原子間力顕微鏡を用いて世界で初めて個別のDNA損傷を直接観察することに成功、がんや老化のメカニズム解明に期待

世界で初めて個別のDNA損傷を直接観察することに成功、がんや老化のメカニズム解明に期待

今回の技術を用いて撮像したさまざまなDNA損傷形態の原子間力顕微鏡(AFM)画像。糸状に見えるDNA鎖に、明るいドット(損傷に結合しているアビジン・卵白に含まれるタンパク質の一種)が確認できる。これを観察することで、DNA損傷の位置を可視化できた。観察の結果、通常の孤立した塩基損傷以外に、塩基損傷が集中して生じた領域であるクラスター損傷、DNAの末端に塩基損傷があるタイプの損傷、塩基損傷が複数個固まったような高複雑度クラスター損傷など、多彩なDNA損傷を見ることができ、損傷の「種類分け」に成功した

量子科学技術研究開発機構(QST)は3月22日、生きた細胞内の60億塩基対のDNA鎖上にある、たった1つの損傷を見つけ出して、直接観察できる技術を世界で初めて確立したと発表した。DNAの損傷を可視化し個別に観察することが可能になったことから、損傷が自然に修復される様子や修復されにくいタイプの損傷の構造が明らかになり、DNA損傷の修復エラーが原因とされるがんや細胞老化のメカニズムの解明、効率的ながん治療に貢献すると期待されている。

量子科学技術研究開発機構量子生命・医学部門量子生命科学研究所DNA損傷化学研究グループの中野敏彰氏、赤松憲氏、鹿園直哉氏らと、広島大学の井出博名誉教授からなる共同研究グループは、長いDNA鎖から損傷部分を取り出し、原子間力顕微鏡(AFM。Atomic Force Microscope)で直接観察することに成功した。細胞内のDNAは、放射線など様々な要因で傷つくが、その傷には細胞の働きで自然に修復されるものと、されないものとがある。その修復されない損傷が、細胞死やがんにつながるとされている。老化やがんのメカニズムを解明し、効果的な治療方法を確立するためには、DNA損傷を1つずつ詳しく観察する必要がある。ところが、従来用いられていた蛍光顕微鏡のマイクロメートルレベルの解像度では、その可視化は原理的に不可能だった。

そこで研究グループは、ナノメートルレベルの解像度を持つ原子間力顕微鏡を使った観察を目指した。まずは長いDNAを観察可能なサイズに切り分け、膨大な量のDNAの断片から、損傷を含むものだけを集める手法を開発。損傷部分のみを探し当てて直接観察できるようにした。実験では、放射線を照射したヒトリンパ芽球細胞からDNAを取り出し、塩基に生じた損傷を特殊な酵素で切り出した。そして、その切り出した部分の塩基欠損部位に特異的に化学結合する薬剤で標識を付けた。これを原子間力顕微鏡で観察可能な長さに切断すると、損傷を含むDNA断片と含まないDNA断片が作られるので、標識に結合する磁性粒子で損傷のあるDNA断片だけを集めた。

細胞中の長いDNAから損傷を含むDNA領域のみを集めてAFM観察する方法

細胞中の長いDNAから損傷を含むDNA領域のみを集めてAFM観察する方法

個々の損傷が可視化できたことから、DNA損傷を、周辺に損傷のない「孤立塩基損傷」や複数の損傷が集中して起きる「クラスター損傷」などと種類分けができるようになった。また、それぞれの修復の速度も解析できるようになった。たとえば、重粒子線を当てた細胞では、損傷が6時間で8割修復された。エックス線の場合は1時間で約半数、6時間で約8割が修復された。しかし、二本鎖切断と呼ばれる損傷はなかなか修復されないことがわかった。

こうして修復されにくい損傷の形態がわかり、重粒子線による損傷と修復されにくさを解析できるようになったことが、がんの放射線治療の効果向上に役立つと期待される。またこの技術を発展させることで、発がんメカニズム、老化の原因の解明なども可能になるという。今後は、DNA損傷の特徴に合わせて、どのような修復メカニズムが働きやすいか、または働きにくいかを明らかにしてゆくとのことだ。

Mirukuは動物ではなく植物から乳製品を生み出す

Mirukuはニュージーランドのフードテック企業で、分子農業の手法を利用して植物の細胞を小さな工場へとプログラミングし、タンパク質や脂肪、糖分など、従来は動物が作ってきた分子を生産しようとしている。

同社は2020年にAmos Palfreyman(アモス・パルフリーマン)氏とIra Bing(イラ・ビン)氏、Harjinder Singh(ハージン・ダーシン)氏そしてOded Shoseyov(オデッド・ショセヨフ)氏ら、全員が乳業や植物科学の経験があるメンバーが創業した。現在、企業や研究開発者とのパートナーシップにより、Mirukuのラボや温室で開発されており、規模を拡大し、地域横断的に実施される予定だ。

CEOのパルフリーマン氏の説明によると、同社のアプローチには植物作物の増殖と工学的手法によりその細胞を乳製品に変える工程が含まれている。これは、精密発酵のような技術を利用する同分野の競合他社とは異なっている。彼らは培養室の中で乳タンパクを醸造し、外部からの動物の細胞を利用して、培養室の中で乳のビルディングブロックを作っている。

Mirukuがそれらと違うのは、植物作物を増殖して本物の乳のビルディングブロックを植物自身の中で、太陽のエネルギーを利用して作ることだ。その意味では同社は、タンパク質を乳牛よりも効率的に生み出し、乳牛の役割をなくすことによって、畜産への依存を減らし、それにより水や土壌や環境へのダメージを抑える。

「私たちのタンパク質成分は、本物の乳製品のような味と匂いだけでなく、本物の乳製品と同等の栄養価を持つ乳製品を作ります。それらは、おいしいチーズサンドイッチを食べて消化した後に体が使うのと同じアミノ酸構成要素で体を作り、修復するのを助けます。そして、チーズケーキや上等なペコリーノチーズのようなおいしいものを作ったり焼いたりする本物の乳製品のように機能します」とパルフリーマン氏はいう。

フードテックの課題は、十分な量のタンパク質や食品原材料を作れるほどの規模を実現することにあるが、Mirukuの場合それは「植物の正しいプログラミングにより、哺乳類のタンパク質と同等の構造と機能を作り出す技術的な課題が大きい」とパルフリーマン氏は語る。

彼によると、プラントの規模拡大は単純明快だ。目的とするタンパク質を作り出せる植物を作り出せたら、その種子で生産の規模拡大はできる。それは温室用の一握りでもよいし、農場用の大量の種子でもよい。

複雑で難しいのは、特定の特徴を作り出して、それを増殖することだ。それは往々にしてエネルギーの使用量と形質のレベルとのトレードオフを要する。しかしパルフリーマン氏が信じているのは、Mirukuの計算生物学の利用と技術の経済分析で作り出される最適形質が、スケーラビリティのその部分を解決するだろうという点だ。

同社はまだ開発途上だが、パルフリーマン氏の構想では、2〜3年後には同社のプロテインが商用化されているだろう。しかし、その前にはプロトタイプと概念実証が必要だ。彼の予想では最初の製品は既存の食品企業との提携によるものになり、企業が作る食品のタンパク質成分を提供することになるだろう。

それでも、パルフリーマン氏が主張するのは、Mirukuがアジア太平洋地域では初めての、分子農業による乳製品スタートアップであることだ。同社のような企業はすでに世界各地にあって、たとえばNobell Foodsはすでに分子酪農を手がけており、NotCoClimax FoodsPerfect Dayなどは、動物を使わない技術で5000億ドル(約60兆円)の酪農市場に挑戦している。過去半年以内では、下記の各社がベンチャー資金を調達している。

  • Better Dairyは精密発酵の技術でチーズを作っている。2月に2200万ドル(約26億円)を調達
  • The EVERY Companyは、植物を使って卵を作っている。12月に1億7500万ドル(約210億円)を調達
  • Perfeggtも、植物から卵を作っている。11月に280万ドル(約3億4000万円)を調達し、3月にシードラウンドを390万ドル(約4億7000万円)に拡張した
  • Stockheld Dreameryは、さや豆の野菜からチーズを作り、9月に2000万ドル(約24億円)を調達した。

Mirukuは最初の18カ月、創業者たちの自己資金でやってきたが、このほど240万ドル(約2億9000万円)のシード資金を調達した。投資をリードしたのはMovacで、Better Bite VenturesやAhimsa Investments、Aspire Fundらが参加した。

これにより同社は、本格的に拡大できることになり、パルフリーマン氏のいう正しいパートナーを見つけて同社を顧客に結びつけ、次のラウンドのための基礎を築くことになる。パルフリーマン氏によると、次の資金調達は2023年とのこと。

新たな資金は、技術者の増員とパートナーシップの開拓、そして開発プログラムのスピードアップに充てられる。Mirukuは2022年すでに社員を増員し、パルフリーマン氏としては、毎年倍増したいのことだ。

Mirukuはすでに大手食品企業と組んで、その製品開発に協力している。また、いくつかの国で開発事業に参加し、その中には環境や気候関連の事業もある。また、生産者や調合師、そしてブランドとの協力もある。

パルフリーマン氏によると「私たち確かにアーリーステージの企業だが、すでに消費者市場に近い戦略的パートナーと一緒に急速に進歩しています。イノベーションと成長により、資本が必要になり、最初のラウンドを閉じたばかりですが、そう遠くない未来にそれによる成長を経験するでしょう」という。

画像クレジット:iStock

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(文:Christine Hall、翻訳:Hiroshi Iwatani)

パンデミック下で成長する多種多様なフェムテック企業、従業員への福利厚生としても注目が集まる

女性の健康とウェルネスを支える技術「フェムテック」。McKinsey & Companyによると、2021年のフェムテック領域の資金調達総額は、25億ドル(約2830億円)に到達し、過去最高を記録した。

The dawn of the FemTech revolutio Published by McKinsey & Company(2022/2/14)


女性の健康とウェルネスに特化したVCであるCoyote Venturesと、フェムテック領域の情報配信やスタートアップサポートを行うNPO団体であるFemtech Focusの予測によれば、フェムテック市場は2027年までに1兆1860億ドル(約138兆円)の市場規模にまで成長するという。

そんなフェムテック業界だが、その注目領域も変化している。Crunchbaseによると、過去5年間は妊娠と子育てがVCの資金調達の最大のシェアを占めていたが、2021年に最も投資を集めたのは、プライマリ・ケアや予防医療領域だった。不妊や更年期など、困った時に頼るフェムテックから、すべての女性が常に自分の健康を守るために必要不可欠な技術になりつつあることがわかる。

欧米での盛り上がりを受け、日本でも注目が集まる領域だが、今回は、パンデミック後も続くと予測されるフェムテック業界のトレンドと注目領域について解説する。

新型コロナの影響で広まった手軽にできる自宅検査・治療

パンデミックによって、病院に行きづらくなったことを受け、遠隔医療や自宅検査キットが注目を集めた。これまで当たり前に診察や検査のために病院に行っていた人々が、パンデミックによって自宅でもできるという便利さを経験した。安全に病院に行けるようになっても、人々がこの便利さを捨てるとは考えにくい。実際に、2021年のMcKinsey & Companyの調査によると、調査対象の消費者の約40%が、今後も遠隔医療を利用すると回答しており、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)以前の遠隔医療利用者の11%から上昇している。

膣内マイクロバイオーム検査キットEvvy

Evvyは、膣内のマイクロバイオームの状態を分析し、健康状態の把握とライフスタイル改善アドバイスなどを提供する。General Catalyst、Box Groupなどから500万ドル(約5億7000万円)を調達している。

