【ロボティクス】パンデミックの影響、看護支援ロボットDiligent Robotics CEOとの興味深い話

筆者はここ数日、大きなプロジェクトに関わっていた(詳細については近日公開予定)ため、残念ながら最新ニュースにしばらく目を通しておらず、ロボティクスに関する今週の大きなニュースについてまったく把握していなかった。そこで、このコラムでその遅れを少し取り戻したいと思う。

そのニュースを取り上げる前に、少し別の話を紹介しよう。筆者は、パンデミックの期間中にユニークな経験をした興味深いロボティクス企業と対談する機会があった。

Diligent Robotics(ディリジェント・ロボティクス)がシリーズAを発表したとき、世界はそれまでとはまったく違ってしまったと言っていいだろう。2020年3月は今からそれほど遠い昔ではないが、現在に至るまでパンデミックによって世界中の医療機関は非常に大きな負担を強いられ続けており、その影響がこれほどまでに広範囲かつ長期間に及ぶとはほとんど誰も予想していなかった。病院スタッフの過労と人手不足の傾向は、新型コロナウイルス感染症の流行以前にも見られたが、流行後にはその傾向が顕著になり、同社の看護支援ロボットMoxi(モキシー)の需要が急激に増加した。

2020年実施された1000万ドル(約11億円)の資金投入がディリジェントの成長に貢献したことは間違いないが、同社は在宅勤務に移行する際に誰もが遭遇する課題に対処しながら、生産能力を高めるという難しいタスクに取り組んでいた。

2017年にVivian Chu(ヴィヴィアン・チュー)氏とともにディリジェントを設立した、Interactive Computing at Georgia Tech(ジョージア工科大学インタラクティブ・コンピューティング学部)のAndrea Thomaz(アンドレア・トマス)准教授は筆者たちと今週会い、2020年経験したユニークな課題と機会について話してくれた。

ロボティクス業界とディリジェントが、パンデミックによって受けた影響の度合いは?

さまざまな業界で労働市場が実に劇的に変化した。これはロボティクス業界とディリジェントの両方に言えることだが、この劇的な変化は、多くの従業員が退職しようとしていること、すなわち何か別のことを始めようとしていることと関係しているように思える。そして実際、多くの人が職を変えている。この傾向はあらゆる技術的な職業に見られ、我々の業界や医療業界で多くの事例が上がっている。とにかく、多くの人が何か別のことを始めようと考えている。パンデミックが始まる前も労働力に関する課題はあったが、今やそれが危機的なレベルになりつつある。

技術的な仕事に就きたいと思う人は常に少ないが、技術的な仕事の需要は常に高い。これはある意味、危機的な状況と言えるだろう。

この傾向はパンデミック前から始まっていた。パンデミックでそれが顕著になったに過ぎない。この傾向は、医療保険改革法(オバマケア)に端を発している。より多くの人が医療を受けられるようになったということは、病院に行って医療を受けられる人が増えたことを意味する。これが高齢化と相まって、必要な医療を提供するスタッフのさらなる不足を引き起こしている。

パンデミック発生の時点でロボットを採用していた病院の件数と、需要がその後どのように急増したかという観点から、需要を把握することはできるか?

我々はまだその情報を公開していない。来年の前半までには、その規模についてより具体的な数値を発表できるだろう。ただし、四半期ごとにロボットの出荷台数を2倍に増やしていることは確かだ。

そのようなロボットの運用に至るプロセスはどのようなものか?

これは、病院市場に関して非常に興味深いテーマであると考えている。このプロセスは、倉庫や製造における従来の自動化とは異なる。ロボットを運用する環境では、看護師や臨床医が働いている。ロボットは、そのような環境で人と一緒に作業をしなければならない。我々は、まず初めにワークフローを評価する。つまり、その環境で現在どのように業務が行われているかを評価するのだ。

画像クレジット:Diligent Robotics

パンデミックは企業の成長にどのような影響を与えたか?

パンデミック前は、製品の市場適合性が満たされていた。我々の研究開発チームの作業は、製品に変更をわずかに加えるだけの非常に小規模なものだった。製品を顧客に見せて価値を示すだけでよかった。しかし現在は契約の締結と納入が重要で、最短期間で導入し、耐久性を最大限高めることを考えることが必要だ。特にハードウェアの面では、製造プロセスと信頼性に関してどのように設計すべきかが大切だ。現在、当社のロボットが現場で1年以上稼働しており、以前と比べて信頼性が高まっている。今や、ロボティクスのロングテール現象が起こりつつあり、今後が楽しみだ。

パンデミックによって、ロボティクスの分野で驚くべき機能や需要が生まれたか?

当社の顧客のどの現場でも「そのロボットはコーヒーを持ってこられるようになるか」と看護師は口を揃えていう。モキシーがロビーのStarbucks(スターバックス)に行き、みんなのためにコーヒーを買ってくることを看護師たちは期待している。自分たちはスターバックスに行って並ぶ時間がないから、時間の節約になるというわけだ。実現できないわけではないが、積極的に試してみようとは考えていない。

つまり、モキシーにエスプレッソマシンを搭載する計画はないということか?

その計画が来年のうちに実現することはないだろう。

近い将来、資金をさらに調達する予定はあるか?

現在、増資の計画中だ。今のところ順調だが、顧客からの需要が非常に高まっているため、チームを増強してロボットの出荷台数を増やすのは、やぶさかではない。

現時点では米国市場に注力するつもりか?

当面はその予定だ。当社では、世界的に展開する戦略について検討を始めている。2022年中に当社の製品が世界中に行き渡るとは考えていないが、すでに多くの引き合いが来ている。現在、販売パートナーを選定中だ。世界各地のクライアントから、1カ月に何件も問い合わせが来ている。今のところ、それらのクライアントと積極的に進めているプロジェクトはない。

画像クレジット:Tortoise / Albertsons

資金調達とコーヒーの配達については、別の機会に取り上げよう。今週は、配送関連で注目の話題がいくつかあるので紹介しよう。まず、過去に何度も取り上げたTortoise(トータス)だが、同社のリモート制御による配達ロボットのチームに追い風が吹いてきた。米国アイダホ州を拠点とするKing Retail Solutions(キングリテールソリューションズ)との取引によって、ラストワンマイル配送用に500台を超えるトータスのロボットが米国内の歩道に導入される。

CEOのDmitry Shevelenko(ドミトリー・シェベレンコ)氏は「未来の姿がニューノーマルになるというこの新しい現実に、誰もが気づき始めている。ラストワンマイル配送で時給20ドル(約2300円)稼ぐスタッフを動員しても、想定されるどんな状況でも消費者の期待に応え続けるということはできない。単純計算は通用しないのだ」と語る。

先に、Google(グーグル)のWing(ウィング)は、同社による提携を発表した。ウィングは、オーストラリアの小売店舗不動産グループであるVicinity Centres(ビシニティ・センターズ)と提携し、ドローンを使用した配達プログラムの範囲をさらに拡大する。ウィングは、10万件の配達を達成したという先日の発表に続き、オーストラリアのローガン市にあるグランドプラザショッピングセンターの屋上からの配達件数が、過去1カ月間に2500件に達したと発表した。

ローガン市の住民は、タピオカティー、ジュース、寿司を受け取ることができる。今や美容と健康に関する製品まで配達できるようになった。ウィングは「一般的な企業の建物には屋上があるため、当社の新しい屋上配達モデルによって、ほんの少しの出費とインフラ整備だけで、さらに多くの企業がドローン配達サービスを提供できるようになる」と語る。

画像クレジット:Jamba / Blendid

ジュースといえば(といっても、まとめ記事で筆者がよく使う前振りではない)、米国サンフランシスコのベイエリアを拠点とするスムージーロボットメーカーのBlendid(ブレンディド)は先に、Jamba(ジャンバ)のモールキオスク2号店に同社の製品を導入すると発表した。このキオスクは、米国カリフォルニア州ロサンゼルス郡のダウニー市のモールに今週オープンした。ちなみにダウニー市は、現在営業しているMcDonald’s(マクドナルド)の最も古い店舗がある都市でもある(Wikipediaより)。

これは時代の波だろうか。それとも何かのトリックだろうか。答えはどちらも「イエス」だ。

ジャンバの社長であるGeoff Henry(ジェフ・ヘンリー)氏はプレスリリースで「Jamba by Blendid(ジャンバ・バイ・ブレンディド)のキオスク1号店オープン後に、Stonewood Center(ストーンウッド・センター)に試験的にキオスク2号店をオープンして、モールの買い物客に新鮮なブレンドスムージーを販売できることをうれしく思います。ジャンバ・バイ・ブレンディドでは最新の非接触式食品提供技術を採用しているため、当社の現地フランチャイズ店は、ジャンバ好きのファンにスムージーを簡単に提供できます」と述べている。

画像クレジット:Abundant Robotics

ここで、フルーツに関するビジネスの果樹園サイドに注目しよう。Robot Report(ロボットレポート)に今週掲載された記事には、Wavemaker Labs(ウェーブメーカーラボ)が今夏に廃業したAbundant Robotics(アバンダント・ロボティクス)のIPを取得したことが紹介されている。残念ながら、アバンダントのリンゴ収穫ロボットが復活するわけではなさそうだ。どうやら、ウェーブメーカーのポートフォリオスタートアップ企業であるFuture Acres(フューチャー・エーカーズ)のロボティクスシステムに、このIPが組み込まれるようだ。

最後に、アームに搭載されたRFアンテナとカメラを使用して紛失物を探す、MITが研究しているロボットを簡単に紹介しよう。以下はMITの発表からの引用文だ。

このロボットアームは、機械学習を使用して対象物の正確な位置を自動で特定し、対象物の上にある物を移動させ、対象物をつかみ、目標とする物体を拾い上げたかどうかを確認する。RFusionにはカメラ、アンテナ、ロボットアーム、AIが包括的に統合されており、どんな環境でも的確に機能する。特別な設定は不要だ。

画像クレジット:Diligent Robotics

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(文:Brian Heater、翻訳:Dragonfly)

【インタビュー】2021年のグロースマーケティングにおけるマーケターの雇用とアウトソーシングの比較をMKT1に聞く

Emily Kramer(エミリー・クレイマー)氏とKathleen Estreich(キャスリーン・エストライヒ)氏は、戦略的なマーケティング会社MKT1(エム・ケー・ティー・ワン)の創設者であり、その活動は単にマーケティングだけには留まらない。前回のインタビュー記事でも触れたように、MKT1は、マーケティングコンサルティング、リクルートやメンタリングのワークショップの開催、エンジェルシンジケート(エンジェル投資家とスタートアップをつなぐ資金調達プラットフォーム)への投資など、さまざまなサービスを提供している。

この2人の創業者は現地時間7月20日、TechCrunchのマネージングエディターであるDanny Crichton(ダニー・クライトン)氏とともにTwitterスペースを利用して、グロースマーケティング業界について語った。両氏は、グロースマーケティングがエンジンであり、グロースマーケティングを構成する他の細分化されたマーケティングが燃料と考えるなど、いくつかの新しい視点を提供した。

マーケティングに関する見解などの会話を交わした後、質疑応答のセッションを設けたところ、インタビューを聴いていた創業者らからは、マーケターは雇うべきか、アウトソースするべきかなどの質問が寄せられた。

以下は、Twitterスペースでのインタビューの抜粋であり、長さとわかりやすさを考慮して編集している。

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グロースマーケティングとは何でしょうか。

エミリー・クレイマー氏:簡単な例えでいうと、マーケティングは、燃料とエンジンで構成されている。グロースマーケティングがエンジンであり、コンテンツマーケティング、プロダクトマーケティング、コミュニティ、イベントなどのすべては燃料となる。マーケティングオペレーションを構築し、トラッキングを行い、すべてを世に出せるようにすることに始まり、メール、広告、SEO(検索エンジン最適化)、そしてウェブサイト上で行っていることまで、すべてがエンジンを機能させる。そして、これらすべてを使って、オーディエンスをマーケティングファネルに取り込むのだ。

誰かにサインアップしてもらったり、セールスにつなげるためのクオリファイドリードを見つけることだけではない。カスタマーサクセスチームやプロダクトチームのサポートも含まれる。一対多の方法でオーディエンスとコミュニケーションをとることが、マーケティングの機能と考えている。特にグロースマーケティングは、通常、フルファネルであり、エンジンであり、絶えず変化している。

グロースマーケティングを含め、当社ではマーケティングにおいてあらゆるものに名前を付け、その数は5000にも及ぶ。トップダウン型の営業組織ではデマンドジェネレーションと呼ばれることが多いが、当社ではデマンドジェネレーションをグロースマーケティングのサブセットと考え、特にリードをセールスにつなげることに焦点を当てている。これがグロースマーケティングに対する考え方だ。しかし、マーケターによって考え方は異なるだろう。

2021年のグロースマーケティングの状況はどうか。2021年の夏、何に注目しているのか。

クレイマー氏:2つの大きな変化に注目している。1つは、コミュニティをグロースマーケティングの一部としてどのように考えるかということ、少なくとも、これまでに行われてきたことに対して「コミュニティ」という言葉を使っていることだ。「コミュニティ主導の成長」という言葉は明らかに強力なバズワードで、これは基本的に成長を推進するために人々を会話に参加させることを意味する。もう1つは「プロダクト主導の成長」という言葉で、これはまさにセルフサービスを表す言葉だ。

プロダクトグロース担当者やプロダクトグロースチームと連携するグロースマーケターと、1つの中心となるチームという構成が、過去10年間のトレンドだった。「プロダクト主導の成長」という言葉が、それらすべてに使われている。マーケターは、自分たちの役割さえもリブランディングするのが好きなようだ。

キャスリーン・エストライヒ氏:多くの企業が、グロースマーケティングについて早期から考え始め、1人目のマーケターを雇うことを考えている。以前はシリーズAで雇用していたが、資金調達ラウンドのレベルが全体的に幾分上がったこともあり、シードステージの企業の多くが、より早い段階で成長について考えるようになっている。

グロースマーケターのスキルセットの需要は非常に高まっている。今までもそうだったが、今はそれが顕著になっているように思う。多くの企業がより早く資金を調達し、より迅速に推進力を高めて評価額を上げようとしているため、そのニーズは非常に高いと考えている。当社が話を聞いたほとんどの企業が、マーケターを採用したいと考え、より早い段階で必要な成長の手段について検討している。

マーケターが過剰な分野、不足している分野はどこか。現在、需要が高い分野はどこか。十分に活用できていない分野はどこか。

エストライヒ氏:全体的に、マーケターの需要は非常に高い。特に、プロダクトマーケティングでの関心が高くなっている。プロダクトマーケティングを専門とするマーケターは多い。というのも、通常、スタートアップ企業の1人目のマーケターはプロダクトマーケティングの経験者であり、多くの企業がプロダクトマーケターを求め、そして、単に大企業の出身者というだけではなく、プロダクトマーケティングの経験を持つ人を見つけているためだ。

大企業のプロダクトマーケティングでは、製品ラインと密接に結びついていて、プロダクトマーケティングだけを行っていると思われる。しかし、アーリーステージのスタートアップでは、プロダクトマーケティングだけではなく、ディストリビューションを理解している人材が必要だ。そのため当社では、多くの企業に「π型マーケター」と呼ばれる人材を採用することを勧めている。つまり、マーケティングの2つの分野に深く精通している人材だ。

多くの場合、プロダクトマーケティングとグロースマーケティングの2つだが、そのような人材を見つけることは通常の市場では非常に困難だ。特に今の市場では、その役割を果たすのはかなり難しいといえるだろう。該当する人材を見つけるには、レベルや経験の面で多少の妥協が必要となるかもしれない。しかしそれでも、プロダクトマーケティングとグロースマーケティングの両方に精通した人材を見つけることができれば、マーケティングチームを立ち上げたばかりの企業の多くは、その恩恵を受けることができるだろう。

クレイマー氏:最近の数週間でも、いくつかのスタートアップ企業との会話の中で「ああ、当社の1人目のマーケターはコミュニティマーケターになるだろう」という声を聞いた。その役割は進化し、大きく変化している。スタートアップのマーケティングを始めた10年ほど前は、コミュニティといえばソーシャルメディアのことを指していたが、今ではまったくその意味はなくなった。そのため、以前にそういった役割を担っていた人材を見つけることは非常に難しくなっている。

コミュニティマーケティングというと、コンテンツやバーチャルイベント、カスタマーサクセスなどを多く手がけてきたという意味になる場合もある。そういう人々の場合、コミュニティマーケターには不適格、あるいは適格かどうかの判断がつかないということになるだろう。募集された役割と、実際に応募した人材とのミスマッチを目にすることもある。

それを踏まえた上でのマーケターへのアドバイスとしては、仕事の内容や職責をよく読み、自分がやってきたことと合っているか、あるいは自分がやるべきと考えている職責とあっているかを確認することだ。もしかすれば、自分ができることを教えたり、創業間もない企業での役割を定義する方法を教えたりする機会があるかもしれない。

グロースマーケターと仕事を始めるのに適した時期はいつでしょうか。

エストライヒ氏:「1人目のマーケターを雇うのにふさわしい時期はいつなのか」という質問はよく耳にする。エミリーと私が創業者たちによくいうことは「創業者チームが最初のマーケティングチームである」ということだ。初期のメッセージングやポジショニングの多くは、創業者が行っている。多くの場合、初期のビジョンを描き、それが資金調達の方法となるだろう。それを考える方法は、一旦一歩下がって「さて、ニーズは何だろうか。自分たちが成し遂げようとしていることは何だろうか」と問うことだ。そして、プロダクトマーケットフィットについて考えることだ。

通常、プロダクトマーケター、グロースマーケター、あるいはπ型マーケターを最初に迎えるべきと考えている。最初のマーケターを迎える前に、実際に市場に出す製品を用意しておくのが望ましい。もしそうでなければ、製品が世に出て一握りの顧客を獲得するまで待つ必要があるだろう。そこまで行けば、1人目のマーケターを誰にするか考え始めるべきかもしれない。

1人目のマーケターは、グロースマーケティングの経験を持つプロダクトマーケター、もしくはプロダクトマーケティングの経験を持つグロースマーケターのように、両方の経験を持つ人がよいだろう。初めにエミリーがいったように、ビジネスモデルの経験があり、即戦力になる人だ。なぜなら、アーリーステージの企業で最初に行うマーケティングの仕事は、多くの役割を兼ね、多くの仮説を検証し、多くの仕事をすることになるからだ。

そのためにも、仕事をしたくないような高齢の人は雇わないようにしたい。そういった人たちは、あなたがまだ準備できていないであろうチームを雇いたがるものだ。また、何をすればよいのかわからないような若すぎる人も雇わないようにしたい。バランスの取れた、ミドルレベルの人材を見つけることも重要になってくる。

クレイマー氏:プロダクトマーケターは、注力すべきニッチを見つけるサポートをしてくれるということだ。ある程度の顧客を確保し、スタート地点を決めておくべきだと考えている。プロダクトマーケターは、実際にはオーディエンスマーケターといったほうがいいのかもしれない。自分たちがやっていることを、特定のオーディエンスにどうやって伝えるかを見つけ出してくれるマーケターだ。何らかのアイデアがあった場合、彼らはチーム内で「他のオーディエンスに拡大すべきか、このニッチな分野にとどまるべきか、他のオーディエンスは何を必要としているのか、顧客とコミュニケーションがとれているか、顧客は何といっているか」といったことを考え続ける手助けをしてくれる。

彼らは、チームがオーディエンスについてすべてを把握し、また、新しいオーディエンスに手を広げ、テストするのを支援する責任がある。これはプロダクトマーケティングの重要な役割だ。しかし、製品の開発やリリースを犠牲にしてまで、そのような人材の早すぎる投入は、非常にリスクが高いことだといえる。

MKT1では、B2B企業や成長段階にある企業における特定のマーケティング機能について、フルタイムの雇用とアウトソーシングのバランスに何か傾向は見られるか。

クレイマー氏:創業者は初期の段階は「マーケティングに多くの時間を費やしているが、マーケターを雇う必要はない。コンテンツについては請負業者や代理店を雇えばいいし、SEM(検索エンジンマーケティング)やSEO(検索エンジン最適化)についても請負業者や代理店に頼めばいい」と考えるだろう。そうすると、多くの請負業者を抱えることになる。しかし、どんなに優れた請負業者であっても、依頼元に担当者やレビューアーは必要であり、やるべきことが明確に指示されていなければ、よい結果は得られない。また、多くのクライアントを相手にしているので、そのすべてにすばやく対応することはできない。

また、請負業者の管理にも手間はかかり、特にその分野の経験がない人は、業者とのやり取りに自分で仕事をするのと同じくらいかかることもある。多くの場合、マーケティングは、何かを引き渡せばよい他のビジネス領域に比べて反復的であり、特にクリエイティブな面では、自社のブランドを確立するために、その傾向は強くなる。つまり、やり取りが何度も必要になる。

ただし、代理店や請負業者にアウトソーシングした方が良い分野もいくつかあると考えている。その1つが有料検索だ。起業してしばらくの間はSEMのスペシャリストを雇う必要はないだろう。SEMは確かに専門的で、独特な厄介物であり、何が有効で何が無効なのか、よく変化する。その仕組みを理解し、一日中AdWords(アドワーズ、現在のGoogle広告)を見ていてくれる人がいると、本当に助かるので、人を雇うには良い分野だ。そのため、マーケティングチームの規模にかかわらず、当社は常に検索仲介業者に補強してもらっており、当社のチームに専任のサーチ担当者がいたとしても、彼らをサポートするために業者を利用している。これは常に必要なことだ。規模が大きくなると多種多様なことを行うようになるため、さまざまな代理店が必要になるだろう。

また、コンテンツの分野でも、コンテンツ担当者やプロダクトマーケターを補強するために請負業者を利用することは有効だと考えている。それでもやはり、請負業者に費用を払って大量のコンテンツを作らせる前に、コンテンツの内容、伝えたいメッセージ、自社の独自性、ブランディング戦略を明確に理解しておく必要がある。そうでなければ、結局は何も伝えられず、目標を達成できないコンテンツの山になってしまう。

そのため、コンテンツと有料検索は、常にアウトソーシングするのに適した分野だ。そして、規模が大きくなるにつれて、つまり最初はそうではなく、またビジネスのタイプにも依存するが、PR、つまりメディアとの関係もアウトソーシングが有効な分野だ。これについては、今話をしているTechCrunchの方がもっと詳しいだろう。しかし、メディアとの関係は規模の経済が大きく作用する分野だ。そのため、メディアに精通した代理店、あるいは多くのメディアとの関係のある代理店を持つことは、非常に意味のあることだが、それはもっと後の話だ。しかし、PR、コンテンツ、有料検索については、これらを管理する人材を社内に確保しておかないと、アウトソーシングが役に立つどころか弊害をもたらすことになりかねない。

画像クレジット:MKT1

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(文:Miranda Halpern、翻訳:Dragonfly)

【インタビュー】Misoca創業者が農業×ロボットにかける想い「有機農業を劇的に加速させすべての人に安心・安全な食環境を」

業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)を政府が推し進めている。とはいえ、エッセンシャルワークと呼ばれる職種、つまり人々が日常生活を送る上で必要不可欠とされている医療・福祉や保育、小売業、運輸・物流などに関しては、重要度が高いのにDXが進まないというジレンマが生じている。

エッセンシャルワークの主な7つの職種の中に含まれていないとはいえ、農業も生活基盤に不可欠な仕事であることは疑念の余地がない。にもかかわらず、農業は最もDXが進んでいない分野の1つだ。

農業をロボットで変えようと起業した人がいる。トクイテン代表取締役豊吉隆一郎氏と共同創業者で取締役の森裕紀氏だ。高専時代にロボット研究に携わり、2011年にクラウド請求管理サービス「Misoca」を立ち上げた豊吉氏が、なぜ農業という分野を選んだのか、考える農業の未来などについて、豊吉氏と森裕紀氏に話を聞いた。

わずかなITツールで大きなインパクトを与えられる農業というフィールド

豊吉氏は、工業高等専門学校卒業後、Webシステム開発で独立し、2011年には後に20万事業者以上が登録するクラウド請求管理サービス「Misoca」を立ち上げた。

会社を売却した後もしばらくは同社内にとどまっていたが2018年11月に代表を退任し、2021年8月にロボット開発の知識を活かした有機農業を事業とする「トクイテン」を森氏と共同創業した。

ここで、疑問が生じる。なぜオフィスのバックヤード業務の効率化を進めるMisocaから農業へとシフトしたのだろうか。

実は、豊吉氏の実家は兼業農家。農業に幼い頃から親しんでいたという背景がある。農業に興味を持っており、家庭菜園まで行っていたところ、知り合いの農家の灌漑(かんがい、水やりのこと)システム開発に携わる機会を得たという。

「スマホから遠隔操作で畑に水やりをするシステムを作りました」と豊吉氏。「わずか数万円という費用に、自分の得意なプログラミング技術を使っただけなのに、『これで旅行にも行きやすくなる』ととても喜んでもらえた」と振り返る。

「これだけのことで、ここまでインパクトがあるのか」と、農業にITを持ち込むことの影響力の大きさに驚いた瞬間だった。

これほどまでに感動をもって受け入れられた理由を「農業分野ではDXが遅れているという現状がある」と豊吉氏は分析する。

「製造業なら、24時間、休まず人間以上のスピードでロボットが働けば、時間ごとの生産性は上がる。ソフトウェアなら、やはり人間が行う以上のスピードで正確に計算し続けられる。

しかし、農作物の成長スピードは、ロボットが入っても変わらない。そのため、コストをかけても無駄、という考え方があるのだろう」と豊吉氏はいう。

灌漑システム開発で、何度もその農家を訪れるうちに、成長していく作物を情を持って見つめるようになり、農業について真剣に学ぶため県の農業大学校1年コースに入学し、農業者育成支援検研修を修了。農業の素晴らしさと大変さを身をもって感じたという。

「20種類ほどの農作物を育てて収穫したが、在籍していた2020年の夏は特に暑かったため、熱中症で倒れてしまう人も出るほど過酷な状況だった。また、有機野菜は管理が大変で、そのぶん価格も高いのが現状。これを自動化できれば、大変な思いをすることなく農業を行え、有機野菜も一般化するのでは……との思いが強まった」。

そこで、高専時代の同級生であり、現在は早稲田大学次世代ロボット研究機構で主任研究員・研究院准教授となっている森氏と共同でトクイテンを立ち上げたのだ。

社名に込められているもの

それにしても、農業のスタートアップ企業名に「トクイテン」を選んだのはなぜだろうか。一体何の「特異点」なのだろう。

「それには3つの意味が込められている」というのは森氏だ。「ロボットの勉強会をしたときに、通常とは異なる(特異な)取り扱いをしなければならない場合のことを特異点というよね、という数学的な話が出た。自分たちがこれから挑む農業は、今までとは違うやり方で行うことが決まっていたという意味が1つ」と解説する。

