【コラム】ハードテックの急速な台頭

【編集部注】:本稿の著者Garrett Winther(ギャレット・ウィンザー)氏は、SOSVのハードテック分野のベンチャープログラムであるHAXの、パートナーでプログラムディレクター。エンジニアとしての教育を受けたベンチャービルダーの彼は、SOSV、IDEO、MITでハードテック分野のベンチャー企業を世に送り出してきた。

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私が、SOSVのHAXという、アーリーステージのハードウェア創業者たちを支援するためのベンチャープログラムチームに参加したとき、テック系の友人たちは首をかしげた。ハードウェアが極めて難しいということを、まだ学んでいなかったのか?というわけだ。だが、彼らが見ていなかったは、冷え切っているという世間の評判とは裏腹に急速に進化しているハードウェアシーンだったのだ。これまでの苦難に満ちたハードウェアのやり方は、新しいよりエキサイティングなやり方に道を譲っていて、ソフトウェアだけでは解決できない、たとえば気候変動のような文明レベルの問題に対応するためのものとして、次々と勃興している。

現在、HAXプログラムに参加する創業者たちと仕事をしていると「世界のエネルギー消費量を10%削減する」という信じられないような(しかし実現可能な)Seppure(セピュア)の計画や「アパレルのサプライチェーンからすべての無駄をなくす」という Unspun(アンスパン)の計画や「世界のバッテリーリサイクルの利益率を5倍にする」というGreen Li-ion(グリーン・リチウムイオン)の話を聞くのが普通のことになっている。

このような野心的目標は、脱炭素化、インフラの近代化、サプライチェーンの確保、従来産業の完全デジタル化などの要求を中心とした、世界経済の新たなメガトレンドを反映している。

機械学習からセンサー、ナノ材料に至るまで、推進するためのツールや技術が、かつてないほど強力で手頃な価格になっているため、高い志を持ち、市場投入までの時間をはるかに短縮することが可能になっている。Bill Gates(ビル・ゲイツ)氏やElon Musk(イーロン・マスク)氏のようなビジョナリーたちが注目し、Blackrock(ブラックロック)のような機関投資家が気候変動対策に力を注ぎ、さらにはHAXと同じ志を持つコミュニティであるThe Engine(ジ・エンジン)、New Lab(ニュー・ラブ)、Greentown Labs(グリーンタウン・ラブ)が台頭してきている。

この新しい世界の範囲は非常に広く、私たちはもはやHAXのテーゼを「ハードウェア」ではなく「Hard Tech(ハードテック)」と呼んでいる。これは難しいという意味で「ハード」だからということと、2010年代初頭のパーソナルハードウェアデバイスや家庭内のIoTといった当初のスコープをはるかに超えているということの両方の意味を持っている。

私たちの周りで次々と誕生しているのは、新世代のハードテック企業の創業者、投資家、技術たちだ。この中で私たちは、ハードテックの潮流がやってくることをひしひしと予感している。

もし「ソフトウェアが世界を食らう」なら、ハードテックがそのための歯を提供する

この30年間は「ソフトウェアが世界を食らっている」と言われてきたが、それはいわば一番手を付けやすいものを楽しんできたのだ。しかし、そうしたスクリーンやサーバーに頼るデジタル世界は、徐々にニッチな市場での限られた利益に縛られるようになっている。Ubiquity Venturesの友人がいうように「Software Beyond the Screen(スクリーンの向こうのソフトウェア)」の時代が来ている。

手頃な価格のロボット、AIを使ったセンサーフュージョン、途切れないコネクティビティ、スーパー素材がテクノロジースタックに統合されて、顧客に新たな価値をもたらしている。多くのHAX企業が、少し前まではSaaS企業しか実現できないと言われていた80%以上の粗利益率のビジネスを行っている。さらには、ハードウェアとソフトウェアの組み合わせは、ソフトウェアだけでは実現できない、産業界を横断するより重要な問題に取り組むことを可能にする。

テスラに学べ、大きな産業で大きな仕事をする

この10年間でTesla(テスラ)が量産車メーカーになった予想外の成功を説明しようとするときに、業界の専門家たちはテスラの「ソフトウェア主導」のアプローチを指摘することが多い。だが真相は、テスラの成功の中心を成しているのは、バッテリー、モーター、そして製造手法、販売モデルなどのハードウエアの強烈な革新なのだ。

この方程式は、エネルギー、建設、農業などの、数兆ドル(数百兆円)規模の巨大産業でも同じように展開されている。これらのカテゴリーでの機会を探している投資家は、大胆に行動する必要があるが、ハードテックを含めて探せば、予想外のリターンが得られることだろう。世界を進化させるためには、Commonwealth(コモンウェルス)のFusion Energyのような核融合炉や、Boston Metal(ボストン・メタル)の排出ゼロ鉄鋼や、Deepspin(ディープスピン)の低価格MRIのような大物が必要となる。テスラや交通システムのように、ソフトウェアがきっかけになることもあるが、一般に産業革命は物理的な世界の革新から生まれるのだ。

B2Bセールスに開かれた新しい扉

このような大規模なチャンスに対応するには、産業レベルでのパートナーや顧客が必要だ。スタートアップ企業には、単独で行動する余裕はない。従来スタートアップ企業に対して行われてきたアドバイスでは、企業パートナーは恐ろしく動きも遅く、スタートアップのペースでは仕事ができない獣のようなものだから、相手をすることを避けるべきだとされてきた。しかし現実には、大企業は新興のハードテックスタートアップに対する興味を明らかに高めていて、多くの企業が、よりリスクの高い複雑なテクノロジーに取り組むためのパイプラインを用意している。ここ数年で、ベンチャーと取引をする企業の数は2倍以上に増えていて、さらに多くの企業が、すでに始まっている業界全体の変革に備えているのだ。

そのため、スタートアップは企業やB2Bマーケットにより迅速に関わるようになり、これが、かつてはソフトウェアのみを扱う企業だけに見られていたスピード感で、多くのB2Bハードテックが数百万ドル(数億円)の収益を上げるまでに成長している理由を説明できている。また、こうした企業へのVC資本の急増や、HAX自身の構成の変化も説明できるのだ。2012年のスタート以来、HAX B2Bのポートフォリオは、投資総額の10%から70%へと拡大しており、その中には急成長中のアーリーステージ企業の大半が含まれている。

ハードテック企業の経営は、より容易により安く

アーリーステージのハードテックスタートアップを立ち上げるための技術や戦略は、10年足らずの間に桁違いに進歩している。3Dプリンターの価格は、2万ドル(約219万円)から200ドル(約2万1900円)に下落した。プリント基板は、(サプライチェーンが混乱している中でも)わずか数日で世界中に出荷されている。何十万社ものサプライヤーがオンラインに存在し、ひと晩で部品を作って出荷することができる。アーリーステージの創業者が少ない予算で、印象的で収益性の高いプロトタイプを作ることは十分可能なのだ。その結果、ハードテック企業の創業者は、コア技術の開発に集中することが可能になり、以前は「ハード(難しい)」とされていた多くのことを当然のことのように考えることができる。APIやAWS、そしてノーコードの台頭がソフトウェアの新たな可能性を引き出したことと同様に、似たような革命が新しいハードテックの世界のバックボーンとなっている。

PhDは未来の憧れの的だ

ハードテクノロジーの商業化は、もはや非現実的な探求ではなく、より多くのPhD(博士号)やポスドクが会社を設立するために活動している。HAXのスタートアップには、PhDを取得した創業者や、博士論文に何年もかけて取り組んでいる創業者がいるのが珍しくない(SOSV Climate 100社の40%以上が少なくとも1人のPhD取得者を擁している)。これらの企業は、大学から直接受ける起業の刺激に応えるだけでなく、気候変動のような文明レベルの大きな技術課題への呼びかけにも触発されている。

これは投資家にとっては容易な道ではない。というのも、そもそも大学の研究室で行われている研究は、非常に高度で、ある意味不確定で、実績のある市場を持たないものであることが多いからだ。言い換えれば、ハードテックのスタートアップは、通常非常に深い水の中にいるため、専門家のリーダーシップや洞察力に高い価値が置かれる。その結果、多くのVCは、次世代の優れた創業者や業界を変革するスタートアップを見逃さないように、科学者やエンジニアを投資チームに迎え入れている。今、私たちは、科学技術分野における最高の頭脳にとってチャンスとなる、黄金時代の始まりにいる。

こうした、HAXにおける新興ハードテックの隆盛は、何年か先に起こるものの予測を語っているのではなく、現在HAXチームが日々ポートフォリオの中で見ているものをただ語っているだけだ。数年前には不可能だと思われていたプロジェクトに対するアイデアの質、創業者の野心、実行のスピードには本当に驚かされている。もちろん、それはまだ難しい(ハード)だが、今後数十年の間にハードテックが必然的な力になるにつれ、より多くの起業家や投資家がハードテックに移行していくだろう。

【情報開示】TechCrunchの元COOであるNed Desmond(ネッド・デズモンド)氏が、現在SOSVのシニア・オペレーティング・パートナーを務めている。

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カテゴリー:ハードウェア
タグ:IoTB2Bコラム

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(文:Garrett Winther、翻訳:sako)

【コラム】完全自律運転車の航続距離を伸ばす鍵は「光」だ

編集部注:本稿の著者Nick Harris(ニック・ハリス)氏は、科学者でエンジニア、そしてフォトニックプロセッサーを製造するLightmatterの創業者兼CEO。

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先進運転支援システム(ADAS)は計り知れない可能性を秘めたテクノロジーだ。ニュースの見出しを見ていると、自律運転車の将来は暗いのではないかと時折思うことがある。自律運転車に関する事故、規制、企業の過大な評価額が過大評価されているという意見るためだ。これらはどれもそれなりの根拠に基づく報道なのだが、自律運転車の世界が持つ驚くべき可能性を見えにくくしている。

自律運転車のメリットの1つが環境負荷の軽減であることは一般的に認められている。なぜなら、自律運転車のほとんどは電気自動車でもあるからだ。

業界アナリストによるレポートでは、2023年までに730万台(市場全体の7%)が自律運転機能を搭載するため、15億ドル(約1649億円)相当の自律運転専用プロセッサーが必要になると試算されている。さらに、2030年までに自動車販売台数の50%が米国家道路交通安全局(NHTSA)によって定義されたSAEレベル3またはそれ以上の自律運転機能を備えるようになった場合、必要とされる自律運転専用プロセッサーは140億ドル(約1兆5390億円)相当まで増加する見通しだという。

自律運転電気自動車(AEV)が消費者を満足させる航続距離、安全性、パフォーマンスを提供して期待に完全に応えるには、コンピューティングとバッテリーに関するテクノロジーを根本から革新することが必要かもしれない。

光チップの方が高速でエネルギー効率も高いため、SAEレベル3に達するのに必要なプロセッサーの数は少なくなる。しかし、光チップによるコンピューティング性能の向上がSAEレベル5の完全自律運転車の開発と実用化を加速させるだろう。そうなれば、2030年までに自律運転用の光チップの市場規模は、現在予測されている140億ドル(約1兆5390億円)をはるかに上回る可能性がある。

AEVは非常に幅広い用途で使用できる可能性がある。例えば、大都市でのタクシーサービスやその他のサービス、高速道路専用のクリーンな輸送車両などだ。このテクノロジーが、環境にすばやく大きな影響を及ぼし得ることを、我々は目にし始めている。実際に、このテクノロジーは今、人口密度も汚染度も非常に高い一部の都市で大気汚染の軽減に寄与している。

問題は、AEVが現在、サステナビリティ面での課題に直面しているということだ。

AEVが効率よく安全に走行するには、気が遠くなるような数のセンサーを駆使する必要がある。カメラ、LiDAR、超音波センサーなどはその一部にすぎない。それらのセンサーが連携して作動し、データを集めて、リアルタイムで検知、反応、予測することにより、いわば自動車の「目」になるのだ。

効果的かつ安全な自律運転に必要なセンサーの具体的な数についてはさまざまな意見があるが「自律運転車は膨大な量のデータを生成する」ということに異議を唱える者はいない。

それらのセンサーによって生成されたデータに対して反応するには、それがたとえシンプルな反応だとしても、多大なコンピューティング能力が必要とされるし、いうまでもなくセンサー本体を動かすためにもバッテリー電力が必要だ。さらに、データの処理と分析には、カーボンフットフリントがけた外れに大きいことで知られる深層学習アルゴリズムが使われる。

AEVがエネルギー効率の面でも経済的な面でも実現可能な代替輸送手段となるには、ガソリン車と同レベルの航続距離を実現する必要がある。しかし、AEVが走行中に使用するセンサーやアルゴリズムの数が増えれば増えるほど、バッテリーの持続時間、つまり航続距離は短くなる。

米エネルギー省によると、現在、電気自動車が充電なしで走れるのは300マイル(約483キロメートル)がやっとだ。一方、燃焼機関を搭載した従来型の自動車は、燃料タンクを1度満タンにすれば412マイル(約663キロメートル)走行できる。このうえ自律運転をするとなれば、航続距離の差はさらに広がり、バッテリーの劣化が加速する可能性もある。

Nature Energy(ネイチャー・エナジー)誌に最近掲載された論文によると、AEVの航続距離は都市部の走行時で10~15%短くなるという。

2019年にTeslaが開催したイベント「Tesla Autonomy Day」では、都市部の走行中にテスラの運転支援システムが作動すると航続距離が最大で25%短くなることが明らかになった。つまり、電気自動車の一般的な航続距離が300マイル(約483キロメートル)ではなく225マイル(約362キロメートル)になるということだ。これでは消費者が魅力を感じる航続距離に達しない。

第一原理解析を行うともっと詳しく理解できる。NVIDIA(エヌビディア)のロボタクシー向けAIコンピューティングソリューションであるDRIVEの消費電力量は800ワット、テスラのModel 3のエネルギー消費率は100キロメートルあたり11.9キロワットである。大抵の都市部で制限速度とされる時速50キロメートルで走行した場合、Model 3が消費するエネルギーは約6キロワットだ。つまり、AIコンピューティングだけで、自動車の走行に使われる総バッテリー電力の約13%を消費していることになる。

この例は、AEVに搭載されるコンピューティングエンジンを動かすには多大のエネルギーが必要であり、そのことが、バッテリー持続時間、航続距離、消費者に受け入れられるかどうか、という点を左右する非常に大きな問題になっていることを示している。

この問題は、現在の先進AIアルゴリズムに使われる電力大量消費型の現世代コンピューターチップを冷却するためにも電力が必要であるという事実によってさらに複雑化する。大量のAIワークロードを処理すると、半導体チップアーキテクチャは大量の熱を発生させるからだ。

このようなチップでAIワークロードを処理すると熱が発生し、その熱によってチップの温度が上がると、チップのパフォーマンスが下がる。そうすると、その熱を冷やすためにヒートシンク、ファン、その他の冷却機能が作動する頻度が増えて、そこでエネルギーが浪費され、バッテリー残量は減り、結果的に電気自動車の航続距離は短くなる。自律運転車の業界は進化を続けているが、AIコンピューティング用のチップが発する熱に関するこの問題を解決する新たなソリューションが緊急に必要とされている。

チップのアーキテクチャに関する問題

何十年もの間、我々はムーアの法則と、そこまで有名ではないスケーリング則であるデナード則を頼りに、フットプリント(専有面積)あたりのコンピューティング能力を毎年向上させてきた。現在、電子コンピューターのワットあたりの性能を大幅に向上させることはもう無理だということは広く知られており、世界中のデータセンターがオーバーヒートしている。

コンピューティング性能をもっとも大幅に向上させるには、チップのアーキテクチャから見直す必要がある。具体的には、特定のアプリケーションに特化してチップをカスタマイズする必要がある。しかし、アーキテクチャ面でのブレイクスルーは1回限りの手品のようなもので、コンピューティングの歴史においてブレイクスルーがいつ達成されるのかを予測するのはまったく不可能だ。

現在、AIアルゴリズムのトレーニングと、その結果として作られるモデルに基づく推論に必要とされるコンピューティング能力は、ムーアの法則下における増加率の5倍という指数関数的な速度で増加している。その結果、大きな経済的メリットがもたらされる程度までAEVを普及させるために必要なコンピューティング能力と、現在のコンピューティング能力との間に、巨大な差が生まれている。

AEVは、バッテリー航続距離と自律運転に必要なリアルタイムのコンピューティング能力とを両立させる点で苦戦を強いられている。

AEVのサステナビリティを向上させる「光コンピューティング」

AEVが消費者を満足させる航続距離、安全性、パフォーマンスを提供して期待に完全に応えるには、コンピューティングとバッテリーに関するテクノロジーを根本から革新することが必要かもしれない。量子コンピューターが近い将来に、あるいは中期的にでも、AEVが抱えるこの難題の解決策になるとは考えにくい。しかし、今すぐブレイクスルーを達成できる、もっと現実的な別の解決策がある。それは、光コンピューティングだ。

光コンピューティングでは、電気信号の代わりにレーザー光を使ってデータの計算と伝送を行う。その結果、電力消費量は劇的に減り、クロック速度やレイテンシーなどの重要な処理能力パラメータは向上する。

さらに、光コンピューティングでは、多数のセンサーからのインプットを同時に1つのプロセッサーコアで処理して推論タスクを実行できる(各インプットには一意の色によって記号化されている)。一方、従来のプロセッサーは一度に1つのタスクしか処理できない。

ハイブリッド型の光半導体が従来の半導体アーキテクチャと比べて優れている点は、光そのものが持つ特異な性質にある。各データインプットは異なる波長、つまり「色」でコード化され、同じ神経回路網モデルを通る。つまり光プロセッサーは電子プロセッサーに比べてスループットが高いだけでなく、エネルギー効率も大幅に良いということだ。

光コンピューティングは、極めて高いスループットを低いレイテンシーと比較的少ない電力消費量で実現することが求められる応用分野で力を発揮する。例えば、クラウドコンピューティングだ。将来的には自律運転で応用できる可能性もある。自律運転では、膨大な量のデータをリアルタイムで処理することが求められるからだ。

光コンピューティングは現在、商用化の一歩手前まで来ており、自律運転に関する今後の見通しをさらに有望なものに変え、同時にカーボンフットプリントを減らす可能性を秘めている。自律運転車のメリットがますます注目を集めており、消費者が間もなく自律運転車を求めるようになるのは明らかだ。

そのため、自律運転によって変容する業界や路上における安全性について検討するだけでなく、自律運転が環境面でサステナビリティを確実に実現できるように取り組む必要がある。つまり、今こそAEVに「光を当てる」べきだ。

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タグ:自律運転先進運転支援システム(ADAS)EVロボタクシーコラム

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(文:Nick Harris、翻訳:Dragonfly)

【コラム】パブリッククラウドにおけるセキュリティ課題の解決に向けて

編集注:本稿の著者Nick Lippis(ニック・リッピス)氏は、先進的なIPネットワークとそのビジネス上のメリットに関する権威。大企業のITビジネスリーダー約1000人が参加する年2回のミーティングを主催するONUGの共同設立者であり、共同議長も務めている。

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専門家の間では、データレイク市場は今後6年間で315億ドル(約3兆4000億円)の巨大市場になると言われており、この予測は大企業の間で大きな懸念となっている。データレイクの増加はパブリッククラウドの使用量の増加を意味し、その結果、通知、警告、セキュリティイベントの急増につながるというのがその理由である。

Sumo Logic(スモーロジック)による調査結果を引用した2020年のDark Readingの記事によると、企業組織の約56%が毎日1000件以上のセキュリティアラートを処理しており、70%のITプロフェッショナルが過去5年間でアラートの量が倍増したと報告している。実際、ONUGコミュニティでは、1秒あたりに約100万件のイベントが発生しているという。1秒あたりである。という事は年間で数十ペタのイベントが発生していることになる。

あらゆることのデジタル化が進む今、この数字は増え続ける一方だ。企業のITリーダーらは日々このようなイベントへの対応に追われ、より優れた対処方法がないかと頭をひねらせている。

今や社会の運営基盤となっているパブリッククラウドのセキュリティに、なぜ標準的なアプローチが存在しないのか。

パブリッククラウドのセキュリティに対処するための統一されたフレームワークがないことが、この問題を悪化させている一因だ。エンドユーザーやクラウド消費者は「適切な」セキュリティ体制で運用するために、SIEM、SOAR、セキュリティデータレイク、ツール、保守、スタッフなどのセキュリティインフラへの支出の増加を余儀なくされている。

