【コラム】暗号資産の処理量に応じた課金モデルは再考の時期にきている

処理量に応じた課金モデルは、常に、暗号資産の世界においてほとんど疑う余地のない主要技術であった。デジタル資産が登場して以来、投資家、開発者、マニアたちは、実際に購入したトークンの価格に加えて処理料(採掘手数料)を支払ってきた。

2021年4月、Bitcoin(ビットコイン)の平均送金手数料がこれまでで最高の59ドル(約6800円)に達した。平均取引料は2017年12月に52ドル(約6000円)にまで跳ね上がり最高値に達したが、今回はそれを超えた形だ。そして、Eithereum(イーサリアム)とそのガス手数料も跳ね上がった。2021年、イーサリアムのブロックチェーンでは、多くの暗号資産ネットワークがイーサリアムを離れ、競合ブロックチェーンSolana(ソラーナ)など、よりサステナブルな選択肢に移行した。

いうまでもなく、暗号資産への投資はますます高価になっている。現在、暗号資産エコシステムに参加している大半の人たちが暗号資産の法外なコストと使用ケースに腹を立ている。とりわけ、ビットコインとイーサリアムのネットワークの手数料は高過ぎる。

にもかかわらず、マニアと投機家たちは、この現状をお金に革命を起こすはずの技術に関わることにともなう厄介なトレードオフとして受け入れ、歯を食いしばって耐えている。

しかし、大多数の人が熱意を失い、お金の取引と移動を行う別の方法を追求したらどうなるだろう。実際すでに、Binance Smart Chain(バイナンススマートチェーン)などの「集中化」サービスが、低い料金設定を引っ提げて、イーサリアムなどの分散システムに取って代わり始めている。

真の分散化暗号資産エコシステムを実現するという夢はどうなってしまうのだろう。取引料金という観点から考えると、分散化ネットワークが集中化ネットワークと競争するのは本当に不可能なのだろうか。

市場経済型アプローチを採用する時期がきている

現時点では、現在上場しているすべての暗号資産とブロックチェーンのネットワーク経済では、利用価値ベースの価格設定ニーズを無視している。つまり、ブロックチェーン上での取引料金が、顧客の考えるその取引の実用価値と一致していない。

言い換えると、取引料金の範囲は利用者が考えているニーズによっても、市場勢力図によっても決まらない。実際「処理量に応じた課金」モデルは取引に課される料金に上限がないため、利用者にとってほとんど利点がない。料金が取引しようとしている価値の大部分を占めるようになったら、そのようなネットワークを使って取引するのは非効率的かつ非現実的だ。

多くの人たちは、こうしたネットワークはユーザーに与えられる実用価値から利益を得ていると思っている(あるいはそうあって欲しいと思っている)が、実際には「処理量に応じた課金」モデルは暗号資産のマイナー(採掘者)または通貨保有者など、ネットワークの利害関係者にのみ利益をもたらし、ユーザーには何の利益ももたらさない。

例えばビットコインでは、承認済み暗号資産取引のブロックを完成させた報酬はマイナーに支払われ、すべての料金はマイナーに分配される。こうした取引が処理される際の「ブロックサイズ」は人為的に小さい状態に維持されており、マイナーはこれまでこのブロックサイズを増やすことを拒否してきた。

その代わり、取引をブロックに含めるためにより高い料金を要求し続けている。YChart(ワイチャート)によると、ビットコインのマイナーの1日あたりの平均収入は約4700万ドル(約54億2000万円)で、2021年初めの2900万ドル(約33億4000万円)から62%も上昇している。

暗号資産取引を長期的に持続可能にするには、そろそろ実用価値ベースの料金設定を導入して暗号資産取引をユーザーに利益をもたらすものにするべきだ。デジタル資産の世界はもはや通常の市場経済型アプローチ、つまり利用者が王様となる方式を採用すべき時が来ている。

高額な取引料金は暗号資産ネットワーク拡大の妨げとなる

最終的にはマニアとアーリーアダプターたちの気持ちは覚めてしまうだろう。そうなったら「処理量に応じた課金」モデルで運営されるこれらのネットワークの使用ケースは、利用者が高額な料金を支払うことをいとわない取引(頻度の低い高額決済)のみに縮小してしまう可能性が非常に高い。

これが現実になってしまうと、高価値の使用ケースが安く値切られてネットワーク利害関係者にとっての価値が失われ、同時に、低価値だが大量にある使用ケースによって得られるネットワークの収益も失われることになるだろう。

筆者はこの差し迫ったシナリオを実用性の不適正価格設定と呼んでいる。このシナリオは、ネットワーク利害関係者(すなわちマイナー、マスターノード所有者、通貨保有者)に報酬を与えるために「処理量に応じた課金」のみに依存している暗号資産ネットワークにとって避けられない運命だ。実用性の不適正価格設定が行われると、新規利用者数が増大しているときでもネットワークの収益と採用が低下する。

最終的には、利用者からの信頼が薄れ、結果としてブランド資産価値が失われることになる。これはメディアの否定的な報道によってあおられることになるだろう(実際今、法外な手数料に関連して、暗号資産最大手2社が否定的に報道されている)。

ネットワーク収益モデルの根本的な見直しを行い同意を得ることを強制でもされない限り、大手暗号資産ネットワークがこの問題をエレガントかつ効率的な方法で解決できるかどうかはまだわからない。

ネットワークの収益維持には代替ビジネスモデルが鍵

最善のシナリオは、細事にこだわり大事を逸するのを避けることだが、まったく新しいネットワーク収益モデルを採用することが解決策となる可能性はある。暗号資産における実用価値ベースの価格設定モデルがユーザーに最も利益をもたらす代替モデルであることは間違いない。このモデルなら低料金または手数料ゼロの取引を実現することも可能だ。

これを実現するには、すべての利害関係者を取り込んだ運営を介して価格設定を行うことで、ブロックチェーン内外の双方の利害関係者が価格設定パラメーターに発言権を持てるようにする必要がある。

例として、オープンな代表投票を使用した手数料ゼロの暗号資産ネットワークNano(ナノ)がある。ナノでは票がノード間で共有および中継され、集計されて、オンラインの投票加重と比較される。ブロックが十分な数の票を受け取って定足数に達したことをノードが確認すると、そのブロックは1分以内に確認される。

ナノネットワークでは、ノードに直接的な金銭的動機がないため、急速に集中化に向かう動きが排除され、長期的な分散化トレンドに向かうことになるが、参加者の利他主義が失われたときこのモデルがどのようなスケールのかという問題は未解決のままだ。

「処理量に応じた課金」モデルを回避する方法を探しているもう1つの例としてKoinos(コイノス)がある。コイノスの目的は「mana(マナ)」と呼ばれるシステムを介して、ブロックチェーン上で消費者市場向けのユーザー体験を実現することだ。ビデオゲームに登場するマナを操作するようなイメージだ。

ネットワーク上の個々のトークンには一定量のマナに割り当てられる。データが事前ロードされているモバイルデバイスを購入するのと同じだ。この「燃料」はユーザーがネットワークリソースを使うと消費される。このようにして、手数料ゼロの取引によって流動性のあるトークン所有者が増えていく。

このアプローチはhold-to-play(使用料に応じて保有する)方式と呼ぶこともできるだろう。つまり、ユーザーがトークンを流動性のある状態に維持することで、利益を生むアクティビティにトークンを参加させないようにするというものだ。トークンに割り当てられたマナが少しでも消費されると、そのトークンは一定期間ロックされる。これはリアルタイムの金銭的費用の代わりに機会費用を発生させて無価値の取引を実行する動機を失わせる役目を果たす。このように、マナの手数料メカニズムは、明示的な取引手数料を請求するよりもダイナミックで拡張性の高いものになっている。

ユーザーの満足度に基づくモデルに従うネットワークは他にもいくつか出現しているが、大手の暗号資産がこのモデルを採用するかどうかはまだ分からない。

大手暗号資産の拡張性問題は依然として未解決

現在のところ大手暗号資産は、ユーザーの利他主義と強い関心によって実際的な価値を維持しており「取引料に応じて支払う」という既存の枠組みを取り払って考える必要には迫られていない。しかし、時が経過し、パフォーマンスおよび代替手段との競争力の低下が指摘されるようになるにつれて、ネットワークは処理量に応じた課金モデルを考え直し、ユーザーだけでなくネットワーク自体にも有益な解決策を見つける必要がある。

どのような企業でも、製品の価値と重要性を判断するのは顧客である。現在、暗号資産各社は、この考え方を自分たちは固守する必要はないという錯覚に陥っている。しかし、やがてこのような姿勢を改める必要が出てくる。

暗号資産プロジェクトが長期的に存続するには、集中型サービスに匹敵する分散型ネットワーク上でユーザーに真の価値を提供するしかない。

既存の暗号資産エコシステムはユーザーも利害関係者であるという事実を認識し適応する必要がある。ネットワークのビジネスモデルによって、対象となるすべての使用ケースに適切な価格設定が行われるようにし、ネットワークの収益を十分に獲得および分配して、プロジェクトを投資家たちにとって魅力的なものにすることが必要不可欠だ。

編集部注:本稿の執筆者Andreiko Kerdemelidis(アンドレイコ・ケルデメリディス)氏はKuvaのCTO兼共同設立者。

画像クレジット:gremlin / Getty Images

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(文:Andreiko Kerdemelidis、翻訳:Dragonfly)

「クリエイターファンド」はそれほど褒められたものじゃない

2020年の夏、TikTok(ティックトック)は「クリエイターファンド」と称して、米国内のクリエイターに贈与するための2億ドル(約229億3500万円)を用意した。これは当時としてはまだ珍しい手法である。より成熟したプラットフォームのYouTube(ユーチューブ)は、クリエイターの投稿動画で再生される広告の収益をシェアできるようにする、2007年に設立されたパートナープログラムを通じて資金を分配することでクリエイターに報酬を支払ってきた。しかしここ数年、TikTokの人気上昇に対抗するため、各ソーシャルメディア企業が独自のクリエイタープログラムを立ち上げている。YouTubeはショートのために1億ドル(約114億6500万円)のクリエイターファンドを設立し、Snapchat(スナップチャット)はSpotlight(スポットライト)チャレンジへの投稿に賞金を提供、Instagram(インスタグラム)はReels(リール)のクリエイターにゲーム化されたキャッシュボーナスを配布している。

関連記事
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客観的に見て、大手テック企業が大金を放出しているというのはクリエイターにとって良いことのはずだ。しかし、長年ユーチューバーとして活躍し、最近ではTikTokのスターとなったVidCon(ビッドコン)の創設者であるHank Green(ハンク・グリーン)氏が最近のビデオエッセイで指摘しているように、クリエイターファンドは特段称賛されるべきものではないのかもしれない。こういったファンドはクリエイターの収益を配慮してのものではなく、「独立系アーティストにお金を払っています!」という企業のアピールに過ぎないという可能性もある。

TikTokのようなクリエイターファンドでは決まった一定の資金から支払いが行われているのに対し、YouTubeパートナープログラムでは広告収入のパーセンテージがクリエイターに分配される仕組みとなっている。つまりYouTubeが成長すればするほど、クリエイターに支払われるお金の総額も増えていくということになり、過去3年間でYouTubeはクリエイターに300億ドル(約3兆4374億円)を支払っている(YouTubeのパートナープログラムを通じて、クリエイターは自分の動画に掲載された広告から得られる収益の55%を得ることができる)。一方で、TikTokが成長してもクリエイターファンドの規模が変わることはない。

TikTokのプラットフォームは急速に成長しているのにも関わらず、その結果としてTikTokのクリエイターの収入はむしろ減っているとグリーン氏は主張している。ユーザーが良いコンテンツを投稿しているからこそ、このプラットフォームは成長できているのだという人もいるだろう。こういった巨大なテック企業にユーザーがもたらした価値に対して、これらのユーザーは適切な報酬を得ていないのである。

TikTokの広報担当者はTechCrunchの取材に対し「クリエイターファンドは、クリエイターがTikTokでお金を稼ぐための方法の1つに過ぎません」と答えている。

ブランドとコンテンツ制作者が簡単につながることができる「TikTok Creator Marketplace」(ティックトック・クリエイター・マーケットプレイス)や、ライブ配信中だけでなくいつでもクリエイターがチップを受け取れるようにした機能が2021年1月から開始するなど、新たな取り組みを数多く進めていると同社は主張しているが、当然このようなマネタイズ機能はYouTubeにもある。

関連記事:YouTubeが新しい収益化機能「Super Thanks」発表、個別の動画に対してクリエイターに投げ銭可能に

「クリエイターコミュニティの声に耳を傾け、フィードバックを得て、プログラムに参加している方々の体験を向上させるために機能を進化させ続けていきます」と同社はTechCrunchの取材に対して答えている。

TikTokの収益を1年以上にわたって綿密に追跡してきたグリーン氏によると、以前は1000回の再生で5セント(約5.7円)を稼いでいたものの、ここ数カ月は1000回の再生で2セント(約2.3円)になっているという。これはTikTokが成長しているために再生回数が増え、それにともないクリエイターへの報酬が減っているからだと同氏は主張している。

確かにTikTokは、フルタイムのクリエイタービジネス全体に資金を提供するためにこれらのプログラムを作ったわけではない。しかしこの支払い額は、ソーシャルプラットフォームへのクリエイターの貢献度を過小評価しすぎているのではないだろうか。クリエイターファンドがTikTokの長期的なクリエイター向け収益化計画であるかどうかは不明であり、またInstagram、YouTube、Snapchatの場合、これらの報酬はクリエイターに自分たちのプラットフォームを使ってもらうためのインセンティブに過ぎないが、クリエイターは短編動画をめぐる競争において少々疲弊気味のようだ。

他のフルタイムクリエイターもグリーン氏の意見に同意している。英国のテック系ユーチューバーであるSafwan AhmedMia(サフワン・アメッドミア)氏は、2021年4月からTikTokで2500万回以上の再生回数を集めたにも関わらず、112.04ポンド(約1万7000円)しか稼げなかったとツイートしている。YouTubeの米国トップクリエイターであるMrBeast(ミスター・ビースト)もこのツイートに返答し「10億回以上の再生回数」で1万4910.92ドル(約171万円)稼いだと答えている。TikTokは総再生回数を表示しないため、手動で数えない限りわからないようになっており、彼らの計算はグリーン氏の計算よりも正確ではないが、それでも彼らの試算によると、ミスター・ビーストとアメッドミア氏の2人は、再生回数1000回につき2セント(約2.3円)以下の収入しか得ていないことになる。

関連記事:ユーチューバーがリアルで「イカゲーム」を再現、ハリウッド並予算で作られたYouTube動画がクリエイターに与える影響

クリエイターにとっては一般的に、YouTube、TikTok、Snapchatなどの動画のインプレッション数よりも、ブランドとの契約による収益の方が大きいといわれているが、それでもクリエイターは自分がプラットフォームにもたらす価値に見合った対価を支払って欲しいと願っている。

「TikTokの収益が上がれば、クリエイターの収益は下がる、というスローガンが作れるほどです。あらかじめ決まった額からの捻出ではなく、収益の一定割合を報酬として支払うというのはTikTokにとっては非常に悪いことですが、クリエイターにとっては非常に良いことです。TikTokはPRNewswireなんかで『今後3年間で10億ドル(約1155億円)をクリエイターに支払います』などと発表し、あたかもこれが莫大な金額かのようにして話していますが、実際のところ支払い額は完全にコントロールされており、参加するクリエイターが増えてアプリが成功すればするほどクリエイターの1ビューあたりの収入は減っていくのです」。

TikTokアプリ自体がどれだけの収益を上げているのかは不明だが、親会社のByteDance(バイトダンス)は2021年580億ドル(約6兆6500億円)の収益を上げており、この数字を見ると約2年前に開始した2億ドル(約229億3500万円)のクリエイターファンドがあまりにも小さな数字に感じてしまう。

それでもTikTokとYouTubeを比較するというのは、リンゴとオレンジを比較するようなものである。30秒のTikTokが、20分のYouTube動画の支払い額よりも少ないのは当然だ。YouTubeにはプレロール、ミッドロール、エンドロール広告があるが、TikTokの広告は動画と動画の間に表示される(広告主も日に日に賢くなっており、人気トレンドをみんなと同じように繰り返して普通のTikTok動画のように見せてくるため、ユーザーはしばらくして突然動画が洗顔料か何かを売ろうとしていることに気づくのである)。TikTokの途中で広告が再生されることはなく、あまり煩わしくないユーザー体験を提供している。これに対してYouTubeは広告なしのYouTube Premiumプランを月額11.99ドル(1180円)で提供している。

TikTokもYouTubeに倣ってより多くの広告を挿入して収益を上げ、クリエイターへの報酬を増やすことができるだろう。しかしそれはかなり迷惑な話であり、またTikTokがお金に困っているとも思えない。もう一度いうが、ByteDanceは2021年に580億ドル(約6兆6500億円)を稼いだのである。TikTokのクリエイターファンドは2億ドル。これはTikTokの親会社の収益の0.3%にあたり、その0.3%が複数年にまたがってクリエイターファンドに費やされているのである。

TikTokがクリエイター経済に革命を起こしているというが、実際はクリエイターたちがプラットフォーム上で寄せ集めたオーディエンスを構築し、活用しているというところが正確だ。ただし数字を見ると、TikTokは実際にクリエイターを支援するために十分な資金を一切投入していないのである。

画像クレジット:Bryce Durbin / TechCrunch

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(文:Amanda Silberling、翻訳:Dragonfly)

【コラム】DAOはメディアに革命をもたらすのか、それとも金持ちの遊び場を作るだけだろうか?