続けて「宇宙論やロボット工学ではある種の状態が特異点に近づくと劇的に加速し変化することがあります。わたしたちの技術が浸透することで農業が劇的に変わるという意味の特異点。それから、人工知能も含め、新しい技術が出てきて加速度的に指数関数で物事が進んでいき、ある瞬間に世の中が劇的に変わるのも技術的特異点(シンギュラリティ)と呼ばれており、その意味も含んでいる」と森氏は説明してくれた。

「これまでの農業では、人が介入することで収穫(人が摂取するエネルギー)を得られたが、それを人間なしにまかなえるようにすることが、トクイテンの目指す農業。それは後から振り返ると、文明が変わってしまうほどの特異点になるのではないか。また、そういう特異点と呼ばれるような存在になりたい、という想いで、この社名を選んだ」(森氏)

農地法に守られているからこそ難しかった農地の取得

あくまでも、農業を事業の柱とするのがトクイテンなので、作物を植える土地が必要になる。しかし、その取得には苦労があったという。

それは、農地が農地法によって守られているからだ。この農地法では、地域の農業委員会から許可を得た農家または農業従事者以外に農地を売却してはならないと定められている。また、売却先の管理者が管理を怠り、害虫を発生させる、耕作を放棄して荒れ地にするといったことを防ぐため、信用を得ていることも重要になる。

「農地売却は二束三文にしかならないうえ、信用できない人に売ってしまうことで回りからつまはじきにされるなど、デメリットが多いため、売りたくてもそれをためらう農家が多い」と豊吉氏は解説する。

ここで活きてきたのが、農業大学校を修了したことや、地元の農業法人の土地を間借りし、有機トマトを苗から育てて出荷したという豊吉氏の実績だ。「この人たちなら、きちんと活用してくれる、というお墨付きをもらえた」と豊吉氏は振り返る。

「ようやく30a(アール)程度の農地売却の許可を得られそうというところまでこぎつけた。ビニールハウスを建て、来年の春から本格的に生産を開始したい」と豊吉氏は語る。

それでも国内で始めることのメリット

農地取得が難しいことに加え、国土の狭さ、台風が毎年来襲することも日本で農業のDXを進めることの難しいところだが、それでも日本だからこそのメリットがあると豊吉氏は考える。1つは水資源の豊富さ、そしてもう1つはロボティクスの強さだ。

「農業という業種で高齢化が進んでいることがDXを阻む1つの要因になっているが、高齢化が進んでおり、人手不足だからこそ、ロボットが活きてくる」と豊吉氏は説明する。

「まず、わたしたちはできあいの産業用ロボットに手を加えてすばやく現場投入し、実地経験を積みながら改善していくことを考えている。いちから作ると、1つの作業に特化したものができてしまい、年に数時間しか使わないようないくつものロボットで倉庫が満杯になってしまうこともあるからだ。

ただし、工業用ロボットは、人が近づかないところで作業するよう設計されているので、Co-ROBOT(人と一緒に作業できるロボット)という点ではまだまだ改善が必要。収穫作業や、人があまりやりたがらない運搬作業、農薬散布など、さまざまな作業を行える汎用性の高いロボットを目指したい」(森氏)

手間のかかる有機農業を劇的に加速させたい

2022年春に本格始動を予定しているトクイテン。まずはロボット×有機農業で作ったミニトマトを販売して収入を得るビジネスモデルを確立したいと考えている。

ミニトマトを最初の作物に選んだのは「ミニトマトが好きだったから」と豊吉氏。「嫌いな野菜だと、おいしくできたのかそうでないのかがわからないし、愛着もわかない。しかも、ミニトマトは、野菜の中で産出額が高く市場が大きい。また、最初のロボットは雨が当たらないビニールハウスの中で作業するものを作りたかったことと、品種によって、そこまで育て方に違いがないことも、選んだ理由」だと教えてくれた。

海外のベンチャー企業150社程度を調査し、有機農業を広げようとするところもあれば、作ったロボットの販売を事業の柱にしようとしているところもあったという。

豊吉氏は「ロボットを開発するが、それを単体で売るようなことは考えていない。あくまでも農業が主体で、農作物を売っていきたい」と語る。「ただ、蓄積されたノウハウを売って欲しいという要望が出たら、ロボットを使った有機農業の方法も含めたシステムという形で販売することもあるかもしれない」と展望を述べた。

「今は、有機野菜を作るのに手間がかかるため、一般的な野菜の2〜3割、場合によっては5割ほど高く販売されていて、なかなか手が出せない状況にある。でも、出始めは高くて手が出せなかった電気自動車を一般の人が買えるまでになっているのと同じように、ロボティクスによって、有機野菜が一般化するようになるとわたしたちは考えている。

今はまだ会社のメンバーが少なく、エンジニアをしている段階だが、農業分野の拡大や、有機野菜の一般化などにより、農業の特異点となれるよう邁進していきたい」と豊吉氏は語る。

画像クレジット:トクイテン

【インタビュー】iPhone 13シネマティックモードの開発経緯をアップル副社長とデザイナーに聞く

iPhone 13 Proモデルのシネマティックモードは、先に行われたApple(アップル)の同端末のプレゼンテーションで特に強調されていた。これまでに公開されたレビューを読んだ人たちは、このモードの賢さは認めているものの、その利便性に疑問も感じているようだ。

筆者はこの機能を試してみた。最新のiPhoneをディズニーランドに持っていって、今後数年で数千人いや数百万人の人たちが行うような方法で実際にこの機能をざっと試してみた。筆者が行った個人的なテストの一部は、この記事でも触れる他、こちらの筆者のiPhoneレビューでも紹介している。この記事では少し掘り下げた情報をお届けする。

関連記事:【レビュー】iPhone 13 Proを持ってディズニーランドへ!カメラとバッテリー駆動時間をテスト

この記事では、世界iPhone製品マーケティング担当副社長Kaiann Drance(カイアン・ドランス)氏とアップルのヒューマンインターフェースチームのデザイナーJohnnie Manzari(ジョニー・マンザリ)氏に、この機能の目標と開発の経緯について話を聞いた。

「動画で高品質の被写体深度(DOF:ピントの合う最も近い距離と遠い距離の間)を実現するのはポートレートモードよりもはるかに難しいことはわかっていました」とドランス氏はいう。「静止画と違い、動画は撮影時に動く(撮影者の手ぶれも含め)ことが前提です。ですから、シネマティックモードで、被写体、人、ペット、モノを撮影するには、さらに高品質の深度データが必要になります。しかも、その深度データをすべてのフレームに追いつくように継続的に維持する必要があります。このようなオートフォーカスの変更をリアルタイムで実行すると、非常に重い計算負荷がかかります」。

シネマティックモードではA15 BionicチップとNeural Engineを多用する。Dolby Vision HDRでエンコードすることを考えると当然だ。また、ライブプレビュー機能も犠牲にしたくはなかった(アップルがこの機能を導入後、大半の競合他社は数年間、この機能を実現できなかった)。

しかし、アップルは最初からシネマティックモードの概念を機能として考えていたわけではない、とマンザリ氏はいう。実際、設計チームでは、機能とは反対の側面から取り掛かることが多い(同氏)。

「シネマティックモードなどというアイデアはありませんでした。ただ、興味深いとは思いました。映画製作が今も昔も人々を惹き付けるのはなぜだろうか、と。そして、それが徐々におもしろい方向へと進み始め、このテーマについて調査が始まり、社内で広く検討されるようになり、それが問題解決につながります」。

ドランス氏によると、開発が始まる前、アップルの設計チームは映画撮影技術の調査に時間を費やし、リアルな焦点移動と光学特性について学んだという。

「設計プロセスではまず、現在に至るまでの映像と映画撮影の歴史に深い敬意を払うことから始めました。映像と映画撮影のどの部分が今も昔も人々を惹き付けるのか、映画撮影のどのような技術が文化的な試練に耐えて生き残ったのか、またそれはなぜなのか、という疑問には大変魅了されました」。

マンザリ氏によると、従来とは異なる技法を選択する決断を下すときでさえ、アップルのチームはもともとのコンテキストの観点から慎重かつ丁寧に決断を下そうとするという。アップルのデザインとエンジニアリング能力を活かして、複雑さを排除し、人々が自身の可能性を引き出せるような何かを作成する方法を見出せるようにすることに重点を置く。

ポートレートライティング機能の開発プロセスでも、アップルの設計チームは、アヴェンドンやウォーホルなどの古典的な肖像画家やレンブラントなどの画家、および中国のブラシポートレートなどを研究し、多くの場合、オリジナルを見に足を運んだり、研究室でさまざまな特性を分析したりした。シネマティックモードの開発でも同様のプロセスが使用された。

画像クレジット:Matthew Panzarino

設計チームはまず、世界中の最高の映画撮影スタッフに話を聞いた。また、映画を観たり、昔のさまざまな映像例を分析したりした。

「そうすることで、いくつかの傾向が見えてきました」とマンザリ氏はいう。「ピントとピントの変更はストーリーテリングには欠かせない基本的な道具であること、私たちのように職能上の枠を超えたチームではそうした道具を使う方法とタイミングを把握する必要があることは明らかでした」。

それができたら、撮影監督、撮影スタッフ、第一助手カメラマン(ピント調整役)などと緊密になる。セットで彼らを観察したり、質問したりする。

「浅い被写界深度を使う理由、またそれがストーリーテリングという観点からどのように役に立つのかについて、撮影スタッフと話すことができたことも本当に良い刺激になりました。そこで覚えたのは、これは本当に陳腐化することのない知見ですが、見る人の注意を誘導する必要がある、ということです」。

「しかしこれは、現在のところ、スキルのあるプロ向けのアドバイスです」とマンザリ氏はいう。「あまりに難しいため、普通の人は試してみようとも思いません。1つのミスで数インチずれただけでだめです。これはポートレートモードで我々が学習したことです。いくら音楽やセリフで見る人の聴覚を刺激しても、視覚に訴えることができないなら、使いものになりません」。

その上にトラッキングショットがある。トラッキングショットでは、カメラが移動し、被写体もカメラに対して移動している状態で、ピント調整担当者は継続的にピントを合わせる必要がある。高度なスキルを要する操作だ。トラッキングショットを成功させるには、カメラマンは数年間、徹底的に練習を重ねる必要がある。マンザリ氏によると、アップルはここにビジネスチャンスを見出したのだという。

「これはアップルが最も得意とする分野なのです。つまり、難しくて、習得が困難とされている技術を、自動的かつシンプルにできるようにしてしまうというものです」。

チームはまず、フォーカスの特定、フォーカスロック、ラックフォーカスなどの技術的な問題に取り組む。こうした研究からチームは凝視にたどり着く。

「映画では、凝視と体の動きによってストーリーを組み立てていくのは極めて基本的なことです。人間はごく普通に凝視をコミュニケーションに使います。あなたが何かを見れば、私も同じものを見るという具合です」。

こうして、アップルのチームは凝視を検出する仕組みを組み込んでピントの対象をフレーム間で操作できるようにすることで、観る側がストーリーを追えるようにする必要があることに気づく。アップルは撮影現場で、こうした高度なスキルを備えた技術者を観察し、その感覚を組み込んでいったとマンザリ氏はいう。

「我々は撮影現場でこうした高い技術を備えた人たちと出会うことができます。彼らは本当に最高レベルの人たちです。そんな中、あるエンジニアが気づきます。ピント調整担当者というのはピント調整ホイールの感覚が体に染み付いていて、我々は、彼らがそれを操る様子を観ているだけだと。つまり、本当にピアノがうまい人が演奏しているのを観ていると、簡単そうに見えるけれど、自分にはできないことはわかっているのと同じ感覚です。ピント調整担当者が行っていることをそのまま真似ることなどできないのだと」とマンザリ氏はいう。

「第一助手カメラマンはアーティストで、自分がやっている仕事が本当にうまく、すばらしい技量を備えています。ですから、我々チームもフォーカスホイールを回すアナログ的感覚をモデル化しようと多くの時間を費やしました」。

これには、例えば長い焦点距離の変更と短い焦点距離の変更では、フォーカスホイールランプの操作スピードが速くなったり遅くなったりするため、変更の仕方が異なるといったことも含まれている。また、ピント調整が意図的かつ自然に感じられない場合、ストーリーテリングツールにはならない、とマンザリ氏はいう。ストーリーテリングツールは観る側に気づかれてはならないからだ。映画を観ていて、ピント調整テクニックに気づいたとしたら、おそらくピントが合っていないか、第一助手カメラマン(または俳優)が失敗したからだ。

最終的に、チームは映画撮影現場での調査研究を終えて多くの芸術的および技術的な課題を持ち帰ったのだが、それを解決するには極めて難しい機械学習の問題を解く必要があった。幸いにも、アップルには、機械学習研究者のチームとNeural Engineを構築したシリコンチームがいつでも協力してくれる体制があった。シネマティックモードに内在する問題の中には、これまでにない新しい独自のMLの問題が含まれていた。それらの問題の多くは非常に厄介で、微妙な差異や有機的な(人間くさい)感覚を維持するという掴みどころのないものを表現するテクニックを必要としていた。

シネマティックモードを試す

このテストの目的は、1日でできること(と午後のプールでのひととき)を撮影することだった。ディズニーランドに行けば誰もがやりたいと思うようなことだ。1人でカメラを持ち、特別なセットアップもなければ、撮影者の指示もほとんどない。ときどき、子どもにこっちを向いてというくらいだ。下の動画は、誰が撮っても大体こんな感じになるだろうというレベルを維持した。これは肝心なところだ。B-ROLL(ビーロール)はあまり用意していないし、何度も撮り直すようなこともしなかった。編集もしていない。唯一、撮影後にシネマティックモードを使っていくつか重要な場所を選択した。これは、エフェクトを入れるため、または自動検出機能によって選択されたカ所が気に入らなかったためだ。といっても大した編集ではなかったが、編集結果には満足している。下のデモ動画を再生できない場合は、こちらをクリックしていただきたい。

この動画はもちろん完璧なものではないし、シネマティックモード自体も完璧ではない。アップルがポートレートモードで導入して大成功した人工的なぼけ味(レンズブラー)は、1秒あたりの実行回数があまりに多くなる点が非常に苦しい。焦点追跡もカクカクすることがあるため、撮影後に編集するケースが想定していたよりも多くなるようだ。低照度設定でも問題なく動作するように思うが、高い精度を求めるならライダー光線の届く範囲内(約3メートル以内)で撮影するのがベストだ。

それでも、何を追跡しているのか、どこに向かっているのかはわかるし、このままでもとても便利で使っていて楽しい。多くのレビューがこのあたりを軽く流していることは知っているが、この種の新機能を(実際に使ってみるのではなく)人工的な負荷を与えてテストするのは、ごく普通の人がどの程度便利に使えるのかを確認するには、いささか雑な方法ではないかと思う。筆者が、2014年にディズニーランドでiPhoneのテストを始めた理由の1つもそこにある。iPhoneが数百万の人たちに使用されるようになって、処理速度とデータ量の時代はあっという間に過ぎ去りつつある。どのくらいの高い負荷を高速処理できるかはもうあまり重要なことではなくなってしまった。

人工的なテストフレームワークによって多くの早期レビューワたちが主に欠点を見つけているのを見ても別に驚きもしない(実際欠点は存在するのだ)。だが筆者は可能性のほうに注目したい。

シネマティックモードとは

シネマティックモードは実は、カメラアプリの新しいセクションに存在する一連の機能であり、iPhoneのほぼすべての主要コンポーネントを利用して実現されている。具体的には、CPUとGPUはもちろん、アップルのNeural Engineによる機械学習作業、加速度計による動きの追跡、そしてもちろんアップグレードされた広角レンズとスタビライザーも利用されている。

シネマティックモードを構成している機能の一部を以下に示す。

  • 被写体認識と追跡
  • フォカースロック
  • ラックフォーカス(ある被写体から別の被写体に自然にピントを移動する)
  • イメージオーバースキャンとカメラ内蔵スタビライザー
  • 人工的ぼけ(レンズブラー)
  • 撮影後編集モード(撮影後にピント変更可)

上記のすべての機能はリアルタイムで実行される。

動作原理

これらすべてを、リアルタイムプレビューや後編集で毎秒30回も実行するためには、控えめにみても、かなり大きな処理能力が必要だ。アップルのA15チップで、Neural Engineのパフォーマンスが飛躍的に向上しており、GPUの処理能力も大幅に向上しているのはそのためだ。上記の機能を実現するには、そのくらいの処理能力が必要なのだ。信じられないのは、シネマティックモードを1日中かなり使ったにもかかわらず、バッテリーの駆動時間が明らかに短くなるということがなかった点だ。ここでも、アップルのワットあたりのパフォーマンスの高さがはっきりと現れている。

撮影中でも、ライブプレビューによって撮影内容を極めて正確に確認できるので、そのパワーは明らかだ。撮影中、iPhoneは加速度計からのシグナルを拾って、ロックした被写体に自分が近づいているのか、逆に被写体から遠ざかっているのかを予測し、すばやくピントを合わせることができるようにする。

と同時に「凝視」のパワーも利用している。

凝視検出機能により、次の移動先となる被写体を予測し、撮影シーン中のある人物が別の人物を見たり、フィールド中の物体を見ている場合、システムはその被写体に自動的にラックフォーカスできる。

アップルはすでにセンサーをオーバースキャンしてスタビライザーを実現している(つまり、事実上フレームの「エッジを越えて」見ている)ため、設計チームは、これは被写体予測にも使えるのではないかと考えた。

「ピント調整担当者は被写体が完全にフレーム内に収まるまで待ってからラックを行うわけではなく、被写体の動きを予測して、その人がそこに来る前にラックを開始します」とマンザリ氏は説明する。「そこで、フルセンサーを実行することで動きを予測できることがわかったのです。このように予測することで、その人が現れたときには、すでにその人にピントが合っている状態になります」。

これは上記の動画の後半のほうで確認できる。娘がフレームの左下に入ってきたときにはすでにピントが合っている。まるで、目に見えないピント調整担当者がそのシーンに娘が入ってくるのを予測して、そこ(つまりストーリーに新しく入ってきた人)に観る人の注意を惹きつけているかのようだ。

撮影した後も、焦点を修正して、クリエイティブな補正を行うことができる。

シネマティックモードの編集ビュー(画像クレジット:Matthew Panzarino)

撮影後の焦点選択ですばらしいのは、iPhoneのレンズは非常に小さいため、当然の結果として、被写界焦点が極めて深くなる(だからこそポートレートモードやシネマティックモードで人工的なぼけを実現できる)。つまり、物体に非常に近い位置にいない限り、フレーム内の任意の物体を選択してピントを合わせることができる。その後、シネマティックモードがすべての動画について保持している深度情報とセグメンテーションマスキングを使用してリアルタイムで変更が行われ、人工的なぼけエフェクトが再生される。

筆者は、iPhone 13 Proのレビューで、シネマティックモードについて次のように書いた。

このモードは、マーケティング上はともかく、焦点距離の設定や膝を曲げてのスタビライズ、しゃがんで歩いてラックしてのフォーカシングなどの方法を知らない大多数のiPhoneユーザーに、新たなクリエイティブの可能性を提供することを目的としている。今までは手の届かなかった大きなバケツを開けるようなものだ。そして多くの場合、実験的なものに興味があったり、目先の不具合に対処したりすることを厭わない人は、iPhoneの思い出ウィジェットに追加するためのすばらしい映像を撮影することができるようになると思う。

この機能をデモするためにアップルがどの映画会社と組もうと興味はないが、この機能から最大の恩恵を受けることができるのは、必ずしもカメラの操作に長けている人たちとは限らないと思う。幸いにも手が空いていて、このコロナ禍という厳しい現実の中でも、そこにいたときの気持ちを撮りたいという基本的な欲求を持っている人たちこそ最大の恩恵を受けるのではないか。

そして、それこそが映画という媒体の持つパワーだ。そこにいたときの気持ちになれる。シネマティックモードは、この初期バージョンではまだまだ完璧には程遠いが、従来よりもはるかに容易で、扱いやすい形で、これまではとても手が出せなかった世界への扉を開く道具を「ごく普通の人たち」に与えてくれるものだ。

現時点では、詳しく見ていけば不満な点もたくさんあるだろう。しかし、初めて実物のカイロ・レンを目の当たりにしたときの子どもの反応を撮影したことがある人なら、気にいる点もたくさんあるはずだ。完璧ではないからといって、この種の道具が使えることに異を唱えるのは難しい。

「私が誇りに思うのは、誰かが私のところにやってきて、写真を見せてくれたときです。写真の出来栄えを誇らしげに語り、自分が突如として才能あるクリエーターになったかのように満面の笑みをたたえて、こんな風に話してくれる。『私は美術学校など行ったこともないし、デザイナーでもない。私を写真家だと思った人など1人もいないけど、この写真は本当にスゴイでしょ』と」とマンザリ氏はいう。

「映画は人間のさまざまな感情やストーリーを見せてくれます。そして、基本を正しく抑えていれば、そうした感情やストーリーを観る側に伝えることができる。iPhoneであなたにも新しい世界が開けるのです。私たちはシネマティックモードに長い間、本当に懸命に取り組んできました。お客様に実際に試していただけるのを本当に楽しみにしています」。

画像クレジット:Matthew Panzarino

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(文:Matthew Panzarino、翻訳:Dragonfly)

LinkedIn共同創業者リード・ホフマン氏の新著は起業家精神を見直す10の方法を教えてくれる

激励の言葉が欲しい気分のとき、いつも味方でいてくれる人脈の広い楽観的なメンターほど適切な人物はいない。頼りがいのあるその肩こそ書籍「Masters of Scale(スケールの達人)」が演じようとしている役どころだ。

LinkedIn(リンクトイン)の共同ファウンダーにしてGreylock(グレイロック)のパートナー、Reid Hoffman(リード・ホフマン)氏の人気ポッドキャストから生まれ、ホフマン氏が彼のポッドキャストの総括責任者であるJune Cohen(ジュン・コーエン)氏、Deron Triff(デロン・トリフ)氏の2人と共同執筆した新著が今週出版された。さまざまなエピソードとすぐに使えるヒントが散りばめられた本書の強みは、登場する起業家たちが実に多様であることだ。テック界のリーダーにとどまらず、本書はSpanx(スパンクス)のファウンダー、Sara Blakely(サラ・ブレイクリー)氏、Starbucks(スターバックス)のファンダー、Howard Schultz(ハワード・シュルツ)氏、およびUnion Square Hospital Group(ユニオンスクエア病院グループ)のCEO、Daniel Meyer(ダニエル・マイヤー)氏からも教訓を学ぶ。どのすぐれたメンターとも同じく、本書は現実的だ。著者はあなたがまだ、Bumble(バンブル)のWhitney Wolfe(ホイットニー・ウルフ)やAirbnb(エアビーアンドビー)のBrian Chesky(ブライアン・チェスキー)でないとわかっている。それでも、リーダーたちから広く適用できる教訓を引き出し、読者が共感を得られるようにすることができる。

メディアはこの本の主題ではないが、「Master of Scale」は、私がファンダーをインタビューする際の視点をすでに変えている。Tristan Walker(トリスタン・ウォーカー)氏は、私がファウンダーに質問する時、新しいラウンドで調達した資金の使い道よりも、彼ら自身のことや、彼らの最も物議を醸す信念について聞きたくなるように仕向けた。地理学者のAndrés Ruzo(アンドレス・ルゾ)氏の言葉からは、理に適ったスタートアップには読みやすい話にはなるかもしれないが、世界を破壊する大ヒットにはならないかもしれないことを気づかせてくれる。つまり、一見ばかばかしい野望ばかりのスタートアップを追いかけろ、ということだ。なぜなら最高の一歩や物語はそこで起きるから。そして私は、ファウンダーを見分ける最高のリトマス試験紙は、目の前にある苦難について彼らが誠実かつ謙虚に話そうとするかどうかである、という信念を本書で確認した。

心地よい物語を読むたびに、私はパンデミックへの言及を待った。パンデミックがスターアップに与える影響についてのアドバイスは、ピボットの技法に関する一章にほぼまとめられている。パンデミックへの対処方法のアドバイスを、ベンチャーキャピタル、資金調達、市場などさまざまな分野にちりばめる代わりに、本書はこの激変への言及を最小限に絞った。この選択によって、アドバイスの新鮮さは維持されるだろう。とはいえ、スタートアップ世界の醜い部分についてあまり語らない本書の選択には、一種のアンバランスさを感じた。もっと対立問題、たとえばWeWork(ウィワーク)のAdam Neumann(アダム・ニューマン)氏がビジョナリー・ファウンダーに対する我々の見方をどう変えたのか、あるいはBrian Armstrong(ブライアン・アームストロング)氏のCoinbase(コインベース)メモとスタートアップカルチャーに与える影響、さらには現在のテック出版の役割などについて直接的に書いてくれていれば、さらに得るものがあっただろう。ただしこの本は、自らジャーナリズム性を謳ったことはなく、演じようとしたのはチアリーディングするメンターであって皮肉なメンターではないということもしれない。

人気ポッドキャストに基づいて本を書くことは、簡単であるとは限らない。オーディオは文字とはまったく異なるメディアであり、音声による会話の強い個性や謙虚さを文字に変換するにはそれなりの手腕が必要だ。実際ホフマン氏と共著者の輝き具合は話によってまちまちで、繰り返し、しかし効果的に使われている物語のアーク(横糸)に強く依存している。問題を紹介し、なるほど!の瞬間を見せ、ソリューションを示して普遍的教訓を伝える、というやり方だ。

私はこの本を週末に読んだ。1冊手に取ろうとしている起業家志願者、技術者、ジャーナリストにも同じやり方をお勧めする。ホフマン氏と共著者が70人以上の起業家の話を見事にまとめた仕事はすばらしい。共鳴したファウンダーを検索するのか、自分のインタビュー・スタイルを変えるのか、はたまた、いつの日かブリッツスケーリングできるアイデアを実現し始めるのか。真のマジックは、読者が物語の合間にひと息ついたときに起きる。

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画像クレジット:Kelly Sullivan/Getty Images for LinkedIn

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(文:Natasha Mascarenhas、翻訳:Nob Takahashi / facebook

Rocket Lab CEOインタビュー、宇宙開発のキャリアで学んだ教訓は「絶対にやらないとは絶対に言わない」こと

Peter Beck(ピーター・ベック)氏の一番古い記憶は、故郷であるニュージーランドのインバーカーギルで父親と一緒に外に立って星を見上げていたときに「その星の周りを回っている惑星にいる人たちが、お前を振り返って見ているかもしれないんだよ」と言われたことだ。

「3歳か4歳の子どもにとって、それは衝撃的な出来事で、私の記憶に刻まれ、それ以来、私は宇宙産業で働くことを運命づけられていたのです」と、Space Generation Fusion Forum(SGFF)で語った。