筆者も2021年末実際に試してみた。下記のように、検査キットが送られてくる。採取は簡単で、インストラクションを見ながら3分程度で終わった。

画像クレジット:Evvy

箱には「The female body shouldn’t be a medical mystery(女性の身体は、医療で解明できないミステリーであるべきではない)」と記されており、現状研究段階ではあるものの、マイクロバイオーム分析を通して女性の不調を改善したいという気概が感じられた。

次に、オンラインで質問に回答する。生理サイクル、健康の悩み、感染症歴や今回の検査で知りたいことなどを回答する。10分ほどの割と長い質問票だった。


​​採取したサンプルを送付すると、2週間ほどで結果がメールで送られてくる。結果を解説してくれるマイクロバイオーム専門家とのビデオコールも追加コストなしでリクエストできる。ビデオコールでは、自分の悩みを伝え、結果を見ながら改善方法などを教えてくれた。結果を見てもどのように実生活に活用すれば良いのか、わかりにくかったので、マイクロバイオーム初心者の筆者からするとありがたかった。

ユーザーは、3カ月ごとの定期検査のサブスクリプションモデルと1回のみの検査キット購入が選べる。定期的に検査することで、自分の健康状態を見てみたかったので、筆者はサブスクリプションを選択した。

細菌性腟症などの感染症は、一度なると再発しやすい。実際、一部のユーザーは、膣内感染症の再発を防ぐためのヒントを求めてEvvyにたどり着く。また、早産、不妊の可能性や予防法をマイクロバイオームから知りたいというユーザーもいる。

筆者が最も注目しているのは、同社のビジョンだ。まだ研究段階のマイクロバイオームだが、同社は今後、膣内マイクロバイオームと不妊、子宮頸がん、早産などとの関連を調査し解明するというビジョンを持っている。マイクロバイオームから自分の身体の状態を把握するという未来がくるのかもしれない。

カップルの唾液から遺伝疾患リスクを解明する出生前唾液検査キット

画像クレジット:Orchid ウェブサイトより

Orchidは、パートナー両方の唾液サンプルを送付するだけで60億ものゲノムを解析し、子どもが遺伝性疾患を発症するリスクが高いかどうかを判定する唾液検査キットを提供している。2021年4月、シードラウンドで450万ドル(約5億3000万円)を調達。遺伝子キットを開発、販売する23 and Meの創業者も出資​​している。

対象となる遺伝性疾患は、乳がん・前立腺がん・心臓病・心房細動・脳卒中・1型糖尿病・2型糖尿病・炎症性腸疾患・統合失調症・アルツハイマー病の10種類。唾液を送ると、カップル向け、女性・男性の各パートナー向けの3種類のレポートが送付される。

子どもを作る前に、遺伝リスクを検査するというアプローチをとる同社。心配な結果が出たとしても、遺伝カウンセラーと、リスクを最小限に抑える方法などを相談できる。

2020年にシリーズDラウンドで1億2100万ドル(約143億円)の大型調達を発表したSema4も、出生前検査・遺伝性がん検査を手がける企業だ。同社は、2020年フェムテック領域の中で最大額を調達した企業だった。

テレヘルスユニコーンRoが買収、精子分析・保存キット

画像クレジット:Ro

フェムテックではないが、精子を自宅で採取し、分析結果を送ってくれるサービスを提供するDadiを紹介する。同社は、2022年3月にテレヘルスユニコーンのRoに買収されている。米国の国保健社会福祉省によると、不妊症の約3分の1は男性の不妊症に関連しているため、精液の分析と保存は重要な不妊治療サービスだ。自宅で精子を採取した後、採取キットと保存カプセルの両方が、温度変化や提携ラボへの輸送中の障害などから精子を保護・保存するように設計されている。サンプルの分析が完了すると、精子の数、濃度、運動性の評価を含む個人別の報告書が送付される。また、採取した精子は提携ラボで冷凍保存される。

Roは、コアビジネスである勃起不全治療テレヘルスプラットフォームから、テレヘルス全体へ事業拡大を進めるため、過去12カ月に3社(Workpath, Kit, Modern Fertility)を買収している。

成功の鍵は、丁寧なインストラクションと行動に落とし込める分析結果表示

ここまで自宅検査のスタートアップを解説してきた。筆者自身、自宅検査を複数試して感じたのは、自宅検査ビジネスをグロースさせる上で重要なのは「わかりやすい検査のインストラクション」と「ユーザーが行動に落とし込める分析結果を提示する」という点だ。家庭で正しく検査するためには、動画や簡単なイラストなどで、わかりやすいインストラクションが必要だ。

また、検査を受けて良かったと感じてもらうためには、明日からできる行動の変化を促す分析結果を提示することが重要だろう。自分の状態を把握するだけでは、一度きりの購入で終わってしまう。消費者は「xxのサプリを毎日飲む」「○○の栄養素を避ける」「有酸素運動を30分する」など改善のための方法を知りたいのだ。

この満足感が、安定的な収益を達成するためのサブスク顧客獲得に繋がる。現状、専門カウンセラーとのビデオコールを提供し、テスト結果を解説することでこの部分を補う企業が出てきている。専門家たちは、医学的・生物学的な専門知識がない一般消費者をガイドする役割を担っている。ここでの問題点は、スケールだ。ユーザー数が増えるごとに、専門家の数を増やさなければいけない状況では、スケールは難しい。技術を活用し、ある程度自動化をしながら満足度も担保するようなサービスが、今後伸びていくと考える。

人材獲得戦争時代、さらに重要視される企業の充実した福利厚生

米国では現在、労働者が大量に仕事を辞めている。この現象は、大規模離職を意味する「グレイト・レジグネーション(大退職時代)」と呼ばれ、メディアで頻繁に報道されている。​​Fortuneが2000人以上の米国人労働者を対象に行った調査によると、80%が新しい仕事に就くことを考える際に柔軟なスケジュールが重要であると回答している。また、約70%の労働者がリモートワークの選択肢を重要視している。優秀な人材プールを惹きつけるためには、働きやすい環境を作ることが必須だ。そのため、企業は、福利厚生にこれまで以上に投資している。

パンデミックで完全リモートを経験した労働者たちは、今後も働きやすさを求めている。この流れは、B to B to E(Employee)モデルと呼ばれるかたちで、企業向けに福利厚生としてのソリューションを提供するフェムテック企業にとって追い風となる。

働く親のための福利厚生プラットフォーム​​

画像クレジット:Cleoウェブサイトより

従業員は、Cleoを通して、育休からの復職時に悩みを相談できる専門家や、子どもの健康の専門家、助産師や産後うつ専門家などにアクセスできる。同社は、Pinterest、Uber、Upwork、Salesforceなどを含む、55カ国以上の100社を超える多様な企業に導入されている。​​実際、産休・育休後の復職率は、全米での平均が60%であるのに対し、Cleo会員は92%と改善している。

妊娠・出産のサポートから始まった同社のサービスだが、現在は、5歳から12歳の子どもを対象とするCleo Kids、ティーンエイジャーの子どもを対象とするCleo Teensにも拡大している。

多様なニーズに応える福利厚生の変化

画像クレジット:Carrot Fertilityウェブサイトより

これまで対面での不妊治療を中心に提供してきた福利厚生プロバイダーも、パンデミックを受け、そのサービス提供内容と方法をユーザーの求める形に変化させている。

企業の従業員向けに不妊治療を提供するCarrot Fertilityは、SlackやBox groupなど北米、アジア、ヨーロッパ、南米、中東の50カ国以上で、約200社の企業​​を顧客に抱える。これまで約135億円($115M)を調達している。同社は、パンデミックで通院を避けたい患者のニーズを受け、2020年8月に遠隔医療プラットフォームのCarrot at Homeを開始した。また、2021年12月には、自宅で排卵誘発ホルモンや関連バイオマーカーをモニタリングできる自宅検査キットの提供も開始している。2022年2月には、更年期障害向けのプランも追加した。

従業員それぞれのニーズが異なる点に注目し、福利厚生をパーソナライズできるプラットフォームも登場してきている。

画像クレジット:Nayyaウェブサイトより

2022年2月にシリーズCラウンドで5500万ドル(約64億円)を調達したNayyaは、企業の人事福利厚生システムに組み込んで、従業員のための福利厚生をパーソナライズするツールを提供している。

RPAを使って、従業員がプランをより良く選択し、節約する方法を見つけ、より良い支払いオプションを提供し、保険などの福利厚生を総合的にナビゲートできるようにしている。

画像クレジット:Forma

Formaは、​​裁量型福利厚生管理プラットフォームを提供している。同社も2022年2月、シリーズBラウンドで4000万ドル(約47億50000万円)を調達した。同社は、人事担当者が、従業員による福利厚生ベンダーの選定、払い戻し手続き、デジタルウォレットによるプラン利用をチェックできるようなシステムを構築している。

同社によると、企業の福利厚生は通常、企業が従業員に必要なものを決定するトップダウン・モデルで展開されており、これは雇用者と従業員の双方にとって非効率的だという。Formaの使命は、従業員ファーストの福利厚生プログラムを設計することによって、この関係を逆転させることだ。

Formaはプロバイダーと提携し、家族・人間関係、教育・キャリア、ウェルビーイング・ライフスタイル、基礎健康・保護、資産運用、仕事・パフォーマンスの6つの大きなカテゴリーで福利厚生を提供する。Formaの顧客は、社内の予算と戦略に基づいて、これらのカテゴリーから提供するものを選び、従業員に提供したい福利厚生プログラムを設計することができる。

Twitch、Stripe、Zoom、Lululemon、Palo Alto Networks、Squareなど、前年比330%の125社を顧客に抱えており、定着率は99%だという。この1年間で同社は収益を4倍に増やした。

優秀な人材を惹きつけ、繋ぎ止めるために、今後も企業の従業員への投資は、続いていくだろう。​​上記のパーソナライズ福利厚生が成功していることからも、従業員それぞれニーズが異なっており、企業がそのニーズに応えようとしている姿勢が感じられる。

編集部中:本稿の執筆者は大嶋紗季(Saki Oshima)。日本企業と海外スタートアップの新規事業創出を手がけるスクラムスタジオで、大企業とスタートアップのオープンイノベーションを支援するスタジオ事業部門に所属し、既存プログラムの運営や新規プログラムの立ち上げに従事する。各プログラムで培った日本企業とスタートアップをつなぐ経験を生かし、米国スタートアップ情報プラットフォームScrum Connect Onlineの立ち上げ、運営を担当する。欧米のフェムテックトレンドやサービスを日本語で配信。日本初のフェムテックコミュニティFemtech Community Japan創立メンバー。UCサンディエゴ大学院修了(MBA)。

 

DNAナノチューブのレール上を命令どおりに走る分子輸送システムを開発、生物を模した情報処理システムの研究に革新

Y字型のDNAナノチューブ上で2種類のナノマシンが「荷物」を仕分けている様子を描いた模式図

Y字型のDNAナノチューブ上で2種類のナノマシンが「荷物」を仕分けている様子を描いた模式図

情報通信研究機構(NICT。指宿良太氏、古田健也氏)未来ICT研究所は3月11日、兵庫県立大学と共同で、DNAナノチューブのレール上をプログラムどおりに走るナノマシンを開発したと発表した。これにより、レールに命令を埋め込むことで、ナノメートル(1mmの100万分の1)サイズの「荷物」、つまり分子を仕分ける分子輸送システムが実現した。

