【コラム】マイニング業界の転換で訪れる、暗号資産のグリーンな夜明け

気候変動は現代における主要な問題だ。政策立案者から個人まで、誰もが持続可能性とグリーンな行動が社会に浸透するために自らの役割を全うする責任を持っている。

事実、米国から中国まで世界中の政府が気候変動に積極的に取り組んでおり、最近行われた2021年国連気候変動会議、COP26は、 パリ協定の目標に向けた気候変動対策の推進力となっている。

企業もまた大きな責任を負うべく前進を続けており、今や多くの投資家が、財務実績だけでは成功の指標に足り得ないと考え始めている。ESG(環境・社会・ガバナンス)指標、即ち負の外部性(negative externalities)が、社会に役立つ事業活動の真の価値を決めるためにいっそう考慮されるようになった。

その中で、金融インフラを再活性化させるプロセスがますます注目を集めている。Bitcoin(ビットコイン)をはじめとするデジタル資産は、ESG基準をどの程度満たしているのだろうか?この疑問は暗号資産の利用がいっそう幅広い層に行き渡るにつれ、これまでになく重要になってきている。米国では複数のBitcoin先物ETF(上場投資信託)が取引されおり、機関投資家の関与も最高水準に達し、 Standard Chartered(スタンダードチャータード)、 State Street(ステート・ストリート)、Citibank(シティバンク)をはじめとする多くの世界最大級の金融機関が、静かにこの分野で準備を進めている。

規制の明確化も世界でさまざまな人々の参加を可能にし、それぞれのデジタル資産戦略を加速させている。EUの広範囲にわたるMarket in Crypto-assets(暗号資産市場、MiCA)規制フレームワークは、欧州議会で法制化手続きが進められている。一方米国でも、Gary Gensler(ゲイリー・ジェンスラー)氏率いる証券取引委員会が、ステーブルコインと分散型金融(DeFi)のためのフレームワークを明確化する意志を表明している。

デジタル資産が真に主流となり、全世界の投資家のポートフォリオで地位を固めるためには、各国政府と企業が従うべきものと同じ厳格なESG基準の対象にならなくてはいけない。業界が徐々にこの要件を受け入れ、高まる受け入れに呼応して環境自主規制のプロセスを強化していることは特筆すべきだろう。

Bitcoin Mining Council(ビットコイン・マイニング協議会)などの組織は、報告基準を高めることで業界の透明性向上に取り組んでいる。多くの暗号資産ネイティブ組織も、Crypto Climate Accord(暗号資産気候協定)に参加して、暗号資産関連活動にともなう電力消費の2030年までの排出量実質ゼロを誓約している。

しかし、こうしたあらゆる活動にとって、おそらくデジタル資産のエネルギー効率化における唯一最大の貢献は、業界の制御がまったく届かないところで決定されている。2021年5月、中国国務院は暗号資産のマイニングおよび取引を全面的に禁止した。かつて全世界Bitcoinマイニングハッシュレートの44%を占めていた暗号マイニング(採掘)の世界拠点でのこの決定は、採掘者の他の司法権の下への大量脱出を呼び起こした。

これはBitcoinマイニング業界のエネルギー効率化にとって極めて大きな意味をもつ動きだ。電力の石炭依存が高い中国経済を離れ、再生可能なエネルギー形態の多い他の地域へ移動することを意味しているからだ。

北米はこの動きの大きな受益者であり、マイニングハッシュレートの米国シェアは、 4月の17%から8月は35%へと上昇した。カナダのマイニングハッシュレート、9.5%を加えて、今や北米は世界供給の50%近くを占め、全世界マイニングハッシュレートを支配している。

米国のエネルギー生産は全州に分散しているが、この転換はBitcoinマイニングの持続可能性にとって朗報だ。米国は再生可能エネルギーが豊富であることに加えて、大規模なマイニング会社は薄利な業界で競争しており、主要な変動コストはエネルギーであることから、インセンティブは最安値のエネルギー源に移行することであり、その大部分が再生可能エネルギーだという事実がある。

たとえばニューヨーク州はBitcoinハッシュレートで最大級のシェアをもつ州の1つであり、Foundry USAのデータによると、州内エネルギー生成の3分の1が再生可能資源によるものだ。同じくBitcoinマイニングハッシュレートで高いシェアをもつテキサス州も再生可能エネルギー生産の割合を高めており、2019年には電力の20%が風力によるものだった。

さらに、Bitcoinマイニング業界には、電力網にまだつながっていない孤立した再生可能エネルギー源を使用することにインセンティブを与えるという独自の仕組みがある。再生可能エネルギー生成の収益化手段となることで、Bitcoinマイニングが再生可能エネルギー構築をいっそう加速する可能性を秘めている。

こうした再生可能エネルギー源への転換は、反対派に対して、Bitcoinを含むデジタル資産業界全体が持続可能性の精神と一致しながら成功できることを示し始めている。ただしそのような変遷はただちに起きるものではなく、大規模のマイニング事業が新たな地域で再構築するためには長い時間がかかるだろう。

つまるところ、暗号資産の提供する価値がそのエネルギー消費に見合っていることを世に知らしめられるかどうかは、デジタル資産サービスプロバイダーにかかっている。2021年だけでも、デジタル資産の炭素排出量削減は大きな進展を見せており、今後も暗号資産が持続可能性の旅を続けていけば、企業や機関投資家の参入も後に続くだろう。

編集部注:本稿の執筆者Seamus Donoghue(シーマス・ドノヒュー)氏は METACO(メタコ)の戦略的アライアンス担当副社長。

画像クレジット:Andriy Onufriyenko / Getty Images

原文へ

(文:Seamus Donoghue、翻訳:Nob Takahashi / facebook

NYの都市型屋内水耕農業ゴッサムグリーンズがカリフォルニアに4万平米の研究農場開設

この数カ月間、かなりの時間を割いて垂直農法(vertical farming)について調査、執筆する中、あるキーワードが何度も浮かんできた。「近接」だ。近年の農業で使われている手法の多くが、農作物を遠距離に輸送することに注力し、結果的に炭素排出量を増やしている。Gotham Greens(ゴッサムグリーンズ)は厳密には垂直農法ではないが、地元生産農業の象徴になってたのは、ニューヨーク州ブルックリン、ゴーワヌス地区のWhole Foods(ホールフーズ)店舗の真上に立てられた都市型グリーンハウスのおかげだ。

創立10年の同社は、現在ニューヨーク市内の3カ所(ブルックリンに2つ、クイーンズに1つ)の他、東海岸(メリーランド州ボルチモアとロードアイランド州プロビデンス)に2カ所、中西部(ミシガン州シカゴ)に2カ所、山岳部(コロラド州デンバー)に1カ所所農場を所有している。米国時間12月8日、同社は西方向への拡大を進め、カリフォルニア州で初めてのグリーンハウスを、UC Davis(カリフォルニ大学デービス校)近くに設置したことを発表した。

画像クレジット:Gotham Greens

Gothamで9番目の農場は、広さが10エーカー(約4万平米、4ヘクタール)で、栽培に必要な資源を劇的に減らすように設計されている。同社は水耕技術を用いて、レタス1玉の栽培に通常必要な水、10ガロン(約37.9リットル)を1ガロン以下まで減らすことができるという。農場全体では年間2億7000万ガロン(約102万キロリットル)の水を節約でき、占有面積は従来型農業よりも300エーカー(121ヘクタール)少ない。

国の農作物のかなりの部分を生産しているカリフォルニアへの進出は興味深い動きであり、ニューヨークやシカゴに施設を開設するのとは明確に異なる戦術だ。もちろん、カリフォルニアの農作物栽培への誇り高き伝統にも関わらず、この州も気候変動の極めて深刻な影響を受けている。

画像クレジット:Gotham Greens

「カリフォルニアは北米の葉物野菜生産の中心であり、気候変動による水不足や山火事をはじめとするさまざまな影響が、農業に不可欠な資源を圧迫しています。私たちはカリフォルニアに拠点を置くことで、ますます深刻化する気候変動の影響に対する農産業界の解決策の1つになることを熱望しています」と共同ファウンダー・CEOのViraj Puri(ビラージ・プーリー)氏はリリースで語る。「カリフォルニア北部の当社最新のグリーンハウス施設は、地域全体の小売店やフードサービス提供者に商品を提供しながら、土地や水をはじめとする貴重な資源を保護するために、戦略的に選ばれた場所にあります」。

UCデービス校近郊という場所に間違いはない。同社は同大学の研究者と協力していきながら、将来の従業員との堅牢なつながりをつくるに違いない。さらに同社はこの機会を利用して、2024年までに同社がパッケージに使うプラスチックを40%(対2020年比)、使用電力を5%削減する計画も発表した。

画像クレジット:Gotham Greens

原文へ

(文:Brian Heater、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】地球を救い、利益を上げるために地球の最大の課題に投資する

それを持続可能性と呼ぼうが、ESGまたは気候技術と呼ぼうが構わないが、お金を稼ぎながら良いことをしようとする動きが世界を席巻していることは間違いない。

ブルームバーグによれば、世界の持続可能性への投資資産は、2020年には35兆3000億ドル(約4000兆円)に増加している。これは「世界をより良い場所にする」ことで利益を得ようと管理されている3ドル(約340円)分に対して約1ドル(約110円)分に相当する。

こうした資金がベンチャーキャピタルに流れ込む中で、世界は地球を温暖化の摂氏1.5度以内に保つために、気候関連の最も困難な問題のいくつかを解決しようとしている。PwCのレポートによると、投資家は緊急性を感じているようだ。気候技術への投資が、2013年から2019年の間に、VC全体よりも速いペースで成長している。

関連記事:気候テクノロジーへのVC投資はVC全体の5倍の速さで成長、PwC最新レポート

なお、この記事では「インパクト投資」という用語が、社会的責任投資(SRI)や環境、社会、ガバナンス(ESG)といった他の用語とおおよそ同じ意味で使われていることをお伝えしておく。本質的に「インパクト」とは「世界をより良い場所にする」ことだ。

しかし、そこにはインパクト投資の問題がある。見る人の目に良いものが映っている場合、正確には何が良いものなのだろうか?

例えばフィリップ・モリスは年間7000億本の紙巻たばこを製造していながら、投資家を惹きつけるESG目標を目指して努力している。目眩しの論理、だが要点はおわかりだろう。

Hans Taparia(ハンス・タパリア)氏はこれを美しく説明している

多くの投資家の考えに反して、ほとんどの格付けはESGファクターに関連しているだけで、実際の企業責任とは何の関係も持っていません。代わりに、彼らが測定するのは、ESGファクターによって企業の経済的価値がリスクにさらされる度合いです。例えば格付け会社が、ある会社に対して、その会社の汚染行為が適切に管理されているかその会社の財務価値を脅かさないと見なした場合には、重要な排出源でありながらも高いESGスコアを付与する可能性があります。

手に入るのは測定したものだけだが、公的公正の世界では、その測定がひどい誤解を招く可能性がある。それでも個人投資家たちは、巧みな「ESGファクター」のマーケティング活動を受けて、そのファンドに投資するだろう。

だが、最大のインパクトを与えるために最善の努力をしている本物の投資マネージャーたちもいる。

インパクトを示すために、そうしたマネージャーはIRISなどの標準的な測定フレームワークを採用している。しかし、インパクト測定を適用するのは非常に難しいことで知られている。それらはまた、測定すること自体が非常に難しく、多くは本質的に主観的であり、それらを改善しようとするソリューションと比較して測定するのに費用がかかるのだ。

さらに、肯定的な結果を生み出す複数の要因が存在する可能性があり、それらの結果を改善する際の特定の原因や結果を識別することはしばしば不可能だ。その結果、マネージャーは次善の策に頼ることになる。すなわち行動や実装を測定するのだ。しかし、目立つ指標を変化のための指標ととり違えてしまうことは容易に起こり得る。

例えば遊んでいる子どもたちが回転させることによって、地下水を汲み上げるメリーゴーランド装置のPlayPumps(プレイポンプス)は、その好例だ。PlayPumpsの設置数、それを使用している子どもの割合、もしくは汲み上げられた地下水の量は、コミュニティがポンプのおかげで、きれいな水にアクセスしやすくなっているどうかを必ずしも示していなかった。

これらはそれでも変わらずに財務実績を提供しなければならないファンドマネージャーや企業経営者による発表であることを忘れてはならない。

ドルの価値とは異なり、影響の測定は曖昧で真の基準がないため、投資家が投資ポートフォリオの社会的影響を比較したり、相対的なパフォーマンスを評価したりすることはより困難になる。これにより、パフォーマンスベースの出資をインパクト測定と結び付けることもほぼ不可能になる。

インパクトは具体化するのに時間がかかり、多くの場合、ファンドまたは会社による影響の範囲外にある。四半期ごとを生き抜く金融の世界では、選択を行う必要がある場合には、ドルを最大化することが常に簡単な選択となる。

それでもインパクトが存在できる特別な場所がある。それはマネージャーと企業の間のインセンティブが一致し、特定の測定値はそれほど重要ではなく、測定期間が真の違いを生むのに十分な長さで考えられるような場所だ。

そうした特別場所とは?アーリーステージのベンチャーグループだ。

Creative Venturesでは、インパクトを機会を見るレンズとして使用している。インパクトが大きければ大きいほど、問題も大きくなり、市場機会と経済的利益も大きくなる可能性があることを私たちは理解している。

インパクトは問題がある場所に存在するからだ。高度なインパクト測定に悩まされている世界で、私たちのアプローチは、EVのコストが20%低く、40%遠い場所まで行くことができる世界を想像している。ガンを治せる世界。すべてのデータセンターのエネルギー消費量が半分になる世界。

そして、これらの企業の1つだけが成功しただけでも、世界がはるかに良い場所になるとは思わないだろうか?