もちろん、後からなら何とでも言える。しかし、ベック氏のキャリアは、ロケットに一途に集中している。ベック氏は大学に行かずに貿易関係の仕事に就き、昼間は工具製作の見習い、夜はロケットエンジン作りに没頭していた。「これまでのキャリアで非常に幸運だったのは、一緒に仕事をしてきた企業や政府機関が、私が夜に施設を使って何かをすることを常に奨励してくれた─あるいは耐えてくれたと言った方がいいかもしれませんが─ことです」と彼はいう。

彼の腕前は経験とともに成熟し、ダブルワークが功を奏した。2006年、彼は宇宙開発会社Rocket Labを設立した。それから15年、21回の打ち上げを経て、同社は特別買収目的会社との合併により株式を公開し、7億7700万ドル(約853億3000万円)の資金を手に入れた。

スペースSPACの流行

Vector Acquisitionとの合併により、Rocket Labの評価額は48億ドル(約5271億5500万円)に跳ね上がり、宇宙開発企業の中ではElon Musk(イーロン・マスク)のSpaceXに次いで第2位の評価額となった。SPACは、多額の資金を確保したい宇宙産業企業にとって、上場にあたって人気のルートとなっている。ライバルの衛星打ち上げ企業であるVirgin OrbitAstraは、それぞれSPACの合併により上場しており、その他にもRedwirePlanetSatellogicなどの宇宙産業企業が存在する(一例)。

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ベック氏がTechCrunchに語ったところによると、上場はRocket Labが何年間にも渡って計画していたことで、当初の計画では、従来の新規株式公開を行う予定だったが、特にSPACルートが資本と評価を確実なものにした。SPACとの合併前に行われた3月の投資家向けプレゼンテーション(大いに半信半疑で見るべき資料だが)によると、将来は明るいとしている。Rocket Labは、2025年に7億4900万ドル(約822億7400万円)の収益を見込み、翌年には10億ドル(約1098億4600万円)を超えると予想されている。同社は、2019年に4800万ドル(約52億7200万円)、2020年に3300万ドル(約36億2400万円)の収益を報告しており、2021年は6900万ドル(約75億7900万円)程度になると予想している。

しかし彼は、収益を上げる前の宇宙産業スタートアップや、資金調達に失敗した企業がSPACを金融商品として利用することには、依然として懐疑的だ。「多くのスペースSPACが行われていますが、その品質には確実に差があると思います。民間市場での資金調達に失敗し、(SPACの合併が)最後の手段になっているものもあります。それは公開企業になるべき方法では決してありません」。

Rocket LabやSpaceXのような企業が衛星を軌道に乗せ、無数の新規参入企業がそれに加わろうとしている(あるいは、より楽観的にいうなら、主導権を握ろうとしている)現在、宇宙産業は比較的過密状態にあるが、ベック氏はその混雑は解消されると予想する。

「達成している会社、達成しようとしている会社がどれなのかは、投資家にとってすぐに明らかになるでしょう。今、私たちは興奮の渦中にいますが、結局のところ、この業界と公開市場は実行力がすべてです。使えるものと使えないものはあっという間に分かれてしまうでしょう」とベック氏はいう。

ElectronからNeutronへ

Rocket Labの収益は主に小型ロケットの打ち上げ市場からのもので、Electronロケットでトップの座を獲得している。Electronは、高さはたったの約17.98メートル、直径はかろうじて約1.21メートルと、現在宇宙に飛ばされている他のロケットよりもはるかにサイズが小さい。同社は、ニュージーランドのマヒア半島にある民間の発射場と、バージニア州にあるNASAのワロップス島施設(実際のRocket Labのミッションはまだ行われていない)の発射台の2つの場所から打ち上げを行う。

Rocket Labは、Electronの第1段ブースターを再利用可能なものに移行する作業を行っている。同社は、パラシュートを使ってブースターの降下を遅らせる、新しい大気圏再突入と海への着水プロセスを導入しているが、最終的な目標はヘリコプターを使って空中でキャッチすることだ。

これまでのところ、Rocket LabとSpaceXが市場を独占してきたが、これはすぐに変わる可能性がある。AstraとRelativityはともに小型のロケットを開発している。Astraの最新のロケットは高さが約12.19メートルで、RelativityのTerran 1はElectronとファルコン9の中間で約35.05メートルとなっている。

そのため、Rocket Labが待望の(そして非常に謎めいた)Neutronロケットで中距離ロケットに事業を拡大しようと計画しているのも納得がいく。当社はNeutronの詳細を明らかにしておらず、ベック氏はSGFFの参加者に、公開されているロケットのレンダリング画像でさえも「ちょっとした策略」であると述べている(つまり、下の画像はNeutronの実際の姿とはほとんど似ていないということだ)が、高さはElectronの2倍以上、約8000kgを地球低軌道に送ることができると予想されている。

画像クレジット:Rocket Lab

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「業界の多くの人々が、さまざまな方法で私たちをコピーしているのを目にしています。だから、私たちはもう少し先を行ってから、自分たちが行った仕事を明らかにしたいのです」と彼はTechCrunchに説明した。

Rocket Labは、エレクトロンとNeutronが2029年までに打ち上げられると予想される衛星の98%を搭載できると予想しており、追加のヘビーリフトロケットは必要ないと考える。

同社はNeutronに加えて、宇宙船の開発にも着手している。その名もPhotonで、Rocket LabではElectronロケットに簡単に組み込める「衛星プラットフォーム」として開発を進めている。Rocket Labでは、Photonを使った月やその他の場所へのミッションをすでに計画している。まず、NASAのCAPSTONE(Cislunar Autonomous Positioning System Technology Operations and Navigation Experiment)プログラムの一環として、月周回軌道に乗せる。

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2021年8月初めには、火星への11カ月間のミッションに2機のPhotonが選ばれ、ベック氏はPhoton衛星を使って金星の大気圏に探査機を送るという長期計画を公に語っている。

Rocket LabはPhotonの他にも、宇宙船製造のスタートアップであるVarda Space Industriesと契約を結び、2023年と2024年に打ち上げる宇宙船を製造している。

Neutronは、宇宙飛行士を運ぶための一定の安全基準を満たすように、最初から人間が解読できるように設計されている。ベック氏は「宇宙飛行の民主化が進む」と確信しており、Rocket Labが将来的にそのサービスを安定して提供できるようにしたいと考えている。また、Rocket Labが将来的に着陸機や有人カプセルなど、他の宇宙船の製造にも進出するかどうかについては、ベック氏は否定的だった。

「絶対にやらないとは絶対に言わないです」と彼はいう。「これが、私が宇宙開発のCEOとしてのキャリアの中で学んだ1つの教訓です」。

画像クレジット:Rocket Lab

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(文:Aria Alamalhodaei、翻訳:Dragonfly)

メルセデス・ベンツが買収したYASAの革新的な新型モーターはEV業界を変える

革新的な「axial-flux motor(アキシャルフラックス、軸方向磁束)」モーターを開発した英国の電気モータースタートアップ企業であるYASA(かつてはYokeless And Segmented Armature、ヨークレス・アンド・セグメンテッド・アーマチュアという名称だった)が、Mercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)に買収されたのは2021年7月のことだった。この買収は、発表された情報が少なかったため、それほどマスコミの注目を集めたわけではなかった。しかし今後、YASAは注目する価値のある存在となるだろう。

2009年にオックスフォード大学からスピンアウトしたYASAは、メルセデス・ベンツの電気自動車専用プラットフォーム「AMG.EA」用の超高性能電気モーターを開発することになる。YASAは完全子会社として英国に留まり、メルセデス・ベンツの他、Ferrari(フェラーリ)などの既存顧客にもサービスを提供していく。また、YASAのブランド、従業員、施設、所在地もオックスフォードにそのまま残る。

YASAの軸方向磁束モーターは、その効率性、高出力密度、小型・軽量であることが、EV業界の関心を集めた。

対照的に、今日の市販EVでは「ラジアル」電気モーターを使った設計が一般的だ。テスラでさえラジアル型モーターを採用しているが、ラジアル型モーターは40年以上前のレガシー技術であり、技術革新の余地はほとんどない。

しかし、YASAのアキシャルフラックス型は、セグメントが非常に薄いため、それらを組み合わせて強力な単一のドライブユニットにすることができる。これによって、他の電気モーターに比べて重量は3分の1になり、より効率に優れ、出力密度はテスラの3倍にもなる。

YASAの創業者でCTO(最高技術責任者)を務めるTim Woolmer(ティム・ウールマー)氏は、電気モーターの設計にこのような新しいアプローチを考案した人物だ。TechCrunchは、同氏にインタビューして次の展開を探った。

TC:これまでの歩みを教えてください。

TW:私たちが12年前に始めた時の検討事項は「電気自動車を加速させよう」「電気自動車をより早く普及させるためにできることをしよう」というものでした。私たちは今、20年にわたる革命の10年目に入っています。10年後に販売される新車は、間違いなくすべて電気自動車になるでしょう。技術者にとって、革命の時代ほどエキサイティングなものはありません。なぜなら、そこで重要なのは技術革新のスピードだからです。私たちにとってエキサイティングなのは、革新を加速させることです。それこそがメルセデスとのパートナーシップで興味深いところです。

TC:あなたが考え出したモーターは、何が違っていたのですか?

TW:私が博士号を取得した当初は、白紙の状態から始めました。その時に考えたことは、10年後、15年後の電気自動車産業が必要とし、我々がそれに応えることができるものは何か、というものでした。それはより軽く、より効率的で、大量生産ができるものです。2000年代には、軸方向磁束モーターはあまり一般的ではありませんでしたが、軸方向磁束モーターの技術に新しい素材を使ったいくつかの小さな工夫を組み合わせることで、私はYASA(Yokeless And Segmented Armature)と呼ばれる新しい設計に辿り着いたのです。これは軸方向磁束型の軽量な配列を、さらに半分にまで軽量化したものです。これにはローターの直径が大きくなるという利点もあります。つまり、基本的にトルクは力×直径なので、直径が大きくなれば同じ力でもより大きなトルクを得ることができます。直径を2倍にすれば、同じ材料で2倍のトルクが得られるということです。これが軸方向磁束型の利点です。

TC:メルセデスによる買収は完了しましたが、次は何をするのですか?

TW:私たちは基本的に完全子会社です。メルセデスの産業化する組織力を活用していくつもりです。しかし、重要なことは、自動車業界で技術がどのように拡散していくのかを見ると、まずはフェラーリのような高級車から始まり、それから大衆車に降りてきて、そのあと大量生産されて拡がっていくということです。この分野において、メルセデスは産業化に関して世界的に進んでいる企業です。今回のパートナーシップの背景には、そのような考え方があります。

TC:ここから先は、他にどのようなことができるのでしょうか?

TW:私たちは、高出力、低密度、軽量なモーターで、スポーツ性能と高度な産業化を両立させることができます。それによって私たちは、あらゆることに対応できる類まれな立場にあります。

将来の計画については語ろうとしなかったものの、ウールマー氏が電気自動車と電気モーターの分野で注目すべき人物であることは確かだ。メルセデスによる買収後、YASAは下のようなビデオを発表した。

画像クレジット:Oxford Mail

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(文:Mike Butcher、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

【インタビュー】数学者が紐解く偽情報の世界

偽情報に誤報、インフォテイメントにalgowars(アルゴワーズ)。メディアの未来をめぐるここ数十年間の議論に意味があるとすれば、少なくとも言語には刺激的な痕跡を残したということだろう。個人の心理的状態や神経学的な問題から、民主主義社会についてのさまざまな懸念まで、ソーシャルメディアが我々の社会にもたらす影響に関するあらゆる非難と恐怖がここ何年もの間、世間を渦巻いている。最近Joseph Bernstein(ジョセフ・バーンスタイン)氏が語った通り「群衆の知恵」から「偽情報」へのシフトというのは確かに急激なものだったと言えるだろう。

そもそも偽情報とは何なのか。それは存在するのか、存在するとしたらそれはどこにあるのか、どうすればそれが偽情報だとわかるのか。お気に入りのプラットフォームのアルゴリズムが私たちの注意を引きつけようと必死に見せてくる広告に対して我々は警戒すべきなのか?Noah Giansiracusa(ノア・ジアンシラクサ)氏がこのテーマに興味を持ったのは、まさにこのよう入り組んだ数学的および社会科学的な疑問からだった。

ボストンにあるベントレー大学の教授であるジアンシラクサ氏は、代数幾何学などの数学を専門としているが、計算幾何学と最高裁を結びつけるなど、社会的なトピックを数学的なレンズを通して見ることにも興味を持っていた。最近では「How Algorithms Create and Prevent Fake News(アルゴリズムがフェイクニュースを生み、防ぐ仕組み)」という本を出版。著書では今日のメディアをめぐる課題と、テクノロジーがそれらの傾向をどのように悪化させたり改善したりしているかを探求している。

先日筆者はTwitter Spaceでジアンシラクサ氏をお招きしたのだが、何とも儚いTwitterではこのトークを後から簡単に聴くことができないため、読者諸君と後世のためにも会話の中で最も興味深い部分を抜き出してみることにした。

このインタビューはわかりやすくするために編集、短縮されている。

ダニー・クライトン:フェイクニュースを研究し、この本を書こうと思った理由を教えてください。

ノア・ジアンシラクサ:フェイクニュースについては社会学や政治学の分野で非常に興味深い議論がなされています。一方でテック系サイドではMark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏が「AIがすべての問題を解決してくれる」などと言っています。このギャップを埋めるのは少し難しいのではないかと感じました。

ソーシャルメディア上の誤報について、バイデン大統領が「誤報が人を殺している」と言ったのを耳にしたことがあるでしょう。このように、アルゴリズムの側面を理解するのが難しい政治家たちはこのようなことを話しているのです。一方、コンピューターサイエンスの専門家らは細部にまで精通しています。私は筋金入りのコンピューターサイエンスの専門家ではないので、その中間にいると言えるでしょう。ですから一歩下がって全体像を把握することが私には比較的簡単にできると思っています。

それに何と言っても、物事が混乱していて、数学がそれほどきれいではない社会との相互作用をもっと探究したいと思ったのです。

クライトン:数学のバックグラウンドを持つあなたが、多くの人がさまざまな角度から執筆しているこの難しい分野に足を踏み入れています。この分野では人々は何を正しく理解しているのでしょうか。また、人々が見落としているものとは何でしょうか。

ジアンシラクサ:すばらしいジャーナリズムがたくさんあります。多くのジャーナリストがかなり専門的な内容を扱うことができていることに驚かされました。しかし、おそらく間違っているわけではないのですが、1つだけ気になったことがあります。学術論文が発表されたり、GoogleやFacebookなどのハイテク企業が何かを発表したりするときに、ジャーナリストたちはそれを引用して説明しようとするのですが、実際に本当に見て理解しようとすることを少し恐れているように見えました。その能力がないのではなく、むしろ恐怖を感じているのだと思いました。

私が数学の教師として大いに学んだことですが、人々は間違ったことを言ったり、間違えたりすることをとても恐れています。これは技術的なことを書かなければならないジャーナリストも同じで、間違ったことを言いたくないのです。だからFacebookのプレスリリースを引用したり、専門家の言葉を引用したりする方が簡単なのでしょう。

数学が純粋に楽しく美しい理由の1つは、間違いなどを気にせずアイデアを試してみて、それがどこにつながっていくのかを体験することで、さまざまな相互作用を見ることができるということです。論文を書いたり講演をしたりするときには、詳細をチェックします。しかし数学のほとんどは、アイデアがどのように相互作用するかを見極めながら探求していく、この創造的なプロセスなのです。私は数学者としての訓練を受けてきたので、間違いを犯すことや非常に正確であることを気にかけていると思うかもしれませんが、実はそれはとは逆の効果があるのです。

それから、これらのアルゴリズムの多くは見た目ほど複雑ではありません。私が実際に実行しているわけではありませんし、プログラムを組むのは難しいでしょう。しかし、全体像を見ると最近のアルゴリズムのほとんどはディープラーニングに基づいています。つまりニューラルネットワークがあり、それがどんなアーキテクチャを使っているかは外部の人間として私にはどうでもよく、本当に重要なのは予測因子は何なのかということです。要するにこの機械学習アルゴリズムに与える変数は何か、そして何を出力しようとしているのか?誰にでも理解できることです。

クライトン:アルゴリズムを分析する上での大きな課題の1つは透明性の低さです。問題解決に取り組む学者コミュニティの純粋数学の世界などとは異なり、これらの企業の多くは、データや分析結果を広く社会に提供することについて実際には非常に否定的です。

ジアンシラクサ:外部からでは、推測できることには限界があるように感じます。

YouTubeの推薦アルゴリズムが人々を過激派の陰謀論に送り込むかどうかを学者チームが調べようとしていましたが、これは良い例です。これが非常に難しいのは、推薦アルゴリズムにはディープラーニングが使われており、検索履歴や統計学、視聴した他の動画や視聴時間など、何百もの予測因子に基づいているためです。あなたとあなたの経験に合わせて高度にカスタマイズされているので、私が見つけた研究ではすべてシークレットモードが使用されていました。

検索履歴や情報を一切持たないユーザーが動画にアクセスし、最初におすすめされた動画をクリックし、またその次の動画をクリックする。そのようにしていけばアルゴリズムが人をどこへ連れて行くのかを確認することができるでしょう。しかしこれは履歴のある実際のユーザーとはまったく異なる体験ですし、とても難しいことです。外部からYouTubeのアルゴリズムを探る良い方法は誰も見つけられていないと思います。

正直なところ、私が考える唯一の方法は、大勢のボランティアを募り、その人たちのコンピューターにトラッカーを取り付けて「インターネットを普段通り閲覧して、見ている動画を教えてください」と頼む昔ながらの研究方法です。このように、ほとんどすべてと言っていいほど多くのアルゴリズムが個人のデータに大きく依存しているという事実を乗り越えるというのはとても困難なことです。私たちはまだどのように分析したら良いのか分かっていないのです。

データを持っていないために問題を抱えているのは、私やその他の外部の人間だけではありません。アルゴリズムを構築した企業内の人間も、そのアルゴリズムがどのように機能するのか理論上はわかってはいても、実際にどのように動作するのかまでは知らないのです。まるでフランケンシュタインの怪物のように、作ったはいいがどう動くかわからないわけです。ですから本当の意味でデータを研究するには、そのデータを持っている内部の人間が、時間とリソースを割いて研究するしかないと思います。

クライトン:誤報に対する評価やプラットフォーム上のエンゲージメントの判断には多くの指標が用いられています。あなたの数学的なバックグラウンドからすると、こういった指標は強固なものだと思いますか?

ジアンシラクサ:人々は誤った情報を暴こうとします。しかし、その過程でコメントしたり、リツイートしたり、シェアしたりすることがあり、それもエンゲージメントとしてカウントされます。エンゲージメントの測定では、ポジティブなものをきちんと把握しているのか、それともただすべてのエンゲージメントを見ているのか?すべて1つにまとめられてしまうでしょう。

これは学術研究においても同様です。被引用率は研究がどれだけ成功したものかを示す普遍的な指標です。例えばウェイクフィールドの自閉症とワクチンに関する論文は、まったくインチキなのにも関わらず大量に引用されていました。その多くは本当に正しいと思って引用している人たちですが、その他の多くはこの論文を否定している科学者たちです。しかし引用は引用です。つまり、すべてが成功の指標としてカウントされてしまうのです。

そのためエンゲージメントについても、それと似たようなことが起きているのだと思います。私がコメントに「それ、やばいな」と投稿した場合、アルゴリズムは私がそれを支持しているかどうかをどうやって知ることができるでしょう。AIの言語処理を使って試すこともできるかもしれませんが、そのためには大変な労力が必要です。

クライトン:最後に、GPT-3や合成メディア、フェイクニュースに関する懸念について少しお話したいと思います。AIボットが偽情報でメディアを圧倒するのではないかという懸念がありますが、私たちはどれくらい怖がるべきなのか、または恐れる必要はないのか、あなたの意見を教えてください。

ジアンシラクサ:私の本は体験から生まれたものなので、公平性を保ちながら人々に情報を提供して、彼らが自分で判断できるようにしたいと思いました。そのような議論を省いて、両方の立場の人に話してもらおうと思ったのです。私はニュースフィードのアルゴリズムや認識アルゴリズムは有害なものを増幅させ、社会に悪影響を与えると思います。しかしフェイクニュースを制限するためにアルゴリズムを生産的にうまく使っているすばらしい進歩もたくさんあります。

AIがすべてを解決し、真実を伝えて確認し、誤った情報を検出してそれを取り消すことができるアルゴリズムを手に入れることができるというテクノユートピア主義の人々がいます。わずかな進歩はありますが、そんなものは実現しないでしょうし、完全に成功することもありません。常に人間に頼る必要があるのです。一方で、もう1つの問題は不合理な恐怖心です。アルゴリズムが非常に強力で人間を滅ぼすという、誇張されたAIのディストピアがあります。

2018年にディープフェイクがニュースになり、GPT-3が数年前にリリースされた際「やばい、これではフェイクニュースの問題が深刻化して、何が真実かを理解するのがずっと難しくなってしまう」という恐怖が世間を取り巻きました。しかし数年経った今、多少難しくなったと言えるものの、予想していたほどではありません。主な問題は何よりも心理的、経済的なものなのです。

GPT-3の創造者らはアルゴリズムを紹介した研究論文を発表していますが、その中で、あるテキストを貼り付けて記事へと展開させ、ボランティアに評価してもらいどれがアルゴリズムで生成された記事で、どれが人間が生成した記事かを推測してもらうというテストを行いました。その結果、50%に近い精度が得られたと報告されています。すばらしくもあり、恐ろしいことでもありますね。

しかしよく見ると、この場合は単に1行の見出しを1段落の文章に展開させたに過ぎません。もしThe Atlantic誌やNew Yorker誌のような長文の記事を書こうとすると、矛盾が生じ、意味をなさなくなるかもしれません。この論文の著者はこのことには触れておらず、ただ実験をして「見て、こんなにも上手くいったよ」と言っただけのことです。

説得力があるように見えますし、なかなかの記事を作ることは可能です。しかしフェイクニュースや誤報などについて言えば、なぜGPT-3がさほど影響力がなかったかというと、結局のところそれはフェイクニュースがほとんどクズ同然だからです。書き方も下手で、質が低く、安っぽくてインスタントなものだからです。16歳の甥っ子にお金を払えば、数分で大量のフェイクニュース記事を作ることができるでしょう。

数学のおかげでこういったことを理解できるというよりも、数学では主に懐疑的になることが重要だから理解できるのかもしれません。だからこういったことに疑問を持ち、少し懐疑的になったら良いのです。

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画像クレジット:Valera Golovniov/SOPA Images/LightRocket / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

分身ロボット「OriHime」開発者が「テレワークで肉体労働」に挑戦したワケ

オリィ研究所所長吉藤オリィ氏

OriHimeは病気や子育て、単身赴任などで行きたいところに行けない人が使う「分身ロボット」だ。最近では、カフェでの接客・運搬や展示会の案内に適したOriHime Porterがモスバーガーの実証実験で導入され、接客用OriHime Dを活用した実験カフェ「分身カフェDAWN version β」がアップデートを重ね、初めて常設店としてオープンしている。OriHimeのパイロット(操作者)には自室から出ることが難しいALS患者などがおり、障がい者雇用の観点からも注目されている。ロボットを使ったテレワークは働き方をどう変えるのか。どんな可能性が生まれるのか。OriHimeを開発、運用するオリィ研究所 所長 吉藤オリィ氏に話を聞いた。

オリィ研究所は「ロボットの会社」なのか?

OriHimeはオリィ研究所が開発した分身ロボットだ。リモートワークに適したOriHime Biz、カフェでの接客、展示会の説明、受付 / 誘導に適したOriHime PorterやOriHime Dなどがある。

OriHime Biz

OriHimeの操作者はパイロットと呼ばれる。パイロットは自宅などの遠隔地からiPad / iPhoneを通して職場にあるOriHimeを操作する。OriHimeにはカメラがついており、パイロットは職場の状況を見ながら、職場で働く同僚とマイクを使って話すことができる。

「遠隔で話す」というと、最近ではオンライン会議システムをイメージする人も多いだろうが、OriHimeはオンライン会議システムと違い、パイロット側の顔や動作を見ることはできない。その代わり、パイロットはOriHimeを操作してOriHimeの顔や手を動かし、ボディランゲージを伝える。

ここまで読んで「オリィ研究所はロボットの会社だ」と思う人もいるかもしれない。しかし、吉藤氏は「当社はロボット会社ではありません。孤独を解消するためのツールを提供し、研究する会社です」と断言する。

吉藤氏は自身が小・中学校で不登校を経験し、子どもの頃には入院も経験した。「孤独」を感じることが多く「孤独」は「人生の問い」のようなものだったという。

「不登校や入院の状態にある時、多くの人は『自分の居場所がない』と感じます。自分の居場所がないと、誰かとコミュニケーションをとったり、誰かの役に立つこともありません。人の役に立てなければ自己肯定感も湧きませんわきません。人は孤独になると死にたくなることだってあります。でも孤独な人はコミュニケーションが苦手だったり、何らかの理由でコミュニケーション自体が難しいわけです。目が悪い人には眼鏡があります。足の悪い人には車椅子があります。コミュニケーションが難しい人にはどんなツールが必要でしょうか?この問いから、私はOriHimeを開発しました」と吉藤氏は語る。

吉藤氏は「OriHimeは着ぐるみのようなもの。だからこそパイロットはコミュニケーションに前向きになれる」ともいう。

OriHimeのパイロットにはALS(筋萎縮性側索硬化症)、筋ジストロフィー、SMA(脊髄性筋萎縮症)、脊髄損傷などの重度障害を持つ寝たきりの人もいる。そうした人が初対面の初めて会う人と対面で話したり、逆に寝たきりの人に慣れていない人が寝たきりの人と対面でコミュニケーションをとると、お互いに構えてしまうところがある。しかし、OriHimeを通すと、パイロットは自分の姿を直接見られない。「自分がどう見えているのか」を気にせずコミュニケーションをとることができる。パイロットではない方は、パイロットのバックグラウンドを気にせず、パイロットとのコミュニケーションの内容そのものに集中できる。

「いつも真面目に怖い顔をしている人でも、かわいいキャラクターの着ぐるみに入ってしまえば、やたらとかわいい仕草ができたりしますよね。それと同じで、OriHimeを通すと自分のいろいろなブレーキを外してコミュニケーションがとれるんです」と吉藤氏は説明する。

ここまで読んでわかるように、OriHimeはあくまで「外側」「分身の体」だ。OriHimeの中身は人間、つまりパイロットでなければいけない。これは最近のデータ活用やAI活用といった「情報を活用してコンテンツを作り、ビジネスを行う」流れとは異なるように見える。

吉藤氏は「OriHimeはコミュニケーションを補助し、人と繋がり、孤独を解消するためのロボットです。確かに、AI技術がものすごく進化すればAIと友達になって孤独を解消できるかもしれません。あるいは、AIを介して人間と友達になれるかもしれない。でも、それは現段階ではできないことです。今AIに褒められてもうれしくないし、自己肯定感には繋がりません。だからOriHimeの中身は人間でなければいけないのです」と人間の重要性を強調した。

遠隔で働くのに「体」は必要なのか?

