能する。しかし、ハイブリッドで働く人々にとっては、これまで慣れ親しんできた儀式の多くがもはや手の届かないものになっているのだ。彼らの日々の仕事には、人と集まることも、場所の変更も必要なく、服装もほとんど(あったとしても)変える必要がない。

1日に7時間以上も画面を見ている若者は、うつ病や不安症にかかりやすく、仕事をこなすのが難しいという研究結果が出ているにもかかわらず、私たちはハイブリッドなバーチャル体験を増やし続けている。さらに、従業員たちは、複数のタイムゾーンにまたがって行われる会議の連続で、毎日が果てしなく続くような感覚に陥り、疲労や倦怠感を訴えている。

現在、多くの人々が仕事や学校、買い物、銀行、医療など、あらゆる場面でコンピューターデバイスに依存していることを考えると、私たちは、ハイブリッドな仮想世界での新たな儀式に備えて、これらのデバイスをどのように設計・開発しているかを、より注意して見ていかなければならない。

今日「コンピュータデバイス」とは、従来のデスクトップ型ワークステーションから超ポータブルな携帯電話まで、あらゆるシナリオを想定している。しかし、これらのデバイスのデザインが、ユーザーの仕事とプライベートの境界を明確にするのに役立つとしたらどうだろう?

例えば、画面の前にキーボードがあるデバイスは「生産性の高いツール」という印象を与えるが、タッチ式のタブレット端末では、よりカジュアルでエンターテインメントに特化した印象を与える。もし、リモートワーカーがこの2つの様式を切り替えることで「仕事」から「プライベート」への切り替えを知らせることができたらどうだろう。

また、最近注目されているのが、ビデオチャットや会議ツールだ。私たちの多くにとって、人との交流の大半は、ビデオ会議アプリを使ったバーチャルミーティングで行われている。HDウェブカムやリング型ライトの需要は高く、バーチャルな背景やエフェクトの数は日々増加している。

ただ、ハードウェアの設計に大きく依存していることもあり、ビデオ会議の体験にはまだ多くの課題や制限がある。Zoom、Google Hangouts、Teamsなどのツールは、最新のアップグレードに対応しようと競い合っているが、統合された照明源、改良されたオーディオ、さらには触覚フィードバックなどのハードウェア上のハードルに取り組まなければ、ソフトウェアができるのはここまでだ。

しかし、対面からバーチャルへのパラダイムシフトを受け入れることができれば、ユーザーが同僚と直接目を合わせているように見せるために、ディスプレイ内埋め込み型の1ピクセル以下のカメラレンズのようなハードウェアのアップグレードによって、未来の日常に向けたデザインができるようになる。他にも、温度や触覚の技術を応用することで、仮想空間を介してお互いのつながりをより深く感じることもできるだろう。また、没入型の体験が進化していく中で、嗅覚の技術を追求することで、新たな可能性が生まれるかもしれない。

しかし、このようなハードウェアの進化は、実際に生産や消費の面ではどのようなものになるだろう?テクノロジーの便利さには目を見張るものがあるが、その一方で地球への負担も大きい。

消費者は地球を酷使する存在になってしまったのだろうか?

自分が大切にしているものを考えてみると、それらに共通しているのは、どれも古くて希少なものだということだ。もちろん、これは貴重なものに共通することだが、この価値観をハイテク製品にも適用できないだろうか。私はiPhoneを1〜2年ごとに交換しているが、Ducati(ドゥカティ)のバイクはパーツを少しずつアップグレードしていくことに大きな喜びを感じている。新品に交換するために捨てようとは決して思わない。

サステイナブルなソリューションを求める消費者が増えれば、ハードウェアメーカーはサービスを調整しなければならない。Apple(アップル)のような強力なブランドは、環境再生活動の強力なリーダーとなり得るだろう。デスクトップPCを自作することは(特にハードコアゲーマーにとっては)目新しいことではないが、すべてのポータブル機器がアップグレード可能なモジュール式になった未来を想像してみて欲しい。50年後、2025年に購入したスマートフォンが、いまだに機能していて価値の高いビンテージ品になっていたとしたらどうだろう?

私たちの新しい日常の現実は、デバイスの多さが解消されない一方で、ソフトウェアの開発が飛躍的に進んでいることだ。そろそろ私たちは、自分のデバイスを、クルマや家と同じように、最新の進歩に合わせて修理したり、改造したりして、大切にしていく対象として考えていかなければならない。

編集部注:執筆者Francois Nguyen(フランソワ・グエン)氏はfrogのプロダクトデザインのエグゼクティブデザインディレクター。

画像クレジット:Peter Cade / Getty Images

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(文:Francois Nguyen、翻訳:Akihito Mizukoshi)

【コラム】Discordの可能性を知る。創業からマネタイズ、Web3でのチャンスまで

編集部注:本稿は米国スタートアップやテクノロジー、ビジネスに関する話題を解説する「Off Topic」の投稿の転載だ。Off Topicでは、最新テックニュースの解説やスタートアップについてポッドキャストYouTubeも配信している。ぜひチェックしてみてほしい。

今回は1年以上ぶりの翻訳記事となる。2020年5月から愛読しているニュースレター「Not Boring」のPacky McCormick(パッキー・マコーミック)氏と2020年8月のスタートから読んでいるニュースレター「The Generalist」のMario Gabriele氏が一緒に組んでDiscordについての記事「Discord:Imagine a Place」を書いたと聞いたときに、どうしても翻訳しなければいけないと思った。仲良くさせてもらっているPacky氏にお願いしたところ、快く翻訳の許可をいただいた。少し要約する部分もあるかもしれないが、ぜひみなさんにもこの対策を共有したい。

また、まだNot BoringThe Generalistを購読してない方はぜひチェックして欲しい。毎週これからくる企業やトレンドについて深堀しているOff Topicでもよく参考にしている情報源だ。

はじめに

「人中心のサイトを想像して欲しい」。

「流行りのミームがハチミツのように流れる場所を想像してください」。

「人間とボットは平和に暮らせる場所を想像してください」。

上記はすべて、Discordの最新広告キャンペーンでフィーチャーされたものである。Discordがユーザーに対して、今まで使ったことがない人にDiscordをどう説明するかを聞いたところ、上記のような言葉が出てきた。ここまでおもしろいサービスの定義が出てくるのは、幅広いユースケースとユーザーの愛があるからかもしれない。

また、ナルニア国をルーシーとエドマンドが、ウィザードの世界をハリー・ポッターが、マトリックスから出たネオが瞬間を説明するのと似たような文章になる。

「クローゼットを開けたら、話すことができる動物の国があるのを想像してください」。

「自分の学校に行くために、壁を通り抜けないといけないことを想像してください」。

「飲むと世界が変わる薬を想像してください」。

これらの文章もDiscordをやや言い当てていることからも、Discordがどのような会社なのかがわかる。Discordはコミュニケーションプラットフォームではなく、隠れた世界なのかもしれない。

マーク・ザッカーバーグ氏は、自分が最もメタバースを構築できる立場にいると思うかもしれないが、すでに「メタバースネイティブ」になっているプラットフォームなのはDiscordかもしれない。メタバースのパイオニアといわれるるゲーム業界向けのプラットフォームとしてまず開発されたDiscordは、今では教育グループや投資コミュニティなど幅広いファンコミュニティに活用されている。さらには、NFTなどWeb3世界を作っているデフォルトのプラットフォームにもなっている。

これだけ盛り上がっている会社で、何百億円と売上を抱えながら直近で時価総額150億ドル(約1兆6995億円)でありながら、いまだ成熟されたアイデンティティを確立しておらず、これまでのSNSサービスとは違ってまだまだ進化する可能性を秘めている。Discordが次の進化をするには、ピボットするのに慣れているCEOのJason Citron(ジェイソン・シトロン)氏が新しい技術を受け入れたり、違う売上チャネルを検討したり、Web3の世界を取り込まないといけないかもしれない。Discordはメタバースのソーシャルインフラになり得る会社であり、同社の可能性は無限大だと思われる。

そんなDiscordの可能性を知るために、創業物語、課題、今後の取り組むべきことについてまとめてみた。

創業物語:Discordのストーリーは、いろいろなピボットや変化のある中で始まった

カオスなプロダクト:特にミレニアル世代にとって理解しづらいプロダクト

ユーザーの拡大:元々ゲーマー用ツールとして始まったのが、今では幅広いユーザーに使われている

遅いマネタイズ:ユーザー数は急成長しているが、ユーザーからのマネタイズはかなり遅れている

Web3のチャンス:現在、Web3企業のデフォルトプラットフォームになっているが、そのリードを広げるためには何が必要なのか。いくつかアイデアがある

オンラインゲームで勝つ:インターネットユーザーの居場所としてどう成立させるのか。

さぁ、サーバーを立ち上げて行こう。

スタート地点

いろいろな会社がピボットして成功した中で、最もピボットが上手いのがジェイソン・シトロン氏なのかもしれない。実は、ジェイソン氏は2回起業して2回ともピボットして成功している。Discordに関しては、たまたまPMFを見つけられた。

OpenFeint

始まりはAppleがアプリストアをリリースした2008年7月10日。ローンチと同時に500個のアプリを公開して、その中にパズルゲーム「Aurora Feint, the Beginning」が含まれていた。そのゲームを作ったのは当時23歳だったジェイソン・シトロン氏と、彼が参加していたインキュベーターのYouWeb。YouWebは元Webvan CTOのPeter Relan(ピーター・レラン)氏がY Combinatorとほぼ同じタイミングで設立したインキュベーターだ。ただし同社はYCと違って参加者を拡大せず、15年間で30社ほどインキュベートした。

当時のYouWebのモデルは会社の50%の株を取得する代わりにアイデア、マーケティング、採用周りを支援するというものだった。ジェイソン・シトロン氏が参加したときにはゲーム領域で何かしたいとは思っていたものの、それ以上の考えがなかったので、YouWebはEIRのDanielle Cassley(ダニエル・キャスリー)氏と組ませてAuroraのローンチまで導いた。

結果としては成功した。World of Warcraft的な見た目とテトリスやPuzzle Leagueに似たゲームだったAuroraは、初期アプリの中ではかなり人気だった。

アプリのレビューを見ても「最も楽しかった初期iPhoneゲーム」と書かれていたが、それはマネタイズには繋がらなかった。新しいバージョンのゲームを出したり、値段を8ドル(約900円)から1ドル(約110円)に下げたりしたが、なかなか売上が上がらなかった。それにも関わらず、いくつかの機能には可能性があった。特にジェイソン氏が導入したチャットルーム、プロフィール、リーダーボード、非同期型のマルチプレイヤーゲーム性といったソーシャル要素はかなりの可能性があり、他の大企業が作ったゲームにはないコミュニティ性がAuroraにはあった。

