この記事はCrunch NetworkのメンバーのEric Paleyの執筆。PaleyはFounder Collectiveのマネージングディレクター。
この数年、巨額の金がスタートアップにつぎ込まれている。資金を集めるのが簡単でコストがかからないというのはもちろん有利だ。ファウンダーは単に多額の資金を得られるようになっただけでなく、以前だったら資金集めが不可能だった巨大なプロジェクトを立ち上げることができるし、中には実際ユニコーン〔会社評価額10億ドル以上〕の地位を得るものも出ている。
このトレンドの負の面については、「これはバブルだ」という議論が常に持ち出される。こうした警告は主として経済環境やビジネスのエコシステムのリスクに関するものだ。
しかしスタートアップのファウンダーが日々するリスクについての分析はめったに行われない。簡単にいえば、こういうことだ―より多くの資金はより多くのリスクを意味する。問題はそのリスクを誰が負うのかだ。物事がうまく行かなくなってきたときどのようなことが起きるのか? なるほど資金の出し手は大きなリスクを負う。しかしリスクを負うのはベンチャー・キャピタリストだけではない。
ベンチャー・キャピタルでファウンダーのリスクは増大する
短期的にみれば、ベンチャー資金はチームの給与をまかなうために使えるのでファウンダーが負う個人的リスクを減少させる。ファウンダーは開発資金を確保するためにクレジットカードで金を借り入りるなどの困難に直面せずにすむ。しかし、直感には反するかもしれないが、ベンチャー資金の調達は、次の2つの重要な部分においてリスクを増大させる。
エグジットが制限される
ベンチャー資金の調達はスタートアップのエグジット〔買収などによる投資の回収〕の柔軟性を奪うというコストをもたらす。またバーンレート〔収益化以前の資金消費率〕をアップさせる。実現可能性のあるスタートアップのエグジットは5000万ドル以下だろう。しかしこの程度ではベンチャー・キャピタリストにはほとんど利益にならない。ベンチャー・キャピタリストはたとえ実現性が低くてはるかに大型のエグジットを望むのが普通だ。
ベンチャー資金というのは動力工具のようなものだ。動力工具なしでは不可能が作業が数多くある―正しく使われれば非常な効果を発揮する。
巨額のベンチャーを資金を調達したことによって引き起こされた株式持分の希薄化に苦しむ起業家は非常に多い。巨額の資金調達は、実現性のあるエグジットの可能性を自ら放棄することを意味する。その代わりに、ほとんどありえないような低い確率でしか起きないスーパースター的スタートアップを作ることを狙わざるを得ない状態を作りだす。何十億ドルものベンチャー資金が数多くの起業家にまったく無駄に使われている。スタートアップに巨額の資金を導入しさえしなければ現実的なエグジットで大成功を収めたはずなのに、実現しない大型エグジットの幻を追わされた起業家は多い。.私のアドバイスはこうだ―実現するかどうかわからない夢のような将来のために現在手にしている価値を捨てるな。
バーンレートが危険なレベルに高まる
エグジットが制限されるだけでなく、ベンチャー資金の導入はバーンレートのアップをもたらすことが多い。 スタートアップのビジネスモデルが本当に正しいものであれば、バーンレートの増大は有効な投資の増大を意味する。ところが、スタートアップがそもそも有効なビジネスモデルを持っておらず、増大したバーンレートが正しいビジネスモデルを探すために使われることがあまりに多い。残念ながら正しいビジネスモデルは金をかけたから見つかるというものではない。そうなれば会社はすぐにバーンレートそのものを維持できなくなる。CEOは節約を考え始めるが、そのときはもう遅すぎる。すでにベンチャー・キャピタリストの夢は冷めており、熱狂を呼び戻す方法はない。
導入された資金はすべて持分を希薄化させるものだということを忘れてはならない。粗っぽく要約すると、スタートアップは資金調達後の会社評価額を2年で3倍にしなければならない。1ドル使うごとに2年以内に3倍にして取り返せるというか確信が得られないなら、そういう金を使うべきではない。というか最初からベンチャー資金を調達すべきではない。