分子を自在に制御するナノマシンの研究により、DNAを極小の建築材料として望みの構造物が作れるDNAテクノロジーが発展したものの、その構造物の上を自律的に動けるナノマシンの開発は遅れていた。生物の体内では、細胞内に張り巡らされた「細胞骨格繊維」をレールとして生命活動に必要な物質を輸送している。このシステムを制御可能な形で細胞から取り出すことができれば、生物由来の分子で構成された計算機や、生体内で働く分子ロボットといった画期的な応用につながるのだが、細胞骨格繊維の制御が難しく、実現には至っていない。

また、ナノサイズのマシンの制御にも課題があった。微小なマシンは分子の熱運動による激しいノイズにさらされるため、外部から命令を与えるには、逐一その熱ノイズを大きく超えるエネルギーを加える必要がある。

ただ、生物が本来備えているナノマシンの中には、熱ノイズの20倍ほどの小さなエネルギーで自律的に動ける「生物分子モーター」がある。

そこで同研究グループは、まず細胞骨格繊維の代わりに、制御しやすいDNAをレールとして、ナノマシンを自律的に走らせることを考えた。DNAなら、安定していて、一塩基単位で編集が可能であり、デジタル情報を埋め込むことができ、精緻な三次元構造体を構築できるという利点がある。そして研究グループは、生物分子モーターである「ダイニン」に「DNA結合タンパク質」をつなぎ合わせてDNAに結合して自走するナノマシンを作成。ガラス基板の上に敷設したレールに沿って「DNA塩基配列で書かれた命令」からなる方向や速度などのプログラムのとおりに、ナノマシンを動かすことに成功した。さらにこの技術を使い、DNAナノチューブの分岐点のどちらに進むかをナノマシンごとに制御して「荷物」を自動的に仕分けさせたり、反対に「荷物」を1カ所に集めたりする分子輸送システムを構築できた。

ヒト細胞質ダイニンの微小管結合ドメインをDNA結合タンパク質と取り替えることによる新規分子モーターの構築図

ヒト細胞質ダイニンの微小管結合ドメインをDNA結合タンパク質と取り替えることによる新規分子モーターの構築図

DNAの二重らせん構造(上)と、10本の二重らせん構造が束化したDNAナノチューブ(下)の模式図

DNAの二重らせん構造(上)と、10本の二重らせん構造が束化したDNAナノチューブ(下)の模式図

左:2種類の積み荷を持つトラックが1つの道路に合流または分岐する様子を描いた模式図。中央:Y字型のDNAレールを蛍光顕微鏡で撮影した画像と、2種類のナノマシンがそのレール上で1つのレールへと荷物を集める、または分岐する様子。右:荷物を持った2種類のナノマシンが、合流点または分岐点でどの程度効率よく仕事をしているかを示したグラフ

左:2種類の積み荷を持つトラックが1つの道路に合流または分岐する様子を描いた模式図。中央:Y字型のDNAレールを蛍光顕微鏡で撮影した画像と、2種類のナノマシンがそのレール上で1つのレールへと荷物を集める、または分岐する様子。右:荷物を持った2種類のナノマシンが、合流点または分岐点でどの程度効率よく仕事をしているかを示したグラフ

この技術は、電子機器にくらべて省エネであり、膨大な組み合わせを高速に処理できる生物の情報処理システムを応用した次世代情報処理システムの基盤となり得る。しかし、生物が持つ高機能で高効率な天然のナノマシンの動作メカニズムはわかっていない。研究グループは、人工的な分子モーターを数多く作り機能を比較することで、「設計原理に関する情報を帰納的に抽出する」という方法をとった。つまり「作って理解する」というアプローチだ。この研究成果により、「生物が使っている未知の情報処理システムを再構成して理解する研究や、生物分子モーターで一種のチューリングマシンを構成するような研究が可能になり、次世代の情報処理システムを目指した研究にブレークスルーをもたらす可能性がある」と研究グループは期待している。

4000年かかるヒト遺伝子の網羅的探索を富岳と「発見するAI」利用し1日で完了、肺がん治療薬と耐性の因果メカニズム抽出

富岳と「発見するAI」利用し4000年かかるヒトの遺伝子の網羅的探索を1日で完了、肺がん治療薬と耐性の因果メカニズムを抽出

東京医科歯科大学富士通の研究グループは3月7日、スーパーコンピューター「富岳」と、富士通が開発した「発見するAI」を用いて、肺がん治療薬の耐性の原因と思われる遺伝子の、新たな因果メカニズムの抽出に成功したと発表した。これは、2万変数ものデータを1日以内で超高速計算し、1000兆通りの可能性から未知の因果を発見できる技術の開発によるもの。

がんの原因となる分子だけに作用する「分子標的薬」は、投与を続けると、それに対する耐性を持つがん細胞が増殖し再発するという課題があり、そのメカニズムを解明するには、精緻なデータと解析技術が不可欠となる。また、薬の臨床治験では、効果が期待できる患者を選ぶ必要があるが、個人の遺伝子やその発現量により薬剤効果が異なり、遺伝子の発現量の組み合わせパターンは1000兆通りを超える。がんに関係することが判明している主な50個の遺伝子の組み合わせに限定し、各遺伝子の発現量を2分類(遺伝子の発現の「高い」「低い」など)とした場合でも、条件数は2の50乗となり、1000兆通り以上となるそうだ。

そのため、効率的な探索技術が求められており、その有力な候補となるのが富士通が開発した「発見するAI」だ。これは、判断根拠を説明でき、知識発見が可能なAI技術「ワイドラーニング」(Wide Learning)を用いて、特徴的な因果関係を持つ条件を網羅的に抽出する技術なのだが、2万個あるとされるヒトの全遺伝子を網羅的に探索しようとすると、通常の計算機では4000年以上かってしまう。

そこで研究グループは、富岳に条件探索と因果探索を行うアルゴリズムを並列化して実装し、計算能力を最大限に引き出した。そこに「発見するAI」を活用したところ、ヒトの全遺伝子に対する条件と因果関係の網羅的探索が1日以内で実現した。そして、肺がんの治療薬に耐性を持つ原因となる遺伝子の特定に成功した。

研究グループは、今後、薬効メカニズムやがんの起源の解明といった重要課題に取り組むとしている。また東京医科歯科大学は、この技術を用いてがんや難病の攻略法の研究を推進する。富士通は、マーケティングやシステム運用などで複雑に交錯する因子を発見し、意志決定を支援する取り組みを進めるとのことだ。

無花粉スギの苗をDNA抽出により選別し大量生産するマニュアル公開、DNA鑑定と組織培養で花粉症対策に貢献

無花粉スギの苗をDNA抽出により選別し大量生産するマニュアルを公開、DNA鑑定と組織培養で花粉症対策に貢献

森林研究・整備機構森林総合研究所新潟大学新潟県森林研究所ベルディによる研究グループは2月28日、無花粉スギの判別と量産法を確立し、マニュアルとして公開したと発表した。無花粉スギの苗を大量生産する技術をわかりやすく解説したもので、スギ花粉症の根本的な解決策に貢献するという。

日本国民の38.8%が悩まされているスギ花粉症の対策として、林業分野では花粉飛散量の多いスギを伐採し、少花粉スギや無花粉スギに植え替える試みが行われているが、無花粉スギの苗木の供給量には限界がある。無花粉スギの品種が少ないこと、そして、交配によって作られる苗の約半数は花粉を生産する正常なスギになるため、そこから無花粉スギを選別しなければならない。現在は、2〜3年育てた苗に植物ホルモンを散布して雄花を強制的に咲かせ、花粉の有無を確認して無花粉スギを選び出している。大量に無花粉スギの苗を生産するには、もっと効率的な方法が必要だ。

そこで研究グループは、成熟前の球果(松かさ、松ぼっくり)を使う方法を考えた。まずは、球果から未熟な種子を取り出して、未分化細胞の塊(カルス)に培養する。カルスには普通のスギと無花粉スギが1対1で含まれているため、DNA抽出試薬を使って遺伝子を取り出し、無花粉スギの特徴を持つものだけを培地に移して培養すると、不定胚という細胞が分化した組織に変化する。不定胚は、種と同じように発芽し、苗に成長する。こうして、無花粉スギの苗だけを作ることができるのだが、1gのカルスから1000本以上の苗を作ることが可能だという。また不定胚は冷蔵保存ができ、2年間は発芽能力を保つため、需要の変化に応じた工場での大量生産が可能になる。

(A)増殖したカルス、(B)無花粉スギの不定胚、(C)発芽した不定胚、(D)苗の育成

この研究で開発されたDNA鑑定法は、無花粉スギの原因となる遺伝子「MS1」の変異を直接検出している。この遺伝子を持つスギは日本全国に分布しているため、天然林や在来品種からも無花粉スギの変異を持つ個体を見つけ出すことが可能とのことだ。スギは環境への順応性が高く成長も早いため、林業だけでなく、都市の緑化用にも無花粉スギを活用できると、研究グループは期待している。

マニュアル
タイトル『スギの雄性不稔遺伝子MS1判別マニュアル』
著者:森林総合研究所樹木分子遺伝研究領域(編)
掲載誌:中長期計画成果番号:第5期中長期計画9(森林環境-3)(2022年2月)
ISBN:978-4-909941-28-2

タイトル『組織培養による無花粉スギ苗の増殖マニュアル』
著者:森林総合研究所樹木分子遺伝研究領域(編)
掲載誌:中長期計画成果番号:第5期中長期計画10(森林環境-4)(2022年2月)
ISBN:978-4-909941-29-9

ファームノート、乳牛ごとの遺伝子解析情報をクラウドで提供し理想の牛群を追究できる酪農家向けサービスFarmnote Gene

ファームノート、乳牛個体ごとの遺伝子解析情報をクラウドで提供し理想の牛群を追究できる酪農家向けサービスFarmnote Gene

酪農・畜産特化IoTソリューションの開発・提供を行うファームノートは2月25日、乳牛の遺伝子情報(ゲノム)を採取し、その解析結果をクラウドで提供するサービス「Farmnote Gene」(ファームノート・ジーン)の提供を3月より開始すると発表した。個々の乳牛の特性を遺伝子レベルで確認し、「理想の牛群の追究」を実現させるというものだ。遺伝子情報を解析することで乳量や乳質、生産寿命、繁殖成績といった牛の各個体の遺伝由来の能力を把握しやすくなり、データに基づく飼養管理、意思決定を実現し、速やかな牛群改良を可能にするという。

Farmnote Geneでは、乳牛個体ごとの遺伝子情報を専用のインターフェイスでわかりやすく提示するため、酪農家は、専門知識がなくとも解析結果を直感的に理解し利用できる。具体的には、次の特徴がある。ファームノート、乳牛個体ごとの遺伝子解析情報をクラウドで提供し理想の牛群を追究できる酪農家向けサービスFarmnote Gene

  • わかりやすい画面と項目表示:気になる項目ごとのデータ表示などで、乳牛の個体特性を判断できる。良い牛かどうかの判別が容易になる
  • ひと目でわかる牛のランキング画面
    牛のランキング表示機能により、細かいデータ表を読み込んだりデータ加工を行うなどの手間をかけることなく、牛ごとの遺伝子データの全体像が把握できる
  • 牧場がすべき次のアクションを確認:データに基づく後継牛の提案を受けることができ、牧場の短期から長期の繁殖目標を確認できる