編集部注:本稿の執筆者Champ Suthipongchai(シャン・スティポンチャイ)氏は、労働力不足、医療費の増加、気候危機の影響に取り組むスタートアップたちに投資する、ディープテックVCであるCreative Ventures(クリエイティブ・ベンチャーズ)の共同創業者でゼネラルパートナー。

画像クレジット:Hiroshi Watanabe / Getty Images

原文へ

(文: Champ Suthipongchai、翻訳:sako)

コーヒー2050年問題に挑むTYPICA、世界のコーヒー流通をDX

朝、目覚めたあとに、「まずコーヒー」という人は多いだろう。全世界でコーヒーは毎日22億杯飲まれている。つまり、(正確ではないが)世界人口の4分の1の人にとって欠かせない飲み物である。世界中で石油の次に多い流通量というのもうなずける。

しかし今のままでは、おいしいコーヒーを飲めなくなる時代がやってくるといわれている。「コーヒー2050年問題」だ。

その問題とは何か、何がその原因となっているのだろうか。コーヒー豆のダイレクトトレードプラットフォームを提供するTYPICAが開催したメディアセミナーで、それらに加え、同社の考える解決策や、実際に見られている成果について代表 後藤将氏に聞いた。

TYPICA代表の後藤将氏。普段はオランダを拠点としている(画像クレジット:YASUAKI HAMASAKI)

コーヒー2050年問題

私たちが普段飲んでいるコーヒーは、赤道を挟んで北回帰線(北緯25°)と南回帰線(南緯25°)に挟まれた「コーヒーベルト」と呼ばれる、地球上でもごく限られた地域で生産されている。そのため、消費量の多い欧米をはじめ、日本でも輸入に頼らざるを得ない。つまり、コーヒーは貴重な農産物なのだ。

しかし、過去30年間で世界のコーヒー生産は600万トンから1030万トンへと70%も増加している。

喜ばしいように見えるこの成長の裏にあるのが、これまで生産していなかった国のコーヒー業界への台頭だ。以前であれば主要な生産国はコロンビア、メキシコ、エチオピア、グアテマラ、エルサルバドルなどであったが、最近ではベトナムといった東南アジアでも生産が盛んになってきている。

もともと生産量の高かったブラジルと、近年になって生産を開始したベトナム。この2国による大量生産が、コーヒー生産の増加の85%を牽引している。

国別生産量の遷移。赤い線で表されている生産国は今後の生産が危ぶまれている

では何が問題なのか。

コーヒーの品種(原種)にはアラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種があり、全流通の60%をアラビカ種が占めている。

このアラビカ種は、高品質で、いわゆる「おいしい」コーヒー。缶コーヒーなどでも、誇らしげに「アラビカ豆使用」とプリントしてあるものを目にしたことがあるだろう。

おいしくて高品質な反面、アラビカ種は病害虫に弱く手間がかかる。つまり、コストがかかるのだ。

しかし、気候変動による収穫量の減少、収穫可能なエリアの変化、買い手が価格を決める「先物市場」という取り決めなどにより、生産者が1年もの間、手間ひまかけて生産したコーヒーで生活できなくなりつつある。しかも、大量生産する国が生産量を上げてきたことから、需要と供給のバランスが崩れ、価格が下がり気味。流通量が増えれば増えるほど、小規模生産者の手取りが減り、コーヒーで生活できなくなってしまうのだ。

コーヒーは天候に左右されやすく、収穫後も果皮を発酵させたり、水洗いしたり、天日干ししたりと何かと手間がかかる

そうすると、生活のためにマンゴーやバナナといったリスクが少なくコストのかからない農産物へと添削する農家が増える。その結果、これまで小規模ながらも高品質で希少なコーヒー豆を輩出していた生産者が減り続け、2050年には「普遍的」で「平準化」されたコーヒーは飲めても、おいしくて高品質、かつ個性豊かなコーヒー(ケニア、メキシコ、エルサルバドルといった産地のもの)を飲めなくなってしまうと予測されているのだ。

セミナーの最中にふるまわれた3種の希少なコーヒー(画像クレジット:YASUAKI HAMASAKI)

これがコーヒー2050年問題といわれているものだ。

サステナビリティ×DX=TYPICA

では、30年後の世界にもおいしいコーヒーが存在し続ける方法はないのだろうか。

それを解決する1つの鍵は、生産者がコーヒー豆の生産で生計を立てられるようにすることだ。つまり、生産者が生活を続けられるようにすることが、おいしいコーヒーのサステナビリティにつながる、というわけだ。

TYPICAは、コーヒー豆生産者が国際価格で売らざるを得ない状況から、世界各地のロースターに適正価格でダイレクトトレードできるような仕組みを整えた。

それが、社名にもなっているコーヒー豆のダイレクトトレードプラットフォーム「TYPICA」だ。

TYPICAの仕組みはこうだ。

コーヒー豆の生産者がニュークロップ(収穫し精製したて)のコーヒー豆を、TYPICAのオンラインプラットフォームに登録(オファー)する。ロースターは更新されたオファーリストから、購入したい生産者のコーヒー豆を選び、価格を確認して予約する。単位は麻袋で、1袋に約60キログラムの生豆が入る。

購入個数により、手数料率が変化する。輸入にかかる費用などもわかったうえで、ロースターは購入する

予約数が確定したところで、TYPICAが総数を取りまとめ、輸入する。国内到着後、各ロースターに配分。在庫を持たず、在庫から受注分を配送するわけではないため、到着したばかりのフレッシュな生豆をロースターに届けられる。もちろん、在庫を持つことによる余計なコストもかからない。

一般的に、個人店のロースターが生豆を購入するのは問屋や卸業者からである。それら業者は、商社がコンテナ単位(約18トン)で仕入れて流通させたものを取り扱う。その結果、チェーン店ではないロースターは、「一般的」な「よく知られている」生豆を仕入れるほかない。独自性を打ち出すとしたら、焙煎方法やブレンドの比率を変更するぐらいしかなかったのだ。

しかし、TYPICAを利用することにより、名前を知ることがなかったような中小規模の農園が作る、高品質で希少なコーヒー豆に出会えるため、他店との差別化を図れるようになる。

国内で名前の知られていない中小規模の農園で作られたコーヒー豆の買い付けに不安を感じさせないよう、TYPICAでは次のようなものを提供している。

  1. サンプルリクエスト:オファーリストの中から、生産者(農園または精製所)の扱っている品種を選び、リクエストする。ロースターは、届いたものをカッピング(ワインでいうところのテイスティング)して購入を検討する
  2. カッピングコメント:カッピングしたロースターは、オファーリスト内にカッピングコメントを書き込める。それを参考にして購入を検討する
  3. 生産者情報:コーヒーの味を決めるのは品種だけでなく、エリアや標高も関係している。開示されている生産者情報をもとに味を予測し、購入を検討する

実際に、サービスを利用しているロースターの1人である石井康雄氏(Leaves Coffee Roasters)は、「新しい農園を発見することにより、他店との差別化が図れる。大規模ロースターのようなネームバリューがなくても、高品質なコーヒーを入手するチャンスが与えられている」とコメントした。

ケニアでコーヒーカンパニーを経営しているピーター・ムチリ氏(ロックバーンコーヒー)は、「生産者からロースターの元へ豆が届くまでの費用に透明性があるおかげで、生産者のモチベーションが上がっている。なぜなら、彼らにきちんとした対価が支払われていることがはっきりわかるからだ」とコメント。ボリビアで精製所を経営しているフアン・ボヤン・グアラチ氏(ナイラ・カタ)は、TYPICA側の人がインタビューのために生産者と会うので、信頼関係が生まれ、モチベーションもアップして、コーヒーの生産を続けるという意志が生まれている。また、ヨーロッパやアジアのロースターに、自分たちの豆が届く、ということも、彼らに良い影響を与えている」と語った。

なお、TYPICA自体のサステナビリティも気になるところだが、現在のところロースターから得る手数料(15~30%。購入袋数によって段階的に遷移)によってマネタイズしているという。

世界59カ国でサービスを開始したとはいえ、まだ赤字状態が続いている。「2025年が損益分岐点になるだろう。今は、投資を受けつつ、面を取りにいく段階にある」と後藤氏は語った。

コーヒーを愛するすべての人がコーヒーを愛し続けられるように

「これまで、ロースターが、離れた場所にいる生産者について知るすべはほとんどなかった」と後藤氏。「今回のように我々がオーガナイズしたイベントに、生産者とロースターにオンラインで参加してもらうことで、お互いの顔を見られるようになった。それが、ロースターにも生産者にも良い影響を与えている」という。

また、「今まで、中小規模の生産者は、世界にオファーできなかったが、TYPICAのプラットフォームを通じて、ダイレクトトレードが可能になった。ロースター側も中小規模の生産者からオンラインで購入できるようになった」と述べ、「これがコーヒー業界のDXたる所以だ」と説明した。

共同代表の山田彩音氏は「大規模生産されたものが大量に流通するようになったため、コーヒー豆の生産地に依る多様性が失われているという声がある。また、どのロースターに行っても、同じような品種しか置いていない。TYPICAというプラットフォームを利用することで、ロースターはオリジナリティを発揮できるし、客側としてはスペシャリティコーヒーを身近なロースターで楽しめるようになる。生産者の生活も守られ、持続性に役立つと考えている」と、TYPICAが果たす役割についてまとめたていた。

鈴木洋介氏(ホシカワカフェ)は、「遠い国にいる生産者も、私たちと同じように生活しているんだ、という意識を改めてもてるようになった。彼らの中には、自分たちが生産したコーヒーを飲んだことのない人がいることだろう。『あなたの育てたコーヒーは、こんなふうに焙煎されました』と、生産者に飲んでもらえる仕組みを作ってもらえたら」とコメントとともに要望を出した。

今後の展望については、「マンツーマンで、オンライン商談できる場を提供したいと考えている。言語の壁があるので、通訳付き。チケット制にして30分間、直接商談してもらえるようになる」と後藤氏。それがもたらす「おいしくて高品質」なコーヒーの持続性への効果について、次のように期待を込めて語った。

「これにより、中小規模の生産者であっても、世界中のロースターを相手に取引できるようになり、農園を続けるモチベーションを保ってもらえる。また、自分たちが販売した価格と、ロースターが購入した価格の差について透明性が保持されているため、搾取されているという気持ちが生まれない。正当な対価が支払われていると感じてもらえる。

コーヒー生産で生活できるようになれば、農園を続けたいと考えたり、もっと質の高いものを生産したいと試行錯誤したりしてくれるようになる。それが、多様で希少なコーヒーのサステナビリティへとつながるのだ」と後藤氏はいう。

画像クレジット:YASUAKI HAMASAKI

環境保護は企業の負担ではなく利益の機会とSpoiler Alertは主張する

私たちは食品の育成や加工、輸送、販売などに、とてつもない量のリソースを割いている。十分に食べられない人がいる世界で、米国では生産される食べ物の30から40%が消費されていないことは恥ずかしいことだ。Spoiler Alertはこの問題に焦点を当てた。同社は最近1100万ドル(約12億30000万円)を調達してその仕事の規模を広げ、もっと多くの食べ物を、祭壇の供物にすらならないことから救おうとしている。