そこでジェイソン氏が初のピボットをした。

Auroraの未来について会話をしている中でジェイソン氏は「誰もiPhone用のXbox Liveを作ってない。Auroraのチャット機能などをスピンオフさせてiPhone版Xbox Liveを作れないか考えるときもある。とりあえずそれを出して人が欲しいかみても良いかもしれない」という

ジェイソン氏はすでに、将来どのゲーム開発者もプロダクトにソーシャル要素を入れたがると予想できていた。また、それを全員ゼロから作るよりも、すでに存在するツールにお金を払って開発したがると感じてもいた。OpenFeintという会社名にピボットして、TechCrunchでフィーチャーされた際に多くのクライアント候補先から連絡がとどき、この領域は必ずくるとジェイソン氏は確信した。調達も無事終了し、ゲーム間でソーシャルインタラクションを管理できるアプリをリリースして、通信キャリアAT&Tと提携して新しいスマホにプリインストールされることにもなった。

そこに興味を持ったのがGREEだ。2011年に1億4000万ドル(約158億7000万円)でOpenFeintを買収し、ジェイソン氏、そしてYouWeb含めたOpenFeintの株主が大金を得た。

数カ月間GREEで働いてから、ある日ジェイソン氏がYouWeb創業者のピーター氏にメールを送った。

「帰ってきたぞ」。

Discord

OpenFeintの話を聞くと、Discordの話が同じような流れのものに聞こえる。

ある若手起業家がインキュベーターに参加する。ビジネスプランは特にないが、ゲーム領域で何かすることを目標にする。すばらしいマルチプレイヤーゲームを作るが、大きなファンベースを抱えられず、PMFを探すためにインフラになる機能を見つけてそれが成功する。

OpenFeintの物語はDiscordと同じ物語。今回はより良い条件をジェイソン氏はYouWebのピーター氏と交渉して「Phoenix Guild」というゲームを作ることを決める。すぐに名前を「Hammer & Chisel」に変えるが、ジェイソン氏のOpenFeintの成功もあったおかげで110万ドル(約1億2000万円)のシード調達と820万ドル(約9億3000万ドル)のシリーズA調達を無事行う。シリーズAラウンドはジェイソン氏の2013年のTechCrunch DisruptのDemo Dayのプレゼンに惹きつけられたBenchmarkのPartnerだったMitch Lasky(ミッチ・ラスキー)氏がリードした。

Hammer & Chiselは2014年にタブレット向けのバトルアリーナゲーム「Fates Forever」をローンチしたが、思ったほど成功しなかった。OpenFeintでも行ったように、ジェイソン氏はゲーム内にコミュニケーション機能を組み込んでいた。

「ゲーム前、ゲーム中、ゲーム後にプレイヤーが集まれるサービスにチャンスがあると思ってはいたが、上手くいくかどうかは正直分からなかった」とジェイソン氏はいう

そこでジェイソン氏は、またピボットすることを決断する。

どうピボットするかを考えていた際にCTOのStan Vishnevskiy(スタン・ヴィシュネフスキー)氏が「もうモバイルゲームは作りたくない。チャットサービスを作ることを社内でも話しており、それについてアイデアがある」と発言し、そこから数カ月間、Hammer & Chiselチームはゲーマー向けのチャットサービスを開発した。アイデアとしては常にオンになっている電話会議、ゲームのプライベートカフェだった。

2015年にDiscordというプロダクト名でリリースしたが、まったく反応がなかった。数十人が毎日活用していたが、特に成長する感じではなかった。当時はTeamspeakやSkypeなどゲームコミュニティが活用していたツールはあったが、競合の力というよりも、初期ユーザーの信頼を勝ち取るまで認知されてなかったのが問題だと気づいた。

転換期はReddit経由で訪れた。Discordチームがファイナルファンタジーのsubredditメンバーと繋がっていて、そこでDiscordをメンションしてくれないかとお願いした。ジェイソン氏曰く、そのメンバーは「Discordという新しいボイスチャットアプリを知っているか?」と書いたらしい。

そこで数名のRedditユーザーが会話に入り込み、Discordを活用してDiscordの開発チームと試しに話した。そこで1人のユーザーが「あのチームの開発者とさっきDiscord上で話したけど、めちゃくちゃイケてた。これは要チェックなアプリだ」とフィードバックした影響で、一気にユーザーが入り込み始めた。ジェイソン氏曰く、その日がDiscordの本当のローンチ日だった。

そこから今となっては急成長し続けたDiscordは1億人以上のユーザーがいて、10億ドル(約1133億4000万円)弱の合計資金調達額を達成。それ以上にゲームカルチャーを取り入れながら、エバンジャライズしたことがすごいことかもしれない。

プロダクト

Discordは、ゲーマーがゲーマー向けに開発したプロダクトだ。もちろんコロナ禍の期間からゲーマー以外のユーザーを受け入れていたが、いまだにゲーム色がかなり強いため、ゲーム関係者以外の人からすると一見難しいプロダクトに思える。自分もテクノロジーにある程度慣れている方だと思っているが、Discordサーバーほど年齢を感じさせるものはなかなかない。時間を重ねてようやくDiscordという言語を学び始めたので、今回はDiscordのプロダクト解説・翻訳する。

Quartzは「DiscordはSlack、AOLメッセンジャー、Zoom、ちょっと怪しいチャットルームをかけ合わせたもの」と題して、Discordを既存のサービスの組み合わせたものとして比較している。

PCGamerはDiscordでユーザーが「無料」できることをリストアップして説明している。

Discordは無償で以下のことが可能だ。

  • 時間が無制限でほぼラグがない高クオリティの音声で何人の友達と話せる
  • ラグがほぼなくツークリックでサーバー内でゲームのライブ配信ができる
  • 複数の配信を見ながら各配信のボリュームコントロールが可能
  • 何年分もデータも保存してくれる無制限のテキストチャットルーム
  • 友達と小さめのファイルを共有
  • 音楽を流すなどボットを入れ込む
  • 動画配信やスクリーンキャプチャ含めてすべてスマホでできる

Discordは、既存のツールや機能などで説明するよりも自社のプロダクトをユーザーにどういう場所か想像するようにお願いしている。

画像クレジット:Discord

Discordは、自社プロダクトを白紙のキャンバスとして見て欲しいため、あのような初期ブランドマーケティングキャンペーンを行っている。ユーザーがその白紙のキャンバスで思い描くデジタルスペースを作れる場所にできるようになっており、実際にそのような場所になっている。

新型コロナ期間中にはさまざまなユーザーがDiscordに群がり、Discordのチャット機能、高クオリティの音声や動画チャット、プライバシー、直接繋がれる機能、そしてSlackと違って無償のサーバーに需要を感じた。

会社としてもちょうど良いタイミングでゲーマー以外の層にオープンになった。そしてどのコミュニティもコロナによってオンラインに移らないといけなくなった際に、2つの選択肢を迫られた。

・1ユーザーあたり毎月6.67ドル(約760円)支払ってSlackを使う

・Discordサーバーを立ち上げて無償で誰でも招待できるようにする

オプションを見ると、当然ながら2つ目を選ぶコミュニティが多かった。Discordとしても想像しなかったユーザー層も集まり始めた。

2019年に記者のTaylor Lorenz(テイラー・ローレンツ)氏がThe Atlanticの記事でインフルエンサーがDiscordに群がり始めたことについて書いた。FacebookやTwitterのアルゴリズムベースのフィードがミドルマンとして邪魔されるのではなく、直接ファンと話せるDiscordサーバーを立ち上げるインフルエンサーが増えてきたと記載している。ForbesによるとそのThe Atlanticの記事を読んだDiscord創業メンバーのジェイソン氏とStanislav Vishnevskiy(スタニスラフ・ヴィシュネフスキー)氏はゲーマー以外の領域に広がり始めたことについて驚いてたとのこと。

ピボット経験者の2人は、この新しいユーザー行動を調査することにした。Discordがコミュニティに23問アンケートを送った際に、Discordユーザーの3割以上が主要目的はゲームではないことが判明した。そのユーザーたちはブッククラブ、友達のグループチャット、ファンコミュニティ、そして会社の社内コミュニケーションとしても使っていた。Discordはインターネットのサードプレイスになり始めていた。

これを理解したジェイソン氏とスタニスラフ氏はすぐにこの情報を活用してよりユーザーにアットホーム感を与えるために会社のミッションを更新した。ゲーマー中心のコミュニティを作るミッションから、誰でも親密な関係性を作れる力を提供するミッションとなった。

画像クレジット:Colossus

さらにブランドとホームページも進化させた。

画像クレジット:Internet Archive Wayback Machine

そこで会社初のブランドマーケティングキャンペーンの「Imagine a Place」を5月にローンチした。

少しペースが早くてわかりにくい動画に見えるが、Discordの雰囲気も上手く捉えたものでもある。

一見、DiscordはSlackのようにも見える。各コミュニティのスペースをサーバー毎に分けて、各サーバー内ではチャネルで分けられている。中にはボイスチャネルもあり、さらには25人まで動画通話もできる。そのボイスチャネル自体は常にオンになっていて、ユーザーは自由に出入りできるスペースとなっている。

サイドバーには簡単にユーザーが参加しているサーバーを確認できるようになっている。いろいろなサーバーに入っていると未読のメッセージの数字がパッキー氏のように増えていくので、少し圧倒されるユーザーもいる。

Discordを始めるのは簡単。各サーバーはユニークなURLとなっている(discord.gg/サーバー名)、そしてそのURLをユーザーは自分のTwitterプロフィール、subreddit、チャットなどでシェアする。「Join the Discord」はYouTubeでいう「登録してください」と同じだ。

ユーザーも簡単にジョインできる。Discordアカウントを作成すると、さまざまなサーバーにアクセスできる。Slackは1つのコミュニティごとのスペースとして作られており、新しいSlackワークプレイスに招待されるとメールを再入力して登録フローを行う必要があるが、Discordは違う。Discordユーザーはサーバーからサーバーへの移動が簡単で、さらに他のDiscordユーザーへのDMまで簡単だ。

これがSlackとのもう1つの違いとなる。Slackでは1つのワークスペースコミュニティ内だとDMし合うことができるが、Discordだと相手のユーザー名さえ知っていればお互い同じサーバーに入ってなくてもDMが可能(DMを受け入れる設定にしていれば)。これは一見すると小さな違いのようだが、実はすごいことだ。Discordはこの機能によって組織内の活性化だけではなく、そのサーバーの上にもう1つソーシャルレイヤーを加えている。ユーザーとしては自分のコミュニティの中でコミュニティらしい話をしながら、まったく別の場所で直接友達と違う会話が可能になる。