具体的な活用例としては、後継対象外となった母牛に和牛受精卵を種付けして子牛を育成し販売する、疫病リスクが少ない母牛を選んで種付けして病気が少ない子牛の誕生確率を上げる、搾乳ロボットに適した体型補正で搾乳作業を効率化するなどが挙げられている。

Farmnote Geneは、PCやタブレットで解析結果を見るための「Farmnote Gene Webサービス」(無料)と、実際のゲノム検査とで構成される。ゲノム検査の料金は応相談。また、解析結果をもとにしたアドバイスが受けられる「定期レビュー」サービスも提供が予定されている。

ソメイヨシノの遺伝子発現をPCR法で解析し正確な開花予測を実現、サクラと同じバラ科のナシやモモにも応用可能

ソメイヨシノの遺伝子発現をPCR法で解析し正確な開花予測を実現、サクラと同じバラ科のナシやモモにも応用可能

ソメイヨシノの萌芽から開花の時期に発現する遺伝子群とその発現量の変化(発表論文データより)。各グラフの縦軸は遺伝子の発現量に相当する。萌芽から開花までに働く様々な遺伝子の発現変動を全体像としてまとめたことで、正確な開花日予測が可能となった

かずさDNA研究所は2月18日、ソメイヨシノの遺伝子発現に基づく開花予測技術を開発したと発表した。ハンディータイプの解析装置を用いたリアルタイムPCR法により、開花前に特徴的に発現量が増加する遺伝子を捉え、正確に開花日を予測できる。これは、かずさDNA研究所(白澤健太氏)、島根大学(江角智也准教授)、京都府立大学(板井章浩教授)による共同研究。サクラと同じバラ科のナシやモモをはじめとする、様々な果樹の開花予測に応用できるという。

ソメイヨシノの開花予測は、現在は「温度変換日数法」によって行われている。冬に休眠した花芽が「休眠打破」により成長を開始した日から、特別な公式によって弾き出された日数を経過すると開花するという予測方法だが、それでは桜前線のように、大きな範囲での予測となる。そこで研究グループは、気温の上昇にともない発現する開花に関連した遺伝子を特定し、発現量をモニターできれば、各地のお花見スポットやソメイヨシノ1本1本の開花日予測が正確に行えるようになると考えた。

ソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマザクラを掛け合わて作られた品種のため、2つのゲノム(2倍体)を持つなどゲノム構成が複雑で、これまで解析が難しかったのだが、同研究グループでは2019年にソメイヨシノのゲノム配列の解読を成功させ、新たな開花予測手法の開発に取り組んできた。

その結果、開花1カ月前までに器官発達に関わる遺伝子が働き、開花2〜3週間前までに細胞壁の構築・伸展または分解に関する遺伝子、糖の代謝や必要な物質の輸送に関する遺伝子が順番に働き始め、さらに、おしべやめしべの発達に関する遺伝子が働くことがわかった。どれもが、花器官の組織や細胞の劇的な肥大、花柄(かへい)の成長などの形態変化に関係するものだ。そこから、開花前10〜20日、また0〜10日前に特徴的に発現する遺伝子を選び出し、ハンディータイプの解析装置を用いたリアルタイムPCR(Polymerase Chain Reaction)法によりその発現量を測定し、開花日を予測できるようにした。リアルタイムPCR法とは、DNA断片を増幅するためのサーマルサイクラーと、DNA量をモニターするための分光蛍光光度計を一体化した専用の装置を用いて、DNA断片の増幅量をリアルタイムでモニターし解析する方法。新型コロナウイルスの陽性確認PCRにも用いられている。

今回発表の技術は、サクラと同じバラ科のナシやモモなどの果樹にも応用が可能とのこと。開花後の受粉の管理などを計画的に行う必要のあるこれらの果樹は、気候変動により難しくなっている開花予測の精度を高めることで、安定して高品質な果実を得られるようになると、研究グループは話している。

遺伝子治療による視覚再生の早期実用化を目指すレストアビジョンが3億円調達、網膜色素変性症治療薬の臨床試験目指す

遺伝子治療による視覚再生の早期実用化を目指すレストアビジョンが3億円のシード調達、網膜色素変性症治療薬の臨床試験目指す

遺伝子治療による視覚再生の早期実用化を目指すレストアビジョンは2月4日、シードラウンドにおいて、第三者割当増資による総額3億円の資金調達を実施したと発表した。引受先は、リアルテックファンド、ANRIおよびRemiges Venturesがそれぞれ運営するファンド。

調達した資金は、慶應義塾大学とともに採択された日本医療研究開発機構(AMED)などの補助金計3億円とあわせて、6億円の資金をもって、同社リードパイプラインである網膜色素変性症の遺伝子治療薬RV-001の製剤開発、非臨床試験などを推進し、RV-001の臨床試験の早期実現を目指す。

レストアビジョンは、慶應義塾大学医学部と名古屋工業大学の共同研究成果をもとに、オプトジェネティクス技術の臨床応用による、遺伝性網膜疾患に起因する失明患者の視覚再生の実現を目指して、2016年11月に設立。いまだ有効な治療法のない遺伝性網膜疾患に対し、同社の治療を提供していくことを第1のミッションに掲げて開発に取り組み、日本発・大学発の遺伝子治療技術の産業化による日本経済への貢献を目指している。

RV-001は、AAV(Adeno Associated Virus)ベクターに独自の光センサータンパク質である「キメラロドプシン」を目的遺伝子として搭載した遺伝子治療薬。ヒトの網膜において光センサーの役割を担う視細胞が、遺伝的要因で変性消失してしまう網膜疾患を主な対象として、簡便かつ低侵襲な投与方法である硝子体内注射によりRV-001を投与し、残存する介在神経細胞内でキメラロドプシンを発現させることで、視覚再生を実現する治療法という。

沖縄科学技術大学院大学がDNAの作用で自己組織化・分解するゲルブロックを作製、組織工学・再生医療への応用の可能性も

塩基対形成は非常に特異的なプロセスであるため、対合するDNA鎖の設計に利用できる

塩基対形成は非常に特異的なプロセスであるため、対合するDNA鎖の設計に利用できる

沖縄科学技術大学院大学の研究グループは、短いDNAの鎖を接着剤のように使い、2mmほどのハイドロゲル(水を含む高分子物質)ブロックを、プログラムどおりに結合させることに成功したと発表した

研究グループは、ハイドロゲルブロックの表面にDNA鎖を固定し、それが別のブロックに固定したDNA鎖との対合(「たいごう」または「ついごう」。同じ起源の染色体同士が結合すること)により、プログラムによって指定されたブロック同士をつなぎ合わせる実験を行った。DNAは、2本のDNA鎖がらせん状に結合して成り立っているが、塩基の緻密な組み合わせによって対合されている。この対となるDNA鎖を設計することで、目的の相手と対合させることが可能となる。この原理をハイドロゲルブロックという肉眼で見える素材を使って実証したのが、この実験だ。

表面にDNA鎖を固定したハイドロゲルブロックを溶液に混ぜると、10〜15分でハイドロゲルブロックは自分たちで相手を選んで対合し、自己組織化した。1つの実験では、赤と緑に色分けされたハイドロゲルブロックの表面に一本鎖(いっぽんさ)のDNAを付着させて、赤いブロックと緑のブロックが対合するようにした。これらを溶液に入れて振ると、10分後には緑のブロックと赤のブロックが対になった。同じDNA鎖とは相互作用をしなかったため、同じ色同士が結合することはなかった。

赤と緑のハイドロゲルブロックは、表面に付着した対合するDNA鎖同士で塩基対を形成することにより、結合することができた

赤と緑のハイドロゲルブロックは、表面に付着した対合するDNA鎖同士で塩基対を形成することにより、結合することができた

さらに、特定の配列のみを認識するDNAの能力の検証も行った。4対のDNA鎖を設計し、それぞれを赤、緑、青、黄のハイドロゲルブロックに付着させた。これを溶液に入れると、いろいろなDNA配列が存在するにも関わらず、対合するDNA鎖同士でしか結合が起きなかった。「これは、自己組織化が非常に特異的におこるプロセスであり、プログラムがしやすいことを示しています。DNA配列を変えるだけで、ブロック同士がさまざまな方法で相互作用するように誘導することができるのです」と、核酸化学・工学ユニットの横林洋平教授は話す。

ハイドロゲルブロックは、その表面にあるDNA鎖が対合しているため、自ら色別のグループに分かれることができた

ハイドロゲルブロックは、その表面にあるDNA鎖が対合しているため、自ら色別のグループに分かれることができた

そして、構造体の分解もプログラムできるかどうかも検証した。対合する2本の1本鎖DNAを設計し、1本目の一本鎖DNAの一部と対合する短い一本鎖DNAも作った。この長短のDNA鎖をハイドロゲルブロックに付着させたところ、これらは対合した。その後、長いほうのDNA鎖と同じ長さの対合するDNA鎖を加えると、1時間後には短いDNA鎖は長いDNA鎖に置き換わり、ハイドロゲルブロックの集合体は分解した。

「これは、DNAを『接着剤』としてハイドロゲルブロックをくっつけると、このプロセスを完全に元に戻すことができるということを意味し、非常に驚くべきことです。また、個々の構成要素も再利用できるということです」と、核酸化学・工学ユニットのポストドクトラルスカラー、ヴェンカット・ソンタケ博士は言う。

ハイドロゲルブロックは、より強く対合する2本目のDNA鎖を加えると分解したため、2本目のDNA鎖は、ブロック同士を接合する2本のDNA鎖間の結合を阻害したといえる

ハイドロゲルブロックは、より強く対合する2本目のDNA鎖を加えると分解したため、2本目のDNA鎖は、ブロック同士を接合する2本のDNA鎖間の結合を阻害したといえる

この研究の意味について、横林洋平教授はこう話している。「これはまだ基礎研究ですが、将来的には、この技術を組織工学(ティッシュエンジニアリング。Tissue engineering)や再生医療に応用できる可能性があります。ハイドロゲルブロックの中にさまざまな種類の細胞を入れて、新しい組織や臓器を作るために必要な複雑な3次元構造を組み立てることができるようになるかもしれません」。

また、「応用の可能性はともかく、相互作用するDNA鎖といった微小な化学変化を目の当たりにできるのは素晴らしいことです。これが科学の面白いところです」と明かしている。

切っても茶色くならないリンゴの品種育成を加速、リンゴ果肉の変色に関わる染色体領域を特定

切っても茶色くならないリンゴの品種育成を加速、リンゴ果肉の変色に関わる染色体領域を特定

農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)と青森県産業技術センターは1月20日、リンゴの果肉が茶色くなる(褐変)ことに関連する染色体領域を3カ所特定し、その領域の目印となり、品種改良のための苗の選抜に活用できるDNAマーカーを開発した。これにより、切っても褐変しないリンゴの品種改良が大幅に効率化される。

リンゴは、切ったりすりおろしたりするとすぐに茶色くなり、見た目や商品価値が損なわれてしまう。中食・給食・離乳食・デザートトッピングなどカットフルーツとしての需要はあるものの、流通させようとすると、褐変させない処理や包装などに手間とコストがかかってしまう。そのため、褐変しないリンゴの品種開発が求められている。

ほとんどのリンゴ品種は、果実をカットすると短時間のうちに茶褐色に変色(褐変)する

ほとんどのリンゴ品種は、果実をカットすると短時間のうちに茶褐色に変色(褐変)する

実際に褐変しにくいリンゴの品種はきわめて少なく、世界では「あおり27」と「Eden」の2種類だけが知られている。だが、あおり27は流通期間が短い(普通冷蔵で2カ月程度)という課題があり、Edenは海外品種のため現時点では国内での流通が難しい。また、これらの遺伝情報はわかっていない。