今後パブリッククラウドがなくなることはなく、データやセキュリティへの懸念が消えることもありえない。しかし、この問題を解決するためにITリーダーは延々と奮闘し続けなければいけないのだろうか。我々は現在、高度に標準化された世界に住んでいる。小学生の送り迎えや社用車の借り出しなどのごく単純な作業にでも、標準的な業務プロセスが存在する。それではなぜ、今や社会の運営基盤となっているパブリッククラウドのセキュリティに標準的なアプローチが存在しないのか。

ONUG Collaborative(ONUGコラボレティブ)も同じ疑問を感じていたようだ。FedEx(フェデックス)、Raytheon Technologies(レイセオン・テクノロジーズ)、Fidelity(フィデリティ)、Cigna(シグナ)、Goldman Sachs(ゴールドマン・サックス)などのセキュリティリーダーが集結し、Cloud Security Notification Framework(CSNF)を設立した。クラウドプロバイダーがセキュリティイベント、アラート、アラームを報告する方法に一貫性を持たせ、エンドユーザーにデータの可視性とガバナンスの向上をもたらすというのがこの取り組みの目的である。

パブリッククラウドのセキュリティ上の課題と統一されたフレームワークによって、CSNFがどのようにこの課題を解決しようとしているのかを詳しくご紹介したい。

問題の根源

パブリッククラウドにおけるセキュリティアラートの増加を引き起こしている主な要素は次のとおりだ。

  • 新型コロナウイルス(COVID-19)を発端とした急速なデジタルトランスフォーメーション
  • 現代の在宅ワーク環境によるネットワークの広がり
  • セキュリティ攻撃の種類の増加

最初の2つの課題は密接に関連している。企業がオフィス閉鎖を余儀なくされ、業務と従業員をリモート環境に移行することになった2020年3月、サイバー脅威と安全性の間を隔てていた壁が音を立てて崩れた。すでにリモート運用を行っていた企業にとっては大きな問題ではなかったものの、多くの企業にとってはすぐに問題が表面化することとなった。

当時はセキュリティよりもスピードが重視されていたと複数のリーダーが筆者に話している。ガバナンスよりもすべてを早く稼働させることが優先されていたわけだ。会社のネットワークエッジの一部を各従業員の自宅のホームオフィスに持ち込み、基本的なガバナンス管理や従業員へのフィッシングやその他の脅威の見分け方を教えるトレーニングが行われないまま、攻撃がいつされてもおかしくない状況を作り上げていたのだ。

2020年、FBIのサイバー部門にはセキュリティインシデントに関する苦情が1日あたり4000件近く寄せられていた。これはパンデミック前と比べて400%の増加である。

向上し続けるサイバー犯罪者の知能もセキュリティ上の問題の1つである。Dark Readingの記事によると67%のリーダーが、管理しなければならないセキュリティ脅威の種類が常に変化していることがコアとなる課題だと主張している。サイバー犯罪者はこれまでになく賢くなっている。フィッシングメール、IoTデバイスからの侵入、その他さまざまな手段を駆使して組織のネットワークに侵入するため、ITチームは常に対応を迫られ、何が重要で何が重要でないかの選別作業に貴重な時間を奪われているのだ。

統一されたフレームワークがなければ、インシデントの量は制御不能に陥ることになる。

CSNFが活躍できる場所

CSNFはクラウドプロバイダーとITコンシューマーの双方にとって有益なものとなるだろう。通常、セキュリティプラットフォームでは、アセットインベントリー、脆弱性評価、IDS製品、過去のセキュリティ通知など、サイロ化されたソースからすべてのデータを取り込むために、統合タイムラインが必要となる。またこういったタイムラインには高額なコストがかかり効率も悪い。

しかし、CSNFのような標準化されたフレームワークを使用すると、過去の通知の統合プロセスが簡略化され、エコシステム全体のコンテキストプロセスが改善されるため、支出を効率的に削減し、SecOpsチームやDevSecOpsチームはセキュリティ体制の評価、新製品の開発、既存のソリューションの改善など、より戦略的なタスクに集中する時間を確保することができる。

標準化されたアプローチがすべての関係者にもたらすメリットについて詳しく見てみよう。

  • エンドユーザー:CSNFは、IT部門などの企業のクラウド利用者のオペレーションを効率化し、データのセキュリティ体制の可視化やコントロールの向上を可能にする。クラウドガバナンスの改善によるこういった安心感の向上は、誰にとっても有益なことである
  • クラウドプロバイダー:CSNF は、追加のセキュリティリソースを解放することで、企業が特定のクラウドプロバイダーからの追加サービスを利用することを妨げている現在の参入障壁を取り除くことができる。またエンドユーザーのクラウドガバナンスが向上することで、クラウド利用が促進され、プロバイダーの収益が増加するとともに、データの安全性に対して安心感を提供することができる
  • クラウドベンダー:SaaSソリューションを提供するクラウドベンダーは、日々増え続けるセキュリティ通知に対応するため、エンジニアリングリソースに多くの費用を費やしている。標準化されたフレームワークを導入すれば、このような追加リソースは必要ない。特定のニーズや労働力にコストをかける代わりに、従業員はユーザーダッシュボードやアプリケーションなどの製品やオペレーションの改善に専念できるようになる

すべてのグループが協力することで、セキュリティアラートによる摩擦を効果的に減らし、長期にわたって確実にコントロールされたクラウド環境を構築することができる。

今後の展開

現在CSNFは構築段階にある。クラウドの消費者が団結して要件をまとめ、プロトタイプの確立に向けてガイダンスを提供し続けている。そしてクラウドプロバイダーは今、CSNFの重要なコンポーネントであるDecoratorの構築を進めている。Decoratorとはオープンソースのマルチクラウドセキュリティ報告書の翻訳サービスを提供するものだ。

パンデミックは我々の世界に多くの変化をもたらし、それはパブリッククラウドにおける新たなセキュリティ上の課題にまでに及んだ。セキュリティに関する安心感を高め、リソース増加の必要性を回避し、より多くのクラウド消費を可能にするために、ITにおける課題の軽減が最優先されなければ堅実なガバナンスと効率的な運用を続ける事はできない。デジタルトランスフォーメーションが急速に進むこの時代、ONUGは業界がセキュリティイベントの一歩先を行くことができるよう取り組んでいる。

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【コラム】スタートアップにとって信頼できるセキュリティとはコンプライアンス基準以上のものだ

カテゴリー:セキュリティ
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画像クレジット:Blue Island / Shutterstock

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(文:Nick Lippis、翻訳:Dragonfly)

【コラム】スタートアップにとって信頼できるセキュリティとはコンプライアンス基準以上のものだ

編集注:本稿の著者Oren Yunger(オレン・ヤンガー)氏は、GGV Capitalの投資家で、サイバーセキュリティ分野を担当し、エンタープライズIT、データインフラ、開発者ツールへの投資を推進している。以前は、SaaS企業や公的金融機関で最高情報セキュリティ責任者を務めていた。

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コンプライアンス基準を満たすことに関しては、多くのスタートアップ企業が基本的な義務は果たしている。GDPR、CCPAからSOC 2、ISO27001、PCI DSS、HIPAAまで、企業は事業運営に必要なコンプライアンス基準の達成に向けて努力を重ねている。

例えば現在ではヘルスケア分野の創業者ならば、自社の製品がHIPAAに準拠していなければならないことを知っているし、コンシューマー分野で活動する企業であれば、GDPRなどもよく知っているだろう。

しかし、多くの高成長企業が犯している過ちは、コンプライアンスのことを、セキュリティをも含む万能の呪文として扱っていることだ。こうした考えは、痛みをともない高くつく問題を招きかねない。実のところコンプライアンスとは、企業が最低限の管理を行っていることを意味しているだけだ。一方、セキュリティとは、企業活動にともなうリスクに対処するためのベストプラクティスやソフトウェアを広く包含するものなのだ。

スタートアップ企業が、まずコンプライアンスに取り組みたいと考えるのは当然のことだ。規制された地域の市場に拡大したり、金融や医療などの産業に新たに進出したりする際には、コンプライアンスの遵守がまず大きな役割を果たす。つまり、いろいろな意味で、コンプライアンスの達成は、スタートアップ企業にとって市場開拓活動の一部なのだ。実際、各企業の購買担当者は、スタートアップと取引契約をする前にコンプライアンスが満たされているかどうかを知りたがるので、スタートアップ側は当然のことながら購買担当者の期待に応える努力を行っている。

このような背景を考えると、たとえばスタートアップ企業が、初期の段階でコンプライアンスを達成する活動を、エキサイティングな機能の開発やリードを獲得するための新しいキャンペーンの実施よりも優先させる動きが見られることは、当然だろう。

コンプライアンスは、若い企業にとって重要なマイルストーンであり、サイバーセキュリティ業界を前進させるものだ。またコンプライアンスはスタートアップの創業者のセキュリティ意識を高め、顧客はもちろん自社の保護について考えさせる。同時に、コンプライアンスは、顧客企業の購買担当者の法務チームやセキュリティチームが新興ベンダーと取引する際に安心感を与える。では、なぜコンプライアンスだけでは不十分なのだろうか?

まず第1に、コンプライアンスの遵守はセキュリティの保証を意味するものではない (もちろん正しい方向への一歩ではあるが)。若い企業では、コンプライアンスを遵守していても、セキュリティ対策が脆弱であることが多く見られる。

それはどのようなものだろうか?例えばあるソフトウェア会社は、すべての従業員が自分のデバイスにエンドポイントプロテクションをインストールすることを求めるSOC 2基準を満たしている一方で、従業員に実際にソフトウェアを有効にしてアップデートすることを強制する方法は持っていないかもしれない。さらに、そうした会社は、どこで、誰に、なぜエンドポイントの侵害が発生したのかを監視し、報告するための一元管理されたツールを持たない場合がある。そして最終的に、その会社はデータ漏洩や攻撃に迅速に対応し、解決するための専門知識を持っていない可能性がある。

こうしたことから、コンプライアンス基準は満たしている一方で、いくつかのセキュリティ上の欠陥が残ることになる。結果として、そのスタートアップ企業はセキュリティ侵害に遭い、莫大な損失を被ることになる可能性がある。IBMの調査によれば、従業員数500人以下の企業では、平均的なセキュリティ侵害のコストは770万ドル(約8億4450万円)に上ると推定されている。もちろん既存および潜在的な顧客からの信頼の喪失やブランドダメージはいうまでもない。

第2に、スタートアップにとって予期せぬ危険となるのは、コンプライアンスが誤った安心感を生み出す可能性があることだ。客観的な監査人や有名な組織からコンプライアンス証明書を受け取ると、セキュリティ面では対策済みのような印象を与えることができる。

スタートアップが人気を博し、優良顧客を獲得し始めると、その安心感はさらに高まる。なぜなら、そのスタートアップがセキュリティに関心の高くコンプライアンスも十分であるフォーチュン500企業を顧客として獲得できたのであれば、そのスタートアップも安全でだろうと考えられるからだ。企業との取引を狙う場合、買い手側がスタートアップに対して企業のセキュリティ基準を満たすためにSOC 2やISO27001への準拠を求めることは当然だ。しかし多くの場合、企業の購買担当者は取引先ベンダーがもたらすリスクについて、高度な質問をしたり理解を深めたりすることはないため、スタートアップが自社のセキュリティシステムについて実際に問われることはない。

そして第3に、コンプライアンスは、定義された一連のノウハウのみを扱っているに過ぎないということだ。未知のものや、規制要件の前バージョンが書かれてから発生した新しいものはカバーされていない。

例えばAPIの利用が拡大しているが、規制やコンプライアンスの基準がその流れに追いついていない。つまり、eコマース企業がクレジットカードによる支払いを受け付けるには、PCI-DSSに準拠していなければならないが、同時に認証が脆弱であったり、ビジネスロジックに欠陥があったりするAPIを複数利用している可能性がある。PCI規格が策定された当時には、APIは一般的ではなかったため、規制にはAPI が含まれていなかった。しかし現在ではほとんどのフィンテック企業がAPIに大きく依存している。つまり、取引業者がPCI-DSSに準拠していたとしても、安全でないAPIを使用している場合があり、顧客がクレジットカードの侵害にさらされる可能性があるのだ。

スタートアップが、コンプライアンスとセキュリティを混同しているのは仕方のない面もある。どのような企業にとっても、コンプライアンスとセキュリティを両立させることは難しい。予算や時間、セキュリティのノウハウが限られているスタートアップ企業にとっては、それは特に困難なことだ。理想的な世界では、スタートアップ企業は最初からコンプライアンスとセキュリティを両立させることができるだろうが、アーリーステージの企業がセキュリティインフラの強化に数百万ドル(数億円)を費やすことは現実的ではない。しかし、スタートアップ企業がより安全になるためにできることがある。

スタートアップがセキュリティに取り組むための最良の方法の1つは、早期にセキュリティ担当者を採用することだ。この役割のチームメンバーは、会社が従業員数や収益の大きな節目を迎えるまで後回しにできる「あったらいいな」要員と思われるかもしれないが、私はセキュリティ責任者を早期に採用することが鍵だと主張したい。なぜなら、このメンバーの仕事は、脅威の分析、セキュリティ対策の特定、展開、監視に専念することだからだ。さらに、スタートアップ企業は、自社の技術チームがセキュリティに精通し、製品やサービスを設計する際にセキュリティを最優先に考えるようにすることによって恩恵を手にすることができるだろう。

スタートアップがセキュリティを強化するためのもう1つの戦術は、適切なツールを導入することだ。ありがたいことに、Snyk(シンク)、Auth0(オース0)、HashiCorp(ハシコープ)、CrowdStrike(クラウドストライク)、Cloudflare(クラウドフレア)といった多くのセキュリティ企業が、オープンソースの無料版や、スタートアップに対しては比較的安価なバージョンのソリューションを提供しているので、スタートアップは大きな金銭負担なしにツール導入を行うことができる。

完全なセキュリティの展開を行うためには、IDとアクセス管理、インフラ、アプリケーション開発、障害回復、ガバナンスのための、ソフトウェアとベストプラクティスが含まれるが、ほとんどのスタートアップは、堅牢なセキュリティインフラのすべて重点項目を展開するために必要な時間と予算を持ち合わせていないと思われる。

幸いなことに、スタートアップ企業が最初に何をすべきかを把握するための無料のオープンソースのフレームワークであるSecurity 4 Startups(スタートアップのためのセキュリティ)のようなリソースが提供されている。このガイドは、創業者が成長の各段階で最も一般的で重要なセキュリティ上の課題を特定して解決するのに役立ち、長期的なセキュリティプログラムを構築するための確かなスタートを切るための初歩的なソリューションのリストを提供している。さらに、自動化コンプライアンスツールは、こうしたコントロールが確実に実施されるように、継続的なモニタリングを行う際に役立つ。

スタートアップにとって、パートナーや顧客との信頼関係を築くためには、コンプライアンスが不可欠だ。しかし、一度のセキュリティ事故によってこの信頼が失われてしまうと、信頼を取り戻すことはほぼ不可能になる。コンプライアンスだけでなく、セキュリティも確保することで、スタートアップは信頼性をさらに高めることができ、市場での勢いを増すことができるだけでなく、自社の製品を今後も存在させ続けることができるのだ。

なのでコンプライアンスとセキュリティを同一視するのではなく、コンプライアンスセキュリティがどちらも信頼のために大切というように視野を広げてみてはいかがだろうか。そして、信頼はビジネスの成功と長寿につながるのだ。

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【コラム】スタートアップの株式報酬を透明化するために米証券取引委員会はもっと努力するべきだ

編集注:本稿の著者Yifat Aran(イファット・アラン)博士はイスラエル工科大学の客員研究員で、ハイファ大学法学部の次期助教授。スタンフォード大学ロースクールでJSDを取得したが、そこではシリコンバレーのスタートアップにおける株式報酬に焦点を当てた論文を書いている。

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あなたが夢見ていた会社に就職が決まったとしよう。契約の交渉を始め、1つのことを除けばすべてが順調に進んでいる。その1つとは、その雇用主はあなたの給料が何の通貨で支払われるのかを明言しないことだ。米ドルかユーロか、あるいは日本円かもしれないが、あなたはとりあえず大丈夫だと信じ、正当な報酬が払われることを願うことになる。不条理に聞こえるかもしれないが、これが現在のスタートアップ企業の株式報酬市場の仕組みだ。

典型的なシナリオは、雇用主がオファーレターの一部としていくつかのストックオプションや譲渡制限付き株式ユニット(RSU)を提供するが、会社の総株式数については言及しないというものである。この情報がなければ、従業員は自分が付与された株式が0.1%なのか、0.01%なのか、あるいはその他の割合なのかを知ることができない。従業員はこの情報の提供を求めることができるが、雇用主には提供する義務がないため、多くのスタートアップ企業では提供していない。

しかし、それだけではない。適切な情報開示がなされていないため、従業員は、スタートアップ企業の評価情報の中でも最も重要な形式である、会社の資本政策表や残余財産分配優先権総額(会社が売却された場合に、従業員が支払いを受ける前に投資家に支払われる金額を決定するもの)をまったく知らないのだ。従業員はベンチャーキャピタルによる資金調達の負債性を考慮していないため、自分が付与された株式の価値を過大評価する傾向がある。これは、特にユニコーン企業の従業員に関係している。なぜなら、後期の資金調達でよく見られるタイプの条件は、会社の普通株式の価値に劇的な、そしてしばしば誤解を招くような影響を与えるからだ。

この問題を解決するために、規制当局は何をしてきたか?あまり多くのことはしていない。現行の規制では、大半のスタートアップ企業は、オプションプランのコピー以外の情報を従業員に提供することを免除されている。ただし、1年間に1000万ドル(約10億8885万円)以上の有価証券を従業員に発行するスタートアップ企業のごく一部は、最新の財務諸表(2年分の連結貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー、株主資本等変動計算書)を含む追加情報の提供が義務付けられている。これらの開示には、スタートアップ企業の機密情報が含まれている可能性が高いが、従業員が答えを求める評価の問題にはほとんど関係がない。会社の直近の公正な市場評価と、さまざまなエグジットシナリオにおける従業員の予想支払額の説明があれば、はるかに有益な情報を伝えることができるはずだ。

現行の規制の問題点は、単に従業員への情報提供が多すぎる、あるいは少なすぎるということではなく、その両方であり、それ以上の話なのだ。Johnny Mathis(ジョニー・マティス)とDeniece Williams(デニース・ウィリアムス)の歌の歌詞にあるように「多すぎ、少なすぎ、遅すぎ」なのである。この規制が義務づけるのは、あまりに多くの無関係で潜在的に有害な情報の開示と、あまりに少ない重要な情報の開示であり、情報は従業員が効率的に意思決定できない時期(従業員が会社に入社してから)に開示されている。

このような状況は、従業員自身にとってだけでなく、ハイテク産業の労働市場全体にとっても不健全である。人材は、あらゆる規模の企業が依存する希少資源だ。情報が不足していると、競争が妨げられ、従業員がより良い有望な機会を得るのが遅くなる。長い目で見れば、従業員の情報面での不利益は、エクイティインセンティブの価値を低下させ、スタートアップ企業にとっての人材獲得競争がますます厳しいものとなるのだ。

Columbia Business Law Review(コロンビアビジネス法レビュー)に掲載した記事「Making Disclosure Work for Startup Employees(スタートアップ企業の従業員のための情報開示)」で、私はこれらの問題は比較的簡単に解決できると主張した。100人以上の従業員に株式クラス(クラスは問わない)のうちの10%以上を発行するスタートアップ企業に対しては、エグジットのウォーターフォール分析に従って従業員の個別の支払いを開示することを義務付けるべきである。

ウォーターフォール分析は、キャッシュフロー分配の取り決めの内訳を説明するものだ。スタートアップ企業の資金調達の場合、この分析では、企業の株式が売却されたと仮定して、その収益を、普通株主が最終的に残余請求権(存在する場合)を受け取るまで、それぞれの清算優先順位に従って異なる持分クラスの株式に「滝」のように配分する。モデルに含まれる情報は非常に複雑だが、結果はそれほど複雑ではない。ウォーターフォールモデルでは、X軸に記入された各可能性のある「エグジット評価」に対して、従業員の個別の「支払い」がY軸に示されたグラフを作成することができる。この作成は資本政策表管理プラットフォームを使えば、マウスを数回クリックするだけで簡単にできる。