Spoiler Alertの共同創業者でCEOのRichard Ashenfelt(リチャード・アシェンフェルト)氏の説明によると「食品の廃棄は企業の利益機会の大きな喪失で終わる問題ではなく、地球レベルの気候危機の最大の原因でもあります。私たちが最初から抱えているビジョンと仮説は、『食糧を大規模に生産している企業などに、良質な製品が廃棄物になることを防止するツールや英知、そしてネットワークへの接続を効果的な方法で提供するためには、何をどうすべきか』という点にあります。私たちは、大量廃棄や有機物リサイクルに頼る前に、このビジョンをできるだけ多くの消費者に届けようとしています」。

Spoiler Alertのプラットフォームを、現在、多くの世界の大規模加工包装食品メーカーが、彼らのB2B流動化プロセスのデジタル化のために利用している(従来廃棄物になっていたモノの現金化)。顧客は、NestléやKraft Heinz、Campbell Soup Company、Danone North Americaなどで、4社とも世界最大の食品と飲料メーカーだ。

Spoiler Alertの共同創業者でCPOのEmily Malina(エミリー・マリナ)氏は次のように語る。「私たちが固く信じていることは、もはや廃棄という処理方法は必要なものではなく、事業費用として容認できるものでもないということです。私たちが行っていることのすべては、そのままにしておけば腐敗するだけの食品在庫をできるだけはやく移動して、それらを企業とリテイラーと消費者とそしてこの惑星の利益に変換することです」。

それがどうして同社のミッションになったのか、アシェンフェルト氏の説明は続く。「世界の食べ物の、供給の30〜40%は、消費されずに終わる。さまざまな対気候変動ソリューションをリストし検証しているProject Drawdownの研究調査によると、地球規模の気候危機に対する有効性の大きい対策の1つが、食品の廃棄を減らし解消することだ。私たちの場合は、食べ物を埋立地行きから救いだせば救い出すほど、大気汚染は減少し、リソースはそのプロダクトをもっと良い方法で収穫し流通することに向けられる。それは究極的には、それらのプロダクトを売ることによって企業の利益にもなり、プロダクトの償却が減るので、廃棄費用も不要になります」。

Spoiler Alertの創業者リチャード・アシェンフェルト氏とエミリー・マリナ氏(画像クレジット:Liz Linder Photography

企業はSpoiler Alertの柔軟性が高くしかもプライベートな流動化プラットフォームを利用して、余剰在庫や短納期の在庫、陳腐化した在庫などをシームレスに販売することができる。それが企業の利益を増やすことにつながり、リテイラーやその他の在庫一掃チャネルにとって臨時在庫の強力な供給になる。しかも「遅すぎた」ということがない。Spoiler Alertの強さを感じるのは、同社が資本主義の枠内で操業してこの問題の解決に取り組んでいるためだ。

アシェンフェルト氏は「私の父は環境問題の弁護士で、学生および学者としての私はその全精力を、世界最大のエネルギーと環境の問題を、プライベートセクターがプライベートセクターでありながら解決できる方法の研究に捧げてきました。私は生まれながらの環境保護家ですが、商業的であろうと努めてきました。企業や消費者が環境に対して正しいことをするための、容易で具体的なソリューションを私は追究してきた。そんな私たちが強く感じているのは、持続可能な気候にフォーカスした投資へのベストアプローチは、企業がスケールできる本物のビジネスに根ざすものでなければならない、ということです」という。

この投資をCollaborative Fundがリードし、Acre Venture PartnersThe Betsy & Jesse Fink Family FoundationMaersk GrowthSpring Point Partners、そしてValley Oak Investmentsが参加した。

画像クレジット:Spoiler Alert

原文へ

(文:Haje Jan Kamps、翻訳:Hiroshi Iwatani)

気候変動に配慮する企業の水に関するリスクと持続可能なソリューションを追跡するWaterplan

新鮮な水は、気候変動の影響をますます受けている多くの資源の1つである。そしてその影響は、この豊富だが限りある天然資源に依存している企業にも及んでいる。シードラウンドで260万ドル(約2億9000万円)を調達したWaterplan(ウォータープラン)は、企業の水使用が地域の環境にどのような影響を与えるかということだけではなく、避けられないと思われる危機が到来したときに事態を沈ませておくのに役立つ緩和策を分析し、追跡することを目指している。

Jose Galindo(ホセ・ガリンド)氏とNicolas Wertheimer(ニコラス・ヴェルトハイマー)氏、そしてその同僚であるMatias Comercio(マティアス・コメルシオ)氏とOlivia Cesio(オリビア・セシオ)氏は、環境セクターとその周辺で長年働いた後にWaterplanを設立した。同氏らは水にまつわる現状を意識していた。二酸化炭素排出に関する多くの行動、データ、計画が存在するにもかかわらず、水のリスクに関しては、それが脅威として認識されるに至っていないため、比較的ほとんど行われていない。4人は会社を立ち上げ、Y Combinator(Yコンビネーター)の2021年夏のコホートに参加した。

「より多くの企業が水の安全性や水に関するその他の考慮すべき事柄を開示し、行動していますが、水のリスクの定量化とメディエーションを担うSaaSプラットフォームが必要です」とガリンド氏は語る。「企業は事後対応型のアプローチを取ってきましたが、そうした(気候関連の)弊害が頻繁に起こるようになってきているため、事態の予測と先手を打つ行動のオポチュニティが生じています。気候変動はすでにこの分野に及んでおり、今後さらに加速していくでしょう」。

もちろん、これは「水道水を出しっぱなしにしない」というような単純なアドバイスではなく、雨押さえの補充や主要な自治体の工事など、産業規模の取り組みである。Waterplanはまず衛星画像からデータを抽出する。そして林冠、水域、その他の重要な指標を、客観的な測定値としてさまざまなコンテクストとともに示す。何年にもわたる画像と分析の結果から立証された明確な傾向に基づくものだ。この測定値は、これらの資源を綿密に監視する水や環境関連の当局による直接測定値と組み合わされる。

一例を挙げると、コーヒー豆を加工する工場では、近くの川の水を1時間に1万ガロン(約3万8000リットル)も使うことがある。工場の影響を示す過去のデータと将来的なデータを分析することで、5~10年後には持続可能な比率ではなくなり、下流で問題が発生することが示されるかもしれない。これらの問題により、会社はその時期に4000万ドル(約45億円)の損失を被ることにもなり得る。しかし、1000万ドル(約11億円)ほどのコストで、森林を再生して樹木の樹冠を拡大する現地の取り組みを倍増させれば、保水力が高まり浸食が緩やかになっていく。水の利用可能性が正味で増加し、4000万ドルのリスクを回避することにつながるだろう。

実際のレポートは明らかにより詳細で、特定の場所や企業に高度に特化している。それらがどのような規模で運用されているのか、どのような種類のデータを追跡しているのかを以下に示したい。

  1. waterplan-1

  2. waterplan-2

  3. waterplan-3

  4. waterplan-4

この種の分析とアドバイスは決して前例がないわけではないが、環境コンサルタントが年に1回か数回(もしあれば)行うようなものである。Waterplanのアプローチは、これを可能な限り自動化し、ビッグデータの問題として扱う。そこにはさまざまな因子が含まれており、リスクや緩和戦略のような要素が対極から浮かび上がってくる。もちろん、これはそれほど単純なことではないが、市場と自然現象の両方の変化が加速している現状では、より迅速に、よりターゲットを絞った実行可能な方法でこれを行う必要がある、と創業者たちは説明する。

「事前対応型よりも事後対応型の方がコストがかかります」とヴェルトハイマー氏。「私たちはこれを意識的な取り組みにする必要があります」。

ガリンド氏は、地元の水供給、復旧作業、その他の要因に関するデータの多くが断片化しており、互換性がないことを強調した。これらの異種の情報源を調整し、そのデータを統合されたマップと予測にまとめるには、多くの作業が必要となる。

ステージ上でイスに座る創業者たち。左からホセ・ガリンド氏、ニコラス・ヴェルトハイマー氏、マティアス・コメルシオ氏、オリビア・セシオ氏(画像クレジット:Waterplan)

「企業にとって重要なのは、さまざまな気候シナリオや場所で何が起きるのかを理解し、継続的にアップデートされた詳細な方法でそれを確認できることです」とガリンド氏は語っている。「現時点では水は安くて豊富ですが、常にそうであるとは限りません。2030年には需要と供給の間に30%のギャップが生じるでしょう。今後10年の間に圧力が生まれると考えています」。

より優れたデータを持ち、積極的に対策を講じてきた実績のある企業は、資源が減少したり、ウォータークレジットのようなものをめぐる競争が激化したりする中で、より有利な立場に立つことになる。現在でも、カーボンクレジットをはじめとする資源や投資が深刻に不足しており、何億ドル(何百億円)もの資金を投じたいと考える企業でさえ、そのオポチュニティを得られていない可能性がある(カーボン先物はこの問題を解決するポテンシャルがあり、清水などの資源についても同様の市場が出現することも考えられる)。

今後10年で気候監視エコシステムの大部分を占めることになるかもしれない分野に早期に参入することは、Waterplanの最初の投資家たち(Y Combinatorに続く)にかなり良い賭けだと判断されたようだ。260万ドルのラウンドをリードしたのはGiant Venturesで、参加者のリストには次のような著名な投資家が名を連ねている。Sir Richard Branson(サー・リチャード・ブランソン)氏一家、Monzo(モンゾ)の創業者Tom Blomfield(トム・ブロムフィールド)氏、Unity(ユニティ)の創業者David Helgason(デイビッド・ヘルガソン)氏とNicholas Francis(ニコラス・フランシス)氏、NFLのレジェンドJoe Montana(ジョー・モンタナ)氏、Microsoft(マイクロソフト)の元グローバルウォータープログラムマネージャーPaul Fleming(ポール・フレミング)氏、MCJ collective(MCJコレクティブ )、Climate Capital(クライメート・キャピタル)、Newtopia(ニュートピア)、Jetstream(ジェットストリーム)、Mixpanel(ミックスパネル)の創業者Tim Treffen(ティム・トレフェン)氏。

ヴェルトハイマー氏とガリンド氏によると、当面の計画は、主に開発を強化することに置かれているという。プラットフォームを構築するという複雑な作業を処理して、さまざまな業界や環境が望むような洞察を生み出し続けるためには、エンジニアや水文学者が必要だ。

同社が作成したデータや分析は政府やNGOに歓迎される可能性が高いが、変化をもたらす可能性が最も高いステークホルダー(そして、いわなければならないが、そのサービスのためにお金を払っている)は、リスクの削減や現地での地位の向上を目指す民間企業である。ただし創業者たち(以前は水へのアクセスやNGOとの関わりを強調していた)は、ひとたび牽引力が発揮され、プロダクトや手法が確立されれば、もっと広く利用できるようにしたいと考えている。

画像クレジット:dan tarradellas / Getty Images

原文へ

(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

【コラム】VCは気候変動との戦いで極めて重要な役割を果たすが、すべてを行うことはできない

TechCrunch Global Affairs Projectでは、ますます関係が複雑化しているテック業界と世界政治の関係を検証する。

先にグラスゴーで行われたCOP26は、大惨事を食い止めるだけでなく、気候変動との戦いで民間セクターが果たす役割の重要性を明確にした。メタン排出対策とすり減った経済協力の再燃などいくつか注目すべき政治的成果があったものの、最も期待されていたのは民間セクターの新たな関与だ。

去る2006年、アル・ゴア氏の映画「不都合な真実」は、250億ドル(約2兆8410億円)のベンチャー投資をクリーンテックのために引き出すきっかけとなり、ソーラーとエタノール分野がその中心だった。投資家たちの楽観をよそに、投資のほとんどは数年後に燃え尽き、その結果ベンチャー投資家の多くがその後10年間の大半でクリーンテック分野を回避した。

最初のクリーンテックブームで成功したおかけで、我々はごく自然に、革新的クリーンテックソリューションへの資金提供と規模拡大におけるVCの役割に関して楽観的でいる。COP26が終わり、気候変動に取り組むためのクリーンテックの迅速な導入に世界が依存する今、我々はVCのさらなる可能性だけでなく、その限界も理解する必要がある。