そこで農研機構と青森県産業技術センターは、褐変しにくい品種を効率的に育成するために、ゲノム解析技術を活用した大規模な遺伝解析を行い、褐変に関連する染色体領域の特定を行うことにした。あおり27や「シナノゴールド」といった28品種を親とする24通りの組み合せの交配により育成した468個体のリンゴ樹から果実を収穫し、すりおろして、24時間後の褐変の状態を6段階で評価。

28品種を親とする24通りの組み合せの交配により育成した468個体のリンゴ樹から果実を収穫し、すりおろして、24時間後の褐変の状態を6段階で評価。褐変指数0:無、1:難、2:低、3:中、4:高、5:甚の6段階に分類した

28品種を親とする24通りの組み合せの交配により育成した468個体のリンゴ樹から果実を収穫し、すりおろして、24時間後の褐変の状態を6段階で評価。褐変指数0:無、1:難、2:低、3:中、4:高、5:甚の6段階に分類した

この468個体の果肉褐変指数と全染色体領域にわたる約1万カ所の情報から遺伝解析を行い、褐変の原因領域が、第5染色体、第16染色体、第17染色にあることを突き止めた。そこから、その染色体領域を特定しやすくするDNAマーカーを開発。これを使うことで、若い苗の段階で褐変しにくい品種の選抜、および褐変しない品種の育成が効率的に行えるようになるという。

これにより、「リンゴ加工品の活用場面が広がり、新たな需要の創出につながることが期待されます」と農研機構では話している。


画像クレジット:Fumiaki Hayashi on Unsplash

人工沈香の開発につながる「沈香」の香り成分を生み出す重要な酵素を世界で初めて発見

人工沈香の開発につながる沈香の香り成分を生み出す重要な酵素を世界で初めて発見

富山大学は1月17日、数が激減している高級香木、「沈香」(じんこう)の香り成分を生み出す酵素の解明に、世界で初めて成功したと発表した。沈香の香り成分がどのようにして植物の中で組み立てられるかを明らかにしたこの発見が、香り成分を生産する人工沈香の栽培につながるという。これは、東京大学大学院薬学系研究科北京中医薬大学北京大学との共同研究によるもの。

沈香の香り成分は、ジンチョウゲ科ジンコウ属の牙香樹、沈香樹、沈香木から生み出され、香料としてはもちろん、精神作用を持つ生薬としても珍重されている。しかしそれは、細菌の感染や摂食生物の脅威にさらされたときにのみ生産され、長時間そのような状態に置かれることで十分に蓄積されるというものだ。その木があっても、こうした条件が整わなければ香り成分は得られないため、希少性が高い。人工的にストレスを与える試みもなされているが、なかなかコストに見合わない。稀少な故に密栽も絶えず、さらに数を減らしているのが現状だ。

研究グループは、牙香樹の培養細胞にストレスを与え、香り成分と相関して発現する酵素遺伝子を発見した。そこから遺伝子技術を用いてその遺伝子が牙香樹の香り成分の基になる化合物を生み出すことを突き止め、沈香の香り成分の生産に関わる酵素を明らかにできた。

この酵素がわかったことから、牙香樹などの植物にストレスを与えたときの酵素遺伝子の発現を詳細にモニタリングすることで、香り成分の生産と蓄積が予想できるようになるという。この酵素遺伝子が発現しやすいストレス条件を解明すれば、香り成分を多く含む人工沈香の栽培も可能になると、研究グループは期待している。

米国メリーランド大学が遺伝子操作した豚の心臓を人間の患者に移植し成功、術後3日経過も安定

米国メリーランド大学が遺伝子操作した豚の心臓を人間の患者に移植し成功、術後3日経過も安定

Thierry Dosogne via Getty Images

米メリーランド大学の医師が、遺伝子操作した豚の心臓を人間の患者に移植し、成功したと発表しました。術後3日の時点では顕著な拒絶反応もなく、機能しているとのこと。

移植を受けたのは57歳のデヴィッド・ベネット氏。57歳のベネット氏は、彼の息子がAPに語ったところによると心臓移植をしなければ余命わずかと診断されているものの、人間の心臓移植を受けることができない状況にありました。ほぼ前例がないだけに、成功するかどうかはわからない遺伝子操作済みの豚の心臓移植だけが唯一の選択肢といて示されたとき、ベネット氏は「一か八かだが、最後の選択だ」と語ったとのことです。

通常、このような手術の許可は簡単には下りません。しかし、米食品医薬品局(FDA)は、生命を脅かされた状況にあり、なおかつ他の選択肢がまったくない患者の最後のチャンスとなる「同情的利用」と呼ばれる緊急認可手段を適用しました。

とはいえ、豚の心臓をそのまま人体に移植すれば、強い拒否反応が出るのは目に見えています。ただ、逼迫している心臓移植の需要への対処のため、近年はいくつかのバイオテック企業が豚の心臓を人体に移植するための研究と技術開発を行っており、その中のひとつであるUnited Therapeuticsの子会社Revivicorが、ベネット氏へ移植するため、遺伝子組み換えで拒否反応の原因となる4種類の遺伝子を取り除き、一方で6種類の人の遺伝子を挿入した特別な心臓の提供を申し出ました。

昨年9月には、実験用に献体された人に豚の腎臓を一時的に移植したところ、それが機能したとの実験結果がニューヨークの研究者らによって発表されており、豚から人への臓器移植の相性が良いことが注目されています。

そして、今回のベネット氏への移植手術は、過去5年間に50頭のヒヒに豚の心臓を移植して研究を重ねてきたバートリー・グリフィス医師が担当しました。7時間かけて手術を終えたグリフィス医師は、ベネット氏の心不全と不整脈の状態は人間の心臓を移植しても改善できなかった可能性があると述べています。そして、豚の心臓弁は人に移植されるようになって長く、ベネット氏自身も(息子によれば)10年程前に弁の移植を受けていたとのことでした。

もちろん、術後しばらくは安定していてもその後拒否反応が出てしまう可能性はまだ否定できません。ベネット氏の息子は「父はこの手術におけることの大きさと重要性をしっかり理解している」とし「今後2~3日、いや1日しか生きながらえられないかもしれない。今の時点ではまったく未知の領域です」と述べました。

しかし術後の経過は悪くなく、メリーランド大学医学部の異種移植プログラムの責任者ムハンマド・モヒディン博士は「この手術が成功すれば、苦しみながら移植の順番待ちに並ぶ患者たちに臓器を提供しやすくなり、劇的な変化をもたらすだろう」と述べました。

米国では、臓器移植の順番待ちでおよそ10万人がリストアップされており、毎日17人が持ちこたえられず命を落としているとされています。

(Source:AP NewsEngadget日本版より転載)

モデルナの主要投資元Flagship Pioneeringの新たな投資先、tRNAを用いて「何千もの病気」の治療を目指すAlltrna

米国時間11月9日、モデルナの主要投資元であるFlagship PioneeringはRNAに関心を寄せる企業のポートフォリオに新たな企業を追加したことを発表した。この1年、mRNAが話題になったわけだが、Alltrnaと呼ばれる新しい企業は転移RNA(tRNA)ベースの薬剤の開発に乗り出そうとしている。

メッセンジャーRNA(ModernaやPfizerの新型コロナウイルスワクチンに使用されているmRNA)が、細胞にある特定のアミノ酸を組み立てそれらを結合してタンパク質を作るよう指令する遺伝子情報であることを知る人は多いだろう。では、tRNAとはなにかというと、これはL型をした分子で、mRNAにより集められたアミノ酸を実際に組み立てる働きをする分子である。tRNAは人の細胞が遺伝子コードを取得し、それを体内で機能的なタンパク質に変えるための最後のステップの1つを実行する。

Flagshipの設立期からのパートナーでAlltrnaの共同創設CEOである Lovisa Afzelius(ロヴィサ・アフゼリアス)氏がTechCrunchに語ったところによると、Alltrnaでは、1つのtRNAを「何千もの病気」を治療するのに活用できると考えている。同社は、過去3年間プロトモードにあったのだが、その間、30人からなるチームでtRNA治療開発のための「プラットフォーム」を開発してきた。

「これは本当に重要な分子です。しかし現在まで、創薬手法としては完全に過小評価されてきました。当社が開発したのは広範囲にわたるtRNAプラットフォームで、これを使用することで、tRNAの生物学的側面全体を探求することが可能になります」と、アフゼリアス氏は語った。

ModernaやPfizerの新型コロナワクチンは、mRNAテクノロージの可能性について非常に説得的に証明してきた。しかし、2021年は他のRNAプロジェクトの資金調達に大きな動きのある年となっている。

5月、Flagshipは次の10年間で100種類のエンドレスRNA(eRNA)製品および薬剤プログラムの開発を目指す企業、Larondeに関する発表を行った(eRNAはFlagshipにより開発されたRNAの一種で、体内で特定の薬の治療効果を引き伸ばしたり、治療用タンパク質の「持続的な」発現を生み出したりするように設計されている)。

Larondeは2021年シリーズBでの資金調達で、Flagshipからの投資に加え、T. RowePrice、CPPinvestments、Fidelity Management and Research Company、Federated Hermes Kaufmann Funds、BlackRockが管理する資金とアカウントより、約4億4000万ドル(約501億円)を調達した

tRNAを用いた薬剤のアイデアは比較的新しいものだが、次第に注目され始めている。2021年9月にC&EN が報じたところによると、ReCode Therapeutics、Shape Therapeutics、Tevard Biosciencesの三つのスタートアップは、tRNAを用いた治療法の開発に向け、合わせて2億4000万ドル(約273億円)を調達した。

Alltrnaは、さまざまな病気に介入しうるtRNAの可能性を大いに喧伝している。Flagshipのプリンシパルで、共同創設兼Alltrnaのイノベーションオフィスの責任者でもあるTheonie Anastassiadis(セオニー・アナスタシアディス)氏は、 tRNAには「翻訳の多くの側面」を制御する機能があるという。

例えば「増殖tRNA」の一部は細胞分裂に関与している(またいくつかの研究では、 tRNAを下方制御することにより細胞の増殖を抑えることができ、癌への対応策となりうることが示唆されている)。

また、tRNAにより、遺伝子コードのエラーに起因する問題を修正することができる。一部の遺伝子には、早すぎる時点でタンパク質生成の停止を促す「終止」サイン(終止コドンとも呼ばれる)として機能する変異が含まれている。これらの終止サインは、特定のタンパク質について、それが完全に生成されきっていない状態であるのに、生成を停止するよう指示する。この時期尚早な終止コドンは遺伝性疾患の大きな要因であり、すべての遺伝性疾患または癌の10%から30%程に関係しているとされている。

アフゼリアス氏によると、tRNAエンジニアリングの背後にある考え方は、tRNAがそれらの終止サインを読み込んだ場合でも、完全なタンパク質を組み立てられるということである。

「何千という病気にこれらの終止コドンがまったく同様のかたちで関与している可能性があります。これらのタンパク質に挿入すべきアミノ酸は同一のものです。実際に広範囲に渡る遺伝性疾患に同一のtRNA薬剤を使用することが可能です」。とアフゼリアス氏は語った。

AlltrnaのtRNA に対するアプローチはtRNAベースの薬剤開発を実際に行うのに必要なツールを拡張するところから始まる。tRNAを発現させ、そのレベルを計測し、修正し、そして合成する基本的な手法は現在「非常に技術的に難しい課題です」とアナスタシアディス氏は述べた。