そしてDiscordはこのソーシャルレイヤーを加えながら他のSNSっぽい機能を捨てている。フォロワーやフィードの概念がないため、アルゴリズムも存在しない。ユーザーは課金していればサーバーごとに異なるアバターを表示できるが、それ以上にソーシャルキャピタルを得られる手法はあまりない。

さらに、Discordのチャット機能とソーシャル要素の構成以外のおもしろいところがボットのエコシステムだ。2020年のDiscordブログによると300万以上のボットが作られていて、複数のボットは数百万以上のサーバーで使われている。比較するとSlackのアプリエコシステムでは2400個のアプリを抱えている。もちろん多くのボットはかなり特定のユースケースだったり一時的な物だったかもしれないが、これだけのボリュームの差があるのは気になる。

ボットは多種多様で、Memeを送るものもあれば、YouTubeやSoundcloudの音楽を流すものもあれば、モデレーション用のボットもある。

MEE6は特にモデレーションボットとして人気だ。1400万以上のサーバーで活用されており、カスタムウェルカムメッセージを作れたり、悪質なユーザーを取り除いたり、コミュニティの役割をユーザーに割り振ったり、より参加するユーザーにXP(経験値)を提供するボットだ。

よりクリエイティブなボットも存在する。IdleRPGはサーバーに組み込まれるとコミュニティメンバーがチャットのコマンドでRPGゲームを遊べる。さらにDiscordのボットエコシステムはクリプト領域にも拡大している。例えばCollab.Landでは、NFTや特定のトークンを持つとプライベートチャネルにアクセスできるボットなどではクリプト業界にとって欠かせないもの。それ以外にクリプト投げ銭を可能にするTipやクリプトリワード付きのRPGのPiggyなどがおもしろい事例だろう。

もちろんユーザー目線からするとおもしろみや機能面の拡張としてDiscordのボットエコシステムは重要だが、会社としてはボットは優位性作りのために存在する。Discord APIの上で多くの開発者にアプリ開発させることによって、いろいろなコミュニティに対応してロックインさせることができる。例えば今からDAOを始めたとすると、Collab.Land、MEE6、Tipなどのボットが含まれるDiscordを選ぶ確率が高い。他のコミュニティツールでは存在しないツールがあるからこそ、Discordは人気になる。

Discordはここにより投資をしなければいけない。2020年によりボット戦略にフォーカスすると発表したが、ボットのディスカバリー、マネタイズ、そして利用率を上げる施策を打たなければいけない。それを実現するためには、Discordはボットストアを作る必要がある。

今だとボットを探すにはとりあえずGoogle検索するか、ゲームのハイライト動画などを配信するMedalが抱えるDiscordディレクトリーのTop.ggに行くのがベストだ。別のスタートアップがこのサービスを提供するほどディスカバリーが需要があることを証明している。ボットストアを作ればDiscord内でボットディスカバリーが始まり、ボット開発者にも自分たちのボットの見せ場もでき上がる。他のアプリストアのオーナーと同じように、Discordは今後期待のボットをよりフィーチャーすることもできるようになる。

そしてデータが集まるとレコメンドを通してボットディスカバリーを強化できる。クリプト系のサーバーを立ち上げた人に対してCollab.Landや類似ツールをオススメできる。

開発者がDiscordでボットの販売なども可能になると、より開発者・クリエイターを招くことが可能になり、それによって新しいグロースサイクルができ上がる。Discordは人気・注目しているボットをフィーチャーして、そのボットを見たユーザーが使い始めて、ボットクリエイターはお金儲けして、その成功を見て新しいボットクリエイターが参加して、Discordのプラットフォームを強化して、強化されたプラットフォームがより多くのユーザーを引き寄せて、そのユーザーたちはより多くのボットを求める。


ボット戦略によってDiscordは本来ビジョンに掲げていたゲームストアのようなプラットフォームになるかもしれない。今ではDiscord内だけではなく、Discordの上に新しいプロダクトが作られている。例えばStirの新プロダクト「Newsroom」ではDiscordのカオスになりがちなサーバーをきれいなUIで表示している。

画像クレジット:Stir Newsroom

Discordをリプレイスするのではなく、改善してDiscordに慣れてないユーザーに対して新しいかたちでDiscordの強みを紹介してくれている。起業家が競合サービスではなくそのツールに連携したり相補するツールを開発するのは、最もDiscordがプラットフォーム化している証拠かもしれない。このトレンドはさらに続きそうだ。今ではDAOのオンボーデイングツールを開発する起業家も増えている。

Discordとしてはこのようなツールとの連携をシームレスにして、ボットストアを拡張してDiscordアプリケーションのエコシステムを広げるとリプレイスしづらくなる。Discordチームとしてはもちろんコアプロダクト自体は強化するのも重要だが、周りの開発者エコシステムを活用するとどんなユーザーの需要にも応えられる、変幻自在なサービスになれる。

ユーザー

Discordは全体で3億人のユーザーがいるといわれていて、そのうち1億5000万人が月次でアクティブなユーザーだ。さらに週次でアクティブなサーバー数だと1900万を超えている。会社の創業物語からの影響でDiscordのユーザーの多くはゲーマー。新しいサーバーを見つけられる「Explore」タブを見ても、フィーチャーされている10個のサーバーのうち9つはゲーム関係のサーバーだ。


唯一の例外は「Anime Soul Discord」という50万人のアニメコミュニティだが、このコミュニティは人気ゲームGenshin Impactの情報発信も行なっている。実際にアニメとゲーマーの組み合わせ自体は不思議ではなく、逆にDiscordが徐々にゲーム領域を起点に扱うトピックを拡大し始めている証拠でもある。ゲームという大きなニッチからアニメなど他のサブカルへ展開するのがDiscordの成長戦略の1つでもある。

アニメ以外だとDiscordで盛り上がっているサーバーのカテゴリーは教育、投資、そしてクリプトとWeb3。各グループで共通しているのはインターネットネイティブであることだ。そもそも米国のゲーマーの2割は18歳以下で、学生である。遊び場所・ツールと同じところで勉強すると考えると、Discordの教育カテゴリーがなぜ伸びているのかがわかる。もちろんすべての教育サーバーが高校生以下が所属している場所ではなく、英語や韓国語の勉強をするサーバーや、ゲームを上手くなるための教育サーバーも存在する。学生向けのサーバーだと宿題をお互い助け合い、教え合う、28万人以上いる「Study Together」コミュニティが存在する。実際にサーバー内では多くの人たちがテキスト・音声・動画などを活用して勉強の支援を行なっている。

Discordもこのユースケースを推薦している。新しいサーバーを作るとサーバーのアイデアとしてよくオススメされるのが教育関連の「スクールクラブ」や「勉強グループ」だ。

Discordの新機能として「Student Hubs(学生ハブ)」というものがあり、ここのサーバーでは高校か大学に所属している人たちのみが参加できる。このグループにアクセスするには正しいメールアドレス(.edu)で認証できる。

若者層へのリーチに苦しんでいるFacebookやInstagramを考えると、Discordがうまくこの層を取り組むチャンスがあると理解して動いているのかもしれない。

Discordの人気な投資関連のグループはゲームコミュニティにある擁護を上手く描き合わせたものとなる。これはトップ投資家が集まってアイデアを語り合うValue Investors Clubみたいなコミュニティではなく、かなりカオスな会話になりがちな場所。そういうことを考えると、RedditのWallstreetBets(WSB)がコミュニティのリアルタイム会話をDiscordに選んだのは正解かもしれない。57万人が集まり、本当に理解不可能なリアルタイムカオスがサーバー内で起きている。

WSBのDiscord活用方法はDiscordをソーシャルな場所としてのポジショニングを表している。Reddit以外にもTwitterなど非同期型な配信プラットフォームで存在するコミュニティがディスカッションの場を設けたいときにDiscordサーバーを作る傾向がある。実際にDiscordの「Explore」機能を見ると「Subreddit」系のサーバーが399個ある。

Discordの最後の人気カテゴリーはWeb3で、NFT、DAO、クリプト投資グループ、クリプトスタートアップとしては最も選ばれる連携プラットフォームになっている。これだけのスピードでDiscordを使うのが普通になったのはかなり驚きだった。今NFTプロジェクトを初めてSlackグループを作ると批判の声が大きい。これはHotmailのメールアドレスを使ってたり、デフォルトの検索エンジンをBingにしていると同じ扱いを受ける。

Web3での人気Discordコミュニティは80万人のAxie Infinity、15万人のSushi、8.6万人のSolana、8.3万人のLoot、7.2万人のUniswap、6.9万人のBored Ape Yacht Clubなどだ。

それ以外のカテゴリーだと職場向けとしては安全ではないNSFW(not safe for work)も人気になり始めている。Discordの人気チャネルの1つは「Sinful 18+」だ。

コミュニティ名にもあるが、これはアダルト系のコンテンツが含まれるコミュニティ。出会い系やアダルトコンテンツはSinful以外にもDating Lounge、Playroom、Paradiseなど複数存在する。

これもDiscordがどれだけ幅広く使われているかを証明している。サーバーのカテゴライズと利用率をモニタリングしているDiscordMeがDiscordのカテゴリー訳をした結果、ゲーム領域が未だに強いことと、人気領域のクリプトでさえまだサーバー数だけ見ると小さい。

サーバー数よりメンバー数の方が適切な指標かもしれないが、この情報だけ見るとゲーム以外にもアート、フィットネス、ミームなどどんなカルチャーの中でも使われ始めているのが分かる。

経営メンバー

Discordは読みにくい会社だ。この記事を書くために会社の経営メンバー、従業員、株主などに連絡したが、あまり良い回答は返ってこなかった。あまり表に出ない会社なので、我々の分析も外部からの情報をベースにしなければいけない。The Orgによると以下がDiscordの主要メンバーとなる。


先にも書いたが、ジェイソン・シトロン氏は平均Discordユーザーと近しい存在だ。OpenFeintの開発を見ても、Discordを見ても、話している内容などを見てもゲーマーであり、業界を本当に好きな人だ。Discordの成功は彼のミッションへの親近感を感じるユーザーが多いのが一部あるかもしれない。初期Discordユーザーで現Commsor CEOのMac Reddin(マック・レディン)氏と話すと、他社と比較してDiscordが成長した理由はゲーマー文化を理解していたからだという。マック氏によれば「ゲーマー向けのプロダクトが少なかった。あったとしても微妙だった」とのこと。Discordは何千億円の時価総額の会社だと考えないことが重要だと語る。