VCの強み

最もうまく行った場合、このベンチャーモデルは若い企業がリスクを負って早期テクノロジーに取り組み、大企業にできないイノベーションを追求することを可能にする。直感に反するかもしれないが、ベンチャーの支援を受けたスタートアップは、パフォーマンスの高いファウンダーと組織が魔法を生み出すだけことに加えて、ずっと大きく資産も豊富な大企業よりも多額の資金を費やすことがよくある。

Tesla(テスラ)はアーリーステージのスタートアップだった10年間、電気自動車(EV)の技術、設計、生産においてVW(フォルクスワーゲン)、Ford(フォード)をはじめとする大手自動車企業より多くの資金を費やし出し抜いた。同様に、スタートアップのJoby Aviation(ジョビーアビエーション)とLilium(リリウム)は、Boeing(ボーイング)とAirbus(エアバス)を電動垂直離着陸機(eVTOL)でを引き離して、QuantumScape(カンタムスケープ)は次世代全固体電池の先頭を走っている。

任期の短さ故に、大企業のCEOは絶え間ない成長やコスト削減その他の「市場主導」の必須要因に集中し、破壊的イノベーションの開発と商業化に必要なリスクを消化することができない。歴史は革新に関する鮮明な教訓で埋め尽くされているが、今も大企業のCEOはリードできていない。その結果、我々は時間軸が長く高リスクでリーダーのいない、VC独自のチャンスを提供する分野を探し続けている。顕著な例を挙げると、Teslaから20年後の今も、輸送分野の電動化にまだチャンスがある。例えば、EV革命が起きている今、EVとバッテリーのリサイクルは持続的成長のために不可欠になりつつある。バッテリーをリサイクルするこの生まれたばかりの分野でトップを占めるのはここでもスタートアップのRedwood Materials(レッドウッド・マテリアルズ)だ。

ベンチャー投資家は、気候に優しい革新を多くの伝統的産業で推し進めることができる。例えば化学と製造業を見てみよう。これらや他の重工業分野の既存企業は、行動が遅く、カルチャー的に革新への対応能力に欠けている。対してVCマネーは、適応さぜるをえないテクノロジーの開発を支援する。たとえば再生可能エネルギーを使って水から水素を、空気から炭素を分離して持続的に炭化水素を調達し、これらの元素を組み合わせることによって、これまで石炭、石油、ガスから作られていたあらゆる化学薬品を作ることができる。Electric Hydrogen(エレクトリック・ハイドロジェン)やTwelve(トゥウェルブ)などの若い会社はまさしくそれをやっている。

ベンチャー投資家は、核融合エネルギーなどの実験的技術への資金提供でも有利な位置にいる。政府以外で、事実上この分野にいる伝統的企業はなく、成功を掴もうとする大胆な参入企業がない中、この分野はスタートアップに頼っている。2021年、Helion Energy(ヘリオン・エナジー)とCommonwealth Fusion Systems(コモンウェルス・フュージョン・システムズ)など、いくつかのスタートアップが5億ドル以上の投資資本を獲得した。

VCはすべてを解決できない

影響を与える能力に関する私の楽観に関わらず、テクノロジーは、そしてもちろんベンチャー投資は、気候変動に取り組むパズルの1ピースにすぎないことを我々は忘れてはならない。執拗に進む気候変動と戦うために、我々はクリーンテックソリューションを著しく速くスケーリングしなくてはならない。そしてVCは、その重要な挑戦に関わるセクターとして十分に組織化されていない。

まず、低リスクですでに確立されているソーラー、風力、ストレージなどのテクノロジーを、通貨が弱く、ほとんど自由な米国と比べて高い金融コストの国々へ送り込むために、今のVCと比較にならないほど膨大な資金が必要だ。我々の推計によると、30兆ドル(約3409兆2000億円)以上、すなわち現在世界で投資可能な全資金の10%以上が、次の10年に投資される必要があり、リターンは数パーセント程度だ。さもなければ、容赦ない気候変動の波と戦える速さでクリーンなインフラストラクチャーを拡大することはできない。

幸い、現在巨額の資金が再生可能エネルギー投資以下のリターン率で債券に停滞している。向こう10年の課題の1つは、金融市場のその他のセクターに対して、特に新興市場で需要が急増している電力、輸送、材料、食糧などの分野に資産を再配分するインセンティブを与えることだ。高リターンと不釣り合いなスケールの資金が求められるVCは、この巨額にほとんど関与しないだろうが、中枢となるインフラストラクチャーとチャンスに関わっていく。

多くの人々が、この問題を回避する方法として「インパクト投資」を挙げる。そしてそれは正しい。ベンチャー投資の早い時期、我々は新しいスタートアップが資金を手にする唯一の方法であることがよくあり、それに乗じて高いリターンを要求した。自分たちの金銭的インセンティブを犠牲にすることなく、高インパクトなプロジェクトに投資することができたからだ。

しかし、クリーンテックの機会を追求する多くの新ファンドが参入するにつれ、インパクトとリターンのバランスを取ることが難しくなってきた。我々は高リターンと高インパクトの不一致の可能性を認識する必要があり、現在のVCは高いコストと資金を正当化する特異な価値を付加した上で、セクター内の大きな熱狂の中で規律を保たなくてはならない。「ホットな」機会を追求し、より主流のテクノロジーの増殖に焦点をシフトしたい誘惑は非常に大きい。私の見るところ、クリーンテックは今も技術革新のブレークスルーの機が熟しているので、最高の最も影響力のあるVCたちは逆張り哲学を維持して、不人気でアーリーステージで資金を集めるすべが他にない分野に焦点を当てていくだろう。

第2に、政府介入の重要性は無視できない。エネルギーその他の工業分野を汚れた化石ベースのシステムから他へ転換させるために、市場の圧力だけでは十分ではない。株主の要求による実質ゼロ誓約と結果に対する説明責任改善の約束にも関わらず、政府の命令はこのプロセスのスピードアップを要求し続ける可能性が高い。

最後に、慈善活動が重要な役割を担う。私は、非営利団体のMethaneSAT(メタンサット)設立に協力したことが大きな誇りだ。世界の石油、ガス利用から排出されるメタンを衛星画像で監視する組織だ。その影響が明らかであるにもかかわらず、オープンで客観的なポリシー執行という同組織の役割は、営利活動とは合致しにくい。他にも資金を提供し、追求すべき重要な非営利介入が数多くある。

クリーンテックで最も象徴的で需要な企業やテクノロジーのいくつかを初期段階から支援してきたことは大変光栄だ。しかし、これらのテクノロジーとその周辺のスタートアップを活用することは、気候変動に対する我々の戦いの一材料にすぎない。新技術に関する熱狂が、近い将来必要となる歴史的インフラストラクチャー事業から、我々の注意をそらすことがあってはならない。世界の金融資本のかなりの部分がこの分野に注意を向ける必要がある。そして資産、社会、政治、慈善事業といった別の形の資産もまた、今後の世代のより安定した未来を確保するためには供出される必要がある。

編集部注:本稿の著者、Ion Yadigaroglu(アイオン・ヤディガログル)氏は,Capricorn Investment Groupのパートナー兼CapricornのTechnology Impact Fundのゼネラルパートナー。同氏はTesla、SpaceX、Planet、Saildrone、QuantumScape、Joby Aviation、Hellon Energy、Twelve、electric Hydrogen、Redwood Materials、他著名なディープテック企業の早期出資者である。現在非営利団体、Ceresの役員およびMethanSATの技術顧問を務めている。

画像クレジット:Iván Jesús Cruz Civieta / Getty Images

原文へ

(文:Ion Yadigaroglu、翻訳:Nob Takahashi / facebook

ドイツの次期政権は石炭火力廃止を2030年に前倒し、連立政権樹立のための妥協に懸念も

ドイツは、最新の気候変動対策の一環として、従来の計画より8年早い2030年までに石炭の使用を廃止することを計画している。同年、ドイツでは電力の80%を再生可能エネルギーで賄うことを目標としている。BBCによると、ドイツ社会民主党のOlaf Scholz(オラフ・ショルツ)党首は、緑の党、自由民主党との3党連立政権の下で、前副首相がドイツを統治することになる協定の一部として、現地時間11月24日にこの計画を発表した。

9月26日に行われたドイツ総選挙では、緑の党が連邦議会で118議席を獲得し、過去最高の結果となった。ショルツ氏は、緑の党のリーダーであるAnnalena Baerbock(アンナレーナ・ベーアボック)氏を外務大臣に起用する見込みだ。さらに、緑の党の共同党首であるRobert Habeck(ロベルト・ハーベック)が副首相に就任し、国のエネルギー転換を監督する機会を得ると思われる。

注目すべきは、連立政権がより積極的な排出削減目標を設定しなかったことだ。同国は、2030年までに1990年比で65%の削減を目指すとしている。非営利団体Climate Action Trackerの試算によると、パリ協定で打ち出された摂氏1.5度の目標を達成するためには、ドイツは2020年代の終わりまでに、温室効果ガス排出量を少なくとも70%削減する必要があるという。

さらに、社会民主党との合意にあたり、緑の党は大きな妥協をした。Bloombergによると、石炭と再生可能エネルギーの間の移行を容易にするために、天然ガスを使用するとのこと。評論家たちは、連立政権はEVの導入を促進するためにもっと努力すべきだったと発言している。同国政府は、2030年までに1500万台のEVをドイツの道路で走らせるということしか計画していない。生物学者でNGOのCampact代表であるChristoph Bautz(クリストフ・バウツ)氏は、Clean Energy Wireに次のように述べている。「これは進歩のための連合には見えません。気候変動運動は、真の意味での気候変動政府にするために、連立政権に働きかけ続ける必要があります」。

編集部注:本稿の初出はEngadget。著者Igor Bonifacic(イゴール・ボニファシッチ)氏は、Engadgetの寄稿ライター。

画像クレジット:John W Banagan / Getty Images

原文へ

(文:Igor Bonifacic、翻訳:Aya Nakazato)

LAオートショー2021の高揚感としらけムード

LAオートショーは、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミック下で初めて戻ってきた室内自動車ショーだ。ニュースに乏しく、いつも以上にベーパーウェアが多い中、それでも、いくつかのクルマやテクノロジーや企業が、イベントに先立って行われた2日間のプレスデーで目立っていた。

以下に、2021年のロサンゼルスで良くも悪くもTechCrunchの目に止まったクルマとテーマを紹介する。

グリーン&クリーンへと変わるストーリー

画像クレジット:Kirsten Korosec

米国時間11月17日正午前に行われた少数の主要なニュースカンファレンスでは、持続可能性と気候変動が中心テーマだった。そこには企業の偽善的環境配慮と実際の行動が入り混じっていた。

Hyundai(ヒョンデ)とKia(キア)は、環境の認識がいかに大切かを訴える短編動画を流したあと、全電動コンセプトカーとプラグインハイブリッド車を披露した。Fisker(フィスカー)は海洋保護について話した。長年グリーン化に取り組み、国立公園から動物保護まであらゆる活動の支援に多額の資金を投入してきたSubaru(スバル)も、環境保護の支援を継続していくことを強調した。

これは過去においても珍しくなかったことだが、自動車業界全体が二酸化炭素排出量低下に重い腰を上げ、持続可能な生産と調達に革新を起こし、有効な寿命を終えた部品や車両リサイクルと再利用の方法を探求していることは銘記しておくべきだろう。人類の気候変動への影響を減せる時間はあと10年しかないという恐怖の警告は、ショーで行われた複数のプレス会見で言及されていた。

ハリウッドモード

画像クレジット:Kirsten Korosec

2021年特に目立った発表の1つが、Fisker Ocean(フィスカー・オーシャン)の量産間近なバージョンだ。全電動SUVが備える17.1インチ巨大スクリーンは、180度回転可能で、同社が「ハリウッドモード」と呼ぶ横位置のランドスケープモードから縦位置のポートレートモードへ回転できる。

横位置モードでは、Oceanが駐車あるいは充電中に、ゲームをプレイしたりビデオを見たりできる。Fiskerは、このスクリーン回転技術の特許を取得していると述べた。

画像クレジット:Kirsten Korosec

電化、電化、電化

画像クレジット:Kirsten Korosec

2021年のLAオートショー全体のテーマは、(驚くに当たらないが)あらゆるものの電化だ。展示場にはICE(内燃エンジン)駆動の車両が数多く見られたものの、バッテリー電力の世界にいくつもビッグニュースがやってきた。