このように視覚的に表現することで、従業員は、背景にある数学や法律の専門用語がわからなくても、さまざまな範囲のエグジットの価値においてどれだけの利益を得ることができるかを理解することができる。このような情報があれば、従業員はルール701で義務づけられている従来の形式の開示を必要とせず、スタートアップ企業は財務諸表に含まれる情報が悪人の手に渡るリスクの心配をしなくて済む。重要なのは、従業員はエクイティ型報酬を含む仕事の機会を受け入れるかどうかを選択する前に、オファーレターの一部としてこの情報を受け取るべきだということだ。

2021年の初め、SEC(米証券取引委員会)はルール701の改訂案を発表した。この提案には多くの進歩が見られ、財務諸表の開示に代わるものも導入されている。従業員に1000万ドル(約10億8885万円)以上の有価証券を発行するスタートアップ企業に対しては、財務諸表の開示か、有価証券の公正な市場価値に関する独立した評価報告書の提供のどちらかを選択できるようにしている。本案によると、後者は、内国歳入法第409A条に基づく規則や規定に従っている独立した評価によって決定される必要がある。

これは正しい方向へ進む第一歩だ。公正な市場評価は、会社の財務諸表よりも従業員にとってはるかに有用なのだ。しかし、409A評価の開示はそれだけでは十分ではない。409A評価が非常に不正確であることは、シリコンバレーではよく知られていることだ。鑑定企業は依頼者である企業との長期的なビジネス関係を維持したいと考えており、また、評価は経営陣から提供された情報に基づくものであり、取締役会の承認が必要であることから、スタートアップ企業は評価結果をほぼ完全にコントロールすることができる。したがって、企業の409A評価は、結果を出すために使用されたウォーターフォール分析が含まれている場合にのみ、情報的な価値を持つ。さらに、SECの提案では、大多数のスタートアップ企業は(1000万ドル、約10億8885万円という基準を回避しさえすれば)意味のある情報開示を行わずに株式交付を行うことが可能だ。

30年以上にわたり、SECはスタートアップ企業の株式報酬の規制をほぼ完全に緩和し、人材獲得競争において株式に依存するスタートアップ企業のニーズの高まりに対応してきた。しかしSECは、雇用の仕組みの相手側、つまり株式報酬の価値に関する情報を求める従業員のニーズには、これまでも、そして今も、ほとんど注意を払っていない。今こそ、投資家としての立場にある従業員の保護を、証券規制体制の下で再検討する時期に来ているのではないだろうか。

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カテゴリー:その他
タグ:SEC株式報酬コラム透明性エグジット

画像クレジット:BreakingTheWalls / Getty Images

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(文:Yifat Aran、翻訳:Dragonfly)

【コラム】アクセシブルなゲーミングの未来を創る

編集注:本稿の著者Williesha Morris(ウィリーシャ・モリス)氏は10年以上のキャリアを持つ、フリーランスのジャーナリスト。執筆していないときは、本を読んだり、ビデオゲームをしたり、マーベル・シネマティック・ユニバースについてしゃべったりしている。

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2011年、プロダクト開発者Fred Davison(フレッド・デイヴィソン)氏は、発明家のKen Yankelevitz(ケン・ヤンケレヴィッツ)氏と同氏が開発した四肢麻痺患者向けのビデオゲームコントローラー「QuadControl」に関する記事を読んだ。当時、ヤンケレヴィッツ氏はリタイアを目前にしていた。デイヴィソン氏はゲーマーではなかったが、母親が進行性の神経変性疾患であるALSにかかっていたことから、ヤンケレヴィッツ氏が手を離そうとしていたことに意識が向いたという。

2014年に発売されたデイヴィソン氏のQuadStickは、幅広い業界で関心を集めていたヤンケレヴィッツ氏のコントローラーの最新モデルだ。

「QuadStickは私がこれまで携わった中で最もやりがいのあるものでした」とデイヴィソン氏はTechCrunchに語った。「(障害を持つゲーマーたちが)こうしたゲームに参加できることが何を意味するのかについて、たくさんのフィードバックを得ています」。

土台作り

デンバーのCraig Hospital(クレイグ病院)で作業療法士を務めるErin Muston-Firsch(エリン・マスタン・ファーシュ)氏は、QuadStickのようなアダプティブゲーミングのツールは同病院のセラピーチームに革命をもたらすものだったと語る。

同氏は6年前、脊髄損傷で来院した大学生のためのリハビリ療法を考案した。その青年はテレビゲームをするのが好きだったが、けがのために手が使えなくなっていたという。そこで、リハビリ療法にデイヴィソンの発明が取り入れられ、患者はWorld of Warcraft and Destinyをプレイできるようになった。

QuadStick

Jackson “Pitbull” Reece(ジャクソン・「ピットブル」・リース)氏は、QuadStickとXAC(Xboxアダプティブコントローラー)の操作に口を使うことで有名なFacebookのストリーマーだ。XACはMicrosoft(マイクロソフト)ソフトが障害者向けに設計したコントローラーで、ビデオゲームのユーザーインプットを容易にする。

リース氏は2007年のオートバイ事故で脚の機能を失い、その後、感染症のために手足の切断を余儀なくされた。同氏は、スポーツビデオゲームによって満たされていた健全な頃の生活が思い出されると語っている。ゲーミングコミュニティの一員であることは、自分のメンタルヘルスの重要な部分だという。

幸いなことに、支援技術のコミュニティ間では、ゲーマー向けのハードウェアを作ることに関して競争ではなくコラボレーションの雰囲気がある。

しかし、大手テクノロジー企業のすべてがアクセシビリティに積極的というわけではない。その一方で、障害を持つゲーマー向けにカスタマイズされたゲーミング体験を実現するアフターマーケットデバイスが提供されている。

マイクロソフトの参加

マイクロソフトでインクルーシブリードを務めるBryce Johnson(ブライス・ジョンソン)氏は2015年のハッカソンで、障害を持つ退役軍人の支援団体Warfighter Engagedと面会した。

「私たちは時を同じくして、インクルーシブデザインに対する考え方を発展させようとしていました」とジョンソン氏は語る。実際のところ、第8世代のゲーミングコンソールは、障害を持つゲーマーにとって障壁となっていた。

「コントローラーは、前提条件を設定した主要なユースケースに合わせて最適化されています」とジョンソン氏はいう。実際、従来のコントローラーのボタンやトリガーは、耐久性の高い健常者向けのものだ。

Warfighter Engaged以外にも、マイクロソフトはAbleGamers(障害のあるゲーマーのための最も有名な慈善団体)、クレイグ病院Cerebral Palsy Foundation、および英国に拠点を置く障害のある若いゲーマーのための慈善団体Special Effectと協力している。

Xboxアダプティブコントローラー

2018年にリリースされたXACは、移動性に制限のあるゲーマーが、他のゲーマーとシームレスにプレイできるように設計されている。ゲーマーたちがコメントを寄せた細部の1つに、XACは医療機器ではなく、消費者向け機器のように感じるということが挙げられている。

「このコミュニティのためにこの製品を設計する、ということは不可能だと分かっていました」とジョンソン氏はTechCrunchに語った。「コミュニティ一緒に製品を設計する必要がありました。『私たちがいなければ、私たちは何もできない』という信念を私たちは持っています。インクルーシブデザインという私たちの原則は、最初の段階からコミュニティを取り込むよう促すものです」。

大物たちの協力

他にも協力する人たちがいた。多くの発明がそうであるように、Freedom Wingの誕生は偶然の産物だった。

ATMakersのBill Binko(ビル・ビンコ)氏は、支援技術(Assistive Technology:AT)カンファレンスのブースで、ATMakersのJoystickという電動車イス向けデバイスを使用した人形「Ella」を展示した。カンファレンスにはAbleGamersを支えるブレーントラストの一員であるSteven Spohn(スティーブン・スポーン)氏も出席していた。

スポーン氏はJoystickを見て、ビンコ氏にXACで動作する同様のデバイスが欲しいと伝えた。センサーを使って、イスの代わりにゲームコントローラーを操作するというものだった。このデバイスはすでに電動車イスデバイスとして路上テストされているため、何カ月にも及ぶ研究開発とテストを必要としなかった。

ATMakers Freedom Wing 2

ビンコ氏によると、零細企業は、アクセシブルゲーミング技術の変革において先陣を切っているという。マイクロソフトやLogitech(ロジテック)のような企業は、最近になってようやく足場を固めた。

一方、ATMakersやQuadStickなどの小規模なクリエイターたちは、この業界をディスラプトすることに奔走している。

「誰もが(ゲーミングを)手にすることができ、コミュニティと関わり合う機会が広がっていきます」とビンコ氏。「ゲーミングは、人々が極めることができ、参加できるものなのです」。

参入の障壁

技術が進化するにつれて、アクセシビリティへの障害も進化する。こうした課題にはサポートチームの不足、セキュリティ、ライセンス、VRなどが含まれる。

ビンコ氏によると、需要の増加にともない、こうした機器のサポートチームを管理することは新たなハードルになっているという。AT業界に参入して機器の製造、設置、保守を支援するためには、技術的なスキルを持つ人材がさらに必要となる。

セキュリティとライセンスは、多様なハードウェア企業との協業に必要となる資金やその他のリソースのために、デイヴィソン氏のような小規模なクリエイターの手を離れている。例えば、Sony(ソニー)のライセンシングエンフォースメント技術は、新しい世代のコンソールではますます複雑化している。

デイヴィソン氏はテクノロジー業界での経験から、機密情報を保護するための制限について理解している。「製品の開発に膨大な資金を費やし、そのあらゆる側面をコントロールしたいと考えているのです」とデイヴィソン氏は語る。「力の小さい者が一緒に仕事をするのを厳しくしているだけです」。

デイヴィソン氏によると、ボタンマッピングではPlayStationが先行したが、セキュリティプロセスが厳格だという。コントローラーの使用を制限することがコンソール企業にとってどのようなメリットがあるのか、同氏には理解できない。

「PS5とDualSenseのコントローラーの暗号化は今のところクラックできないため、ConsoleTunerのTitan Twoのようなアダプターデバイスは、非公式な『中間者』攻撃のような他の弱点を見つけなければなりません」とデイヴィソン氏は述べている。

この手法を使えば、デバイスはQuadStickから最新世代のコンソールまで旧世代のPlayStationコントローラーを利用できるようになり、障害を持つゲーマーはPS5をプレイできるようになる。TechCrunchはソニーのアクセシビリティ部門に問い合わせたが、この部門の代表者によると、適応性のあるPlayStationやコントローラーに関する当面の計画はないという。しかし、同部門はアドボケイトやゲーミング開発者と協力し、最初からアクセシビリティを考慮しているとした。

これとは対照的に、マイクロソフトのライセンシングシステムはより寛容で、特にXAC、そして新システムで旧世代のコントローラーを使用する機能を備えている。

「PC業界とMacを比較してみてください」とデイヴィソン氏は続けた。「さまざまなメーカーのPCシステムを組み合わせることはできますが、Macではできません。一方はオープンスタンダードで、もう一方はクローズドです」。

よりアクセシブルな未来

日本のコントローラー会社HOLIは2021年11月、Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)用に正式にライセンスされたアクセシビリティコントローラーをリリースした。現時点では米国内では販売されていないが、オンラインで購入可能な地域の制限はない。任天堂はまだこの技術を完全には採用していないが、今回の開発は、アクセシビリティを重視した任天堂の方向性を示している。

任天堂のアクセシビリティ部門は完全なインタビューには応じなかったが、TechCrunchに声明を送った。「任天堂は、誰もが楽しめる製品およびサービスの提供に努めています。当社の製品は、ボタンマッピング、モーションコントロール、ズーム機能、グレースケールと反転カラー、触覚と音声のフィードバック、その他の革新的なゲームプレイオプションなど、さまざまなアクセシビリティ機能を備えています。さらに、任天堂のソフトウェアおよびハードウェアの開発者は、現在および将来の製品でアクセシビリティを拡大するために、さまざまな技術を評価し続けています」。

障害を持つゲーマーのための、よりアクセシブルなハードウェアを求める動きはスムーズではない。これらのデバイスの多くは、資本がわずかな小規模企業のオーナーによって開発されたものだ。いくつかのケースでは、開発の初期段階で包括性の意思を持つ企業が関与している。

しかし、徐々にではあるが確実に支援技術は進歩しており、障害を持つゲーマーにとってよりアクセシブルなゲーミング体験を実現する方向に向かっている。

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カテゴリー:ゲーム / eSports
タグ:アクセシビリティインクルーシブMicrosoftXboxSonyPlaystationHOLINintendo Switch任天堂コラム

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(文:Williesha Morris、翻訳:Dragonfly)

【コラム】あなたは次世代の価値駆動型VCの在り方にフィットできているだろうか?

編集注:本稿の著者Jonathan Greechan(ジョナサン・グリーチャン)氏は世界最大級のプレシードアクセラレーターFounder Instituteの共同設立者。

ーーー

かつてないほど多くの個人が投資活動に参入している。2020年の米国株式取引の約5分の1は個人投資家によるもので、前年の約15%から上昇した。大きなリターンを見込めることから、本格的な投資事業の立ち上げを決断する人の数が増えてきている。

資金調達の世界がより民主的でアクセスしやすいものとなっている中、人々がベンチャーキャピタル会社設立への正しい道筋を見出すのを支援し、適切な人々がVCの領域に参入するようにしていく役割を私たちは担っている。スタートアップは進化しており、新しい投資マネージャーは変化する状況に適応することが求められる。今日のVCにとって、最高のポートフォリオを手に入れるためには資金以上のものを提供する必要があり、最高の機関投資家を自身のファンドに呼び込むためにはインパクトを重視しなければならない。

スタートアップ投資家は、経済的な意味で、大規模な創造的破壊に向けたバックボーンとなり得る。だからこそ、Founder Instituteでは、より多くのVCが強力な価値を保有することの必要性を強く認識している。彼らは、人類にとってより明るい未来を築く企業を支えてくれるからだ。そう考えるのは私たちだけではないようだ。当機関の最初のプログラム「倫理的VCのためのアクセラレーター」には申し込みが殺到した。

2021年に自分のVCファンドを主導したい人に向けて、意欲に燃える投資家が自問すべき主要な質問を以下に挙げよう。

適切な理由で投資を行っているか?

スタートアップへの投資は、単に金銭を得ることではない。将来の業界リーダーとなるスタートアップを選ぶ際に、VCは他の何よりも有益な(あるいは悪影響を及ぼす)力を持っている。金銭だけが目的なら、投資対象は限定的なものになるだろう。優れた企業を見出すということは、その資本の範囲を超えて、企業のビジョンの長期性、社会への現実的な影響、そして消費者がどれほどその企業に愛着あるいはその反対の感情を抱くかを見極めることを意味する。

結局のところ、大半のスタートアップ創設者は、お金を稼ぐためだけでなく、世界に影響を与え、自身のミッションに沿った製品を作るために、自らの血と汗と涙をビジネスの構築に注ぎ込んでいるのだ。最高の創業者を引きつけたいと考える新しいベンチャーキャピタリストは、自分たちのファンドのビジョンとミッションを同じ観点から考える必要がある。

環境、社会、ガバナンス (ESG)の目標に関しては、VC企業は取り組みが遅れているが、時代が変化している兆候もある。企業の中には、外部からの影響力だけでなく、事業目標を推進するためにESGを実施するコミュニティを形成しているところもある。このトレンドを加速させるべく、私たちは弊社のVC Labの参加者に、倫理的で繁栄した健全な世界を作るための金融専門家の行動規範であるThe Mensarius Oath(ラテン語で「銀行家」または「金融家」の誓いを意味する)に忠順を誓うよう求めた。

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どのような価値をもたらすのか?

VCの数は増加の一途をたどり、業界はますます混み合った状態となっている。つまり、単に多額の資金を提供するだけでは、最高のスタートアップを引き付けることはできない。創設者は、量よりも価値を求めている。彼らは概して、空白の小切手よりも、ミッションの調整、接続性、付加価値サービス、業界の専門知識に目を向けている。

優れた創設者は複数の選択肢の中からVCを選ぶことができるのであって、その逆ではないことを忘れてはならない。自分が彼らに適した存在だと納得させるには、同じ業界での実績(または他の業界からの移行可能な経験)と信頼できる筋からの紹介が必要となる。また他のファンドとは一線を画すような、強力なバリュープロポジションやニッチも求められる。例えば、Untapped Capitalは「予想外」で「ネットワーク化されていない」創設者に、R42 GroupはAIと長寿にフォーカスしたビジネスに投資している。

創設者に価値を提供するプロフィールをまだ持っていないと思うなら、自分が何者であるかを正確に説明するために時間をかける価値がある。つまり、ファンドマネージャーとして達成したいこと、投資先企業に対するビジョン、そしてその実現のためにあなただけがどのように貢献できるか、を明確にすることだ。

秘められたソースは何か?

過去に実績のない新規VCファンドとして、リミテッドパートナー(LP)は当然ながらあなたのファンドに投資することに慎重になる。そのため、自分のストーリーを伝え、自分の評価を証明するブランドを構築しなければならない。

基本に立ち返り、自分の強みを正確に洗い出そう。インスピレーションを得るのに苦労しているのであれば「私はXを備えているので、最高の取引をすることができる」「私はXによって自分のポートフォリオ企業の成長を支援する」といった表現を使ってみて欲しい。現段階では、銀行の残高は競争力ではないので、手持ちの資金の量があなたの強みだということには慎重になるべきである。あなたの持つ独自性、信頼性、適合性にフォーカスしよう。多くの戦略的な人脈、広範な業界経験、成功したエグジットのバックシートを有することが、あなたの秘密の要素になるかもしれない。追加のガイダンスとして、私のチームがまとめたリソースをチェックすることで、ファンドマネージャーが自らのニッチを「投資テーマ」に組み入れる一助になればと思う。

リストができたら、自分の強みのトップ3を選び、それぞれの強みが自身のネットワークや専門知識によってどのように強化されるかを詳しく説明するフォローアップセンテンスを書き上げよう。理想的には、これらをテストグループ(友人、家族、仲間の起業家)と共有し、どれが最も説得力があるかを尋ねるのが望ましい。1つの点について全体的な合意が得られれば、それをあなたのVCファンドの命題の主要部分とすることができる。

強固なネットワークが確立されているか?

あなたが誰を知っているかは、あなたがどういった知識を有しているかと同じくらい重要である。最も著名なVCに見られる傾向として、情報と人々の流れの中に身を置いていることが挙げられる。ネットワークは、自分が尊敬されていることを創設者に伝え、彼らが将来のメンター、顧客、投資家、または雇用者とつながるための環境に迎え入れられることを保証するものとなる。

もしあなたが思想的リーダーや、UberやPayPalのような有名企業の出身者であったり、新興業界のコミュニティを始めているなら、ポジティブな取引フローを形成する可能性が高い。ただしこのようなステータスや関係は、ファンドを立ち上げる前に確立されていなければならない。ゼロからネットワークを構築しようとするとあまりに大変で混乱してしまい、自分を支える社会的な証明が得られなくなる。

自分のネットワークが満足のいくものかどうかを直感に頼るのは避けよう。人間関係を書き出し、親密さ(親しい人なのか、単なる知り合いなのかなど)に基づいて人を分類し、特性(消費者、金融、元CEOなど)を定義する。このような「マップ」はExcelシートのように基本的なものにしてカテゴリーごとに列を作ることもできるし、Canvaのようなもっと魅力的なビジュアルツールを使うこともできる。将来のチームと共有し、ネットワークのギャップを埋めることを促進するのに最適だ。

どのくらいの規模のファンドを立ち上げたいか?

VCファンドは他のビジネスと同じように運営される―ビジョンを描き、チームを募集し、組織を作り、資金を調達し、価値を提供し、ステークホルダーに報告しなければならない。始めるには、どのくらいの規模のファンドが必要かを検討し、少なくとも資金全体の10%をLPから調達する必要がある。LPには、企業、起業家、政府機関、その他のファンドが含まれる。

また多くのLPは、ファンド運営者がファンドの総額の少なくとも1%を個人的にまかなう「個人的関与」が望ましいと考えていることも心に留めておいて欲しい。

そうした理由から、500万ドル(約5億4000万円)から2000万ドル(約22億円)程度の小規模なスタートを切り、この「トレーニングファンド」を使ってリターンを示し、その後に続くより大規模な資金調達のための発射台を作るのが最善だ。

ローンチからエグジットまで創設者を支援できるか?

企業とのパートナーシップは長期的なものになるため、資金を提供すればそれで済むということではない。創設者はスタートアップのライフサイクル全体にわたって一貫したサポートを必要としている。あなたが最も一緒に働きたいと感じているスタートアップについて考えてみよう。将来どのように彼らを支援することができるだろうか?エグジット達成に向けてどのようなことができるのか?