2021年11月に、ConstitutionDAOという何千人もの暗号資産ファンを擁する仮想フラッシュモブが、米国憲法の初版の1つを購入するために約4500万ドル(約51億8000万円)をクラウドファンディングした。オークションには敗れたが、彼らはすでに、ニュースレター会社MorningBrewが配布した絵文字入りのスウェットシャツのラインを立ち上げていた。

ソーシャルメディアに無数のミームを氾濫させ、クラウドファンドへの参加を呼びかけたこの動きは、今やベンチャーキャピタル界で大流行している自立型分散組織(DAO、Decentralized Autonomous Organization)の一例にすぎない。Bitcoin Core(ビットコイン・コア)のようなオープンソースプロジェクトと同様に、DAOプロジェクトには自発的な参加者と受動的なフォロワーの両方が含まれており、その多くは有償のコアコントリビューターによって管理されている。コントリビューターに報酬を支払うためにどのように資金が集められるかは、プロジェクトによって大きく異なる。

他にも、Andreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)が支援するFriends with Benefits(FWB)など、複数のDAOプロジェクトが6億ドル(約692億円)を超える資産を運用している。DJやイベントコーディネーターの経験を持つFWBのリードオーガナイザーAlex Zhang(アレックス・ザング)氏は、2021年5月に収益性の高いDAOを統括しており、同クラブでは現在、奨学金プログラムを設けて四半期ごとに最大40人の奨学生を受け入れているという。このプログラムは最長3年間の資金提供を受けている(それ以外の場合はフルメンバーとして約8000ドル[約92万円]を要する)。

人々は、アイデアが即座に資金調達につながるか、立ち消えとなるかを確認する目的で自発的にDAOを開始することも多く、また暗号資産に関する試みを行うためのよりソーシャルな方法を含む、さまざまなネットワーキングの機会のためにDAOに参加することもある。ここで話を戻すと、これらのDAOの多くは、基本的に暗号資産を利用するメディア企業である。DAOと、The Informationのような(フィアットの)サブスクリプションファンドによる組織の間には、重複する部分も数多くあるが、主な違いは、FWBがジャーナリズムのイベントではなくパーティーを開くことだ。

手短にいえば、FWBは投資家の友人たちのグループで、2020年9月に資金をプールし、自分たちのクラブに入ってトークンを買いたいと望むEthereum(イーサリアム)ファンを募ったものだ。その後、マイアミ、パリ、ニューヨーク、ロサンゼルスでトークン保有者のための独占パーティーを開いた。ザング氏によると、FWBには現在、2000人の正会員に加えて、より安価な読み取り専用または地域限定のメンバーシップを持つ少数のファン集団が含まれているという。

「ZINE(個人やグループで制作する出版物)のようなマルチメディア資産を作成する編集・コンテンツチームを組織し、他の形式のコンテンツにも確実に移行しています。近々ラジオ局を立ち上げ、さまざまなDJをブックする予定です」とザング氏は語る。「私たちはサブスクリプション料金モデルから資産保有に移行しつつあります」。

特に有名なDAOとしては、ジャーナリストのDaisy Alioto(デイジー・アリオト)氏とKyle Chayka(カイル・チェイカ)氏が創設したニュースレターDAOプロジェクトDirt、Uniswap(ユニスワップ)のようなツールのユーザーのための暗号資産取引DAO、さらにFWBやPleasrDAOなどの暗号資産ソーシャルクラブが挙げられる。PleasrDAOのようなアートに特化したDAOは、JPEGからレアなアルバムまでのあらゆるものを含むアートコレクション収集のために数百万ドル(数億円)を集め、分配している。

PleasrDAOの共同創設者であり、2014年のEthereumトークンの最初の販売に参加したJamis Johnson(ジャミス・ジョンソン)氏は、次のように述べている。「DAOの会員総数は74人です。他のDAOと同様に、絶え間ない浮き沈みがあります。フルタイムの従業員として専任のオペレーターが在籍しており、約5人ほどになると思います。主なコミュニケーション手段はTelegram(テレグラム)です」。

これまでのところDAO参加者のほとんどは、さまざまなDAOにわたり、Ethereumの共同創設者Joe Lubin(ジョー・ルービン)氏のポートフォリオに属するMetaMask(メタマスク)、Gitcoin(ギトコイン)、Gnosis(グノーシス)、Infura(インフラ)といった企業に依存している。特にMetaMaskは現在、月間アクティブユーザー1000万人を擁しているという。また、Gitcoin DAOは6億4300万ドル(約741億円)を超える資産を持つと推定されている。

GitHubがスポンサーとなった調査によると、2021年時点で、DAO参加者422人のうち33%がFWBのようなDAOから月に1000〜3000ドル(約11万5000~約34万6000円)を受け取っている。回答者は主に、2020年以前からEthereumプロジェクトに深く関わっていた若い男性だった。現在のDAO参加者のほとんどが富裕層の暗号資産ファンだとしても、それはこのムーブメントのより広範なゴールではない。

FWBの投資家であり、The New York Times(ニューヨーク・タイムズ)がSubstack(サブスタック)やPatreon(パトレオン)、暗号ブログプラットフォームMirror(ミラー)といったクリエイターエコノミー企業の背後にいる「It Girl」投資家と呼ぶLi Jin(リー・ジン)氏の言葉を借りれば、DAOの目指すところは「暗号資産への新規参入者のためのフロントドア」になることだ。

その一方で、一部の機関はすでにDAOを受け入れており、ビジネスを行っている。ConstitutionDAOはSotheby’s(サザビーズ)に入札し、PleasrDAOは希少なWu-Tang Clan(ウー・タン・クラン)のアルバムをUnited States Department of Justice(米国司法省)から直接購入した。ワイオミング州は2022年に入り、DAOを州として初めて独自の法制度として認めている。ただし、申請手続きはまだ難しく、制約が課される可能性もある。

DAO MastersとFWBのメンバーであり、環境に焦点を当てたEcoDAOの創設者であるDavid Phelps(デイヴィッド・フェルプス)氏は、現時点で少なくともDAOムーブメントにより、人々の慈善活動への寄付が促されていると述べている。実際、このスペースには、奨学金プログラムやさまざまな慈善活動への数百万ドル(数億円)の寄付があふれている。

「ドルのエコトークンをリリースすれば、私たちはすべて問題なく支払いを受けることができるでしょう」とフェルプス氏は語り、自らのDAOの試みに言及した。先住民の土地改革と熱帯雨林の再生のための慈善事業に、これまでのところ3万7000ドル(約427万円)余りが集まっている。「ですが当面の目標は、アーティストたちが互いに支え合い、生涯にわたって収入を得られるような持続可能なエコノミーを作ることです」。

参加するには費用がかかり、困難がともなうかもしれないが、DAOムーブメントはすでに「ステータスを寄付に結びつけ、人々にパーティーの支払いを促し、意義のある大義にお金を再配分する」ことで価値を高めることを促進していると同氏は付け加えた。

しかし、このきらびやかな部屋の中の象は、Ethereumのベテランであっても、これらの数百万ドル規模の暗号資産クラブのメンバーがどのように税金を支払うかを誰も認識していないことを意味する。DAOムーブメントに関わっている中産階級の参加者たちの多くは、彼らが数千ドル(約数十万円)もの税金をため込んでいることに気づいていない。

「私たちは多くの請負業者や開発者、DAOのために働いている人々が税金申告の要件を知らないのを目の当たりにしてきました」と、Gordon Law(ゴードン・ロー)の税理士Andrew Gordon(アンドリュー・ゴードン)氏は話す。「通常、こうした事業者は1099(米国税庁の個人事業主向けの申請書)を発行する必要があります。社会保障番号なしでどうやって発行するのでしょうか?1099を提出しないと罰則が科せられます」。

さらにゴードン氏は、こうしたDAOの多くはフリーランスのコントリビューターやオペレーターに、ドルやその他の通貨ではなく独自のメンバーシップトークンで支払っていると付け加えた。これはトークンの「公正な市場価値を決定する責任は納税者に帰する」ことを意味する、とゴードン氏。DAOが自動的にNFT(非代替性トークン)をメンバーに贈与する場合、これは納税義務についての疑問を提起するかもしれない。2022年の納税シーズンが到来したとき、これらのデジタル資産の価格が急落すると、一部のDAOコントリビューターは支払い能力を超える税金を支払う義務を負う可能性がある。

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    FWB Paris party(画像クレジット:Alex Zhang)
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    FWB Paris party(画像クレジット:Alex Zhang)
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    FWB Paris party(画像クレジット:Alex Zhang)

「受け取った暗号資産が、受け取った時点での公正な市場価値に基づいて課税されることを知らなかった人から、電話がかかってくることがよくあります」とゴードン氏は続ける。「NFTとの関係でさらに複雑化する点は、評価の問題【略】最低価格と平均市場価格のどちらがその価値になるのでしょうか」。

すでに多くの若者たち、前述のDAOに参加する余裕がない人たちが、これらの試みを模して独自のものをローンチしている。Shannon Li(シャノン・リー)氏のケースもそうだ。

同氏は2018年に大学を卒業した後、パンデミックの初期には嫌だった仕事を辞め、それ以来コーディングのブートキャンプに参加している。現在独自のDAOを作っているが、それは人気の高いDAOの会費を払う余裕がなく、自分が応募した無料のオポチュニティにも反応がなかったからだ。こうして同氏は、トークンなしで開始することで、法的リスクを巧みに軽減することに成功した。

「DAOの最大の懸念は、実際には合法性と弁護士費用です」とリー氏は言い、DAOトークンの中には証券として規制されるものもあるかもしれないと指摘した。「このことは、トークンの販売が流通市場で行われるサービスではなく、サービス・フォー・サービスのDAOを作成したいと思う大きな理由です」。

リー氏は、女性のための暗号資産教育コンテンツに焦点を当てた80人で構成されるDiscord(ディスコード)サーバー、WEKrypto DAOを立ち上げた。最終的には、DAOにトークンゲートのグループチャットとNFTのイベントチケットを導入する計画だ。今のところ、ブートストラップ段階では「暗号資産についてもっと学び、他の人たちも利用できるように公開し、願わくば共有学習のジャーニー上で関係を築いていく」ことに注力している。

このムーブメントが、ルービン氏やVitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)氏のようなEthereumの創設者たちによって育まれ、サポートされた企業を超えて成長するにつれて、DAOのエコシステムがどのようになるかはまだわからない。(すでに一部の人たちは、Bitcoin[ビットコイン]やSolana[ソラナ]のようなブロックチェーンを使いながら、同様のDAOのコンセプトを実装し始めている。)明るい面としては、FWBやIndex CoopのようなDAOにより、このムーブメントの多様性を改善するための多くの取り組みが始まっていることだ。

「私たちのコミュニティは、参加できなかったアーティストやクリエイター、その他の人たちに報いるために、1万8000のトークンを使ったフェローシッププログラムを立ち上げました」とザング氏はFWBについて語っている。「私たちは、普遍的な基本的資産の所有権を提供しています。この世界で何かを創造しているのであれば、その価値の一部を手に入れることができるはずです」。

今日でも、DAOたちが使っているツールは実験的なものだという見方が依然として大勢を占めている。Awesome People Ventures(オーサム・ピープル・ベンチャーズ)の創設者で、PartyDAOを含む複数のDAOのメンバーであるJulia Lipton(ジュリア・リプトン) 氏は、広く使われているGnosis Safe(グノーシス・セーフ)ウォレットに数百万ドル相当のデジタル資産を保有することは依然として「リスクを感じ」、DAO実験の技術面を完成させるには「途方もない時間」を要することが多いと述べている。技術的な問題に加えて、中間層のユーザーにとっては取引手数料が法外に高い場合もあるという。

「先は長いです。税金や規制だけでなく、DAO全般に関しても、未知のものが山ほどあります。コミュニティの所有権という概念については、まだ完全には解明されていません。私たちはこれらのプロジェクトをすべてA/Bテストし、公の場で実験を行ってきました」とリプトン氏は語る。

リプトン氏がDAO Mastersの設立に協力したのはそのためである。何十万ドル(何千万円)もの資金をクラウドファンディングして、新規参入者がDAOに関わるオポチュニティ、スキル、リスクについて学べるように支援した。

「私が最も情熱を注いでいることの1つは、価値の創造が価値の帰属と分配に結びつくことです。うすればより公正で公平なシステムを作ることができるでしょうか?」とリプトン氏はいう。

最終的には、DAOムーブメントの主要なインサイトは、他の方法では難解なメタバースに属しているという感覚に対して、人々がどれだけのお金を払おうとしているかということかもしれない。DAOのメンバーは、受動的なオーディエンスではなく、トライブ(同じ志を持つ人々の集まり)である。そのため、彼らは自分たちが代表されていると感じるメディアや体験に対して(お金か労働力のどちらかで)喜んで支払う。

あらゆる暗号資産トレンドと同様に、この帰属意識は金持ちになるという希望によって増幅される。DAOの参加者の中には、表立ったコメントは控えたものの、参加者自身のスタートアップやDAOに投資する可能性のある投資家とネットワークを作りたいと考えてDAOに参加していることを強調する向きもあった。

それは、Andreessen Horowitzの投資家ネットワークで埋め尽くされたDAOに所属することの魅力の一部だ。ジン氏は自身もこの巨大ファームの出身であり「(FWBの創設者である)Trevor McFedries(トレヴァー・マクフェドリーズ)氏とは何年来の友人」であると語っている。またザング氏は、マクフェドリーズ氏がFWBに招かれるずっと前から個人的な友人だったという。DAOのメンバーは、彼らの友人を定期的に高額な雇用や投資のオポチュニティに招待する。これらの暗号クラブに参加することは、いくつかの点で、アイビーリーグの友愛会に匹敵する。

一方、FWBの投資家であるジン氏は、Twitter(ツイッター)やポッドキャストで、クリエイターがより直接的にユニバーサルベーシックインカム(UBI)の恩恵を受けられるようになることへの期待を率直に語っている。ニュースレターのDirt(ダート)やForefront(フォアフロント)のライターたちのプログラムのようなDAOのその他の実験は、DAOの将来の可能性を垣間見せてくれる。それは、お互いのベンチャー支援によるグループチャットに投資している裕福な友人たちだけにとどまらない。

Forefrontのライターへの支払い能力は1稿当たり400ドル(約4万6200円)ほどで、数百人のトークン保有者を抱えるコミュニティの成長に支えられているが、目につくものではない。税金の問題やEthereumの取引手数料を考慮しても、その価格は一部の主要な従来型の小売店が最近ライターに支払っている額と変わらない。DAOのアドボケートたちが、より公平で分散化されたメディアのエコシステムを目指していると信じていることは明らかだ。コンプライアンスモデルが出現して初めて、リスクと責任がこれらのネットワークにどのように分散されるかが明らかになる。

「DAOは潜在的に、労働市場が機能する新しい方法と新たな経済的インセンティブを解き放ちます」とリプトン氏は語る。「コミュニティのトークンが長期的にどうなるかはまだ結論が出ていませんが、コミュニティの所有権という概念は残るでしょう」。

情報開示・著者はKomorebi CollectiveDes Femmes DAOの2つのDAOプロジェクトの創設メンバーである。

画像クレジット:Andrii Yalanskyi / Getty Images

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(文:Leigh Cuen、翻訳:Dragonfly)

【コラム】フツーのクルマを作ってください

最近のクルマは賢くあるべきところがフツーで、フツーであるべきところが賢い。勘弁して欲しい。ほとんどフツーのクルマを作って売ってみて欲しい。自動車メーカーが人々に与えているものはあまりにひどいので、消費者は余分に払ってでも少ししかついていないものを買うだろう。

最近のクルマは車輪付きの格安スマートフォンのようだ。ソフトが山ほどプレインストールされていて使いにくて動きが鈍い。自動車メーカーは常にユーザーインターフェースで苦労しているが、つい最近まで我々にとって最大の問題は「ツマミが多すぎる」ことだった。あの日々がなんと懐かしいことだろう!

タッチスクリーンと液晶のまん延によって、あらゆるクルマがカラオケルームのようになってしまった。アニメーションがブレーキで再生されたエネルギーを示し、スピードメーターは制限速度に近づくにつれて色を変え、ファンの速度や方向は3階層メニューの奥にある。機能を果たさないだけでない、このインターフェースは醜悪だ!UIの種類もレイアウトもアニメーションも「委員会がデザインして使う必要のない人に承認された」と叫んでいる。

もちろんプライバシーとセキュリティも心配だ。私が初めてクルマにGPSが付いているのを見たのは、20年ほど前、母親の古いRX300だった。「そうか、そうやって捕まえるのか」と私は思った。そして今、支払いが遅れたTesla(テスラ)は自分自身を拘束する。ようこそ、未来へ。あなたのクルマは潜入捜査官です。

輪をかけた屈辱は、これらの機能が大衆向けではなく、高級オプションとして売られていることだ。スクリーンはあまりに安いので、大量に買ってきて、どこにでも何にでもつけて、客には「次世代のモビリティーをお楽しみにください!」ということができる。しかし、実際にはこれはコスト削減対策であり、部品数を減らし、ダッシュボード開発チームはずっと楽をできる。その証拠に、ハイエンドモデルはノブとダイヤルに戻って「プレミアムなフィール」などと称している。

だから私が欲しいのは「フツーのクルマ」だ。私の考えるイメージを描いてみよう。

敢えてバカになれ

何よりもまず、スクリーンは一切いらない。これにはいくつか理由がある、実用的にも審美的にも。

実際のところ、この手のスクリーンがやることのほぼすべてを、すでにスマートフォンがやっている。ひどく時代遅れで、のろまで、メーカーブランド付きのSpotify(スポティファイ)やApple Music(アップルミュージック)のアプリなど必要ない。自分のスマホが完璧にこなしている。同様に、カーナビもスマホが完璧にやってくれる。いうまでもなく、すでにボイスコマンドも使える。

GPSやデータ(あるいは隠しマイクや隠しカメラ)がないことによって、あなたのクルマのプライバシーは当然高まる。それでもやつらはあなたのスマホにつながることはできるが、少なくとも、動きを追跡するためには昔のように車体の下にGPSパッケージをつける必要がある。

画像クレジット:Bryce Durbin / TechCrunch

メディア利用に関して言えば、AUX(補助)入力があればすべて事足りる。充電ケーブルも兼ねているし、他の新しいデバイスといつでも交換できる。ちょっとスマートなケーブル配線がなされていれば、スマホをコックピット周りの便利な場所にマウントできる。ただし、運転中に見たりタッチしろという意味ではない。Bluetoothが欲しいなら、ドングルを買えばよい。どうしても必要なものはボリュームつまみと、たぶん、ハンドルに付いた基本的な3ボタン再生コントロールくらいだろう。

大きなセンターLCDについているエアコン制御については2~3個ノブがあればいい。あの「ゾーン」なるものが実際機能すると思っている人は、いないよね?ゾーンが必要になるほど大きなクルマはない。青~赤のダイヤル、風力調整、エアコンと送風の切り替えがあれば十分だ。

計器クラスターには、普通の針式メーターがあればよい。スピード、燃料、オイル、水温、あとはチェックエンジン、タイヤ圧低下などいつものランプ群。

美的観点からいって、私はこれらのメーター類のデジタル・バージョンがいつも気に入らなかった。ドライバーは路上に集中すべきなのに、パネル内で常に変わり続ける鮮やかな情報表示には気を散らされる。メーターの針の目盛りの69と70の差は3mmほどで、67と68、68と69の差も同じだ。この連続的で予測可能な変化は直感的でありどんな運転目的にも十分な精度がある。デジタル表示の数字は大きくて瞬きがちで、71から69に変わる瞬間ドライバーの注目を引き続ける。2つの数値はまったく違って見えるので、視野の隅で確認するのは難しい。

シンプル、かつ安全に

メディア機能とカーナビをなくすことで、多くのコンピューティング能力を載せる必要はなくなるが、全部なくして欲しいわけではない。ここ数年、すべての新車に搭載することが義務付けられている安全機能がいくつか導入された、スマートなものもそうでないものも。トラクションコントロール(タイヤの滑りを制御する)やブラインドスポットモニター(後側方警戒支援)、車線逸脱警報、さらには自動緊急ブレーキ装置にもある程度のCPU能力が必要であり、使用されるべきだ。命を救うのだから。バックカメラは多くの人たちが手放したくないものの1つだろうが、基本的な近接センサーがどれほど役に立つかを知ったら驚くだろう。

エンジン自体も昔よりはるかにコンピュータ化されている。ただし室内のコンピュータ化とは異なり、これにはプラス効果がたくさんある。燃費改善、排ガス減少、信頼性向上、保守のための診断の簡易化などだ。安全で敏感なペダルとハンドルに必要なエレクトロニクスの正確なレベルが何かは議論のあるところだろうが、そこは専門家に委ねる。

実は、ウィンドウとドアロックのマニュアル式も提案する誘惑にもかられたのだが、それはわざとらしたの一線を越えそうだ(すでに大きく踏み出しているかもしれないが)。我々はビンテージカーを作ろうとしているのではない。過剰なテクノロジーを廃した現代のクルマを作りたいだけだ。ちなみにパワーシート位置調整は、今でも贅沢品だ。レバーを使おう。

私が提案したものはガゾリン車に限らないで念の為。電気自動車もまったく同じく悪い方向に走っている。これはノスタルジアではなく、有害なのに広く受け入れられているデザイン哲学を捨てようと言っている(わかった、多少のノスタルジアはある、でもほんの少しだけだ)。

もちろん、私の提案はシンプルさを謳っているにも関わらず、おそらく一種の高級車の類に行き着くだろう、つまりコストの最小化を目指しているわけではない。事実上現存するすべてのクルマは「最新」テクノロジーで設計されており、それは既存の金型や組み立て作業、品質管理などからの大がかりな離別を意味している。加えて、私はこのコンセプトが多くの人々を引きつけると思っているが、そんなに売れるものではない。ニッチなクルマであることに間違いはなく、価格はそれを反映したものになるだろう。

それでも、私が欲しいのは、すでに所有している他のデバイスのように通知を送ってきたり、ベルを鳴らしたり、エラーを報告してきたり、私に許可を求めたり、アップデートが必要になったりするような高圧的なところのないクルマだ。偽りの「昔はよかった」議論はおくとして、今の一連の機能にはとにかく大した意味がなく、もちろんそのでしゃばり方や質の悪さは正当化しようがない。ドライバーが運転するための、そしてみんながポケットに入れて持ち歩いているスーパーコンピューターを置き換えようするのではなく、必要なものを提供することに焦点を当てたクルマを作ることが、いったいどんなものなのか考えてみよう。