Discordはゲーマーの言語を話せることが重要で、それが可能なのはジェイソン・シトロン氏が創業者だったからだ。

共同創業者のスタニスラフ・ヴィシュネフスキー氏は似た経歴を持っている。彼はジェイソン氏とOpenFeintを買収したGREEで出会い、ジェイソン氏が会社を立ち上げたときにCTOとして誘った。GREEとDiscord(当時はHammer & Chisel)の仕事の合間にスタニスラフ氏はMMORPG向けのSNS「Guildwork」を立ち上げた。ファイナルファンタジー、World of Warcraft、Aionなどのゲームを対応するほどのプロジェクトだった。

元OpenFeintメンバーのSteve Lin(スティーブ・リン)氏以外のDiscord経営メンバーは実はあまりゲーム経験がないが、その分Discordを成長させる経歴を持っている。3月にジョインしたCFOのTomasz Marcinkowski(トマシュ・マルチンコフスキ)氏はPinterestで働いており、今後のDiscordのM&A戦略と上場に向けて担当すると思われている。DiscordのChief People OfficerのHeather Sullivan(ヘザー・サリバン)氏はユニコーン企業であるUdacityで同じ役割を果たしていた。

1つ抜けているバックグラウンドはクリプトかもしれない。経営メンバーでWeb3経験者はいないが、それは当然の話かもしれない。ちょうど大手クリプト企業が出始めたタイミングでもあり、現在はCoinbase経営メンバーよりGoogle経営メンバーの方が引き抜きやすい。

Discord自体も、Web3業界がここまでDiscordを受け入れることを予想していなかったはずだ。2021年前だとクリプトにフォーカスしても一般社員の採用に影響しなかったが、今後はそこは変わるはず。DiscordはWeb3領域に参入したければ、そのコミットを見せるためWeb3関連の経営メンバーを採用しなければいけないかもしれない。

ただ、Discordの経営メンバーを見ると最もユニークな特徴はマネタイズを嫌う傾向かもしれない。

急成長しながら遅いマネタイズ

8月に150億ドルの時価総額でDiscordは資金調達すると噂になった時にパッキー氏は可能であればできるだけ出資したいとツイートした。

いまだにその想いは変わらない。新型コロナウイルス、そしてゲーム領域とWeb3の成長によってDiscordは急成長しているプロダクトで世界的に重要なコミュニティを抱え始めている。Discordがより幅広い層にアピールするタイミングもピッタリだった。2020年は670万の週次アクティブサーバーがあったのが1年で3倍成長して今は1900万を達成している。

画像クレジットBusiness of Apps、Discord

毎分のように新しいNFTプロジェクト、DAO、DeFiプロトコルが立ち上がっている中、年内に週次アクティブサーバー数が2000万を超えてもおかしくない。サーバー数が増えているのはユーザー数が増えていると同等だ。2017年ではDiscordのMAUは1000万人を突破したが、4年後の2021年では1億5000万人を達成。4年で15倍成長とはとんでもない成長率だ。

画像クレジット:Business of Apps

比較するとMeta(Facebook)は合計30億MAUを抱えている(InstagramやWhatsAppを含む)。Snapchatは3億4700万人、Redditは4億3000万人のMAU。Twitterは2019年にMAUを共有しなくなったが、課金可能なDAU(mDAU)は2億1100万人で、2019年時点でのMAUは3億9600万人。それを考えると、Discordの2015年のローンチから6年でMeta以外にすでに現在のトップアプリが視野に入り始めたことになり、明らかに他社アプリより早く伸びている。

Discordの売上成長率はユーザー成長率を超えている。2016年では500万ドルの売上だったのが2020年には1億3000万ドルまで成長した。

画像クレジット:Business of Apps

これだけ成長しているが、まだマネタイズできるはずだ。プロダクトのマネタイズ度を見ると、Discord CEOのジェイソン氏はMetaのマーク・ザッカーバーグ氏よりも元TwitterのJack Dorsey(ジャック・ドーシー)氏に近しいかもしれない。2020年のDiscordのARPU(1ユーザーあたりの平均売上)はたったの1.30ドル(約147円)だった。上場しているSNS企業と比較すると、どれだけ差があるかがわかる。

画像クレジット:Atom Finance

現在のDiscordを見ると、唯一推しているマネタイズ要素がプレミアム課金「Nitro」なのでこの結果に至っていること自体はあまり不思議ではない。今はユーザーがDiscordプロダクトや参加しているコミュニティを応援する気持ちで課金してくれている。ジェイソン氏のこれまでのフォーカスは、広告や売上ではなくプロダクトとコミュニティの強化だ。その結果、かなりロイヤリティが高いユーザーを引き寄せることができた。しかもこのユーザー層はかなり価値がある人たちでもある。ゲームのARPUは大体20〜60ドル(約2670〜6810円)で、クリプトトレーダーたちは高いガスコストに慣れているので、Discordが本気でマネタイズに集中した時にはキャッシュが流れてくるはずだ。

株主側も、マネタイズ問題よりもDiscordの偉大なる可能性に賭けているように見えるので、まだDiscordには時間の余裕はある。Discordほど重要なSNSプラットフォームに投資する機会はなかなかないため、投資家側もかなり期待を高めているはずだ。

株主

初期投資家はよく会社の立ち上げ時ではアイデアより起業家・人の方が大事だという。アイデアは変わるかもしれないが、良い起業家は成功の道を見つける。Discordはこの理論に当てはまる会社だ。

2012年7月に当初の名前「Phoenix Guild」はYouWeb、Accel、General Catalystなどから110万ドル(約1億3000万円)のシードラウンドを実行。当時は「ポストPC時代のBlizzardを作る」という名目で調達していた。翌2013年に社名変更して「Hammer & Chisel」としてBenchmarkがリードで870万ドル(約9億9000万円)のシリーズA調達を発表。そこでは「タブレット向けのMOBAゲームFates Foreverを開発する」と語った。

2015年にHammer & ChiselはBenchmarkとTencentから450万ドル(約5億1000万円)のシリーズB調達を行い、時価総額は4500万ドル(約51億円)となった。当時のVentureBeatの記事ではゲーム会社へのファーストステップを歩んでいるとジェイソン氏が発言していた。ただ、ジェイソン氏は恐らくその時からFates Foreverが正しい道のりではないことを理解していたかもしれない。調達を発表した3カ月後の2015年5月13日にDiscordはローンチする。

Fates Foreverはコアユーザーがいたにも関わらずマネタイズができなかったが、初期投資家としてはDiscordにピボットして報われた。PitchbookによるとBenchmarkやシリーズAに参加した投資家は1.95ドル(約221円)の株価で出資した。2020年12月のDiscordの70億ドル(約7940億3000万円)の時価総額のシリーズHラウンドでの株価は280.25ドル(約3万1790円)まで上がったので、シリーズA投資家は143倍のリターンを出している(未実現だが)。直近の150億ドルの時価総額を考えると、今では存在しないゲームに投資したのにシリーズA投資家は約300倍のリターンを出している。

2016年1月にDiscordとして初めて資金調達を行なった。1億ドル(約113億4000万円)の時価総額でGreylockとSpark Capitalが2000万ドル(約22億7000万円)出資を行い、そこから成長は止まらなかった。

画像クレジット:Pitchbook、Crunchbase

そこから3年以内にDiscordはIndexとIVPから5000万ドル(約56億7000万円)のシリーズD調達、16億5000万ドル(約1871億9000万円)の時価総額で既存投資家から5000万ドルのシリーズE調達、そして20億ドル(約2268億7000万円)の時価総額でGreenoaksがリードで1億5000万ドル(約1701億5000万円)のシリーズF調達を行なった。そのあとはジェイソン氏からすると珍しく18カ月間の期間を空けて2020年6月にIndexから1億ドルのシリーズG調達、そして2020年12月にGreenoaksから70億ドル(約7940億5000万円)の時価総額で1億ドルのシリーズH調達を発表。

そして2021年3月にはMicrosoftが100億〜120億ドル(約1兆1339億〜1兆3607億円)でDiscordを買収しようとしたが、4月に交渉が途絶えたと報道があった。MicrosoftとしてはXBox、Minecraft、直近で買収したZeniMaxなどのゲームポートフォリオに上手く入り込めたはずで、Microsoft Teamsとの連携も考えれらた。さらに他社の大手テック企業とのメタバースへの戦いの中では重要アセットになったはずだが、120億ドルのオファーは断られた。

結果として2021年9月に150億ドル時価総額でDragoneerが5億ドル調達をリードした。クロスオーバー投資家のBaillie Gifford、Coatue、Fidelity、Franklin Templetonも参加したので上場が遠くないことを匂わせた。

2020年の売上を見ると、Discordの150億ドルの時価総額は115倍の売上マルチプルとなる。これは一見高く見えるが、Discordは売上を伸ばせるチャンスはいくらでもある。今世界で最も価値があるものはアテンションで、Discordはそれを十分取れている。アテンションをコントロールするものは世界をコントロールする。

DiscordのMAUが50%以上の成長を保ちながらPinterest級のARPUに行くとこの150億ドルは安く見える。そしてもう1つ大きなチャンスがWeb3への参入だ。

Web3の機会

多くの大手テック企業を見ると、メタバース戦略はコアビジネスの上で何かしらのメタバース事業を立ち上げられるオプションを持っている。Metaは広告事業の上にメタバース事業を乗せることができ、Tencentは中国で最も利用されるアプリとDiscord含む世界トップレベルの投資実績を持った上にメタバース事業を乗せられる。

Discordは急成長しているユーザー数と売上のSNSでWeb3のバリューチェーンでは欠かせない立ち位置のプロダクトになっている。疑問としてはこのWeb3の良さを理解してそれに合わせてWeb3戦略を思い切って進めるか?会社としてもWeb3戦略をわざと曖昧にしているが、8月に複数のDiscordユーザーはあるアンケートを受けるように求められた。

2019年にアンケート結果によってDiscordはユーザー層を広げることを決意したため、アンケートはDiscordの未来を揺らぐ重要なものだ。2021年の8月に出たアンケートの質問をHsakaTrades氏がツイートしたが、そこでDiscordの次の動きをヒントしていたかもしれない。

画像クレジット:@HsakaTrades

漠然としたアンケートだったが、唯一のプロダクトに対しての質問はDiscordネイティブのクリプトウォレットについてだった。これはDiscordがWeb3コミュニティの利用率が上がっていることを理解した証拠でもあり、その領域に入るべきか検討しているのを示した。