スタートアップの成長に合わせて適用できるマーケティング、雇用、資金調達、文化創造に基づいた、さまざまなリソースやコネクションを確保する、というスキル中心のアプローチを取るとよいだろう。あるいは、短距離走的計画を立てて、創設者と頻繁に話し合い、その進捗に基づいてサポートの提供を繰り返すことも考えられる。サポートを構築する方法がどのようなものであっても、提供できる内容、VC側の都合、優先される関与、およびそれを実証する方法について、現実的であることに留意しよう。

ベンチャーキャピタルの将来は、創設者の新しいニーズを念頭に置いて資金を構築した、強固な価値観を持つベンチャーキャピタリストによって牽引されるだろう。かつてのVCは排他的でミステリアスな面を持っていたかもしれないが、2021年は、VCが企業や投資家に対してオープンかつ公正な空間を提供していく年になるかもしれない。

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カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:コラムFounder Institute

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(文:Jonathan Greechan、翻訳:Dragonfly)

【コラム】警察犬ロボのパトロールが嫌ならCCOPS法の検討を

編集部注:本稿の著者であるAron Solomon(アロン・ソロモン)氏は、NextLevel.comのデジタル戦略責任者であり、モントリオールのマギル大学Desautels Faculty of Managementのビジネスマネジメントの非常勤教授。

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Boston Dynamics(ボストン・ダイナミクス)のロボット「犬」やその類似製品は、ハワイ、マサチューセッツ、ニューヨークの警察署ですでに採用されている。ベールに包まれた実験とあって、これらの強力な監視装置を使用する利点やコストについて警察からの回答はほとんどない。

米国自由人権協会(The American Civil Liberties Union、ACLU)は、 CCOPS(警察の監視に対する地域社会による制御)に関する立場表明書で、監視技術の透明性を促進し、市民の権利と自由を保護するための決議を提言した。これまでに米国の19の都市がCCOPS法案を可決させている。つまり他のすべての地域社会では、事実上、警察による監視技術の使用の透明性は必要とされていないことになる。

このようにさまざまな場面で新しい未完成技術を使用できることは、多くの人にとって問題となる可能性がある。世界的に有名な人工知能の専門家であり、TuraltのCTO(最高技術責任者)のStuart Watt(スチュアート・ワット)氏はこれに不快感を示している。

「こうした指針とロボット犬、そして、その実情には愕然としています。膨大な資金の浪費であり、実際の警察業務の妨げとなっているのです」とワット氏は述べた。「間違いなく、地域社会はこれらに関与していく必要があります。正直言って、警察がどう考えているのかさえわかりません。物理的な監視システムを使って思いとどまらせるためでしょうか?それとも、実際に、ある時点で行われる何らかの監視に人々を備えさせているのでしょうか?」

「警察の大部分は『保護し、奉仕する』ことをすべて忘れてしまい、それを実行していません」とワット氏は付け加えた。「もし人工知能を使ってホームレス、麻薬中毒者、性労働者、貧困層、不当に攻撃されているマイノリティのような弱者を実際に保護し、奉仕することができるなら、その方がはるかに良いでしょう。人工知能に資金を費やす必要があるならば、人々を助けるために使うべきです」。

米国自由人権協会の主張は、ワット氏の提言とまったく同じだ。国中の市議会への提言で、米国自由人権協会は次のように明確に述べている。

市議会による監視技術に関する資金、導入、または使用の承認は、監視技術の利点がコストを上回り、その提案が市民の自由と権利を保護し、監視技術の使用や配備が、差別や見解要因に基づくことなく、いかなる地域社会やグループにも差別的インパクトがないと判断される場合にのみ行われるものとしなければならない。

Team Lawで特別顧問を務める、弁護士のAnthony Gualano(アンソニー・グアラノ)氏は、法的観点からCCOPS法案は多くの面で理に適っていると考えている。

「全国各地で警察による監視技術の使用が増えるにつれて、人々を守るために使用する技術はより強力で、効果の高いものとなってきます。使われる技術やその使用方法を確認するために、透明性を義務付ける法律が必要です」。

このボストン・ダイナミクスの犬だけでなく、未来のスーパーテック犬のすべてについて心配している人にとって現在の法的環境が問題なのは、地域社会が大手テクノロジー企業や政府が関わる実験場となるのを本質的に認めているからだ。

ちょうど先月である2021年4月、世論の圧力によって、ニューヨーク市警本部はDigidog(デジドッグ)という非常に控えめな名前のロボット犬の使用停止を余儀なくされた。市民からの反発のため、テクノロジー犬が一時帰休措置にされた後の3月に、ニューヨーク市警は公営住宅でそれを使用した。予想通り、これに端を発して、ニューヨークでのこうしたテクノロジーの当面の扱いに関する議論がもたらされた。

ニューヨーク・タイムズはこれを目の当たりにして「過度に攻撃的な治安維持活動の悲惨な例として批判者の注目を集め、ニューヨーク市警はこのデバイスを予定よりも早く返却することになるだろう」と的確に表現した。

これらのバイオニックドッグは犯罪を減少させるのには十分だが、それを使おうとしている警察は、まずは多くの広報活動を行う必要がある。警察は積極的かつ前向きにCCOPSの議論に参加し、明日、翌月、そして、今から数年後に使用する可能性があるテクノロジーの詳細やそれら(およびロボット)の使用方法を説明することから始めるべきだろう。

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(文:Aron Solomon、翻訳:Dragonfly)

【コラム】欧州のAIに必要なのは過剰な規制ではなく、戦略的なリーダーシップだ

編集部注:本稿の著者Mark Minevich(マーク・ミネビッチ)氏はGoing Global Venturesの社長であり、Boston Consulting Groupのアドバイザー、IPsoftのデジタルフェロー。また世界的なAIの専門家で、デジタルコグニティブストラテジスト、ベンチャーキャピタリストでもある。

ーーー

EU委員会は最近、緊急の必要性があるとして、AIを規制するための新たな厳格なルールを提案した。AI規制の世界的な競争が正式に始まる中、EUはAIの規制方法についての詳細な提案を発表している。AIの一部の使用を明確に禁止し「高リスク」とみなされる事柄を定義し、人々の権利や安全を脅かすAIの使用を禁止する計画だ。

欧州委員会のMargrethe Vestager(マルグレーテ・ベステアー)副委員長が「人工知能に関しては、信頼はあったらいいなというものではなく、なくてはならないものです」と述べた心情には誰もが同意できるものだが、信頼を確保するための最も効果的かつ効率的な方法は規制なのだろうか。

委員会ではかなり深い見識が得られたが、私が最も同意できたことは、規制されたAIの目指すところは人間の幸福度を高めることであるべきだという主張だ。しかし、規制によってAIシステムの実験や開発を過度に制約するべきではない。

高リスクのAIシステムは、常に変更不可能な人間による監視・制御メカニズムを内蔵すべきである。人との対話やコンテンツの生成を目的としたAIシステムは、高リスクであるか否かに関わらず、特定の透明性の義務を負うべきである。また、公的にアクセス可能な場所に設置されるAIベースの遠隔生体認証システムは、EUまたは加盟国の法律によって認可されたものでなければならず、重大な犯罪やテロの防止、検知、調査の目的に資するものでなければならない。

AIと人類のパートナーシップ

欧州で制定された一連の法律と法的枠組みは、過去10年間にGDPR規制が生み出した効果と同様に、世界中のAI規制に大きな影響を与えることだろう。しかしこれらの法律は、EU全体の行き当たりばったりの規制方法から、単一で共通の分類への移行をサポートするものになるのだろうか?

私は、中国や米国が躍進する一方で、EUのAI開発はこの規制により廃れてしまうと考えている。人工知能のユースケースやイノベーションが制限され、EUは世界的に技術的に劣位に置かれることになるだろう。米国では、企業の収益性と効率性を最大化するためにAIが最適化されている。中国では、政府が権力を維持して国民を最大限支配するために、AIが最適化されている。EUの過剰な規制環境は、EUのさまざまな機関での規制が矛盾し始めると、完全なカオスに陥るだろう。

EUの企業家精神への悪影響

EUが米国や中国にAI競争で負けているのは、EUにおけるAIへの投資不足が大きな要因だ。現在、EUの居住者数は約4億4600万人、米国の居住者数は約3億3100万人だが、EUの2020年のAIへの投資額は20億ドル(約2178億8100万円)だったのに対し、米国の投資額は236億ドル(2兆5710万円)だった。

もしEUが積極的な規制と資金不足を推し進めれば、EUはAI規制において世界的なリーダーシップを享受することにはなるが、多くのヨーロッパの起業家が、よりAIに優しい国でスタートアップ企業を立ち上げるようになってもおかしくない。

イノベーションや起業家に優しいEUを実現するためには、AIのパイオニアが先導する共同ネットワークを作る必要がある。

一方、他の国々は、EUが厳格な規制を推し進めていることを利用して、イノベーションを促進し、世界のテクノロジーの未来をよりしっかりと作り出すだろう。最近の世界銀行の報告書によると、2019年にデータコンプライアンスに関する調査を開始したのは、北米ではわずか12%だったのに対し、EUでは38%だったという。企業にとってこれほどまでに厳しく厄介な負担を強いる政策では、イノベーターや起業家たちが世界でよりビジネスに適した地域に移動し始めても不思議ではない。

規制は降格を招く

今回の規制案では、違反した場合、最大2000万ユーロ(約26億6100万円)、またはAIプロバイダーの年間総売上高の最大4%の罰金が科せられることになっている。これまでのEUの法律とその後のデジタルイノベーションの欠如を考慮すると、この規制案はEU圏におけるデジタルイノベーションと導入の慢性的な停滞を引き起こすだろう。

つまり、これらの規制が法制化されれば、EUはパイオニアになるどころか、ラガードになってしまうのではないだろうか。AIの真の可能性を明らかにする「本当の」ユースケースはまだ登場していない。リスクの高いユースケースに対する大規模な官僚主義は、起業家精神やボトムアップのイノベーションの努力を削ぐことになるだろう。歴史的に見てもEUは不況に向かっている傾向にあり、今はイノベーションを阻害する時ではない。

グローバルAIに人間の顔を持たせ、その価値を示すべき

AIが広く受け入れられるためには、AIが人々の問題や課題の解決に役立つということを示す人間の顔が必要だ。私たちは、事実に基づいた魅力的なストーリーを強調し、その背後にいる実在の人物を見せなければならない。国民全体がAIの可能性を受け入れるためには、自分たちと同じような人がAIの良さの恩恵を受けている姿を目にする必要があるのだ。

AIの資金調達とは、何よりもまずスタートアップ企業の資金調達のことを指す。スタートアップ企業は、破壊的技術の発見や開発と、一般の人々による日常的な使用の橋渡しをする。欧州ではすでにかなりの計画が立っているが、これを加速させなければならない。

欧州のベンチャーキャピタルは、米国のモデルに比べて遅れている。急成長しているスタートアップ企業は、ほとんどが米国やアジアの投資家に依存している。そのためには、機関投資家側の投資制限の緩和など、投資文化を再考し、ダイナミックな投資環境を賢明に推進する必要がある。

今、私たちは「ムーンショット」の時代に生きている。起業家や科学者がこれまで以上に前進することができる時代だ。次の経済で競争するためには、イノベーションを10倍にすることを目標とした新しいイノベーションに挑戦する必要がある。

このレベルに到達するためには、段階的な最適化は役に立たない。大きなイノベーション、つまりムーンショットに焦点を当てる必要がある。リスクを取ることが許容され、大規模でリスクのあるアイデアを実行することが普通になるべきだ。

イノベーションと起業家に優しいEUを作るためには、AIの先駆者たちが先導する協力的なネットワークを作らなければならない。起業家やデータサイエンスのリーダーたちは、長期的な視点で世界を良くするためのAI for good(社会貢献のためのAI)に注力し、規制緩和を提唱しなければならない。そのためには、主要な研究機関、企業、公共部門、市民社会からの参加者で構成される「社会貢献のためのAI」に関するグローバルなAIパイオニア協議会を設立し、ベストプラクティスについての共通理解を深める必要がある。

AIはもはや、企業システムや社会インフラを最適化するためのツールではなく、その可能性は、気候変動や制御不能なパンデミックなど、人類が直面するさまざまな危機を解決するための広範囲なものとなっている。世界中のすべての超大国において責任あるAI、そして「社会貢献のためのAI」の導入ができれば、これらの危機を解決することができる。

EUが世界の中でイノベーションを阻害し、起業家精神をくじく地域になるわけにはいかない。EUは、過剰な規制ではなく「社会貢献のためのAI」に基づいたAIの戦略的リーダーシップに移行しなければならない。過剰な規制の道は、停滞の深みにつながる。EUの未来をどうしたいかを決めるのは、EU自身にかかっている。

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(文:Mark Minevich、翻訳:Dragonfly)

【コラム】欠陥のあるデータは障がいを持つ人を危険にさらしている

編集部注:Cat Noone(キャット・ヌーン)氏は、世界のソフトウェアをアクセス可能にすることをミッションとするスタートアップStarkのプロダクトデザイナーで共同ファウンダー、CEO。彼女は世界の最新のイノベーションへのアクセスを最大化する製品と、テクノロジーを実現することにフォーカスしている。

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データは単に抽象的なものではなく、人々の生活に直接的な影響を及ぼしている。

2019年、ある車椅子ユーザーが交通量の多い道を横断していた際、AIを搭載した配達ロボットがその進行を歩道の縁石で妨げてしまうという事故が起きた。「テクノロジーの開発において、障がい者を副次的に考えるべきではありません」と当事者は話している。

他の少数派グループと同様、障がい者は長い間欠陥のあるデータやデータツールによって被害を受けてきた。障がいにはさまざまな種類がありそれぞれ大きく異なるため、パターンを検出してグループを形成するようプログラムされたAIの型通りの構造に当てはまるようなものではない。AIは異常なデータを「ノイズ」とみなして無視するため、結論から障がい者が除外されてしまうことが多々あるのが現状だ。

例えば、2018年にUberの自動運転のSUVに追突されて死亡したElaine Herzberg(エレイン・ハーツバーグ)氏のケースがある。衝突時、ハーツバーグ氏は歩いて自転車を押していたためUberのシステムはそれを「車両」「自転車」「その他」のどれかとして検出し、瞬時に分類することができなかったのだ。この悲劇は後に障がい者に多くの疑問を投げかけた。車椅子やスクーターに乗っている人も、同じようにこの致命的な分類ミスの被害者になる可能性があるのだろうか。

データを収集し処理する新たな方法が必要だ。「データ」とは個人情報、ユーザーからのフィードバック、履歴書、マルチメディア、ユーザーメトリクスなどあらゆるものを指し、ソフトウェアを最適化するために常に利用されているが、データが悪用される可能性や各タッチポイントに原則が適用されていない場合などもあり、そういった不正な方法を確実に理解した上で利用されているわけではない。

今、障がい者を考慮したデータ管理を実現するための、より公平な新しいデータフレームワークが必要とされている。それが実現しなければ、デジタルツールへの依存度が高まる日々の生活の中、障がいを持つ人々はこれからもより多くの危険に直面することになるだろう。

誤ったデータが良いツールの構築を妨げる

アクセシビリティの欠如が障がい者の外出を妨げることはないとしても、質の高い医療や教育、オンデマンド配送など、生活の要となる部分へのアクセスを妨げてしまう可能性はある。

世の中に存在するツールはすべて、作り手の世界観や主観的なレンズが反映された、作り手の環境の産物である。そしてあまりにも長い間、同一のグループの人々が欠陥したデータシステムを管理し続けてきた。これでは根本的な偏見が永続し、これまで光が当てられてこなかったグループが引き続き無視されていくという閉ざされたループに陥ってしまう。データが進歩するにつれ、このループは雪だるま式に大きくなっていくだろう。我々が扱っているのは機械「学習」モデルだ。「X(白人、健常者、シスジェンダー)でない」ことは「普通でない」ことを意味すると長い間教えられていれば、その基礎の下、進化していくのである。

データは私たちには見えないところでつながっており、アルゴリズムが障がい者を除外していないというだけでは不十分である。バイアスは他のデータセットにも存在している。例えば米国では、黒人であることを理由に住宅ローンの融資を拒否することは違法とされているが、融資は有色人種に不利なバイアスが内在するクレジットスコアに基づいて審査が行われるため、銀行は間接的に有色人種を排除していることになる。

障がいのある人の場合、身体活動の頻度や週の通勤時間などが間接的に偏ったデータとして挙げられる。間接的な偏りがソフトウェアにどのように反映されるかの具体的な例として、採用アルゴリズムがビデオ面接中の候補者の顔の動きを調査する場合、認識障がいや運動障がいのある人は、健常者の応募者とは異なる障壁を経験することになるだろう。

この問題は障がい者が企業のターゲット市場の一部として見なされていないことにも起因している。企業が理想のユーザー像を思い描いて意見を出し合う開発の初期段階において、障がい者が考慮されないことが多く、精神疾患のような人目につきにくい障がいの場合は特にその傾向が著しい。つまり、製品やサービスを改良するために使用される初期のユーザーデータには、障がい者のデータが含まれていないということだ。実際、56%の企業がデジタル製品のテストを障がい者に対して定期的に行っていないという。

テック企業が障がい者を積極的にチームに参加させれば、彼らのニーズをより反映したターゲット市場が実現するだろう。さらに技術者たちが、目に見える、あるいは目に見えない除外項目を意識してデータに反映させる必要がある。これは簡単な作業ではないためコラボレーションが不可欠となるだろう。日々使用するデータから間接的なバイアスを排除する方法について、話し合いの場を広げ、フォーラムに参加したり知識を共有することができれば理想的である。

データに対する道徳的なストレステストが必要

ユーザビリティ、エンゲージメント、さらにはロゴの好みなど、企業は製品に対して常にテストを実施している。どんな色が顧客を獲得しやすいか、人々の心に最も響く言葉は何かなど、そういったことは把握しているのに、なぜデータ倫理の基準を設定しないのか。

道徳的なテクノロジーを生み出すことに対する責任は、企業の上層部だけにあるわけではない。製品の土台となるレンガを日々積み上げている人々にも責任があるのだ。フォルクスワーゲンが米国の汚染規制を逃れるための装置を開発した際、刑務所に送られたのはCEOではなくエンジニアである。

私たちエンジニア、デザイナー、プロダクトマネージャーは皆、目の前のデータを認識し、なぜそれを収集するのか、どのよう収集するのかを考えなければならない。人の障がい、性別、人種について尋ねることに意味があるのか、この情報を得ることによりエンドユーザーにとってどのようなメリットがあるのかなど、必要としているデータを調査して自身の動機を分析しなければならない。

Stark(スターク)では、あらゆる種類のソフトウェア、サービス、技術を設計、構築する際に実行すべき5つのフレームワークを開発した。

  • どのようなデータを収集しているのか。
  • なぜそのデータを収集するのか。
  • どのように使用するのか(そしてどのように誤用される可能性があるか)。
  • IFTTT(「If this, then that」の略で「この場合はこうなる」を意味する)をシミュレートする、データが悪用される可能性のあるシナリオとその代替案を説明する。例えば大規模なデータ侵害が発生した場合、ユーザーはどのような影響を受けるのか。その個人情報が家族や友人に公開されたらどうなるのか?
  • アイデアを実行するか破棄するか。

曖昧な言葉や不明瞭な期待値、こじつけでしかデータを説明できないのであれば、そのデータは使用されるべきではない。このフレームワークでは、データを最もシンプルな方法で説明することが求められるため、それができないということは責任を持ってデータを扱うことができていないということだ。

イノベーションには障がい者の参加が不可欠

ワクチン開発からロボットタクシーまで、複雑なデータテクノロジーは常に新しい分野に進出しているため、障がい者に対する偏見がこれらの分野で発生すると障がいのある人々は最先端の製品やサービスにアクセスできなくなってしまう。生活のあらゆる場面でテクノロジーへの依存度が高まるにつれ、日常的な活動を行う上で疎外されてしまう人々もさらに多くなる。

将来を見据え、インクルージョンの概念をあらかじめ製品に組み込むことが重要だ。お金や経験値の制限は問題ではない。思考プロセスや開発過程の変革にコストがかかることはなく、より良い方向へと意識的に舵を切ろうとすることが大切なのである。初期投資は少なからず負担になるかもしれないが、この市場に取り組まなかったり製品の変更を後から余儀なくされたりすることで失う利益は、初期投資をはるかに上回るだろう。特にエンタープライズレベルの企業では、コンプライアンスを遵守しなければ学術機関や政府機関との契約を結ぶことはできないだろう。

初期段階の企業は、アクセシビリティの指針を製品開発に取り入れ、ユーザーデータを収集して、その指針を常に強化していくべきだ。オンボーディングチーム、セールスチーム、デザインチームでデータを共有することで、ユーザーがどのような問題を抱えているかをより詳細に把握することができる。すでに確立された企業は自社製品のどこにアクセシビリティの指針が欠けているかを分析し、過去のデータやユーザーからの新たなフィードバックを活用して修正を行う必要がある。

AIとデータの見直しには、単にビジネスフレームワークを適応させるだけでは十分ではなく、やはり舵取りをする人たちの多様性が必要だ。テクノロジー分野では男性や白人が圧倒的に多く、障がい者を排除したり、偏見を持ったりしているという証言も数多くある。データツールを作るチーム自体が多様化しない限り、各組織の成長は阻害され続け、障がい者はその犠牲者であり続けることになるだろう。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
タグ:Stark障がいアクセシビリティ機械学習多様性コラムインクルーシブ

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(文:Cat Noone、翻訳:Dragonfly)

【コラム】バイデン政権はインクルーシブであるためにAI開発の取り組みにもっと力を入れる必要がある

本稿の著者Miriam Vogel(ミリアム・フォーゲル)氏は、人工知能に存在する無意識の偏見を減らすことを目的とした非営利団体EqualAIの代表兼CEO。

ーーー

人工知能国家安全保障委員会(NSCAI)は2021年3月、不安なメッセージを公的に伝える報告書を発表した。「米国は、AI時代に防衛したり競争したりする準備ができていない」というものだ。この報告書は、直ちに回答が求められる2つの重要な質問につながる。つまり、米国がAIの開発と導入に遅れをとった場合、米国は世界の超大国であり続けるのか?そして、この軌道を変えるために私たちは何ができるのか?