Nissan(日産)の全電動SUV、Ariya(アリヤ)、Toyota(トヨタ)bz4xと双子車Subaru Solterra(ソルテラ)から、TechCrunchのお気に入りである全電動Porsche(ポルシェ)Sport Turismo(スポーツ・ツーリズモ)セダンの最新モデルとマジックルーフ付きワゴンまで話題は尽きない。

健康被害からあなたを守るテクノロジー

画像クレジット:Kirsten Korosec

現行パンデミックが3年目を迎える中、自動車メーカーは利用者を病気から守る方法を考え始めている。HyundaiがLAオートショーで披露した SUVコンセプトカーSEVEN は、垂直空気循環、抗菌性の銅、紫外線殺菌装置などの機能を提供している。

電動化レストモッドがやってくる

画像クレジット:Kirsten Korosec

2021年のLAオートショーで目についたトレンドの1つが、何台かの古い車体に電動パワートレインを積んだレストモッド(レジストレーション&モディフィケーション)モデルだ。内燃エンジンのような直感的体験を与えることはないかもしれないが、クラシックカーの新しい楽しみ方を提供するものだ。

自動車製造のスタートアップ、Cobera(コベラ)が展示していたC300は、懐かしいShelby Cobraとよく似た外観だ。しかし、ボンネットの中にはV8エンジンに代わってC300を時速0〜62マイル(0〜約99.8km)まで2.7秒で加速すると同社がいう全電動パワートレインが入っている。Cobera C300は、ハンガリーの乗用車とキャンピングカーの製造に特化した会社Composite-Projects(コンポジット・プロジェクト)が設計・製造した。車両のスイッチを入れると、合成されたサウンドが出て、昔のV8に少しだけ似た音が聞こえる。

Electra Meccanica(エレクトラ・メカニカ)は、LAオートショーで三輪自動車Solo(ソロ)(詳しくは下で解説)も発表している会社だが、もう1台、Porsche 356 Speedsterに似た電動車、eRoadsterを披露した。エアコンディショニング、パワーウィンドウ&ロック、最新インフォテイメントシステムなどを備える。

画像クレジット:Kirsten Korosec

新たなパワートレインを搭載したレストモッドを披露したのは比較的無名で小さなメーカーだけではない。Ford(フォード)は11月初旬のSEMAショーに登場した電動化したF-100を持ちこんだ。1978 F-100 Ford Eluminator(フォード・エルミネーター)はFordの電動モーター、E-crate(イークレート)を備えたレストモッド機能で、ユーザーはこれを購入して自分の車両に取りつけられる。

F-100は前輪と後輪に1台ずつモーターを備え、最高出力480馬力、最大トルク634lb-ft(860Nm)を誇る。室内には新型インフォテイメントシステムのスクリーンとデジタル・ダッシュボードがある。

画像クレジット:Kirsten Korosec

三輪車

画像クレジット:Kirsten Korosec

例年、会場には少なくとも数台の三輪自動車が登場するが、2021年はいつもより多かった。Biliti Electric(ビリティ・エレクトリック)が持ってきた電動&ソーラー駆動トゥクトゥクは、Amazon(アマゾン)やWalmart(ウォルマート)が世界の人口密集都市のラストワンマイル配達に使える、と同社は言っている。

同社のGMW Taskmanは、すでにヨーロッパ、アジアの各所で使われていて、これまでに1200万個の荷物を配達し、延べ2000万マイル(3200万km)を走ったとファンダーが言っていた。

画像クレジット:Kirsten Korosec

Electra Meccanica のもう1台、Soloは同社が2016年のこのショーでも披露したsharyou

で、プレスデーにテスト乗車を提供していた。同社によるとSoloは1回の充電で最長100マイル(約161 km)走行可能で、最大出力82馬力、最大トルク140lb-ft(約190N-m)、最高速度は80mph(約128 km/h)。定員1名で荷物スペースを備え、近距離の移動や都市圏での通勤のために作られている。Soloの価格は1万8500ドル(約211万円)で、アリゾナ州メサで製造されている。

Sondors(ソンダーズ)の三輪電気自動車は、3人乗りで航行可能距離は約100マイル(約160km)と同社はいう。このクルマは、100万ドル(約1億1400万円)以上を集めて成功したクラウドファンディングの後に開発されたもので、33 kWhのバッテリーパックを備え、最大出力170馬力、最大トルク323 lb-ft(約438N-m)を発揮する。

Imperium (インペリウム)も三輪電気自動車、Sagitta(サギッタ)を披露した。ショーに登場した三輪乗用車の中では最大で、4人まで乗ることができるスペースをもつ。Sagittaは車両のスペックを発表していないが、2022年中頃から予約を開始すると同社は述べた。

バービー

画像クレジット:Abigail Bassett

ことしのLAオートはには、バービーまで登場した。Mattel(マテル)はBarbie Exra(バービー・エクストラ)カーの実物大バージョンを公開した。2021年式Fiat(フィアット)500のシャシーに載せたファイバーグラスのボディーはキラキラの白い塗装で飾られ、ウィング式ドアと後部にはペット用プールもある。

ソーラーパワー

画像クレジット:Kirsten Korosec

2021年のショーには、興味深いソーラー充電オプションを備えたクルマがいくつかあった。中国のエネルギー会社、SPI参加のPhoenix Motor Inc.(フェニックス・モーター)が発表したピックアップトラック、EF1-Tの収納可能なソーラーピックアップベッカバーは、最大25〜35マイル(約40〜56km)の走行距離を追加できると同社はいう。EF1-TおよびバンバージョンのEF1-Vは、いずれも巨大な車両で、明らかにまだプロトタイプであり、機能や利用形態について顧客の意見を聞いているところだと会社は述べた。

大きな虫のような外観のEF1-Tは、1回の充電で380〜450マイル(約612〜724 km)走行可能で、2025年の発売に向けて予約を受け付けているという。ずいぶんと遠い話だ。

原文へ

(文:Abigail Bassett、翻訳:Nob Takahashi / facebook

【コラム】不安定化が進む気候環境における分散型保険の重要性

「一生に一度」のような気象現象が毎年発生するようになっている状況は、経済、政府、地域社会にとってどのような意味を持つだろうか。

世界中でまったく新しい規模の自然災害が見られるようになっている。これまでは、新興経済諸国が誘発的な気候災害の打撃にさらされてきたが、現在では地球のどの地域に住んでいても、気候変動による壊滅的な影響を無視することはできない。

カリフォルニアにおける山火事は、毎年数千人と報告されている大気汚染による死亡者数に拍車をかけている。一方、ドイツでは2021年、記録的な洪水のために数百人が命を失った。このような極端かつ危険な気象条件への準備は、今や私たちすべてにとっての優先事項である。

このような異常気象の増加により浮かび上がる多くの疑問の1つは、誰が費用を負担するのかということだ。AON(エーオン)の報告によると、2021年上半期の自然災害による経済的損失の総額は約930億ドル(約10兆6000億円)と推定されている。2021年の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催され、気候変動がもたらす経済的意味合いは、解決すべき多くの問題の中に重くのしかかっている。

気候変動は世界経済にとって最大のリスク要因であり、2050年までに経済価値全体が10%下落すると予測されている。これまでと同様、マレーシア、タイ、インド、フィリピン、インドネシアといった国々を含む新興経済圏が最も経済的にマイナスの影響を受けるとされており、2050年までに世界経済はGDPの18%を失うことになるという。

気候変動の影響を緩和するための代替アプローチを評価する時期にきている。新興経済国に住む何十億人もの経済的に疎外された人々は、これらの破壊的な影響にどのように対処しているのだろうか。

ブロックチェーンの善用

暗号資産と非代替性トークン(NFT)は、エネルギー消費に関して相応の精査を受けているものの、多くの未解決の領域が依然として注意と解決を必要としている。しかし、これらのユースケースの先に目を向けると、気候変動により不当に影響を受ける人々を保護するために特別に設計された、ブロックチェーンベースのソリューションが現れつつあることが見えてくる。

関連記事:【コラム】暗号資産とエネルギー消費をめぐる議論

ブロックチェーンは、環境再生型農業(リジェネラティブ農業)の促進から意識的な消費の促進まで、すでに建設的な役割を担っている。急成長を遂げている別の領域として、分散型パラメトリック保険が挙げられる。この保険は世界経済フォーラムでも注目されており、異常気象による混乱が一層深刻化している、伝統的にサービスが行き届いていない地域社会にライフラインを提供する手段として認識されている。

分散型パラメトリック保険の優れた点は、そのシンプルさにある。それは、スマート契約を通じて自動的に実行される「if/then(もし〜ならば〜する)」方程式として理解できる。例えば、ある地域で24時間以内に5インチ(127mm)の雨が降った場合、保険加入者である農業者は、合意済みの洪水関連損害賠償契約に従って直ちに支払いを受ける。実にシンプルである。

高額な保険評価プロセスを排除し、これを自動支払いプロセスにおける有意なイノベーションと組み合わせることで、パラメトリック保険は取引コストと請求サイクルを大幅に削減している。パラメトリック保険の請求はネットワーク接続された基本的なスマートフォンを介して行えるため、遠隔地にいる人や、おそらく意外なことに、基本的なテクノロジーにしかアクセスできない人でも、ブロックチェーン方式の保険を利用することができる。

世界的な食物連鎖の保護

気候変動が近い将来、食料価格を上昇させ、多くの人々の特定の食料を購入する能力を損なうことはほぼ確実である。天候リスクに対する作物保護のケースでは、パラメトリック保険により、通常は従来の保険商品にアクセスできない農家に対して追加の保護レイヤーが提供される。

農作物の収穫量の運命は、農家自身の過失ではなく、二酸化炭素排出量の増加と絡み合っている。これは、世界の食料安全保障と小規模農家の雇用保障に重大な脅威をもたらす。5ヘクタール(5万㎡)未満の土地を所有する小規模農家が世界の食料生産の平均50%を担っていることを考えると、世界の食料供給の観点から保護措置を講じることは必要不可欠である。

今日の新興経済諸国においては、2億7000万もの小規模農家が十分な保険に加入しておらず、農業保険を利用できるのはわずか20%である。この数字は、サハラ以南アフリカでは3%にも満たない。

世界の人口は2050年までに100億人近くに達すると予測され、新興経済国の農業者が直面する危機とも相まり、小自作農産業は保護強化に向けた新たなアイデアを切実に必要としている。分散型パラメトリック保険のような、ブロックチェーンを利用したデータ駆動型のイノベーションは、多方面にわたる解決策として機能する。厳しい気象条件に苦しむ人々を救済し、意識的な消費を奨励するとともに、大規模な資本を気候変動適応策に導き、小規模農家と世界規模の食糧生産に利益をもたらす。

ユースケースと投資家の拡大

地球の気候の不安定化が進む中、破壊的な事象を管理し、その影響の規模を縮小する取り組みにおいて、技術的なイノベーションが果たす役割は大きくなっている。

海面上昇により洪水の危険にさらされている人々の保護を強化する必要性については、英国をはじめとする複数の国がすでに報告書を委託している。洪水リスクの評価と保険料の計算方法を再考し、再構築するオポチュニティが生まれているのである。洪水の深さの報告と正確でタイムリーな支払いを行うための十分に根拠のあるデータが、パラメトリック契約を通じて保険会社に備わることになるだろう。

分散型保険は、保険適用の恩恵を受けている人々にとってより包括的であるだけではなく、リスク資本の定義を再定義し得るまったく新しいタイプの投資家にも保険に関するオポチュニティをもたらす。この形態の保険ははるかにオープンであり、従来の市場における高資本投資家の閉鎖的な場所に留まらず、より幅広い投資家グループの関与を可能にする。

さらに、ブロックチェーンはクラウドファンディングと保険の媒体として機能するポテンシャルを有しており、善意の社会的および環境的影響の名の下に交差する。CSR(企業の社会的責任)やESG(環境・社会・ガバナンス)への投資意欲は高まっている。

ESGファンドは、2020年に500億ドル(約5兆7000億円)を超える新規資金を獲得した。これは前年の2倍以上である。加えて、米国のESGファンドの数は2020年400近くに増加しており、2019年から30%の伸びとなっている。

今すぐ行動し、後から話そう

世界のリーダーたちがCOP26に集結し、国内および国際レベルで気候変動に取り組むための長期的な戦略とアプローチを決定しようとする中で、世界中の何百万もの人々が、長年にわたる無行動と現実的な変化の遅れがもたらした結果に目下苦しんでいる。