「遠隔で働く」だけなら、オンライン会議システム、チャット、メール、電話など、さまざまな方法がある。OriHimeのような「物理的な分身」「アバター」を職場に置く必要はない。分身が職場にあると何が変わるのだろうか。

吉藤氏は「『体が同じ空間にある』ということは『一緒に何かをする』という感覚と密接に結びついています」という。

OriHime D

例えばある人が1人でショッピングに行って、その間ずっとショッピングの状況をスマホで撮影しながら実況し、家で寝ている病気の家族と話ことができる。しかし、その人がOriHimeと一緒にショッピングに行って、病気の家族がパイロットとして同行したらどうだろう。おそらくこちらの方が「一緒にショッピングをしている」感覚が強くなる。

実は、物理的な分身にはもう1つの側面もある。就業のハードルを下げることだ。

障がい者、特にOriHimeのパイロットに多い寝たきりの人は、移動が難しい。「それならテレワークをすればいい」と考える人もいるだろう。しかしテレワークは基本的にデスクワークだ。多くのデスクワークには一定の学校教育のバックグラウンドとコミュニケーション能力が必要だ。

しかし、寝たきりの人にはそもそも教育へのアクセスに限りがある。小学校、中学校、高校、大学など「学校に通う」「教室を移動する」ことが難しい。さらに、コロナ禍の今でこそオンライン教育は珍しくなくなったが、それまでは選択肢が限られていた。つまり、寝たきりの人は、教育にアクセスするハードルが高いため、デスクワークに必要な教育を受けてこられなかった人もいるのだ。

OriHime Porter

また、学校や部活動、アルバイト、職場で得られるコミュニケーション経験も得ることが難しい。教育やコミュニケーション経験が少ない人はデスクワークの就業が難しく、したがってテレワークで働くことが非常に難しいのだ。

「当社で秘書として働いていた番田という者がいるのですが、彼がまさにそういう状況でした。デスクワークをしたいが、それに必要な教育やコミュニケーションの場にアクセスできなかったんです。そこで番田と考えたところ、肉体労働であれば就業のハードルが低いのではないかという結論に至りました。『テレワークで肉体労働ができないか?』その問いから、接客や食べ物・飲み物を運ぶ仕事をOriHime PorterやOriHime Dなど、大型のOriHimeでテレワーク化することに繋げました」と吉藤氏は振り返る。

「人助け」ではなく「一緒にミッションを背負う」

吉藤氏は「OriHimeプロジェクトは障がい者とのとの共創で進んできた」と語る。OriHimeの開発、改善のプロセスで障がい者のある友人とコミュニケーションをとり、彼らが困っていることの解決に努めたからだ。

「OriHimeのビジネスは『人助け』に見えるかもしれませんが、そうではありません。まず最初に、OriHimeは私自身の孤独の問題に対する1つの答えです。孤独に苦しんだ自分が、かつて苦しんだ自分を救うために作ったものです。そして私はOriHimeという選択肢を次世代に残したいのです」と吉藤氏は強調する。

さらに、OriHimeは「障がい者を助けるためのプロジェクト」でもないという。

吉藤氏は「寝たきりの人たちは、人と繋がるための最初のステップのサポートを必要としているかもしれません。ですが、それは『いつまでもずっと助けて欲しい』という意味ではありません。多くの障害のある人たちは自立したいのです。それはOriHimeの開発過程でも同じでした。OriHimeの開発に関わった障害のある友人たちは、次の世代の自分と似た境遇にいる人々を助けるために私と一緒に研究をしてくれました。ALS患者の友人は『こういう体に生まれてきたからこそ残せるものがあるなら、私の人生に意味がある』と言っていました。私は『OriHimeで障がい者を助けている』のではなく、『OriHimeという共通のミッションを障がいのある友人たちと背負っている』のです」と話す。

脱「機能」、脱「効率」で経済的自立へ

オリィ研究所は6月から日本橋に「分身カフェDAWN version β」(以下、分身カフェ)を常設で開いている。これはALSなどの難病や障害で外出困難な人々がパイロットとしてOriHime、OriHime-Dを遠隔操作し、スタッフとして働く実験カフェだ。元々は期間限定の実験としてスタートし、これまで4回開催されてきた。今回は常設店として初の開店となる。

分身カフェDAWN version β

その他にも、群馬県庁にあるカフェ「YAMATOYA COFFEE32」でOriHimeが、モスバーガー大崎店ではOriHime Porterが期間限定であるが活用されている。

外出が難しい人々の就業の機会創出の手段としてOriHimeが活用されているわけだが、パイロットはこうしたカフェで経済的に自立できるのだろうか。

吉藤氏は「パイロットの経済的自立は重要なテーマです。オリィ研究所が直接マネジメントする分身ロボットカフェでは東京都の最低時給以上を出せています。ただ、これまでは3週間程度のイベントでこの水準を保ってきました。次の課題は常設カフェとして同じ結果を出せるかどうかです」と力を込める。

分身ロボットカフェでの利益追求には戦略が重要になる。遠隔操作のOriHimeを使う時点で「安さ」「速さ」での戦いは不可能だからだ。

「分身ロボットカフェでは、効率と機能を追求しているわけではありません。食べ物・飲み物を速く安く提供するのであれば、自動販売機やファストフードと競合しないといけません。ですが、私たちが目指すのは『パイロットと話す体験』というエンターテインメントです」と吉藤氏は説明する。

実は、分身カフェには思わぬ効果もあった。接客に当たっていたパイロットが客として来ていた有名企業の人事担当者にヘッドハンティングされたのだ。

「障がい者雇用促進法は、企業に障がい者を雇用することを義務付けていますが、法定雇用率に達していない企業も数多くあります。このような企業にとって、分身カフェは障害を持つOriHimeのパイロットと出会う接点になり得ることがわかりました」と吉藤氏は振り返る。

また、島根県に住むあるパイロットは、障害が重く、部屋から出られない。しかし、大阪のチーズケーキ店でOriHimeパイロットとして販売に従事。さらに東京の分身カフェでもOriHimeを使って働いている。ある日、このパイロットと仲良くなった東京の顧客が大阪のチーズケーキ店を訪れ、そこでチーズケーキを買ったという。

「店員が客のいる店に来て働くのではなく、客が店員のいる店に行くというおもしろい流れが生まれました」と吉藤氏。

障害者雇用の可能性を各方面で広めているOriHimeだが、吉藤氏は今後どんな展開を目指しているのか。

「これまで部屋を出られなかった人たちは『オンラインで勉強すればいい』『遠隔で働けばいい』と言われてきました。ですが、今、コロナを経験し、『その場にいること』『その人と一緒にいること』の大切さがわかった人も増えたと思います。部屋を出られない寝たきりの人たちは、ある意味でニューノーマルの大先輩だったわけです。部屋から一歩も出られなくなった時、『OriHimeを使って外で働きたい』と思ってもらえるようにすること。分身ロボットカフェを常設にして長期運用し、パイロットが継続的に働けるようにすることが直近の目標です。コロナが終わったら、OriHimeを使ったスナックも挑戦したいです。部屋の中から、ベッドの上で、目や指を使ってパイロットがOriHimeを通して接客することを、もっと身近にしたいですね」。

吉藤氏はそう語り、インタビューを後にした。

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バーチャルSNS「cluster」キーパーソンと建築家小堀哲夫氏に聞く「バーチャルはリアルを変えるのか」

コロナ禍による三密回避の影響もあり、バーチャル空間でのコミュニケーションやイベント開催に注目が集まっている。クラスターは、スマホ、PC、VR機器からバーチャル空間にアクセスし、ユーザー同士で集まったり遊んだりするバーチャルSNS「cluster」を提供する企業だ。同社はデザイン戦略を明確化するため、5月にデザインエバンジェリストとして有馬トモユキ氏を迎えた。そこで、学校や研究所、旅館など、大規模建築物を設計しながら「人間がもっともクリエイティブになれる空間」を追求する建築家小堀哲夫氏と有馬氏、同社クラスタープラットフォーム事業部クリエイターコミュニティチーム所属DevRelディレクター福田晃司氏に「バーチャル空間」という新しい空間の可能性について聞いてみた。

バーチャル空間はどんな世界?

clusterはユーザーが交流したり、ゲームをしたり、企業がイベントを開催するバーチャル空間だ。バーチャル空間といえばゲーム空間とほぼ同義だった時期もあるが、近年では個人も企業も多様な用途を見出し、活用しようとしている。

クラスターデザインエバンジェリスト有馬トモユキ氏

クラスターでデザインや体験設計を行う有馬氏は「最近ではバーチャル空間の中で『生活』している人もいます」と話す。

わかりやすい例が「VR睡眠」だ。バーチャル空間の中でユーザーが集まり、ヘッドマウントディスプレイをつけたまま、同じバーチャル空間の中で寝る。その他にも、例えばclusterの中にバー空間を作り、そこでバーテンダーとして他のユーザーと交流するクリエイターもいる。

VR睡眠(画像クレジット:与八尋、ワールド制作:のほほ)

他のユーザーと睡眠するにしても、バーで雑談するにしても、ユーザーが特定の行動をバーチャル空間で行うには、そのための空間が必要だ。clusterではこの「空間」を「ワールド」と呼ぶ。

cluster内のワールド「BAR GEKKO/バー月光」(ワールド制作:高千穂マサキ)

福田氏は「ワールドが多ければ多いほど、ユーザーの体験の幅が広がります。clusterでは、ユーザーが自力でワールドを構築できるので、多種多様なワールドが日々生まれています。逆にいえば、clusterの豊かさはワールドを作るクリエイターはもちろん、イベントを開催する方やそこに遊びに来る方、生活している方などあらゆるクリエイターに支えられています。そのため、クリエイターのサポートが重要です」と話す。

クラスタープラットフォーム事業部クリエイターコミュニティチーム所属DevRelディレクター福田晃司氏(アバター)

一方、小堀氏は「私は建築家なので、設計するときに物理的な制限を受けます。敷地面積はどうなのか、その土地と条件ではどれくらいの高さの建物が許容されるのか、などを考慮して建物を計画しなければいけません。なので、クリエイターが距離やサイズに囚われることなく、制約を受けずに自由にワールドを作れるという環境が魅力的に思えます」と語る。

建築家の小堀哲夫氏

ペルソナの使い分け

コロナ禍になってから、clusterのようなバーチャル空間の活用とまでいかなくとも、学校教育のオンライン化やテレワークの拡大など、より広義な「リアル(物理空間)」と「バーチャル(オンライン空間)」の間を行ったり来たりする人が増えた。

小堀氏は「私は仕事柄、学校や企業に関連する施設を設計するのですが、オンラインの方が効率よく学べる学生や、オンラインの方が生産的に働ける会社員が増えてきています」という。

「もちろん、教室で先生や他の学生とコミュニケーションを取りながら学ぶ方が得意な学生はいます。しかし、それが苦手な学生はオンラインで他の参加者と距離を保ちながら学んだ方が効率が良い場合もあります。これは『どちらの方が本当の自分に近いのか』という問題です。コミュニケーションする自分が本当の姿に近いなら、リアルな教室の方が勉強に集中できるでしょうし、そうでないなら、人との関わりが少ないオンラインの方が勉強に集中できる。会社員でも、上司から物理的に離れていたほうが仕事の効率が上がる人がいるでしょう。コロナ禍で人々が離れ離れになっていることが問題視されていますが、本当に必要なのは『リアルな場所』と『バーチャルなオンライン』を柔軟に使い分けることでしょうね」と小堀氏はいう。

有馬氏は小堀氏の指摘を聞き「ペルソナの使い分け」という観点に言及する。

「例えば、Facebookは『モノペルソナ』を前提にしています。つまり、『ネット上のペルソナ=リアル空間のペルソナ』というのが前提です。基本的に本名での運用を推奨しているのもそれが理由ですね。しかし、最近では『ペルソナの使い分け』も一般化しています。代表例がTwitterの複数アカウントの使い分けです」と有馬氏。

つまり、リアルな教室での学生は『教室でのペルソナ=リアル空間のペルソナ』のモノペルソナに近い状態にあり、オンラインの学生は、『オンラインのペルソナ』を選択する『ペルソナを使い分けている状態』に近い。

バーチャル空間でユーザーが自身のペルソナをどう扱うのか。これは今後注目すべきバーチャル空間の側面かもしれない。

アバターとペルソナの組み合わせ

では、ペルソナとそれを収める器の組み合わせはどう考えるべきか?この器はリアル空間では「肉体」であり、バーチャル空間では「アバター」となる。

有馬氏は「本当にリアリティのあるアバターを作るにはどうしたら良いのか?例えば身長170cmの男性がいたら、同じ身長のアバターを作ればいい。ですが、実際のバーチャル空間では、こうした男性が身長158cmのアバターを使うこともできます。そうすると、バーチャル空間の中の多くのものがリアル空間のものよりも大きく感じられます。見える世界が変わり、新しい価値観にも出会えるかもしれません」とアバターとペルソナの組み合わせの重要性を指摘する。

cluster内のワールド「BAR GEKKO/バー月光」に立つ有馬氏のアバター(ワールド制作:高千穂マサキ)

さらに、バーチャル空間におけるアバターとペルソナの組み合わせには、もう1つ別の側面がある。アイデンティフィケーションだ。つまり、バーチャル空間では、特定のデザインのアバターにユーザーのペルソナが備わることで「このアバターはAさん」と認識される。言い換えれば、まったく同じデザインのアバターが2体あったとしても、その中のペルソナは別々なので、どちらがAさんなのかはコミュニケーションを通して判別できる。この理屈はリアル空間でも通じる。双子のように見た目がまったく同じ人が2人いても、ペルソナが異なればコミュニケーションをとることで判別できる。

しかし有馬氏は、バーチャル空間のアイデンティフィケーションはさらに進化する可能性があるという。

有馬氏は「私の知人のVRクリエイターはあるとき、アバターの影をプログラムしました。ですがこの影、アバターの動きに100%忠実に作られていませんでした。このクリエイターは自分の好きなエフェクトを影につけたんです。つまり、このクリエイターのアバターの影は他のアバターの影と同じにはなりません。これは、影がアバターの個性になりえることを示しています。バーチャル空間のアイデンティフィケーションは、アバターでもペルソナでもない、あらゆるもので可能なのです」と語る。

小堀氏は「人間は鏡で自分の姿を見ると、『これは自分の分身だ』と認識しますが、動物はそれができません。人間は鏡に映る自分やアバターに自分を投影し、外から『自分』を認識することができます。しかし、自分を投影するアバターには匂いも温度もありません。本来、人間は自分や他人の匂いや温度から、誰が敵で誰が味方なのかを見極めます。ですが、アバターではそれができません。アバターは人間の代理の身体なのに、身体性から逸脱しているのです。今後バーチャル空間を活用するなら、その逸脱の意味を考える必要がありますね」と話す。

バーチャル空間はリアル空間を超えるのか?

ここ数年、VRヘッドセットを使ったコンテンツが進化し、バーチャル空間を使ったコミュニケーション、イベント、さらには商業活動が活発化し、バーチャル空間に対する期待が高まっている。これはバーチャル空間に関わる企業にもユーザーにもうれしいことではあるが、有馬氏と福田氏は危機感も覚えている。

「先ほど、バーチャル空間で生活する人も出てきていると話しました。ですが、それがすぐに当たり前になったり、SF映画のようにバーチャル空間がリアルな空間以上に重要になるか、というと今すぐそうなるわけではありません。そんな日も来るかもしれませんが、現時点でのバーチャル空間の開発環境は、3Dゲームの開発環境とほぼ同じで、バーチャル空間の進化に求められている要件と必ず一致するとも限らない。なので、そういう未来的なバーチャル空間を今期待すると、方向を見誤ることになるでしょう」と有馬氏。

では、バーチャル空間の利用が一般化するまでには、どんなフェーズが必要なのだろうか。

有馬氏は「バーチャル空間の進化はリニアには進みません。階段のように、ある場所でドンと進み、また次のどこかの段階でドンと進みます」と話す。

福田氏は「さまざまな試行錯誤が必要です。将来的にはリアルとバーチャルを分ける意味がなくなり、3次元データ(空間)が共通のメディアになると思います。そのため、そこから先に進化するには、リアルの建築設計のようなバーチャル空間の開発技術やゲーム技術とは異なる知見も必要になります。多様なワールドを作るには、多様な知識と世界観が必要だからです」という。

小堀氏は「例えば、リアルな空間の建築で絶対に使えない素材のものがあるとして、それを使ってバーチャル空間で建物を建てたらどんな可能性があるのでしょうか?」と質問した。

有馬氏は「継ぎ目のない和紙で1つのワールドを作ってみたとしましょう。もしかしたら、それを建築家の方が見て、『普通の設計だと和紙で建物は建てられないけれど、この方法ならできるかもしれない』とインスパイアされ、従来の建築とは異なる形で和紙の建物ができるかもしれません。そういうバーチャル空間とリアル空間の相互作用が、リアルとバーチャルを同時に進化させるのではないでしょうか」と語った。

リアルとバーチャルの同時進化、いつ目にすることができるのか楽しみだ。

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カテゴリー:VR / AR / MR
タグ:clusterVR日本インタビュー

画像クレジット:cluster

ソフトもハードも開発するIoTスタートアップobnizインタビュー、第2回目TC HUBイベントレポート

2021年3月に開始したスタートアップとその支援組織、そしてTechCrunch Japan編集部をつなぐSlackコミュニティ「TC HUB」。人気記事の登場企業をゲストに、Startpassの小原氏がモデレーターとしてインタビューをしていく第1回イベントは2021年5月に開催されたが、その第2回が同年7月30日に開催された。今回もバーチャルコミュニケーションプラットフォームのoVice上での開催となり、セッション後にはゲストを交え、参加者同士の交流が行われた。

今回ゲストは、こちらの人気記事に登場するobnizのCEOである佐藤雄紀氏と共同創業者の木戸康平氏。2人とも小学生の頃からプログラミングやハードウェア開発に取り組み、早稲田大学創造理工学部総合機械工学科で出会い、在学中にiPhoneアプリ「papelook」を開発。アプリは1000万ダウンロードを達成している。卒業後は各々別の仕事をしていたが、2014年に同社を共同創業している。obnizは「すべての人にIoT開発の機会を」を使命に掲げ、専用クラウド上でプログラミング、そしてデバイスや対象物の管理・操作まで対応できるIoT開発サービスを提供している。ソフトウェアとハードウェアそれぞれの開発に携わり続けてスタートアップするに至った2人に小原氏がインタビューを通して起業家へのヒントとなるポイントを探った。

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お互いの得意と苦手を補完する2人の共同創業者

第2回目もバーチャルコミュニケーションプラットフォームoVice上で行われた

11歳でプログラミング解説をするウェブサイトをリリースし、高校卒業後には漫才師を目指して吉本興業12期生として活動したという異色の経歴の佐藤雄紀氏。彼の強みは、常識にとらわれずに、人と違う視点を持って考えるようにしているところにあるという。しかしながら、佐藤氏はチームで物事を進めることは苦手としている。一方、木戸康平氏は佐藤氏の意図を汲み、他のメンバーに理解してもらえるよう咀嚼し潤滑油の役割を得意とする。共同創業者の2人は良い補完関係にあるといえるだろう。

2人とも幼少期からソフトウェアやハードウェアに取り組んできている。木戸氏は「自身が気になっている分野をまさにobnizでドッグフーディングできると考え、共同創業者としてジョインした」と語る。立ち上げ当初は資金も人もなかなか集まらず苦労したそうだが、2人の専門性や相性、佐藤氏のオウンドメディアが築いてきた信用などが創業期を支えた。

逆転の発想で作ったIoTプロダクト

2014年11月に設立され、2018年4月に公式デバイスの販売を開始したobnizは、現在に至るまでどのような変遷をたどったのだろうか。

obnizは「obnizOS」が搭載されたさまざまなタイプのデバイスを提供、同社サービスを使えば専用クラウド経由で簡単にIoTが始められるようになっている。操作する半導体チップ自体は従来さまざまなモノに埋め込まれていたが、PCやスマートフォンを皮切りに、家電やクルマなどに搭載されたチップが次々とインターネットに接続され、IoTは広く知られるようになっていった。「Wi-Fi接続用チップが安価で購入できるようになり、ウェブ専門エンジニアがアプリに着手してみるきっかけも増えた。このIoTのラストワンマイルを汎用的にしていくのがobniz。ソフトウェアだけでなく電子回路も触って欲しいという気持ちから、『object』+『-nize』ということで『obniz』と名付けました」と佐藤氏は語る。

何故、obnizはハードウェアも提供するのか。PCやスマホの方が先に普及しているのだから、一般的に考えると家電を便利にするならば、その家電にスマホの機能を搭載すればいいという発想になる。しかし、ON / OFF程度しか求めない家電にスマホレベルの機能は過剰だ。「そこで専用ハードウェアを開発することにしたのです。またソフトウェアを書き込んでもらうこと自体も参入ハードルを上げてしまうので、クラウドサービス込みのモノの販売という現在の形にたどり着きました」と佐藤氏はいう。

「obnizOS」を搭載した「obniz Board」シリーズ

グローバルでの展開を視野に入れつつ、まず2017年12月に「obniz Board」でKickstarterでのクラウドファンディングに挑戦。世界で160万円を集めプロジェクトは成功するも、人脈頼りの集金には限界があり、大きな売上げが立つようになったのは、2018年5月以降に電子回路販売サイトなどの販路を確保してから。その後の事業拡大にともない、支払いサイトの影響によるキャッシュフロー悪化を回避するため、同年11月にはUTECから約1億円を調達した。

前に進むたびに課題に直面し、チームワークでそれを乗り越えてきたobniz。佐藤氏は「自分もまだ成功フェーズにいないので大きなことを言える立場ではないが、挑戦したいことがある人は、優柔不断でもいいからぜひやってみて欲しい」と語る。木戸氏も「自分はプロダクトマーケットフィットを重要視して事業に取り組んでいるが、常に広い視野を心がけている。スタートアップをするときは、特定の技術や分野に特化することが多いと思うが、既存概念にとらわれずぜひ柔軟な発想をしてみて欲しい」とスタートアップにエールを送った。

TC HUBのサポーターにJETROがジョイン

また、今回のイベントでは、サプライズとしてJETROスタートアップ支援課も参加も発表された。日本企業の海外展開を支援する同社だが、グローバル・アクセラレーション・ハブの提供や海外展示会出展支援など、さまざまなプログラムを展開する。今後、TC HUB内には専用窓口チャンネルが設置され、コミュニティ内のスタートアップが気軽に申し込みや相談ができるようになる。

TC HUBでは今後も多様なイベントやサポートを予定している。関心のある方はこちらから。

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カテゴリー:イベント情報
タグ:TC HUBobnizIoT日本インタビュー

ヴァージン・ギャラクティックのマイク・モーゼス社長が語る、成長を続ける同社の次なる展開

先にVirgin Galactic(ヴァージン・ギャラクティック)初となる無料乗客が創業者兼CEOのRichard Branson(リチャード・ブランソン)氏とともに宇宙へと飛び立った。打ち上げの後、筆者は同社社長のMike Moses(マイク・モーゼス)氏に話を聞く機会を得た。同氏は今回のオペレーションについて、またテスト飛行から商業飛行への移行計画についてまで細部にわたって精通している人物である。

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不運なことに筆者のレコーダーが故障してしまったのだが、モーゼス氏は週明けに電話での対談を快く引き受けてくれ、次世代のスペースプレーンや同社が投資すべき分野などについて、再び話をしてくれた。以下にその内容をご紹介したい(このインタビューはわかりやすくするために編集されている)。

TC:まず初めに、テストフライト段階で今後まだ何を検証すべきなのか、そしていつ頃テストフライト段階が完了する予定かについて教えていただけますか?

モーゼス氏:現在私たちが行っている一連のテストフライトは、リチャードが乗ったフライトがその第一回となりましたが、空力特性や軌道、ハンドリングの質の調査などの従来の安全運航範囲テストから、機内での体験やトレーニング手順、後部座席の人々のためのハードウェアや彼らの体験を検証するという、より運用面を重視した点検へとシフトされたものです。

そのため製品の主要なマイルストーンや機能を実証するとともに、機内での体験を繰り返し向上させて最適化するため、具体的には3回のフライトを予定しています。ただし当然、これはあくまでも概念的な予定であり、スケジュールや数字は結果次第で変わります。うまくいけば3回のフライトで済むと思いますが、もしさらに調整が必要なら、学びに基づき必要に応じて追加していくことになるでしょう。

リチャードとクルーが前回のフライトから戻ってきた後に得られた結果によると、課題はいくつかあることがわかったものの、すべてはほぼ満足のいくものでした。

2021年の夏から夏の終わりにかけてこの一連のフライトを行う予定です。その後、前回の決算説明会で発表したように「改造段階」に移行して母船とスペースシップのアップグレードを行い、商用サービスに備えていく予定です。ここでの主な目的は、飛行頻度を向上させるための検証を行うことです。現時点のテストではすべてにおいて慎重になっているため、かなりゆっくりとしたペースで飛行しています [ここでいうペースとは速度ではなく、頻度のことである]。今後はそれを解消していきたいと考えており、そのためにはいくつかの変更が必要になります。改善点も把握しているものの、テストフライトを正式に終了する時期については、具体的には決めていません。

TC:スペースポートでお話しした際、クルーからはまだ正式な体験報告を受けていないとおっしゃいました。今ならリチャードやシリハ、そして実際に行った全員からのコメントについてもう少し情報があるのではないかと期待しているのですが、何か具体的なフィードバックはあったのでしょうか?