繰り返すが、ベンチャー資金は動力工具だ。つまり使用には危険が伴う。しかし未経験な起業家はどんな夢でも常に叶えてくれる打ち出の小槌と考えがちだ。チェーンソーがなければできない作業は数多い。しかし間違った使いかをすれば腕を切り落とされることになる。
ベンチャー・キャピタリストには10億ドルのエグジットが必要―起業家はそうではない
10億ドルのエグジットはもちろん素晴らしい。しかし起業家は最初からそれを成功の基準にすべきではない。ユニコーンを探すのはベンチャー・キャピタル業界特有のビジネスモデルではあっても、スタートアップの成功はそういうもので測られるべきではない。
10億ドルのベンチャー資金の背後にあるビジネスの論理を簡単に説明しよう。
- ベンチャー・キャピタリストが10億ドルのファンドを組成する。成功とみなされるためにはそれを3倍に増やさればならない。
- ベンチャー・キャピタリストは30社に投資する。
- ベンチャー・キャピタリストは10社についてブレーク・イーブン、10社について全額を失う。すると残りの10社は平均して3億ドルの利益をファンドにもたらす必要がある。。
- ベンチャー・キャピタリストのスタートアップの持分は通常2割から3割だ(それより低いことも珍しくない)。このビジネスモデルでは、1社10億ドル以下のエグジットではベンチャー・キャピタリストにとって成功とはみなせないことになる〔10億ドルのエグジットならVCの利益は2-3億ドルとなる〕。
こういう仕組みがあるのでベンチャー・キャピタリストは10億ドルのエグジットを求める。10億ドルのエグジットがたびたび起きないことが事実であっても、大型ベンチャー・ファンドのビジネスモデルがそれを要求する。
単に10億ドルのレベルだけの問題ではない。ベンチャー・キャピタリストのビジネスモデルは2.5億ドルのエグジットについても同じことを要求する。
おおざっぱに言って、スタートアップのエグジットは資金の元となったファンドの総額以上でなければベンチャー・キャピタリストにとって重要な意味があるとはみなされない。これはもちろん「尻尾が犬を振る」ような本末転倒だ。ベンチャー・キャピタリストはファウンダーに「ビッグを目指せ。でなければ止めろ」という非合理な行動をけしかけている。誰も表立って言わないが、「ビッグを目指せ。でなければ破滅だ」というのが裏の意味だ。
もしスタートアップが失敗したら―これは多くのスタートアップがたどる道だ―30社に投資しているベンチャー・キャピタリストはあとの29社に期待をつなぐことができる。しかし起業家には自分のスタートアップ以外に後がない。スタートアップを育てるために注ぎ込んだ努力と時間はまったくの無駄になる。つまりベンチャー資金の調達ラウンドでは、通常、資金の出し手より受け手の方がはるかに大きなリスクを負う。
もちろん一部のファウンダーにとってベンチャー資金は必須のものだ。しかし―フェラーリは確かに優れた車だが、普通の人間が家を抵当に入れてまで買う価値があるかは疑問だ。通勤やスーパーで買い物するためならトヨタ・プリウスを買うほうが賢明だろう。
エグジット額は見栄の数字
もしファウンダーの目標の一つに金を稼ぐことが入っているなら、エグジット額に気を取られるのは愚かだ。スタートアップを10億ドルで売却したにもかかわらず手元に残った利益は1億ドルで売ったときより少なかったということはしばしばある。
身近な例でいえば、Huffington Postは3億1400万ドルでAOLに売却され、ファウンダーのアリアナ・ハフィントンは1800万ドルを得たという。一方、TechCrunchのファウンダー、マイケル・アリントンは同じAOLにTechCrunchを3000万ドルで売却し、2400万ドルを得たと報じられた。ベンチャー・キャピタリストの立場からすればTechCrunchの売却は「大失敗」だ。ベンチャー・キャピタリストならマイケルに「そんな値段では売るな」と強く勧めただろう。ところがマイケル・アリントンはこの取引でアリアナ・ハフィントンより多額の利益をえている。
起業における練習効果