画像クレジット:Bryce Durbin / TechCrunch

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】失望させられる投資家の8つの典型:創業者が投資家のアーキタイプにはまってしまうのを防ぐ方法

筆者は先に、すべての資本が平等に創出されているわけではないこと、そして私たちが超潤沢な資金調達の時代に生きていること、多くの点で創業者にとって今までで最高の時代であることを論じた記事を執筆した。

このような環境では、どの投資家も、独自の価値をどのように付加できるかについてよく練られたピッチを持っている。高成長スタートアップの創業者であるということは、これまでに経験したことのない多くの状況に遭遇することを意味しており、ビジネスを構築する際にパートナーとなる投資家を選ぶことは鍵となる決定事項である。このコンテキストでは、排他的な付加価値の約束が深く共鳴する。

驚くべきことに、ほとんどの創業者は、投資家から受け取る実際の価値が必ずしも約束されたものと同じではないことに気づく。筆者はすばらしい投資家たちと仕事をする機会を得てきた。彼らは創業者たちと優れた思考パートナーシップを築いている。彼らは企業の軌道を変える決断をする上で非常に価値があり、有能な人材を惹きつける力を持ち合わせている。

ベンチャー投資は見習い的なビジネスであり、私は偉大な投資家から学ぶ機会を得るたびに謙虚になる。しかし、創業者たちと話をしてみると、彼らが選んだ投資家たちは、資金提供後にさまざまな典型的行動を示しているようだ。そのすべてが価値を付加するのでなく、価値を損なうものとなっている。

創業者たちが価値の約束を越えたものを見据えるのを手助けするという精神に基づき、創業者たちが投資を受けた後に経験する投資家との関係の一般的な典型についていくつか掘り下げてみよう。創業者も投資家も、ユーモアのセンスを持ってこれらの典型を読み解いて欲しい。「シリコンバレー」にまつわる秀逸のエピソードのように、効果を意識した誇張も多少含まれているが、それほど多くはない。

失望させられる投資家の8つの典型

ナルシスト:ナルシストは完全に自己中心的であり、自分たちのファームがいかに優れているか、そして自分たちがいかに優れているかなど、すべてが常に自分たちに関するものである。彼らは自分自身に夢中になっていて、創業者たちが実際に何を求めているのか、何を必要としているのかを理解するために時間をかけることはない。ナルシストの中には全盛期をとっくに過ぎてしまっていて、単に過去の成功に乗じようとしているだけの人もいるかもしれない。あなたのスタートアップに価値をもたらすことはないだろう。

ハンマーを持った子ども:この投資家は「私がGoogleにいたときはこういうことをやっていた」とか「Airbnbの役員だったとき、こんなことをやった」などとアドバイスする。彼らはハンマーを持っていて、目にするすべての問題は、打ち付ける釘のように見えている。その針は一様で、彼らが自身のプロフェッショナルなキャリアで経験した意義深い経験の中でしたことと同じ方法で打てると思っている。彼らには、問題にアプローチし解決する方法が他に10通りあるかもしれないという視点が欠けている。特に破壊的な「幹部をクビにする」ハンマーを持っている投資家もいる。

知ったかぶり:ミーティングに参加しているが、創業者を含めて誰の意見も聞きたくないと思っている投資家だ。「私は彼らのシリーズCの前にFacebookに投資している。ゆえにあらゆる答えを持っている」。創業者や他の取締役会メンバーを尊重していないため、重要なリレーションシップと取締役会の力学を損なっている。また「OKR」や「経常収益」といった彼らが特に好む特効薬を、そのビジネスや状況に適しているかどうかを理解せずに持っている可能性もある。

人の言いなりになる人(別名おべっか使い):この投資家は、決してあなたに厳しいメッセージを伝えることはない。彼らは次の会社への推薦を望んでいるので、常に創業者と友達になろうとする。ミーティングにふらりと立ち寄り、ディナーや豪華なスキー旅行に招待してくれる。しかし、難しい局面になると「創業者が望むものは何でも正しい答え」という姿勢を取り、思考のパートナーとはならず、価値ある視点をもたらすこともない。

サービスルーター:分厚いRolodex(ローロデックス:回転式名刺ホルダー)を持つ人を求めているなら、サービスルーターがある最適な場所に来たことになる。CFO、またはセールスマネージャーが必要?サービスルーターは人を教えてくれるが、卓越性を目指すこともなければ、例えば新しいセールス担当VPにどんな良さがあるか創業者が理解するのを助けることもない。サービスルーターはポートフォリオ企業間の再循環を得意としている。問題は、その人材はある企業では良い仕事をしたかもしれないが、あなたのスタートアップには適さないということだ。

Needy Ned(ニーディ・ネッド、誰かの注意を引こうと飽くなき追及をする人のこと):この投資家は、その過程で彼らが付加価値を生み出しているかどうかに関係なく、あなたの会社が行うすべてのことに関わろうとするので、あなたをイライラさせるだろう。これは、彼らが取締役会に参加した最初の会社ということかもしれないし、彼らはベンチャーファームの若手であるかもしれない。あなたが自分のビジネスの運用上の詳細をすべて話していないのに、彼らが驚いて憤慨したとき、Needy Nedを相手にしていることがわかるだろう。Needy Nedのもっと厄介なバージョンは、単に関わりたいということに留まらず、創業者の手からハンドルを奪おうとして、自分たちのやり方で物事を進めようとする人だ。

数字に執着する人:この投資家にとって、ビジネスは大きくて複雑なスプレッドシートであり、すべては数または比率にまとめることのできるものだ。彼らは通常、プライベートエクイティ、投資バンキング、または成長投資に由来しており、一般的に、レベニューチャーン、ARRや「マジックナンバー」といった用語を使用する。しかし困ったことに、彼らは数字の背後にあるストーリーを理解しておらず、数字を動かすために何が必要なのかも把握していない。

ドライブバイ(次の場所へ移動したり別のことをするために手短に済ませる意):投資家があなたのところに資金を送ってきた後、あなたの邪魔をしないように望むなら、ドライブバイはあなたのために存在している。彼らはマシンを取引している。あなたとの取引が成立する前であっても、すでに次の取引を行っている。2年が経過する頃には、彼らは他に10件の取引を完了しており、創業者や企業としてあなたに興味を持つことはない。取締役会に1、2回出席するかもしれないが、出席中はメールをチェックして、最新の取引を確定させるだろう。

創業者への私の思い

残念なことに、創業者たちは日々このような典型にはまっている。あなたが資金調達の選択肢を検討する際、留意すべき点をいくつかお伝えしたいと思う。

人はファームよりもはるかに重要である。ブランドを買うのではなく、人を手に入れよう。その人に対してデューデリジェンスを行って欲しい。創業者たちと話し合い、投資家があなたに提供するリファレンスを、あなた自身のバックチャネルを使って掘り下げる。あなた、共同創業者、既存の取締役会の間でパーソナリティとスタイルが一致していることを確認しよう。さらに、投資家の知識と過去の経験がビジネスと一致していることを確かめることが重要である。

その人とファームの両方があなたのビジネスを本当に理解していることを確認する。これを評価する良い方法の1つは、彼らがあなたのプロダクトにどれだけ勤勉であるか、そして彼らがサードパーティによって行われたコールトランスクリプトをレビューするのではなく、個人的に顧客と話をしているかどうかを調べることだ。投資家が、投資前にあなたが築き上げているものを真に理解するための時間を取らない場合、投資後にそれを理解し、さらに重要なことに、価値ある思考パートナーになる可能性はどのくらいあるだろうか?

誰もが好天時の船乗りである。ただし、失敗や小さなミスがあると(拙著『Anticipate Failure』で指摘しているように、それは間違いなく起こる)、最悪の行動が彼らの醜態を助長してしまう。重要な決定を下す必要があるときや、状況が厳しくなったときに、その人がどのように行動するかを検証しよう。検証手段としては、その投資家に自分たちの投資先の中で最も業績の悪い会社を紹介してもらい、うまくいっていないときに彼らがどのように行動していたかを直接聞く方法がある。

付加価値のエビデンスをチェックし、定量化が可能な方法でタームシートに記入する。彼らが人材採用を支援すると言ったら、最初の2四半期の目標を書いてもらう。彼らが顧客を支援できると言ってきたら、彼らが追加することにコミットする収益額を正確に尋ねてみよう。もし彼らが、自分たちのブランドが独立系取締役を惹きつけるというのであれば、彼らが配置した取締役に話を聞いてみて欲しい。

時間をかけて投資家との相性を見つければ、優れたものを構築するチャンスを最大化することができる。取締役会の中でたった1人の悪い投資家であっても、あなたの成功の可能性を大きく損なう可能性があり、残念ながら私はそのようなことを何度か見てきた。

約束や評価、小切手のサイズに惑わされないようにしよう。これらは一時的なものであり、その輝きから生まれるシュガーハイは長くは続かない。目標に目を向け、投資家を賢く選定して欲しいと願っている。

編集部注:Lak Ananth(ラック・アナント)氏は、グローバルなベンチャーキャピタル企業であるNext47の創業CEO兼マネージングパートナー。10億ドル(約1155億円)の評価額を超えて成長を支援した複数の企業の役員を務めている。

画像クレジット:nitiwa / Getty Images

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(文:Lak Ananth、翻訳:Dragonfly)

【コラム】アジャイルなスタートアップモデルに倫理観を導入する時代がきた

アイデアを得て、チームを作り、「実用最小限の製品(MVP)」を完成させてユーザーに届ける。これは誰もが知っているスタートアップの事業の進め方である。

しかし、人工知能(AI)や機械学習(ML)がハイテク製品のいたるところに導入されるようになり、意思決定プロセスにおいてAIが人間を補強、または代替することの倫理的意味を市場がますます意識するようになった現在、スタートアップはMVPモデルの再考を迫られている。

MVPモデルとは、ターゲット市場から重要なフィードバックを収集し、製品の発売に向けて必要な最小限の開発に反映させるというもので、今日の顧客主導型ビジネスを推進する強力なフィードバックループを生み出している。過去20年間で大きな成功をもたらした、スマートでアジャイルなこのモデルは、何千社ものスタートアップを成功に導き、その中には10億ドル規模に成長した企業もある。

しかし、大多数のために機能する高性能な製品やソリューションを構築するだけでは、もはや十分ではない。有色人種に偏見を持つ顔認識技術から、女性を差別する信用貸付アルゴリズムまで、ここ数年間でAIやMLを搭載した複数の製品が、その開発とマーケティングに何百万ドル(何億円)も注ぎ込まれた後に倫理的ジレンマが原因で消滅している。アイデアを市場に出すチャンスが一度しかない世界でこのリスクはあまりにも大きく、安定した企業であっても致命的なものになりかねない。

かといってリーンなビジネスモデルを捨て、よりリスク回避的な代替案を選ばなければならない訳ではない。リーンモデルの俊敏性を犠牲にすることなく、スタートアップのメンタリティに倫理性を導入できる中間領域があるのだが、そのためにはスタートアップの最初のゴールとも言える初期段階の概念実証から始めると良い。

そして企業はMVPを開発する代わりに、AI / MLシステムの開発、展開、使用時に、倫理的、道徳的、法的、文化的、持続可能、社会経済的に考慮するアプローチであるRAI(責任ある人工知能)に基づいた倫理的実行可能製品(EVP)を開発して展開すべきなのである。

これはスタートアップにとってだけでなく、AI / ML製品を構築している大手テクノロジー企業にとっても優れた常套手段である。

ここでは、特に製品に多くのAI/ML技術を取り入れているスタートアップがEVPを展開する際に利用できる、3つのステップをご紹介したい。

率先して行動する倫理担当者を見つける

スタートアップには、最高戦略責任者、最高投資責任者、さらには最高ファン責任者などが存在するが、最高倫理責任者はそれと同じくらい、またはそれ以上に重要な存在だ。さまざまなステークホルダーと連携し、自社、市場、一般の人々が設定している道徳的基準に適合する製品を開発しているかどうかを確認するのがこの人物である。

創業者、経営幹部、投資家、取締役会と開発チームとの間の連絡役として、全員が思慮深く、リスクを回避しながら、正しく倫理的な質問をするよう、とりはからうのもまたこの人物の仕事である。

機械は過去のデータに基づいて学習する。現在のビジネスプロセスにシステム的な偏りが存在する場合(人種や性別による不平等な融資など)、AIはそれを拾い上げ、今後も同じように行動するだろう。後に製品が市場の倫理基準を満たさないことが判明した場合、データを削除して新しいデータを見つけるだけでは解決しない。

これらのアルゴリズムはすでに訓練されているのである。40歳の男性が、両親や兄妹から受けてきた影響を元に戻せないのと同様に、AIが受けた影響も消すことはできない。良くも悪くも結果から逃れることはできないのだ。最高倫理責任者はAI搭載製品にそのバイアスが染み込む前に、組織全体に内在するそのバイアスを嗅ぎ分ける必要がある。

開発プロセス全体へ倫理観を統合する

責任あるAIは一度きりのものではなく、組織のAIとの関わり合いにおけるリスクとコントロールに焦点を当てた、エンド・ツー・エンドのガバナンスフレームワークである。つまり倫理とは、戦略や計画から始まり、開発、展開、運用に至るまで、開発プロセス全体を通じて統合されるべきものなのだ。

スコーピングの際、開発チームは最高倫理責任者と協力して、文化的、地理的に正当な行動原則を表す倫理的なAI原則を常に意識するべきである。特定の利用分野において道徳的な決定やジレンマに直面したとき、これらの原則はAIソリューションがどのように振る舞うべきかを示唆し、アイデアを与えてくれるだろう。

何より、リスクと被害に対する評価を実施し、身体的、精神的、経済的に誰も被害に遭っていないことを確かめる必要がある。持続可能性にも目を向け、AIソリューションが環境に与える可能性のある害を評価するべきだ。

開発段階では、AIの利用が企業の価値観と一致しているか、モデルが異なる人々を公平に扱っているか、人々のプライバシーの権利を尊重しているかなどを常に問い続ける必要がある。また、自社のAI技術が安全、安心、堅牢であるかどうか、そして説明責任と品質を確保するための運用モデルがどれだけ効果的であるかも検討する必要がある。

機械学習モデルの要素として重要なのが、モデルの学習に使用するデータである。MVPや初期にモデルがどう証明されるかだけでなく、モデルの最終的な文脈や地理的な到達範囲についても配慮しなければならない。こうすることで、将来的なデータの偏りを避け、適切なデータセットを選択することができるようになる。

継続的なAIガバナンスと規制遵守を忘れずに

社会的影響を考えると、EUや米国などの立法機関がAI/MLの利用を規制する消費者保護法を成立させるのは時間の問題だろう。一度法律が成立すれば、世界中の他の地域や市場にも広がる可能性は高い。

これには前例がある。EUで一般データ保護規則(GDPR)が成立したことをきっかけに、個人情報収集の同意を証明することを企業に求める消費者保護政策が世界各地で相次いだ。そして今、政界、財界を問わずAIに関する倫理的なガイドラインを求める声が上がっており、またここでも2021年にAIの法的枠組みに関する提案をEUが発表し、先陣を切っている。

AI/MLを搭載した製品やサービスを展開するスタートアップは、継続的なガバナンスと規制の遵守を実証する準備を整える必要がある。後から規制が課される前に、今からこれらのプロセスを構築しておくよう注意したい。製品を構築する前に、提案されている法律、ガイダンス文書、その他の関連ガイドラインを確認しておくというのは、EVPには欠かせないステップである。

さらに、ローンチ前に規制や政策の状況を再確認しておくと良いだろう。現在世界的に行われている活発な審議に精通している人物に取締役会や諮問委員会に参加してもらうことができれば、今後何が起こりそうかを把握するのに役立つだろう。規制はいつか必ず執行されるため、準備しておくに越したことはない。

AI/MLが人類に莫大な利益をもたらすというのは間違いない事実である。手作業を自動化し、ビジネスプロセスを合理化し、顧客体験を向上させる能力はあまりにも大きく、これを見過ごすわけにはいかない。しかしスタートアップは、AI/MLが顧客、市場、社会全体に与える影響を強く認識しておく必要がある。

スタートアップには通常、成功するためのチャンスが一度しかないため、市場に出てから倫理的な懸念が発覚したために、せっかくの高性能な製品が台無しになってしまうようではあまりにももったいない。スタートアップは初期段階から倫理を開発プロセスに組み込み、RAIに基づくEVPを展開し、発売後もAIガバナンスを確保し続ける必要がある。

ビジネスの未来とも言えるAIだが、イノベーションには思いやりや人間的要素が必要不可欠であるということを、我々は決して忘れてはならないのである。

編集部注:執筆者のAnand Rao(アナンド・ラオ)氏はPwCのAIグローバル責任者。

画像クレジット:I Like That One / Getty Images

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(文:Anand Rao、翻訳:Dragonfly)

【コラム】技術支配をめぐる世界的な衝突が激化、敵対国はルール・制限・終わりがない戦略的競争とスパイ活動を展開している

国家の支援を受けた企業スパイ活動に関しては、一見無関係に見える行動を、無作為なもの、重要でないもの、あるいは意味のないものであると一蹴しがちである。

次のことを考えてみて欲しい。中国は、AI、バイオテクノロジー、自動運転車、量子コンピューティング、半導体への数十億ドル(数千億円)規模の投資でシリコンバレーを席巻している。これらの領域の基礎研究開発に巨額の資金を投じているのである。米国に本拠を置く大学の教授たちが中国の研究機関とのつながりを隠しているのではないかという懸念が高まっており、2021年12月にはハーバード大学の教授が連邦法違反で有罪判決を受けたばかりである。

また、これらのセクターに属するテクノロジーCEOの多くが認識しているように、中国とつながりのある企業は、国民、ネットワーク、システムに不正アクセスをしようと絶え間ない活動を続けている。悪意のある行為者たちは、大小を問わず企業に侵入し、エマージングテクノロジー(将来実用化が期待される先端技術)の進歩に関する情報を入手するために、非従来型の情報収集活動を組み込んだ混合オペレーションを採用している。

中国が軍事部門と民間部門を問わず、テクノロジーセクター全体の支配権を獲得しようと世代的な取り組みを行っていることを理解すると、パズルのピースが適切な位置に配置され始める。

今日、私たちの敵対国は、ルールのない、制限のない、終わりのない戦略的競争とスパイ活動という、致命的で深刻なゲームを展開している。近年中国は、自国の戦略目標を推進する目的で、外国の技術とそれに従事する科学者、技術者、企業を分析し、標的にし、獲得するグローバルなシステムを構築してきた。

米国と西側諸国は、この脅威にようやく気づき始めたところである。米国家防諜安全保障センター(National Counterintelligence and Security Center、NCSC)は最近になって「中国は、米国やその他の国々から技術やノウハウを得る目的で、さまざまな合法的、準合法的、違法な方法を用いている」ことを認めている。

一方、米連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation、FBI)は、10時間に1件の割合で中国政府の行動に関する捜査に着手していると報告している。カナダ政府は、政府の資金が敵対的な研究開発プログラムを支援していないことを確認する目的で、すべての科学者へのスクリーニングの実施を義務づける方針である。そして日本は先ごろ、経済スパイ活動に対するサプライチェーン、知的財産、重要インフラの安全性の確保を視野に入れ、内閣レベルのポストである経済安全保障担当大臣を新設した。

NATOでさえ最近、この戦いに介入し、同盟国に中国からの投資を阻止するよう呼びかけており、同盟の設立条約には回復力のある「重要なインフラと産業」が謳われていると指摘した。これは歴史的な宣言といえよう。今日の地政学的な戦いにおいて、企業は好むと好まざるとにかかわらず、その最前線に置かれている。