現在、分散型パラメトリック保険などのブロックチェーンソリューションは、気候変動の影響を最も受ける人々への圧力を軽減する上で目に見える進歩を遂げている。結束したグローバルなアプローチへの政治的合意が待たれる一方で、ブロックチェーンは、最も必要としている人々を支援するための、容易に実装できるソリューションを提示しているのである。

編集部注:本記事の執筆者Michiel Berende(ミシエル・ベレンデ)氏はEtheriscのチーフ・インクルーシブ・オフィサー。インクルーシブ保険を通じて、最も金融サービスを必要としている人々に、より良い金融サービスへのアクセスを提供したいと考えている。

画像クレジット:Peter Dazeley / Getty Images

原文へ

(文:Michiel Berende、翻訳:Dragonfly)

Miniの電気自動車の未来はどうなる?期待されるコンバーチブル化やさらなる小型化

1950年代後半に英国で起きた燃料危機をきっかけに生まれた、小型で意外と運転が楽しいクルマ、Mini(ミニ)がまた革命を起こしている。今回の革命の背後には、気候変動と親会社であるBMWが2030年までにすべてを電気自動車にするという計画がある。

Miniは、2008年にMini Eのパイロットプログラムを開始して以来、バッテリー駆動の電気自動車に取り組んできた。現行の電気自動車Mini SEは、2020年に発売されて以来、高い需要がある。しかし、それらは未来ではない。

「Mini EもCooper SEも基本的には、既存の内燃機関車を改造したものです。ですから、私たちはまだこの分野に本格的に参入していません」と、MINI of the Americasの副社長であるMike Peyton(マイク・ペイトン)氏はTechCrunchに語った。

ほぼすべての自動車メーカーがそうであるように、Miniも将来の自動車のために専用の電気プラットフォームに取り組んでいる。しかし、中心となるのは走行距離ではなく、その走り方だ。それはMiniらしくなければならない。

「楽しいクルマでなければならないんです。Miniのようなハンドリングでなければなりません。そして、私たちは、それが電動化の全体像にぴったりだと考えています」とペイトン氏は語っている。Miniの特徴であるゴーカートのようなフィーリングが、恐竜の死骸ではなく電子を動力源としている場合でも必要なのだ。

未来の電気自動車Miniがどのようになるかについて、ペイトン氏は次のように述べている。「それは間違いなく、人々がこれまで見てきたもの、期待していたものを、より現代的に解釈したものになるでしょう。初期の頃は、ミニマリズムとシンプルさを大切にしていました。未来の車にも、このテーマが見られると思います」。

未来のクルマには、レガシーとブランドアイデンティティを維持しつつ、テクノロジーを推進する電気自動車のコンバーチブルMiniが含まれる。同社は現在、そのような未来のブランド中心のEVがどのようなもので、今後どのように進化していくのかを検討している。

Miniはもっと小さく、もっと大きくなるかもしれない

よりエキサイティングなのは、電気自動車のSUVやクロスオーバーが急速に普及している世界で、まったく予想外のものが生まれる可能性があることだ。ペイトン氏は、将来「いかにもMiniらしい小さなフォーマットのクルマも登場するでしょう」と述べている。これらの未来の車両が、現在販売している車両よりも小さくなるのかという質問に対して、ペイトン氏は「可能性はあります」と答えた。

BMWに買収される前の、信じられないほど小さなMiniのファンにとって、電動化への移行は、米国に新しいマイクロビークル市場をもたらすかもしれない。

ペイトン氏は、現在走行しているMiniよりも大きなサイズのEV Miniを設計・販売する可能性もあると述べている。この「より大きな」Miniが何を意味するのかは不明だ。同社のコンセプト「アーバノート」への反応を見ると、このクルマはMiniというよりもVWのマイクロバスに近いかもしれない。

Miniは興味深い立場にある。小型で楽しく、都市向けの同社のクルマの特徴は、EVのパッケージに非常によく適合している。

Mini SE(ガソリン車に電気自動車のパワートレインを搭載したクルマ)は、同社の未来を示す前菜のようなものだ。200マイル(約321km)以上の走行が標準の世界で、110マイル(約177km)という笑ってしまう航続距離にもかかわらず、初年度の生産分は完売した。Miniによると、このクルマを購入する人の80%は、Miniが初めての人だという。

気候変動の危機を乗り越えるために、このブランドが成功するかどうかは、ある1つのことにかかっている。そのEVがどのように走り、どのように見えるかだ。その点についてペイトン氏は「それは常に紛れもなくMiniである」と語っている。

画像クレジット:Roberto Baldwin

原文へ

(文:Roberto Baldwin、翻訳:Yuta Kaminishi)

人工衛星で地表温度データを収集・解析するHydrosatがさらに11.4億円の資金調達

地理空間データのスタートアップであるHydrosat(ハイドロサット)は、地表温度分析製品の商業化を加速するため、シードラウンドで1000万ドル(約11億4000万円)を確保した。

Hydrosatは、赤外線センサーを搭載した人工衛星を使って地表の温度データを収集することを目指している。同社がサブスクデータ分析プロダクトとして販売する予定の温度データでは、水ストレス、山火事の脅威、干ばつに関する理解を深めることができる。カリフォルニア州での記録的な干ばつの年、米国西部で歴史的な火災シーズンが終わる今、その3つが将来も起こると予想することは極めてやさしい。

Hydrosatは、継続的な情報収集を計画している。各衛星が地球上のあらゆる範囲を継続的に監視するため、それぞれの衛星に特定の地域を監視させる必要がないという意味だ。

「環境モニタリングや農林業における多くの利用例で、そのことが非常に有益になっています。我々はデータを、将来のためにライブラリに保存しているため、その日、翌週、翌々年など、いつでも使えるのです」と同社のCEOであるPieter Fossel(ピーター・フォッセル)氏は最近のインタビューで語っている。

6月に500万ドル(約5億7000万円)の資金調達を完了後、またすぐに資金調達を行うことにしたのは「チャンスがあった」からだとフォッセル氏はいう。「我々は、ヨーロッパに拠点を置くすばらしいグループであるOTB Venturesと繋がりをもちました。同社はレーダー衛星のICEYEをはじめ、この分野の先進的な企業に出資してきました」。

「これまで既存の投資家シンジケートから得たサポートもありましたが、それに加え、この新しい投資家と一緒に仕事をする機会に恵まれたのです」とフォッセル氏は付け加えた。

今回の追加資金は、商用のサブスクリプション向けアナリティクス製品の2022年初頭の発売や、同年後半に宇宙サービスプロバイダーのLoft Orbitalと共同で実施する最初の衛星ミッションを十分に検討するために使用される。また、同社は、市場投入までの時間短縮のために従業員を大幅に増やすことできる。

画像クレジット:Hydrosat

同社は、資金調達のニュースと同時に、スイスの多国籍テクノロジー企業であるABBと協力し、宇宙で使う熱赤外機器を製造することを明らかにした。ABBは、これまでにNASA(米航空宇宙局)、カナダ宇宙庁、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)、および民間企業向けにイメージャーやセンサーを製造してきた。ABBが製造した赤外線イメージャーは現在、同名の会社が運営する温室効果ガスの排出量を検出・測定する宇宙機「GHGSat」に搭載されている。

また、Hydrosatは、NASAのランドサットプログラムの熱赤外データの調整を行っているロチェスター工科大学と提携している。同社が政府機関との取引を成功させるには、すでに政府機関と取引実績がある企業や機関との契約の確保が鍵となりそうだ。

Hydrosatは、すでに欧州宇宙機関との契約と、米空軍および国防総省との3つのSBIR(Small Business Innovation Research)契約を獲得した。空軍との契約の一環として、同社はニューメキシコ州の高高度気球に第1世代のイメージャーを搭載し、宇宙との境界まで飛行させた。同社にとって重要な技術的マイルストーンとなった。熱赤外画像を収集し、その処理と調整が正確に行えるようになったからだ。

また、同社は商業分野にも目を向ける。フォッセル氏は、農業や環境分野の企業とすでに契約を結んでいると付け加えたが、詳細は明らかにしなかった。

中期的な目標として、同社は16機の衛星を打ち上げたいと考えている。フォッセル氏によると、衛星群の数は、同社が提供できるデータの頻度ほど重要ではないという。中期目標を理解するには、データ収集の頻度が鍵となる。同社は、地球上のあらゆる場所で毎日熱赤外画像を撮影できるようにしたいと考えている。「それが中期的な目標であり、衛星群の規模は単にそれを実現する手段にすぎません」。

今回の資金調達ラウンドはOTB Venturesがリードし、Freeflow Ventures、Cultivation Capital、Santa Barbara Venture Partners、Expon Capitalも参加した。

画像クレジット:Hydrosat

原文へ

(文:Aria Alamalhodaei、翻訳:Nariko Mizoguchi

初版から10年、その間何が起こったか?書評「垂直農場」10周年記念版

最初のメールを出してから初回のZoomチャットまで、ほぼ2時間が経過している。まさに日曜日である。ジムの後にシャワーを浴びたり、野球帽をかぶったりするのはやめておこう。いつ好機が再び訪れるかわからない。

20年以上にわたり世界中で垂直農法の利点を提唱してきたDickson Despommier(ディクソン・デポミエ)博士は、今でも筆者と同じように、このテーマについて熱心に語っているようだ。2020年末に「The Vertical Farm(垂直農場)」の10周年記念版が発売されたことも少なからず影響しているだろう。ほとんど不可逆的に記念日にこだわっているように見える文化の中にあって、この本のオケージョンは、主にその間の10年間に起こったあらゆる出来事を反映して得られたものだと感じられる。

「現時点では垂直農場の事例は存在しないが」とデポミエ氏は初版に記している。「私たちは進める方法を心得ている。複数階建ての建物に水耕栽培と空中栽培の農法を適用して、世界初の垂直農場を作ることが可能である」。

「The Vertical Farm:Feeding the World in the 21st Century by Dr. Dickson Despommier(邦訳:垂直農場―明日の都市・環境・食料 / ディクソン・デポミエ著)」、Picador、2020年、368ページ(画像クレジット:Picador)

この本の最新版では「And Then What Happened?(それから何が起こったのか)」というタイトルの第10章の形式をとったコーダ(音楽用語で終結部をさす)が提供されている。その問いの答えは、筆者自身も垂直栽培の世界との関わりの中で見出していることだが、1つの章で扱えそうにないと思われるほど長く、さらにいえば、テクノロジー系ウェブサイト上の短い書評で対処できるものでもない。

「この本が最初に出版された2010年当時、垂直農場は存在していなかった」とデポミエ氏は新しい章の冒頭に記し、始まりは米国とアジアにおける緩やかな細流であったと説明する。「この記事を書いている時点では、非常に多くの垂直農場が見られるようになっており、実際にどれほどの数になるか正確なところはわからない」。

続く垂直農場のリストは4ページ半にも及ぶが、あまり網羅的ではない。日本については同国最大の垂直農法企業Spread(スプレッド)だけを掲載するなどスペースの面で多少の譲歩を示し、日本には少なくとも200の垂直農場があると説明している。一方、米国のリストでは、TechCrunch読者にはおなじみのAeroFarms(エアロファームズ)とBowery Farming(バワリー・ファーミング)から始まっている。

網羅的なリストがなくても、気候変動の危機的状況に対処する潜在的な方法として垂直農法の概念を採用する国や企業の数の多さは、多くの人にとって、適切な時期の適切なアイデアであることの驚くべき証となるだろう。作物を密に植え込み垂直方向に積み重ねて都市環境で栽培するという概念を、万能の解決策だと考える人は(もしいるにしても)少ないだろうが、そのパズルの重要なピースになるかもしれないという考えには十分なモメンタムがある。

2021年に「垂直農場」という本を手にした人の多くにとっては、人間が作り出した気候変動という点に説得力はさほど必要ないと思う。しかしデポミエ氏は、自身の提唱の中の懸念、特に人口増加や過剰農業への危惧に関連する精微な論及を、今も精力的に行っている。食肉生産を明確に(そしてしかるべき価値があると筆者は考えている)ターゲットとすること以上に、一般的な食品生産のインパクトに関して、おそらく依然として認識を高めていく必要があるのだろう。