それ以外の情報がないため、ここからは我々の想像で、どうWeb3にDiscordが参入するべきかを考えた。

Discordウォレット

8月のアンケートでは唯一のプロダクト関連の質問はDiscordのネイティブクリプトウォレットについてだった。Web3に参入するのであれば当然な展開になる。アイデアとしてはすべてのDiscordアカウントに対してクリプトウォレットを提供すること。ウォレット自体はMetamaskRainbowみたいにイーサリアムエコシステムをサポートしたり、PhantomみたいにSolanaのエコシステムをサポートするウォレットかもしれない。中立的な立ち位置のDiscordとしてはどのクリプトエコシステムも対応すること、そしてDiscordプラットフォームではクリプトユーザーがまだ少ないため、クリプトウォレットっぽくない形で提供するのが大事かもしれない。これを実行するには技術的にもUI的にも難しい。

ただし、Discordはどの会社よりもユーザーのディストリビューションと信頼を得ているので、Discordがこのような展開をすると多くの人たちがWeb3に参入できる。そしてウォレット連携をすることによってDiscordのプロダクトが拡張される。

  • ユーザー同士でメッセージだけではなく、トークンや暗号資産の送金できるようになる
  • Collab.landなどサードパーティボットに頼らずにDiscord内でトークンがないとアクセスできないサーバーやチャネルの機能を提供できる
  • 簡単にコミュニティがメンバーにトークンをairdropできるようになる
  • そしてウォレットを自社で開発するのはDiscordにもメリットがある。
  • 取引、スワップ、ステーキング、レンディングなどをマネタイズできる
  • Discordがインターネット全体のパスポートになる
  • ユーザーのウォレットに入っている物に関する体験作りができる

ウォレットはWeb3上ではアイデンティティとアカウントの役割を果たすので、ユーザーがオンライン上で常に持ち歩くものになる。そこにアクセスできるのは非常に重要なポジション。もちろん、これを実行するにはいくつものハードルがある。そもそもDiscordはクリプト経験者がチームにいない。ただ、ウォレット企業を買収することも可能なので、Discordが本気でWeb3領域へ参入したければウォレットが鍵となりそうだ。

DAO_OS

数週間前にMario氏がおもしろいミームをツイートした:

この「DAOスターターパック」でDiscordが一番最初に出てくるのは偶然ではない。多くのDAOが連携・コミュニケーションするためにDiscordがコアなツールとなった、いわゆるDAO文化に根付いたプロダクトだ。

以前、TwitterやRedditで立ち上がった非同期型のコミュニティがDiscordへ流れ込む話をしたが、Web3の場合はDiscordがより初期段階から利用されている。

DAOをどう始めるかというと、まずTwitterやTelegramで数名の友達に直接連絡して、アイデアや興味度合いを把握する。ある程度の興味があるとわかったタイミングでDiscordサーバーを立ち上げてそこで会話を続けて初期オーディエンスを作るのが一般的な流れ。この後にマルチシグネチャウォレットを立ち上げて調達をしたり、Snapshotなどのプラットフォームでガバナンスを決め始める。NFTコミュニティ、ソーシャルDAO、さまざまなWeb3ユースケースでプロジェクトのスタートは大体Discordから始まる。

これを考えるとDiscordがDAOのOS的なレイヤーを取りに行くチャンスがあるかもしれない。例えば財務管理プラットフォームやガバナンス管理を提供する会社との連携を行うことによってDiscordを出ずにコミュニティマネージャーが一括管理できる場所を用意する。

DAOのスタート時点として使われるほどのDiscordだが、同時に一部のユーザーから嫌われているのも事実。以下ユーザーは大型コミュニティの管理やDAOの連携としては適したツールではないが、今は仕方なく使っていると語る。

現在、DAOを立ち上げる際にはDiscordサーバーが最も使われるツールになっているが、まだ完全に適したツールではないことは確かだ。その関係性を深めるためにはDiscord側が連携などを通して機能性を高めなければいけないかもしれない。

取引手数料のビジネスモデル

Discordのビジネスモデルは後から付け加えたもの。ジェイソン氏曰く、元々、Steamと同じようにゲームストアを立ち上げてマネタイズする予定だった。ストアをリリースする前は売上を作らなかったDiscordは一部のユーザーを心配させた。Discordが顧客データの販売や広告モデルにいずれかシフトすると思ったユーザーを補うために課金型サブスク「Nitro」をローンチした。毎月支払うことによってユーザーは複数のアバター、カスタム絵文字、より良い動画の解像度など特典をもらえるプレミアム課金モデルだった。

ユーザーの心配を抑える一時的なモデルだったが、非常に効果的だった。劇的に体験を変えなくても課金するユーザーがいるのはDiscordへの満足度・愛情があるからだ。Nitroはユーザーにとって会社を応援・支援するメンバーシッププラットフォーム。このようなマネタイズモデルを抱えている大手テック企業は存在しない。

売上チャネルを増やすアイデアとしてDiscordはプラットフォーム内に売買・投資体験を検討するべき。Discordで会話をしている中でユーザーが他のユーザーに音楽・写真・フリーランスの仕事などを売れるようになったり、それ専用のDiscordマーケットプレイスを用意しても良いかもしれない。クリプト業界でも似たような立ち位置を抱えられる。Bored Ape所有者は会話しているチャネルで売買することができたり、Bankless DAOメンバーはディスカッションしながらトークンを購入できるのは非常に価値がありそうだ。

そしてもちろん、すべての購入はDiscordウォレット上で所有することになる。

現在、プラットフォーム内で購入・投資意欲を抱えた人はDiscordを離れないといけない。Discordは購入意欲がスタートするような場所と考えると、その行動を支援する機能を付け加えるのは相性が良さそうだ。結果としてはOpenSeaやFTXなどと似たような機能になるかもしれないが、スタートがコミュニティの会話からとなる。

分散型への進化

10億ドル以上の株式投資を受けているDiscordからすると最後のアイデアが起きる可能性は低いかもしれないが、トークンを活用してDiscordが分散型プラットフォームになるのもおもしろいかもしれない。

そもそもDiscordとWeb3には、相性が良いところもあるが、悪いところもある。Discordのサーバーはカオスで、多くのクリプト詐欺師がDMに変なオファーを出したりしている。さらにDiscordは分散型ではなく、集中型の会社である。このようなプラットフォームが分散型のプラットフォームへ進化するのは難しいので、ゼロからWeb3版のDiscordを誰かが作るべきと語る人も多い。

David Phelps氏はWeb3版Discordの要素を記載した。

  • トークンでのアクセス権限、リワード、投票機能を組み込む
  • ステーキングとイールドファーミングを可能に
  • アプリ内賞金やリワードでマネタイズ
  • 参加者/利用者がプラットフォームのオーナーになる

David氏はWeb3版Discordは出てこないと予想しているが、部分的にDiscordがアンバンドル化されて、特定のWeb3ツールが出ると考えている。

Discord自体が分散化した場合、どうなるか?上場するのではなく、$DISCORDみたいなトークンを発行することができるかもしれない。

これは誰も見たことがないピボットかもしれないし、法的に可能かもわからない。ただ唯一できそうなユニコーンはDiscordかもしれない。そもそもジェイソン氏とスタニスラフ氏はピボット慣れしている。そしてすでにDiscordは分散型のプロトコルっぽいサービスだ。インターネット上でスケールされたUGCコミュニティであり、ユーザーのクリエイティビティに頼り、ユーザーから必要以上にお金を取らないプロダクト。広告を出さないのを証明するためにNitroを出したDiscordとしてはガバナンストークンを発行するのはさらにそれを証明するアクションになる。

分散型プラットフォームへの進化は良いディフェンス戦略でもあり、オフェンス戦略でもある。

ディフェンスとしてはトークン発行はDiscordの課題解決に繋げられるツールかもしれない。コンテンツモデレーションに関わるメンバーを$DISCORDトークンを与えて、スパムを減らすために知らない人へのDMをする際はユーザーが少額の$DISCORDトークンを払わせるのはコミュニティ活性化に繋がる。

オフェンス戦略としてはDiscordのアップサイド、オーナーシップをユーザーに与えるとより多くのコミュニティがDiscordを活用するのと、リテンションを上げる施策になる。アプリ内経済のインセンティブ作りになり、コミュニティが自社でもトークン発行させるインフラにも繋がるかもしれない。

それをウォレットなどと組み合わせると$DISCORDトークンをDiscord MAUの1億5000万人にairdropすると一気にDiscordが世界最大級のWeb3プラットフォームとなり、Web3へ何千万人も紹介できるチャンス。Coinbaseでも6800万人のユーザーしかいないので、DiscordがWeb3に賛同するとインパクトが圧倒的に違う。

もちろん、ここまでの話はただの想像にしか過ぎないが、Discordがユーザーに想像するように命じたのでこのような記事を書いた。現実的に考えると、99.999%の確率でDiscordは分散化してトークン発行はしない。

ただ、急成長しているWeb3ユーザーセグメントを見てDiscordもこの領域に投資するべきだ。Discordはゲーマーのコミュニケーションインフラを開発したから成功したが、これからはインターネットというゲームのツール開発に関わることができる。

インターネットというオンラインゲーム

より多くの時間をインターネットで過ごして少しずつパッキー氏が書いたオンラインゲーム的な世界になる中で、ゲーマーがゲーマー向けに作ったチャットアプリで多くの人が集まるのは自然な流れかもしれない。Twitterがインターネットのタウンホール(市民が集まる公共の場)であれば、Discordは居心地の良いラウンジや隠されたネットワークになるかもしれない。そこで会社やDAOが作られ、関係性が築かれ、アイデアが生まれ、作戦が練られて、情報がリークされる。今までリアルの世界でも大きなスタジアムより学校のクラスルーム、混雑したレストラン、友達のリビングで人生を過ごして密な会話をすることが多い。

「Web 2.0」から「Web3」「インターネット」から「メタバース」へと進化するにあたり、次の世代のサービスの多くはDiscordの構成を参考にするはずだ。Metaはメタバースをコントロールしない。メタバースは共通の興味などを立ち上げたコミュニティやスペースをまたぐことができる場所になる。その新しい世界はわかりにくく、最初はカオスのように見える。集中型の利点はみんなが行き場所を指定してくれるので、わかりやすい。分散型のインターネットは地図や出会う場所などが必要になるが、その世界に最も適したプロダクトを作っているのはDiscordだ。

今はオンライン慣れしている人たちのファネルが存在する。TwitterからDiscord、最終目的地といった流れとなる。Discordはそのファネルのどのピースにいてどこを取りにいくのかによって「重要な会社」「かなり重要な会社」「世界的インパクトの会社」になる。Twitterと合併してインターネットのアテンションを支配するべきか?それともファネルのダウンストリームに行ってWeb3プロダクトと連携するべきか?最近の買収実績を見ると、AR領域へ展開している。Discordサーバーが世界に進化するのを想像しているのかもしれない。