「プラットフォームの一部としてまず私たちが行ったのは、実際にこれらのAlltrnaの独自のツールを構築したことでした」。

tRNA治療のためのプラットフォームの開発は、計画にそって進んでいる。現在のところ、同社はどこと提携しているかや、どういった病気を治療対象と考えて開発に取り組んでいるかについては明らかにしていない。

Flagshipは現在までに、Alltrnaに5000万ドル(約54億円)を提供している。これは2021年FlagshipがLarondeに最初に提供した額と同額である。アフゼリアス氏は今後「適切な時期が来たら」外部からの投資も求めたい考えだと語った。

画像クレジット:LAGUNA DESIGN / Getty Images

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

気候変動に強い作物づくりの技術を開発するPhytoformが6.5億円調達、人工知能を使ってゲノム編集

気候変動は農家の作物栽培に影響を及ぼしており、英国の厳しい栽培条件を知り尽くしたPhytoform(ファイトフォーム)は、作物をより気候変動に強いものにすることを目指している。

ロンドンとボストンに本社を置くこのバイオテクノロジー企業は、作物の改良を目的とした人工知能ゲノム編集技術の拡張のために、Enik Venturesがリードするラウンドで570万ドル(約6億5000万円)を調達したと発表した。

Phytoformは、William Pelton(ウィリアム・ペロトン)氏とNicolas Kral(ニコラス・クラール)氏が博士号を取得する過程で2017年に興した会社だ。CTOのクラール氏は植物発生生物学を研究し、CEOのペロトン氏は作物科学者だ。祖父が農家で、英国の天候などで作物が失敗する話を聞いて育った、とペロトン氏はTechCrunchに語った。

Phytoformの共同創業者ウィリアム・ペロトン氏とニコラス・クラール氏(画像クレジット:Phytoform)

「私たちは、遺伝学の分野で幸運に恵まれています」とペロトン氏は話す。「数百ドル(数万円)で植物全体のゲノムができ、ゲノムの合成もできるのですから。ニックと私は博士課程の学生だったのですが、技術を取り入れ、私たちが目にするいくつかの問題に適用してみることにしました」。

現在の作物改良のための育種法は、通常、開発に数十年かかり、遺伝子組み換え生物の技術も限られている、と同氏はいう。

気候変動に強い新しい作物を開発するPhytoformのアプローチでは、機械学習とゲノム編集技術で植物のDNA配列の組み合わせの可能性数を決定し、新しい特性を特定しつつ、農業の気候変動への影響を軽減している。そして、それらの特性は、フットプリントフリーのCRISPRゲノム編集を用いて作物品種に直接実装される。

農業におけるCRISPR技術の成功は、植物ゲノムを操作して害虫や気候への耐性を高め、より安定した製品を栽培する方法として、長年にわたってよく知られている。

国連食糧農業機関は毎年世界の食糧の14%が失われていると推定しており、今後数年間は干ばつや酷暑、害虫が増加する中で気候変動が悪化する一方のため、この技術を植物に活用することが急がれるとペロトン氏とクラール氏は話す。

今回のラウンドに参加したのは、Wireframe Ventures、Fine Structure Ventures、FTW Ventures、既存投資家のPale Blue Dot、Refactor Capital、Backed VC、そしてJeff Dean(ジェフ・ディーン)氏、Ian Hogarth(イアン・ホガース)氏、Rick Bernstein(リック・バーンスタイン)氏を含むエンジェル投資家のグループだ。

「Eniacは、これまでVenceやIron Oxなどに投資しており、持続可能な農業の未来を大いに信じています。気候危機が深刻化する中、我々は、計算ゲノム学を活用することで食料廃棄を減らし、より質の高い多様な農産物を市場に送り出すことができることを目の当たりにしてきました。我々は、Phytoformの創業者であるウィルとニックの、植物の遺伝学に関する深い機械学習とゲノム編集を組み合わせて消費者に最適な農産物のポートフォリオを提供するというアプローチにすぐに惹かれました」とEniac Venturesのゼネラルパートナー、Vic Singh(ヴィック・シン)氏は述べた。

今回の資金調達により、Phytoformはチームを拡大し、トマトやジャガイモに特性を導入し、食品サプライチェーンに沿ってより大きな収穫量と作物の損失を少なくするための取り組みを強化することができるようになる。

2人の創業者は、トマトとジャガイモのプログラムを市場に投入する準備をしており、2022年は同社にとって「すばらしい年になる」と話す。また、他の3つのプログラムにも取り組んでいて、地域も米国だけでなくオーストラリアと英国にも広げている。

加えて、種苗業者や生産者といったサプライチェーンの初めに位置する個人や企業とのパートナーシップに力を入れており、将来的にはそれを食品製造業者にも広げていく計画だ。

一方、初期ビジネスモデルは種子の販売によるロイヤルティ収入となるが、顧客基盤が消費者まで進化するにつれてビジネスモデルが変化することを期待していると、ペロトン氏は述べた。

Phytoformは2021年、従業員6人でスタートしたが、現在その数は倍増していると、クラール氏は話す。さらに、ソフトウェアとウェブラボの機能の両方でAIプロセスのコンセプトを実証し、技術的にも良い成長を遂げた。

「トマトプログラムの開発後期にたどり着くには、まだかなり大きなプロセスが控えていますが、今後もさらに試行錯誤を続けます。現在の技術では新品種の生成に10年かかっていますが、我々はそれを短縮できることを証明しています」と同氏は付け加えた。

画像クレジット:Pgiam / Getty Images

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(文:Christine Hall、翻訳:Nariko Mizoguchi

資生堂が紫外線によるシミ・シワなど肌のくすみのメカニズムの一端を解明、カギを握るのはTIPARP遺伝子

資生堂が紫外線によるシミ・シワなど肌のくすみのメカニズムの一端を解明、カギを握るのはTIPARP遺伝子

資生堂は11月29日、太陽光線による皮膚の老化現象「光老化」などの影響で肌がくすみやすくなるメカニズムの一端を解明したことを発表した。光老化は、太陽光に含まれる紫外線によって生じる「シミ・シワ」などの肌の老化現象を指し、肌老化の主要な原因とされる。

これにより、遺伝子「TIPARP」が光老化によりメチル化(遺伝子情報が読み出せなくなる現象)され、肌のくすみを抑制する情報が正常に伝達されなくなることが明らかになった。また、深海に棲息する微生物由来の抽出物がTIPARP遺伝子の発現を促進し、DNAのメチル化を防ぐこともわかった。

TIPARPは抗酸化因子のひとつで、黄ぐすみやメラニンの生成を防ぐ作用があるなど、肌の明るさに関連している。だが、一度メラニン化した遺伝子は元に戻らず、それ以外の遺伝子も使われていないとメラニン化してしまう。そこでTIPARPの発現を高めれば、常に使われている状態を保つことができ、「くすみにくい肌」を維持できる。

資生堂では、肌の光老化に関して広範囲な遺伝子の研究を行ってきた。2006年には、「DNAマイクロアレイ法」という手法を用いて、非露光部・露光部・シミ部位の肌の3万個の遺伝子情報を独自に取得し、それぞれの部位の遺伝子発現の違いを明らかにしている。その後も研究を進めて蓄積された知見と、公共のビッグデータを融合させた膨大なデータを解析することで、「より本質的かつ正確に」光老化の肌への影響を調査し、今回の結果に至った。

さらに、TIPARP遺伝子の発現を促す薬剤の探索も行い、深海に生息する微生物由来の抽出液が有効であることも突き止めた。この抽出液を配合した基剤を使うことで、肌の黄ぐすみを減少させることができた。

この研究により資生堂は「これまでに浴びてきた紫外線量に関わらず、くすみをケアする新たなアプローチを見出すことに成功」したと話す。TIPARPの発現を高めることで、後天的に衰えた肌のくすみ改善機能を正常な状態に近づけることができるとのことだ。

機械学習を使って作物の気候変動への適応を加速するAvalo

気候変動は世界中の農業に影響を及ぼしており、その解決策に単純なものはほとんどない。しかし、何千マイルも離れた場所に移動することなく、暑さ、寒さ、干ばつに強い作物を植え付けることができたらどうだろう?Avaloは、AIを利用したゲノム解析によって、この高温の世紀においてより丈夫な植物を育てるために必要な時間と費用を削減することで、こうした植物の実現を支援している。

アカデミアの世界に入る前にスタートアップを試してみたいと考えた友人2人によって設立されたAvaloは、極めて直接的な価値提案をしている。だがそれを理解するには科学的な知識が少し必要となる。

大手の種子会社や農業会社は、主要な作物の改良版の開発に力を注いでいる。トウモロコシや米について、暑さ、虫害、干ばつ、洪水への耐性を少しでも高めることで、農家の収量と利益を大幅に向上させることができる他、以前は育たなかった場所で植物を育てることも可能になる。

「赤道地域では収穫量が大幅に減少しています。それはトウモロコシの種子が少なくなっているからではありません」と共同創業者でCEOのBrendan Collins(ブレンダン・コリンズ)氏はいう。「塩水の侵入により農地が劣化しているため、農家は高地を移動しています。しかし、苗木を枯らす早春の霜に見舞われます。あるいは、湿度が高く湿った夏に発生する真菌に対処するには、さびに強い小麦が必要です。こうした新しい環境の現実に適応するには、新しい品種を作る必要があります」。

このような改良を系統的に行う上で、研究者は植物の既存の形質を強調する。これは新しい遺伝子のスプライシングではなく、すでに存在している性質を引き出すものである、ということだ。これまでは、例えば遺伝学入門編におけるメンデルのような感じで、いくつかの植物を育てて比較し、目的の形質を最も良く体現する植物の種を植え付けるという単純な方法で行われていた。

しかし現在では、これらの植物のゲノム配列が決定されており、もう少し直接的になる可能性がある。望ましい形質をもつ植物においてどの遺伝子が活性であるかを知ることによって、これらの遺伝子のより良い発現を将来の世代に向けた標的とすることができる。問題は、これを実現するには依然として長い時間を要することだ。10年単位の時間である。

現代のプロセスの難しい部分は、干ばつにさらされた状態における生存のような形質は単一の遺伝子によるものではないという問題からきている。それらは、複雑に相互作用する任意の数の遺伝子であり得る。オリンピックの体操選手になるための単一の遺伝子がないように、干ばつに強い米になるための唯一の遺伝子というものはない。そのため、企業がゲノムワイド関連解析と呼ばれる研究を行うと、その形質に寄与する遺伝子の候補が何百も出てきて、生きた植物でこれらのさまざまな組み合わせを苦労してテストしなければならない。しかもそれを工業的な比率と規模で行うには何年もかかる。

試験目的で栽培されている、遺伝子的分化を検出して番号付けされたイネ(画像クレジット:Avalo)

Avaloの共同創業者でCSOのMariano Alvarez(マリアーノ・アルバレス)氏は「遺伝子を見つけて、その遺伝子を使って何かを行う能力は、実際にはかなり制約されています。こうした形質はより複雑なものになるからです」と語る。「酵素の効率を高めようとするのは簡単で、CRISPRを使って編集すれば済みます。ですが、トウモロコシの収量を増やそうとすると、何千、ともすると何百万もの遺伝子がそれに寄与しています。干ばつに強い米を作るという大きな戦略を立てようとするなら(例えばMonsanto)、15年という時間と、2億ドル(約220億円)という金額を検討することになるでしょう【略】それは長期にわたる賭けのような取り組みになります」。