これを受けて、ワシントン、ブリュッセル、東京は、中国のアーリーステージのテック系スタートアップ、特に「エマージング」や「フロンティア」領域の技術を開発するスタートアップのアクセス制限に対する取り組みを徐々に強化する公算が大きい。これはテック系スタートアップやベンチャーファンドの資金調達にも影響を与えるであろう。米国政府はすでに、FIRRMAおよび2018年輸出管理改革法(Export Control Reform Act of 2018)の形で、米国の技術への中国によるアクセスを阻止または取り消す手段を導入している。規制当局はこれらのツールを本格的に用いて、アーリーステージのテック企業への投資、M&A、技術移転を見直す予定である。

しかし、これでは十分とはいえない。自由世界の政府と企業は、脅威に対抗するために、積極的、持続的、かつ効果的な措置を講じなければならない。

最初のステップは、西側諸国政府がこの難題に立ち向かい、産業を戦場として認識することである。そうすることで、企業の取締役会の考え方の変化が促進されるであろう。過去10年間、多くの米国企業が、欧米の価値観を前進させる上で、名目上の利害関係でグローバル精神を採用してきた経緯がある。

次のステップでは、この競争に勝つために不可欠な戦略的産業とエマージングテクノロジーについて、政府が定義する必要がある。米国商務省(U.S. Department of Commerce、DOC)は、2018年輸出管理改革法で、この方向に一歩踏み出した。企業に同様のことを要求することは、重要なノウハウや知的財産が敵対国に拡散することのない統一された官民ブロックを確保する上で、不可欠である。研究開発のための資金を増やし、パブリックセクターを含む市場を創出することは、企業が負担する短期的なコストを相殺することにつながるであろう。

最後に、米国が欧州とアジアの同盟国の参加を促し、投資審査と輸出管理のための統一的な法的枠組みを構築しない限り、既存の、そして今後予定されている法的、政策的処方箋はすべて無意味なものとなる。これは米国にとって真のリーダーシップを発揮する機会であり、難局に際してうまく対処し、自由世界を結集させなければならない。

結果的に、この地政学的な対立は、一部のITエグゼクティブ、スタートアップ創業者、ベンチャーキャピタリストの間にフラストレーションを生み出すことになる。これは、戦略的競争が、あるレベルでは、人、資本、アイデアの自由な流れというテック世界のモットーに反するからである。

しかし、こうしたアイデアを生み出したのは、西洋の価値観と法の支配である。それらは、私たちの継続的な利益のためだけではなく、将来の世代のためにも、私たちが保護するに値するものであるといえよう。

編集部注:本稿の執筆者Greg Levesque(グレッグ・レベスク)氏とEric Levesque(エリック・レベスク)氏はともに企業が技術、人材、サプライチェーンを地政学的脅威から守るための実用的なデータを提供するStriderの共同設立者。

画像クレジット:David Sacks / Getty Images

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(文:Greg Levesque、Eric Levesque、翻訳:Dragonfly)

【コラム】私たちのポートフォリオの50%が女性CEOの会社である理由

2022年を迎え、1つ確かなことがある。それは女性リーダーをともなう投資で数十億ドル(数千億円)の機会が熟していることだ。

私の会社、Astia(アスティア)だけで2021年に1103社、30億2400万ドル(約3490億円)を投資し、前年と比べて119%増加して「パイプライン問題」を巡る不満を解消している。しかし、過小評価されているファウンダー、中でも黒人女性ファウンダーに対するベンチャーキャピタル投資の憂鬱なデータは変わっていない。

2020年に女性が率いるスタートアップでベンチャー資金を受け取ったのはわずか2.3%で、その数字は黒人およびラテンアメリカ女性では0.64%に下がる。ベンチャーキャピタルにおけるこの不均衡は、起業家精神が生み出す富、雇用創出、そして技術革新の影響力から、根本的に有色人種女性を排除するものであり、構造的偏見を持続させている。

3年前、我々はそれを変えることを決意した。黒人女性率いる会社は当社のパイプラインに数多く存在し、投資を受けられない問題が彼らにとって唯一の問題であることに気づいたからだ。

ベンチャーキャピタルにとってのチャンスは、隠れた宝石を見つけることだ。クラスで最高のベンチャーキャピタルは、投資不足だが業績に優れ世界を変える可能性のある会社を探し求める。我々はそんな隠れた宝石を探す取り組みの中、1年前に同じことをしたつもりだったが、そんな宝石がすべて、我々の目の前にあることを発見した。

人種のことがなければ投資していたであろう会社がいくつもあったことを知って我々は深く失望したが、自分たちが完全な制御と力を持っているものを修正する機会を得たことを喜んだ。それは我々自身の投資判断だ。

このことは、当社が持っているデータを深く研究し、修正すべき行動を特定する取り組みにつながった。我々の投資活動における性別と人種の差別に関係することだからだ。それから3年、我々は投資パイロットプログラム、Astia Edge(アスティア・エッジ)を通じて見つかった重要課題の解決方法を実行してきた。結果は見てのとおりだ。

こうした自己反省と軌道修正の結果、現在、Astia Fundのポートフォリオの50%が黒人女性CEOであり、修正後にAstia Angel(アスティア・エンジェル)が拠出した資金の17%が黒人女性CEOのいる会社に投資されている。

ここに至る道のりには、多くの厳しい瞬間と内省があった。

当社の最新レポートでは、現在のベンチャーキャピタルモデルにおける人種平等に関わる重大な欠陥について、驚くべき考察がなされている。要約すれば、パイロット企業の契約は締結まで245日間を要したのに対し、Astiaの女性重視ポートフォリオでは161日だった。また、パイロットでは共同出資者を集めるために60件以上の外部紹介(Astiaのポートフォリオでは5件以下)と、擁護者として投資バイアスに直接対抗するために100時間以上の現場作業が必要だった。

より穏やかなデータも同じく失望させるものだった。このパイロットテストを通じて、黒人ファウンダー率いる企業が不均衡にAstiaを訪れ、シードラウンドや「友人と家族」ラウンドで投資された金額は少なかったが、限られた資金で大きな実績を上げている会社が少なくなかったことがわかった。この資金格差が、この国における貧富格差による系統的圧力によるものであると考えるのは普通だ。追い打ちをかけるように、投資家は起業家を「他に誰が投資したか」に基づいて評価し、本人の実績や気概や可能性を評価しない傾向がある。富へのアクセスもネットワークもない人々に対する偏見に根づく問題だ。

実際、我々投資コミュニティはこうした資金提供における人種格差の責任を負い、モデルと現状維持体質を再考しなければならない立場にある。データによると、黒人女性の17%が新しいビジネスを立ち上げようとしているのに対し、白人女性は10%、白人男性は15%だ。黒人女性ファウンダーは膨大な数が存在している。必要なのは彼女らを見つけ、公平に評価して投資することだけだ。

我々はこの現実認識する不快感を直に目撃してきたが、今は悪循環を断ち切る力を認識している。私たちはあらゆるベンチャーキャピタルに対して同じことをするよう求める。新しい年を迎え、今こそ新しいVC、ごく一部ではなく、すべての人々の利益のために働くVCが生まれる時だ。

編集部注:本稿の執筆者Sharon Vosmek(シャロン・ヴォスメク)氏はAstiaのCEOでAstia Fundのマネージングパートナー。

画像クレジット:Belitas / Getty Images

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(文:Sharon Vosmek、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】10代によるテスラ車のハックを教訓にするべきだ

Tesla(テスラ)をハックした19歳のDavid Colombo(デビッド・コロンボ)が騒がれるのは、当然といえば当然の話だ。彼はサードパーティソフトウェアの欠陥を利用して、13カ国にわたる世界的EVメーカーの車両25台にリモートアクセスした。ハッカーは、遠隔操作でドアのロックを解除し、窓を開け、音楽を流し、それぞれの車両を始動させることができたと話している。

関連記事:100台を超えるテスラ車が遠隔操作の危険性にさらされる、サードパーティ製ツールに脆弱性

コロンボ氏が悪用した脆弱性はTeslaのソフトウェアのものではなく、サードパーティのアプリに存在するもので、そのためできることに限界があり、ハンドルやアクセルそして加速も減速もできなかった。しかし彼はドアを開け、クラクションを鳴らし、ライトを制御し、ハッキングした車両から個人情報を収集した。

サイバーセキュリティのプロにとって、このようなリモートでのコードの実行や、アプリキーを盗むのは日常茶飯事だが、私が恐れるのは、情報漏洩の開示に慣れてしまい、今回の件がコネクテッドカーのエコシステム全体の関係者にとって貴重な学習の機会であることが見逃されてしまうことだ。

今回のハッキングは、サイバーセキュリティの初歩的な問題であり、率直にいって起きてはならない過ちだ。コロンボ氏がTwitterのスレッドを投稿して通知した翌日に、Teslaが突然数千の認証トークンを非推奨にしたことから、問題のサードパーティ製ソフトウェアは、セルフホスティングのデータロガーだった可能性があるのだという。一部のTwitterユーザーの中にはこの説を支持する人もおり、アプリの初期設定によって、誰でも車両にリモートアクセスできる可能性が残されていることを指摘している。これは、コロンボ氏による最初のツイートで、脆弱性は「Teslaではなく、所有者の責任」と主張したこととも符合する。

最近の自動車サイバーセキュリティ規格SAE/ISO-21434と国連規則155は、自動車メーカー(通称、OEM)に車両アーキテクチャ全体に対する脅威分析とリスク評価(threat analysis and risk assessment、TARA)の実施を義務化している。これらの規制により、OEMは車両のサイバーリスクと暴露の責任を負う。つまり、そこが最終責任になる。

Teslaのような洗練されたOEM企業が、サードパーティのアプリケーションにAPIを開放するリスクを看過していたのは、少々らしくないような気もする。しかし低品質のアプリは十分に保護されていない可能性があり、今回のケースのように、ハッカーがその弱点を突いてアプリを車内への橋渡しとして使用することが可能になる。サードパーティ製アプリの信頼性は、自動車メーカーに委ねられている。自動車メーカーの責任として、アプリを審査するか、少なくとも認証されていないサードパーティアプリプロバイダーとのAPIのインターフェイスをブロックする必要がある。

たしかに、OEMが検査し承認したアプリストアからアプリをダウンロードし、アップデートすることは消費者の責任でもある。しかしOEMの責任の一部は、そのTARAプロセスでそうしたリスクを特定し、未承認アプリの車両へのアクセスをブロックすることにある。

私たちKaramba Securityは、2021年に数十件のTARAプロジェクトを実施したが、OEMのセキュリティ対策には大きなばらつきが散見された。しかながらOEMは、顧客の安全性を維持し、新しい規格や規制に対応するためにできるだけ多くのリスクを特定し、生産前に対処することを最重要視している点で共通している。

ここでは、私たちが推奨するOEMメーカーが採用すべきベストプラクティスを紹介する。

  1. 秘密と証明書を保護する – 広義のなりすましや身分詐称を確実に失敗させる(ファームウェアを置き換える、認証情報を詐称するなど)
  2. アクセスや機能をセグメント化する(ユーザーに対して透過的な方法で) – たとえ1つのポイントが失敗しても、被害は限定的になる
  3. 自分自身で継続的にテストする(あるいは他の人にやってもらうために報奨金プログラムを立ち上げる) – 見つけたものはすぐに修正する
  4. インフォテインメント、テレマティクス、車載充電器などの外部接続システムを堅牢化し、リモートコード実行攻撃から保護する
  5. APIをクローズアップする。未許可の第三者には使用させないこと。このような習慣があれば、今回の攻撃は免れたはずだ

消費者に対しては、OEMのストア以外からアプリを絶対にダウンロードしないことをアドバイスしている。どんなに魅力的に見えても、非公認アプリは運転者や乗客のプライバシーを危険にさらしていることがある。

EVは楽しいものだ。高度な接続性を有し、常に更新されすばらしいユーザー体験を提供しれくれる。しかし、EVは自動車であり、スマートフォンではない。自動車がハッキングされると、ドライバーの安全とプライバシーを危険にさらすことになる。

編集部注:本稿の執筆者Assaf Harel(アサフ・アレル)氏は、Karamba Securityで研究とイノベーション活動を指揮し、革新的な製品とサービスの広範なIPポートフォリオを監督している。

画像クレジット:SOPA Images/Getty Images

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(文:Assaf Harel、翻訳:Hiroshi Iwatani)

無償で働くオープンソース開発者たちは自分の「力」に気づき始めている

ほとんどの人は意識していないと思うが、日常的に使用しているデバイスやアプリの多くはオープンソースソフトウェア上に構築されており、1人か2人の開発者によって維持管理されている。開発者は自分の時間のためにお金を支払われておらず、コミュニティや情熱的なプロジェクトに還元するべく、バグを修正したりコードを改善したりしている。

例えば「cURL」は、APIなどの別のシステムのデータにソフトウェアが簡単にアクセスできるようにするオープンソースライブラリである。このライブラリは、iPhoneから自動車、スマート冷蔵庫、テレビに至るまで、ほぼすべての現代的なコネクテッドデバイスで使用されているが、基本的には1人の開発者、Daniel Steinberg(ダニエル・ステンバーグ)氏が30年近く無料で維持管理している。

多くのオープンソースプロジェクトが営利目的のソフトウェアやデバイスに含まれており、一般的に、純粋な謝意を別にすれば報酬がともわないにもかかわらず、このシステムはほぼ確実に機能している。一部のオープンソース開発者は、GitHub SponsorsBuy Me A Coffeeなどのプログラム、企業とのメンテナンス契約、あるいは自分のライブラリの維持費を支払ってくれる企業で仕事をすることで、自分の仕事を首尾よくサポートすることができるが、これは標準とは程遠い。

広範なセキュリティ侵害が発生したとき、このシステムの不公平性がしばしば表面化する。2021年12月にJavaライブラリ「Log4j」に出現したLog4Shellの脆弱性は、世界中で重大なセキュリティ脆弱性の問題を引き起こしており、一部の大企業にも影響が及んでいる。

影響を受けたライブラリの開発者たちは、問題を緩和するために24時間体制で作業することを余儀なくされたが、対価は支払われず、そもそも彼らの開発品は無料で使用されていたのだということへの認識も乏しいものであった。cURLの開発者も同じような扱いを経験している。同氏のプロジェクトに依存している企業が、コードに問題が発生した際、そのサービスに対価を支払っていないにもかかわらず、同氏に支援を求めてきたのである。

したがって、当然のことながら、自らの仕事に対する報酬がない中で自分たちが過大な力を行使していることを、一部のオープンソース開発者たちは自覚し始めている。彼らのプロジェクトは、世界最大規模の収益性の高い企業に利用されているのである。

その一例として、人気のnpmパッケージ「colors」と「faker」の開発者であるMarak Squires(マラク・スクワイアーズ)氏は、2022年1月初旬、これらのコードに意図的に変更を加え、ユーザーすべてに影響する破壊的展開を誘発した。使用時に「LIBERTY LIBERTY LIBERTY」というテキストに続いて意味不明な文字や記号を出力し、無限ループが発生するというものであった。

スクワイアーズ氏はこの変更を行った理由についてコメントしていないが、同氏は以前GitHubで「私はもうFortune 500企業(およびその他の小規模企業)を無償の仕事でサポートするつもりはありません」と発言していた。

スクワイアーズ氏が加えた変更は、Amazon(アマゾン)のCloud Development Kit(クラウド開発キット)を含む他の人気プロジェクトを破壊した。同氏のライブラリは週に2000万近くnpmにインストールされており、何千ものプロジェクトが直接的に依存している。npmは数時間以内に不正なリリースをロールバックし、GitHubはそれに応じてこの開発者のアカウントを一時停止した。

npmの対応は、過去にもライブラリに悪意のあるコードが追加され、最終的にはロールバックされて被害を抑えた事例があり、予想されるものであった。一方で、GitHubはこれまでにない反応を示した。同コードホスティングプラットフォームは、スクワイアーズ氏がコードの所有者であり、意のままに変更する権利を持っていたにもかかわらず、同氏のアカウント全体を停止したのである。

開発者が抗議のために自身のコードを取り下げる形をとったのも、これが初めてではない。2016年に「left-pad」の開発者は、自身が所有する別のオープンソースプロジェクトの命名をめぐってKik Messenger(キック・メッセンジャー)と争った後、npmから自分のコードを取り下げ、依存していた何万ものウェブサイトを破壊した。

驚くべきことに、著名なライブラリが時折業界のやり方に抗議してはいるが、この種の事象はそれほど一般的なものではない。オープンソース開発者たちは、自分たちの仕事の裏で数百万ドル(数億円)のプロダクトが作られているにもかかわらず、無償で働き続け、自らのプロジェクトの維持管理に最善を尽くしている。

ホワイトハウスでさえテクノロジー業界に対するオープンソースの重要性を認めている。Log4Jの一連の出来事を受けて2022年1月に業界と会合を持ち、次のように言及している。「オープンソースソフトウェアは独自の価値をもたらすものであり、同時に独自のセキュリティ上の課題を抱えている。その背景には、利用範囲の広さと、継続的なセキュリティの維持管理に責任を負う多数のボランティアの存在がある」。

しかし、こうした声明が出ている一方で、大規模な人気を誇るオープンソースソフトウェアでも、少なくとも世間の注目を集めるまでは、厳しい資金不足に陥っている。Heartbleedの脆弱性がインターネット全体を危険にさらす前、影響を受けたオープンソースプロジェクト「OpenSSL」への寄付は年間2000ドル(約23万円)程度であったが、問題が発覚した後には9000ドル(約102万円)に増加した。

現代的なネットワーク機器のほぼすべてで使われているOpenSSLの開発チームは当時、書面で次のように述べていた。「OpenSSLのケアと供給に専念できるフルタイムのチームメンバーは、1人ではなく、少なくとも6人は必要です」。プロジェクトチームはその代わりに、プロジェクトの維持費をカバーする契約作業を継続的に確保している。

開発者が自身のオープンソースライセンスを変更したり、自分の仕事をプロダクトに変えたり、スポンサーを増やす努力をすることはできるにしても、すべてのプロジェクトに万能のソリューションはない。この無償の仕事のすべてに資金を提供するより良い方法を業界が見出すまでは(誰もそんなことは考えていないようであるが)、より多くのオープンソース開発者が、意図的に自分たちの仕事を中断する形で不服従行動を起こすことで、自らが貢献しているものに光を当てる他ないのが現状である。

これは長い目で見れば持続可能なものではない。しかし、この混乱からどうやって抜け出すのかは不透明である。今日生み出されているあらゆるソフトウェアやコネクテッドデバイスでオープンソースの採用が急増しているが、何人かのオープンソース開発者が陰鬱な日を甘受するのではなく、すべてを破壊しようと決断することに、その行方が委ねられている。

何百万ものデバイスで使用されているcURLのようなライブラリが、洗濯機から乗用車まであらゆるものに含まれているという状況であっても、作成者がそのサポートに疲れて世界にメッセージを送ることを決断したとしたら、どのようなことが起きるであろうか。過去においては被害が回復したことは幸運であったが、将来はそのような幸運にはつながらないかもしれない。

画像クレジット:aurielaki / Getty Images

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(文:Owen Williams、翻訳:Dragonfly)

ヨーロッパは量子システムの開発をめぐる競争で大国に伍することできるだろうか?

TechCrunch Global Affairs Projectは、テックセクターと世界の政治がますます関係を深めていっている様子を調査した。

量子情報科学はテックセクターの研究分野において長いこと低迷を続けてきた。しかし、近年の進歩はこの分野が地政学的に重要な役割を担っていることを示している。現在、数カ国が独自の量子システムの開発を強力に推進しており、量子をめぐる競争は新たな「宇宙開発」といった様相を呈している。

米国と中国が開発競争の先頭を行く中、ヨーロッパの国々はなんとか遅れを取り戻さねば、というプレッシャーを感じており、いくつかの国々、そしてEU自体も大いに力をいれてこの領域への投資を推進している。しかしヨーロッパのこうした努力は、米国と中国という2つの技術大国に太刀打ちするには、遅きに失したということはないだろうか?また断片的でありすぎるということはないだろうか?