私がベンチャー・キャピタリストから何度も聞かされた議論は、ファウンダーはポーカーでいえばオールインで、全財産をつぎ込むのでなければスタートアップを成功させることはできないというものだ。これはもちろんナンセンスだ。スタートアップを10億ドルに育てるためにはまず1億ドルにしなければならない。起業家は一足飛びに10億ドルに到達できるわけではない。現金化のレベルに到達するまでにはさまざまな段階を踏まねばならない。次の1歩に集中していてもなおかつ、結局はスケールの大きいエンドゲームにたどりつくことはできる。
まだ実現してい将来のために現在を売り渡してはならない
これは本質的に重要な点だ。成功したとみなされるスタートアップを見てみるとよい。Wayfair、 Braintree、 Shutterstock、SurveyMonkey、Plenty of Fish、 Shopify、 Lynda、 GitHub、 Atlassian、MailChimp、Epic、Campaign Monitor、Minecraft、LootCrate、Unity、CarGurus and SimpliSafe等々。こうしたスタートアップはどれも最初から「10億ドルか死か」というような考え方と無縁だった。にもかかわらず、このリストには10億ドル以上の企業が多数含まれている。こうした企業はスタート当初はほとんど、あるいはまったくベンチャー資金を導入していない。プロダクトにニーズがあり、市場に適合していることが明らかになり、さらに需要な点だが、ファウンダーが企業を拡大するためにどのように資金を使ったらいいかわかるようになってからベンチャー資金を調達している。なかにはベンチャー資金に一切頼らなかったスタートアップもある。
上に挙げたようなスタートアップは最初の1日から資金の使い方が非常に効率的だった。こうしたスタートアップには上場したものもあるし、10億ドル以上の金額で大企業に買収された会社もある。私は外部資金に頼らない起業、いわゆるブートストラップを特に推奨するものではない。しかし資金を賢明に使って企業を育てたファウンダーのやり方には学ぶべき点が多々あるとはずだ。
賢いのは人間で、金ではない
私は10億ドル起業のファウンダーとなることを目指すこともできたかもしれないが、事実は起業した会社を喜んで1億ドルで売却した。スタートアップを10億ドルに育てることも1億ドルに育てることも同じくらいの確率で実現するという誤った思い込みをしている起業家が多すぎる。なるほど10億ドルでエグジットするというのはファウンダーの夢としてはすばらしい。しかし5億ドルのエグジットなら間違いなくホームランだし、1億ドルのエグジットは驚くべき成功だ。
5000万ドルのエグジットでも大勢の関係者の生活を一変させるようなインパクトがある。そもそも100万ドル程度の「はした金」の現金化でファウンダーには大きな影響がある。
要するに、エグジットの可能性を早まって売り渡してはならない。持分やオプションを売るのは、スタートアップの将来価値が現在よりはるかにアップするという確信が得られてからにすべきだ。いかに多額の資金を導入しても洞察力が増すわけではない。堅実なビジネスを宝くじの束などと交換してはならない。
会社をスケールさせる必要があるからといっても道理に合わない多額の資金を調達することはビッグ・ビジネスを作る道ではない。起業家は大きく考え、大きな夢を持つべきだ。ベンチャー・キャピタリストの助力を得ることはよい。だがベンチャー資金をステロイドのように使うのは致命的だ。「効率的なスタートアップ運営」をモットーにすべきだ。断っておくが、私は起業家は小さい会社を作るべきだかとか小さい問題だけを解決すべきだとか言っているわけではない。正しい理由があるならなんとしてもベンチャー資金を調達すべきだ。しかしベンチャー資金ラウンドの華やかな見かけのために将来を売り渡してはならない。ベンチャー資金はファウンダーの自由を奪い、不必要に高いバーンレートをもたらす可能性がある。
実は大部分のスタートアップにとってベンチャー資金の導入は正しい選択ではない。正しく使われればベンチャー資金はきわめて有効だ。しかし残念ながら、多くの起業家は正しい使い方をしていない。
画像:xijian/Getty Images
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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+)