モーゼス氏:現在、まさにフィードバックや報告を受けている最中です。ご想像の通り、確認しなければならないデータが山積みです。そういったデータの中には機内に設置した16台のビデオカメラを同期させて、どこで何が起こっているかを確認し、ライブノートやフィードバック、それにともなうオーディオトラックと組み合わせるといった簡単なものもあります。確実に情報を集めていますが、現時点で公開できるようなリストはありません。みなさんには随時お知らせしていきたいと思います。

着陸後の同日も後日も、大まかな感想は「すべては最高だった」でしたね。これは科学的な答えではないですし、科学的な答えが必要なので、報告作業を進めさせるつもりです。

画像クレジット:Virgin Galactic

TC:「改造段階」について触れられていましたが、Unityはいわばプロダクションプロトタイプですね。最初の製品ラインとして、何か特別な維持管理があるのかどうか教えてください。

モーゼス氏:デザインや構造上、特別な手入れが必要な部分はありません。しかしテスト機体として、また我々にとっての最初の製品としてこの機体には特別な注意を払っています。定期的な点検はもちろんのこと、問題が見つかった場合にはテストを行い、寒さや負荷、ストレスの中でシステムがどのように機能するかなど、未知の部分がないということを本当に把握できているかどうかを確認するため、常に目を光らせています。

一連の測定を行い、設計範囲に基づいて機体がどのように動作したかを確認します。そして、設計範囲の限界に近づいたらモデルや予測が正しいかどうかを検証するために追加の検査を行います。この点では、新しい航空機の開発で最初の試作品を作るときに、保守点検プログラムを構築するのとよく似ています。つまり極めて保守的なものです。そして使っていくうちに、ポジティブなフィードバックに基づいて、その保守性を引き出していくのです。

しかし全体的に見ると、たしかにUnityには特別な注意を払っています。そして次の機体には、その一部が反映されていることでしょう。「次の機体では、毎回じゃなくて5回に1度くらいしか見なくてもいいようにこれを変更しよう」というように、私たちはすでにたくさんのことを学んでいます。

TC:以前お話を伺ったときに、少なくとも論理的にはUnityには数百回のフライト数を期待しているとおっしゃっていたと思います。

モーゼス氏:そうですね、何百回かはフライトが可能だと思います。ある程度の寿命を想定して設計し、それに合わせてテストを行ってその後はいつでも延命措置を取ることができます。4万回ではなく1万回のサイクルを行い、1万回の寿命に近づいたら、また戻ってきて他のサイクルを行うというようなこともできます。そしてさらに追加する、という具合です。「崖から転げ落ちる」ような寿命を持つ部品はあまりありません。

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TC:後継機や量産機には改造がいくらか施されるとのことですが、些細なことから大きなことまで、どのような違いがあるのでしょうか?機体の重量がいつ分かるかなど、そういったことを教えてください。

モーゼス氏:すでに機体の重量は決まっており、基本的には工場での大規模な組み立てから地上試験へと移行するロールアウトも完了しています。全システムが設置されたのでこれから地上での統合テストが始まり、コンピュータシステムやフライトコントロールシステムの点検などを行います。まだ地上にいて、飛べる状態ではありませんが、私たちはその統合テストを行っているところです。

ImagineとInspireでは、構造を設計する際、皮膚の下にある骨組みとして考えるとその骨組みを最適化し、スパーにある肋骨を荷重が最もかかる場所に移動させました。UnityはScaled Composites(スケールド・コンポジッツ)の当初の設計意図に基づいて作られていますが、飛行試験の結果、荷重が正確には予想されない場所にかかることがあることがわかりました。その負荷を考慮したため、Unityではかなりの重量増になっています。ImagineとInspireでは構造を最適化し、然るべき場所に配置することができました。

例えばUnityでは、追加作業があったために毎回確認しなければならないジョイントがありますが、Imagineでは最初からあるべき場所に設計されています。それでも確認することはありますが、より簡単にアクセスでき、より短い時間で検査ができるようになりました。

画像クレジット:Virgin Galactic

こういったことにより検査スケジュールが最適化されます。他にも単純なことですが、Unityでは後から追加しなければならなかったアクセスパネルを、初めから必要な場所に設置することができました。そしてクイックリリースファスナーなど、検査時間を短縮するようなものをデザインに追加することもできました。どれも些細なことですが、このようにかなり多くの変更を行い、機体のメンテナンスのし易さに大きな影響を与えています。

そしてデルタクラスの宇宙船の話を以前にもしましたが、次の段階では製造性を高めるための変更を行います。UnityやInspire、Imagineは、いわば一点ものの手作りの宇宙船です。しかし年間400回の飛行を実現するために何十機もの宇宙船を作るとなると、より低価格で、より短い期間で製造できるようにしなければなりません。次の設計では、そのような要素を盛り込むことになるでしょう。

TC:実は私が伺いたかったことの1つなのですが、商業運航に必要な信頼性と定時性をどうやって確保するご予定でしょうか。当然、航空機の数を増やすこともその1つですが、地上でのオペレーションやクルーの数を増やしたり、メンテナンスを充実させたり、そういったことはどうなるのでしょうか。

モーゼス氏:その通りですね。効率性のために複数の機体が必要です。これにより例えば天候などの予期せぬ事態にも対応できるようになるでしょう。さらに労働力です。労働力が増えれば24時間365日体制になり、複数のエキスパートを抱えることができます。1台の機体に注力するクルー、2台目を専門にするクルーという具合に。

我々は少しずつ前進すれば良いと考えています。最初から高い飛行頻度を目指すのではなく、少しずつ多くしていけば良いのです。2022年のUnityの目的は、このような運用スケジュールを検討し、追加の宇宙船ができたときのために、どこに倍率をかけるかを考えることなのです。

このビジネスモデルはすばらしいものなのですが、今後数年はUnityが8便あろうが、10便、12便あろうがあまり変わりません。つまり収益という意味ではそれほど大きな変化がないのです。しかし、オペレーションを学ぶという意味では、これは我々にとって重要なステップであり、その道をどのように進むかについては慎重でありたいと考えています。

 米国モハベ、10月10日(編集使用のみ、テレビ放送のドキュメンタリーや書籍での使用は不可)。2010年10月10日、カリフォルニア州モハベ上空で、初の滑空飛行に成功したヴァージン・ギャラクティック製ビークルSpaceShipTwo。(画像クレジット:Mark Greenberg/Virgin Galactic/Getty Images)

TC:フライトプランをほぼそのままにしておく理由をもう一度教えてください。もしかしたら、後に6人が乗る改訂版では、プロフィールを少し変えなければならない可能性があるのではないでしょうか?

モーゼス氏:それはこのQ&Aの冒頭でお話しした、テスト段階から運用準備段階への移行の話と同様のことです。これに伴いプロフィールも確定しているのです。パイロットが飛行する軌道や使用する技術については、今後も最適化していきますが、大きな修正は行いません。これらはすべて物理学に基づいた結果です。対気速度、角度、到達高度、搭載重量など、すべてが固定された変数であり、この方程式を変えることはできません。

Imagineに搭載される容量が増えることで、明確な軌道の変化はあるでしょうし、それによって若干異なる性能を持つことでしょう。そういった場合はその範囲を検証するということになります。しかしほとんどの場合、簡単に言えば物理学的な方程式によってできることが決まっているので、最初は4人の乗客を運ぶことしかできません。これを変更することもできますし、船内の軽量化も検討する予定ですが、やはり長期的に使用できる機体を建造したいと考えています。

TC:質問はこれですべてです。お時間をいただき本当にありがとうございました。

先に行われたヴァージン・ギャラクティックの打ち上げの様子はここからご覧いただける。

カテゴリー:宇宙
タグ:Virgin Galacticインタビュー民間宇宙飛行

画像クレジット:Virgin Galactic

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

【インタビュー】人工流れ星の2023年に商用運用開始へ、10年の節目を迎える日本の宇宙スタートアップ「ALE」

人工の流れ星で夜空を彩る。岡島礼奈代表が2011年9月に立ち上げ、2021年で10年の節目を迎える民間宇宙スタートアップのALE(エール)は、人工衛星から人工流れ星の素となる流星源を放出し、時刻・場所を指定して大気圏に再突入させ流れ星を発生させる「Sky Canvas」事業を進めている。

ALEは「科学を社会につなぎ 宇宙を文化圏にする」をミッションに掲げ、人工流れ星などにより宇宙の美しさやおもしろさを届け、人々の好奇心を刺激し、宇宙開発のきっかけを創出していく。また、宇宙から貴重なデータを取得し、地球の気候変動のメカニズム解明に寄与することを目指し、宇宙デブリ防止装置開発事業で軌道上環境の維持に貢献し、宇宙産業の持続的発展をはかる。これらのアプローチで、ALEは科学と人類の持続的な発展に貢献していく考えだ。

岡島氏は東京大学大学院理学系研究科天文学専攻で、博士号(理学)を取得している。学生のころ、友人らとしし座流星群を見たことがきっかけで「流れ星を人工で作れるのでは」と思い立ったという。その後、基礎科学の発展の為に何かできないかと考え、人工流れ星のアイデアで民間宇宙スタートアップとして挑戦を始めた。岡島代表に事業内容や現在までの歩みを聞いた。

夜空に好きな時に流れ星を生む「Sky Canvas」

人工流れ星の実現を目指す「Sky Canvas」事業は現在開発中の人工衛星3号機を2023年に打ち上げ、同年に人工流れ星のサービス開始を予定している。

天然の流れ星は宇宙空間に漂うチリが大気圏に突入した時に、チリ前方の空気が強く圧縮されて発光するもの。この現象を人工的に再現するため「アーク風洞」と呼ばれる装置を内製し、グリーンやオレンジ、ブルーなどさまざまな色に光る流星源の材料設計も進めている。

流星源は1粒1cmほど。人工流れ星は、流星源を人工衛星の格納庫から放出機構に送り出し、円筒内で加速して放出させる仕組みだ。実験では秒速最大400mの放出速度と、速度誤差1%未満の精度をクリア。人工流れ星は高度約60~80kmで消滅するため、宇宙デブリとはならないという。

流星源1粒は地上200km圏内で見ることができ、広さで例えればほぼ関東全域をカバーする。人々がオーロラを見に行くように「この国、この地域に行けば流れ星を見ることができる」と、ALEは人工流れ星を観光誘客のキラーコンテンツにしていく考えだ。すでに海外からも引き合いが多くあるという。

別の仕事で得た収入を研究費につぎ込む日々

岡島氏は2009年から人工流れ星の研究を始め、2011年にALEを設立後、大学研究室などとともに、人工流れ星に必要な要素技術の研究を進めていった。14年には流星源の実験により、相当の輝度が得られたことで初めて事業化が見えてきた。

ただ、岡島氏はそれまで、ALEの事業にフルコミットしていなかった。岡島氏は外資系大手金融企業に勤めていた経験を活かしたコンサルティングや調査など、別の仕事を個人で受け、その収入を研究費につぎ込んでいたのだ。

人工流れ星の事業化が視野に入ったのち、岡島氏は2016年にエンジェル投資家を中心に約7億円の資金調達を実施。ALEとしてメンバーの増員も行った。ここから人工流れ星事業は勢いを増す。

2017年に宇宙関連の新たな要素技術に関する実証などを行うJAXAの「革新的衛星技術実証プログラム」採択され、18年に初号機となる人工衛星ALE‐1が完成し、19年にはALE‐1の打ち上げに成功した。

勢いに乗っていた「Sky Canvas」事業だったが、壁が立ちはだかる。2019年末に打上げた2号機で世界初の人工流れ星を実現させる計画だったが、宇宙空間特有の影響が予測よりも大きく、流星源を放出装置に送り込む部品が正常に動作せず、失敗に終わった。他の機器はすべて正常に動いていた。

「とても悔しかった」と岡島氏。その後、社内の開発体制を強化し、宇宙業界出身のマネージャーや外部レビュアーらも増員。2021年2月には、シリーズAの追加ラウンドとして総額約22億円の資金調達を行い(シリーズAを含むALEの累計調達金額は約49億円に上る)、現在は同資金を基に2023年に人工流れ星の実現を目指している状況だ。

また、ALEの人工流れ星事業を不安視する声もあった。岡島氏は「我われの事業は安全性に特に配慮していますが、このことをさまざまな人々に説明し、理解してもらうまでにも長い道のりがありました」と振り返る。

他の人工衛星と同様に、ALEの人工衛星には必要最低限ではなく余裕を持たせて装置を搭載し、障害時にも対応できるよう冗長性を持たせている。例えば、星の位置から人工衛星の位置や角度を把握し姿勢制御を行うセンサー「スタートラッカー」は1つだけではなく3つあり、GPSやCPUも3つずつある。

岡島氏は「いずれかの機器に誤作動が起きたときには、流星源の放出はできないシステムになっています。この辺りの安全性の担保をJAXAとともに進めてきました」と説明する。

さらにALEでは現在の宇宙空間にある人工衛星などのデータをNASAや18SPCS(米国空軍)のデータベースで確認。それを元に衝突確率を算出すシステムを作り上げている。流星源を放出する時間帯に、他の人工衛星が現れないかといったことをすべて計算し、クリアにしてから稼働させるようにしているのだ。

また、世界各国の宇宙関連機関で構成される国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)に対しても、ALEの事業ミッションについて説明していく中で「国際的なデブリの権威の方々にも安全性を認めてもらえるようになりました」と岡島氏は語った。

ALEが展開する3つの事業

ALEが進めている事業は、人工流れ星だけではない。この他に「大気データ取得」とデブリ防止装置を開発する「小型人工衛星技術研究開発」事業がある。事業としてはそれぞれ独立しているものの、根幹にある要素技術はつながっているという。

岡島氏は「人工衛星を小型化し、小さなスペースに高密度で技術を搭載して、宇宙空間であっても精緻な動作を実現することが、我われの強みでもあります。この技術はデブリ化防止装置にも、大気データ取得にも必要なモノです」と語った。

大気取得データ事業は2020年代半ばから宇宙実証および商用化を始める予定だ。人工流れ星で培った衛星技術を活用し、大気データを取得し、解析することで、気象予測の精度向上や異常気象のメカニズム解明へ活用していく。将来的には、人工流れ星の衛星に大気データ取得のセンサーを取り付けることで、気象観測により貢献していくことなども検討している。

一方、小型人工衛星技術研究開発は、宇宙デブリ防止装置をJAXAと事業協同実証を通じて開発中だ。同装置を打ち上げ前の人工衛星に搭載し、人工衛星のミッション終了後に長い紐(EDT)を宇宙空間で展開。地球磁場や大気抵抗を使って軌道高度をより短期間で降下させることで、人工衛星を地球大気に再突入・焼却廃棄させることができるという。

すでに2020年8月26日付で、宇宙産業における総合的なサービスを展開するSpace BDとデブリ化防止装置の全世界を対象とする販売代理店契約締結に向けた基本合意書を締結している。

なお、岡島氏は人工流れ星とは別に、新たな宇宙エンタメ事業の構想も進んでいると話した。「まずは人工流れ星を成功させることが先決ですが、新たな要素技術の開発も細々と進めています。結構おもしろいことができるのでないかと、考えています。楽しみにしていてください」と笑顔で語った。

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カテゴリー:宇宙
タグ:ALEインタビュー日本人工衛星

【インタビュー】競合他社に差をつけるには創業初日からストーリーの構築を始めよう

かつては独自の製品を持つことで、競合相手よりも少なくとも数カ月のリードタイムを得ることができていたが、そうした優位性はますます少なくなっているように思える。例えばTwitter Spaces(ツイッター・スペース)がClubhouse(クラブハウス)よりも先にAndroid(アンドロイド)版をリリースした例を考えてみるだけでそれがわかる。

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このように、競合他社が自社の優れた機能をコピーするのは時間の問題であるとわかっている状況下では、どうすれば競合他社の先を行くことができるだろうか?

その解決策は「メッセージ」だと、コンバージョン最適化の専門家であるPeep Laja(ピープ・ラジャ)氏はいう。コピーしたりコモディティ化が可能な機能や特徴とは異なり、戦略的なナラティブ(物語、ストーリー)は長期的なアドバンテージとなり得る。以下のインタビューでは彼が、スタートアップ企業が初期の段階から、なぜそしてどのようにナラティブに取り組むべきかを説明している。

ラジャ氏は、CXLSpeero(スピーロ)、Wynter(ウィンター)といったマーケティングおよびその最適化を行うビジネスを起業した人物だ。彼は最近Twitter(ツイッター)に投稿したスレッドで「これまでのやり方に挑戦する」「偉そうな態度をとる」といった、スタートアップ企業が使うことのできる共通のストーリーやナラティブを取り上げ、そうした戦術を採用している企業の例を紹介した。今回私たちは、そうした彼の考えやスタートアップの創業者への提言を改めて聞いてみた。

編集部注:このインタビューは、長さとわかりやすさのために編集されている。

あなたのサイトのキャッチフレーズでは、スタートアップに対して「製品による差別化は消えつつある」と告げ「メッセージで引きつけるべき」と伝えています。その理由を説明していただけますか?

この有名な言葉は、2017年にDrift(ドリフト)のCEOであるDavid Cancel(デビッド・キャンセル)によって口にされたものです。

大まかに言えば、どんなスタートアップも、イノベーションかメッセージか、そして理想的にはその両方で勝負しています。通常は、新しいこと、より良いことをするイノベーションから始めたいと思うものです。しかし、機能での勝負は一過性の優位性に過ぎません。誰もやっていないことをやっていてもその優位性は長続きしません。遅かれ早かれ、大手企業や他のスタートアップ企業にコピーされてしまうので、イノベーションだけでは不十分なのです。機能は、せいぜい2年程度しか続かない一過性の優位性で、それ以上続くことはほとんどありません。一方、適切なナラティブとメッセージを持てば、長期的な優位性を保つことができます。

ストーリーで勝負するスタートアップは、もしそれば大胆なものであれば大きな優位性を得ることができます。なぜなら、大企業は安全であることに最適化し、それはしばしば非常に退屈なものになりますが、誰もそれをいちいち指摘しないからです。それに対して、スタートアップは、勇気を出してわざと極端な方向に走ることもできます。

理想的なのは、イノベーションから始めながらも、同時にブランドの構築も始めることです。そうすればたとえ競合他社が機能で追いついてきたとしても、ブランドで自社を選んでもらえるようにすることができるのです。他人よりも客観的に良く見られる状態を維持することは難しいのですが、客観的により悪い状態になることは絶対に避けなければなりません。

あなたは、スタートアップが戦略的なストーリーを見つけ、それを検証するためのリサーチを支援なさっています。このコンセプトを説明してもらえますか?

スタートアップは、規模が大きくなるにつれて、機能や特徴ではなくストーリーで伝える必要があることに気づきます。彼らのナラティブは、より大きなコンセプトにつながる戦略的なものである必要があるのです。「世界はかつてこうだったが、今は変わってしまった。私たちのスタートアップは、この新しいコンテクストであなたを助けます」ということです。

架空の例として、マーケター向けのAIのコースを販売することを考えてみましょう。理想的なのは、AIについて話すのではなく、AIや機械学習はすべてを変えてしまうような止められないものであることを、ストーリーでまず説明することです。未来はすでに到来しているものの、まだ均等には手に届いていません。この列車を止めることは不可能です。それに飛び乗るか、置き去りにされるかのどちらかです。AIを導入した企業は他を圧倒することになるので、マーケターはAIを学んで適応して行く必要があります。こうすれば「マーケターのためのAI講座、7時間のビデオ、最高の講師陣」といった特徴で売るよりもずっと魅力的な商品にすることができます。

これは、私の会社であるWynterでも行っていることです。SaaSの世界をみると、10年前に比べて53倍もの企業が存在し、どのカテゴリーでも何百ものツールが提供されています。たとえばEメール・マーケティングを考えてみてください。そして、各カテゴリーの競合他社の特徴は「同じ」ということです。ほとんどが同じ機能を提供しているのです。つまり、機能による差別化はもう通用しないのです。ほとんどの会社が同じように見えて、同じようなことを言っています。現在「同一性」が多くの企業のデフォルトとなっています。この「同一性」とは、企業が提供するサービスが似すぎていたり、ブランディングで差別化ができていなかったり、コミュニケーションが不明瞭であったりすることによって引き起こされる複合的な影響です。おそらくみなさんは、最近の企業は差別化を重視していると想像なさっているでしょう。しかし興味深いことに、実態はその反対なのです。

機能面での差別化が一時的なものであることを考えると、企業はブランドで勝負すべきなのです。これが私たちの生きる新しい世界です。そしてそこで勝つためには、観客が何を求めているのか、自分が伝えていることがどのように観客に届くのかを知る必要があるのです。【略】「私の会社はこういうことをしていて、こういう風に売り込んでいるんだ」という具合に。おわかりのように、これは先ほど説明した「世界がどのように変化したかを示し、これまでのやり方では、現れ始めた新しい現実に適応できないことを説明する」というナラティブに沿っています。

創業者が自身のスタートアップを成功に結びつけるには、どのようにしたらよいでしょうか?

世界が変わったことをデータも用いて証明し、そこで勝つためには新しい戦略が必要であることを訴えましょう。そして、これまで使ってきた戦略に基づいた勝者と敗者の姿を示し、新しい世界に最も適しているものが何かという新たな証拠として利用するのです。例えばPLG(Product-led Growth、製品主導の成長)をアピールする場合には、GTM(go-to-market)戦略として、実際に利用されている例を示すことができます、なぜならお客様がすぐにその製品を使い始めたいという新しい世界に生きているからです。上手くいっている例を挙げ、それをご自分のスタートアップに結びつけることができます。

他の例としては、HubSpot(ハブスポット)のCTOであるDharmesh Shah(ダーメッシュ・シャー)氏が行っているコミュニティ主導の成長も参考になります。

また、リモートワーカーにハードウェアを提供するスタートアップFirstbase(ファーストベース)もあります。同社のCEOであるChris Herd(クリス・ハード)氏のTwitterのタイムラインは、私の言っていることをよく表しています。彼が自分の会社ではなく、ナラティブを売りこんでいるところをよく見てください。

つまり、何よりもまず、ナラティブすなわち世界に対する視点を売るのです。そしてこの新しい戦略を使って、あなたの会社がお客様の勝利に貢献できることを説明するのは、もっと後になってからで良いのです。語られるナラティブは、機能などに対する文脈を与えます。

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スタートアップがそうした道を間違えないようにするにはどうすればいいのでしょうか?

ナラティブが的はずれなものになってしまうのは、たとえば外部の世界の変化ではなく、会社の内部だけの変化を語るものであったり、あるいは実際には起きていない変化に投資して、その信憑性を高めることができなかったりするときです。ブランドに引きつけるためには、ナラティブの効果を測定する必要があります。

それはどうやってテストすれば良いでしょうか?ダイレクトセールスの場合なら、フィードバックを得ることはとても簡単です。私のセールスデモでは、デモに入る前にストーリーをお話しします。もし聞いていた人たちが資料を欲しがったら、私の話がツボを突いたことがわかります。同時に、質問があるかどうかを尋ねたり、人びとがうなずいているかどうかなどを観察したりします。もしこのようなセールスプロセスに関わっていない場合、たとえばPLG(製品主導の成長)に注力している場合には、メッセージテストを行う必要があります。これは1対1の場合もあれば、定性的な調査の場合もありますが、いずれにしても、実際のターゲット層を対象にテストを行っていることを確実にしなければなりません。

それがWynterで行っていることです。ここではメッセージテストや顧客調査を行うことができ、発信しているメッセージだけでなく、世界に対する人びとの認識についても調査することができます。これによって、ウェブサイトに置かれたセールストークの何がヒットしているのか、何がうまくいっていないのか、競合とはどのように比較できるのかなどを知ることができるのです。

スタートアップがメッセージに取り組み始めるべき時期はいつでしょう?

イノベーションは一過性のものなので、企業は開業初日からナラティブを堅持していなければなりません。いつまでもイノベーションで競争に勝ち続けることは非常に稀な出来事です。ブランドで勝つほうが、より達成しやすいことです。つまり、プロダクトマーケットフィット(PMF)の前に、メッセージマーケットフィット(MMF)が必要なのです。潜在的な顧客はそれを見ています。それは防衛のための堀にもなり得ます。自分を日用品として位置づけるのではなく(革新的でない機能で売り込むと日用品になってしまいます)、人びとが感情移入できるストーリーを開発するのです。競合他社よりも高い価格での販売が可能になれば、それは堀であることがわかります。これは機能では生み出すことはできません。機能はやがてコモディティ化し、当然のものだと思われるようになるからです。この問題は、ブランドを堅持できている場合には、はるかに少なくなります。

時間の経過とともに、ナラティブはどのように進化していくべきでしょうか?