Discordがすでにインターネット上で重要なパーツツールになっているため、まだローンチしてから6年しか経ってないことを忘れてしまう。まだDiscord自身も、どのような会社になりたいのかを理解していないかもしれない。しかし、それも同社の強みかもしれない。カオスだがまとまっていて、安定していて柔軟でもある。それを考えると、競合と比べても分散化された世界に最も対応力があるかもしれない。ユーザーの意思を受け継いでそのインフラを作ることができる組織。

マネタイズはどこかのタイミングで解決するはずだ。次の5年で売上を数千億円に成長させるかもしれないが、それが会社のおもしろみを表してはいない。Discordはインターネットというオンラインゲームの参加者の居場所を作っていて、ゲームは始まったばかりだ。

画像クレジット:Discord

(文:Tetsuro / @tmiyatake1

【コラム】「本を売ることと何の関係があるのですか?」その頃、誰もAWSの価値をわかっていなかった

米国時間11月30日午前、Adam Selipsky(アダム・セリプスキー)は2021年にAndy Jassy(アンディ・ジャシー)氏からCEOを引き継いで以来、初めてAWS re:Inventカンファレンスの基調講演を行った。重責をともなう任務だったが、それはセリプスキー氏がAWSチームをまったく知らなかったという意味ではない。事実、彼はごく初期からこの部門に関わり、ジャシー氏を助けてAWSを巨大ビジネスに育てた後、2016年に退社してTableau(タブロー)のCEOになった。

初日は歴史を学ぶことから始めたが、背景を知るために誰か頼る必要はなかった。なにしろかつてシアトルでウェブサービスを売るという得体のしれないアイデアの扉を開いた時、彼はそこにいたのだから。

セリプスキー氏が初期の潜在顧客にクラウドインフラストラクチャーのコンセプトのプレゼンテーションをした時、誰も理解できなかった。「これが本を売ること何の関係があるのですか?」と繰り返し聞かれた。

なんと答えたのかを同氏は明かさなかったが、私の予想は「何の関係もありません。すべてに関係があるのです」だ。数年前、Amazon CTOのWerner Vogels(ワーナー・ボーゲルズ)氏と一緒の講演で、セリプスキー氏は似たような話をした。当時同氏は、Amazonが何かを売ることを目的にしたことはないといった。目的は大規模なウェブビジネスを構築することだ。

現在のクラウドインフラストラクチャーベンダーのトップ3、Amazon、Microsoft(マイクロソフト)、Google(グーグル)を見てみると、いずれもビジネスを大規模に展開することが非常に得意であり、データセンターの運営が主要な位置を占めている。今振り返れば、ブックセラーがインフラストラクチャー・サービスを売るアイデアを思いつくことは、ほとんど論理的に思えるが、もちろん当時はそうではなかった。

2005年、クラウドとは何かを本当にわかっている人はいなかったし、いたとしてもそれは広く理解されているコンセプトではなかった。私が初めてこの用語を聞いたのは、ボストンでWeb 2.0カンファレンスが行われた2008年頃だった。そこでは、Amazon、GoogleとSalesforce(セールスフォース)の担当者が、クラウドは何であるか、なぜ重要なのかを話していた。

多くのIT関係者がマイクの前に並んで質問とコメントを浴びせ、反発を露にしていたことを覚えている。彼らに会社のデータを本屋に預けるつもりがなかったことは間違いない。そうするまでは。

セリプスキー氏自身でさえ、参加した当初は完全には理解していなかった。最近Bloomberg(ブルームバーグ)のEmily Chang(エミリー・チャン)氏のインタビューで彼はこう話した。「受けた電話はこんな風でした、『このプロジェクトはAmazonの根幹を引っ張り出して、世間にさらけ出すことです』。そしてそれは興味をそそりましたが、一体なんのことなのか完全にはわかっていなかったことを白状します」。

アンディ・ジャシー氏はアイデアの起源について2016年のTechCrunch記事で説明している。それは2003年の幹部たちによる社外でのブレインストームミーティングのときだった。

ジャシー氏はこう振り返る。仕事を進めていくつれ、チームは自分たちがコンピュート(計算)、ストレージ、データベースなどのインフラストラクチャーサービスの運用がかなり得意になっていることに気づいた。さらに重要なのは、信頼性の高い、スケール可能でコスト効果の高いデータセンターを運営することに関する高いスキルを、彼らが必要に迫られて身に着けていたことだった。Amazonのような薄利のビジネスでは、できる限り無駄を減らし効率を上げる必要があった。

その時だった。完全に言葉にすることさえなく、後にAWSとなるアイデアをみんなで練り始め、デベロッパーにインフラストラクチャー・サービスを提供する新ビジネスを始めたらどうだろうかと考え始めた。

そしてついに、彼らは2005年にセリプスキー氏を採用する時に説明したことを成し遂げた。書籍販売ウェブサイトの中心部をさらけ出し、顧客に販売した。それは本を売ることとはあまり関係なかったが、すべてに関係があった。そして今そのアイデアは600億ドル(約6兆7840億円)のビジネスになっている。

画像クレジット:Amazon

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(文:Ron Miller、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】誕生から10年、ソーシャルメディアなども活用するデジタル外交は次のフェーズに

英国レバノン大使 Tom Fletcher(トム・フレッチャー)氏は、外交にデジタル技術を持ち込んだ最初の大使の1人だ。10年が経った今、同氏が「テクノ外交」の最初の波で、うまくいった点といかなかった点を振り返り、今後のデジタル外交について考える。

外交はかつては、外交儀礼、決まり文句、地図と男によって支配されていた世界であった。しかし、あらゆる産業や技能職がそうであるように、外交もデジタル技術によって大きく様変わりしている。

多くの専門職では、目立った効果の大半は道具に現れる。外交でも、外交キット、通信手段(外部と内部)、作業スピードなどがすべて向上した。しかし、これも他の専門職と同様、本当の効果は明白な形ではなく、文化面に現れる。力関係の変化を認識することでもたらされる謙虚さ、新しいツールによって実現される敏捷性、より包括的になることでもたらされる効率性、今まで閉じられていた世界に対する国民の理解が向上することによってもたらされる透明性などだ。

10年前の秋、私は英国のレバノン大使に任命された。私は当時36歳で、大使としては若かった。アラブの春で中東では若者がいきり立っており、私はテクノロジーの変化によって政治と人々の関係が様変わりするのだろうかと考えていた。私は、新しい試みを始めた(これはその後、Twiplomacy(ツイッター外交)などといういくらかのぎこちない呼ばれ方を経て、最終的に「digital diplomacy(デジタル外交)」と呼ばれることになる)。10年を経て、デジタル外交は3つのフェーズを経験し、今4つ目のフェーズの入り口に立っている。多くのことが達成された。しかし、さらに多くの庶民的なスキルを政治に活用しようとするなら、これまでの試みで何が成功し何が失敗したのかを考える必要がある。

第2フェーズはすばらしい新世界だった。Hillary Clinton(ヒラリー・クリントン)国務長官が進めた21世紀の国政術プログラムにより、このフェーズでは、米国国務省は、外交に通信および接続のための新しいツールを使う方法について、期待と楽観に満ちていた。そうしたツールを純粋に受け入れ適応していった当時の外交官にとって、それはワクワクするような時代だった。国によって定められたルールは緩いものだった。私はある大臣にこう言われたことがある。「君が何をやろうと私はまったく構わない。英国のメディアに漏れなければね」。我々の多くは、逮捕されるまで突き進むことが許された。たくさんの過ちを犯した。リスクも犯した。私が、頻繁にツイートしていたスマートフォンは、私の行動を追跡するためにテロリストに利用されていた。

しかし、この時期は、人々とつながり、かかわり、いくらかの謙虚さを見せたいという気持ちで人々を驚かせることができた時期でもあった。ソーシャルメディアによって社会が開かれ、本物のエージェンシーと自由が促進されることを想像するのは可能であるように思われた。ある英国の大使はLSDをやり過ぎて、中東で最も強力な武器はスマートフォンだと示唆したことさえある。これに関しては今のところ、間違っていたようだが。

第2フェーズは、デジタル外交の制度化、組織化だ。我々は古い皇帝と新しい皇帝の間の広範な対話が行える構造を作り始めた。テクノロジーのめまぐるしい変化のスピードが地政学に与える影響を懸念した私は、英国政府を去り、この取り組みが緊急を要することを論証しようと試みた。2017年の私の国連での報告の後、国連はテック大手と政府が互いにすれ違うのではなく話し合うための取り組みを始めた。国連のハイレベル委員会とグローバルテック委員会は、ザッカーバーグ氏を議会や議会の委員会に召喚する代わりに、世界の政治、経済、社会に変革をもたらそうとする者と名目上依然としてそれらを統括している者との間の意思疎通を図る純粋で効果的な試みだった。私は「The Naked Diplomat」で、各国が「テック大使」を任命することを提案した。デンマークは実際にこれに取り組み、テック企業に国と真の対話を進めるよう促して、成功している。

この間、各国の外務省は、他のどのテクノロジーよりもソーシャルメディアにいち早く適応した。2011年にTwitterのアカウントを開設していた英国大使は4人だけだったが、数年以内に、4人を除く全員がTwitterのアカウントを開設し、中にはエジプト大使John Casson(ジョン・キャッソン)氏のように100万人を超えるフォロワーを獲得した者もいた。大使たちには影響を評価する方法があまりないため、ソーシャルメディアを試してみたいという強い気持ちがあった。私は、大使が出席する20以上の会議でスピーチをして、同僚の大使たちにソーシャルメディアを試すことで、大使の人間的な面を見せて(単に情報を伝達するのではなく)市民と関わりを持つよう促した。彼らにはよく次のようにアドバイスした。「ソーシャルメディアというのは想像し得る最大の外交レセプションのようなものだ。部屋の隅で黙っていたり、部屋中に響くような声で怒鳴ってはならない」と。もちろん、さまざまなリスクはあった。だが、最大のリスクは市民と対話できる場に参加しないことだった。

多くの大使たちがこのアプローチを採用し始めたが、外務省は、コミュニケーションにおける敏捷さと機密保持という新たなトレードオフに直面していた。私は2016年の外務省のレビューで、機密保持より敏捷さを取ることを勧めた。おそらくKim Darroch(キム・ダロック)卿(優れた駐米大使だったが、Trump(トランプ)前大統領に関して本国に伝えた電文が漏洩し辞任に追い込まれた)は同意しなかっただろう。しかし、我々は今や、この敏捷なコミュニケーション機能に依存しているのだ。