ここにAvaloが足を踏み入れる。同社は、植物のゲノムに対する変化の影響をシミュレートするためのモデルを構築した。同社によるとこのモデルは、15年間のリードタイムを2〜3年に短縮し、コストを同等の比率で削減できるという。

「そのアイデアは、より進化的に認識できる、より現実的なゲノムモデルを作り出すことでした」とコリンズ氏は語る。つまり、ゲノムと遺伝子をシステムの上でモデル化し、そのシステムに生物学と進化に由来するコンテキストが組み込まれていくというものだ。より優れたモデルでは、ある形質に関連する遺伝子についての偽陽性がはるかに少なくなる。ノイズ、無関係な遺伝子、マイナーな寄与因子などの除外をより多く行うからである。

同氏はある企業が取り組んでいる耐寒性を持つイネの例を挙げた。ゲノムワイド関連解析では、566個の「興味深い遺伝子」が発見され、各調査に要する費用は、必要な時間、スタッフ、材料を考慮するとそれぞれ4万ドル(約440万円)前後になることが示された。つまり、この形質を調査すると、数年間で2000万ドル(約22億円)もの資金が必要になる可能性があり、このような操作を試みることができる当事者と、時間と資金を投資する対象作物の両方が必然的に制限されることになる。投資収益率を期待するのであれば、アウトライヤー市場向けのニッチ作物の改良にその種の資金をつぎ込むことはできないだろう。

「私たちはそのプロセスを民主化するためにここにいます」とコリンズ氏はいう。同じ耐寒性のイネに関するデータ群の中で「興味深い32の遺伝子を発見しました。私たちのシミュレーションとレトロスペクティブ研究に基づき、これらすべてが真の因果関係を持つことがわかっています。そして、それらを検証するために、3カ月の期間で3つ、10のノックアウトを育てることができました」。

それぞれのグラフの点は、検査しなければならない遺伝子の信頼水準を表している。Avaloモデルはデータを整理し、最も有望なものだけを選択する(画像クレジット:Avalo)

ここで専門用語を少し明らかにしてみよう。Avaloのシステムは当初から、個別に調査しなければならなかったであろう遺伝子の90%以上を除外した。この32個の遺伝子は単に関連しているだけでなく、因果関係があり、形質に実際に影響を及ぼしているという確信が高かった。そしてこれは、特定の遺伝子をブロックし、その影響を研究する「ノックアウト」研究の簡潔版により立証されたものである。Avaloはその方法を「情報のない摂動による遺伝子発見」と称している。

ノイズからシグナルを引き出すという点では、機械学習アルゴリズムが本来持っている機能もその一部だが、コリンズ氏によると、同社は新しいアプローチでこの問題に取り組む必要があり、モデルが自ら構造や関係を学習できるようにする必要があったという。また、モデルが説明可能であること、つまり、その結果がブラックボックスの外に表示されるのではなく、何らかの理由で正当化されることも重要であった。

後者に関しては難しい問題だが、彼らは繰り返しシミュレーションを行い、興味深い遺伝子をダミーの遺伝子に相当するものと系統的に入れ替えることでそれを達成した。ダミーの遺伝子は形質を破壊することなく、各遺伝子が何に寄与しているかをモデルが学習するのに役立つ。

Avaloの共同創業者Mariano Alvarez(マリアーノ・アルバレス)氏(左)とBrendan Collins氏(ブレンダン・コリンズ)氏、温室のそばで撮影(画像クレジット:Avalo)

「当社の技術を使えば、興味深い形質のための最小限の予測育種セットを考案することができます。完全な遺伝子型をin silico(すなわちシミュレーション)で設計し、集中的な育種を行い、その遺伝子型を観察することができます」とコリンズ氏は語る。そしてコストが十分低いことから、小規模な作物やあまり人気のない作物、あるいは可能性に欠ける形質でも導入することができる。気候変動は予測がつかないので、今から20年後に耐暑性小麦と耐寒性小麦のどちらが優れているかは誰にもわからない。

「こうした活動にかかる資本コストを低減することで、気候耐性のある形質に取り組むことが経済的に実現可能な空間を解放するような役割を私たちは果たしています」とアルバレス氏は語っている。

Avaloはいくつかの大学と提携し、他の大学では決して日の目を見ることのなかった、回復力があり持続可能な植物の創造を加速させようとしている。これらの研究グループは大量のデータを保有しているが、十分なリソースを持ち合わせていないため、企業の能力を実証する優れた候補者にすぎない。

大学とのパートナーシップにより、大規模に利用する前にある程度の作業が必要な「十分に栽培品種化されていない」植物にもこのシステムを適用していくことが確立される。例えば、自然界に存在する大型の穀物に干ばつ耐性を付与しようとするのではなく、自然界に存在する干ばつ耐性を持つ野生の穀物を大型化する方が得策かもしれないが、それを解明するために2000万ドルを投じようとする者はいなかった。

商業面では、データ処理サービスを最初に提供することを計画している。つまり同社は、農業や製薬などの分野で実績はあるが速度に欠けている企業に、コストと時間の大幅な節約を提供する多くのスタートアップの1つとなる。うまくいけば、Avaloはこの種の植物を農業に持ち込み、種子ども給者にもなることができるだろう。

同社は数週間前にIndieBioのアクセラレーターを卒業したばかりで、すでに300万ドル(約3億3000万円)のシード資金を確保して大規模に活動を続けている。このラウンドはBetter VenturesとGiant Venturesが共同で主導し、At One Ventures、Climate Capital、David Rowan(デイビット・ローワン)氏、そしてもちろんIndieBioの親会社であるSOSVも参加した。

「ブレンダン(・コリンズ氏)は私に、スタートアップを始めることは教員の仕事に応募するよりもずっと楽しくておもしろいことだと確信させました」とアルバレス氏。「そして、彼は完全に正しかったのです」。

画像クレジット:Avalo

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

コロッサルがマンモス復活プロジェクトを投資家たちに売り込むことに成功

医療を一変させるCRISPR(ゲノム編集技術)の可能性に関心を持つ企業がますます増えている。しかし、この遺伝子編集システムを用いて現代にマンモス(あるいは、それに極めて近いもの)を蘇らせようとしている企業はおそらく1社しかいないだろう。

それを第一のミッションとして掲げている会社が新興企業Colossal(コロッサル)だ。異端の遺伝学者George Church(ジョージ・チャーチ)氏と、企業家でHypergiant(ハイパージャイアント)の前CEO Ben Lamm(ベン・ラム)氏によって創業された同社は、CRISPRを使って既存のアジア象のゲノムを編集することでこの古代生物を現代に蘇らせることを目的としている。そういう意味では、蘇る生物はマンモスに極めて近いものの、どちらかというと象とマンモスの雑種ということになる。

チャーチ氏のラボではこのプロジェクトに数年間資金を投入してきた。チャーチ氏とラム氏は、マンモスを現代に蘇らせるというアイデアには単なるSF的なプロジェクト以上の意味があることを投資家たちに売り込むことに成功した。

コロッサルは、創業しLegendary Entertainment(Dune、Jurassic World、The Dark Knightなどをてがけた会社)の前CEO Thomas Tull(トーマス・タル)氏率いる1500万ドル(約16億5000万円)のシードラウンドを実施することを発表した。このラウンドには、Breyer Capital(ブレイヤーキャピタル)、Draper Associates(ドレイパーアソシエイツ)、Animal Capital(アニマルキャピタル)、At One Ventures(アットワンベンチャーズ)、Jazz Ventures(ジャズベンチャーズ)、Jeff Wilke(ジェフ・ウィルケ)氏、Bold Capital(ボールド・キャピタル)、Global Space Ventures(グローバルスペースベンチャーズ)、Climate Capital(クライメートキャピタル)、Winklevoss Capital(ウィンクルボスキャピタル)、Liquid2 Ventures(リキッド2ベンチャーズ)、Capital Factory(キャピタルファクトリー)、Tony Robbins(トニー・ロビンズ)氏、First Light Capital(ファーストライトキャピタル)などが参加している。

「チャーチ氏とラム氏の2人は、現代の遺伝学の考え方を一変させると同時に、絶滅種の復活だけでなく業界全体を前進させる革新的テクノロジーを開発する能力を持ち合わせた強力なチームです」とロビン氏はいう。「この2人が率いるプロジェクトに投資できることを誇りに思います」。

ラム氏はテキサス州本拠のAI企業ハイパージャイアントの創業者としてコロッサルに入社した。同氏は他にも、Conversable(LivePersonに売却)、Chaotic Moon Studios(Accentureに売却)、Team Chaos(Zyngaに売却)の3社を起業し売却している。

チャーチ氏は、これまでにも大規模で挑発的なプロジェクトを立ち上げてきたことでよく知られている。

チャーチ氏は1980年代に最初のゲノム直接配列決定法を生み出し、続いて人ゲノムプロジェクトの立ち上げにも携わった。同氏は現在、Wyss Instituteで、遺伝子とゲノム全体を統合することに重点を置いた人工生体の取り組みを率いている。

CRISPR遺伝子編集技術は対人臨床試験の段階に入ったばかりで、特定の病気の原因となっている遺伝子を編集することを目的としているが、チャーチ氏のプロジェクトでは、それよりはるかに大きな考えで取り組みを進めており、テクノロジーの進化を加速する目的に沿ったものが多い。2015年、同氏のチームは、人に移植する臓器を作る過程で豚の胚の62の遺伝子(当時の新記録)を編集することに成功した。

この取り組みから派生した企業eGenesisはチャーチ氏の当初の予定より遅れているが(同氏は、2019年までには豚の臓器を人体への移植に利用できると予測していた)、現在、猿を使った前臨床実験を行っている。

チャーチ氏は長年、マンモスの復活に照準を合わせてきた。2017年、ハーバード大学の同氏のラボは、マンモスを復活させる過程で、45の遺伝子をアジア象のゲノムに追加することに成功したと報告した。投資家たちからの研究支援を受け、コロッサルはチャーチ氏のラボでのマンモス復活の取り組みを全面的にサポートすることになる。

プレスリリースによると、コロッサルがマンモスを復活させることを追求しているのは、エコシステムを復元することで気候変動による影響と戦うためだという。

「当社の目的はマンモスを復活させることだけではありません」と同氏はいう。「もちろん、それだけでも大変なことですが、最終的にはマンモスを自然環境に適応させることが目的です。マンモスを復活させることができれば、絶滅を防いだり、絶滅危惧種を復活させるすべての道具立てが揃うことになります」。

現在、約100万種の動植物が絶滅の危機に瀕している。コロッサルのマンモスプロジェクトが成功すれば、最近絶滅した生物を復活させるだけでなく、ラム氏のいう「遺伝子レスキュー」によってそもそも絶滅を防ぐことさえできる能力が実現されることになる。

遺伝子レスキューとは、絶滅危惧種の遺伝子多様性を向上させるプロセスのことだ。これは、遺伝子編集によって、あるいはクローニングによって新しい個体を作り遺伝子プールを大きくすることによって実現できる(クローンと既存の動物の遺伝子が十分に異なることが条件)。これが実現可能である証拠はすでにいくつかある。2021年2月、北米で最初の絶滅危惧種のクローニングによってクロアシイタチが誕生し、Elizabeth Ann(エリザベス・アン)と名付けられた。このイタチは1988年に収集され冷凍された組織サンプルに含まれていたDNAからクローニングされたものだ。

山の中のマンモス。3Dのイラスト(画像クレジット:Orla / Getty Images)