世界の変化に合わせてナラティブも変化させていく必要があります。常に何が起きているのか、どのような背景があるのかに目を向けておく必要があるのです。リモートの台頭はその一例です。たとえばHR企業であるLattice(ラティス)が、1つの機能からより広範なサービスへと拡大していく中で、リモートに対応するようになりました。

これは、マスマーケットからより小さなクラスターへという、より大きなポイントにつながっていいます。例えばかつては皆が同じ番組を見ていましたが、現在はニッチなコンテンツが増えてきています。多くの場合、スタートアップ企業は最初からマスマーケットに向けてアピールする余裕はありませんから、これはスタートアップにとっては良いことです。しかし成長するにともない、そのナラティブも進化しなければならないかもしれません。また、ブランドナラティブと戦略的ナラティブが同時に存在することもありますが、後者は時間とともに進化していくものです。

ストーリーという意味では、Twitterのスレッドで紹介したものの中には、時代を超えて通用するものもありますが、永遠には通用しないものもあるでしょう。例えば力の弱いものが力の強いものを打ち倒す「ダビデとゴリアテ」のストーリーは、スタートアップがある程度のステージに達すると現実味がなくなります。また別の例としては「人々のために立ち上がる」と言って銀行の手数料を破壊することに注力していたWise(ワイズ)は、自分自身の首を締めることとなりつつあり、そのナラティブを変えなければならないかもしれなくなっています。当初のナラティブから離れなくてもいい企業もあれば、離れなければならない企業もあるのです。

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カテゴリー:その他
タグ:インタビューマーケティング

画像クレジット:Peep Laja

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(文:Anna Heim、翻訳:sako)

【インタビュー】freee佐々木大輔CEO「こんなもの誰が欲しがるんだ」と自問した創業期を語る

2021年7月で創業10年目に突入するfreee。6月22日には新戦略発表会を開催し、新しいビジョン「だれもが自由に経営できる統合型経営プラットフォーム」を発表。またロゴを変更し、最高限度額3000万円のビジネス向けクレジットカード「freeeカード Unlimited」も発表し、話題となった。この節目に際して同社CEOの佐々木大輔氏は何を考えているのか?創業から現在までを振り返りつつ、今後の展望について話を聞いた。

「会計にクラウドはいらない」と言われた10年前

「私は2012年に自宅の居間で創業しました。それから9カ月ほど2人のメンバーとプロダクト開発をしていたのですが、めちゃめちゃ辛かったですね」と佐々木氏は苦しげに振り返る。

2012年、創業初期のfreee

freeeが最初にリリースしたプロダクトは「クラウド会計ソフトfreee」。会計士など、ユーザーになりそうな人たちに意見を求めながら開発を進めた。しかし、反応は散々なものだった。

当時、会計作業のやり方は30年近く変わっていなかった。そのため、会計士に話を聞きに行っても「30年間このやり方だからこれから変わることもない」「ずっとこのやり方でやってきたから、新しいプロダクトを出されるとむしろ困る」「クラウド化する必要なんてない」といった厳しい言葉を投げつけられたという。

佐々木氏は「リーンスタートアップの手法でいえば、ピボットすべき時期でした。開発しながら『こんなもの誰が欲しがるんだ』なんて自問したこともありました。スタンダードな開発手法では『そういう時こそユーザーの意見を聞け』という話になりがちですが、私たちは違いました。専門家の意見を聞くのを止めて、自分たちが信じるプロダクトを追求しました。私自身、スタートアップで経理をしていたことがあり、会計作業の問題点も知っていましたし、『こうすれば会計が楽になる』という方向性もわかっていました。だから信じるものを追求することができました。王道なビジネスの手法、開発の手法からは外れているのですが」と振り返った。

フィンテックブームで実現した銀行とのAPI連携

こうして2013年、freeeは「クラウド会計ソフトfreee」をリリースする。開発中には酷評されていた同プロダクトだが、いざリリースしてみると、インターネット上で評価する声も聞こえてきた。ユーザーも増え始め、不具合が見つかったり、改善を求める声も聞こえるようになる。

2013年「クラウド会計ソフトfreee」リリース会見の様子

佐々木氏は「開発期間中は『ユーザーの声は聞かない』という方針を取ったのですが、リリースしてからは逆にユーザーの声に耳を傾け、片っ端から不具合に対応したり、改善していきました。この辺りの3年間は忙しくて記憶もありませんね」と語る。

2015年くらいになると「フィンテック(Fintech)」という言葉が浸透し始め、ブームのような様相を呈し始めた。同時に、freeeのようなフィンテックスタートアップにも注目が集まるようになった。こうした流れの中で2016年、freeeはみずほ銀行とAPI連携を開始。メガバンクとクラウド会計ソフトの国内初のAPI連携事例となった。

2015年に実施した会見で銀行データとの連携について話す佐々木氏

佐々木氏は当時を分析し「これは創業当時には考えられなかったオフィシャルな連携ですね。この背景には、フィンテックに対する期待の高まりがありました。タイミングに恵まれていたところもあるのだと思います。2020年にはほぼ全国の銀行とAPI連携をすることができました」と語った。

2018年頃からはスモールビジネスだけでなく、中堅規模の企業も視野に入れて対応してきた。そのため、上場準備中のスタートアップがfreeeを導入するケースも増えてきた。

2019年には「freeeアプリストア」を公開し、東京証券取引所マザーズへ新規上場。2020年には「プロジェクト管理freee」などベータ版を含め5プロダクトをリリース。2021年に入ってからはサイトビジットがfreeeグループに参入した。

創業から今までを振り返り、佐々木氏は「最近では、スタートアップや中堅規模企業で『経営のためのツール』としてfreeeが認識されるようになってきました。ここからがまた重要な局面ですね」と語った。

組織のあり方を考え直した「30人時代」

創業から今まで変化に富むfreeeだが、大きなターニングポイントはいつなのだろうか。

佐々木氏は「いろいろありますが、1つ挙げるとしたら、2014年頃ですね。それまでfreeeはインターネット上で見つけてもらって、ユーザーに直接買っていただいていました。ですが、2014年頃から営業人材を採用して、お客様の前でfreeeのデモンストレーションをするなど、攻めの動きに転じました。これがきっかけで組織のあり方を見直す必要が出てきたのです」と話す。

2014年頃のfreee

freeeはそれまでの数人程度の規模で動いてきた。しかしこの頃、freeeの社員数は30人程度に増えていた。それまではメンバーとのコミュニケーションも気軽にとれ、freeeの方向性や考え方についても、言葉にせずともなんとなく共有できていた。しかし、30人規模になるとそうはいかない。

「1人の人間の目が届くのは、せいぜい6人くらいまでです。30人はその5倍。組織のレイヤーを二段階くらい作らないと情報共有がうまくいかなくなります。また、私がいろいろ話に入って意見を出したり、決定を下そうとすると、数人ならスムーズに進むのですが、30人規模では『佐々木さんが来た方が逆に決定が遅くなる』ということも出てきてしまいます。こうした失敗から『カルチャーの明文化』を始めました」と佐々木氏。

今では週1回、全社員参加のイベントで話したり、今週の良かったことを社内コミュニケーションツールで共有しているという。

佐々木氏は「現在、freeeの社員数は500人弱です。自分から全社に話しかけることの重要性を感じます」と語った。

「統合型プラットフォーム」を宣言した理由

freeeは6月22日、新戦略発表会を行い、新ビジョンとして「だれもが自由に経営できる統合型経営プラットフォーム」を掲げた。このビジョンにはどんな意味があるのか。

佐々木氏は「freeeには会計、労務、稟議などに関わるさまざまなプロダクトがあります。これまで出したプロダクトが統合されているのはもちろんですが、これからリリースするプロダクトもすべて統合された形でリリースします。つまり、この新ビジョンはユーザーに対する決意表明なのです」と解説する。

freeeのユーザーからすれば、自社が導入しているfreeeプロダクトが統合されている方が便利だ。例えば、ここにプロダクトAとプロダクトBがある。これらが統合されていれば、ユーザーはAのデータをBに送ったり、BのデータをAに送って手軽に資料を作ったり、経営判断を下したりできる。しかし統合されていなければ、AでデータをエクスポートしてからBにインポートしたり、その逆をしなければいけない。

前者の場合、プロダクト間でデータがシームレスにやり取りされるので、例えば「なぜこの数値はこうなっているか」などを追跡しやすい。しかし、後者の場合、数値がどこからきたのかなどをユーザー自身で考えなければならない。

「統合されている方がユーザーは便利ですが、開発の負担は上がります。それでも、これからのプロダクトをすべて統合した形でリリースする。この決定は重大なものなのです。また、プロダクトの統合だけでなく、freeeアプリストアを通したオープンプラットフォームでパートナーと繋がっていくことも重要です」と佐々木氏は補足した。

同発表会ではスモールビジネスの魅力を伝える「freee出版」の立ち上げと、スモールビジネス研究所の設立を発表した。創業からずっとスモールビジネスにこだわり続け、10年目のfreeeでもスモールビジネスにこだわるということだ。これにはどういう意味があるのか。

佐々木氏は「これまでスモールビジネスは大企業ほどのITを持てませんでした。freeeを使えば、手軽に大企業並みのITを導入できる部分が増えていきます。それができれば、働く場所としてのスモールビジネスの魅力も高まるでしょう。スモールビジネスで働く選択肢が現実的になれば、そこで働く人も増え、世の中の循環も良くなっていくはずです。一方で、統一規格による大量生産が主流の今、スモールビジネスのプロダクトの個性が光ります。スモールビジネスの誰と働くのかも重要になってきます。おもしろい世の中を作るには、スモールビジネスが必要不可欠なのです。だからこそスモールビジネスを今後ともサポートし続けていきます」とスモールビジネスへの期待と、今後の展望を語った。

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カテゴリー:フィンテック
タグ:freeeインタビュー日本

職場でのハラスメントと孤立感、不屈の精神について4人の女性エンジニアに聞く

女性エンジニアはしばしば、職場やキャリアに関して男性エンジニアは経験しない障害に直面する。なぜなら、エンジニア人口の中で女性は今でも少数派であるためだ。数え方にもよるが、全エンジニア職のうち、女性が占める割合はわずか13~25%である。この偏りが力関係の不均衡につながり、女性にとって有害な職場を作り出している。

この点で非常に有名かつ悪質な事例は、Susan Fowler(スーザン・ファウラー)氏がUber(ウーバー)で経験したものだ。ファウラー氏は2017年2月に投稿したブログ記事の中で、入社初日に上司が社内チャットでセックスに誘ってきたことを暴露した。その後、ファウラー氏はUberでの体験を詳述した回想録「Whistleblower」(邦題仮訳:「内部告発者」)を出版した。

ファウラー氏の辛い経験は、女性エンジニアが職場で対処しなければならないハラスメントにスポットライトを当てることになった。男性優位になりやすい職種であるエンジニアとして女性が直面するハラスメントは、ファウラー氏の身に起きたような露骨なものから、日常的に起きるマイクロアグレッション(明らかな差別に見えなくとも、先入観や偏見を基に相手を傷つける行為)までさまざまだ。

本稿の執筆に際して、以下の4人の女性が自分の直面した試練について語ってくれた。

  • Tammy Butow(タミー・バットウ)氏、主任ソフトウェアリライアビリティエンジニア(SRE)としてGremlin(グレムリン)に勤務
  • Rona Chong(ロナ・チョン)氏、ソフトウェアエンジニアとしてGrove Collaborative(グローブ・コラボラティブ)に勤務
  • Ana Medina(アナ・メディナ)氏、シニアカオスエンジニアとしてグレムリンに勤務
  • Yury Roa(ユーリー・ロア)氏、SREテクニカルプログラムマネージャーとしてコロンビアのボゴタにあるADL Digital Labs(ADLデジタル・ラブズ)に勤務

ファウラー氏もSREとしてUberでメディナ氏(後にUberに1000万ドル[約11億円]の支払いを求めた差別訴訟の原告団に参加した)と同じチームで働いていたことは注目に値する。女性エンジニアの世界がどんなに狭いかを例証していると思う。上記の4人が受けたハラスメントの程度はそれぞれ異なるが、彼女たちは皆、日常的に試練に直面しており、中には精神的にかなり消耗したものもあると語ってくれた。しかし、彼女たちはまた、目の前に立ちはだかるどんな障害でも乗り越えてみせる、という強い決意を示していた。

職場での孤立感

彼女たちがどの職場でも直面した最大の問題は、少数派であるがゆえの孤立感だった。そのような孤立感は、時には自信喪失や居場所のなさという克服し難い感覚につながる場合があるという。メディナ氏は、男性エンジニアたちが意図的あるいは無意識に取った態度によって、職場で迷惑がられていると感じたことが何度もあったそうだ。

メディナ氏は次のように説明する。「私にとって本当につらかったのはマイクロアグレッションが日常茶飯事だったことです。そのせいで労働意欲が低下したり、出勤したくないと思ったり、ベストを尽くしたいという気持ちが薄れたりしました。その結果、自分の自尊心が傷ついただけでなく、エンジニアとしての自分の成長でさえも自分で認められなくなってしまいました」。

ロア氏は、孤立感はインポスター症候群につながる場合があると述べる。だからこそ、エンジニア職にもっと女性を起用し、職場に女性のメンターやロールモデル、仲間を作ることが重要なのだ。

ロア氏は次のように説明する。「チームの中で女性がたった1人という状況にある私たちの前に立ちはだかる障害の1つがインポスター症候群です。職場に女性が1人あるいは数人しかいない場合、これは本当に大変な試練となります。そのような時、私たちは自信を取り戻す必要がありますが、そのためには女性のロールモデルやリーダーの存在が非常に重要なのです」。

チョン氏も、自分と同じ思いをしつつも乗り越える道を見つけた人がいることを知ることは重要だという意見に同意する。

チョン氏は次のように語る。「他の人が自分の職場での仕事や試練、それを乗り越えた方法について真実を話してくれたのを聞いて、私もテック業界で働き続けようという励みを得られました。テック業界を離れるべきか悩んだ時期もありましたが、個人的に話せる人や先例になってくれる人が近くにいて、先ほど話したようなサポートを得られたことが本当に助けになりました」。

バットウ氏は、エンジニアになったばかりの頃、自分がコードを書いたモバイルアプリが賞を獲得した際にとある記事の取材を受けた時のことを語ってくれた。出版されたその記事を見て、バットウ氏は愕然とした。見出しが「Not just another pretty face……(このエンジニアは顔が美しいだけではない……)」となっていたからだ。

「『え、それが見出しなの?』と思いました。記事が出たら母に見せようと楽しみにしていたのですが、見せるのをやめました。私はあのアプリのコードを書くのに膨大な時間を費やしました。どう考えても私の顔は関係ありません。こういう小さなこと、一般的には大したことではないと言われるようなことの多くが、実は小さなマイクロアグレッションなのです」。

不屈の精神で乗り越える

これらすべてのことを経験してもなお、彼女たちはみんな、自信喪失を乗り越えてエンジニアとして成功するための専門的な技術スキルが自分たちにあることを示したいという強い願いを抱いている。

バットウ氏は10代の頃から前述のような誤解と戦ってきたが、そのせいで自分の進みたい道をあきらめることはなかった。「そのような誤解については気にしないようにしました。実はスケートボードをやっていたせいで、周囲の誤った見方に直面することがよくあったんです。同じことですよね。スケートボードに乗りたくて公園に行くと『トリックの1つでもできるのか?』って言われるので、私は『見てて』って答えて、実際にトリックをやってみせていました。同じようなことが世界中のさまざまな場所で頻繁に起きていて、ただひたすらにそれを乗り越えていかなければならない。私もそうです。やりたいことは決してあきらめません」。

チョン氏は、落胆の気持ちに負けたりはしないが、そんな時は、そういうことを話せる他の女性の存在が大きな力になると語る。

チョン氏は次のように回想する。「忍耐したい、あきらめたくないと強く願うと同時に、もう投げ出したいと思ったことも実際はありました。でも、他の人の経験を知る機会を得たり、自分と同じ経験をしている人が他にもいることを知ったり、そのような人たちが自分に合う環境を見つけて試練を乗り越えていくのを見たりしたこと、そして彼女たちに『あなたなら大丈夫』と言ってもらえたことによって、踏みとどまることができました。そうでなければ、テック業界で働くことをやめていたかもしれません」。

女性同士で助け合う

チョン氏のような経験は珍しくないが、チームの多様性が高まれば、少数派のグループ出身のチームメンバーが増えて、お互いに助け合える。バットウ氏がある時点でチョン氏を採用してくれたことが、チョン氏にとっては大きなきっかけになったという。

チョン氏は次のように語る。「他の女性を同じ職場に採用することによってネットワーク効果が生まれます。そして、その効果を拡大していくことができると思います。そうすることによって、変化を作り出したり、自分たちの望む変化を感じたりでき、より居心地の良い職場環境を作ることができます」。

メディナ氏は、テック業界で働くラテンアメリカ系や黒人の人材を増やすことを目指している。特に女子学生や若い女性たちにテック業界への興味を持ってもらうために、同氏はTechnolachicas(テクノラチカス)という団体を設立し、Televisa Foundation(テレヴィサ財団)と提携して一連のコマーシャル動画を制作した。合計6本の動画のうち、3本は英語、3本はスペイン語で制作された。女子学生たちにSTEM(科学・技術・工学・数学)分野でのキャリアの道を進む方法を紹介することが目的だ。

「どの動画も、18歳未満の女子だけではなく、その子に影響を与えうる大人および親、つまり18歳未満の若者たちの成長にとって絶対に欠かせない大人たちを対象に制作されています。若者たちがSTEM分野に興味を持ち、それをキャリアとして選択するよう励ますためにそのような大人たちができることについて紹介しています」。

バットウ氏によると、重要なのは人々のやる気を引き出すことだという。同氏はこう語る。「私たちは、自分たちの経験について話すことによって、他の女性たちにインスピレーションを与えることができればと思っています。そのようなロールモデルの存在はとてつもなく重要です。共感できるロールモデルが近くにいることが実は最も重要であるということは、多くの研究で証明されています」。

彼女たちは最終的に目指していること、それは、エンジニアとして自分のベストを尽くすことに集中できる職場環境を整えるためのサポートを、本稿で紹介したような苦労をしなくても得られるようにすることだ。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
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(文:Ron Miller、翻訳:Dragonfly)

【インタビュー】アップルがiOS 15で明らかにした「ヘルスケア」の未来、同社VPが語る初期Apple Watchから現在まで

Apple(アップル)が最近開催した世界開発者会議(WWDC)の基調講演には、iPhone、Mac、iPadの新機能が詰まっていた。2014年に最初のヘルスケアアプリがデビューして以来ほぼ一貫してそうだったように、それらの新機能には、個人のヘルスケアや健康を中心としたアップデートが含まれている。Appleがこの分野で行っている取り組みの影響は、すぐには評価できないことが多い。例えば、ヘルスケア関係の新機能は一般に、Appleのデバイスのソフトウェアで行われるユーザーインターフェイスの全面的な見直しほど目立つことはない。しかし全体として見ると、Appleは、個人が利用可能な、最も強力でわかりやすいパーソナルヘルスケアツールスイートを構築したようだ。そして、その勢いが衰える兆しは見えない。

筆者は、Appleの技術担当VPであるKevin Lynch(ケヴィン・リンチ)氏にインタビューする機会を得た。実はリンチ氏は、2014年9月のAppleの基調講演イベントにおいて、世界の舞台ではじめてApple Watchのデモを行った人物であり、Apple Watchが大きく成長するのを見てきただけでなく、Apple Watchにおけるヘルスケアの取り組みの進展に欠くことのできない人物でもある。Apple Watchがどのようにして今日の姿になったか説明してくれた。また、将来の展望のヒントも与えてくれた。

「これまでの進展ぶりに驚いています」と、最初のヘルスケアアプリについてリンチ氏は語った。「このアプリは実は、Apple Watchから始まりました。Apple Watchで、カロリー消費アクティビティと『アクティビティ』のリングを完成させるための心拍数データを取ったため、心拍数データを保存しておく場所が必要でした。それで、データを保存する場所としてヘルスケアアプリを作りました」。

Appleのヘルスケアアプリは2014年に、Apple Watchのアクティビティデータを保存する簡単なコンパニオンアプリとして始まった(画像クレジット:Apple)

そこでAppleは、中心になる場所ができれば、他の種類のデータも保存できるシステムを開発して、プライバシーを尊重した方法で開発者が関連データをそこに保存できるAPIとアーキテクチャも構築できることに気づいた、とリンチ氏は語る。最初の頃、ヘルスケアアプリは基本的にまだ受け身の格納庫で、ヘルスケア関係のさまざまな情報の接点をユーザーに提供していたが、Appleは間もなく、それをさらに発展させて他にも何かできることはないか、と考え始めた。そして、アイデアのきっかけはユーザーからもたらされた。

ユーザーに導かれた進化

ヘルスケアに対するAppleのアプローチの主要な転換点は、ユーザーがApple Watchの機能を使って、Appleが意図した以上のことを行っていることにAppleが気づいたときに訪れた、とリンチ氏はいう。

リンチは次のように説明する。「私たちは、ユーザーに心拍数を示そうとしており、実際、ユーザーは自分の心拍数を見ることができました。私たちは、心拍数を消費カロリーの測定に使っていました。しかしある時、こんなことがありました。ワークアウトをしていないときに心拍数を見て、心拍数が高いことに気づいた一部のユーザーが【略】医師に診てもらうと、心臓の異常が発見されたのです。Appleはそのようなユーザーから手紙を受け取るようになりました。今でも、私たちがしている仕事について手紙が来ます。それはとてもうれしいことです。しかし、初期のそうした手紙の中にはヒントを与えてくれたものがありました。『待てよ、実は同じことをバックグラウンドで自分たちでできるんじゃないか』ってね」。

その後Appleは、心拍数が高い場合にアラートを通知する仕組みを開発した。ユーザーがあまり動いていないときにApple Watchが異常に高い心拍数を検出すると、それをユーザーに知らせることができる。休息時の高い心拍数は、潜在的な問題に関する良い指標である。Appleは後に、異常に低い心拍数の通知も加えた。これはすべてユーザーがすでに利用できるデータであったが、Appleは、目ざといApple Watchオーナーがすでに享受しているメリットを、先を見越して機能として提供できることに気づいた。

2017年、心拍数が高いことを知らせる通知がApple Watchに導入された(画像クレジット:Apple)

そこでAppleは、似たようなインサイトを探り出せる検討対象の分野を増やすための投資を大きく増やし始めた。ユーザーの行動によって研究対象の新たな分野が特定されるのを待つのではなく(リンチ氏によれば、これはチームにとって依然として重要であるが)、ヘルスケア機能の発展への道筋を切り開くために、臨床医や医療研究者の採用を増やし始めた。

その成果の一例が、WWDCで発表された「Walking steadiness(歩行の安定性)」である。これは、Apple Watch装着者の平均的な歩行の安定度を簡単なスコアで示す新しい基準だ。

リンチ氏は次のように説明する。「歩行の安定性【略】は実は、転倒の検出から得られたものです。私たちは転倒の検出に取り組んでいました。本当にすばらしい取り組みだったのですが、進めていくうちに、ただユーザーの転倒を検出するだけでなく、ユーザーが実際に転倒しないようにサポートする方法についてブレインストーミングを行うようになりました。転倒するその瞬間にサポートするのはかなり困難です。実際に転倒し始めたら、できることは限られています」。

リンチ氏は、Appleが2018年に導入した転倒検出機能のことを言っている。モーションセンサーのデータを使って、突然の激しい転倒と思えるものを検出し、転倒した装着者をできれば助けるために緊急アラートを送る機能である。Appleは、10万人が参加した心臓と運動に関する研究でユーザーの転倒検出データを調べ、それを歩行の基準に関する同じ研究でiPhoneから収集したデータと結び付けることができた。

「(心臓と運動に関する研究のデータ)は、この機械学習に関する仕事の一部でとても役立っています」とリンチ氏は述べた。「それで私たちは、特に転倒と歩行の安定性を中心とした研究に重点を置き、歩行の安定性に関する従来の測定データ一式を、真実を語る資料として使いました。アンケート調査、臨床観察、受診と医師による歩行の様子の観察も同様です。そして1~2年の間、研究対象の人が転倒することがあれば、転倒に先立つ測定基準をすべて調べて、『転倒の可能性を測る本当の予測因子は何か』を理解することができました。その後、それを基にモデルを構築できました」。

iOS 15におけるAppleのヘルスケアアプリの「歩行の安定性」に関する測定基準(画像クレジット:Apple)

実はAppleは、歩行の安定性の機能によって、ヘルスケアやフィットネスの業界では非常にまれなことを成し遂げた。個人のヘルスケアを中心として、臨床的に検証された、意味のある新しい測定基準を作ったのだ。ヘルスケアアプリでは、AppleのiPhoneのセンサーを通して受動的に収集されたモーションセンサーのデータに基づいて「とても低い」から「低い」または「OK」までのスコアが示される(リンチ氏の話では、iPhoneの方が、腰の位置にあるので測定基準をより正確に検出できるという)。おそらくこのデータは、ユーザーが本当に意味ある改善を実際に行うのに役立つだろう、とリンチ氏はいう。

「別のすばらしい点は、すぐに使えるということです」と氏は述べた。「変えるのが難しいものもある中で、歩行の安定性に関しては、改善するためにできるエクササイズがあります。それで、私たちはそうしたエクササイズをヘルスケアアプリに組み込みました。ビデオを見てエクササイズを行い、転倒する前に、安定性を改善するために努力できます」。

歩行の安定性というのはおそらく、ヘルスケアに関してAppleが重視する分野を最も効果的に具現化した機能である。持ち歩くデバイスが、周囲を取り巻く一種のプロテクターに変わるのだ。

「インテリジェントな保護者」

Appleのヘルスケアアプリは、追跡対象の測定基準を概観するのにうってつけである。Appleは、目に映るものを理解することを容易にする、入念に吟味した状況認識情報のライブラリを着実に構築してきた(例えば、研究室のアップデートされた新しいディスプレイでは、結果がiOS 15でわかりやすい言葉に変換される)。しかし、革新の点でAppleが比類のない位置にいる分野の1つは、先を見越した、または予防的なヘルスケアである。リンチ氏は、歩行の安定性の機能はそうした努力の進展の結果であることを指摘した。

「歩行の安定性に関する取り組みは、私たちが『インテリジェントな保護者』と考えているこのカテゴリーに属します。『どうすれば、他の方法では見ることも気づくこともないかもしれないデータを使ってユーザーを見守るサポートができるだろうか。そして、変化の可能性を知らせることができるだろうか』ということです」と同氏は語る。

「インテリジェントな保護者」のカテゴリーは実のところ、当初はApple Watchとヘルスケアの計画に含まれていなかったことをリンチ氏は認めている。

「最初の頃は、『インテリジェントな保護者』について今のような考え方はしていませんでした。Apple Watch初期にユーザーから寄せられた手紙によって、私たちは、本当に意味のあるアラートをユーザーに通知できることに気づきました。ユーザーからの手紙のおかげで、本当に意義深いひらめきを得られました」。

Apple Watchの転倒の検出(画像クレジット:Apple)

そのような手紙は、ヘルスケアの機能に取り組むチームに今もひらめきを与えており、チームに動機付けを与えてその仕事が正しいことを証明するのに役立っている。リンチ氏は、Appleが受け取った1通の手紙を引用してくれた。ある人が父親にApple Watchを買ってあげたが、父親は自転車で外出中に自転車から溝に落ちてしまった。Apple Watchはその転落を検出し、父親の意識がないことも検出した。幸いにも、Apple Watchは緊急連絡先と911番に通知するように設定されていて、その両方に通知が送信された。Apple Watchによって地図上の場所が息子に通知されたので、息子は現地に駆けつけたが、現場ではすでに救急医療隊員が父親(幸い大事には至らなかった)を救急車に乗せているところだった。

リンチ氏は次のように語る。「『人について私たちが感知して知らせることができることとして、他に何があるだろうか』と考えたことはたくさんあります。ヘルスケアに関する取り組みの中で、私たちは、臨床的な観点から人について知るべき真に意味のある事柄とは何か、という点について常に話し合っています。また、人について感知できることについて科学的な観点からどう考えるべきか、という点についても話し合っています。この2つの点が重なる部分にこそ、収集データを理解して活用するための鍵があります。あるいは、疑問に対して臨床的にしっかりとした根拠に基づく回答を出すためのデータを構築する新しいセンサーを開発するヒントが得られる可能性があります」。

個人のヘルスケアに対するコミュニティとしてのアプローチ

iOS 15でAppleのヘルスケアアプリに加えられる別の大きな変更は共有だ。ユーザーと家族や、医師など世話をする人の間で、ヘルスケアのデータを非公開で安全に共有できるようにする。ユーザーは、共有するヘルスケアのデータを正確に選ぶことができ、いつでもアクセスを無効にできる。Apple自体がデータを見ることは決してなく、データはデバイス上でローカルで暗号化され、受信するデバイスのローカルメモリーで復号化される。

iOS 15でのAppleのヘルスケアアプリの共有(画像クレジット:Apple)

ヘルスケアの共有は、インテリジェントな保護者に関するAppleの取り組みの自然な拡張である。これによって、個人のヘルスケアは、常にそうであった状態、つまり個人がつながっているネットワークによって管理される状態に引き上げられるからだ。しかも、現代のテクノロジーとセンサー機能によって拡張されている。

リンチ氏は次のように説明する。「見守り対象の相手はその情報を見たり、変化の通知を受け取ったりすることができ、見守る人は小さなダッシュボードで情報を見ることができます。特に年配者やパートナーの世話をする人にこれが大いに役立つことを願っています。一般的に言って、ヘルスケアの過程で相互にそうしたサポートができるようになります」。

リンチ氏は、単に他の方法では見いだせなかったデータを明らかにすることが目的ではなく、実際には、ヘルスケアに関連した家族間のコミュニケーションを活発にしたり、普通なら決して生じないような個人的なつながりの扉を開けたりすることが目的だということを指摘している。