これらの大きな課題が、垂直農法の概念を造成する触媒的な要素となった。この考え方の現代的な定義が生まれたのは、コロンビア大学でデポミエ氏が率いた1999年の授業での思考実験からである。類似したタイトルの書 「Vertical Farming(垂直農法)」が1915年に出版されているが、それは突き詰めると、私たちが理解しているこの用語の意味とほとんど一致しない(米国の地質学者 Gilbert Ellis Bailey[ギルバート・エリス・ベイリー]氏が執筆したこの本はオンラインで無料で入手可能。爆発物を使った農業についてのおもしろいアイデアなどが掲載されていて、1時間を楽しくつぶすことができる)。

デポミエ氏はアイビーリーグの名誉教授(現在81歳)というステータスにあるが、その著書「垂直農場」は非常にわかりやすい言葉で書かれている。この本は、同氏のクラスの初期の思考実験の続きとなるような、ブループリントやハウツーガイドには至っていない。これもまた、最初の出版時には主要な垂直農場がなかったという事実を考えれば理解できる。この本の本質は、著者のユートピア的理想主義の観念に通じるものがある。

Bowery FarmingのCEOであるIrving Fain(アービング・フェイン)氏は、2014年の会社立ち上げを前にデポミエ氏に会っているが、最近の筆者との会話の中で、その所感の一端をうまくまとめて語ってくれた。

どの業界でも、ある時点でノーススター(=北極星、正しい方向を知るための目印のような存在)が必要になると思います。私が思うに、ディクソン(・デポミエ氏)はこの産業界の並外れたノーススターであり、いくつかの点で、屋内農業に対する人々の意識が高まる以前からその役割を果たしていました。彼が思い描くことはすべて実現するでしょうか?必ずしもそうはならないかもしれませんが、それは実際のところ、ノーススターのゴールではないのです。

これは「垂直農場」のような本にアプローチする正しい方法だと思う。デポミエ氏は気候変動、過剰人口、過剰農業の脅威に関しては確かに現実主義者だが、その解決策を論じるときには理想主義者だ。ある意味、そうした実存的な課題に直面したときに多くの人が(理解できると思うが)はるかに暗い何かに傾きがちな時代に、新鮮な息吹を吹き込んでいるのである。

この力学の最も強力な例示となるのは、屋内で植物を育てる上で太陽からの直接のエネルギーの代わりとして必要になる、エネルギーとコストに関する重要な問いである。この本の新しい章では、その答えとして、透過性の高い太陽光発電窓、雨水集水、炭素隔離などのグリーンな解決策を示している。農場のオンライン化が進めば、そのような解決策が正味プラスであるかを判断する複雑な計算を割り出す機会が増えてくるであろう。よりスケールの大きい、より優れたテクノロジーが、私たちを目指すべきところへと近づけてくれることを願ってやまない。

一方、筆者はスタートアップについて記事にする中で、グリーンテクノロジーにおける利他的なモチベーションについて、シニカルとは言わないまでも少なからず懐疑的になった。私の中の現実主義者は、少なくとも米国では、資本主義的な推進力の制約をまず取り除く必要があると固く信じている。企業は、垂直農場が積極的に収益を生み出せることをしっかり検証する必要がある。そうすることで、希望的観測ではあるが、この考慮すべき事柄の持続可能性の面で真の進歩を見ることができるのではないか。

BoweryのCEOの言葉を借りれば、ノーススターとして、この仕事は非常に効果的である。10年前に農業革命的なデポミエ氏と「垂直農場」が触媒的な作用を果たしたことの他に、その例証を語る必要はないだろう。

「The Vertical Farm:Feeding the World in the 21st Century by Dr. Dickson Despommier(邦訳:垂直農場―明日の都市・環境・食料 / ディクソン・デポミエ著)」、Picador、2020年、368ページ

画像クレジット:JohnnyGreig / Getty Images

原文へ

(文:Brian Heater、翻訳:Dragonfly)

現在の気候問題における文化的な狂気、書評「The Great Derangement」

気候変動は、長年にわたり、人類が解くべき最も奥深く、最も困難な知的パズルだ。複数のシステムのさらにその上で複数のシステムが動いているため、直観的なアイデアを簡単に破滅的な行き詰まりに変えてしまうような創発的な性質がある。1つのアクションに対して複数のリアクションがあり、システムのある部分を改善すると、必ずと言っていいほど他の部分の弱点があぶり出される。

当然のことながら、この課題の及ぶ広さを考えると、地球を理解するために複雑性理論や「システム思考」が重要になってくる。システム思考は、技術者に人気のあるフレームワークでもあり、概してソフトウェアエンジニアリングやテクノロジー製品、そして社会全体にもよく当てはまる。それは、世界の小さな特徴や変化を1つ1つ個別に捉えるのではなく、それらすべての関係性を構築し、一般にはばらばらの現象にしか見えないところにつながりを見出すものだ。

インドの著名な小説家であるAmitav Ghosh(アミタヴ・ゴーシュ)氏は、深遠で魅力的な著書「The Great Derangement(グレート・ディレンジメント、未邦訳)」の中で、鋭い分析力と観察力を発揮し、訪れた各所で直感では理解しがたい人間と地球の相互関係を見抜き、書き綴っている。同氏が2015年にシカゴ大学で行った一連の講義を編集したこの本は、緊張感があり刺激的な思考に溢れ、筆者が近年読んだ本の中でも最高のものの1つだ。

アミタヴ・ゴーシュ著「The Great Derangement:Climate Change and the Unthinkable」/ The University of Chicago Press(シカゴ大学出版局)、2016年、176ページ(画像クレジット:The University of Chicago Press)

ゴーシュ氏の主な論点は、気候危機の状況を説明する上での文化、特に文学的な文化の役割にある。同氏は、それがまったく機能していないことに驚愕し、それがこの本のタイトルである「グレート・ディレンジメント(大いなる狂乱)」につながっている。気候変動は文化に付随して起きるものに他ならず、ストレスにさらされた地球の日常的な危機にますます怯える世界においては、正気の沙汰ではないということだ。実際「気候変動を扱った小説は、正統な文学誌ではほとんど相手にされないといってもいいだろう。テーマとして気候変動について触れているだけで、文学的な小説や短編がSFのジャンルに追いやられてしまうことが多い」と同氏は書いている。

同氏は、気候変動に関連して身に起きたことを語っている。若い頃、都市部を襲った猛烈なサイクロンで九死に一生を得たことがあったのだ。しかし、そのことを思い返しているうちに、同氏は、この死と隣り合わせの経験は、小説の題材には行かせないということに気づいた。あまりにも恣意的で、心の広い読者でさえ陳腐に思える三流ドラマ的なネタだ。同氏自身の生々しい体験、つまり本物のリアルな経験であっても、ほとんど起こりえないことのように思えるため、文芸作品としては書くことができない。

個人単位でみれば、気候変動に起因する大惨事が降りかかる確率は低いが、数多くのサイコロを振った結果の総数と同様に、災害の頻発は保証されているようなものだ。そのことがゴーシュ氏に確率の歴史について熟慮させるきっかけとなった。「確率と現代小説は実は双子のようなもので、ほぼ同じころに、同じ人々の間で、同じような経験を封じ込める器として働くことを運命づけられた同じ星の下に生まれた」と同氏は書いている。何千年にもわたって人類の特徴であった人生の不規則性は、産業時代の幕開けとともに規則化されてきた。人類は、世界の混沌をなんとか抑えた後、自分たちの環境と運命をコントロールし始めた。そのため、近代になると確率はあまり重要ではなくなった。

もちろん、まさにそのようなコントロール志向こそが、現在の気候の崩壊をもたらした。生活の水準を向上させる代わりに、人類に必要な自然の調和を犠牲にしたのだ。サンフランシスコのベイエリアで見られたのどかな自然は、今や干ばつや山火事など、相次ぐ気候の危機によって阻害されている。私たちが織り成すグローバルコミュニティは、現在、サプライチェーンの混乱、旅行のキャンセル、国境の閉鎖、政策の変更などで足元が定まらない。私たちの調和のシステムは、自らと戦うシステムになってしまっている。

ゴーシュ氏が問題だと考えていることの1つは、文化が、地球の力の前に為す術もなく打ち負かされている個人の物語を中心としたものになっていることだ。同氏は、John Updike(ジョン・アップダイク)氏の「individual moral adventure(個人のモラルをめぐる冒険)」という言葉を借りて、特に西洋で作られた現代文学について説明している。私たちはヒーロー、つまり主人公を求めている。直感的に共感でき、挑戦の旅に乗り出し、最終的にその克服に至るまでの苦難を理解できる人物だ。

しかし、気候はシステムであるため、実際のところ個人の行動では歯が立たない。Kim Stanley Robinson(キム・スタンリー・ロビンソン)の「The Ministry for the Future(ミニストリー・フォー・ザ・フューチャー、未邦訳)」のレビューで指摘したように、気候をめぐる変化の基礎となる官僚的な奮闘について読者の関心を引くのはほぼ不可能だ。自分たち全員を除いて悪役はいない。それは、読者や視聴者が小説に期待している筋書きではない。

さらに悪いことに「個人のモラルをめぐる冒険」という物語のニーズは、問題の本質が物語の中心でさえない世界へと私たちを引きずり込んでしまう。ゴーシュ氏は、このような状況を批判し、次のように書いている。「フィクションは目撃し、証言し、そして良心の軌跡を描くような形で、読者の心の中で再構成されるようになる。このようにして、政治においても文学においても、誠実さと信頼性が最大の美徳となる」。その結果、個人や集団の主体性が低下していく。「大統領選挙からオンライン嘆願書まで、あらゆるレベルで公的領域がますます行為遂行的になるにつれ、実際の権力行使に影響を与える能力はますます弱まっていく」と同氏は書いている。

システム思考というと、技術的あるいは科学的な関係だけで切り捨てられがちだが、ゴーシュ氏はその範囲を広げ、文化もその要素にうまく含めている(本書の3つの章は「物語」「歴史」「政治」と題されており、同氏の貢献の対象がうかがえる)。自然の生態系を調べ、中で何が起こっているかを見るだけでは不十分だ。そもそも人間がどのようにこのシステムを考え、結びつけているのかを理解しなければならない。同氏の分析は、すでに深い階層になっている問題に、新たな重要な層を加えるものだ。

では、この文化、権力、政治へ踏み込むには、どうすればよいのだろうか。最終的にゴッシュ氏は、伝統的な宗教指導者が気候変動問題の主導権を握ることが重要だと考えている。同氏は次のように書いている。

宗教的な世界観は、気候変動が既存の統治機関にとって大きな課題としているような制限を受けない。また、国民国家を超え、世代を超え、長期的な責任を認めている。そして、経済主義的な考え方に支配されていないため、現代の国民国家が広く共有する推察力ではおそらく不可能な方法で、直線的ではない変化、つまりカタストロフィーを想像することができる。

ゴーシュ氏は、このスリムな本の中で、他にも多くのテーマに触れているが、同氏の博識で、時に一般とは異なる考え方は、気候問題と未来のガバナンスをめぐる議論や参照すべきポイントの多くをうまく再構成している。優れたシステム思考と同様に、同氏の分析は、最終的には「難しい問題を理解するためのさまざまなレンズ」という総合的なものになる。私たちは幸運にも、この泥沼から抜け出す道を見つけられるかもしれない。

あるいは、そうではないかもしれない。気候に関する議論は何十年も続いているが、私たちは根本的な問題を解決するために、実際のところまだほとんど何もしていないからだ。ゴーシュ氏は、1961年に初めてアジア出身の国連事務総長となった、第3代国連事務総長、U Thant(ウ・タント)氏の言葉を引用している。

夕方から夜にかけて、スモッグに覆われた、私たちが生まれ育った地球の汚染された海に沈んでいく太陽を見ながら、将来、他の惑星に住む宇宙歴史家に私たちのことをこう言われたいと思うかどうか、真剣に自問する必要がある。「天才的な才能と技術を持ってしても、彼らは先見性と空気と食料と水とアイデアを使い果たしてしまった」あるいは「彼らは世界が崩壊するまで策を弄し続けた」と。

その歴史は今まさに刻まれている。目の前に置かれたパズルは確かに厄介だが、理解できないわけでも、解決できないわけでもない。

画像クレジット:Juan Silva / Getty Images

原文へ

(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

セキュリティスキルをゲーム化して教える英Immersive Labsが米Snap Labsを買収、気候変動も考慮して

サイバーセキュリティのスタートアップであるImmersive Labs(イマーシブラブズ)は、最近7500万ドル(約85億6000万円)のシリーズCラウンドをクローズして相当な資金を獲得したが、同社は「数百万ドル(数億円)規模」の株式と現金を組み合わせた非公開の取引で、米国のサイバースタートアップSnap Labs(スナップラブズ)を買収するとのこと。Snap Labsは、今回の買収以前にはベンチャー資金を調達していないことがわかっている。