絶滅種を復活させることで気候変動による影響と戦うことはできるかもしれないが、それで根本的な問題が解決するわけではない。人間が生み出した気候変動の原因が手つかずのままであるかぎり、そもそも気候変動によって絶滅した生物を復活させることができたとしてもあまり期待はできない。そもそも、気候変動は巨型動物類が絶滅した原因の1つなのだから。

また、絶滅してかなりの時間が経つ種を現代の環境に適応させることにより、新しい病気が蔓延したり、既存の種が置き換えられて実際に地形が変わってしまうなど、エコシステムにさまざまな重大な悪影響が生じる可能性もある(象は結局のところ生態系の技師なのだ)。

生物多様性を維持することがコロッサルの主たる目的なら、今すぐ救える種があるのになぜわざわざマンモスの復活にこだわるのだろうか。ラム氏によると、アジア象のゲノムを編集して回復力を高める試みをしてもよいが、マンモスプロジェクトがコロッサルを導く光輝く目標でもあることに変わりはないという。

ラム氏の見方では、マンモスプロジェクトはムーンショット(困難だが成功すれば大きな効果をもたらす試み)なのだ。このような困難な目標にあえて挑むとしても、絶滅種復活のための独自技術を開発し、それを見込みのありそうな買い手にライセンス供与または売り込む必要がある。

「この計画はアポロ計画によく似ています。アポロ計画は文字通りムーンショットでした。その過程で多くのテクノロジーが生まれました。GPS、およびインターネットや半導体の基本原理などです。これらはすべて大きな収益を生むテクノロジーでした」と同氏はいう。

要するに、マンモスプロジェクトは、多くの知的財産を生み出すインキュベーターのようなものなのだ。具体的には、人工子宮やCRISPRのその他の応用技術の研究プロジェクトなどがあるとラム氏はいう。こうした技術を実現するにはまだまだ多くの科学的なハードルをクリアする必要があるが(現行の人工子宮プロジェクトは臨床試験段階にも程遠い状態だ)、生きた本物の生物体を作り上げることに比べれば少しは実現可能性が高いのかもしれない。

けれども、コロッサルがこの研究を進めるにあたってたくさんの中間的な計画を持っていたというわけではない。コロッサルは、研究過程で記憶に残るブランドを作ろうと躍起になっている。ラム氏に言わせると、それは「ハーバードとMTVの融合」としてのブランドだという。

コロッサルに匹敵するような企業は存在しないとラム氏はいうが、インタビューでは、Blue Origin、SpaceXなどの大手の宇宙開発企業ブランド、そして何よりNASAの名前が登場した。「NASAは米国が作り上げた最高のブランドだと思います」と同氏はいう。

「SpaceXやBlue OriginやVirginの名前を挙げれば、私の91歳の祖母でも宇宙開発企業だと知っています。ULAなどの企業も数十年に渡ってロケットで衛星を打ち上げていますが、誰も知りません。SpaceXやBlue Originは宇宙開発事業を一般大衆に知らしめるのに大きな役割を果たしたのです」。

人を火星に送るというElon Musk(イーロン・マスク)氏の計画を少し連想させるが、同氏の火星探査宇宙船Starshipは、プロトタイプ試験段階から先に進んでいない。

夢のある大きなアイデアは人を惹き付けるとラム氏はいう。そして、その実現に向けた道のりで生まれる知的財産によって、投資家たちの気持ちをなだめることもできる。全体像はどうしてもSF的に見えてしまうが、それも織り込み済みなのかもしれない。

とはいえ、コロッサルはマンモスを復活させることなど本気で考えてはいないなどというつもりはない。今回のシードラウンドで調達した資金は、生存可能なマンモスの胚を作り出すのに十分な額だ。同社は、あと4年~6年で最初の分娩にまでこぎつけることを目指している。

画像クレジット:Colossal

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(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

DNA検査で犬の健康問題を早期発見するEmbark Veterinaryにソフトバンクも投資

今や犬も新型コロナウイルスに感染するというが、そんなときでもEmbark Veterinaryは慌てず騒がずちゃんとDNA検査をして発病を防ぎ、次の10年間の犬の寿命を現在の予測よりも3年以上長くしてくれる。

犬の遺伝子治療を行っているこのボストンの動物病院は、このほどシリーズBで7500万ドル(約82億6000万円)を調達し「ペットのスタートアップのシリーズBとしてはこれまでで最高額」と自称している。ラウンドをリードした投資家はSoftBank Vision Fund 2で、これにF-Prime CapitalやSV Angel、Slow Ventures、Freestyle Capital、そしてThird Kind Venture Capitalらが参加している。

Crunchbaseのデータによると、2015年に創業したEmbarkの総調達額はこれで9430万ドル(約104億円)になり、投資後の評価額は7億ドル(約771億3000万円)になると、Embarkの創業者でCEOのRyan Boyko(ライアン・ボイコ)氏はいう。

犬好きのボイコ氏は、生物学と進化にも関心がある。特に彼にとって犬は、品種の多さが関心をそそるという。体重がわずか1kgでも、100kg近くても犬。形やサイズも非常に多様だ。そこで彼は犬の研究に関心を持ち、特に彼らの進化を理解したいと思った。

「健康の問題についても考えるようになりましたが、率直に言って、健康のために遺伝子を上手に利用している点では、犬の体の方が人間より上です。犬は交配によって新しい犬種を生み出すことができますが、交配は犬の健康に貢献すると同時に、健康問題の原因でもあります」とボイコ氏はいう。

Embarkの犬のDNA検査は199ドル(約2万2000円)で、犬の飼い主やブリーダー、獣医は犬のユニークな遺伝子プロファイルに基づいて、治療やケアのプランをそれぞれで作ることができる。これまで350種あまりの犬種を検査し、200種の遺伝子由来の健康問題や身体的特徴を特定してきた。人間の遺伝子を検査する23andMeと同じく、検査によってその犬の犬種や健康や祖先に関する特性を知ることができる。

たとえば検査によって、健康な犬が今後椎間板ヘルニアになりやすい遺伝子を持ってることが、わかったりする。そんな犬には、ケアのメニューに体重管理を重要な要素として含め、ソファーから跳び下りることを禁ずるなどの対応が必要だ。もう1つの、よくある遺伝子リスクが高尿酸尿症だ。尿酸値が高いために犬がミネラルを上手に処理できず、膀胱結石になりやすい。そんな場合、犬の食事を変えることによって、石ができることを防げる。結石は、痛いだけでなく治療費も高額です、とボイコ氏はいう。

同社の検査技術は独自の遺伝子型判定技術を軸とし、これまでに20万以上の遺伝子マーカーを分析している。ボイコ氏によると、それは現在市場にあるどのDNA検査と比べても2倍以上の情報量がある。これによってEmbarkは今や、犬の健康と生物学的情報に関する世界最大のデータベースを持ち、同社はさまざまな状況や条件へのインサイトを可能にして、健康のリスクや特性、また犬種に関する、新たな発見を可能にしている。

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Embarkは犬の飼い主や獣医にとっての、ケアのスタンダードになることを狙っている。同社は2019年から2020年にかけて235%成長し、年商は過去2年間で5倍増した。このような高い成長を支えるために同社は、今度の資金を新たな雇用とデータベースの拡大に充てるつもりだ。ボイコ氏によると、2021年から2022年にかけて100人増やすという。

ボイコ氏によると、米国のペット市場はまだまだ伸び代がとても大きい。実際、American Pet Products Associationによると、2020年のペットへの支出は1000億ドル(約11兆200億円)近くに達し、2019年の957億ドル(約10兆5400億円)と比べて大きく増えている。

またCrunchbaseのデータによると、米国のペット企業に対するベンチャーキャピタルの関心は、栄養食、旅行、ヘルスケアなどすべてを含めて2019年から2020年にかけて 29.5%成長した。Embarkの資金調達だけでなく、2021年はその他のペット関連スタートアップにとっても良い年で、たとえばペット保険のWagmoは1250万ドル(約13億8000万円)を調達し、犬の居場所を本人の首輪からWi-FiやBluetoothで教えるFiは3000万ドル(約33億1000万円)を調達、そしてドッグシッター / ウォーカーのRoverは、SPACという手法による上場を発表している

SoftBank Investment AdvisersのパートナーであるLydia Jett(リディア・ジェット)氏は、ペット関連の投資はこれが初めてだが、Embarkはこの分野に進歩をもたらそうとしており、それは、どんなことをしてもペットをできるかぎり長生きさせたいという、飼い主の願いにも応えるものだ、と語っている。

ジェット氏によると、同社の経営がDNA分析を軸としていることには将来性があり、ペットに対して遺伝子分析の大きな市場を初めて開き、ペットに対する愛情とその長寿のための技術を結びつけたことの市場性はとても大きい。

「同社は変化を推進しています。私たちは消費者市場への投資企業として世界最大ですが、消費者のプライオリティと選択に関する弊社のポートフォリオとEmbarkが目指すものは完全に一致しています。それは、とても大きなトレンドであり、しかもペットのための個体化は、まだまだ初期の段階です」とジェット氏はいう。

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カテゴリー:その他
タグ:DNAEmbark VeterinarySoftBank Vision Fund資金調達ペット

画像クレジット:Olga Gimaeva/EyeEm/ Getty Images

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(文:Christine Hall、翻訳:Hiroshi Iwatani)

NASAが宇宙空間でゲノム編集技術「CRISPR」実施に成功、微重力下でのDNA損傷修復メカニズム研究

ASAが宇宙空間でのゲノム編集技術「CRISPR」実施に成功、微重力下におけるDNA損傷の修復メカニズムを研究する方法を開発

Sebastian Kraves and NASA

NASAの宇宙飛行士クリスティーナ・コック氏は、CRISPR-Cas9と呼ばれる遺伝子編集を宇宙空間で行うことに初めて成功しました。

この実験では、ISS内で培養した酵母の細胞のDNAに、二本鎖切断と呼ばれる特に有害なDNA損傷を生じさせ、放射線などによる非特異的な損傷では得られない、微重力状態におけるより詳細なDNA修復メカニズムを観察しました。コック飛行士は2020年2月に地上へ帰還しており、実験もそれ以前に完了していたものの、その結果が出るのについ最近までかかったとのこと。

重力のない、またはほとんどない場所での長期間の生活は、様々な場面で生命活動に変化をもたらす可能性があります。とくに地磁気による保護のない宇宙空間では飛行士は常に宇宙線(地球外の宇宙空間からの放射線で、生物へ大きな影響をもたらす重粒子線を多く含む)に晒されることになり、それによるDNAへの影響は避けられません。

そのため、この実験を足がかりに宇宙空間でのDNA修復にまつわるさらに多くの実験研究への道が開かれ、十分な知見が蓄積されれば、将来の有人火星探査やさらに深宇宙への有人探査が現実的なものになるかもしれません。

今回の研究は、宇宙でCRISPR-Cas9によるゲノム編集に成功した初めての例であり、生きた細胞に外部からの遺伝物質を取り込ませる形質転換に成功した初めての例でもあります。そして将来の研究で、電離放射線によって引き起こされる複雑なDNA損傷をよりよく模倣してさらに研究を重ねられるようになることが期待されます。人類が火星やその先へと向かうのに、CRISPR-Cas9が重要な役割を担うことになるかもしれません。

(Source:EurekAlertEngadget日本版より転載)

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カテゴリー:バイオテック
タグ:医療(用語)宇宙(用語)宇宙開発(用語)CRISPR(用語)健康 / 健康管理 / ヘルスケア(用語)DNA / 遺伝子(用語)NASA(組織)