「最近どれくらい歩いたかとか、よく眠れるかといった話を自然にすることがないような状況で、会話が促されます。そうしたことを共有する気があるなら、さもなければしなかったような会話ができます。医師とのやり取りでも同じです。医師とやり取りするとき、医師は患者の普段の健康状態をあまり見ていないかもしれません。サイロ思考になって、その時の血圧など、部分的にしか診ません。では、医師と話すときに、どうすれば短い時間で全体像を伝えて、会話の内容を豊かにするサポートができるでしょうか」。

医師との共有は、医療提供者の電子医療記録(EHR)システムとの統合に依存するが、リンチ氏によれば、そのシステムでは相互運用可能な標準が使用されていて、さまざまなプロバイダーがすでに米国を広くカバーする準備を整えている。この機能を利用する医療従事者は、ユーザーが共有するデータをWeb表示のEHRシステムで見ることができる。データは一時的に共有されるだけだが、医療従事者は患者のために、簡単に特定の記録に注釈を付けて、永続的なEHRに保存し、必要に応じて診断結果や治療過程をバックアップできる。

EHRには導入と相互運用性の点で困難な問題に直面してきた歴史がある。この点についてリンチ氏に尋ねると、同氏は、Appleが何年も前にEHRとの連携に取り組み始めた当時は、実際に機能させるためにApple側に多大の技術的な負担が求められたと語った。幸い、業界は全般的に、もっとオープンな標準の採用に向かった。

「業界は、もっと標準化された方法でEHRに接続する方向に大きく変化してきました。確かにAppleは、EHRに関するすべての問題に取り組み、改善を支援するために努力してきました」とリンチ氏は語る。

ユーザーとの長期的な関係を築くメリット

ユーザーと医師の両者にとって、Appleのヘルスケアアプリが持つ大きな潜在的メリットの1つは、長期にわたって大量のデータにアクセスできることである。Appleのプラットフォームにこだわり、ヘルスケアアプリを使ってきたユーザーは、少なくとも7年ほど心拍数のデータを追跡してきたことになる。その理由で、iOS 15の別の機能であるHealth Trends(健康のトレンド)は、将来に向けてさらに大きな影響力となる可能性を秘めている。

iOS 15のAppleの健康のトレンド機能(画像クレジット:Apple)

リンチ氏は次のように説明する。「トレンド機能では、長期的な変化を調べ、各分野で統計的に重要な変化の特定を開始します。最初は20ほどの分野が対象となります。注意すべきトレンドが現れ始めたら、それを強調表示し、その様子を表示することができます。例えば、休息時の心拍数に関する現在と1年前のデータを比較できます」。

これもまた、Appleの心臓と運動に関する研究と、Appleがその研究から継続的に引き出したインサイトの結果である。Appleはこの研究の間、提供するインサイトの微調整に大いに力を注いだ。活用できるインサイトをユーザーに提供すると同時に、過剰な負荷や混乱の増大を回避するためだ。

「健康のトレンドのような機能を扱う場合、インサイトでユーザーを圧倒したいとは思いません。しかし、示すべき関連情報がある場合は、それを抑えたいとも思いません。どのように調整すべきか考えました。私たちは、心臓と運動に関する研究で得たデータを調整することに力を注いだので、それが公開されている様子を見ると胸が高鳴ります。これは何度でも言います。これは長期的な変化を理解する本当に強力な方法になると思います」。

ヘルスケアの未来は「融合」にあり

Appleのヘルスケアに関する今日までのストーリーは主に、iPhoneやApple Watchに搭載されている、最初は別の目的を持っていたセンサーを通じてヘルスケアに関するすばらしいインサイトが継続的に提供されたことによって成り立っている。以前はまったく不可能で、実際的ではなかったことだ。その状況は、Appleが、Apple WatchやAppleの他のデバイスに統合できる新しいセンサー技術を探し出して、日常のさらに多くの健康問題に取り組むという、意図的な戦略へと進展した。また、Appleは引き続き、既存のセンサーを使う新しい方法を見つけ出している。iOS 15に追加された、睡眠中の呼吸数の測定が主な例である。一方で、さらに多くのことを行うため、次なる新しいハードウェアの開発にも取り組んでいる。

しかし、将来のヘルスケア機能の観点から見ると、さらに可能性を探るべき分野は、センサーの融合である。歩行の安定性は、iPhoneとApple Watchが単に独立して機能する結果ではなく、Appleがそれらを組み合わせて活用するときに得られる成果である。Appleのソフトウェアとハードウェアの緊密な統合によって強化される分野もある。そのような分野は、デバイスとそのデバイスに搭載されているセンサーで構成されるAppleのエコシステムとして増殖し、成長を続ける。

インタビューの最後に、AirPodsのことを考慮に入れるとどんな可能性が開かれるのか、リンチ氏に尋ねた。エアポッドにも独自のセンサーがあり、iPhoneやApple Watchでモニタリングされるヘルスケア関連データを補完できるさまざまなデータを収集できるためだ。

「現在すでに、いくつかのデバイス間でセンサーの融合を行っています。ここには、あらゆる種類の可能性があると考えています」とリンチ氏は語った。

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カテゴリー:ヘルステック
タグ:AppleiOSiOS 15WWDC 2021Apple Watchヘルスケアアクティビティ心拍数心臓インタビュー

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(文:Darrell Etherington、翻訳:Dragonfly)

【インタビュー】アップル幹部が語る次期iPad OSのメンタルモデルとマルチタスクの強化

2021年のWWDCカンファレンスで発表されたiPadの新しいソフトウェアに、非常に大きな期待が寄せられている。iPadのラインナップ、特に大型のiPad Proでは、ここ数年、驚異的なペースでハードウェアのイノベーションが行われてきた。その一方、iPadのソフトウェア、特に複数のアプリを同時に使用できる機能や、プロのソフトウェア開発者向けのプロセスで使用できる機能のイノベーションが明らかに遅いことに、厳しい視線が注がれている。

そのような意見に反論しようとするかのように、iOS 15とiPadOS 15に関する2021年の発表では、マルチタスク機能の使い勝手が大幅に改善されていることや、システム全体に関する機能のほぼすべてに開発者向けAPIが塔載されていることが紹介された。筆者は、Apple(アップル)のワールドワイド製品マーケティング担当VPのBob Borchers(ボブ・ボーチャーズ)氏と、Appleのインテリジェントシステムエクスペリエンス担当VPのSebastien(Seb)Marineau-Mes(セバスティアン[セブ]・マリノー・メス)氏に、iPadOS 15のリリースについて話を聞き、これらのさまざまな改善点について意見を交わす機会を得た。

マリノー・メス氏は、Appleのソフトウェア担当SVPであるCraig Federighi(クレイグ・フェデリギ)氏のチームメンバーであり、今回の新バージョンの開発において中心的な役割を果たした人物だ。

iPadには、SharePlay、Live Text、Focuses、Universal Control、オンデバイスのSiri処理、プロトタイプ作成ツールとして設計された新しいSwift Playgroundsなど、多くの新しいコア機能が搭載されている。ただし、iPad Proユーザーが最も期待しているのは、Appleのマルチタスクシステムの改善だ。

iPadOSに関するTechCrunchの記事を読んだことがある読者なら、ジェスチャーを重視したマルチタスクインターフェイスを批判する声があることをご存知だろう。筆者もその1人だ。条件さえそろえば便利かもしれないが、ジェスチャーシステムは見つけにくく、さまざまな種類のアプリを組み合わせた階層構造が複雑であるため、初心者はおろか、上級ユーザーでも、ジェスチャーを正しく使うことは少し難しかった。

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iPadが市場で唯一成功したタブレット端末であることから、Appleは、業界でどのようなパラダイムが標準として確立されるかを左右する唯一無二の立場にある。このようなデバイスで作業したらこのように感じられるようにすべきだ、このように見えるようにすべきだと言える立場にある企業はそうそうない。

そこでボーチャーズ氏とマリノー・メス氏にマルチタスクについて少し話を伺った。具体的には、iPadOS 15のマルチタスクの設計におけるAppleの哲学と、旧バージョンからのアップデートについてである。旧バージョンでは、指のアクロバティックな動きと、画面の端から飛び出す物体に対する強い空間認識が必要だった。

私が空間的な動きについて話すと、ボーチャーズ氏は次のように言った。「その通りだと思います。しかし私たちが考えているのは、一歩前進して、マルチタスク化により見つけやすさ、使いやすさ、高性能化を実現することです。これまでマルチタスクは上級者が利用していた機能ですが、もっと普及させたいと考えています。なぜならマルチタスクは多くの人々に役立つと思うからです。だからこそ見つけやすさや使いやすさが重要なのです」。

「空間モデルに関するあなたの指摘は、非常に核心をついています。私たちの目標の1つは、エクスペリエンスにおける空間モデルをより明確にすることでした」とマリノー・メス氏は語る。「明確な空間モデルでは、例えば分割表示にして、ウィンドウの1つを交換する場合、カーテンを開けて、別のアプリを横に押し込むと、そのアプリを見ることができます。これは隠れたメンタルモデルではなく、非常に明示的なモデルです」。

マリノー・メス氏はこう続ける。「もう1つの好事例は、スイッチャーアプリを使用してウィンドウを再構成する際に、分割表示の並べ替えやアプリの削除などをドラッグ&ドロップで行うことです。つまり「隠された」メンタルモデルではありません。ユーザーにとって明示的なモデルを使い、あらゆるアニメーションやアフォーダンスを通じて空間モデルを強化することを目指しています」。

マリノー・メス氏によると、Appleの今回の目標は、マルチタスクが選択肢の1つであることをユーザーに理解してもらうために、アフォーダンスを加えることだった。アフォーダンスはすべてのアプリとウィンドウの上部にある一連の小さな点であり、利用可能な構成を明示的に選べるためのものだ。これまではアプリをドックに追加して切り替えていた。同氏は続けて、このバージョンのOSでは一貫性が重要な指標だったと述べている。例えば、Slide Overアプリは、他のすべてのアプリと同じようにスイッチャービューに表示される。つまりボタンを使ってアプリの設定を選択しても、スイッチャーでドラッグ&ドロップしても同じ結果が得られるということだ。

マリノー・メス氏によると、ダッシュボードでは「実行しているすべてのアプリをひと目で見ることができる他、iPadのインターフェイスを使ってアプリをどのように操作しているかを示す完全なモデルが表示される」という。

この「ひと目でわかる」システムマップは、上級ユーザーにとっては歓迎すべきものだ。非常に積極的なプロのユーザーである筆者でさえ、開いているウィンドウの数と使用するタイミングを把握できないSlide Overアプリは、何よりも厄介だった。スイッチャー自体にSlide Overアプリを組み込む機能は、Appleが何年も前からOSに塔載したいと考えていた機能の1つであるが、今回ようやくiPadに塔載されることになった。組織の粘り強さこそが、取り組むべき重要な課題だったのだ。

「私たちは、強い信念を持って、iPadのどこに何があるかがわかるようなメンタルモデルを構築しています。そして粘り強さに関しては、あなたのおっしゃる通りです。例えばホーム画面についても粘り強く取り組む必要があると思っています。ユーザーはホーム画面や設定したすべてのアプリのどこに何があるかについて、非常に強いメンタルモデルを持っています。だからこそ、そうしたメンタルモデルをしっかりと維持しつつも、ユーザーがスイッチャーでアプリを再編成できるようにしているのです」。

マリノー・メス氏は、アプリが起動しているすべてのインスタンスやウィンドウを表示する新しい「シェルフ」機能についても言及した。同氏がいうには、シェルフ機能をシステム全体の機能ではなくアプリごとの機能として実装したのは、シェルフを特定のアプリと関連づけるほうが、構築しようとしている全体的なメンタルモデルに合致するからだ。2021年後半には、1つのプロジェクト中に多くの文書やウィンドウを一度に開いてアクティブにできる、より専門的なアプリがリリースされる。その時、このシェルフの価値をさらに強く実感できるかもしれない。

iPadOS 15では、上級者の要望に応えて、システム全体で使える豊富なキーボードショートカットも提供されている。インターフェイスが矢印キーで操作できるようになった他、多くの高度なコマンドも用意されている。ゲームコントローラを使ってiPadを操作することも可能だ。

「2021年の主な目標の1つが、システム内のあらゆるものを基本的にキーボードを使って操作できるようにすることでした」とマリノー・メス氏は述べ、次のように続けた。「そのため、キーボードから手を放したくなければ、放す必要はないのです。新しいマルチタスクのアフォーダンスと機能は、すべてキーボードショートカットで操作できます。新しいキーボードショートカットメニューバーには、利用できるすべてのショートカットが表示されるため、非常に発見しやすい環境が実現しています。ショートカットを検索することもできます。またこれは細かいことですが、MacとiPadOSのショートカットの合理化には、かなり意識的に取り組みました。そのため、例えばユニバーサルコントロールを使用している場合、ある環境から別の環境にシームレスに移動することができます。どの場所でも一貫性を確保することを目指しています」。

一方でジェスチャーも、ジェスチャーに慣れている既存のユーザーに配慮し、一貫性を保つために残される。

筆者がより興味深く便利だと感じた改善点の1つは、Center Window(センターウィンドウ)とそれに付随するAPIの導入である。メール、メモ、メッセージなどのいくつかのAppleアプリは、重なり合うウィンドウにアイテムをポップアウトできるようになった。

この新しい要素を加えたことについて、マリノー・メス氏は次のように語る。「非常に慎重に決断しました。フローティングウィンドウを使用できることで、新たなレベルの生産性がもたらされます。フローティングウィンドウの後ろにコンテンツを表示できるため、シームレスなカット&ペーストが可能になります。これは、従来のiPadOSモデルではできないことでした。またセンターウィンドウが分割表示ウィンドウの1つ、または全画面表示になり、その後センターウィンドウに戻ることができるようにして、他のマルチタスク機能との一貫性を保つことも目指しています。私たちはこれをすばらしい追加機能だと考えており、サードパーティーがこの機能を採用してくれることを楽しみにしています」。

最も強力なクリエイティブアプリの多くはサードパーティーによって構築されており、これらのアプリを真に役立つものにするには、こうした技術を採用しなければならない。そう仮定すると、Appleが発表したiPadOS 15の新機能の早期導入には不安要素がある。しかしボーチャーズ氏によると、Appleは、これらの新しいパラダイムや技術がプロ向けアプリにできるだけ多く採用されるように懸命に取り組んでいるという。その結果、2021年秋頃になれば、iPadは、プロが望む高度な作業を行うための快適なホストとして認識されるだろう、とのことだ。

iPadが存在するこのマルチモーダルな世界を可能にしているものの1つがユニバーサルコントロールだ。この新機能では、Bluetooth信号、ピア・ツー・ピアWiFi、iPadのタッチパッドのサポートを利用し、デバイスを互いに近づけ、マウスを画面の端にスライドして、MacやiPadにシームレスに接続することができる。ユーザーの意図を読みとって巧みに活用している事例だ。

カリフォルニア州クパチーノ。2021年6月7日、Appleのソフトウェアエンジニアリング担当上級副社長クレイグ・フェデリギ氏が、Apple Parkで開催されたAppleのWorldwide Developers Conferenceの基調講演ビデオの中で、ユニバーサルコントロールの使いやすさを紹介している(画像クレジット:Apple Inc.)

「プロユーザーかどうかに関わらず、1人でMac、iPad、他のiPhoneを持っているユーザーが多いということに気づきました。そして私たちは、これらを連携することが強力なパワーを発揮すると信じています」とボーチャーズ氏は言い、続けて次のように述べた。「AppleのContinuityモデルを拡張して、iPadOSというすばらしいプラットフォームを利用しながら、その隣でMacを操作できるようにするのは、当然だと感じました。大きな課題は、魔法のようなシンプルな方法でそれをどう実現するかでした。そしてセブ氏とそのチームがそれを成し遂げたのです」。

「これはContinuity機能とSidecarで築いた基盤の上に成り立っています」とマリノー・メス氏は付け加えた。「私たちはセットアップを可能な限りシームレスにする方法や、デバイスが隣り合っていることを検出する方法について、検討に検討を重ねました」。

「もう1つ考えたことは、人々が求めているワークフローとは何か、そのワークフローに不可欠な機能は何かという点でした。私たちは、プラットフォーム間でコンテンツをシームレスにドラッグしたり、カット&ペーストしたりする機能などが非常に重要だと思いました。それこそが体験に魔法をかけるものだと考えたからです」。

ボーチャーズ氏は「これによりすべてのContinuity機能がより見つけやすくなる」と付け加えた。例えば、Continuity機能の共有クリップボードは常に機能しているが、目に見えない。それをマウス駆動型の視覚的なモデルに拡張することは理に適っていると言える。

「当然ながら、プラットフォームのどこにでもコンテンツをドラッグできます」とボーチャーズ氏はいう。

「ボブ、あなたは『当然』と言いましたよね」とマリノー・メス氏は笑いながら言った。「しかし長年プラットフォームに取り組んできた私たちにとって、『当然』を実現するのは技術的に非常に難しく、まったく当然なことではないのです」。

iPadOS 15の有望な拡張機能が見られるもう1つの分野は「アプリ内」という考えを脱却した、システム全体に関わるアクティビティだ。例えば、アプリに埋め込まれるレコメンデーション機能、ビデオ通話が見つかると表示されるShareplay、あらゆる写真を、キーボードで検索可能なインデックス付きアーカイブに変えるLive Textなどである。

もう1つのシステム拡張機能はQuick Noteである。システムのどこからでも画面の下隅からスワイプして使用できる。

「Quick Noteではいくつかおもしろいことができます。1つはリンクです。SafariやYelpなどのアプリで作業しているときに、表示しているコンテンツへのリンクをすばやくQuick Noteに追加することができます。あなたはどうか知りませんが、私は調べものをするときに頻繁にこの動作をしています」とマリノー・メス氏はいう。

「以前は、カット&ペーストしたり、おそらくスクリーンショットを取ったり、メモを取ったりしていたことでしょう。それが今では、システム全体で非常にシームレスに、流れを止めずに行うことができるようになりました。逆に、Safariを起動中に、Safari内のそのページについて記載したメモがあれば、画面の右下隅にサムネイルとして表示されます。私たちは、このメモ体験をシステム全体に適用し、どこからでも簡単にアクセスできるようにしようと本当に努力しました」。

AppleがiPadOS 15とiOS 15に導入しているシステム全体にわたる機能の多くは、開発者が利用できるAPIを備えている。AppleのAPIは長い間、アプリを強化する手段として開発者に提供されるものではなく、多くの場合、フレームワークの一覧のプライベートセクションに存在していた。しかし最新のAPIは必ずしもそうではない。ボーチャーズ氏によると、これはシステム全体に「より広範なインテリジェンスの基盤」を提供する意図的な動きである。

この広範なインテリジェンスには、Siriが大量のコマンドをローカルスコープに移動させることも含まれる。そのために、Appleの音声認識の大部分を新しいOSのデバイス上の構成に移す必要があった。ボーチャーズ氏曰く、その結果、毎日のSiri体験が大幅に改善され、多くの一般的なコマンドが要求に応じてすぐに実行されるようになった。これまでは一か八かの勝負をしているようだった。Siriには、クラウドに届いたコマンドは決して戻ってこないという悪い評判がある。そうした風評をなくすことで、Siriの有用性に対する公共認識が改善する可能性がある。

Apple Neural Engine(ANE)がもたらすインテリジェンスをデバイスに導入することにより、システム全体、過去、現在、その瞬間のあらゆる写真に含まれるテキストをインデックス化することも可能だ。

「Live Text機能を使用できるのはカメラと写真だけでしたが、私たちは、Safariやクイックルックなど、画像があるところならどこでも、Live Textを使用できるようにしたかったのです」とマリノー・メス氏は語った。「私がLive Textのデモで気に入っているのが、Wi-Fi接続用の長く複雑なパスワードを入力するフィールドでLive Textを使用するデモです。キーボードでパスワードを表示して写真を撮り、写真の中のテキストをコピーしてフィールドに貼り付けるだけです。まさに魔法のようです」。

iPadOS 15の開発者向けサービスに関しては、筆者はSwift Playgroundsについて具体的に話を聞いた。Swift Playgroundsには、アプリを記述し、コンパイルし、App Storeでリリースできる機能が追加されている。iPadで初めての機能である。これは開発者が望んでいたネイティブのXcodeではない。しかしボーチャーズ氏によるとSwift Playgroundsは「単にプログラミングを教える」ためのものでから「多くの開発者が実務で使用する」ものへと進化しているという。

「ここで得られた有用な知見の1つは、多くのプロの開発者がSwift Playgroundsをプロトタイプ用プラットフォームとして利用していることです。何かを試してみたいとき、それがバスの中であろうが公園であろうが、場所を問わずに非常に簡単に使えるため、『コードを学びたい』ときに非常に便利です」。

「開発者であれば、作業しているデバイス上でアプリを実行できると優れた忠実性を得られるため、生産性が上がります。またプロジェクト形式がオープンであるため、XcodeとPlaygroundsの間を行き来できます。ボブがいうように、私たちが想定しているのは、他の開発環境を持ち歩かなくても、Playgroundsを使用して外出先で多くのラピッドプロトタイピングを実行できることです。そのためPlaygroundsは、2021年開発ツールに追加された本当に強力な機能になると考えています」と、マリノー・メス氏は付け加えた。

2018年に、筆者はAppleの新しいチームを紹介した。このチームは、(当時は明かされていなかった)新しいMac Pro、iMac、MacBook、iPadなどのマシンが関連するプロセスがうまく進むように、Appleが実世界のユースケースに対応していることを確認できるテスト装置を構築していた。当時注目を集めたデモの1つが、Logicなどの音楽アプリと緊密に連携することによってiPadの入力モデルがコアアプリを補完できるようにするものだった。タッチインターフェイスを使用して、より直感的にパッド上でリズムを刻んだり、色や音声を調整したりできるようにした。最近のAppleの取り組みの多くは、ユーザーがさまざまなコンピューティングプラットフォームをシームレスに行き来し、それぞれの強み(元々ある能力、携帯性、タッチなど)を活かしてワークフローを補完することを目的としているようだ。iPadOS 15の多くは、このような方向性を持っていると思われる。

「ソフトウェアが原因で十分に力を発揮できない作業デバイス」というiPadのイメージをiPadOS 15が覆せるかどうかの判断は、2021年後半にiPadOS 15がリリースされるまで保留にしたい。しかし筆者は、短期的には慎重ながら楽観的な見方をしており「アプリの枠」を超えた一連の機能強化、単一アプリの内外でマルチタスクを実行するためのより明確なアフォーダンス、そしてAPIサポートへの献身的な取り組みは、拡張を推進しようとするiPadソフトウェアチームの精神の表れだと感じている。概して良い兆候だと思う。

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カテゴリー:ソフトウェア
タグ:AppleWWDC2021iPadOS 15iPadiPadOSインタビュー

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(文:Matthew Panzarino、翻訳:Dragonfly)

SF作家に聞く「スペキュレイティブ・フィクション」はこのクレイジーな世界で何かを教えてくれるのだろうか?

マーク・トウェインが「Truth is stranger than fiction(真実は小説より奇なり)」という言葉を残しているが、私たちはこの1年、極めて奇妙な現実を経験してきたと言っても過言ではない。このような混乱と変化の中で、私たちは根本的な疑問に導かれた。それは、スペキュレイティブ・フィクション(現実世界と異なった世界を推測、追求したもの)、そして隣接するジャンルのSFやファンタジーが向かうところだ。私たちの世界の大部分が、これらの作品が描くファンタスティックな世界をすでに体現しているように見える。

そこで筆者は、Eliot Peper(エリオット・ぺーパー)氏とGmailを介して対談する機会を得て、2020年の振り返りと、スペキュレイティブ・フィクションの意義、そして芸術の未来について語り合った。ぺーパー氏は不定期に執筆活動をするフィクションコラムニストで、著書に「Veil」やAnalogシリーズ3部作などのスペキュレイティブ・フィクション小説がある。

この会話は一部編集の上、要約されている。

Danny Crichton(ダニー・クライトン):スペキュレイティブ・フィクションの将来に注目しています。私たちは、パンデミックと数々の深刻な気候変動という、このジャンルの素材ともいえる出来事に直面する1年を経験しました。現実が想像の生み出す扁桃体と隣り合わせのように思われる中で、どのように推測(スペキュレーション)を続けていますか?