一見、中立的に見える人工知能(AI)ツールを放置すると、不平等が拡大し、事実上、差別が自動化されてしまう。テクノロジーが可能にする弊害は、すでに信用判断、医療サービス広告などで表面化している。

このような事態の再発と規模の拡大を防ぐために、Joe Biden(ジョー・バイデン)政権は、AIと機械学習モデルに関する現行の法律を明確にする必要がある。これは、民間企業による利用をどのように評価するかという点と、政府システム内でのAI利用をどのように管理するかという点の両方においてだ。

一見、中立的に見える人工知能(AI)ツールを放置すると、不平等が拡大し、事実上、差別が自動化されてしまう。

政権は、ハイテク分野に重要な地位の人事を置いたり、就任初日にEquitable Data Working Group(公平なデータのためのワーキンググループ)を設立する大統領令を発布するなど、好印象を与えている。これにより、米国のAI開発とデジタル空間における公平性の確保を懸念する懐疑的な人たちをも安心させた。

しかし、AIへの資金提供を現実のものとし、その開発と利用を保護するために必要なリーダーと体制を確立するという強い決意を政権が示さなければ、その安心も束の間のことだろう。

優先順位の明確化が必要

連邦政府レベルでは、AI政策や技術分野における平等性へのコミットメントが大きく変化してきている。OSTPの副局長であるAlondra Nelson(アロンドラ・ネルソン)、NECのTim Wu(ティム・ウー)、NSCのKurt Campbell(カート・キャンベル)など、バイデン政権内の注目を集める人事を見ると、内部の専門家による包括的なAI開発に大きな焦点が置かれていることが分かる。

NSCAIの最終報告書には、包括的なAI開発のためのより良い基盤を実現するために重要となる提言が含まれている。例えば、現在および将来の従業員を訓練するためのU.S. Digital Service Academy(米デジタルサービスアカデミー)を通じて新たな人材パイプラインを構築することなどが挙げられている。

また、報告書では、副大統領が率いる新しいTechnology Competitiveness Council(技術競争力協議会)の設立を推奨している。これは、AIのリーダーシップに対する国の取り組みを最高レベルの優先事項として維持するために不可欠なものとなるだろう。ハリス副大統領が大統領との戦略的パートナーシップを持っており、技術政策に精通していること、公民権に力を入れていることなどを考慮すると、AIに関する政権のリーダーシップをハリス副大統領が陣頭指揮することは理に適っていると思われる。

米国は模範となるべきだ

AIは、何千通もの履歴書に目を通し、適している可能性のある候補者を特定するなど、効率化を実現する上で強力であることはわかっている。しかし、男性の候補者を優先的に採用するAmazonの採用ツールや、人種に基づく信用の「デジタル・レッドライニング」など、差別を拡大することもできてしまう。

バイデン政権は、AIが政府の業務を改善する方法についてのアイデアを募る大統領令を各省庁に出すべきだ。また、この大統領令では、米国政府が使用するAIが意図せずに差別を含む結果を広めていないかどうかを確認することも義務付けるべきである。

例えば、AIシステムに組み込まれた有害なバイアスが、差別的な提案や、民主的で包括的な価値観に反する提案につながっていないかどうかを評価する。そして、AIが常に反復して新しいパターンを学習していることを考慮すると、定期的に再評価を行うスケジュールを設定するべきだ。

責任あるAIガバナンスシステムの導入は、特定の利益を拒否する際にデュープロセスの保障が求められる米国政府においては特に重要だ。例えば、AIがメディケイドの給付金の配分を決定するために使用され、そのような給付金がアルゴリズムに基づいて修正または拒否された場合、政府はその結果を説明できなければならず、これはまさに技術的デュー・プロセスと呼ばれている

説明可能性、ガイドライン、人間の監督なしに決定が自動システムに委ねられると、この基本的な憲法上の権利が否定されるという、どうしようもない状況に陥ってしまう。

同様に、主要企業によるAIの安全対策を確実なものにするにあたり、政権はその調達力を通じて絶大な力を持っている。2020年度の連邦政府の契約費は、新型コロナ対策費を含める前でも、6000億ドル(約64兆9542億円)を超えると予想されている。米国政府は、AIシステムを連邦政府が調達する際のチェックリストを発行すれば、非常に大きな効果を上げることができる。これにより、関連する市民権に配慮しつつ、政府のプロセスが厳格かつ普遍的に適用されるようになるだろう。

AIシステムに起因する差別からの保護

政府は、AIの弊害から私たちを守るためのもう1つの強力な鍵を握っている。調査および検察の権限だ。判断がAI搭載システムに依存している場合、現行の法令(ADA、フェアハウジング法、フェアレンディング法、公民権法など)の適用可能性を明確にするよう各機関に指示する大統領令が出れば、世界的な大混乱に陥る可能性がある。米国で事業を行っている企業は、自社のAIシステムが保護対象クラス(Protected Class)に対する危害を加えていないかどうかをチェックするきっかけができることだろう。

低所得者は、AIの多くの悪影響に対して不相応に弱い立場にある。特にクレジットやローンの作成に関しては、従来の金融商品へのアクセスや、従来のフレームワークに基づいて高いスコアを得ることができない可能性が高いため、その傾向が顕著だ。そしてこれが、そのような判断を自動化するAIシステムを作るためのデータとなる。

消費者金融保護局(CFPB)は、差別的なAIシステムに依存した結果の差別的な融資プロセスについて、金融機関に責任を負わせる上で極めて重要な役割を果たす可能性がある。大統領令の義務化は、AI対応システムをどのように評価するかを表明するための強制機能となり、企業に注意を促し、AI利用に関する明確な予測で国民をよりよく保護することができる。

個人が差別的な行為をした場合には責任を問われ、説明もなく恣意的に公共の利益が否定された場合にはデュー・プロセス違反となることが明確になっている。理論的には、AIシステムが関与している場合、これらの責任と権利は容易に移行すると思われるが、政府機関の行動や判例(というよりもむしろ、その欠如)を見る限り、そうではないようだ。

差別的なAIに対する法的な異議申し立てを基本的に不可能にするようなHUD(都市住宅開発省)規則案を撤回するなど、政権は良いスタートを切っている。次のステップとして、調査や訴追の権限を持つ連邦政府機関は、どのようなAI行為が審査の対象となり、現行の法律が適用されるのかを明確にする必要がある。例えば、HUDは違法な住宅差別について、CFPBは信用貸しに使用されるAIについて、労働省は雇用、評価、解雇の際に行われる判断に使用されるAIについてといった具合だ。

このような行動は、苦情に関する原告の行動に有益な先例を作るという利点もある。

バイデン政権は、差別のない包括的なAIの実現に向けて、心強い第一歩を踏み出した。しかし、連邦政府は、AIの開発、取得、使用(社内および取引先)が、プライバシー、公民権、市民的自由、米国の価値観を保護するような方法で行われることを連邦政府機関に要求することで、自らの問題を解決しなければならないだろう。

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(文:Miriam Vogel、翻訳:Dragonfly)

【コラム】「良心に基づく」診療拒否を許すアーカンソー州法案は患者を危機にさらしヘルステックの基本的価値に反する

本稿の著者Lena Levin(レナ・レビン)氏は、新型外科固定術ソリューションの大手開発会社Via Surgicalの共同ファウンダーでCEO。

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最近制定された、ヘルスケア提供者が誠実な信念を理由に処置を拒んだり、トランスジェンダーを治療しないことを許す法律は、一見テック業界にとって問題ではなさそうに見えるが、この種の法制度はヘルステックの基本的価値と直接衝突する。

アーカンソー州のAsa Hutchinson(アサ・ハッチンソン)知事は2021年3月、S.B. 289法案に署名した。「医療の倫理および多様性に関する法律」として知られているもので、ヘルスケアサービスを提供する者は誰でも(医師に限らない)、ケア行為が自分の良心に反すると信じた場合、緊急を要しないケアの提供を拒否できる。

アーカンソー州は、過去数年間この種の法律を推進してきた米国のいくつかの州の1つだ。このような 「conscience law(良心法)」はあらゆる患者に害を及ぼし、LGBTQ当事者や女性、郊外市民らは特にそうだ。中でも、一部の州で40%以上の病床がカトリック団体に支配されていることは大きな理由だ。

これらの法律は医師が自分の宗教的信条に反する可能性のある治療に従事しなくてはならないことを避けるための予防措置に見せかけながら、実際にはそれをはるかに超えており、破棄されるべきものだ。

「緊急を要しない」はさまざまな解釈が可能

アーカンソー州の法律は、極めて危険な坂道の始まりだ。同法が生殖の権利やLGBTQコミュニティに与える直接的影響だけでなく、医療従事者が自分の信条に反するというだけの理由でさまざまな種類の行為を拒否できるという問題を生み出す。

ヘルスケア提供者が宗教、倫理、良心などに基づいてどのサービスを実施するか決めるのを許すことは、国の差別禁止法の下で患者が有する保護される権利を実質的に奪うものだ。

ある医師や救急救命士にとって「緊急」であるものが、別のところで「緊急を要しない」と解釈される可能性がある。医療専門家による一部サービスの提供回避を許すことで、この法はヘルスケアサービスの範疇に関わる者なら誰でも、どんな種類のサービスでも、その時それが緊急ではなかったと信じたと主張する限り、拒否できるという解釈が可能になる。

同法はさらに、患者に患者の望む治療を提供できる誰かを紹介することも拒否できるとしている。これは、身体的、精神的健康問題を抱える患者に不当な負担を強いるものであり、別の提供者を探すために治療が遅れる恐れがある。健康や命に関わる問題では、複数の女性がカトリック医療施設で治療を拒否され、近くの救急医療センターに移動を強いられた事例がある。

ヘルステックコミュニティはあらゆる人々の健康改善に務めている

アーカンソー法は医療技術の開発と改善に尽力するビジネスの価値に相反する。そのビジネスの中心にいるヘルステックスタートアップは、より多くの患者により多くの優れたサービスを提供するために戦っている。ヘルスケアを誰もが利用できるようにするプラットフォームを作ることから、サービスの質を向上させる特別な医療機器の開発、新たな治療方法やワクチンの研究まで。

世界的パンデミックのためにワクチンを開発している一方で、ウイルスが特定の人々にとって緊急かどうかはさまざまな解釈が可能だという理由で医者が投与を拒むことを許している状況を想像して欲しい。あるいは、院内薬剤師が自分の信じる陰謀論を理由に何百回分ものワクチンを故意に使用不能にしたところを。アーカンソー州で決議されたような法律は、ヘルスケア・システムが陰謀論者に悪用される隙きを与え、すでに多くの健康ビジネス業者がQAnon(キューアノン)の嘘を根拠にアドバイスやサービスを提供している。

ヘルステックコミュニティは医薬や医療機器を自分たちと似た信条の患者のためだけに開発しているのではない。同様に医療従事者は、患者が必要な医療を受けるのを個人の感覚に基づいて難しくすべきではない。ヘルステック事業者やヘルスケア提供者にとって究極のゴールは、全員のための治療の質の改善という単一の焦点に絞られるべきだ。

「医療倫理」とアンチLGBTQ法は非倫理的である

ヘルステックコミュニティは、全員の健康を改善するべく新たなソリューションを市場に持ち込もうと日夜努力を続けるだけでなく、患者の命と健康の向上のために培われてきた重要な進歩を根絶やしにするこうした法律に立ち向かう必要がある。

アーカンソー法をはじめとする類似の法律は、適切な治療を見つけるという本来医療コミュニティが負うべき努力を患者に押し付けている。

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タグ:Via Surgicalアーカンソー医療コラム

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(文:Lena Levin、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】2021年、テック見本市は復活するのか?

この1年はカンファレンス業界にとって壊滅的な1年だった。これはTechCrunchでも取り組んできた問題であり、我々はすでにプログラムをバーチャル環境に移行している。地理的条件、出席率、その他のさまざまな要因に応じて、個々のケースごとに個別の解決策が必要であることは明らかである。

IFAは対面の要素について強気であることを実証している。ベルリンで開催されたテクノロジーショーは、ヨーロッパにおける数少ないイベントの1つとなった。IFAは2020年9月に、大幅に縮小されたもののリアルイベントを開催した。

「少し詩的な表現をすると、例年の夏の終わりには、ベルリンには特別な空気があり、朝外に出るとこの空気を感じることができます」とディレクターのJens Heithecker(イェンス・ハイテッカー)氏は2020年のイベントについて筆者に語った。同イベントの出展企業は2300社から約170社に規模が縮小されている。

新型コロナウイルスとその変異株に対する懸念が長期化しているにもかかわらず、案の定、同組織は2021年大規模な復活を計画している。このショーの秋の復活を発表するプレスリリースは、まさにお祝いモードである。

関連記事:IFAのエグゼクティブディレクターがコロナ禍でもリアルなテックイベントを続ける理由を語る

「新型コロナウイルスのパンデミックから世界が回復に向けて前進する中、IFAベルリンは2021年9月3日から7日にかけて、フルスケールのリアルイベントを開催します」と同社は記している。「あらゆる業界のブランド、メーカー、小売業者がベルリンで出展し、ネットワークを構築し、ともにイノベーションを推進することに大きな関心を寄せています」。

同組織は、2020年のイベントから引き続き行われる安全衛生対策を強調し、まだ規模について語る準備は十分に整っていないものの、カンファレンスの新しい内容や方向性をいくつか紹介している。

同社は声明で次のように述べている。「これまで同様、訪問者や出展者の安全を守ることが最優先事項です。ご来場のみなさまの健康を確保するために入念な感染予防対策を講じますので、IFAベルリン2021が出展企業数や来場者数で過去最高記録を更新することは難しいかもしれませんが、業界を再びリードするべく、IFAは本格的な復活を目指します」。

一方スペインでは大手企業数社が「バーチャル」でのみショーに参加する意向を示しているため、GSMAは現在も方向性を検討している。

主催者はTechCrunchに以下の声明を提供した。

MWCバルセロナ2021では、すべての企業の参加は難しい状況ですが、Verizon※、Orange、Kasperksyなどの出展企業に参加していただくことをうれしく思います。誰もが独自のMWC体験を楽しめるように、業界をリードするバーチャルイベントプラットフォームを開発しました。MWCバルセロナに集う方々全員が最適なかたちで参加できるよう、リアルとバーチャルのオプションが用意されています。一部の出展企業の決定を尊重し、それぞれの企業と協働しながらバーチャルプラットフォームへの参加を推進しています。

(※情報開示:Verizonは本誌TechCrunchを所有)

Google、IBM、Nokia、Sony、Oracle、Ericssonはすでにリアル参加しないことを表明している。その他の大手企業はまだ未定のようだ。すべては、最終的に中止が決まった2020年のイベントを思い起こさせる。

こうした大規模なイベントの必要性は、パンデミックが発生する前から疑問視されていたが、バーチャルイベントへの移行にともなって真に浮き彫りになった。実際のところ、ハードウェア関連のリアルイベントには依然として価値があるが、多くはバーチャル環境に適応してきている。先日開催されたCESで学ぶところがあったとしても、このシステムにはまだ解決すべき問題がたくさんある。特にコンテンツの優先順位づけに関連する問題として、すべてが同じファネルを通して効果的に配信されていることが挙げられる。

さまざまな要因が、こういったイベントへの参加意欲を左右する。最も基本的なレベルでは、個人が安心できるか否かだろう(過去のイベントの混雑した写真を見るたびに本能的な反応を示すのは筆者だけではないだろう)。多くの人にとって、大規模な室内カンファレンスにいきなり参加することは、システムに対するストレスのようなものを多少なりとも感じるものではないだろうか。ワクチン接種や特定の地域におけるパンデミックへの対策に関連する要因も存在している(いずれも数カ月のうちに大きく変動する可能性がある)。

米国時間4月15日、ドイツの連邦保健大臣が緊急警報を発し、規制を強化するよう各州に求めた。「2020年の秋以降、迅速な行動の必要性が顕著になっている」とJens Spahn(イェンス・シュパーン)保健大臣はメディアを通じて警鐘を鳴らした。

この他にも、参加を検討している人の居住地や職場が出張を承認するかどうかなど、さまざまな要素がある。多くの企業は不要不急の出張を制限しているが、仕事が何かによって「不要不急」の定義は異なってくるかもしれない。しかし、その間にどれだけの変化が起こり得るかを考えると、多くの人にとって最も健全な戦略は、リモートで物事に取り組むことだ。

4月第3週の初め、GSMAはこれまでの参加者に向けて「MWCバルセロナ2021が開催される理由について」というタイトルの電子メールを配信した。このメッセージは、バーチャル出展を選択する出展者に対して直接話しかけているように受けとれる。

「これを読まれる時期によって異なりますが、バルセロナで開催されるMWC21の開幕まで残り約12週間となりました」とCEOのJohn Hoffman(ジョン・ホフマン)氏は記している。「2020年は混乱をもたらしたというだけでは不十分な表現であり、新型コロナウイルスの影響を受けたすべての方々に心よりお見舞い申し上げます。私は将来に希望を持っており、またMWC21で私たちのエコシステムを招集できるということをとても楽しみにしています。誰もがリアル参加できるわけではないことを認識しており、MWCバーチャルプログラムでショーのコンテンツをお届けすることで物理的なイベントを補強しますので、その点は問題ありません」。

フラッグシップショーを1年間中断していたら、壊滅的だったかもしれない。こうした主催者、そして観光費に頼る地方自治体の多くにとって、2年間という期間は考えられないだろう。新型コロナウイルスのパンデミックが発生した年のMWCのバーチャル戦略は、当然のことながら未熟なものだった。

しかし1年以上が経過した今、GSMAをはじめとする各組織はより強固な戦略を確立しているはずだ。実際のところ、バーチャルへの移行は1回や2回限りのものではない。パンデミックの影響を強く受けている多くの企業や人々にとって、これは未来の姿を象徴しているのだ。

関連記事:MWCの開催中止が決定、主催者のGSMAが新型コロナウィルスを懸念

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タグ:イベント新型コロナウイルスコラムバーチャルイベントIFAベルリンGSMAドイツMWC

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(文:Brian Heater、翻訳:Dragonfly)

【コラム】米国の低所得者ブロードバンド支援はLifeline Programの再構築で改革せよ

本稿の著者Rick Boucher(リック・バウチャー)氏は民主党米下院議員を28年間務め、米国下院エネルギーおよび商業対策委員会の通信・インターネット小委員会の議長を務めた。Internet Innovation Alliance名誉議長。

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「If you build it, they will come(それを作れば、彼らはやってくる)」は、行動を勇気づけるために30年以上繰り返されているスローガンだ。映画「Field of Dreams(フィールド・オブ・ドリームス)」に出てくるこの一文は、強力な格言だが、私はそこに一語加えてみたい。「If you build it well, they will come.(それをうまく作れば、彼らはやってくる)」。