米国と中国:量子システムの開発、そしてそれを超えた競争

量子コンピューティングは、もつれや重ね合わせといった量子物理学(つまり、原子と亜原子スケールでの物理学)の直感に反する性質を利用しようとするもので、量子コンピューターはレーザーあるいは電場と磁場を使用して粒子(イオン、電子、光子)の状態を操作する。

量子システムの開発で最も抜きん出ているのは米国と中国で、どちらも量子「超越性」(従来のコンピューターでは何百万年もかかるような数学的問題を解く能力)を達成したと主張している。

中国は2015年以降、量子システムの開発を進めているが、これはEdward Snowden(エドワード・スノーデン)氏が米国の諜報活動について暴露し、米国の諜報活動の範囲に関する不安が広がった時期と重なっている。中国では米国の諜報能力に危機感を抱き、量子通信への取り組みを強化した。中国が量子研究にどれだけの研究費を費やしているかについて、さまざまな推測がなされていて定かではないが、同国が量子通信、量子暗号、ハードウェア、ソフトウェアにおける特許を最も多く持つ国であるということははっきりしている。中国が量子コンピューターに対する取り組みを始めたのは比較的最近のことだが、その動きはすばやい。中国科学技術大学(USTC)の研究者らが2020年12月、そして2021年6月にも「量子超越性」を達成したと、信用に足る発表を行っているのだ。

米国では、中国が2016年に衛星による量子通信技術を持つことを実証したことを受け、量子技術で中国にリードを許しかねないということに気がついた。そこで、Donald Trump(ドナルド・トランプ)前大統領は2018年、12億ドル(約1370億円)を投じてNational Quantum Initiative(国家量子プロジェクト)を開始した。そして、これがおそらく最も重要なことだが、大手テック企業が独自の量子研究に莫大な研究費を注ぎ込み始めた。1990年代に2量子ビットの初代コンピューターを発表したIBMは、現在量子コンピュータ「Quantum System One」を輸出している。Googleは、IBMに比べるとこの分野では新参であるものの、2019年に超伝導体をベースにした53量子ビットの量子プロセッサーで量子超越性を達成したと発表している。

量子技術開発がもたらす地政学的影響

中国、米国、そして他の諸国を開発競争に駆り立てているのは、量子コンピューティングに遅れをとった場合に生じるサイバーセキュリティ、技術、経済的リスクへの恐れである。

まず、完全な機能を発揮できる状態になった量子コンピューターを使えば、悪意を持つ人物が現在使用されている公開暗号キーを破ることが可能だ。従来のコンピューターが2048ビットのRSA暗号化キー(オンラインでの支払いを安全に行うために使用されている)を解読するのに300兆年かかるのに対し、安定した4000量子ビットを備えた量子コンピューターなら理論上、わずか10秒で解読することができる。このようなテクノロジーが10年を待たずして実現する可能性があるのだ。

第2に、ヨーロッ諸政府は、米国と中国の量子システムの開発競争に巻き込まれることで被る被害を恐れている。その最たるものが、量子テクノロジーが輸出規制の対象になることである。これらは同盟諸国間で調整されるだろう。米国は、冷戦時代、ロシアの手にコンピューター技術が渡るのを恐れてフランスへの最新のコンピューター機器の輸出を禁止した。このことを、ヨーロッパ諸国は記憶している。この輸出禁止を受け、フランスでは国内でスーパーコンピューター業界を育成し支援することになった。

今日、米国と提携するヨーロッパ側のパートナーは、テクノロジーにまつわる冷戦の中で、第三の国々を通じた重要なテクノロジーへのアクセスや第三の国々とのテクノロジーの取り引きに苦労するようになるのではないかと懸念している。米国は、規制品目を拡大するだけでなく、ますます多くの中国企業を「企業リスト」に加え(2021年4月の中国スーパーコンピューティングセンターなど)、それらの企業へのテクノロジーの輸出を、米国以外の企業からの輸出も含め阻む構えだ。そして規制がかけられたテクノロジーが増えるなか、ヨーロッパの企業は自社の国際バリューチェーンが被っている財政上の影響を感じている。近い将来、量子コンピューターを作動させるのに必要なテクノロジー(低温保持装置など)が規制下に置かれる可能性もある

しかし中国に対する懸念もある。中国は、知的財産権や学術面での自由の問題など、諸国の技術開発に対し別の種類のリスクをもたらしており、また中国は経済的強制に精通した国である。

第3のリスクは、経済上のリスクである。量子コンピューティングのような世の中を作り変えてしまうような破壊力を持ったテクノロジーは業界に巨大な影響をもたらすだろう。「量子超越性」の実証は、科学ショーを通した一種の力の見せあいだが、ほとんどの政府、研究所、スタートアップが達成しようと取り組んでいるのは実は「量子優位性」(従来のコンピューターを実用面で上回るメリットを提供できるよう、コンピューティング能力を上げること)である。

量子コンピューティングは、複雑なシュミレーション、最適化、ディープラーニングなどでのさまざまな使い道があると考えられ、今後の数十年で大きな利益をもたらすビジネスになる可能性が高い。何社かの量子スタートアップがすでに上場され、これに伴い量子への投資フィーバーが起きつつある。ヨーロッパは21世紀の重要な領域でビジネスを成り立たせることができなくなることを恐れている。

ヨーロッパの準備体制はどうか?

ヨーロッパは、世界的量子競争においては、その他の多くのデジタルテクノロジーとは異なり、好位置に付けている。

英国、ドイツ、フランス、オランダ、オーストリア、スイスは大規模な量子研究能力を持ち、スタートアップのエコシステムも発達している。これらの国々の政府やEUは量子コンピューティングのハードウェアやソフトウェア、および量子暗号に多額の投資を行っている。実際に英国では、米国や中国よりずっと早い2013年に、National Quantum Technologies Program(国家量子テクノロジープログラム)を立ち上げている。2021年現在、ドイツとフランスは量子研究および開発への公共投資でそれぞれ約20億ユーロ(約2600億円)と18億ユーロ(約2340億円)を投じるなど、米国に追随する形となっている。Amazonは、フランスのハードウェアスタートアップAlice & Bobが開発した自己修正量子ビットテクノロジーに基づいた量子コンピューターを開発してさえいる。

では、ヨーロッパが米国や中国を本当の意味で脅かす立場になるのを妨げているものはなんだろうか?

ヨーロッパの問題として1つ挙げられるのは、 スタートアップの出現を促すのではなく、それらを保持することである。最も有望なヨーロッパのスタートアップは、ベンチャー資金が不十分なことから、ヨーロッパ大陸では伸びない傾向がある。ヨーロッパのAIの成功話には注意が必要だ。多くの人は、最も有望な英国のスタートアップであるDeepMindをGoogle(Alphabet)がいかに買収したかを覚えているだろう。これと同じことが、資金を求めてカリフォルニアに移った英国の大手スタートアップであるPsiQuantumで繰り返されている。

このリスクを解消するために、ヨーロッパ諸国政府やEUはヨーロッパの「技術的主権」を打ち立てることを目標に新興の破壊的創造性を備えたテクノロジーに関するいくつかのプロジェクトを立ち上げた。しかし、ヨーロッパはヨーロッパが生み出したテクノロジーを導入しているだろうか?ヨーロッパの調達規則は米国の「バイ・アメリカン法」と比較して、ヨーロッパのサプライヤーに必ずしも優位に働くわけではない。現在EU加盟国は、ドイツが最近IBMマシンを導入したように、より高度な、あるいは安価なオプションが存在する場合、ヨーロッパのプロバイダーを利用することに乗り気ではない。こうしたあり方は現在ブリュッセルで交渉が続いている、公的調達市場の開放性に相互主義の原則を導入するための新しい法案、International Procurement Instrument(国際調達法)が可決されれば、変わるかもしれない。

政府だけでなく、民間企業も、どのように投資し、どこと提携し、どのようにテクノロジーの導入を行っていくかの選択を通し、今後の量子業界を形作っていく上で、重要な役割を担うだろう。1960年代、70年代にIBMシステムを選択するという決定をしたことが、その後の世界的コンピューティング市場の形成に長期的な影響を及ぼした。量子コンピューティングにおいて同様の選択をすることは、今後何十年にもわたってその領域を形作ることになる可能性があるのだ。

現在、ヨーロッパは、ヨーロッパに世界的なテックファームがほとんどないことについて不満に思っているが、これは早い段階でテクノロジーをサポートし導入することが重要であることを示している。ヨーロッパが今後量子をめぐって米国や中国に対抗していくためには現在の勢いを維持するだけではなく、増強して行かなければならないのだ。

編集部注:本稿の執筆者Alice Pannier(アリス・パニエ)氏はフランス国際関係研究所(IFRI)の研究員で、Geopolitics of Techプログラムを担当。最新の報告書は、欧州における量子コンピューティングについて考察したもの。また、欧州の防衛・安全保障に関する2冊の本と多数の論文を執筆している。

画像クレジット:Olemedia / Getty Images(Image has been modified)

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(文:Alice Pannier、翻訳:Dragonfly)

【コラム】暗号資産の規制が米国でスーパーアプリが生まれるきっかけになるかもしれない

今や、中国社会の大部分が「スーパーアプリ」と呼ばれるものに依存するようになった。診察の予約からタクシーの配車、ローンの申し込みに至るまで、さまざまなタスクを1つのプラットフォームでこなすWeChat(ウィーチャット)などのアプリのことだ。

米国ではこのようなワンストップショップが勢いに乗ることはなかったが、ついに米国でもそのときが来たのかもしれない。フィンテック業界、とりわけ暗号資産を専門とするプラットフォームからスーパーアプリが誕生する可能性が高いのだ。

株価の高騰と金利の記録的な低下、近い将来に起きるインフレへの不安などが重なり、暗号資産は急速に人気を集めている。米国政府が暗号資産を全面的に規制することを決定した場合(現在、米国議会はこの議題を検討している)、暗号資産の正当性はさらに高まるかもしれない。

今後、暗号資産の発行体が規制当局と連携し、消費者を保護しながら金融および投資に関する新たなオポチュニティを生み出すための妥協案を見いだせた場合、Coinbase(コインベース)などの暗号資産専用プラットフォームの他、PayPal(ペイパル)、Venmo(ヴェンモ)、Stripe(ストライプ)など、最近になって暗号資産による決済機能を追加したサービスが米国版のスーパーアプリに進化する可能性がある。消費者が暗号資産を安全かつ正当なもの、そして使いやすいものとして見ることができれば、これがスーパーアプリの基盤となり得るだろう。

関連記事:オンライン決済の巨人「Stripe」が暗号資産市場に再参入

これらの暗号資産アプリや決済アプリを拡大し、他のアプリやサービスと統合すれば、さまざまなタスクが便利になるはずだ。結局のところ、人は銀行に行くときにだけ資金管理のことを考えているわけではない。そもそも銀行口座を持っていない人も存在する。人は、買い物や旅行をするとき、診察料を払うときにも資金管理について考えており、こうしたアプリはそれぞれの人に必要な金融サービスを各個人に合わせて提供する助けとなるだろう。

暗号資産による決済を他のタスクと統合することは、金融業界を一般に広く行き渡るものに変えるという面でも大きなカギとなるだろう。暗号資産を普及させることで、十分なサービスを受けていないコミュニティの他、信用履歴がなくクレジットカードやローンの申し込みが困難な人に対し、より幅広い金融サービスを提供できるようになるからだ。

スーパーアプリの台頭

WeChatは2011年に中国国内のメッセージングアプリとしてサービスを開始したが、2013年には決済プラットフォームとしての機能を果たし、その後まもなく買い物や食料配達、タクシーの配車といったさまざまなサービスを展開するようになった。

今や、WeChatは何百万もの種類のサービスを提供しており、その大部分は、各企業がWeChat内で動作するミニアプリを開発し、そのミニアプリを通してサービスを提供する形となっている。10億人以上のユーザー数を誇るAliPay(アリペイ)の仕組みも同様だ。これら2つのアプリは、過去10年間で中国を現金主義経済からデジタル決済に大いに依存する経済へと変換したとして評価されている。デビットカードやクレジットカードが普及する中間段階を飛び越えた形での進化だ。

この仕組みはインドネシアをはじめ、同地域の他の国でも普及が進んでいる。ここでカギとなるのは、スーパーアプリのサービスの多くに、決済手段を含む金融サービスが搭載されているという点だ。

米国と欧州でも、こうしたアプリの使用は急増している。Apple(アップル)やFacebook(フェイスブック)、Google(グーグル)などの大手テック企業が決済サービスを追加し、VenmoやSquare(スクエア)といった複数の決済アプリがさらに普及するようになった一方で、スーパーアプリの出現はいまだに見られていない

その理由の1つは、データプライバシーに関する規制だ。米国、そして特に欧州におけるプライバシー規制によってアプリ間のデータ共有が制限されているため、アリペイなどのスーパーアプリにミニアプリを自動統合するようなエコシステムの構築が困難となっている。

また、以前から米国に充実したインターネットエコシステムがあることも理由の1つだ。フェイスブックなどの人気ソーシャルメディアやペイパルなどの決済サイトがスマートフォンの誕生以前から存在したため、1つのアプリが複数のサービスを提供する代わりに、これらのプラットフォームがそれぞれ別のアプリを展開する結果となっている。一方中国では、インターネットの大半がモバイルファーストで、スマートフォンの出現以降に進化している。米国市場は長きにわたり、各タスクについて別個のプラットフォームを使用する形態に慣れていたというわけだ。

しかし、アナリストの多くは、さまざまなアプリやテック企業がサービスの種類を拡大している点(例えばTikTok(ティックトック)はショッピング機能を追加し、Snapchat(スナップチャット)はゲーム用のミニアプリを統合し、Appleは決済業界に参入)を指摘し、米国でもいずれスーパーアプリが台頭するか、たとえそうでなくても今より多機能の大型アプリが出現するだろうと述べている。1つのアプリにサービスを追加し、ユーザーのリテンションを維持する方法を見いだすことができれば、あるアプリでのユーザーの挙動を別のアプリと共有せずに済むため、プライバシー規制を回避することにもなる。

米国では、アジア市場のように1つまたは2つのアプリが群を抜いて市場を支配することは考えにくいものの、アプリの巨大化、そして包括的なものへの変化が進んでいることは明らかだ。

DeFiの進化

一方、過去10年間で暗号資産が生み出したものは決済アプリとスーパーアプリだけではない。ビットコインという1つの製品から誕生した暗号資産は、今や総合的なピア・ツー・ピアの金融システム、いわゆるDeFi(ディーファイ、分散型金融)へと進化した。これには、Ethereum(イーサリアム)やDogecoin(ドージコイン)など複数の通貨が含まれ、システム上でユーザーによるお金の投資、売買、消費、貸し出しが可能となっている。

新型コロナウイルス感染症の拡大によって経済の先行きが不透明になり、また従来の金融機関のなかにも暗号資産関連のサービスを一部提供する機関が増えたことで暗号資産の人気がさらに上昇している反面、暗号資産はいまだに主要の金融システムや金融セクターから除外されており、高い危険性があることを多くの専門家から指摘されている。暗号資産の発行体もまた、分散型の金融製品を生み出すという目標から外れるとして、規制に長らく抵抗してきた。

しかし、この状況には変化が生じ始めており、一部の暗号資産プラットフォームが規制の遵守に関心を示すようになっている。

例えば、Coinbaseはユーザーがコインを他人に預け入れた場合に利子を獲得できるという製品の提供を計画していた。ところが、米国証券取引委員会によるガイダンスの提供がなかったにもかかわらず、同委員会から「Coinbaseが製品をリリースした場合は同社を提訴する」との警告が発せられ、この計画を断念するに至った。事実、暗号資産の発行体は、一部の規制に従うことで自社の製品の正当性が高まり、より多くの人に幅広い目的で使用してもらうことができると認め始めているのだ。この流れには、最近、Stablecoin(ステーブルコイン)をはじめとする新たな暗号資産製品が市場に現れたことで、従来の通貨の価値が議論されていることも関係している。

暗号資産の規制については、米国証券取引委員会の委員長Gary Gensler(ゲーリー・ゲンスラー)氏をはじめ、一部の議員や暗号資産業界の人物が賛成の立場を表明しており、規制の実現は近づいていると考えられる。

暗号資産が米国初のスーパーアプリを後押しする存在に

暗号資産の発行体が政府関係者と連携し、イノベーションを制限することなく消費者を保護するような規制を定めることができた場合、暗号資産は長年動きのなかった米国のスーパーアプリの開発を促す要素となる可能性が高い。

Coinbaseが米国証券取引委員会と連携し、互いに調整しながら質の高い規制を定めることができたならどうだろうか。法令をもとにCoinbaseが、ユーザーが暗号資産として信頼できる、存続可能かつ認定された金融手段であることを立証し、魅力的な収益創出のオポチュニティとなる新規の金融製品のみならず、日常シーンでも使用できるツールとして成長させることができる。規制によって通貨に安定性が生まれれば、隠れた価値を持つ資産としてだけでなく、買い物に便利なツールとして変化させることができるだろう。現時点では日常生活で暗号資産を使おうとした場合、トランザクション時間の長さや手数料の高さ通貨価値の変動の大きさなどがユーザーエクスペリエンスに摩擦を生むことになるが、こうした規制により、面倒な一部の手順を排除することも可能だ。

規制のフレームワークを作成することで暗号資産の需要は圧倒的に増加し、飲食業から小売業に至るまで、暗号資産を使った決済処理への対応を希望する企業が突如として増えるだろう。そうなれば、既存の暗号資産決済アプリへの統合が加速し、それらがスーパーアプリに進化していくと考えられる。従来の通貨を銀行に預金する代わりに、これらのアプリで暗号資産の預金をする人も増え、経済、そして金融のエコシステム全体が根元から覆るだろう。

銀行はいつでも大衆が望む製品を生み出してきたが、暗号資産および分散型金融の業界はまぎれもなく、人が必要とする製品とサービスを提供してきた。現に、規制や法的な環境がはっきりしない今でさえ、何百万もの人が暗号資産を使用しているのだ。

中国では、クレジットカードのサービスを十分に受けられない市場で現金の代替手段が必要となり、そのニーズを満たすべく、ユビキタスかつ統合型のデジタル決済が急速に進化した。同じように、暗号資産ベースのスーパーアプリは従来の決済手段に代わって、あるいはそれに加えて、暗号資産を安全かつ効率的に使用することを望む消費者や企業のニーズを満たすものとなるだろう。

暗号資産が無規制のグレーゾーンにとどまる限り、そのプラットフォームもスーパーアプリに進化することなく、業界外の経済や日常生活から除外されたままとなってしまう。そうなれば、米国はモバイルファーストかつデジタルファーストな、革新的で新しい金融エコシステムを構築するチャンスを逃すことになるのである。

編集部注:本稿の執筆者David Donovan(デビッド・ドノヴァン)氏は、デジタルコンサルタント会社Publicis Sapientの米大陸におけるグローバル金融サービスプラクティスを率いており、元Fidelity Investmentsの幹部。

画像クレジット:loveshiba / Getty Images

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(文:David Donovan、翻訳:Dragonfly)

【コラム】注意、会社はあなたを見張っている

新しい1年の始まりに、みんなに役立つことを教えよう。

ITが十分に確立されておらず、会社の構築とともに方針が急速に進化しているスタートアップで働く場合、雇用主が迅速に動いて物事を実行し、後から許可を取ろうとしてしまうリスクが普段よりも高くなる。これはほぼ直感的に理解できるだろう。通常、創業初期のスタートアップは落ち着きなく、猛烈なスピードで動いているものだ。これは合法か?もちろんそうではないが、スタートアップ業界には、会社が成功しなければ許可など無意味なことだという考えも多く存在するようだ。また、会社が一流の急成長企業のスピードで成長しているなら、十分な資金があり弁護士もいるので、後で解決することもできるだろう。

この記事は、スタートアップの従業員数人(みんなが知っているであろう企業だが、名前を明かさないことを希望した)との会話がきっかけで生まれた。会社名を特定するのに十分な裏付け情報を得ることはできなかった(がんばって聞き出すので、ご心配なく)。ここでは、やる気満々で2022年を迎えたみなさんに、いくつか毎年恒例のお知らせを。