エリオット・ぺーパー氏: 現在の事象を通して痛感することは、現実は、フィクションと違って現実的である必要はないということです。世界は複雑であり、いかに理知に富んだ人でも、実際に起きていることをほんのわずかしか理解していません。次に何が起こるかは、誰にもわからないのです。サイエンス・フィクションの中で生きているように感じるかもしれませんが、それは私たちが常にサイエンス・フィクションの中で過ごしてきたからです。あるいは、スペキュレイティブ・フィクションは、いわゆる現実的なフィクションよりも現実的かもしれません。明日は今日とは異なり、私たちが予想するものとは異なるという唯一の確実性があるからです。根本的な変化のない世界を描写することが、空想的なものとなっています。

スペキュレイティブ・フィクションの作家として、私は歴史の熱心な読み手です。過去について読み、求知心を満たして将来の可能性を想像する中で、現在というのは極めて偶発的で、魅力的で、一過性であることを認識しました。私にとって、スペキュレイティブ・フィクションは予想というよりも、ジャズミュージシャンがスタンダードを越えて即興するように、世界の移り変わりをリフするものです。正確という概念は間違いの存在により生じます。この上なく魅力的な演奏は、人々の思い、夢、感情をかきたてるものがあるから、魅了するものとなります。そして、テクノロジー的なレバレッジがあるからこそ、人々はより大きな広がりをもって、良い方向にも悪い方向にも未来を創り出していくのです。

ですから私は、現実がスペキュレイティブ・フィクションに追いつくことを懸念していません。スペキュレイティブ・フィクションは人間の現実体験に根ざしています。すべてのブラックスワン・イベント(連鎖反応を引き起こす予期せぬ事象)は、新しい素材でしかありません。

クライトン:そのことは、現実的なフィクションとスペキュレイティブ・フィクションの境界を曖昧にしてしまい、作品の分類を難しくしているように私には思われます。私にとってパンデミックの現実は、地球全体に新しいウイルスが定着するというブラックスワンではなく(つまるところパンデミックは歴史上広く存在する)、私たちが目の当たりにした「混乱に満ちた対応」というブラックスワンであり、そうした対応はことごとく不秩序を極めたものとなりました。

もし私がスペキュレイティブ・フィクションのシナリオを描くとしても「医学の進歩により治療法が飛躍的なスピードで開発されるが、人々による日常の対応が、自らの行動を通じて死者の数を大幅に増やすことに帰する」と考えることはできないと思います。私はスペキュレーション的なものを思うとき、劇的なもの、例外的な何かを想像しますが、今回のブラックスワンは、私たちの生活のありふれた行動が、事象の流れに影響を与える力を持つことを示しています。

ぺーパー氏:スペキュレイティブ・フィクションは「what if?(もし~だとしたら)」という問いにまつわるものです。もし宇宙飛行士がひとり火星に取り残されたらどうなるか?遺伝子工学者が恐竜を復活させ、アミューズメントパークに閉じ込めたら?すべての人がシミュレーションの世界で生活しているとしたら?私の最新小説Veilのもとになった問いは「億万長者が地球工学を駆使して地球の気候を支配したらどうなるか」というものでしたが、こうした問いは人の心を引きつけます。想像力を呼び起こし、好奇心を刺激します。これも良いことですが、出発点に過ぎません。

スペキュレーション的な設定を成功させるには、ストーリー全体に2次、3次、4次の効果が波及するようにドミノを配置する必要があります。モメンタムを構築するのです。漸進的な複雑性がラチェットのように締め付ける働きを担います。予期しない逆転により、読者を前に進めます。地震がサンフランシスコを平らにするというストーリーであれば、ベイブリッジの崩壊、湾岸高速鉄道の洪水、停電、ガス漏れ、火災など、物理的な影響の可能性を想像するのは簡単です。社会的影響の可能性を想像することは、あまり明確なものではありませんが、少なくとも同等の重要性はあります。人々は隣人を救出するために命を危険にさらすのか、それとも限られた緊急物資のために戦いを繰り広げるのか。知事や大統領は、それぞれの個性、インセンティブ、選挙区を考慮しながら、どのように対応するのか。こうした事象は、ベイエリアの社会構造をどのように再構築していくのだろうか。(これも重要なことだが、Dwayne Johnson[ドウェイン・ジョンソン]氏はどこにいるのか?)人々が事象にどのように反応するかは、事象がどのように展開するかにとって欠かせない要素です。

2020年4月に発表されたLawrence Wright(ローレンス・ライト)氏の「The End of October」は、世界的なパンデミックに対する社会的・政治的反応の複雑で連鎖的な事象の推定という点で不気味なほど的確な作品となっています。Kurt Vonnegut(カート・ヴォネガット)氏の「Galápagos」は、現実的であることが不条理と感じるような世俗的で荒廃した人間の近視眼によって導かれる終末論的なシナリオを描いています。サイエンス・フィクションの中にはテクノロジーの変化における指標に主眼に置くものもありますが、Ada Palmer(エイダ・パーマー)氏の秀逸な「Terra Ignota」シリーズは、想像を絶する厳格さを持つ架空の未来の文化的、政治的、社会学的側面を映し出しています。人間の行動は往々にして、元のシナリオの影響に変化と増幅をもたらし、その過程で新しい世界を形作るXファクターとなるのです。

ただ、これはより深い疑問を示唆しています。フィクションは何のためにあるのでしょうか?

私はフィクションを描くとき、現実の正確な描写や予測を意図してはいません。私は、読者を感動的で、驚異的で、充足感のある旅に導くための体験を生み出そうとしています。現実世界の特に興味深い側面に根ざしたシナリオを推定することにも楽しさはあるかもしれませんが、その成功が正しい方向に向かうとは限りません。成功は、読者が夜深くまで読み進めて、自分では表現できない、忘れられないストーリーの先に何が起こるのかを見い出すことにあります。

Neil Gaiman(ニール・ゲイマン)は、おとぎ話は真実以上のものだと好んで主張しています。それは、ドラゴンが存在することを伝えているからではなく、ドラゴンを倒すことができることを伝えているからです。スペキュレイティブ・フィクションでは、私は深い感情的な真実を明らかにしたり、歴史の流れを形作る根底にある力を明らかにしたりするストーリーに惹かれます。たとえそれが、壮大でありながら、文字通りの詳細についてはおかしいくらい間違っていたとしてもです。これは、テクノロジー的な正確性を追求することが悪いということではなく、単にそれが常に重要なことではないということです。重要なことは、世界の違いを考えさせ、感じさせ、想像させることではないでしょうか。

クライトン:最後の点について、想像力とその変化への力についてあなたがどのように考えているかに興味があります。明らかに、芸術は歴史を通して人々の想像力に持続的かつ強力な影響を与えてきましたし、大きな社会的、文化的、政治的変化にはしばしば芸術的な先例が存在します。しかし、歴史的に見て、少なくとも私の観点からは、その力の一部は、その希少性と意外性にあると思われます。

私たちは今、テレビゲームから映画、テレビ番組のストリーミング、本やグラフィックノベルなど、想像力に富んだ世界に囲まれています。時間の使い方に関する研究を読むと、アメリカ人は起きている時間の大半を想像力に満ちたコンテキストの中で過ごしている可能性があるということです。芸術における想像力の広がりの極まりと、日常生活における変化の極微さとのギャップをますます感じるようになってきたと私は感じます。それは芸術が変化を引き起こす力を脅かしているのでしょうか?スペキュレーションは依然として、行動につながり得る活動でしょうか?

ぺーパー氏:スペキュレーションは、人間であるということの一部です。私たちは選択をする前に、起こり得る結果を想像します。潜在的な未来を空想の中でシミュレートしてから、それを現実にコミットします。私たちの頭の中の予想は往々にして間違っていることもありますが、有用であることも多くあります。良くも悪くも、思考の実験は、私たちの内的生活の基礎になっています。この個人の動的な性質は、人々の集合体へと拡大していきます。より良い未来を想像することは、それを構築するための第一歩です。

芸術は想像の手段です。映画製作者は、人々が鑑賞し、鑑賞する中でそれぞれの想像力を発揮することができるように、自分のビジョンを映画に体系化します。時には文化と呼ばれるものを形成する、さらに多くのプロジェクトへとスピンオフする新たな創造的な試みを生み出すことさえあります。テクノロジーのおかげで、これまで以上に多くの映画、本、歌、詩、写真、絵画、コミック、ポッドキャスト、ゲームが、より多くの人々にとって入手しやすくなりました。想像の世界は、経験するにつれて現実世界の不可欠な部分となり、実際の事象に意味や可能性を重ねていきます。私たちは常にお互いの現実を解釈し、その過程で変換させています。この過程の密度と強さが増しているのは、より多様な次元に沿ってお互いをより緊密に結びつけようとする個体群の増加の結果といえるでしょう。

しかし、テクノロジーは新しい芸術メディアを実現し、人々が芸術を創造し、発見し、体験する方法を変えただけではありません。テクノロジーは人間の選択がもたらす影響を増幅します。ヒポクラテスはmRNAワクチンの発明には至らず、チンギス・ハンは核の黙示録を始めるボタンを押すこともなく、オデュッセウスはコードではなく木でトロイの木馬を作りました。

私たちのツールは、祖先が想像もしなかったような強大な力を私たちに与え、私たちの決定の結果はそれに応じて拡大します。テクノロジーの創意は道徳的に中立であるため、テクノロジーの発展は、時代を超えた人間の営みの問題を解決する上で重要な役割を担っています。良い生活を送り、より大きな善に貢献し、良い祖先になることは何を意味するのでしょうか。それは芸術家が多様で、不完全で、矛盾し、時には非常に価値のある地図を提供するような、道徳的地理学ともいうべきものです。ある意味、テクノロジーが私たちに力を与えるほど、私たちは芸術を必要とするのです。

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カテゴリー:その他
タグ:インタビューSF

画像クレジット:Bonnie Tarpey – Wronski / EyeEm / Getty Images

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(文:Danny Crichton、Eliot Peper、翻訳:Dragonfly)

ベルファストの現状と展望について8人の投資家、創業者、経営者に聞く、サイバーセキュリティとフィンテックが旋風を巻き起こす

ザ・トラブルズと呼ばれた北アイルランド紛争の終結以降、ベルファストの状況はずっと上向いてきた。北アイルランド経済省によると、この20年でインフラの改善が進み、タイタニック号が建造された造船所や「Game of Thrones(ゲーム・オブ・スローンズ)」のロケ地などの観光名所のおかげで観光ブームが起き、2016年以来、雇用率は安定して上昇を続けている。また、有名なクィーンズ大学があることや、生活費が低いことも魅力だ。さらに、ジェントリフィケーション(富裕化)が起き始めており、これは、北アイルランドの資本価値が上昇していることを示している。

英国のTech Nationの調べによると、ベルファストのスタートアップシーンでは、2018年現在、就労者の26%がテック関連であり、ベルファストは2021年に最大の成長が見込まれる英国の都市の1つに数えられている。

以上を踏まえた上で、テック関連スタートアップエコシステムの内部の現状を知るために、TechCrunchはベルファストの創業者、投資家、経営者に対してアンケート調査を実施した。その回答によると、ベルファストは、フィンテック、アグリテック、ホスピタリティテック、新興テック、サイバーセキュリティ、SaaS、メドテックといった分野に強い。また、アイルランド生え抜きのインキュベーター兼アクセラレーターとして、Ignite NIが出現している。

アンケートの回答者が言及した興味深いスタートアップには、CropSafe(クロップセーフ)、SideQuest(サイドクエスト)、Aflo(アフロ)、Material Evolution(マテリアル・エボリューション)、Cloudsmith(クラウドスミス)、LegitFit(レジッドフィット)、Continually(コンティニュアリ)、Gratsi 54(グラスティ54)、North Design(ノースデザイン)、Animal Manager(アニマル・マネージャー)、Kairos Sports Tech(カイロス・スポーツ・テック)、Budibase(ブディベース)、Incisiv(インサイシブ)、Automated Intelligence(オートメイテッド・インテリジェンス)、loyalBe(ロイヤルビー)、Konvi(コンヴィ)、Lane 44(レーン44)、Teamfeepay.com、Axial3D(アクシアル3D)、Neurovalens(ニューロバレンズ)、Payhere(ペイヒア)、Civic Dollars(シビック・ダラーズ)などがある。

ベルファストのテック関連投資は、ソフトウェアとライフサイエンス分野は活発だが、保守的でリスクを回避する傾向が強い側面があった。しかし、それも改善されてきており、海外からの直接投資(FDI)がエコシステムの主要な成長要因となっている。

ブレグジットが北アイルランドに与える影響については不確定要素がまだ残っているが、ある経営幹部は次のように語った。「うまく対処すれば、ブレグジットをフルに活用できるでしょう。北アイルランドは、EUと英国の両方に属する位置付けとなるため、市場ではいろいろとメリットがあります。それを活かさない手はありません」。

ある創業者は「地元の著名な大学と海外からの直接投資の急増により、優秀なエンジニアが惹きつけられている」ことに世界中の投資家が気づいているため、ベルファストに流れ込む民間資本は増えると予測している。生活費が安いこともあって人材がこの街に留まるようになっており、そのおかげでテック業界が羽ばたける環境が生み出されていると、この創業者はいう。

以下の方々が、TechCrunchのインタビューに応じてくれた。

コーマック・クイン氏、loyalBe、創業者兼CEO

貴社のテックエコシステムの中で特に強い分野を教えてください。どんなことに対して最もワクワクしますか。逆に、欠けていることは何ですか。

当社の強い分野は、サイバーセキュリティと、(サイバーセキュリティほどではありませんが)フィンテックです。さまざまな分野で新しいスタートアップがいくつも創業されているのを見るとワクワクします。従来、ベルファストにはテック関連スタートアップはそれほど多くありませんでしたが、それがまさに今変わりつつあります。これには大いに期待しています。私はこれまで、テック関連会社を起業するにはベルファストから米国に移転する必要があると思っていましたが、その必要はなくなっており、標準的な方法でもなくなっています。

ベルファストで最も興味深いスタートアップを挙げてください。

いくつかありますが、Cloudsmith(開発ツール)、LegitFit(スケジューリング)、Continually(チャットボット / マーケティング)、Automated Intelligence(データ管理)あたりでしょうか。もちろん、これらは思いついた企業を挙げただけで、他にもたくさんあります。

ベルファストのテック関連投資家の特徴を教えてください。投資家が注目するポイントは何ですか。

ベルファストの投資家はいくらか保守的で、少し従来的なやり方に固執しているところがあります。100万ユーロ(約1億3000万円)以上を調達するつもりなら、外部の投資家に目を向ける必要があるでしょう。現時点では、残念ながら民間資本の量も十分とは言えませんが、優秀な人材もおり、生活費も安いため、投資額はさらに増大していくと思われます(家賃の高騰もなく、人件費も比較的安いため)。ベルファストでは、これから良い循環が始まるところだと思います。今から数年以内に、地元で多くのイグジットが生み出され、結果として、民間資本の流入がさらに増えることになるでしょう。

リモートワークへの移行が進む中、人々はベルファストに留まると思いますか。それともベルファストから出ていくのでしょうか。逆に、ベルファストに入ってくる人もいると思いますか。

パンデミック以前、ベルファストは成長していました。以前の状態に近い日常が戻ってくれば、この成長トレンドは継続すると思います。ベルファストは歴史的な問題を抱えていることもあって、長い間、人々が住みたがりませんでしたが、それも少しずつ変わってきています。街のあちこちに、学生寮、ホテル、おしゃれなアパートなどが、次々に出現しています。15~20年前のベルファストには、そのようなものはほとんどありませんでした。

ベルファストのスタートアップ業界の重要人物(投資家、創業者、弁護士、デザイナーなど)を挙げていただけますか。

Ignite NIのMD Chris McClelland(クリス・マクレランド)氏。ベルファストで最高のアクセラレータープログラムのメンターで、BrewBotの共同創業者。

Ignite NIのCOO Ian Browne(イーアン・ブラウン)氏。企業家で、ベルファストのスタートアップ業界のもう1人のメンター。

Mark Dowds(マーク・ダウズ)氏。Anthemisのベンチャーパートナー、Ormeau Baths(私見ではベルファストで最高のコワーキング・スペース)の共同創業者。

5年後、ベルファストのテック関連業界はどうなっていると思いますか。

今はブレグジットのため不確定要素の多い時期ですが、うまく対処すれば、ブレグジットをフルに活かすことができると思います。北アイルランドは、EUと英国の両方に属する位置付けとなるため、市場ではいろいろとメリットがあります。それを活かさない手はありません。地元の有名大学の存在と海外からの直接投資の急増に惹きつけられて優秀なエンジニアが集まっていることに、世界中の投資家が気づいているため、今後、ベルファストへの民間資本の流入量は増えると思います。生活費がかなり安い分、資本が(賃貸料などに使われることなく)広く循環できるため、テック業界が羽ばたける環境が生み出されています。

TechCrunchのグローバルStartup Battlefieldコンペに参加すべき企業を挙げていただけますか。

Cloudsmithです。

スーザン・ケリー氏、Respiratory Analytics、CEO

貴社のテックエコシステムの中で特に強い分野を教えてください。どんなことに対して最もワクワクしますか。逆に、欠けていることは何ですか。

サイバーセキュリティ、フィンテック、デジタル(メドテックは強い)は構築が必要です。Igniteのインキュベーターとアクセラレーターはすばらしいですが、貧困と貧弱なインフラという問題を抱える北西部への拡大が必要です。公的資金による支援はあるものの、分断化されており、容易には利用できない状態です。

ベルファストで最も興味深いスタートアップを挙げてください。

CropSafe、SideQuest、Aflo(私が創業したスタートアップ)、Material Evolution。

ベルファストのテック関連投資家の特徴を教えてください。投資家が注目するポイントは何ですか。

ベルファストのテック関連投資家は、かなり保守的で「中年白人男性(stale、pale、male)」が多く、リスクを回避する傾向がありますが、これも徐々に変わりつつあります。法定投資はかなり高コストで、米国式のモデルへシフトする必要があります。女性の数が少なすぎます。ソフトウェアに傾注しており、それ自体は良いことなのですが、ハードウェアへの投資に関してはリスク回避の傾向が強すぎます。Halo Business Angel Networkは少し堅苦しい感じがします。

リモートワークへの移行が進む中、人々はベルファストに留まると思いますか。それともベルファストから出ていくのでしょうか。逆に、ベルファストに入ってくる人もいると思いますか。

新型コロナウイルス感染症のため、大勢の人がベルファストと北アイルランド各地に戻ってきています。

ベルファストのスタートアップ業界の重要人物(投資家、創業者、弁護士、デザイナーなど)を挙げていただけますか。

Ignite NIは、同社の「Propelプログラム」(プリアクセラレーター)と「Acceleratorプログラム」を通じてスタートアップシーンを牽引しており、すばらしい仕事をしています。Clarendon、Techstart、さまざまなエンジェル投資家、Catalystなどがいます。また、Big Motiveは、重要なデザインエンジンです。

5年後、ベルファストのテック関連業界はどうなっていると思いますか。

Invest NIからの支援強化を受け、北アイルランド全体が、スタートアップエコシステムを介してアイルランドにリンクされたイノベーションハブになる可能性があります。

TechCrunchのグローバルStartup Battlefieldコンペに参加すべき企業を挙げていただけますか。

CropSafeです。

ライアン・クラウン氏、Hill Street Hatch、共同創業者

貴社のテックエコシステムの中で特に強い分野を教えてください。どんなことに対して最もワクワクしますか。逆に、欠けていることは何ですか。

当社が強いのはテック分野です。ホスピタリティ関連ベンチャーの起業方法を変えることにワクワクします。ベルファストの弱点は投資と投資家です。

ベルファストで最も興味深いスタートアップを挙げてください。

Payhere、Civic Dollars、Konviです。

ベルファストのテック関連投資家の特徴を教えてください。投資家が注目するポイントは何ですか。

北アイルランドには適切な投資家が不足しています。

リモートワークへの移行が進む中、人々はベルファストに留まると思いますか。それともベルファストから出ていくのでしょうか。逆に、ベルファストに入ってくる人もいると思いますか。

北アイルランドとベルファストは、生活費も安く、クオリティ・オブ・ライフは高いと思います。新型コロナウイルス感染症のため、大勢の人たちが、ロンドン、マンチェスター、ダブリンといった生活費の高い都市部を離れ、ベルファストへ移転してきています。

ベルファストのスタートアップ業界の重要人物(投資家、創業者、弁護士、デザイナーなど)を挙げていただけますか。

Chris McClelland(クリス・マクレランド)氏。

5年後、ベルファストのテック関連業界はどうなっていると思いますか。

好景気に沸いていると思います。

フェガール・キャンベル氏、Pitchbooking、創業者

貴社のテックエコシステムの中で特に強い分野を教えてください。どんなことに対して最もワクワクしますか。逆に、欠けていることは何ですか。

当社が強いのは、サイバーセキュリティ、SaaS、スポーツテックです。アーリーステージのさまざまなテック企業に投資しているときが最もワクワクします。プレシードレベルおよびシードレベルの企業がここ2、3年で急増しています。スケールアップ投資は弱いと思います。地元のスケールアップ企業が相対的に少ない状態です。米国本拠の企業からの大量の海外直接投資が流入してきています。

ベルファストで最も興味深いスタートアップを挙げてください。

スポーツテック分野では、teamfeepay.comが急成長しています。loyalBeはシードステージのフィンテック企業で、小売ロイヤルティプログラムを再発明するための壮大な計画を立てており、当社も常に注目しています。メドテックの中心的企業であるAxial3DやNeurovalensなどのレイターステージ企業もすばらしいビジネスを展開しています。

ベルファストのテック関連投資家の特徴を教えてください。投資家が注目するポイントは何ですか。

ベルファストには、エンジェル投資家と機関投資家が混在しています。彼らが注力している特定の業界を挙げるのは難しいですが、地元の大学が注目されていることもあって、いくつか強い分野があります。メドテックとサイバーセキュリティは、スタートアップシーンで特に目立つ存在です。

リモートワークへの移行が進む中、人々はベルファストに留まると思いますか。それともベルファストから出ていくのでしょうか。逆に、ベルファストに入ってくる人もいると思いますか。

ベルファストは、英国の他の地域と比較して生活費が安いため、大都市からベルファストへ移転してくるスタートアップが増えることになるでしょう。アーリーステージスタートアップの支援策もこのスタートアップの流入に一役買っています。また、ベルファストの街も、いつでもハイブリッド的な働き方に移行する準備ができています。街の中心部は徒歩15分で横断できるほどの広さですので、都市の中心部のオフィスにも気軽に立ち寄ることができます。

ベルファストのスタートアップ業界の重要人物(投資家、創業者、弁護士、デザイナーなど)を挙げていただけますか。

Invest NI:政府の支援機関。

Ignite NI:シードステージのアクセラレータープログラム。

UlsterBank Accelerator:アーリーステージのアクセラレータープログラム。

Aurient Investments:多様な投資ポートフォリオを持つエンジェル投資グループ。

5年後、ベルファストのテック関連業界はどうなっていると思いますか。

2017年~2020年の期間に創業した最強のシード企業がテックシーンで確固たる地位を築き、FDI(海外直接投資)企業の流入にも対抗できる存在になっていると思います。

ジャック・スパルゴー氏、Gratsi、共同創業者兼CEO

貴社のテックエコシステムの中で特に強い分野を教えてください。どんなことに対して最もワクワクしますか。逆に、欠けていることは何ですか。

強い分野:フィンテック、アグリテック、ホスピタリティテック、新興テック。

最もワクワクすること:支援(ファイナンス、メンタリングなど)が受けられること、起業と成長のコストが安いこと。

弱い点:英国やEU諸国から地理的に離れていること。

ベルファストで最も興味深いスタートアップを挙げてください。

loyalBe、Konvi、Lane 44です。

ベルファストのテック関連投資家の特徴を教えてください。投資家が注目するポイントは何ですか。

Ignite NI、Catalyst、Techstart、Ormeau Bathsなどのアクセラレーターによって起業支援が強化されています。

リモートワークへの移行が進む中、人々はベルファストに留まると思いますか。それともベルファストから出ていくのでしょうか。逆に、ベルファストに入ってくる人もいると思いますか。

ベルファストに入ってくる人たちが増えると思います。生活費が安く、リモートワークへの移行準備も整っているからです。

ベルファストのスタートアップ業界の重要人物(投資家、創業者、弁護士、デザイナーなど)を挙げていただけますか。

Ignite NIのChris McClelland(クリス・マクレランド)氏とIan Browne(イーアン・ブラウン)氏、  anthemisのMark Dowds(マーク・ダウズ)氏、loyalBeのCormac Quinn(コーミック・クイン)氏。

5年後、ベルファストのテック関連業界はどうなっていると思いますか。

英国とEUのテックハブとして確固とした地位を築いていると思います。

ブレンダン・ディグニー氏、Machine Eye Technology、創業者

貴社のテックエコシステムの中で特に強い分野を教えてください。どんなことに対して最もワクワクしますか。逆に、欠けていることは何ですか。

アグリテックと建設テックは、とりわけアイルランドと北アイルランドで大きな潜在性を有する分野です。これらの分野では、AIとデータを活用することによって、従来の強みと機会をさらに強化できます。

ベルファストで最も興味深いスタートアップを挙げてください。

Kairos Sports Tech、Budibase、Incisiv、Automated Intelligenceです。

ベルファストのテック関連投資家の特徴を教えてください。投資家が注目するポイントは何ですか。

相互につながりのある、またInvest NIとつながりのある多くのVC / ファンドがあります。Invest NIは強力な支援機関であり資金提供者です。Catalystはおそらくシステム全体で最も価値のある非営利支援機関です。投資対象は、ソフトウェアとライフサイエンスが中心ですが、他の分野にも広く投資されています。海外企業と国内企業の両方に注力しています。

リモートワークへの移行が進む中、人々はベルファストに留まると思いますか。それともベルファストから出ていくのでしょうか。逆に、ベルファストに入ってくる人もいると思いますか。

人々は都市部から車で1時間以内の農村地域へ移転すると思います。

ベルファストのスタートアップ業界の重要人物(投資家、創業者、弁護士、デザイナーなど)を挙げていただけますか。

Catalyst、Ormeau Baths、Raise Venturesです。

5年後、ベルファストのテック関連業界はどうなっていると思いますか。

テックシーンは急成長を遂げ、レイターステージに入る起業が増えると思います。

トーヤ・ワーノック氏、Lane 44、共同創業者

貴社のテックエコシステムの中で特に強い分野を教えてください。どんなことに対して最もワクワクしますか。逆に、欠けていることは何ですか。

ベルファストは、すばらしいビジネスチャンスと投資機会のハブとして成長しています。

ベルファストで最も興味深いスタートアップを挙げてください。

Gratsi、54 North Design、Animal Managerです。

ベルファストのテック関連投資家の特徴を教えてください。投資家が注目するポイントは何ですか。

SaaSです。

リモートワークへの移行が進む中、人々はベルファストに留まると思いますか。それともベルファストから出ていくのでしょうか。逆に、ベルファストに入ってくる人もいると思いますか。

ベルファストの生活費は安いため、多くの人たちが入ってくると思います。

ベルファストのスタートアップ業界の重要人物(投資家、創業者、弁護士、デザイナーなど)を挙げていただけますか。

Ormeau Bathsです。

5年後、ベルファストのテック関連業界はどうなっていると思いますか。

急成長していると思います。ベルファストは今、ジェントリフィケーションの時期を経験しています。

TechCrunchのグローバルStartup Battlefieldコンペに参加すべき企業を挙げていただけますか。

Lane 44、Animal Manager、Gratsiです。

アラン・カールソン氏、Cloudsmith、CEO

貴社のテックエコシステムの中で特に強い分野を教えてください。どんなことに対して最もワクワクしますか。逆に、欠けていることは何ですか。

強い分野は、セキュリティ、フィンテック、メドテックです。開発ツールにはワクワクします。

ベルファストで最も興味深いスタートアップを挙げてください。

CloudsmithとAxial3Dです。

ベルファストのテック関連投資家の特徴を教えてください。投資家が注目するポイントは何ですか。

投資家環境の規模は小さいものの、野心のある創業者がいます。人気のある投資対象分野は、メドテックとセキュリティでしょうか。

リモートワークへの移行が進む中、人々はベルファストに留まると思いますか。それともベルファストから出ていくのでしょうか。逆に、ベルファストに入ってくる人もいると思いますか。

わかりません。どちらもある程度増えるのではないでしょうか。

ベルファストのスタートアップ業界の重要人物(投資家、創業者、弁護士、デザイナーなど)を挙げていただけますか。

Techstart Ventures、Ignite NI、Catalyst、Clarendon Co-Fund、Denis Murphy(デニス・マーフィ)氏、Colm McGoldrick(コルム・マクゴールドリック)氏、Alastair Bell(アラステアー・ベル)氏。

5年後、ベルファストのテック関連業界はどうなっていると思いますか。

規模も質もかつてないレベルになっていると思います。

TechCrunchのグローバルStartup Battlefieldコンペに参加すべき企業を挙げていただけますか。

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カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:ベルファスト北アイルランドブレグジットインタビュー

画像クレジット:benkrut / Getty Images

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(文:Mike Butcher、翻訳:Dragonfly)