米国のLifeline Program(ライフライン・プログラム)は、低所得世帯が不可欠な通信サービスを利用できるようにするための月額助成制度であり、すばらしい意図の下に作られた。当初の目標は誰もが使える電話サービスの構築だったが、連邦通信委員会(FCC)がこれをブロードバンド中心のプログラムに変更しようとしたことで、達成目標を大きく下回っている。

FCCのユニバーサルサービス管理会社の推定によると、現在同プログラムを利用しているのはLifeline有資格世帯のわずか26%だ。これは、低所得消費者の4人中3人が得られるべき恩恵に預かっていないことを意味している。しかし、これはJor Biden(ジョー・バイデン政権)が最近発表したインフラストラクチャー計画が示唆している、プログラムを廃止すべきだという意味ではない。

むしろ、今こそLifeline Programのブロードバンドへの転換を完了し、支援をブロードバンド市場に見合ったレベルへと引き上げることによって、利用価値を拡大するチャンスである。しかし、この計画に関するホワイトハウスの概況報告書は、インターネット利用サービスの価格統制を推奨し、低所得世帯への女性をフェーズアウトするとしている。これは欠陥のある政策処方箋だ。

もし、米国の世界的競争力を維持し、費用のかかる郊外地域にブロードバンド基盤を築き、国による5Gワイヤレスサービスの迅速な展開を続けることが国家目標なのであれば、政府はインターネットアクセスの価格を決めるべきではない。

手頃価格なブロードバンドを追求するために人為的な低価格を強制することによって、インターネットサービスプロバイダーは、国の通信インフラストラクチャーの要求を満たすための優れたなイノベーションと十分な投資に必要な収益を上げることができなくなる。

代わりにLifeline Programに目標を定めた変更を施すことによって、登録者が増え、現代世界で雇用、教育、医療、政府情報へのアクセスなどに不可欠な電話およびブロードバンドサービスを必要としている貧しい米国の人たちを繋ぐという目標の実現に近づくことができる。

まず、Lifeline Programへの登録をもっとずっと簡単にすべきだ。現在、サービスを利用しようとする個人は、個別の登録プロセスを使う必要がある。SNAP(補助的栄養支援プログラム、旧称フードスタンプ)やMedicaid(メディケイド、医療費補助性度)などの政府支援制度の対象者が、Lifelineに自動的に登録される「coordinated enrollment(連携登録)」を実施すれば、プログラムの深刻な低利用率は解消されるはずだ。

同じ市民たちを複数の政府プログラムが対象としているため、対象プログラムすべてに適用される単一の登録プロセスを作れば、政府・自治体の効率が高まり、機会を逃している国民に手を差し伸べることができる。

2014年にアメリカン・エンタープライズ研究所で講演したFCCのMignon Clyburn(ミニヨン・クライバー)委員は次のように語った。「ほとんどの州では、消費者はすでに、州政府が管理する国の支援プログラムに登録するために所得関連書類を集めル必要があり、プログラムによっては面接もあります。他の政府支援プログラムへの申請と同時にLifelineに登録できるようにすれば、消費者の体験は向上し、私たちの作業効率も高まります」。

次に、Lifeline特典の利用は、SNAPプログラムの電子給付金送金(EBT)カードのように、助成金が電子Lifeline給付カードアカウントを通じて直接入金されるようになれば、消費者にとってずっと簡単になる。Lifeline給付金カードによって、プログラムへの登録が簡単になるだけでなく、低所得層はさまざまなプロバイダーの中から、自分のニーズにぴったり合ったキャリアを選べるようになる。消費者の選択肢が広がることで、プログラムに登録する動機づけが高まる。

そして、Lifelineの現在の助成金、月額9.25ドル(約1000円)は、ブロードバンド契約に十分ではない。助成金が真に意味のあるものになるためには、月額の給付を増やす必要がある。2020年12月、議会は一時的なEmergency Broadband Benefit(緊急ブロードバンド支援)を承認し、パンデミック中、米国の低所得者はブロードバンド接続のために月額最大50ドル(約5400円)、部族所有地では75ドル(約8100円)の減額を受けられるようになった。緊急支援終了後には、ブロードバンド契約料金負担に見合った月額給付金が必要になる。

月間9.25ドル以上の支援を行うためには、Lifelineの財源も見直す必要がある。現在同プログラムはFCCのユニバーサルサービス基金に依存しており、その財源は従来の長距離および国際通話の「税金」で賄われている。

ウェブによる音声会話の利用が増え、伝統的電話の利用が減ったことによる固定電話サービスによる収入減を補うために、税率が引き上げられている。10年前、「contribution factor(寄与因子)」と呼ばれるこの税は15.5%だったが、現在は維持不可能な33.4%へと2倍以上に増えている。変革を起こさなければ問題は悪化する一方だ。

ブロードバンド給付金の財源を滅びゆくテクノロジーと結びつけておくべきでないことは明白だ。代わりに、Lifeline Programはインターネットエコシステム全体で共有される「税」で賄うことができる。例えば顧客とつながるためにブロードバンドに依存しているウェブサイトから、あるいはLifeline Programのための議会が定めた政府歳出予算から直接支出するなどだ。

ここに挙げた改革案は実現可能かつ単純明快だ。プログラムを廃止するのではなく、今こそLifelineを「再構築」し、当初の目標を実現して米国の最貧困層に手を差し伸べる時だ。

カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ
タグ:Lifeline ProgramアメリカコラムインターネットブロードバンドFCC

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(文:Rick Boucher、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】前代未聞のペースでインドにユニコーン企業を生み出しているTiger Global

過去15年間、世界第2位のインターネット市場であるインドのスタートアップ企業を世界的に有名にしたとして名高い、ある投資会社の最近の勢いは、前代未聞のペースで地元の若い企業をユニコーン企業へと変貌させている。

Tiger Global(タイガー・グローバル)は、2021年中にインドのスタートアップ企業と25件以上の契約を締結する(一部は締結済み)。これらの投資のうち、約10件はこれまでに公表されており、残りは1000万ドル(約11億円)から1億ドル(約109億円)を超えるものまで、今後数週間から数カ月の間に準備が進められる。

ニューヨークに本社を持つ同社は、最近67億ドル(約7297億円)のファンドを完了し、先週、ソーシャルネットワークサービスを運営するShareChat(シェアチャット)ビジネスメッセージングプラットフォームのGupshup(ガップシャップ)投資アプリのGroww(グロウ)への投資を主導し、フィンテックアプリのCREDのラウンドにも参加して、これらのスタートアップ企業がユニコーンとなるのを支援した。

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(インドでの報道によると、Tiger Globalは新しいファンドのうち30億ドル、約3267億円)をインドのスタートアップ企業に投資する予定だと推測されているが、TechCrunchでは、この30億ドルという数字は的外れだと考える)

Tiger Globalは、2021年初めにユニコーン企業となったインドのスタートアップ企業であるInfra.Market(インフラ・マーケット)とInnovaccer(イノヴァッサー)にも投資している(インドでは2020年11件、2019年には6件のユニコーン企業が誕生したが、2021年はすでに10件のユニコーン企業が誕生している。Tiger Globalはインドのユニコーン企業47社のうち20社以上に投資している)。

関連記事:小規模メーカーと大手建設業者を結ぶInfra.Marketが106億円調達、インドの最新ユニコーンに

また、支援の発展段階にあるのは、先週ユニコーン企業になった電子薬局のPharmEasy(ファームイージー)、フィンテックのClearTax(クリアタックス、評価額10億ドル、約1090億円の可能性)、暗号資産取引所のCoinSwitch(コインスイッチ)、保険会社のPlum(プラム)、B2BマーケットプレイスのMoglix(モグリックス、評価額10億ドル、約1090億円以上)、ソーシャル企業のKutumb(カタム)とKoo(クー、評価額1億ドル(約109億円)以上、CapTable調べ)、ヘルステック企業のPristyn Care(プリスティンケア)、B2B電子商取引のBzaar(バザー)、アグリテックのReshamandi(レシャマンディ)などが含まれていると関係者は話す(一部の案件はまだクローズしていないので、条件が変わる可能性もある)。

関連記事:Tiger Globalがインドの若いSNSに約190億円規模の投資を検討中

2021年、あるいはこれまでに、インドの企業にこれほどの規模の投資をした企業は他にない。この大盤振る舞いには、何十人ものベンチャー企業の創業者がTiger Globalのパートナーを紹介してもらおうと躍起になっているほどだ。

Tiger Globalのインドの若い企業への信頼は、過去にさかのぼる。2009年のFlipkart(フリップカート)と2012年のOla(オラ)への投資は、両社がインドの大手投資家からの資金調達に苦戦していた時期に、米国のTiger Globalがインドで事業を展開する際のリスク許容度を示すものだった。

元パートナーのLee Fixel(リー・フィクセル)氏の下で、Tiger Globalは、オンライン食料品店のGrofers(グローファーズ)、物流ベンチャーのDelivery(デリバリー)、ファッションEコマースのMyntra(ミントラ)、フィードリーダーのInShorts(インショーツ)、電動スクーターメーカーのAther Energy(アザーエナジー)、音楽ストリーミングサービスのSaavn(サーブン)、フィンテックのRazorpay(レーザーペイ)、ウェブプロデューサーのTVF(ティーブイエフ)など、若い企業を支援してきた。

何人かのベンチャー企業の創業者たちは、匿名を条件にTiger Globalからの投資を振り返り、Tigerの投資は最初の連絡から2~3週間で完了したと話す。

しかし、2019年の幹部交代でフィクセル氏が離脱した同社は、インドにおける投資のペースを落とし、一時的に主にSaaS系ベンチャー企業にフォーカスを移した。

Tiger Globalとともにいくつかのベンチャー企業に投資してきたあるベンチャー投資家は、率直な意見を述べるために匿名を条件に「最近の状況は変わり、Tiger Globalはこれまで以上に積極的になっている」と語る。

後期段階の企業への投資を続けている同社は、設立数カ月のベンチャー企業への投資機会も模索しているという。

上述の投資家は、Tiger Globalの新しい戦略のもう1つの例としてInfra.Marketを挙げた。Tiger Globalは2019年、まだ設立2年目だったB2BベンチャーであるInfra.Marketに最初に投資をしている。

「Tiger Globalはそれから、このスタートアップ企業が成長できるかどうか、そして他の投資家から投資を引き出せるかを見極めたいと考えました。その年12月、Infra.Marketが約2億ドル(約218億円)の資金を調達すると、その2カ月後、Tiger Globalは評価額10億ドル(約1090億円)で新たなラウンドを完了しました」とその投資家は述べる。

スタートアップ企業にとってはすばらしいことである一方、一部の投資家にとっては課題となっていると2人の投資家が話す。

彼らによれば、Tiger Globalが、業界の他社が太刀打ちできないレベルでスタートアップ企業を評価し、その後のラウンドを主導しない場合、次の資金調達ラウンドに投資できる企業は非常に少なくなるとのこと。

非公開のフォーラムや最近のClubhouseでは、多くの投資家が「一部の投資家が共有している最近の楽観的な見通しが実現するのは難しい」と警告している。ある投資家は「Tiger Globalは2~3年周期で、インドで非常に楽観的な投資を行います。問題は、状況が楽観的でないときに、我々がツケを払う羽目になっていることです」と語った。

「Scott Shleifer(スコット・シュライファー、Tiger Globalのパートナー、上の写真)の下では、状況は変わるかもしれない」と、別の投資家は付け加える。Tiger Globalの最近のインド国外における活動を見ると、いくつかの市場ではより積極的になっているように見える。

Steadview(ステッドビュー)、Prosus Ventures(プロサスベンチャーズ)、Falcon Edge Capital(ファルコンエッジキャピタル)、さらにはGoogle(グーグル)などの企業が、世界第2位の人口を誇るインドへの投資戦略を強化している中で、米国企業であるTiger Globalもインドへの関心を高めている(ある投資家は、最近のClubhouseのセッションで、この投資の狂乱は市場で余っている資本の多さの表れでもあると語っている)。

Credit Suisse(クレディ・スイス)のアナリストは2021年3月、世界第3位のスタートアップ企業の拠点であるインドは、今後数年間で100社のユニコーン企業を生み出す可能性がある、と顧客向けの報告書に書いている。

インド企業の状況は、過去20年間の資金調達、規制、ビジネス環境の著しい変化が重なり、急激な変化を遂げている。さまざまな分野で前例のないペースで新会社が設立され、イノベーションが進んだことで、価値の高い、未上場の企業が急増している。

評価の高い企業の成長の背景には、以下のようなさまざまな要因がある。

(1)1人当たりの資産が少ない経済ではベンチャー企業への投資が不足するのは自然だが、(主に外国の)プライベートエクイティが急増して、過去10年間は毎年、公開市場での取引額を上回るようになった。

(2)携帯電話の普及率、スマートフォンやインターネットの普及率の向上。2005年まではインド人の15%以下しか携帯電話を持っていなかったが、現在では85%に達している。また、安価なデータ通信とスマートフォンの低価格化により、7億人以上の人々がインターネットにアクセスできるようになった(現在の普及率は40%)

(3)深く根差した物理的なインフラの変化。2000年には半分しかなかった舗装道路がほぼすべての居住地に整備され、2001年には54%しかなかった電力供給が全世帯に供給されるようになった。

(4)金融イノベーションが加速している。世界をリードする『インディア・スタック』は、データの可用性の向上にも助けられ、ユニバーサルバンク口座へのアクセス、モバイル、生体認証ID(アドハー)をベースに構築したUPIといった革新的なアプリケーションが備わっている。(5)いくつかの分野でエコシステムが発展し、現在では世界の競合他社に対して競争力を持っている。例えば、テクノロジー(450万人のIT専門家)や製薬・バイオテクノロジー(インド企業のいくつかは、年間2~3億ドル(約218億円~326億円)の研究開発費を確保できる)などが挙げられる。

カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:Tiger Globalインドコラム

画像クレジット:Amanda Gordon / Bloomberg / Getty Images

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(文:Manish Singh、翻訳:Dragonfly)

放課後クラスのマーケットプレイスOutschoolがEdTech界で最も新しいユニコーン企業に

子どもの仮想校外活動を行う小さなグループのためのマーケットプレイスOutschool(アウトスクール)は、CoatueとTiger Global Managementが主導する7500万ドル(約82億円)のシリーズC投資を調達した。TechCrunchでは、この取り引きに詳しい筋から初めてこのラウンドについて聞かされていたが、同社はTechCrunchに対して、米国時間4月14日遅く、その事実を認めた。

この新たな資金により、Outschoolの評価額は13億ドル(約1400億円)に達し、1年も経たない前に確定した評価額およそ3億2000万ドル(約350億円)のほぼ4倍に跳ね上がった。

現在までにOutschoolは、今回のものを含め、ベンチャー投資1億3000万ドル(約140億円)を調達した。

関連記事:新型コロナ禍で急成長、小グループのバーチャル教育クラスを展開するOutschoolが47億円調達

同社の評価額の成長曲線は、パンデミックの間に大きな成長を遂げたEdTech企業であることを加味しても、どのスタートアップよりも急勾配になっている。しかしCEOで共同創設者のAmir Nathoo(アミール・ナテュー)氏は、同社の新しい評価額では、昨今の資金調達熱に影響された部分は小さいと話す。今回の資金調達は、収益の安定性がおもな要因だと彼は考えている。

新たにユニコーン企業となった同社の主力製品は、娯楽や補習のための放課後の校外活動だ。継続的なクラスもあれば、単独のクラスもある。会社が大きくなるにつれて、継続的なクラスが事業全体に占める割合は、10パーセントから50パーセントに伸びた。これは、時とともにより安定した収益が増えていることを示唆している。

単独のクラスから継続的な利用へ移行することは、同社にとっても生徒たちにとっても良いことだ。前者の場合、経常収益は投資家の耳に心地よく響く。後者の場合、その活動やグループとの親密性を高める上で、繰り返しの参加は重要だ。ディベートや毎週末のゾンビダンスといった活動を行う継続的なクラスは、子どもたちにまたやりたいという気持ちを起こさせる。

最も人気の高いクラスはどれかと聞かれることが多いナテュー氏は、常に変化していると答えるようにしている。常連客、つまり子どもたちの興味はどんどん移っていくからだ。ある週は算数であっても、別の週はマインクラフトや建築だったりもする。

収益プロファイルが変わったことで、Outschoolは2020年の予約で1億(約108億円)ドル以上を生み出した。2019年は600万ドル(約6億5000万円)、2017年にはわずか50万ドル(約5400万円)だった。2021年に関してナテュー氏は「積極的な成長を予測している」と答えるに留めた。

Outschoolは2020年、予約の大量増加により一時的に正のキャッシュフローを達成したが、ナテュー氏によれば、その後変化したという。

「私の目標は、収益に手の届く距離を常に保つことです」と彼はいう。「しかし、市場の変化は激しく、長期的に採算が取れると思われる機会に積極的に投資することは、理に適っています」

次は何か

ナテュー氏は、2021年末までにOutschoolのスタッフを110人から200人に増やしたいと考えている。特に国際的な成長を見据えてのことだ。2020年、Outschoolはカナダ、ニュージーランド、オーストラリア、英国でもローンチされた。そのため、それぞれの現地やその他の地域での人材募集は続く。

反対に、Outschoolの教師の数は、パンデミック最盛期と同じように伸びているわけではない。パンデミックが始まったころ、Outschoolのプラットフォームには1000人の教師がいた。数カ月のうちに1万人を抱えるまでになったが、採用審査の過程で大量のリソースを消費した。しかし、それが不可欠だったとナテュー氏は説明する。Outschoolは、フルタイムの教師が増えれば収益も上がる。教師は、クラスごとに自分で設定した料金の70パーセントを報酬として受け取り、残りの30パーセントがOutschoolの収入となる。だがナテュー氏は、同社のプラットフォームを従来型の教育を補完するものと見ている。教師を説得してフルタイムで雇い入れ収益を拡大するよりも、プラットフォームにパートタイムの教師を増やすことで成長したいと考えているのだ。

Airbnb(エアービーアンドビー)がプラットフォーム作りに貢献する人たちと収益を分かち合うホスト救済基金を立ち上げたのと同じように、Outschoolは調達した資金の2パーセントを同様のプログラムに割り当て、流動性リスクに備えることを決めた。

Outschoolの目標の中でも、最も野心的なものに、皮肉に聞こえるが学校に入り込むというものがある。一部のスタートアップは、パンデミックの最中に学校に販売を行って成功しているが、学区内での販売サイクルと限られた予算のため、拡大を目標にするならばかなり厳しい事業となる。それでもOutschoolは、学校とその職員と契約を交わすことで生徒の生活と関わり合う道筋を付けたいと考えている。そうすれば、低収入の家庭でも同社のプラットフォームが利用できるようになる。ナテュー氏によれば、企業向けの販売は事業のほんの一部分であり、新型コロナ対策として2020年に始めたばかりの戦略に過ぎないという。現在同社は、B2Bサービスのパイロット事業を、いくつもの学校を相手に開始している。

Outschoolは、国際市場で消費者向け学習に焦点を当てたアーリーステージのスタートアップを買収することも検討している。まだ1つも実行されていないが、EdTech分野では、今や広範囲にわたって企業統合が熱い。

ナテュー氏は、Outschoolの成長は続くと強調する。たとえ学校が再開しても、パンデミック後の不安に対処する方策がすでに固まっている。

「人と直接対面する活動には、大きなスパイクが起きるはずです。みんなが今すぐやりたいことだからです」と彼はいう。「しかしその後は、今よりも分散した形に落ち着くでしょう。教育の未来はハイブリッドですから」。

さらに彼は、Outschoolのオンライン学習に対する信念は、創設前の構想段階から変わっていないと話す。同社は、単位取得のための、専門分野のデジタル学習にはチャンスを求めたことがない。ずっと、放課後の補完的活動で子どもたちを援助することに集中してきた。

「これは、教育システムのなかでも、あまり手の届かなかった、見落とされがちだった部分です」と彼は話す。「オンライ学習の利点は、利便性、コスト、そして地域によっては機会が得られないような学習内容の豊富さという面で、今後も存続します」。

カテゴリー:EdTech
タグ:Outschool資金調達ユニコーン企業コラム

画像クレジット:Bryce Durbin

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(文:Natasha Mascarenhas、翻訳:金井哲夫)