会社でのSlack(スラック)では、話の内容に気をつけよう。DMはプライベートなものだと思っているかもしれないが、企業の管理者がSlackインスタンスで送信されたすべてのDMをエクスポートできることをご存じだろうか?もちろん、データのエクスポートについては法律があるが、DMで違法なことや非道徳的なことを話すと、上司がDMのコピーを見せてそれについて説明する羽目になるだろう。過ちを重ねても意味がない。疑った仕事熱心なIT部長が細かく調べることを決めると、雇用主を訴える場合もあるかもしれない。しかし個人的なトークは個人的なチャンネルに、仕事のトークは仕事のチャンネルと区別すれば簡単に避けられる。もちろん、あなたのテキストはプライベートにできかもしれないが、少なくともそれらにアクセスすることは難しくなる。そして、特にこだわりがあるなら、メッセージが一定時間を過ぎると消えるSignal(シグナル)Telegram(テレグラム)もある。

上司は会社の機器を監視することができる。契約書には、会社が提供する備品の使用や使用不可について条項があることが多い。その一部は明確だが(「違法なことをしてはならない」)、一部はもっと曖昧だ。それは仕方がない。契約書をよく読むこと。あなたの会社が、あなたがコンピュータ上で何をしているか監視することが許可されると謳っているかもしれない。法に認められているようには思えないが、多くの労働契約に遠回しに記載されている。AIツールがますます強力になり、追跡されても全然構わないという契約書に署名する世界では、ソフトウェアを作成する多数の企業(AktivTrakActiveOpsVeratio他多数)があなたを監視し、雇用主はこれらをあなたのコンピュータにインストールしてさまざまなレベルのステルス行為を行い、あなたの許可を得ることができる。

AktivTrakは9000を超える組織で使用されており、そのツールは「いつ、誰により、何がやりとりされたかについて理解を深め、同時にコンプライアンスの確保を助けるための知見を提供するための、ユーザーアクティビティおよびセキュリティイベント詳細ログの参照」のために使用できると主張している。みなさんはどうだか知らないが、私はもう安全に感じている(スクリーンショット:AktivTrak website)

人事部はあなたの味方ではない。あなたの会社の人事部門はフレンドリーで、よく手を貸してくれて、親切かもしれない。全力で職場の問題解決を手伝ってくれるかもしれない。しかし彼らはあなたの味方ではない。人事部は会社のために働いているのだ。会社の利益を守るためにそこにいる。あなたの利益と会社の利益が対立すれば、人事部門で働く人は、いくらフレンドリーでも、生活費を稼ぐ必要があるし、あなたが辞めた後、解雇された後、異動した後も彼らの上司と良好な労働関係を維持する必要がある。James Altucher(ジェームズ・オルタッハー)氏が自身のコラム「いずれ、あなたは解雇される」で指摘している通り。

会社への忠誠の義務はない。特に米国では、多くが「随意」雇用であり、すなわちいつでも、いかなる理由でも一時解雇される可能性があり、会社が機会を与える限り雇用されたままになり、最終収益に貢献する。特にスタートアップでは、これは変わりやすい分野である。なぜなら目的と目標は取締役会ごとに代わる可能性があるからだ。ある月は、エンジニアリング部門は会社にとって最も必要不可欠な存在である。しかし銀行口座の金額と資金調達環境はすぐに変わり、翌月にはすべてが変わってしまう可能性がある。特に状況が困難になると、指導的立場にある人にとってKPIを基に運営し、成長と顧客獲得のみに焦点を置くことが魅力的になるかもしれない。その場合、エンジニアリングは短期的にみると重要性が低く、突然広告費と販売活動が最優先事項になる。しっかりした長期的ビジョンを持った偉大なるリーダーたちが急な変化を起こさざるを得なくなる可能性がある。プロの世界の忠誠心は、雇用主のみに恩恵を与える神話である。あなたをやめさせる必要があればそうする。リクルーターが声をかけてきたら、電話をとってその市場でのあなたの値段を確認しよう。

辞めてはならない。マネージャーや人事部門の誰かが経験則であなたに自らの意思でやめさせようとしても、抵抗するのが最善策だ。やめてはいけない!多くのメカニズムが(一部の州では、失業手当を含めて)、あなたが一時解雇された場合にのみ適用される。もし辞めたら、特に会社を訴えないと約束した合意書に同意した場合は、将来的に選択肢を大きく弱めることになる。

人事部はあなたのSlack DMメッセージまたはEメールを、あなたに対して使用しただろうか?現在私は数社のスタートアップの多数の従業員とお話ししている。みなさんのご意見もお聞かせいただきたい。お問い合わせ先:tc@kamps.org

画像クレジット:Bryce Durbin / TechCrunch

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(文:Haje Jan Kamps、翻訳:Dragonfly)

【コラム】インフレヘッジとしてのビットコインの力を再考、金持ちはより金持ちに

七面鳥からガソリン、衣類、1ドルショップに至るまで、人間の活動のほとんどすべての手段がインフレの不安に見舞われてきた。世界的にインフレ率の上昇が購買計画と支出を混乱させている。

このインフレの猛威に直面して、フィアット通貨の減価を懸念する消費者や金融機関はヘッジの代替策を模索してきた。Bitcoin(ビットコイン)をはじめとする多くの暗号資産が現時の対策として選ばれており、こうした状況は、米証券取引委員会が暗号資産を投資可能な資産クラスとして受け入れる気運を後押ししている。

ビットコインは年初来のリターンが高く、金のわずか4%に対して130%を超える上昇率を示し、伝統的なヘッジを凌駕している。さらに、機関採用の増加毎週の流入額に裏付けられるデジタル資産への継続的なアペタイト、メディアでの露出の広がりは、疲弊した投資家の間のビットコイン擁護論を強固にしている。

これらがビッグマネーに基づいてなされているのであれば、賢明な動きであろう。しかし、ビットコインに対抗するヘッジという展望には個人投資家も興味を抱くかもしれない一方で、個人の金融リスクを軽減する上でのビットコインの有効性については、一定の根強い疑問が依然として残存する。

誤算されている期待

インフレヘッジとしてのビットコインの進行中の議論は、この通貨がしばしば市場の動揺と変動に影響されやすいという事実を前に置く必要がある。ビットコインの価値は2017年12月に80%超、2020年3月に50%、さらに2021年5月には53%急落している。

ビットコインが長期的にユーザーリターンを向上し、ボラティリティを低減する能力があるかどうかはまだ証明されていない。金のような伝統的なヘッジは、1970年代の米国の例をとっても、持続的な高インフレ時に購買力を維持するのに効果があることが実証されているが、ビットコインについてはまだその検証がなされていない。こうしたリスクの増大によって、時として通貨に影響を与える急激な短期的変動にリターンがさらされることになる。

ビットコインが有効なヘッジ手段だと判断するのは時期尚早である

ビットコインが限られた供給を意図している事実を踏まえ、伝統的なフィアット通貨と比較して減価から守られていると推定し、それを根拠にしてビットコインの支持を唱える向きも多い。これは理論的には理に適っているのだが、ビットコインの価格は外部の影響を受けやすいことが示されている。ビットコインの「クジラ(大口保有者)」は大量に売買して価格を操作する能力で知られており、ビットコインはマネーサプライルールだけではなく、投機勢力によっても支配され得るのである。

もう1つの重要な考慮事項は、規制である。ビットコインやその他の暗号資産は、依然として規制当局、そして法域間で実に多様性に富む法律に翻弄されている。反競争的な法律や近視眼的な規制によって、基盤となる技術の採用が著しく妨げられ、資産価格がさらに下落する可能性もある。ビットコインを有効なヘッジ手段と判断するのは時期尚早であるといえよう。

富裕層への迎合

この論争の背景と対照をなして、別の顕著な傾向がその勢いを牽引している。ビットコインの人気が高まる中、それは一部の裕福な個人や企業を含む消費者の間で、この通貨の採用と機関化を促進し続けている。

最近の調査によると、英国のファイナンシャルアドバイザーの72%がクライアントに暗号資産投資の要領を授けており、半数近くが暗号資産は無相関資産としてポートフォリオを多様化するために利用できると考えている。

また、技術的に進歩的であることで知られる、億万長者のウォール街の投資家Paul Tudor(ポール・チューダー)氏、Twitter(ツイッター)の元CEOであるJack Dorsey(ジャック・ドーシー)氏、Winklevoss(ウィンクルボス)氏兄弟、Mike Novogratz(マイケル・ノヴォグラッツ)氏など、潤沢な個人からのビットコイン支持も相当数存在する。Goldman Sachs(ゴールドマン・サックス)やMorgan Stanley(モルガン・スタンレー)といった有力企業でさえ、ビットコインに有望な資産としての関心を示している。

この勢いが続けば、ビットコインの不名誉なボラティリティは、より多くの富裕層や機関がこの通貨を保持するようになるにつれて、徐々に消滅していくであろう。皮肉なことに、ネットワーク上の価値のこのような増加は富の集中につながり、上流の排他的な1%の影響の下で、ビットコインが何のために作られたかのアンチテーゼとなる可能性がある。

財政思想の古典的な流派に従えば、このことは実質的に個人投資家をより大きなリスクにさらすことになるであろう。機関による売買は、クジラが行うような市場操作に似ていると考えられる。

中核的なエートスとの逆行

ビットコインの人気の高まりは、間違いなくそれを所有する人々を増やすであろうし、最大の富の保有者たちが(例によって)その大部分を手にすることになると主張することもできるであろう。

ビットコインをはじめとする暗号資産サークルにおける、超富裕層の個人や企業に向かう影響力の注目すべき転換は、ビットコインのホワイトペーパーがピア・ツー・ピアの電子現金システムを説明したときに基盤としていたエートスそのものに逆行する。

暗号資産の基本的な理論的根拠には、パーミッションレスで、任意の機関による検閲や統制に耐性がある必要性が含まれている。

今、前記の1%が暗号資産市場のパイのより大きな部分を得ようとしており、伝統的で影響力の弱い個人投資家ができない方法で、短期的にこれらの資産の価格を押し上げている。

この動きは間違いなく少数の者をより裕福にするであろうが、市場を1%の意のままにしかねないという議論すべき論点が存在しており、ビットコインの意図したビジョンと相反することになるであろう。

編集部注:本稿の執筆者Kay Khemani(ケイ・ケマニ)氏は、Spectre.aiのマネージングディレクター。

画像クレジット:Boris SV / Getty Images

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(文:Kay Khemani、翻訳:Dragonfly)

【コラム】いずれメタバースは、あなたをモニターし行動を操作する世話役AI「ELF」で埋め尽くされる

メタバースはマーケティング上の誇大広告に過ぎないという人もいれば、社会を一変させると主張する人もいる。私は後者に属するが、多くの人が提唱しているようなアバターで埋め尽くされたアニメの世界について言っているのではない。

むしろ、社会を変えるような真のメタバースは、現実世界上の拡張レイヤーであり、10年以内にショッピングや社交からビジネスや教育まで、あらゆるものに影響を与え、私たちの生活の基盤になると考えている。

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また、企業が管理するメタバースは社会にとって危険であり、積極的な規制が必要だと考えている。なぜなら、プラットフォームのプロバイダーは、SNSが古いと感じるようなやり方で消費者の操作が可能になるからだ。多くの人は、データ収集やプライバシーに関する懸念に共感しているが、メタバースで最も危険なテクノロジーであろう人工知能を見落としているのではないか。

実際、メタバースのコアテクノロジーを挙げろといわれれば、たいてい人はアイウェアを中心に、グラフィックエンジンや5G、あるいはブロックチェーンなどを挙げるだろう。しかし、それらは私たちの没入型未来の仕組みに過ぎない。メタバースにおいて糸を操り、私たちの体験を創造(操作)するテクノロジーはAIなのだ。

人工知能は、私たちのバーチャルな未来にとって、注目を集めるヘッドセットと同じくらい重要な存在になるだろう。そしてメタバースの最も危険な部分は、他のユーザーと同じような見た目で、他のユーザーと同じように行動するが、実はAIによって制御された模擬人格である課題志向の人工主体だ。彼らは私たちに「会話的操作」を行い、人工主体が本物の人間でないことに気づかないうちに、広告主に代わって私たちをターゲットにするだろう。

特に、AIアルゴリズムが表情や声の抑揚を読み取って私たちの感情状態を監視しながら、私たちの個人的な興味や信念、習慣や気質に関するデータにアクセスするようになると危険だ。

SNSにおけるターゲット広告が操作的だと思うかもしれないが、これはメタバースで私たちに関わる会話型エージェントの比ではない。彼らは人間のどんな販売員よりも巧みに私たちに売り込み、単にガジェットを売るだけでなく、最も資金を支払った人のために政治的プロパガンダやターゲットとなる誤報を押し付けてくるだろう。

そして、これらのAIエージェントは、メタバースにおける他の人と同じように見え、同じように話すので、広告に対する私たちの自然な懐疑心は働いてくれない。これらの理由から、私たちはAIによる会話エージェントを規制する必要がある。特に、AIが私たちの顔や声の情緒にアクセスでき、私たちの感情をリアルタイムで私たちに対して利用することが可能になる場合だ。

これを規制しないと、AIドリブンのアバターの形をした広告は、あなたが疑っているのを察知して、文章の途中で戦術を変え、あなた個人にインパクトを与える言葉や画像にすばやく照準を合わせてくるだろう。2016年に書いたように、AIが学習して世界最高のチェスプレイヤーや囲碁の棋士に勝てるなら、消費者を揺さぶることを学習して私たちの利益にならないものを買わせる(そして信じさせる)のは朝飯前だ。

しかし、私たちに向かってくるすべてのテクノロジーの中で、メタバースにおいて最も強力かつ精緻な強制力を持つことになるのは、私が「エルフ」と呼ぶものだ。この「デジタル生活促進者(electronic life facilitators、ELF)」は、SiriやAlexaのようなデジタルアシスタントの自然な進化形だが、メタバースでは姿なき声にはならない。消費者ごとにカスタマイズされた擬人化された人格になるだろう。

プラットフォームのプロバイダーは、これらのAIエージェントを仮想ライフのコーチとして販売し、あなたがメタバースを探索している間、1日中しつこく付きまとう。そして、メタバースは最終的に現実世界の拡張レイヤーとなるので、デジタルエルフは、あなたが買い物をしていても、仕事をしていても、ただぶらぶらしているだけでも、どこにいてもあなたと一緒にいることになる。

そして上記のマーケティングエージェントのように、これらのエルフたちは、あなたの顔の表情や声の抑揚、そしてあなたの生活の詳細なデータ履歴にアクセスし、あなたに行動や活動、製品やサービス、さらには政治的見解に至るまでをそっと促すようになる。

そして彼らは、今日のような粗雑なチャットボットではなく、身近な友人、親切なアドバイザー、気遣いのできるセラピストのような、人生において信頼できる人物として認識されるようになるキャラクターとして具現化される。しかも、友人にはできないような方法で自分のことを知り、血圧や呼吸速度に至るまで、自分の生活のあらゆる面を(信頼できるスマートウォッチを通じて)モニタリングする。

そう、これは不気味だ。だからこそプラットフォームのプロバイダーは、付きまとってくる人間サイズのアシスタントというよりも、あなた自身の「人生の冒険」の魔法のキャラクターのように見える、無邪気な特徴と物腰を持つ、かわいくて脅威を感じさせないエルフを作るのだろう。これが私が「エルフ」という言葉を使って表現した理由だ。エルフは、あなたの肩越しにいる妖精、あるいはグレムリンやエイリアンのような見た目かもしれないからだ。こうした小さな擬人化したキャラクターは、耳にささやいてきたり、私たちの前に飛び出して、こちらに注目して欲しい拡張世界のものに注意を引かせたりすることができる。

これが特に危険な点だ。規制がなければ、こうした「人生のお世話役」はお金を払った広告主に乗っ取られ、現在のSNSのどんなものよりも優れた技術と精度であなたをターゲットにすることになるだろう。そして、今日の広告とは異なり、これらの頭の良いエージェントは、かわいい笑顔やくすくすした笑いとともにあなたの周りを付きまとい、一日をガイドすることになるのだ。

このようなことが実際にどのように起こるのか、ポジティブな面もネガティブな面も伝えるために、2030年以降にAIが私たちの没入型ライフをどのように導いていくのかを描いた短いストーリー、「Metaverse 2030」を書いた。

最終的に、VR、AR、AIの技術は、私たちの生活を豊かにし、向上させる可能性がある。しかしこれらが組み合わさると、イノベーションは特に危険なものになる。これはこのような技術に共通する強力な特性、つまりコンピュータで作られたコンテンツがたとえ意図的に作られた捏造であっても、本物であると信じさせることができるという特性が理由だ。この強力なデジタル欺瞞能力こそが私たちがAIを活用したメタバースを恐れるべき理由であり、それが宣伝目的でユーザーにサードパーティアクセスを販売する強力な企業によって管理されている場合には特にそうなのだ。

メタバースの技術に問題が根付いてしまって元に戻せなくなる前に、消費者や産業のリーダーが意義のある規制を推進してくれることを期待して、私はこれらの懸念を提起したいと思う。

編集部注:本稿の執筆者Louis Rosenberg(ルイス・ローゼンバーグ)氏は、仮想現実と拡張現実のパイオニアであり、Unanimous AIのCEO。

画像クレジット:TechCrunch/Bryce Durbin

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(文:Louis Rosenberg、翻訳:Dragonfly)

【コラム】生体情報収集への道は善意で舗装されている

ここ数カ月、計画的な生体情報の収集がかなり熱を帯びて加速している。これについて心配していないのなら、した方がいい。

実際、バカバカしいと思うかもしれないが、普通以上に心配してみて欲しい。営利目的の生体情報収集は、この10年間で驚くほど正規化した。Appleが日常的にユーザーの指紋をスキャンするというアイデアは、かつては驚くべきものだった。今では銀行アプリやノートPCのロックを解除する方法として―もちろん顔認証で解除しない場合だが指紋が使われている。生体情報収集が主流になったのだ。

FaceIDや指紋認証などの機能が採用されてきたのは、それらが特に便利だからだ。パスコードがなくても問題がない。

企業やビジネスがこれを理解し、今では生体情報収集を採用する2大理由の1つが利便性となっている(もう1つは公共の安全のためだが、これについては後ほど説明する)。迅速な生体情報のスキャンによって、物事が迅速で容易になると言われている。

英国では最近、給食費の支払いに顔認証を導入し、時間短縮を図っている。しかし、データプライバシーの専門家や保護者の反発を受け、結局いくつかの学校はこのプログラムを中止することになった。彼らの主張によれば、どこかのサーバーに蓄積された幼い子どもたちの顔のデータベースを丸ごと利用することに対し、利便性はまったく見合わない。そして、彼らはまったく正しい。

音楽は耳に、チケットは手のひらプリントに

2022年9月、米国のチケット販売会社AXSは、印刷物や携帯電話上のコンサートチケットに代わるオプションとして、レッドロック野外劇場でAmazon Oneの手のひら認証システムを使用するプログラムを発表した(その後数カ月で他の会場にも拡大する予定だった)。この決定は、プライバシーの専門家とミュージシャンの両方から直ちに抵抗を受けたが、これはライブ音楽業界における生体情報収集をめぐる最初の火種ではまったくない。

2019年、大手プロモーターのLiveNationとAEG(コーチェラ・フェイスティバルなどの大型フェスティバルをコーディネート)は、ファンやアーティストからの世論の反発を受け、コンサートでの顔認証技術への投資・導入計画から手を引いた

しかし、ライブエンターテインメントにおける生体認証の利用をめぐる争いは、まだ決着がついていない。コロナウイルスの大流行によって、満員のスタジアムに依存するプロスポーツの経営者たちは振出しに戻り、新しい計画に大量の顔認証を取り入れることが多くなった。顔がチケットの代わりになり、表向きは誰もがウイルスから安全に守られることになる。

