テクノロジーで「聞こえ」の課題に取り組み、スマートフォンアプリで「音の最適化」が行える聴覚サポートイヤフォン「Olive Smart Ear」(オリーブスマートイヤー)を開発・販売するOlive Unionは4月5日、シリーズBにおいて、第三者割当増資と金融機関からの融資による総額約7億円の資金調達を発表した。引受先は、Beyond Next Ventures、Bonds Investment Groupが運営または関与するファンド。借入先は日本政策金融公庫など。累計調達額は約20億円となった。
調達した資金は、「聞こえ」に課題を持つ方をはじめ耳鳴りなどの耳鼻領域における新製品の研究開発および既存製品のマーケティング費用、デジタルヘルス領域で注目されているデジタルセラピューティクス(DTx。Digital Therapeutics / デジタル治療)を見据えたソフトウェア・アプリの研究開発および調査にあてる。DTxとは、デジタル技術を用いて、疾病の予防・診断・治療などの医療行為を支援するソフトウェア(SaMD: Software as a Medical Device)を指す。
なおOlive Unionは、現行製品ではカバーしていない、「聞こえ」に関してより重い課題を抱えている方向けに、2021年9月以降の新製品リリースを予定しているという。
2016年創業のOlive Unionは、デジタルヘルス領域における耳領域のひとつ、「聞こえ」に課題を持つ方と潜在的社会課題に向けて、Olive Smart Earの開発・発売に取り組むスタートアップ。同製品は、独自開発のサウンドアルゴリズムを搭載したアプリにより、人の手を介さず自動で音の調整が可能だ。
日本における「聞こえ」に課題を持つ人口は1500万人超とされ(日本補聴器工業会「JapanTrak 2018調査報告」)、高齢化とともに増加が進んでいるものの、補聴器普及率は約14%と主要各国における使用率の半分にも満たない状況という。
Olive Unionはこの課題の解決を図るべく、DTxを見据えたアプリ・サービス開発に取り組み、自宅にいながらにして耳領域におけるDTxが実現する未来をミッションのひとつとして研究・開発を進めているという。
使い心地やデザインを理由に、叔父が使用を止めたことがきっかけ
Olive Unionの創業は、創業者兼代表取締役Owen Song(オーウェン・ソン)氏が、叔父の家で高額な補聴器がごみ箱に捨てられていることに気が付いたのがきっかけという。叔父は難聴を患っていたものの、補聴器の使い心地やデザインなどを理由に、1週間程度で使用を止めたそうだ。
そこで、ソン氏が補聴器を分解したところ、要素技術や部品などで改善の余地が多いことがわかったという。「メガネをかけるように、自然に『聞こえ』をサポートする製品を作れないか」というアイデアが浮かび、プロダクトデザインこそ「聞こえ」の課題解決を実現できると確信した。
実はソン氏は、学生時代はサムスン直下のSamsung Art & Design Institute(SADI。サムスン アート&デザイン インスティテュート)でプロダクトデザインを専攻し学んでおり、日常生活での鍵の締め忘れを防止するプロダクトを手がけ、世界三大デザインアワードのひとつ「Red Dot Design Award」で「Best of Best」を受賞(2008年)したという経歴の持ち主。その知見が活きた形だ。
補聴器の世界では、開発から販売まですべてを一貫して手がけている企業がないため製品化プロセスの様々な面でコストが膨れ上がりやすく、開発側の観点では性能上大差がない場合でも高額になる傾向にあるという。
また補聴器は、他人から見えないように耳穴に入れる、また肌色にするといった「隠す」デザインが主流だったそうだ。これら複数の要因により、ソン氏は「聞こえ」に関連する市場、イメージなどについて閉鎖的な印象を受けた。
そこで「従来の聴覚サポートの概念を覆す製品をつくる」というコンセプトを掲げ、まず開発を始めたのがソフトウェアの開発。Bluetooth接続機能を搭載した聴覚サポートデバイスに、ユーザー自らが「聞こえ」の調整が行えるイコライジング機能を搭載した。Olive Smart Earは、音響工学とデザイン設計による聴覚サポート機能とサウンドを楽しめる製品として、2016年に米クラウドファンディング「Indigog」で予約を実施。開始1カ月で約1億円の資金調達を達成した。