【コラム】もしものときにNFTや暗号資産を失わないようにする方法

本稿の著者Erin Bury(エリン・ベリー)氏は、トロントに拠点を置く総合的なオンライン不動産計画サービスWillfulのCEOで共同創業者。

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消費者が富を築く場合、その内容はたいてい、現金、投資、不動産、自動車、宝飾品、美術品をはじめとする「有形の」資産である。しかし、最近は新たなタイプの資産も増えている。暗号資産(仮想通貨)や、最近注目され始めたNFTなどの「デジタル資産」だ。

我々は今、史上最も大規模な「富の移転」を経験している。今後数十年で、16兆ドル(約1745兆円)に相当する資産の所有権が移転すると予測されているのだ。物理的な資産であれば、緊急時や死亡時にその所有権を比較的容易に移転できるが、デジタル資産の場合はそうはいかない。

カナダのオンライン遺書作成サービスWillful(ウィルフル)から委託されてAngus Reid(アンガス・リード研究所)が実施した最新の調査によると、自分のパスワードとアカウントに関する全情報を自分以外の誰かに伝えてある消費者はわずか4人に1人だったという。この調査結果を考えると「消費者はデジタル資産を相続させる準備ができるのだろうか、何十億ドル(何千億円)にも相当する暗号資産が誰にも受け継がれずにデジタルの世界に取り残されることになるのだろうか」と疑問に思わずにはいられない。

物理的な資産であれば、緊急時や死亡時にその所有権を比較的容易に移転できるが、デジタル資産の場合はそうはいかない。

2021年のニュースはデジタル資産に関する話題でもちきりだ。暗号資産は目新しいものではないが、その価値が急騰したり、Elon Musk(イーロン・マスク)氏などの億万長者が暗号資産を支持する発言をしたり、米大手銀行Morgan Stanley(モルガン・スタンレー)をはじめとする従来型の金融機関がBitcoin(ビットコイン)の取引を取り扱うようになったりしたことで、2020年あたりから暗号資産への注目度が高まっている。何らかの形態の暗号資産を所有している場合、それにアクセスするには64桁のパスコードで構成されるプライベートキーを使うしかない。このプライベートキーがわからなければ、暗号資産にアクセスすることはできない。

ビットコインを購入した後にハードドライブを破棄したりプライベートキーを紛失したりしなければ、今頃は大金持ちになっていたのに、という体験談は数多くある。有名なのは、暗号資産取引所Quadriga(クアドリガ)を創設したGerald Cotten(ゲラルド・コットン)氏の例だ。コットン氏が2018年に急死した当時、同氏は顧客から預かった2億5000万ドル(約272億7000万円)以上の暗号資産を運用していたが、プライベートキーを知っているのが死亡した本人だけだったため、それらの暗号資産資産が実質的に凍結されてしまったのだ。

暗号資産と同じくブロックチェーンによってホストされるNFT(非代替性トークン)という形態のデジタル資産についても、最近、さまざまなニュースを見聞きする。中でも度肝を抜かれたのは、Beeple(ビープル)というアーティストのNFT作品が老舗オークションハウスChristie’s(クリスティーズ)に出品され6900万ドル(約75億円)で落札されたというニュースだ。他にも、トロントでNFTのバーチャル住宅が60万ドル(約6600万円)以上で売れたとか、昔流行ったNBA選手のトレーディングカード遊びのような感覚でNBA選手のプレー中の写真や動画を取引できるプラットフォームの取引高が2億ドル(約219億円)を超えたというニュースもあった。最近注目され始めたこのNFTという資産形態は、デジタル資産に、有形資産と同じか、場合によっては有形資産よりも高い価値が付される可能性があることを証明している。そして、暗号資産と同じように、NFT資産にアクセスする場合にもプライベートキーが必要のようだ。

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生前に遺言書が作成されていれば、故人の資産はその遺言に基づいて分配されるし、遺言書が作成されていない場合は法定相続割合に基づいて分配される。遺言書には、誰がどの資産を相続するか、という概要が記されていることはあっても、最新の資産目録や、パスワード、アクセスキーなどの情報が記載されていることはほとんどない。遺族または遺言執行人が故人のアカウント情報を知らないために引き取り手がおらず、銀行で眠っている資産は何百億ドル(何兆円)にものぼる

銀行口座であれば、遺言執行人が金融機関に連絡し、遺言書の写しや死亡証明書の提出等の必要な手続きを行えば、故人の口座の有無を確認したり、口座内の資産を動かしたりすることは可能だ。しかし、デジタル資産の場合はそう簡単ではない。遺族が銀行に連絡して、故人がNFT資産を所有していたかを問い合わせることはできない。NFTや暗号資産の全体目録のようなものは存在しないし、すべてを統括している中央管理組織もない。そもそも、意図的に分散化されている仕組みなのだ。これは、プライバシー保護の点では理想的なのだが、故人が価値あるデジタル資産を所有していたかどうかを知りたい遺族にとっては少し厄介な仕組みだ。

さらに言えば、故人がデジタル資産を持っていたかどうかを確認するだけでは不十分だ。その資産にアクセスする方法も知る必要がある。Angus Reid Forum(アンガス・リード・フォーラム)がWillfulの委託を受けて実施した最近の調査によると、35歳以下の消費者のうち家族や恋人にアカウント情報を伝えている人の割合は19%で、他の年齢層よりも低かった(ちなみに、55歳以上の消費者のうち家族や恋人にアカウント情報を伝えている人の割合は32%だった)。これは当然のことだ。年齢が若ければ、自分が死ぬことや死亡後の財産分与について考えることは少ないだろう。しかし、テクノロジーを使い慣れている若い世代こそ、その身に何かあった場合に、残された資産のせいで家族を困らせてしまう可能性がある。

では、デジタル資産を守るために消費者は何をすべきなのだろうか。第1に、1Password(ワンパスワード)などのパスワード管理ツールを使用することだ。このようなツールを使えば、アカウントに関するあらゆる情報、ログイン情報、デジタル資産用のプライベートキー、その他の重要な情報すべてをまとめておくことができ、管理者アクセス用パスワード1つを遺言執行人に伝えるか、自分の遺言書に記すだけで済む。

この方法を使えば、自分の身に何かがあった場合に、家族や遺言執行人が自分のアカウントに簡単にアクセスできる。しかし同時に、家族や遺言執行人にリスクを負わせる場合もある、とDirective Communication Systems(DCS、ディレクティブ・コミュニケーション・システムズ)の創業者Lee Poskanzer(リー・ポスカンザー)氏は指摘する。多くのウェブサイトやアプリではパスワードの共有が利用規約の中で明示的に禁止されており、一部の国や地域のプライバシー保護法ではアカウント所有者へのなりすましが禁止されているためだ(米国では「蓄積通信法」と「電子通信プライバシー法」がそれに相当する)。いうまでもないことだが、二要素認証を求められるアカウントが増えており、遺言執行人が故人のスマホにアクセスできなければ、二要素認証に必要な情報を確認するのは困難だろう。

DCSは、死亡時のデジタル資産移転をサポートするプラットフォームだ。しかも、そのためにDCSにパスワードを提出する必要はない、とポスカンザー氏はいう。DCSは遺産管理者と協力して、Google(グーグル)やソーシャルメディアなどのコンテンツプロバイダーに必要書類(死亡証明書、お悔やみ欄の記事、身分証明書など)を提出する。必要書類の内容はコンテンツプロバイダーによって異なるが、それを提出すると、コンテンツプロバイダーからDCSに対し、対象アカウントのコンテンツのデータダンプがクラウド経由で提供される。

第2に、デジタルウォレットやデジタル取引所を使ってデジタル資産を保管することを検討できる。家族がそのウォレットや取引所にアクセスにできれば(この場合でもプライベートキーは必要だが)、ウォレットまたは取引所が独自に定めている死亡手続きを実行できるかもしれない。

例えば、Coinbase(コインベース)は、アカウント所有者が死亡した場合に個人のデジタル資産を遺言執行人または遺族に払い戻すための手順を明確に定めている。万一の場合に備えて、プライベートキーを物理的な紙に書き、それを貸金庫や耐火金庫などの安全な場所に保管して、自分の死亡時に遺言執行人がその保管場所にアクセスできるようにしておくこともできる。

第3に、最新の資産目録を作成し、遺言執行人や家族の中でも特に親しい人物がその目録を見られるようにしておくことだ。この目録には、物理的な資産とデジタル資産の両方を記載し、年に一度か、あるいは新たな資産を取得したときや金融機関を変更したときなどに、定期的に見直して更新する必要がある。最後に、遺言書を作成して自分の資産をどのように分配したいかを明確に記し、デジタル資産の分配方法についても具体的な指示を書いておくことだ。

遺言書の作成は、種類を問わずあらゆる資産を守るため、あるいは未成年者の後見人などの重要な指名を行うためのベストプラクティスであるだけでなく、アカウント内の資産を遺族に引き渡してもらうためにも必要なステップだ(例えば、コインベースでは、故人のアカウント内の資産を遺産管理者に引き渡してもらうには、遺言書の写しを提出しなければならない)。

莫大な富が次の世代へと移転されていくにつれて、銀行、フィンテック企業、暗号資産取引所、ソーシャルメディアプラットフォームをはじめとするコンテンツプロバイダーは、死亡手続きを明確に定めるようになり、デジタル資産の有無を生前に誰かに伝えることや、遺族がそのような資産にアクセスすることは今よりも容易になっていくだろう。そうなるまでは、本記事で紹介した方法を実行することによって、自分が希望する人物や組織に遺産を確実に分配し、自分のデジタル資産が行き場を失ってデジタル煉獄に閉じ込められるのを防ぐことができる。

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カテゴリー:ブロックチェーン
タグ:NFT暗号資産コラムWillful遺言終活デジタル遺産資産管理

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(文:Erin Bury、翻訳:Dragonfly)

【コラム】頻繁に耳にする「巨大テック解体論」はまちがっている

本稿の著者T. Alexander Puutio(T・アレクサンダー・プーティオ)氏はレナード・N・スターン・スクールの非常勤教授であり、トゥルク大学での研究をAI、技術、国際貿易、開発の相互作用に捧げている。本稿で表現された意見はすべて彼のものだ。

ーーー

Big Tech(ビッグテック、巨大テック企業)との蜜月時代は、表向きは終わったと言ってもよさそうだ。

疑わしいデータ処理手続き、恣意的なコンテンツ管理ポリシー、明白な反競争的慣行が長年にわたり続いてきたのだ。ここで少し立ち止まってビッグテック業界との関係を考え直すのは当然のことだろう。

残念なことに、ビッグテックの解体を求める声をはじめとする、大方の注目を集めている意見のほとんどは、健全な経済学的思考というより、報復的な妄想から生まれている。

我々は、扇動的で成功の見込みが限りなく低い計画やゼロサム的解決策を追いかけるのではなく、スタートアップや競合他社独自のデジタル市場にとって公平な競争の機会を設け、ビッグテックが規模の拡大と同時により優れた企業に成長していくよう取り組むべきだ。

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大方の注目を集めている意見のほとんどは、健全な経済学的思考というより、報復的な妄想から生まれている。

20世紀の議員たちが、産業の寵児から停滞をまねく破壊的勢力へと変貌した鉄道独占企業をどのように抑制したかを見れば、その取り組みのヒントが得られるだろう。

問題は変わらない

100年以上前、急速に工業化が進む米国は、テクノロジーディスラプション(創造的破壊)がもたらした想定外の事態に直面していた。どこかで聞いたことがあるような話だ。

本格的な蒸気機関車が初めて登場したのは1804年だが、より強力で貨物に適した米国式の蒸気機関車が導入されたのは1868年になってからだ。

効率性が高く貨物に適した機関車は、野火のように急速に広がり、やがて鋼と鉄が山を貫き、ほとばしる川を飛び越えて、全米各地を結び付けた。

すぐに鉄道の走行距離は3倍になり、全都市間交通の実に77%、旅客事業の98%で鉄道が利用されるようになった。これにより、コスト効率のよい大陸横断旅行の時代が到来し、国全体の景気に大きな変化が訪れた。

画期的な技術の黎明期にはよく見られることだが、成功の初期段階には大きな人的損失がともなうものだ。

鉄道業界では当初から虐待や搾取が横行し、例年、労働者の3%近くが負傷したり死亡したりしていた。

やがて鉄道信託の所有者は、世間から広く非難を浴びる実業家グループの大部分を占めるようになり、いわゆる「悪徳資本家」と呼ばれるようになった。そして、そのような企業は行く手にあるものすべてを搾取し、競合他社、特に新規参入者を困窮させた。

鉄道会社の経営者たちは、慎重に構築されたウォールドガーデン(顧客の大規模な囲い込み)を維持することで自らの利益を確保し、強要や排除といったあらゆる手段を使って競合他社を破産に追い込んでいった。

鉄道の所有者から見れば、こうした方法は大成功を収めたが、競争が阻害され、消費者重視の視点が完全に欠落した世間には停滞ムードがただよった。

歴史は繰り返す

人間は過去の経験から学ぶことが苦手なようだ。

実際、ハイテク産業に対して我々が抱く懸念のほとんどは、20世紀の米国人が鉄道信託に対して抱いていた反対感情と同じである。

当時の悪徳資本家と同じように、Alphabet(アルファベット)、Amazon(アマゾン)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Twitter(ツイッター)などは、競合他社やスタートアップが入る余地をほとんど残さず、取引の大動脈を支配するようになった。

ビッグテックは2桁のプラットフォーム料金を導入し、決済プロトコルに厳しい制限を設け、独自のデータやAPIを専有することで、人工的な参入障壁を築き、競合他社がビッグテックの成功を事実上まねできないようにした。

ここ数年、大手テクノロジー企業はAmazonBasics(Aamzonベーシック)のようなプライベートブランドを提供することで、サードパーティーソリューションのカニバリゼーション(共食い)に取り組んできた。その結果、ビッグテックの顧客は、プラットフォーム所有者に競争力を弱められ、完全に先手を打たれていることに気づくことになった。

以上を踏まえると、米国におけるテック系スタートアップの創業ペースが何年も前から低下しているのは当然の流れだ。

実際、Albert Wenger(アルバート・ウェンガー)氏のようなVC界のベテランたちは、ビッグテック周辺にある「キルゾーン」に注意するよう呼びかけており、もし我々が大規模なハイテク複合企業の競争的周辺部を再活性化する方向に向かっているなら、早急に何らかの手を打つが必要がある、と警告している。

ビッグテック解体論を止めるべき理由

20世紀に独占的な鉄道信託を管理するために策定された戦略から、ビッグテックに対処する上で役立つ教訓を読み取ることができる。

戦略の第1段階として、議会は1887年に州際通商委員会(ICC)を設立し、合理的かつ公正な価格で専用鉄道網を利用できるように管理する任務をICCに与えた。

しかし、ICCの活動は政党主導であったため、ICCにはほとんど権限が与えられなかった。1906年に輸送機能と貨物の所有権を分離するヘボン法が議会で可決され、本当の意味での進展がようやく見られるようになった。

議会は、独自のプラットフォームで私的金融取引や二重取りを行うことを禁止し、既存の競合他社と新規参入企業の両方が同じ条件でプラットフォームを利用できるようにした。つまり、複雑に絡み合って抜け出せなかった搾取的な慣行が排除され、現在の米国の繁栄を支える根幹が形成されたのだ。

これは、鉄道信託を細かく解体するだけでは決して実現できなかったことだ。

実際のところ、プラットフォームやネットワークは大きい方が関係者全員にとって有利だ。大きい方がより高いネットワーク効果を得られるし、小規模なプラットフォームを凌駕するその他の要因もいくつかある。

最も重要なことは、アクセスと相互運用性のルールを適切に設定すれば、より大規模なプラットフォームでより幅広いスタートアップやサードパーティを支えられるようになるため、経済のパイの縮小ではなく拡大が可能になるということだ。

デジタル市場をスタートアップの味方につける

パンデミック後の経済活動では、テックプラットフォームを縮小するのではなく、規模の拡大に合わせて優れたプラットフォームに成長させることに注目すべきだ。

第1段階で必要なことは、スタートアップと競合他社が公正な条件と適正価格でこれらのプラットフォームにアクセスできるようにすることだ。

現在、政策立案者が実施できる具体的な措置は他にも多数ある。例えば、データ可搬性に関するルールの書き換え、プラットフォーム間のより広範な標準化と相互運用性の推進、ネットの中立性の再導入は、今日の業界の問題に対処するのに大いに役立つだろう。

Joe Biden(ジョー・バイデン)大統領が最近、連邦取引委員会(FTC)の次期委員として、「アマゾンを反トラストだと主張する急先鋒」 Lina Khan(リナ・カーン)氏を指名したことで、こうした変化が実現する可能性は突如として高まった。

最終的には我々全員が、巨人の肩の上に立ち(先人たちの知恵を借りながら)、巨人が作ったプラットフォームの上で力強く成長するさまざまなスタートアップや競合他社から恩恵を享受できるようになるだろう。

カテゴリー:その他
タグ:AlphabetAmazonAppleFacebookTwitterGoogleコラム

画像クレジット:Martin Poole / Getty Images

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(文:T. Alexander Puutio、翻訳:Dragonfly)

【コラム】NFTはより大きな金融資本の経済発展の一部でしかない

本稿の著者Dominik Schiener(ドミニク・シーナー)氏はIOTA Foundationの共同創設者で会長。2011年からブロックチェーンの世界にいてスイス、英国、ドイツのスタートアップにも関わっている。彼の主な焦点は、DLTやAIなどのデジタルインフラで物理インフラを改善する方法だ。

ーーー

非代替性トークン(NFT)は今、非常に熱いトレンドであり、このテーマについて扱った記事はこの数週間で数千本に達した。本記事でも同じテーマを扱うのは何だか申し訳ないのだが、トークン経済の潜在性が持つ重要な意義が見過ごされていることを考えると、書かずにはいられないのだ。

NFTは、金融資本の世界で起きているずっと大きな発展のわずかな一部でしかない。人々が今、少し困惑しながら苦笑いして見ているNFTは、シリコンバレーの台頭以来機能してきた投資モデルを今後10年もしないうちに完全に変えてしまうだろう。

何が「非代替」なのか

NFTが注目を集めるようになった最初の段階は奇妙なもので、一群のごくわずかな人が富を手にし、ほとんどの人はただ困惑するばかりだった。単に一時的な流行だとNFTを見限る前に、それは決して従来の投資の枠組みで使いやすいよう設計されたものではなかった、という点を考えておくのは意義のあることだろう。

NFTが具体的にどのように発展していくのかを想像するのは難しいかもしれないが、この新しい経済が従来の経済モデルの乾ききった表面からどのように浸透していくのか、その概要はすでに見え始めている。

オークションで6900万ドル(約76億円)のJPEG画像を販売することは、馬車の持ち主が小型原子炉を馬車の上に縛り付け、実際のところは相変わらず馬が引っ張っているのに「これは原子力で動く馬車なんです」と言い張るのとあまり変わらない。周りの人からは注目されるだろうが、根本的な変化は何1つ起こっていない。

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ニュースの見出しをにぎわす最近のNFTの販売例は、どれもこの種の後ろ向きな考え方の実例だ。そして「原子炉は過大評価されている」と言って馬車の持ち主を批判している傍観者たちは、このことが長期的に見て持つ意義にまだ気づいていない。もしかすると、馬が嫌いなだけかもしれない。

クジラとイヌとユニコーン

大航海のための資金調達手段という投資の概念の芽生えから、今日見られるようなベンチャーキャピタルの勃興に至るまで、金融資本の世界はいつでも選ばれし者たちだけの楽しみであった。これは、現在の投資モデルが、大きな投資をした者が大きな勝利を得られるというコンセプトに基づいているからだ。

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全世界の金融資本のほとんどすべては巨大なクジラ(大金を賭けられる投資家)やユニコーン(大成功を遂げた新興企業)といった伝説の生き物によって成り立っており、凡人はその一端を垣間見られるだけでも幸運だと思っている。資本の世界における成功者(ビッグドッグ)を生み出す理論は、最上位の投資家たちの意向を汲んで動く、強力な仲介者たちを基礎として築かれているのである。

Bitcoin(ビットコイン)の発明は、金融の発達史において画期的な出来事だ。ビットコイン自体は、結局のところ有力者たちの新たな遊技場になってしまったとはいえ、テクノロジーの面でビットコインの誕生が投じた一石は、今や世界を大きく変える波になろうとしている。そもそも、ブロックチェーンは分散台帳技術(DLT)の応用例の1つであり、この技術は地球の裏側にいる人へ即座にメッセージを送れることと同じほど重要なブレイクスルーなのだ。