このような経営者たちの決意は固い。オランダのサッカーチーム、アヤックス・アムステルダムは、当初データ保護規制当局によって中止された試験的な顔認識プログラムの再導入を目指している。アヤックスの本拠地アムステルダム・アレナで最高イノベーション責任者を務めるHenk van Raan(ヘンク・ヴァン・ラーン)氏)は、ウォールストリートジャーナルの記事に引用によると「このコロナウイルスの大流行を利用して、ルールを変えることができればいい。コロナウイルスは、プライバシー(に対するどんな脅威)よりも大きな敵だ」と語っている。

これはひどい理由だ。プライバシーに降りかかるリスクは、ウイルスに対するリスクによって軽減されるものでは決してない。

同じ記事の中で、顔認識技術のTruefaceのCEO、Shaun Moore(ショーン・ムーア)氏は、プロスポーツの経営者との会話について、識別情報の受け渡しについてははぐらかし、チケットのバーコードをスキャンする際にウイルス感染の危険性があることを理由にタッチポイントに強くこだわっていると述べる。

チケットをスキャンする際の危険性については強引な主張であり、伝染病学者でなくとも言えることだ。大勢の人が叫び合い、歓声を上げることが主なイベントであるなら、担当者がチケットをスキャンするときの一瞬のマスク付きの交流など、心配するほどのことではないだろう。安全性の主張が崩れれば、利便性の主張も崩れる。単純な事実として、モバイルチケットを手のひらに置き換えたからといって、私たちの生活が飛躍的に、そして有意義に良くなるわけではない。認証にかかる+5秒は無意味なのだ。

ヴァン・ラーン氏がパンデミックを利用してプライバシー保護や懸念を覆すことを直接的に語っているのは興味深い。しかし、彼の理論は恐ろしく、欠陥がある。

確かにコロナウイルスは現実の脅威ではあるが、それは「敵」ではない。具現化しているわけでもなく、動機があるわけでもない。ウイルスなのだ。人間の手には負えない。保険用語でいうところの「天災」だ。そして、それが人間のコントロール下にあるものを正当化するために使われている。公共の安全や利便性のためと称して生体情報収集が大幅に増加している。

公共の安全と自由な社会

公共の安全は、しばしば生体認証による監視の強化が強要される原因となっている。8月、米国の議員たちは、飲酒状態での車の発進を防ぐために、新車にパッシブ技術を搭載することを自動車メーカーに義務付ける法案を提出した。この「パッシブ」技術は、眼球スキャン装置や飲酒検知器から、皮膚を通して血中アルコール濃度を検査する赤外線センサーに至るまで、あらゆるものを網羅する。

確かに、これは一見すると立派な動機のある大義名分である。米国運輸省道路交通安全局は、飲酒運転による死者は年間1万人近くに上ると推定しており、欧州委員会もEUについて同様の数字を挙げている

しかし、そのデータはどこに行くのだろうか?どこに保存されているのだろうか?誰に売られ、何をするつもりなのだろうか?プライバシーのリスクはあまりにも大きい。

パンデミックは、大量の生体データ収集の導入に立ちはだかる多くの障害を消し去った。このやり方を続けることが許されていると、結果は市民の自由にとって悲惨なものとなるだろう。監視の強度は記録的な速さで高まっており、政府や営利企業は私たちの生活や身体に関する最もプライベートな些細なことにまで口を挟むようになっている。

モバイルチケットは十分な監視だ。何しろ会場に入ったことを正確な時刻とともにシステムに知らせるのだから。壊れていないのなら、直さなくていい。そして、病原菌を撒き散らさないためという危うい口実で、生体情報収集を追加するのはやめるべきだ。

生体情報はできるだけ渡さないに限る。GoogleやAmazonが基本的人権や市民的自由に関してひどい記録を持っていることを考えると、これらの企業に生体情報データを渡さないことだけでは十分ではない。

典型的な巨大ハイテク企業と関係のない小さな会社は、それほど脅威ではないように感じるかもしれないが、騙されてはいけない。AmazonやGoogleがその企業を買収した瞬間、彼らはあなたと他のすべての人の生体認証データを一緒に手に入れることになる。そして、私たちは振り出しに戻ることになる。

安全な社会は、監視の厳しい社会である必要はない。私たちは何世紀もの間、ビデオカメラを一台も使わずに、ますます安全で健康的な社会を築いてきた。安全性以上に、これほど詳細で個別化された厳重な監視は、市民の自由を重んじる社会にとって脅威となる。

結局のところ、これが行き着く所なのかもしれない。自由で開かれた社会にはリスクがつきものだ。これは間違いなく、啓蒙主義以降の西洋政治思想の主要な信条の1つである。しかし、そのリスクは、厳重に監視された社会で生活するよりもはるかにましだ。

言い換えれば、私たちが向かっている生体情報の格子から逃れることはできない。今こそ、不必要な生体情報収集、特に営利企業が関与する生体情報収集を規制し、排除することによって、この流れを止めるべき時なのだ。

編集部注:本稿の執筆者Leif-Nissen Lundbæk(ライプニッセン・ルンドベック)氏はXaynの共同創設者兼CEO。専門はプライバシー保護AI。

画像クレジット:SERGII IAREMENKO/SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images

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(文:Leif-Nissen Lundbæk、翻訳:Dragonfly)

【コラム】セラノスの事件から学ぶべきことは?「友人は大切に」

Elizabeth Holmes(エリザベス・ホームズ)の詐欺事件の裁判は街中の評判になってきた(Silicon Valleyでも、もちろんTwitterでも)。4カ月にわたる裁判が一般の関心を大いに集めたため、取材するジャーナリストは法廷の席を確保して仕事をするために午前3時に起きる必要があった。物見高い見物人やJohn Carreyrou(ジョン・キャレルー)氏の暴露記事「Bad Blood」のファンが技術の歴史を自分の目で見ようと殺到したのだ。

関連記事:セラノスの元CEO、11件の詐欺容疑のうち4件で有罪評決

そうした物見高い見物人の1人が、サンフランシスコに拠点を置くアーティストのDanielle Baskin(ダニエル・バスキン)氏だった。氏はよく、手の込んだ戯れ(Blue Check Homesなど)でテック文化をやゆする。時には、それが実際の会社になることもある(Branded Fruitなど)。氏はSan Jose(サンノゼ)の裁判所にスーツケースを2つ持ってやって来て、ホームズにちなんだ海賊版商品を売った。ブロンドのウィッグや、赤い口紅、黒のタートルネック、血液栄養ドリンクだ。

それは、詐欺で裁判にかけられている人物に、自らを「ホーミー」と呼ぶ「熱狂的なファン」がいるという不条理をからかうジョークだった。しかし、バスキン氏はホームズの3日目の証言を観察したとき、Theranos(セラノス)がどうしてそこまで制御不能に陥ったのか、その本質を見抜いた。

「ホームズの裁判を見て私は、スタートアップ創業者への最大のアドバイスは、友人を持つことだと思いました」と、バスキン氏は休廷後にツイートした。「人生には、変なことを言ったときに『そんなことをいうとは、お笑いぐさだ』とか、『それは良くない考えだ』とか言ってくれる、親しく付き合える人が必要なんです」。

巧妙なトリック

連邦検事のRobert Leach(ロバート・リーチ)氏は訴訟の冒頭陳述で、どう見ても危険なまでに欠陥のある技術を基にホームズがどうやって評価額100億ドル(約1兆1400億円)の会社を作り上げたかを説明した。連邦検事によれば、ホームズの手口の1つは、セラノスに関する「虚偽の、誤解を招くような」メディア報道を使って資金を投資家から守ることだった。ホームズはFortune(フォーチュン)、Forbes(フォーブス)、Inc. Magazine(インク・マガジン)の表紙に載り、2015年にTIME(タイム)の世界で最も影響力のある100人の1人に選ばれ「技術の先見性がある人」と称賛された。大きな影響力のある非常に多くの人や組織がホームズは第2のSteve Jobs(スティーブ・ジョブズ)だと言っていたのだから、人々がホームズのビジョンを信じたのもっともだった。

「(元国務長官の)George Shultz(ジョージ・シュルツ)氏からエリザベスを紹介されたとき、彼女のプランは学部生の夢のように聞こえました。私は彼女に、見込みは大成功か大失敗、2つに1つだと言いました。その中間は見込めませんでした」。Henry Kissinger(ヘンリー・キッシンジャー)氏はTIME 100(タイム100)の推薦文で、ホームズについてそう書いた。「エリザベスが受け入れた選択肢はただ1つ、状況を変える、ということだけでした」。

キッシンジャー氏はその後も、ホームズを「今にもビジョンを実現しようとしている」「恐ろしいほどの唱道者」と呼んだ。しかしすでに、セラノスを取り巻く状況に一定の不確実性が生じていた。「セラノスの技術面を評価する人もいますが、予期される社会的影響は巨大なものです」と、キッシンジャー氏は推薦文の最後に書いた。

ホームズは誇大広告に取り囲まれていて、ジョージ・シュルツ氏のような投資家はホームズをまるで孫のように扱った。だからジョージ・シュルツ氏は、セラノスで働いていた孫のTyler Shultz(タイラー・シュルツ)氏から、ホームズはセラノスの技術の有効性についてうそをついている疑いがあると言われたとき、自分の孫のいうことを信じなかった。

「エリザベスは非常にカリスマ性のある人です」と、タイラー・シュルツ氏は今週CBS News(CBSニュース)に語った。「彼女は話すとき、相手にその瞬間自分は彼女の世界で一番重要な存在なんだと感じさせます。彼女の周りでは現実がゆがんでいるかのようで、吸い込まれそうになります」。

孤立と虐待

タイラー・シュルツ氏はセラノスの最初の内部告発者になったが、個人的、金銭的に大きな犠牲を払うことになった。自分の音声回想録「Thicker than Water(水よりも濃い)」の中で、David Boies(デビッド・ボイズ)氏のような著名な弁護士から脅され、私立探偵に尾行されたと述べている。しかしシュルツ氏は、回想録の中で短いが当を得た逸話を語った。いつもホームズを招待し、彼女の30歳の誕生パーティーも主催した祖父と一緒に食べた家族の夕食についての逸話だ。

「奇妙な状況でした。私の両親はいつもホームズに自分の両親を招待するようにと言っていました。私の両親は彼女がそうしているものと思っていました。その後、私の祖父母がエリザベスの両親と電話で話していたときのことですが、エリザベスの両親は彼女が30歳の誕生パーティーをしていることをまったく知りませんでした。ですから、彼女は両親とあまり良い関係ではないようでした」と、シュルツ氏は回想した。ホームズは裁判の間、大抵母親の手を握っていた。しかしシュルツ氏の記憶によれば、彼女の犯行時、家族はそれほど緊密ではなかった。

シュルツ氏は続けて、誕生パーティーの出席者について述べている。シュルツ氏とホームズの兄弟だけが30歳未満で、次に若いのはセラノスのCOOであるSunny Balwani(サニー・バルワニ)氏で、50歳近かった。バルワニ氏がホームズに会ったときホームズは18歳、バルワニ氏は37歳だった。2人は10年以上ひそかにデートし、セラノスのほとんどの従業員や投資家には知られなかった。2005年にホームズはバルワニ氏の所に引っ越し、間もなくStanford(スタンフォード)を中退した。

「彼はあらゆることで私の人となりに干渉しましたが、私はそれがよく理解できません」と、ホームズは証言した。

ホームズは法廷で涙ながらに、関係があった間、バルワニ氏に性的にも感情的にも虐待されたと説明した。何を食べるか、いつ寝るか、どのように行動するかコントロールされたと述べた。

ホームズは証言台で「彼は私に、ビジネスで自分がしていることがわかっていない、私の信念は間違っている、私の凡庸さに驚いた、自分の才能に従えば私は失敗する、と言いました」と話した。

被告側は、ホームズがどのようにバルワニ氏にコントロールされていたかを示す2つの資料を証拠として提出した。1つはホームズの日課のスケジュールで、もう1つはホームズの行動の仕方に関する指示を定めたものだった。ホームズによれば、これらのガイドラインは彼女が「新たなエリザベスになる」ために役立つとバルワニ氏から言われた。指示の中で「譲れない」こととして、会議の予定を明確に記載していない限り、ホームズは誰にも、特に直属の部下には5分以上は会わないものとされた。資料によれば、ホームズのライフスタイルは修道士のようだった。午前4時に起き、祈り、交渉をまとめ上げ、体を動かし、特定の食事だけを食べ、レクリエーションは一切しない。

ホームズのスケジュールはネットで広まり、一部のジャーナリストは、どんな感じかそのスケジュールを試してみることさえした。しかし、現実はそれよりずっと暗いものだ。虐待に関するホームズの説明を真剣に受けとめることは難しいだろう。ホームズは有名なうそつきであり、詐欺罪で有罪判決を下されたばかりなのだ。しかし、これらの資料がもし合理的なものであれば、それが示すものは、年上のパートナー兼仕事仲間によってあらゆる行動をコントロールされていた女性である。

ホームズは証言した。「彼は言いました。私は自分のすべての時間をビジネスに費やす必要がある、付き合うのはビジネスの成功に役立つ人だけにすべきだ、週7日働く必要がある、会社の成功に寄与することだけをする必要がある、と」。

これに関しては、ホームズの30歳の誕生パーティーに関するシュルツ氏の説明の方が納得がいく。ホームズはセラノスを大きくすることに全力を傾けていたので、友人はおらず、趣味も無かったようだ。両親と連絡を取って誕生パーティーに招待することもなかった。

ホームズは裁判で「もし私が家族と一緒にいたら、サニーはとても気分を害したでしょう。一緒にいるとビジネスに対する注意がそがれる、と彼は言ってましたから」と述べた。被告側は、2013年感謝祭週末のバルワニ氏の言葉を引き合いに出した。「君の家族がここにいると、僕は寂しいんだ。君は1日にせいぜい10秒しか僕と過ごさないからね」とあった。

ホームズに信頼できる友人がいたら、恋愛相手兼COOが何と言おうと、投資家に対して事実を曲げるのは行き過ぎだとか、信頼性に欠ける血液検査結果を患者に伝えるのは良くないとか、誰かたぶん言ってくれただろう。しかし残念ながら、このひたむきな起業家には話せる人が誰もいなかった。

創業者にはコミュニティが必要

だからといってホームズが罪を免れるわけではない。老練なパートナーにコントロールされ、虐待されたのは本当かもしれないが、詐欺を働いたのもまた事実かもしれない。その上、患者からだまし取ったということで有罪判決を下されることはなかったが、ホームズのうそのために、驚くほど間違った血液検査結果を示されたセラノスの顧客は大きな苦悩を経験させられた。

我々はテクノロジー業界がセラノスから学んだことについては多くを語るが、とても単純明快なことについては軽く扱ってしまっている。スタートアップの創業者には仕事以外の生活が必要なのだ。

我々は、自分のビジョンに献身して大きな犠牲を払い、社会生活を置き去りにして会社を大きくするエリザベス・ホームズのような創業者の価値を認める。しかし通常、そうしたハッスル型の文化による孤立した状況からは成功は生まれない。良くて燃え尽きるだけ、悪くすれば何百万ドル(何億円)もの詐欺罪につながる。

読者がスタートアップの創業者なら、おそらく第2のエリザベス・ホームズにはならないだろう。友人とくだらない映画でも見たりして(新型コロナウイルス感染症の状況が許すなら)、ただ普通のことをしていれば、近視眼的な間違いをすることはたぶんないだろう。

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(文:Amanda Silberling、翻訳:Dragonfly)

【コラム】アクセシブルな雇用が「大量退職時代」の解決策となる

さまざまな業界で従業員が仕事を辞めている。最近では、米国で2021年に4人に1人が仕事を辞めたという調査がある。転職がコロナ禍の不安定な経済状況によるものか、仕事を取り巻く環境の見直しか、納得のいかない雇用主に対する反抗なのかなどが考えられるが、いずれにしても確かなことが1つある。米国では2021年11月時点で1000万以上の求人件数があるのだ。

求職者の中には障がい者も数多くいる。障がいのある労働者は新型コロナウイルスに関連する解雇の影響を不当に大きく受けたからだ。2020年3〜4月に、障がいのある労働者の数は20%減少した。多くの組織がすでにダイバーシティ、公平性、インクルージョンに対する取り組みを見直している中、採用担当者はアクセシビリティを「すべての人」を迎える職場づくりにとって重要な要素として認識する必要がある。

アクセシブルな採用活動は適切なことであり、ADA(Americans with Disabilities Act、障害を持つアメリカ人法)が求める要件だが、それだけではなく広範囲に及ぶ労働力不足を解消し、企業が優秀な多くの人材を集めることにもつながる。

しかし障がいのある応募者にアプローチする戦略を考える前に、それを邪魔する誤解をいくつか挙げておこう。

誤解:障がいのある人を雇おうとしたら、採用の基準を下げなくてはならない。

事実:障がいのある人が他の人より高いパフォーマンスを示すことは少なくない。しかも障がい者を雇用する企業では、インクルーシブなプロダクトを開発して新たな市場の獲得につながるイノベーションが進むため、結果として年間収益が28%多い。

誤解:障がいのある従業員は他の人に比べて欠勤が多い。

事実:障がい者の出勤率は他の従業員と変わらないか、むしろ高い。また、離職率も低い。離職率は2021年に生産性に大きな影響を与えた問題だ。

誤解:受け入れの配慮に費用がかかりすぎる。

事実:まず、配慮の56%には費用がまったくかからない。そして費用がかかる場合のうち50%は500ドル(約5万7000円)未満だ。さらに障がい者のインクルーシブな雇用からは利益の増加や株主還元も期待できるので、組織にとっては得るものばかりだ。

アクセシビリティの文化による好影響を組織が認識したら、次は障がいのある候補者の採用方法を考えることになる。採用方法の検討には、カリフォルニアに住む障がい者の権利向上に取り組むNPO法人、Disability Rights CaliforniaのLoule Gebremedhin(ルール・ゲブレメドヒン)氏とJennifer Stark(ジェニファー・スターク)氏によるガイドラインを利用するとよい。

第1段階:募集

組織内を客観的に見る

採用プロセスを始める前に、組織は内部をよく見る必要がある。現実を認識し、障がい者を戦力として雇用するだけではない。障がいのある従業員の専門性と経験を評価し、専門性の成長を支援する環境を作るということだ。

次の質問に対する答えを考えて、ゴールを明確にしよう。障がいに関する現在の自分たちの文化はどのようなものだろうか。成長と定着を受け入れる準備はできているだろうか。公平な雇用プロセスは自分たちの大きなゴールにどのようにつながるだろうか。

組織内では福利厚生も検討する必要がある。よく知られていることだが、候補者が入社を検討する際に充実した福利厚生が検討材料となることは多い。障がい者にとってその意味はさらに大きい。多くの場合、包括的な心身の医療保障制度が勤務先を選ぶ際に最も重視されるポイントだ。

リモートワークも重要な福利厚生だ。近年、我々は家で仕事をするメリットを目撃してきた。通勤にかかる時間や費用の減少、子育ての柔軟性、高い生産性などだ。障がいのある人にとっても同様で、さらに自分のニーズに合う仕事の環境を作れるメリットもある。例えば視覚障がい者は自分にとって最も見やすい部屋の明るさを決められる。

募集の準備を整える

次に、採用担当者は職務内容と応募書類を改訂して障がい者が応募しやすいようにする。「どのように」業務を遂行するかではなく、ゴールを達成するために必要な最終的なスキルを記述するように構成し直す。例えば「口頭での高いコミュニケーション能力」ではなく「効果的にコミュニケーションできる能力」とする。米国労働省の取り組みであるEmployer Assistance and Resource Network on Disability Inclusion(障がい者インクルージョンに関する雇用主向けサポートとリソースのネットワーク)が出しているガイドが、記述を改訂する際の参考になる。

障がい者にとって応募書類を見つけて記入することは極めて難しい。デジタル応募書類の多くはアクセシビリティの要件を満たしていないからだ。このままでは障がいのある応募者の数が少なくなってしまうだけでなく、組織にとってはADA違反という法的リスクとなりかねない。応募のプロセスに対応するアクセシブルなサイトやフォームを作る開発者向けのトレーニングとツールを活用するのが、コンプライアンスを維持しつつ対象となるすべての候補者が等しくアクセスできるようにするための手軽な方法だ。