ファッショナブルなメガネのように、プロダクトデザインで「聞こえ」の課題、社会課題を解決する
そして、2019年に発売を開始した製品が2代目Olive Smart Earだ。Olive Smart Earのデザインは一般的なイヤフォンと変わりなく、外観だけでは聴覚サポートイヤフォンなのかどうか区別がつかない。「聞こえ」に課題がある方が装着しても、第三者にはまったくわからないはずだ。
ユーザーは、Olive Smart Earを初めて装着した際に、専用アプリにより高音・低音が聞こえる状態について確認される。ここでは特定の音が聞こえるかどうかに対してタップ操作を行うだけでよく、面倒な設定などは必要ない。
Olive Smart Earを初めて装着した際には、専用アプリにより高音・低音が聞こえる状態についてユーザーに対して確認を行う(画面写真左)。この調整は、いつでもやり直せる(画面写真右)
Olive Smart Ear用アプリのホーム画面(画面写真左)。環境モードの変更、音量調整などが可能。イコライザー設定では聞こえる周波数の微調整が行える(画面写真右)
この調整アルゴリズムはOlive Unionが独自開発したもので、世界初という。補聴器の場合専門店などで定期的な調整が必要になるが、Olive Smart Earではアプリによりユーザー自身が調整可能とすることで、聴覚サポートに必要な人件費の抑制にも成功した。
またOliveUnionが強調している点に、「なぜ聴覚サポートデバイスはファッショナブルでないのか?」がある。視覚の課題を解決するメガネはファッション性に富み、身に着ける楽しみがあるように、同社は耳の領域における研究開発とともにプロダクトデザインの多様性を追求しているという。
この取り組みの理由は、ソン氏の開発における出発点のひとつに「着用を恥ずかしく感じさせない、格好良くしよう」という思いがあるからという。同氏は、「デザインが社会課題を抜本的に解決する」と信じているとした。
同氏は、人の心理にある「補聴器を身に着けることへの恥じらい」に答えがあると感じているという。補聴器のデザイン開発は、耳の中に隠すという流れが主流となっており、これに応える形で大きさやデザインが発展を遂げてきた。ただ小型デバイスは装着を隠す代わりに性能を低下させざるをえないことがあり、利用者の満足度が低くなる可能性があるという。この課題を突き詰めて、プロダクトデザインから「聞こえ」の可能性を最大化することに取り組んだそうだ。
アメリカでは、食品医薬品局(FDA)から医療機器認定を取得
Olive Smart Earは、すでに公式サイトや家電量販店などで販売しており、ユーザーのボリュームゾーンは40~60代という(男性が7割)。同社は、「聞こえ」に課題がある方にとって、デザイン面や価格面で手に取りやすいとしている。
ただOlive Smart Earは、米国では食品医薬品局(FDA)から補聴器として医療機器認定を取得しているものの、日本では医療機器関連の認証を得ていない。この点は、同社公式サイトの「よくある質問」でも明示している。
日本での取得の計画があるか確認したところ、まずはデザインや機能、価格の点でブレイクスルーを起こし聴覚サポート機器の普及率を向上させることを目指しており、マーケティング上日本では認定取得は最適ではないと考えているという。
同社はFDAからの医療機器認定取得という実績・ノウハウから、日本で申請した場合も数カ月で取得できるものと考えており、むしろ日本では(同社調査によると)補聴器・医療機器に対するイメージや補聴器の価格に関する印象について懸念しているそうだ。医療機器に関する認定の重要さは認めるものの、「聞こえ」に関する課題を抱える方に気軽に利用してもらう上で制約になる可能性を考慮しているとした。
「聞こえ」に課題を持つ方とともに、愚直に解決に取り組む
Olive Unionは、「聞こえ」に課題がある方に使ってもらうことに注力しており、日本においては3年以内に10万人ユーザーの獲得を目指しているという。世界マーケットではすでに2万台を販売しており、やがては5000万ユーザーを獲得したいとしていた。
ソン氏は、シリコンバレーに由来するスタートアップのトレンドなどは理解しているものの、本当にそれらが人々の生活に必要なのか疑問に考えており、必要性を問いかけたいという。同氏は「聞こえ」に課題を持つ方とともに、愚直にその課題解決に邁進したいとのことだ。
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