DLTの実用化は、金融資本にとってもはや強力な仲介者が不要になったこと、もしくはいかなる仲介者も不要になったことを意味する。現在は、双方の当事者間で送金、取引契約、投資のための信頼関係を確立する時にどうしても中間者が必要となる。そのような中間者が提供するサービスに対する支払いは、大企業や大富豪ならばビジネスに不可欠なコストとしてあきらめられるだろうが、多くの人にとっては参入の障壁となる支出のままである。

DLTでは信用関係がネットワークのアーキテクチャによって確立され、アーキテクチャそのものに組み込まれているので、そのような障壁を打破できる。DLTを利用すれば、インターネットに接続する人なら誰でも、自分の経済力の許す範囲で大富豪と同じスタイルのビジネスを展開でき、それを支えるのがトークンによる決済なのだ。

柔軟に変化していくトークン経済

投資の分散化のメリットは無視できないほど数多くあるため、大手投資家は今後数年の間にDLT経済を導入するようになるだろう。オートメーションによって取引はいっそうスムーズになり、取引の結果や市況の変化はすばやく(リアルタイムで)反映され、透明性によってセキュリティは向上し、金融商品やサービスのさらなるカスタマイズが可能になる。大型投資家が分散型金融を導入することは、すべての人にとって純粋に好ましい影響を及ぼすだろう。

この新しいシステムの肝となるのがトークンであり、NFTはその一種にすぎない。台頭しつつあるこの経済モデルでは、決済トークンがお金の役割を果たし、証券トークンが株式と同様の意味を持ち、ユーティリティトークンが容量や帯域幅のような機能を提供する。そして、ハイブリッドトークンではこれらのトークンがミックスされて新たな形態が生まれる。なんだかよくわからないがおもしろそうだ、と思われただろうか。実際そうなのだ。

ここで理解しておきたいのは、トークンによって置き換えられるのは株式やその他の投資商品にとどまらず、何かを購入する時の仲介者役(投資ブローカー、クレジットカード会社、プラットフォームプロバイダー、銀行など)も置き換えられる、ということだ。分散型経済は今よりもっとオープンで、直接的な市場になることだろう。

トークン経済の真価とは

上述のようなことすべてがどのようにして起こるのか、具体的には想像しにくいかもしれない。しかし、この新しい経済が従来の経済モデルの乾ききった表面からどのように浸透していくのか、その概要はすでに見え始めている。その突破口は、現実の経済が不合理なものになっている分野で最もはっきり認めることができる。

現在急速に伸びているギグエコノミーでは、もはや誰も安定した職に就くことはなく、まるで傭兵のようにギグからギグへと渡り歩く。私たちの首にくくりつけられた石臼のような大量のサブスクリプションについてはどうだろう。ミュージシャンにとって苛立ちの元になっているストリーミングプラットフォームとの関係や、アーティストと画廊との関係についても考えてみよう。この惑星に根深く残る貧困問題に圧迫されている人の数も考えて欲しい。

これらはすべて、生活と仕事のモデルがいよいよ従来の入れ物には収まらなくなってきていることを示すものだ。それらの側面は最適化されているとはとても言えないものだが、その原因を指摘することも、どのような解決策があるかを指し示すこともできていない。トークンを使用した分散型経済には、これらのマイナス面、矛盾、機能不全をすべて除去し、それよりもはるかにわかりやすくエレガントなもので置き換えるだけのポテンシャルが秘められている。

新しい現実がどのようなものになるのか、それがもたらす結果の一部については比較的想像しやすい。例えば、9種類のサブスクリプションに支払うのではなく、欲しいと思った時に欲しいコンテンツに直接支払うことが可能になる。アーティストがギャラリーに稼ぎの半分を持っていかれたり、ミュージシャンがすべての稼ぎをストリーミングプラットフォームに渡したりする代わりに、そのような種類のコンテンツ向けに構築された柔軟なネットワークを通じて自分の作品に対する支払いを直接受け取れるようになるだろう。また、不動産投資のようなこれまで手の届かなかったセクターを含め、投資するためにブローカーに手数料を払う代わりに、関心のあるエンタープライズに直接投資できるようになる。そして、貧困による圧迫や、守りの固められた階級間の境界線が排除され、障壁を打破して誰もが価値にアクセスできるようになる。

トークン経済の展望について、まだ想定されていない側面が数多くあることだろう。だからこそ今後が非常に楽しみだ。インターネットに接続できる人なら誰でも参加でき、意義深い仕方で貢献できるような経済がグローバルに広がっていけば、まだ利用されていない資産が持つ何兆ドルもの価値が活用されることになる。ためらう理由はあるだろうか。どうすれば最短距離でそこまで到達できるだろうか。

何をすべきかは明らか

この新しい経済を実現させる上で最も難しい問題は、すでにクリアされている。合意形成システムを分散型に変え、取引と投資のために資産をデジタル化するシステムと組み合わせる方法に関する技術的な理解はもう得られているのだ。

このシステムを軌道に乗せるために必要な残りの作業は、かなり明確だ。まず何より先に、この新たなシステムがその草創期に生態系に与える影響について考えなければならない。マイニングファームを完全に法律で禁止するか、ファームが電力ソースとして非再生可能エネルギーを使用できる割合についてできるだけ厳しい制限を加えることが必要だ。新しい経済のバックボーンがこの惑星を破壊してしまうものならば、大きくなる前にシャットダウンし、完全に停止させなければならない。システムは生態学的にサステナブルであることが必須だ。

次に懸念されるのは、さまざまな暗号資産やトークンがあるのに、現状ではまだそれらに共通する規格も共通のネットワークも存在しないことだ。多様な暗号資産が存在しながら、そのことが話題にも上らないのは驚くべきことであり、非常にもどかしい。

それはまるで、多数の企業が電球を発明するのに飽き足らず、独自のソケットや配線規格まで発明し、それぞれが自分たちのやり方こそ最善で最後には勝利すると主張しているようなものだ。電球はすばらしいが、お願いだからソケットは統一してもらいたい、と思うのは当然のことだ。このすばらしいトークン経済も、私たちが中立的で相互運用性のあるネットワークを作らなければ決して羽ばたけない。さらに、そのネットワークは無料かつスケーラブルなものでなければならない。

差し迫った懸案事項の最後のものは、規制と法的枠組みだ。暗号資産の世界には、干渉されることを極度に嫌う無政府主義的な考えを持つ人々がまだ非常に多い。これは、私たちのコミュニティが長期的に目指している目標の達成に寄与しない。

バリューチェーンに存在するあらゆる仲介者を排除することには大賛成だが、それは、いかなる規制機関からも自由なおとぎの国を作るという意味ではない。分散型経済向けの法的枠組みは、オープンソースによるコミュニティ主導で構築された透明性の高いオペレーションという私たちの精神と調和するものだ。私たちすべてが、まだ発生期にあるテクノロジーに関する全面的かつ緻密な規制づくりに協力しなければならない。

エコロジー、相互運用性、規制を合言葉にすれば、ユーザーがこの新しい経済の力を活用するための実用アプリやその他のインフラの構築に取りかかることができるだろう。余剰電力を地域のスマートパワーグリッドに販売することから、自分の労働の対価を受け取ることまで、その用途は無限にある。そしてもちろんNFTの購入もその用途の1つであり、新しい経済においては今よりはるかに有意義な存在になることだろう。

カテゴリー:ブロックチェーン
タグ:NFT分散型経済暗号資産コラム

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(文:Dominik Schiener、翻訳:Dragonfly)

スタートアップが大企業に勝つ方法とは、ドローンの巨人DJIと新興Skydioのケーススタディ

画像クレジット:Skydio

本稿は川口りほ氏(@_nashi_budo_)による寄稿記事。川口氏は独立系ベンチャーキャピタルのANRIでインターンを行う東京大学博士課程の学生だ。ANRIは大学発の研究技術開発スタートアップへの投資や女性起業家比率の向上に注力するVCである。

ーーー

私が研究を事業化するプロジェクトをしていた頃、投資家にピッチをすると、必ずと言っていいほど以下のような質問をされた。

  • これからXX(大企業の名前)が同じことをしたらどう戦うのか。すでに〇〇(大企業の名前)がいるが何が違うのか。
  • Facebookからユーザーを奪えるのか
  • Googleのエンジニアリング力にどう勝つのか
  • Amazonが多額の資金を費やして同じことをしたらどうするのか

このように聞かれた場合、みなさんならどのように答えるだろうか?

投資家にそんな質問をされたときに私自身悩むことが多かったので、この記事では大企業に勝つための戦略を立てやすくなるような考え方のフレームワークについて書こうと思う。

大企業がいても成功したスタートアップの例

大企業がすでに市場を独占していても圧倒的な成長をしてきたスタートアップは数多く存在する。

大企業がすでに存在していてもスタートアップが勝つにはどうしたらよいのだろうか。上記のような例から私たちが学べる戦略とはなんだろうか。

結論から言えば、それは「大企業と直接対決しないこと」だ。

大企業と比べてあらゆる面で圧倒的に不利であるスタートアップが勝つには、。できるだけ真っ向勝負を避け、「戦わずに戦うこと」が重要になる。つまり、戦う軸をずらして、大企業の射程圏内から外れることが重要なのだ。

ここからは、ずらすべき「4つの軸」と、そのそれぞれにおいて、どのように軸をずらすべきなのかを説明しよう。それを説明するための例として、Skydioの成長戦略を深堀っていく。Skydioはなぜドローン市場を独占していたDJIを抑え、コンシューマー向けドローンのプラットフォームを築くことができたのだろうか。

大企業と直接戦わないためにずらす4つの軸

4つの軸を説明する前に、SkydioとDJIが市場を独占していた当時の状況について簡単に説明しよう。このような状況で、みなさんならどのような戦略を立てるか想像しながら読んでみてほしい。

Skydioは2014年、MITでドローンの自律飛行の研究に従事していたAbraham Bachrach(アブラハム・バックラック)氏とAdam Bry(アダム・ブライ)氏によって設立された。

Skydio設立時のドローン市場は黎明期で、多くの企業が出現しては、DJIの品質・価格・機能などあらゆる面で太刀打ちできず、競争に負けて倒産していった(Lily robotics、3D roboticsなど)。

当時、DJIの主な顧客はドローンを飛ばす方法を熟知している経験者やプロの写真家だった。しかし、Skydioはそのようなドローン愛好家をターゲットとはせず、操縦いらずの完全自律飛行技術を搭載したドローンの開発にすべてを賭けた。完全自律飛行は技術的に難易度が高く、DJIを含む他の競合は苦戦していたが、Skydioはその技術を達成すべく多額の研究開発費用と時間を費やす。

その結果、2018年になると画期的な自律飛行技術を搭載した「Skydio R1」を売り出すことに成功した。障害物を回避しながら飛行し、人を追尾しながら撮影を行うという高い技術で世界にその名を馳せることになる。R1の自律飛行技術が基礎となり、2019年には非GPS環境下での自律飛行を可能にした「Skydio 2」を開発。人を追尾して撮影するホビー用途だけでなく、屋内や橋下などGPSが機能しない場所において、点検・警備・監視など様々な領域で省力化を目的とした活用方法も可能になった。

このようにして、ひとつの尖った技術を武器にSkydioはDJIに対抗することができる米国を代表するドローンメーカーとなり、Andreesen Horowitz、Levitate Capital、Next47、IVP、Playground、NVIDIAなどの投資家やパートナーから支援を受け、現在も事業を拡大し続けている。

では、4つの軸をもとにSkydioの戦略を紐解いていこう。

4つの軸をずらす

スタートアップが大企業と競争するうえで、ずらすべき軸には以下の4つがある。

  1. 時間をずらす
  2. 強みをずらす
  3. 市場をずらす
  4. 地域をずらす

時間をずらす

現在を積分していって訪れる未来を目指すのではなく、達成したい未来像から現在取り組むべきことを逆算して取り掛かることが重要になる。大企業が積み重ねていったら達成しうる領域内で戦うと負けてしまうので、達成したい未来にタイムワープするにはどうしたらいいかを考えることで直接対決を回避することができる。

そして、スタートアップの場合は、タイムワープに使える飛び道具となりうる最先端の技術やこれから発展しそうな技術に積極的に賭けることで、大企業が積み重ねていっても到達しないポイントにより早く到達することが可能になると考えられる。

Skydioには叶えたい世界があった。SkydioのCEOであるブライ氏とCTOのバックラック氏は、当時どの企業も自律飛行を実現できていなかったなか、完全自律飛行のドローンが秘める可能性を信じていた。人がいなくてもドローンがみずから複雑なタスクをこなす世界を夢見ていたのだ。

ドローンの操縦方法を熟知した顧客がメインであった当時のドローン業界だったが、彼らは従来の手動ドローンでは、ユースケースや規模が制限されることを弁えていた。そこで、彼らは自律性こそがドローン業界にパラダイムシフトを起こし、自分たちが夢見る世界を実現する技術であると確信していた。

もしもSkydioが、DJIがビジネスを積み重ねていけば到達しうる未来に近い地点を目標にしていたら、DJIのポテンシャルに飲み込まれて失敗していった多くのドローンスタートアップと同じ末路を辿ることになっていただろう。

さらに、彼らは機械学習の分野における技術革新の波も捉えていた。創業当時から、技術革新が起きたばかりで黎明期だったディープラーニング技術を、自律飛行技術の実現を加速するための飛び道具として採用していたのだ。当時、SLAM技術(自己位置推定とマッピングの同時実行を行う技術)としてレーザーセンサーを使用したLiDARの方が一般的だったが、Skydioは発展段階にあった深層学習の発展性に賭けて、Visual SLAMを使って開発に成功しました。

スタートアップは技術の組み合わせで画期的な製品を開発するため、技術革新の波にうまく乗ることが重要だ。イノベーションの波に乗るためには、今日すぐに使える技術に固執するのではなく、まだ応用段階ではない最先端の技術を理解し、大学の研究レベルの専門知識をつけることも必要になる。

強みをずらす

大企業と同じ強みを武器に、同じエリアで少しだけ優位な製品を開発できてもすぐに追い抜かれてしまう。そこで、スタートアップがやるべきことは、新たな軸を追加して、新たなエリアを生み出すことだ。戦うエリアを見極めたら、そのエリアに集中的に資金や時間を投下する。

少し分かりにくいので、上の図を使ってSkydioの例を持ち出しながら説明しよう。Skydioが自社製ドローンのSkydio R1を開発する際、目標とする自律性から数ノッチ落として、DJIのホビードローンよりわずかに自律性が優れている同価格くらいの製品を目指しても良かったはずだ。そうすればSkydioは莫大な研究開発費も不要になり、すぐに販売して売り上げも出た可能性がある。しかし、このような製品を開発した場合、図のようにDJIと同じエリアで戦うことになる。こうなってしまうと、DJIはドローンの価格を下げて(DJIにとっては痛くも痒くもない)競合であるSkydioをいとも簡単に射抜くことができてしまう。このようにして失敗していった米国のドローンスタートアップは多くある。

そこで、SkydioはR1を開発するとき、価格と機能からなるエリアを捨てて、新たな軸である自律性を追加することにした。そうすることで、DJIのポテンシャルから遠ざかり、新たなエリアに集中して強みを尖らせることができるようになった。

その結果、センサーや洗練されたオンボードコンピューティングのためのコストがかかり、DJIのドローンと比較してはるかに高価になる。自律性を追求すればするほど多くのセンサーが必要になり、電力消費量が大きくなるため、飛行時間やペイロードが落ちるなど機能面でも劣ることになる。しかし、Skydioは価格や機能を諦めてでも、DJIとの直接対決を回避し、自律性という軸を新たに追加して、DJIの影響を受けないエリアで戦うことに決めたのだ。

市場をずらす

スタートアップにとって大きな市場でビジネスを展開することは大事だが、多くの場合、そういった市場では、すでに多くの大企業がしのぎを削り合っている可能性が高い。そこで、スタートアップは既存プレイヤーが多くいる大きな市場よりもニッチな市場を独占することを目標とした方が大企業と戦わずに済むことがある。また、一見ニッチな市場に見えても事業を進めていく中で潜在市場は大きいことに気づくこともある。

すでに述べたとおり、Skydio R1開発当時、コンシューマードローンマーケットは手動がメインだった。プロの操縦士がターゲットとなる市場において、自分で操縦できないユーザーはドローンスタートアップにとってメインの顧客ではなかった。ドローンを購入する顧客の中で操縦未経験層はニッチな市場だったのだ。

そのような既存のドローンとは対照的に、Skydio R1が開発するドローンは自律飛行するので、非専門家のユーザーでも簡単に操作することができる。そのため、R1は操縦ができないユーザーにとって最も使いやすくなるような設計になっている。ユーザーはスマートフォンアプリでドローンを簡単に制御することができ、追跡モードや周回モードなどをタップ一つで直感的に操作できる。ドローンの操縦未経験者をターゲットにすると、実は潜在市場が大きいことは想像に難くないはずだ。顕在化している市場よりも潜在市場が大きく、事業を広げやすかった良い例だ。

2019年になり、Skydioがコンシューマー用からエンタープライズ用に事業を拡大するようになると、自律制御に対するニーズはさらに高まった。手動操作でドローンを業務に利用しようとすると、訓練コストがかかる上に、手動では複雑で正確な操作に限界があるため用途範囲に制限がある。実は、エンタープライズ向けのドローン市場では、コンシューマー向けのそれよりも深いペインがあったのだ。Skydioが創業当時からこのような成長ストーリーを描いていたかは定かではないが、スタートアップの戦略として非常に参考になる例だと思う。

地域をずらす

スタートアップの場合、国や地域によって技術や製品が様々な理由で規制されることがある。その場合、地域性をうまく利用することで大企業に勝てる可能性が高まる。海外で同じビジネスを展開している大企業があったとしても、日本で簡単にビジネス展開できないことは多い。そのような状況では、地の利を活かすことがスタートアップにとって重要になる。

Skydioは製品の信頼性・セキュリティ面を重視するため、製品の設計、組み立て、サポートを全て一貫して米国の本社で行っている。2020年9月には日本支社も設立しているが、ソフトとハードの開発拠点を1か所に集中させることによる開発スピードの速さを損なわないためにも、日本国内での生産の予定はしていないようだ。

エンタープライズ用の製品を開発する中、Skydioは顧客となる企業の多くが外国製の製品に関連するサイバーセキュリティ・リスクを危惧しているということに気づく。さらに、米軍、米国防総省、米内務省がスパイの恐れを理由に中国製のドローンを禁止し始めてからは、米国政府が信頼できるドローンの市場に空洞ができていた。

2020年12月、DJIは米商務省によって「エンティティリスト(Entity List)」に追加され、米国に拠点を置く企業が同社に技術を輸出することを禁止した。そのため、米国企業がDJIのドローンに使用する部品やコンポーネントを提供することが難しくなり、DJIのサプライチェーンが混乱する可能性がある。また、米国の店舗がDJI製品を直接販売したり、同社との取引を行うことも難しくなる可能性がある。

その一方で、ParrotやSkydioのドローンは米国の政府機関の使用を認められている。Skydioがこのような地政学的外力を予期して米国の本社にサプライチェーンをまとめていたかは分からないが、このように地域に密着した製品を開発することで海外の大企業とは異なるアドバンテージを得られることも意識しておくと良いだろう。

投資家からの質問の意図は?

記事の冒頭で挙げた、「これからXX(大企業の名前)が同じことしたらどう戦うのか。すでに〇〇(大企業の名前)がいるけど何が違うのか」という質問には、どのような意図があるのだろうか。

私が起業家として投資家の前に座っていたときはあまり深く考えたことはなかったが、テーブルの逆側に座ることになった今、やっとこの質問の意図が分かるようになった。

投資家がこのような質問をするとき、質問の裏には二つの意図がある。

1. 純粋に勝つための戦略が知りたい(事業の評価)
2. 十分に思考実験をしてきているか知りたい(起業家の評価)

スタートアップにとって、競合がいること(直接競合であれ、間接競合であれ)は悪いことではない。投資家は競合がいる中でどのように戦っていくのかを知りたいと思っている。さらに、まったく同じ事業をする競合が出現すると仮定し、勝ち続けるための競合優位性や秘策に興味があるのだ。

また、この質問は起業家を評価するための質問でもある。様々なシナリオを十分にシミュレーションしているのか、正確にリスクを把握できているのかを評価することで、起業家が冷静に自身の事業を客観視できているのかを把握しようとしているのである。

参考文献リスト