この2年間の外交は、ZoomとWhatsAppなしでは考えられなかっただろう。首脳たちが直接会見するのをできる限り避けるためにあらゆる手段を尽くす立場である外交官は、ビデオ会議が真剣な選択肢となるや、いち早く導入を決めた。パンデミックによってサミットやコンファレンスのオンライン開催が推進され、大量のCO2が削減されると同時に、明らかな悪影響もほとんどなかった。

第3フェーズは第2フェーズと重なる部分もあるが、帝国の逆襲だ。独裁政権がデジタルテクノロジーを使って自由を抑圧する新しい方法を見出したのだ。トランプ氏はTwitterを利用して、外国嫌い、偏見、暴動に火を付ける一方で、国内ではよりクリエイティブにテクノロジーを活用して、潜在的な協力者の称賛を得ようとしたり、外交上の敵対勢力を抑え込んだりした。一方ロシアのVladimir Putin(ウラジミール・プーチン)はインターネットを民主主義に対抗する武器として利用し、荒らし行為を連発した。Twitterモブにより、複雑な外交上の立場の微妙なニュアンスを伝えることは難しくなった。ましてや、ソーシャルメディアを使って妥協をはかったり、合意に達するなど不可能だった。分裂を誘うクリックバイトが置かれ、中立的立場が維持されることはなかった。政府はサイバー空間が新しい戦場であることを認識し、防衛という立場からサイバー空間を考えるようになった。

一方テック大手は成長し、場合によっては、政府よりもパワフルで保守的な組織と化した。私は2013年に、半分冗談で、Googleに国家安全保障会議への加入を依頼すべきではという声を上げたことがある。今となってはGoogleはなぜわざわざそんな面倒なことをする必要があるのかと聞いてくるかもしれない。テック大手は成長し力を誇示しながら、密かに人材を確保し、政府から税金だけでなく人的資本も奪っていった。その象徴的な、そしておそらく不可避的な例として、デンマーク最初のテック大使はMicrosoftに、英国自由民主党の党首はFacebookに引き抜かれた。法律的な軍拡競争が激しくなる中、EUがデータや扇動的行為を巡ってテック大手と大きな衝突を繰り返したことで、テック大手といっしょにより多くの問題を解決していけると純粋に信じていたすばらしい新世界フェーズの理想とは程遠い状態となった。

現在はどのような段階にあるのだろうか。私は今、テクノロジーと外交に関してはどちらかというと現実主義者だが、楽観的な側面も失ってはいない。私たちはまだ、持続可能な開発目標を含め、いっしょに難題に立ち向かっていける。ただし、それには、政府が自分だけではできないことについて、もっと正直になる必要がある。テック企業は、動きが遅くぎこちないことが多い政府ともっと寛大な気持ちで付き合う必要がある。そして、どこでテクノロジー自体が問題の一部となってしまったのかを正直に見直す必要がある。

とはいえ、外交は引き続きテクノロジーを使って効率化を推進できる。ニューヨーク大学にある私の研究グループは、外交官が空気を読むためのウェアラブルテクノロジー、外交記録の保存作業を改善するDiplopedia、世論に対する理解を深めるための感情マイニングの合理的かつ透過的な利用などに取り組んでいる。私は、国民が戦争の問題を厳しく監視するほど、政府の政策は平和志向的になるという仮説を支持している。おそらく外交で最もワクワクする分野は、外交を集合心理学およびソーシャルメディアの最先端テクノロジーと組み合わせて、国家同士ではなく社会同士の和解、および国家とその過去との和解を実現できる可能性があることだろう。

デジタル外交の次のフェーズでは、大いなる和解プロセスにも取り組む必要がある。すなわち、地球、テック大手、若者と高齢者、移住者と受け入れ側コミュニティ、そして最終的にはテクノロジー自体との和解である。私は、これらすべての和解においてより良い結果をもたらすために、デジタル外交が役立つと考えている。

最後に、デジタル外交の次のフェーズでは、外交官は、専門技能職としての基本に立ち返ることになるだろう。共感と感情的知性などの必須の外交スキルを備えた市民外交官を育成するための取り組みをもっと強化していく必要がある。その意味で教育は外交の上流にあるものだ。これは私がいろいろな場所で提案してきたことだが、このオンラインの世界での自由を守るためのグローバルなルールを書き直すには、昔ながらの紙と鉛筆を使った取り組みが必要になる。大使館という閉鎖的な空間から抜け出して、つながるために派遣された使節団としての本来のミッションに立ち返る必要がある。Edward Murrow(エド・マロー)は、決して自動化されるのことのない何物にも替えがたい外交スキルとしての人間的なつながりを「究極の3フィート(last three feet)」と呼んだ。我々が必要としているのは、今でも究極の3フィートを実行できる外交官だ。

この課題はワクワクもするが、急を要する。外交が存在しないなら発明する必要がある。だが、今は外交を再発明する必要がある。それは外交官だけに任せておけない極めて重大な問題だ。

編集部注:本稿の執筆者、CMGのTom Fletcher(トム・フレッチャー)氏は、オックスフォード大学ハートフォード・カレッジの校長。元英国大使で、3人の首相の外交政策アドバイザーを務め、ニューヨーク大学の客員教授でもある。

画像クレジット:Achim Sass / Getty Images

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(文:Tom Fletcher、翻訳:Dragonfly)

【コラム】量子優位性を量子「有用性」に置き換えるべき理由

量子コンピューティング業界の進化が続く中、ゴール設定もやはり進化している。

長い間追求されてきたのは、量子「超越性」を達成することだった。量子超越性とは、地球に存在する従来のコンピューターではなし得ない計算を、実際的な利益があるかどうかに関わらず、量子コンピューターが解くことができる、という意味である。

Googleは2019年、その画期的な学術論文で量子超越性を実証したと発表したが、IBMはこれに正面きって異議を唱えた。いずれにせよ、それは現実世界にはなんら実質的な関連性のないコンピューターサイエンス界での出来事だった。

Googleの発表以来、業界内では量子「優位性」を達成しようとする努力が多くなされている。これは関連するアプリケーションで最大のスーパーコンピューターの演算能力を超えることで、量子コンピューターのビジネス上または科学上の優位性を達成することである。

量子優位性は比較やベンチマークを行う上では、量子超越性よりも確実に有用であり、量子優位性が薬の開発、金融取り引き、バッテリー開発などにおける大きな進歩と関連付けられていることはよくある。

しかし、量子優位性という概念は重要な点に目を向けていないように思われる。私たちは、量子コンピューターのもたらす結果が実用性があるものかどうかわからないままに、100万量子ビットを備えた量子コンピューターがスーパーコンピューターを凌駕するのを本当に待っているべきなのだろうか?それとも、私たちは、今日使用されているコンピューターのハードウェアユニット(CPU、中央処理ユニット)、GPU(グラフィックスユニット)、FPGA(フィールドプログラマブルゲートアレイ))と比較してパフォーマンスがどれほど向上したかを測定することに力を入れるべきなのだろうか?

というのも、まだ新しいこの業界の目標としてより価値があると思われるのは、できるだけは早い段階で量子「有用性」を達成することだと考えられるからである。量子有用性とは、量子システムが同じ環境で比較可能なサイズ、重量、電力の従来のプロセッサーを上回るということである。

コマーシャリズムの加速

少しでも量子コンピューティングについて調べたことのある人なら、それがIT、ビジネス、経済、社会にもたらす巨大な影響力を理解している。指数関数的な高速化、エラーの修正された量子ビット、量子インターネットを備えた量子スーパーコンピューティングメインフレームがもたらす未来は、私たちが今日生きる世界とは非常に異なるものになるだろう。

とは言え、1960年代の古典的なメインフレームと同様、量子メインフレームはしばらくの間は、動作に超低温環境や複雑な制御システムが必要な、大型で壊れやすいものにとどまるだろう。完全に稼働するようになっても、世界中のスーパーコンピューティングやクラウドコンピューティング施設に、わずかな台数の量子メインフレームが設置されるに過ぎないのではないかと考えられる。

量子コンピューティング業界がすべきなのは、従来のコンピューターの成功を模倣することだろう。パソコンが1970年代の後半および80年代初頭に登場した時、IBMやその他の企業は、前年出したモデルを改善した新しいモデルを毎年市場に投入していくことができた。この市場の動きこそが、ムーアの法則を導き出した元である。

量子コンピューティングが規模を拡大し発展していくためには、似たような市場ダイナミクスが必要だ。投資家に量子コンピューターがスーパーコンピューターを凌駕するまで待ち、投資し続けてくれるよう期待することはできない。新しい、改善された、さらに「有用性の高まった」量子コンピューターを毎年リリースすることで、この技術のポテンシャルを完全に引き出すために必要となる長期的投資を促す収益保証を実現することができるだろう。

さまざまなアプリケーションに対応する有用性ある量子システムが途切れることなく供給され、既存のシステムに統合された量子プロセッサーがすぐそばにあれば、クラウドで利用可能な数少ない巨大量子メインフレームで計算処理を行うために、列に並んで順番待ちする理由はなくなるわけである。あなたのアプリケーションが「クラウドの量子コンピューター」では求められる時間内に完了することのできない瞬間的な計算が必要なものだったり、あるいはクラウドへのアクセスがない場合、オンプレミスまたはオンボードコンピューティングに頼らなければならない事があるかもしれない。

量子コンピューターの有用性のアイデアを拡大することで、次のシナリオが考えられる。

  • ロボット、無人車両、衛星のネットワークエッジでの自律的でインテリジェントなテクノロジーによる信号と画像の処理。
  • 製造施設でのデジタルツインといったインダストリー0 エンドポイントアプリケーション。
  • 戦場での防御などにおける分散型ネットワークアプリケーション。
  • ラップトップやその他の一般的デバイスを必要に応じてパワーアップする、従来型コンピューティングのアクセサリ。

今後数年でこれらの量子コンピューターアクセラレーターアプリケーションを実現するには、小型のフォームファクターと室温での量子コンピューティングを可能にすることが求められる。現在いくつかのアプローチが取られているが、最も有望なのは、いわゆるダイヤモンド窒素空孔を使って量子ビットを作ることである。

テクノロジーを実現する

室温でのダイヤモンド量子コンピューティングは、それぞれが1つの窒素空孔(NV)中心、あるいは超高純度のダイヤモンド格子中の欠陥、そして核スピンのクラスターからなるプロセッサーノードのアレイを活用することで作動する。核スピンはコンピューターの量子ビットとして、また窒素空孔中心は量子ビットとインプット/アウトプットの間の操作を仲介する量子バスとして機能する。