第2段階:面接

前もって対応する

障がい者は対応を要請することに慣れている。しかし要請する必要がないとしたらどうだろうか。面接のプロセスであらかじめ求職者に対して配慮していれば、求職者にとってはその組織がアクセシビリティを重視していることの確認になる(そしてこれはADAの要件でもある)。

例えば対面での面接なら、車いす利用者が面接会場に問題なく到着できるかを考慮する。バーチャル面接なら、ミーティングのプラットフォームで最低でも自動キャプション機能を有効にできることを確認する。ライブキャプションや手話を利用できればなお良い。

採用責任者をトレーニングする

採用責任者の偏見が、障がい者雇用率の低さの根底にある。組織は障がいに関するエチケットと倫理の基本や、ADAに準拠した質問に関するトレーニングを実施することで、認知度を高め偏見をなくす上で積極的な役割を果たすことができる。採用チームに障がい者を含めることも、障がいに対する意識を高めることにつながる。

第3段階:オファー

障がいのある従業員を雇用する際には、組織は競争力があり候補者のニーズにも合うオファーを提示する段階を踏む必要がある。

  • 業界全体の同様の職務と同等の報酬であることを確認する:障がい者の報酬が不当に低いことはよくあり、最低賃金以下で障がい者が働くことを許す方針がいまだに残っていることを忘れないようにする。
  • 対応できるシステムを作る:採用予定者に対して、対応を要請できることを知らせる。また、その要請に応える方針を策定する。米国労働省が資金を提供し障がい者雇用のリソースとなっているJob Accommodation Networkは、どのように対応するかの知見を得るのに役立つ。
  • メンタリングと定着のプログラムを構築する:成長とリーダーシップを支援するために、専門のメンタリング、教育、ネットワーキングの機会を提供する。

この1年間で、組織は職場のダイバーシティ、公平性、インクルージョンに関して大きな進歩を遂げた。アクセシビリティはこうした考え方の一部であり、組織が包括的なゴールを達成するためのものととらえる必要がある。

適切な行動をとることからさらに進んで、障がいのある候補者を求め、その人が成功できる環境を提供する雇用プロセスを促進すれば、現在の人材不足を解消し、イノベーションを加速し、組織の文化を強くすることにつながる。

編集部注:本記事の筆者のMeagan Taylor(ミーガン・テイラー)氏はDeque Systemsのプロジェクトマネージャーで、ウェブを含め資本や機会に対する組織の障壁をなくすことに熱心に取り組んでいる。

画像クレジット:kyotokushige / Getty Images

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(文:Meagan Taylor、翻訳:Kaori Koyama)

【コラム】女性ファウンダーにとって資金調達は悲劇的に困難である

「資金調達は女性ファウンダーにとって悲劇的に困難であり、黒人女性ファウンダーにとってはいっそう困難だ」。

これは大胆かつ、批判的でさえある発言だ。(私のような)スタートアップを率いる女性にとって2022年がどうなるかを思案する議論のなかで私が発した。

デベロッパーツール分野でごく稀な黒人女性CEOの1人として、私はテック業界で起きている大きくて集団的な社会問題についてコメントを求められることがよくある。荷が重いことではあるが、こうした問題を提起することの意義を認識し、できるかぎり発言している。しかし、断固とした答えを言いたい気持ちの一方で、私は多くの疑問を抱えている。

技術革新 < 社会的発展

テクノロジーの世界では、次のデジタル製品に関わり、業界レベルの製品を形作ることでって先行者利益を得ることを誰もが切望している。これは、資金調達を目指しているときには特に重要だ。そして、私たちはデベロッパーツール分野で目覚ましい転換をいくつか目撃してきたが、VC支援による資金調達の状況を踏まえると、私は時として、テクノロジーの成長と我々が真に必要としている社会的発展とをまぜこぜにするリスクに晒されていることが心配になる。

偉大な女性デベロッパーファウンダーは何人もいる。Jeli(ジェリ)のNora Jones(ノラ・ジョーンズ)氏、Thistle Technologies(シスル・テクノロジーズ)のWindow Snyder(ウィンドウ・スナイダー)氏、Launch Darkly(ランチ・ダークリー)のEdith Harbaugh(イディス・ハーボー)氏などの名前が挙がる。すばらしい女性エンジェルやVCもいる。この人たちは私が業界のリーダーと目している女性たちであり、資金を求め、あるいは与えることの障壁を乗り越えながら、自分たちの信念を貫いてきた人たちだ。

開発ツールの分野で名を成そうとする女性たちの努力にも関わらず、現実はといえば開発ツールの世界は圧倒的に白人男性が支配している。その性別と人種の基準に当てはまらない我々が注意を引くために必要なエネルギーと時間は、往々にして持続可能ではない。

女性が成功するために戦わねばならない今の状況を認識し、公平な場を作る必要があり、そのためにはいくつか厳しい質問を投げかける必要がある。

真剣に受け止められるための戦い

私たちは、自分たちと同じような外見の人たちから資金調達できるようになりたい、違いますか?しかしながら女性投資家の多くは、彼女たちが支援したい女性ファウンダーと同じくらい、真剣に受け止めてもらうために戦っている。もし私たちがみな同じ社会的制約に直面し、自分たちの正当性を証明するために戦っているなら、おそらくリスクに対して同じ嫌悪感を持っているだろう。

このことは、女性投資家が、特に女性ファウンダーへの投資において、小さなリスクを選び、その結果同等の男性投資家よりも扱えるファンドが少なくなる、という悪循環を呼ぶ。

リミテッドパートナーは女性VCをもっと支援すべきであり、ファンドは男性に与えるのと同じ柔軟性と自由度を女性にも与えるべきだ。女性VCたちがパートナーへと昇進し、意味のある小切手を手早く書けるようになるべきだ。

私自身、社会的な力を得た女性エンジェルやVCたちが力を合わせて女性ファウンダーを支援した目覚ましい結果を目の当たりにしてきた。彼女たちが作りだしたコミュニティや姉妹愛的な感覚には、業界を変える潜在力がある。これこそ、我々がしっかりと掴み拡大していく必要があるものだ。

根深い心理的障壁を乗り越えるための戦い

今日、女性はファウンダーとしてもVCとしても、資金調達ラウンドを進めるプロセスで積極性が低いという根強い思い込みがある。女性ファウンダーの私は、同等の男性ファウンダーの方が多額の資金を早く確定させる能力があると言われてきた。女性の方がリスクを嫌い、プロセスを進めるのが遅く、要求が少ない、という意味だ。

では、何が女性たちをためらわせているのか?答えはおそらく最も明白なものに違いない。私たちは実際、資金調達プロセスの中で却下されるリスクがより大きい。さらに私たちは、概してVCコミュニティとのつながりが少なく、そこにある「VCのルール」(何をして、何を言い、どう振る舞うか)は複雑で直感に反するものが多い。良いコードを書くための明確なガイドラインのようなわけにはいかない。

数字との戦い

たとえば出資者候補が1000人いて、自分たちようなテクノロジーを提供している会社に焦点を当てているのはそのうち10%だけだったとする。さらに、自分たちのいるステージに投資するのはそのうち2%だけで、そのうち自分たちと同じ哲学をもっているのは5%にすぎない。そして、実際に話ができるはそのうちの何パーセントかにすぎない。さて、そういう議論に踏み入ろうとして、最終的には人が人に売り込むのだということを踏まえると、物足りないことの多い交渉に照準を合わせなくてはならない。

あなたは次の10年、自分のビジネスをこの投資家に託すことになる。つまり、あなたはよい数字を残そうとする一方で、同時にVCの履歴や性格や考えも理解しようとしている。以前はどのようにお金を出していたのか?相手の過去のビジネスに共感しながら、自分たちのビジネスが投資に値することを説得できるのか……30分以内に?

では、女性はどうやって資金を勝ち取れるのか?

シンプルな答えはこうだ。自分たちだけではできない。プロフェッショナルな努力がみなそうであるように、資金探しは社会のネットワークの力を利用することが理想だ。女性は生まれながらにしてベンチャーキャピタルの世界で成功するために必要なものをすべて身につけている、といえるならこんなによいことはないが、女性にはは基本的ネットワークや性別、人種の広がり以上の仲間と支援が必要だと私は信じる。

利害関係者全員が女性のために戦うゲームに参加して、有色人種の女性たちが遭遇する困難に焦点を当てる必要がある。働く女性ファウンダーと女性投資家たちの潜在的危険を生き残りのマインドセットで認識し、彼女たちが資金獲得の議論に参加し、強い力で会社を売り込むために必要なコーチングとガイダンスを提供するべきだ。

簡単にいえば、資金調達の両側にいる女性たちの能力と可能性を無条件で信じる必要がある。

そして、世界中のファウンダーと投資家に向けた私の最後の質問はこうだ。

私たちの戦いに加わる気持ちはありますか?。

編集部注:本稿の執筆者Shanea Leven(シャネー・レブン)氏は、デベロッパーを支援し、開発チームによるコードベースの理解を高めるためのデベロッパープラットフォームCodeSee(コードシー)の共同ファウンダー兼CEO。

画像クレジット:wakr10 / Getty Images

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(文:Shanea Leven、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】ヒートアイランド現象による影響を軽減するため、今、世界はAIを活用すべきだ

人類がこのまま何もしなければ、地球の温暖化はあとわずか数十年の間に少なくとも過去3400万年間前例のないレベルにまで達し、氷河が溶け、洪水がかつてないほど発生し、都市の熱波が我々に悲惨な影響を与えることになる。

米海洋大気庁によると、2021年には米国だけでもすでに18件の気候関連の異常災害が発生しており、それぞれに10億ドル(約1149億円)を超える損害が発生しているという。

世界中で起きた自然災害を結果や頻度の観点から見ると、洪水や地震は人や経済により大きな影響を与えるのものの、熱波よりも発生頻度は低い。熱波は一般的に都市ヒートアイランド現象(UHI)の形で発生し、ヒートポケットとも呼ばれているが、これは都市中心部の気温が周辺部より高くなる現象である。

都市部が急速に温暖化する中、世界各地のさらに多くの人々がヒートアイランド現象による致命的な被害を受けており、都市公衆衛生における格差が浮き彫りになっている。世界保健機関によると、2000年から2016年の間に熱波に影響を受けた人の数は1億2500万人急増し、1998年から2017年の間に16万6000人以上の命が奪われているという。

米国の市当局は現在、住民の中でも特に弱い立場にいる人々の生活レベルや状況が猛暑によって低下することを懸念しているが、影響を軽減するために活用できるようなデータは用意されていない。

デザイン主導のデータサイエンス企業で働く私は、組織のための持続可能なソリューションの構築や、ビジネス、社会、社会経済の複雑な問題は、高度な分析、人工知能(AI)技術、インタラクティブなデータ可視化を用いて解決できることを知っている。

とはいうものの、こういった新テクノロジーは、公衆衛生の専門家、企業、地方自治体、コミュニティ、非営利団体、技術パートナーの協力なくしては展開することができない。この分野横断的な介入こそが、テクノロジーを民主化し、都市ヒートアイランド現象の惨状を改善する唯一の方法なのである。それでは前述のプレイヤーは、都市ヒートアイランド現象を軽減するためにどのようにして協力しているのだろうか。

どの国が大きく貢献しているかを把握する

世界中のあらゆる企業、政府、NGOが熱波による問題の解決に取り組んでいる。

しかし、カナダでは1948年から2012年の間に平均1.6℃の上昇と、世界平均の約2倍の温暖化が進んでいるため、AIを使った熱波予測にはどこよりも力を入れている。もともとカナダの都市はテクノロジー主導で技術に精通しているため、世界中の都市はカナダの綿密な分析と革新的なアイデアから学べることが多くあるだろう。例えば、MyHeatは各建物における太陽光発電の潜在性を追跡し、熱波を持続可能なエネルギーの創出に利用している。

ヘルシンキやアムステルダムなどの欧州の都市もこの課題に積極的に取り組んでいる。EUの資金提供を受けているAI4Citiesは、カーボンニュートラルを加速させるAIソリューションを追い求めている欧州の主要都市を集結させるためのプロジェクトである。資金総額は460万ユーロ(約6億円)で、選ばれたサプライヤーに分配される予定だ。

こういったプロジェクトがAIを活用して気候変動問題を解決しようとしているが、二酸化炭素排出量の削減などのニッチな分野に集中して注目されているのが現状だ。気候変動の影響ではなく、原因の軽減に焦点が当てられているのである。

そのため、熱波の影響は依然として未解決のまま手つかずの状態だ。これは、すぐに甚大な被害をもたらす洪水など他の自然災害の方が注目されやすいからでもあるだろう。熱による不快感、エネルギー使用量の増加、停電などの問題を忍ばせたサイレントキラーとも言える熱波。最大の課題は、熱波に立ち向かうためのテクノロジーが自治体やNPOにオープンにされていないということだろう。

AIを用いたソリューションを活用

回復力のある都市を構築し、気候リスクを軽減することを目的とした非営利団体Evergreenとの協働を通じて、私たちはカナダの都市ネットワークを紹介された。調査と研究を重ねた結果、洪水や地震に対しては多くのデジタルインフラやデータ駆動の政策が存在しているが、熱波に対してはまったくと言っていいほどソリューションがないことが判明した。

依然として未解決の問題が多い熱波だが、拡張性の高いツールであるAIが都市に情報を提供し、それにより根拠に基づいた意思決定を行うことができたらどれだけ効果的だろうか。

Evergreenは地理空間解析、AI、ビッグデータを、MicrosoftのAI for Earthによる助成金で作成したデータ可視化ツールとともに使用して、あらゆる都市における都市ヒートアイランド現象を調査したさまざまなデータセットを統合・解析している。これにより自治体は、不浸透性の表面を持つエリアや植生の少ない問題地域をピンポイントで特定し、日よけの屋根や水飲み場、緑の屋根を設置することでヒートアイランドの影響を緩和することができるのである。

Microsoft Azure Stack上に構築された、AIを活用した解析・可視化ツールはさまざまな機能を備えている。マップ(地形図)を活用すれば地上30メートルブロックごとの地表温度を取得することができ、建物の数や高さ、アルベド値など、都市スプロールのパラメータを変更して将来の都市スプロールのシナリオを生成できるシナリオモデリングビューもある。

温室効果ガスをトラッキングできるこの多目的ツールは、すでにカナダ国内の気候変動に対する自治体の取り組みに良い影響を及ぼしている。今後は世界中の温室効果ガスや二酸化炭素の排出をめぐる政策転換にもプラスの影響を与えていくことだろう。

Sustainable Environment and Ecological Development Society(SEEDS)はMicrosoft Indiaと共同で、インドにおける熱波リスクを予測して費用対効果の高い介入策を提供するAIモデルの第2弾を発表した。熱波が発生した場合に、政府が市内のどの地域に対して特に支援や注意が必要かを知ることができるというものだ。SEEDSはグラウンドトゥルースデータを使用し、AIモデルは熱センサーなどのデバイスを使用して地上で検証した結果を生成する。

AIはスケーラブルな上、世界各地のどんな地域にでもすばやく採用できるため、各自治体は熱波対策への経済的な方法として積極的に活用すべきある。また、AIはデータソースを抽出するツールにパッケージ化できるため、部門や主要なステークホルダー間で知識を簡単に共有することができ、意思決定者にとっても状況が把握しやすい。

現実的なソリューションを提供し、ストーリーテリングモードで生き生きと伝えることができる一般向けアプリを作ることにより、AIがもたらすインパクトを地域社会に伝えたいというのがEvergreenのアイデアである。例えば、緑の屋根によって気温が下がるということをアプリで紹介すれば、ユーザーはデータ情報を分かりやすいストーリーとして見ることができ、彼らが取り組んでいる問題を取り巻く複雑な仕組みを理解することができるようになる。

信頼のスピードでAIの民主化とスケールアップを図る

AIや機械学習(ML)プロジェクトで複数のデータソースを扱うには、分野横断的なソリューションが欠かせない。テクノロジー関係者、企業、他の非営利団体、政府、コミュニティ、都市計画者、不動産開発業者、市長室などをつなぐパイプ役として、非営利団体やコミュニティビルダーが関与することが極めて重要である。

テクノロジーパートナーが突然AIソリューションを持って都市にやってきて、市の職員がそれにすんなり賛同してくれるというシナリオはまずない。さまざまな分野が関わり合い、ビジネスケースを作成し、すべての関係者が会話に参加しなければならないのである。

同様に、革新的なテクノロジー使うことになるステークホルダーも「ここにはヒートポケットがあるので緑の屋根を設置してください」と言われただけでは、自動的にそのツールを採用することはないだろう。

MicrosoftのAI for Earthの取り組みと連携して開発された、地理空間的ソリューションの良い例がある。ある都市の全人口をマッピングし、40メートルグリッドで100平方メートルのブロック内にリリースポイントを設け、病気を媒介する危険な蚊を退治するために遺伝子を組み換えた蚊を放つというソリューションが発案された。

これは、デング熱や黄熱病に苦しむ地域社会に解決策をもたらすことができるという、AIを活用したスケーラブルなソリューションなのだが、もし誰かが突然自分の家に来て、遺伝子組み換えの蚊を氾濫させると言ったら、ほとんどの人はノーと答えるのではないだろうか。地域が蚊で溢れかえるという発想に対しても抵抗がある上、進化するAIに対する世界的な抵抗感も反対理由の1つである。AIが進化することで個人情報の利用が拡大し、プライバシーの侵害が懸念されるからである。

成功するプロジェクトのほとんどが、コミュニティを教育した上で実行されるというのはこれが理由である。エネルギーを節約して環境にやさしいAI技術を採用することで気温を下げるというポジティブなメッセージを広めるには、地域社会とのパートナーシップが重要な鍵を握っている。

例えばカナダでは各都市が独自の気候チームと気象モデルを備えており、都市部の要所要所にセンサーを設置している。大規模なデータ会社やテクノロジー会社がこういった気象データを入手するのは難しく、都市が進んで共有する必要がある。高解像度・高品質の衛星画像で雲量を調べるのも同様だ。人口データや社会経済的な考慮事項については、データプロバイダーから情報を得る必要がある。

そのためプロジェクトには「信頼のスピード」感が不可欠だ。信頼性が確立されていれば、都市は現実的でスケーラブルなソリューションを提供できるテクノロジー企業にデータポイントを共有する傾向が強くなる。信頼関係がなければ、企業はNASAやCopernicusから入手可能な、一般的なオープンソースデータに頼らざるを得なくなる。

では、企業のプレイヤーやCEOにとってこのことは何を意味するのだろうか。都市向けのAIソリューションは自治体の気候チームやコミュニティを対象としているが、石油やガス会社はどうだろう。この業界の企業は都市の排出量の多くに貢献しているため、二酸化炭素排出量を報告するという大きな圧力がかかっている。

この分野へのAIソリューションでは、製油所や貨物が排出する二酸化炭素量をリアルタイムで追跡できるコマンドセンターが必要だ。製品ごと、従業員ごとの二酸化炭素排出量を減らすようCEOらは義務づけられているが、AIソリューションを導入することで環境への影響に対する説明責任を果たすと同時に、熱波の問題の一端を担っていると認識していることを示すことができるだろう。

熱波に注目が集まるようになったのは、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響によりオフィスで働くことよりも自宅で生活することの方が多くなったためというのもある。一般設備や快適なオフィスから離れた場所で、より顕著に不快感を感じるようになったからだ。

社会変革コミュニティのリーダーたちは企業、NGO、政府、テクノロジーパートナー、コミュニティリーダー間のコラボレーションを促進することにより、気候変動や熱波によるこうした悲惨な影響を逆転させることができるのである。もしかすると、事態が手遅れになる前に、AIとMLから生まれる潜在的なソリューションを実際に展開させることができるかもしれないのだ。

画像クレジット:instamatics / Getty Images

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(文:Shravan Kumar Alavilli、翻訳:Dragonfly)