ダイヤモンド量子コンピューターが室温で作動する主な理由は、超硬質ダイヤモンドが量子ビットが数マイクロ秒生き残るための機械的デッドスペースのような役割を果たすからである。

ドイツ、シュトゥットガルト大学の量子科学者はアルゴリズム、シミュレーション、エラーの訂正、ハイファイオペレーションにおいて、他に先駆けて、多くのダイヤモンド量子コンピューティングを実現した。しかし、彼らは、一握りの量子ビットを超えシステムを拡張しようとした時、量子ビットの製造歩留まりと精度の問題で壁に突き当たることになった。

それ以降、オーストラリア人の量子科学者がこの問題を解決し、さらにダイヤモンド量子コンピューターの電気的、光学的、磁気的制御システムを小型化し統合する方法を見つけた。これにより、量子ビットの数をスケールアップし、同時にダイヤモンド量子システムのサイズ、重量、電力をスケールダウンすることができるようになる見通しだ。

これらの科学者たちはさらに、コンパクトで頑丈な量子アクセラレーターを、ロボット工学、自律システム、衛星のモバイルアプリケーション、および医薬品設計、化学合成、エネルギー貯蔵、ナノテクノロジーの分子ダイナミクスをシミュレートするための大規模並列アプリケーションに用いることが可能であることを実証した。

ダイヤモンドをベースとしたコンピューティングの持つ独特の利点のために、ケンブリッジ大学やハーバード大学といった一流学術機関が加わって現在世界的研究努力がなされている。オーストラリア国立大学のダイヤモンドベース量子コンピューティングの研究は初期的な商業化の段階に入った。

イオントラップ型量子コンピューターや冷却原子量子コンピューターを含め、比較的小型のフォームファクターを、室温で使用する量子コンピューティングテクノロジーも進歩している。しかし、これらは真空システムおよび/または高精度レーザシステムのいずれかが必要である。ある量子コンピューティングスタートアップが2つのサーバーラックに収まるイオントラップ型システムの開発に成功した。ただし、これらのシステムがさらに小型化するかどうかはわからない。

仮定を再調整する

業界が、量子有用性を実現する量子アクセラレーターのビジョンを達成するには、そのテクノロジーがスケーラブルな半導体製造プロセス(量子ビットが形成され、堅牢でメンテナンスをそれほど必要としない十分な長さの動作寿命のある制御システムと統合されるプロセス)に対応している必要がある。従来のコンピューターが私たちに示したように、これを行うための最善の方法は、集積量子チップを小型化し開発することである。

1960年代の従来のユビキタスコンピューティングの黎明期に登場した初期のトランジスタと同様、量子有用性を広い範囲で実現する際にテクノロジー上の問題となるのは、主に集積量子チップの製造だろう。しかし、従来のコンピューティングと同様、これが実現しさえすれば、デバイスの使用・導入は容易になるだろう。

有用な量子システムが初期段階で備えている量子ビットは量子メインフレームと比較してかなり少ないだろうが、集積チップが製造されれば、これらの量子システムは業界や市場の中心になるだろう。

室温で作動する量子システムは想像もできないほどの影響をもたらし、私たちが問題を解決する際に用いる方法をあらゆる領域で根本的に変えてしまうだろう。製品設計者、ソフトウェア開発者、市場予測者、社会を観察する人々全員へのメッセージは明確で「量子コンピューティングについて理解すべき時期がきている」ということである。

近い将来、有用な量子コンピューターはサプライチェーン、さらにはバリューチェーンをも激変させるだろう。そのインパクトに備えるためには、テクノロジーだけを理解するのではなく、それのもたらす経済的な影響についても理解する必要がある。そしてもちろん、急速に進化するテクノロジーに投資する機会も途方もない規模で存在するはずである。

量子有用性は、量子コンピューティングが将来異質もので成り立つ可能性をも示唆している。アクセラレーターとメインフレームは、それぞれが別の理由やアプリケーションで導入されるなど、並び立つことが可能である。これらのシステムは直接的に競合するのではなく共存し、量子業界のイノベーションや導入を促進していくことだろう。

編集部注:執筆者のMark Mattingley-Scott(マーク・マッティングリー-スコット)氏は、IBMに31年間勤務した後、Quantum BrillianceのEMEA(欧州・中東・アフリカ)担当ゼネラルマネージャーを務めています。Marcus Doherty(マーカス・ドハーティ)博士は、Quantum Brillianceの共同設立者であり、チーフサイエンティスト。

画像クレジット:sakkmesterke / Getty Images

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(文:Mark Mattingley-Scott、Marcus Doherty、翻訳:Dragonfly)

【コラム】強力な商業プラットフォームに対する欧州のデジタル規制は、ウィキペディアのような非営利協働型サイトも縛る

2020年に新型コロナウイルス(COVID-19)が世界中に急速に広まる中で、世界中のみんなが信頼できる情報を渇望した。科学者、ジャーナリスト、医療関係者からの情報を集約して、一般の人々がアクセスできるようにするために、ボランティアのグローバルネットワークがこの課題に取り組んだ。

そのうちの2人は、お互いから3200km近く離れた場所に住んでいる。その1人Alaa Najjar(アラア・ナジャー)博士は、ウィキペディアのボランティアであり、医師でもある人物だ。彼は救急病院での勤務の合間を縫って、アラビア語版のサイトにおける新型コロナの誤報に取り組んでいる。もう1人、スウェーデン在住の臨床神経科学者で医師のNetha Hussain(ネサ・フセイン)博士は、オフの時間に新型コロナの記事を英語とマラヤーラム語(インド南西部の言語)で編集し、その後、新型コロナワクチンに関するウィキペディアの記事の改善に力を注いだ。

ナジャー博士とフセイン博士、そして28万人以上のボランティアのおかげで、ウィキペディアは 新型コロナに関する最新かつ包括的な知識を得ることができる最も信頼できる情報源の1つとなり、188の言語で約7000の記事が掲載されるまでになった。ウィキペディアがもつ、主要な病気についての情報提供から学生のテスト勉強の支援までをカバーする世界規模での到達性と知識共有の可能性は、ひとえにボランティア主導の協力的なモデルを可能にする法律があってこそ実現されている。

欧州議会は、デジタルサービス法(DSA)のようなパッケージを通じて、ビッグテックのプラットフォームのウェブサイトやアプリで増幅される違法コンテンツの責任を追及することを目的とした新しい規制を検討しているが、彼らは同時に公共の利益のために協力する市民の働きを保護しなければならない。

多くの国で違法とされているコンテンツを含め、身体的・心理的な被害をもたらすコンテンツの拡散を食い止めようとしている議員たちの姿勢は正しいものだ。彼らが包括的なDSAのためのさまざまな条項を検討している中で、私たちは、プラットフォームのコンテンツモデレーションがどのように機能すべきかについての透明性を高めるための要件などを含む、提案されているいくつかの要素は歓迎している。

しかし、現在の草案には、利用規約をどのように適用すべきかについての指示的要件も含まれている。一見すると、それらはソーシャルメディアの台頭を抑制し、違法コンテンツの拡散を防ぎ、オンライン空間の安全性を確保するために必要な措置のように思える。しかし、ウィキペディアのようなプロジェクトはどうなるのだろうか?提案されている要件の中には、人びとの力を取り上げてプラットフォーム提供者に移管させる可能性のあるものも存在している。これによって大規模な商業プラットフォームとは異なる運営をしているデジタルプラットフォームが阻害される可能性があるのだ。

ビッグテックのプラットフォームは、ウィキペディアのような非営利の協働型サイトとは根本的に異なる方法で機能されている。ウィキペディアのボランティアによって作成されたすべての記事は、無料で利用可能で広告はなく、読者の閲覧習慣を追跡することもない。商業プラットフォームのインセンティブ構造は、利益とサイト滞在時間を最大化することで、そのために詳細なユーザープロファイルを活用したアルゴリズムを使って、利用者に対して影響を与える可能性の高いコンテンツを提供する。彼らは、コンテンツを自動的に管理するために、より多くのアルゴリズムを導入しているが、その結果、過剰規制と過小規制のエラーが発生する。例えば、コンピュータープログラムは、芸術作品風刺を違法なコンテンツと混同することが多く、プラットフォームの実際のルールを適用するために必要な人間のニュアンスや文脈を理解することができない。

ウィキメディア財団と、ウィキメディア・ドイツのような特定の国に拠点を置く関連団体は、ウィキペディアのボランティアと、ウィキペディアに存在すべき情報とそうでない情報について決定を下す彼らの自律性を尊重している。オンライン百科事典ウィキペディアのオープン編集モデルは、どの情報をウィキペディアに載せるかは利用者が決めるべきだという信念に基づいており、中立性と信頼性の高い情報源に対して、ボランティアが開発して確立された規則を活用している。

このモデルでは、ウィキペディアのどんなテーマの記事でも、そのテーマについて知っている人や関心のある人が、そのページでどのようなコンテンツが許可されるかを決めるという規則が適用されるのだ。さらに、プラットフォーム上での編集者間の会話はすべて公開されているため、コンテンツ管理は透明性が高く説明責任が果たされている。これは完璧なシステムではないが、ウィキペディアを中立的で検証された情報の世界的な情報源とするためにはほぼ機能している

ウィキペディアを、読者や編集者への説明責任を欠いた、トップダウンの権力構造を持つ商業プラットフォームのように運営せよと強いることは、コンテンツに関する重要な決定からコミュニティを排除することであり、DSAの真の公益的意図を覆すことになるといっても間違いではない。

インターネットは変曲点を迎えている。民主主義と市民の空間は、ヨーロッパをはじめ世界中で攻撃を受けている。私たち全員が今まで以上に、新しい形の文化、科学、参加、知識を可能にするオンライン環境を、新しい規則が妨げるのではなく促進するにはどうすれば良いかを注意深く考える必要がある。

議員たちは、私たちのような公益団体と協力することで、より包括的で、より適用可能で、より効果的な基準や原則を策定することができるだろう。だが、最も強力な商業インターネットプラットフォームのみを対象としたルールを課すべきではない。

私たちは、より良い、より安全なインターネットを手にすることができるべきだ。私たちは議員に対して、ウィキメディアを含むさまざまな分野の協力者ともに、市民がともに改善できる力を与えるような規制を策定することを求めたい。

編集部注:著者のAmanda Keton(アマンダ・ケトン)氏はウィキメディア財団の顧問、
Christian Humborg(クリスチャン・ハンボルグ)氏は、ウィキメディア・ドイツのエグゼクティブ・ディレクターである。

画像クレジット:KTSDESIGN/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Getty Images

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(文: Amanda Keton、Christian Humborg、翻訳:sako)