最新のサイバー脅威インテリジェンスを「ゲーム化」して企業の従業員にサイバーセキュリティのスキルを教えるImmersiveは、今回の買収により、組織が社内でサイバー知識を身につけることを支援するための新たな力を得られるとしている。

サイバーセキュリティは技術チームだけの問題ではなく、会社全体のビジネスクリティカルな問題へと変化しているため、Immersiveのアプローチは、国際的にも多くの新規ビジネスを獲得しているようだ。一方のSnap Labsは、現在Accenture(アクセンチュア)、Mandiant(マンディアント)、CrowdStrike(クラウドストライク)と提携しており、米国での実績も十分にあるため、Immersiveのサービスを大幅に強化することになるだろう。

Immersive LabsのJames Hadley(ジェームズ・ハドリー)CEOは次のように述べている。「Snap Labsの買収により、お客様は、直面するリスクにピンポイントで対応した詳細でリアルな体験を通し、より優れたサイバー人材を育成することができます」。

ペンシルバニアを拠点とするSnap Labsは、共同創業者のChris Myers(クリス・マイヤーズ)氏とBarrett Adams(バレット・アダムス)氏によって2016年に設立された。

マイヤーズ氏は「2つのプラットフォームは自然にフィットしており、組み合わせることで、お客様がサイバー脅威に対する耐性をさらに高められるよう支援できると期待しています」と述べている。

また、これには気候変動に関する側面もある。Snap Labsは「エラスティックコンピューティング」を採用している。これは、サーバー上で仮想環境を継続的に稼働させて電力を消費するのではなく、使用するときだけ仮想環境を起動し、使用しないときは直ちにシャットダウンするというものだ。これは、各サイバー攻撃シミュレーションのカーボンフットプリントにプラスの影響を与え、全体としても大きな影響を与える。

ハドリー氏は筆者との通話で次のように語った。「Snap Labsの技術を利用することで、企業が自社のネットワークを仮想的に再現するなど、非常にクールなことが可能になります。お客様は複雑な規模の独自ネットワークを構築し、複製することで、マルウェアやペネトレーションテストに対するチームの戦闘力を試すことができるようになります」。

Immersive Labsは、英国の退役軍人を対象にサイバー職業訓練を行うTechVetsという慈善団体を無料で支援している。

画像クレジット:Chainarong Prasertthai / Getty Images

原文へ

(文:Mike Butcher、翻訳:Aya Nakazato)

環境保護主義のダークサイド、書評「The Ministry for the Future」

Kim Stanley Robinson(キム・スタンリー・ロビンソン)による小説「The Ministry for the Future」は、環境テロリストを称える話ではない。実際、全体にわたってこのテーマを上手く回避しているのだが「未来省」とそれを率いるリーダーシップの今後数十年にわたる活動を描いた本書の中心には、地球を平和で持続可能な未来へと移行させるための要となるダークサイドが描かれている。

飛行機への妨害工作や貨物船の沈没といった出来事が、ニュースの解説として、時には登場人物同士の会話の中で何気なく語られるという、プロットドリヴンの小説としては奇妙な設定である。余談話や噂話で登場する「Children of Kali」と呼ばれるグループは、富裕層の資本家階級に炭素排出量ゼロ世界に向けて屈服させるために、よりダークで暴力的な手法を用いている。

Kim Stanley Robinson / The Ministry for the Future。Hachette 2020年 576ページ(画像クレジット:Hachette Book Group, Inc.)

気候危機が深刻化するにつれ、環境テロリズムというトピックは近年作家からの注目を集め続けている。2019年のピューリッツァー賞フィクション部門を受賞した「The Overstory(オーバーストーリー)」の著者Richard Powers(リチャード・パワーズ)は、5人の異なるキャラクターが最終的に集結し、地球を救うために暴力行為を行い、その影響と向き合っていく様子を描いている。

9.11同時多発テロの後はタブーとなっていた暗いテーマである。とは言っても別に目新しいものではない。1997年に発売されて以来、Square(スクウェア)の主要製品であり続けているファイナルファンタジーVIIは、環境テロリスト集団が魔晄を搾取する神羅カンパニーの陰謀から地球を救おうとする物語である。

しかし、ロビンソンは暴力的な革命がもたらす倫理的問題や、理論的には地球と人間を愛しているにもかかわらず、それらの存在を殺すことが救いになると信じている人々の複雑な感情を描くことはしていない。その代わりに、炭素ゼロの未来に到達するための課題を探求し、途中暴力はそれとなく登場するものの、最終的には人類がそこに到達できることを発見するという広大で思慮に富んだ作品を書きあげている。

スペキュレイティブ・フィクションの作品として「The Ministry for the Future」にはまるで百科事典レベルの思索がふんだんに盛り込まれている。経済学で使われる基準貸付利率から、ブロックチェーン、氷河の動き、中央銀行にまつわる政治、官僚主義の科学、スイスの統治制度、地球のアルベドなど、あらゆることについての議論が展開されている。これはむしろ何十年にもわたる目まぐるしい構想に包まれた非常に包括的な政策メモであり、現実の政策メモよりもはるかに優れたナラティブと言っても言い過ぎではない。

しかしこの小説を読んでいると「仕事とはほとんどが退屈であり、その狭間に純然たる恐怖を経験するものである」という外交関係をはじめとする職業に関する古い格言を思い出す。忘れがたい未来の光景を、深い感情移入と熱意をもって描き出している同作品。冒頭のインドを襲った熱波のシーンは辛辣で痛ましく、いつまでも記憶に残り続ける。ロビンソンは自然のシーンの描写をすると真の腕前を発揮し、南極、スイスアルプス、飛行船からの眺めなどの描写は特に味わい深い。

しかしそれはこの本の4分の1程度に過ぎない。ロビンソンはパリ協定の実施を任務とするある機関の活動を、一般読者にとって魅力的なストーリーに押し上げて推進力のある物語にするという無謀な挑戦をしているのだ。この作品には起伏があり、また未来の超国家的な政府機関とその官僚主義的な動きを描いたMalka Older(マルカ・オールダー)のCentenal Cycleを彷彿とさせるシーンもちらほらと見られる。

オールダーのシリーズにはわかりやすい悪役がいたが、ロビンソンは悪役という存在を用いらないストーリーで挑んでいる。悪役は私たち全員であり、資本主義とシステムであり、惰性と無気力である。政治的官僚の惰性との戦いのカ所に興味を持てるかどうかは、読者が大学院で公共政策を学んだか否かに大きく左右されるだろう。私は学んだ立場だが、それでも全体を掴むのは非常に難しかった。

しかし、気候変動のメカニズムや経済に関する600ページ近い談話があっても、この本に書かれていないことがロビンソンの作品の最も興味深い要素なのである。時には1ページという短い時間で国全体の政治が変わってしまう。ダボス会議に参加し、おそらくChildren of Kaliたちに強制的に監禁されて地球の死と前向きな道筋に関するビデオを見させられた資本家たちが、突然心変わりする。もちろん同作品はスペキュレイティブ・フィクションなのだが「もしもこれが起こったら」という要素が極端に強いのである。もしも中国が突然、開放的で民主化された公平な国になったら?もしもインドが現代のヒンズー教を否定して再生可能な有機農法の社会に戻っていたら?もしも資本家らがすべてを手放したら?

この本には、基本的には人間の行動や特に復讐心についてのストーリーが描かれていない。確かに環境テロリスト集団はドローンを使って公海に散らばる貨物船を沈め、炭素を排出する飛行機を空から撃ち落とすことに成功し、世界中の銀行をハッキングして石油マネーを破壊している。しかし被害を受けた人たちは誰かそれに反応しただろうか?皮肉なことに、Children of Kaliはインドでの熱波の後に結成されたのだから、復讐という言葉は確かに著者の頭の中にあるはずだ。

ロビンソンは良からぬ可能性を明確にし、読者に別の道を示そうと考えているのだろう。しかし当然、その可能性の実現というのはいつだって文字通り実行可能なのである。実行しようと考える人間に打ち勝つことは通常非常に難しいため、問題は実際にその道をどのように打ち破るのかということである。このように、この小説はスペキュレイティブ・フィクションというよりもファンタジーであり、特にジュネーブに集まる政治家がいつか何かを変えてくれるのではと願う世界情勢に敏感な観察者にとっては、一種の現実逃避なのである。

人間の行動に関する洞察がない分、ストーリーはあっという間に迷走する。2020年に出版された「The Ministry for the Future」はこれからの数十年をテーマにしており、中国がこれからの気候変動の議論を変えていくための要になるということが1つのポイントになっている。その過程で、香港が自由と民主主義の砦のような存在になっていく。

小説の終盤ではどのようにして自由を勝ち取ったのかという分析がなされている。「私たち香港人は法の支配のために戦ってきた。1997年から2047年までの間、私たちはずっと戦ってきたのである」。どう戦ってきたのか。「何年もかけて何が有効かを見極め、方法を磨き上げてきた。暴力が成功に導いたことはなく、数字こそが有効だったのだ。私たちが長年そうしてきたのと同様に、帝国主義に対抗するための秘訣を探している方のためにお教えしたい。全人口、あるいはできるだけ多くの人口による非暴力の抵抗。これが有効なのである」。

この本が出版されるのと同時に(編集や出版には通常時間がかかる)、香港の抵抗運動は完全に崩壊した。過去数年間に行われたさまざまな運動抗議には何十万人もの人々が参加したが、信じられないほど短期間で本土政府に完全に取り込まれてしまった。新聞は閉鎖されウェブサイトはブロックされ博物館大学文化施設は奪われてしまった。数字では解決されなかったのだ。非暴力による抵抗は香港中の主催者らによって次々と実行されたが、それでも彼らは完全に敗退したのである。

この本の中核ともいえる不可思議な世界に話を戻そう。私たちは期待すべきポジティブな変化を求めているにも関わらず、この未来の歴史は世界を導くために暴力を厭わない過激なグループに依存しているのである。ロビンソンはユートピアを求めており、またごく自然なユートピアは私たちの手の届くところにあると感じているものの、本文ではそこへの道のりを見つけられていない。「政権は銃口から生まれる」とは有名な言葉だが、これは香港が最近学び直した概念であり、環境問題の議論ではますます一般的になっている。未来省は過去の世界の省庁が使ってきた方策を再利用しているだけであり、それは誰も望んでいない荒廃なのである。

画像クレジット:Michael Endler / EyeEm / Getty Images

原文へ

(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

カーボンオフセットのサブスクを行うEcologiがクラウドファンディングで資金調達

人々は音楽に定額料金を支払っているのだから、カーボンオフセットにも定額料金を支払い、気候危機に対する良心の呵責を和らげようとする人だっているはずだ。そう考えた英国のEcologi(エコロジ)というスタートアップ企業は、サブスクリプション会員から集めた資金を使って、アフリカやラテンアメリカなどの地域で10日ごとに100万本の木を植えたり、インドネシアの泥炭地を保護する活動などを行っている。そうすることによって会員のカーボンフットプリントを減らし、カーボンオフセットを購入することで会員の排出した二酸化炭素を相殺するというわけだ。

Ecologiは2021年4月、プレマネー評価額1650万ポンド(約25億2000万円)でシード投資ラウンドをクローズし、リードインベスターであるGeneral Catalyst(ジェネラル・キャタリスト)とEntrée Capital(アントレ・キャピタル)から、405万ポンド(約6億2000万円)の資金を調達した。

3万5000人の個人および企業が利用しているこのサブスクリプションサービスでは、会員は毎月少なくとも12本の木を植えて「自分の森を育てる」ことができ、さらに幅広い炭素削減プロジェクトに資金を提供することで、自分のカーボンフットプリントをオフセットすることができる。

2019年の設立以来、これまでブートストラップで運営してきた同社は、領収書、証明書、取締役会議事録、財務諸表などもすべて公開台帳に載せている。

現在は、英国の投資クラウドファンディングプラットフォームであるCrowdcube(クラウドキューブ)では、目標額の200万ポンド(約3億500万円)を上回る資金を集めており、プレマネー評価額は7500万ポンド(約115億円)に達している。この資金は、製品の開発、チームの拡大、米国およびEUでの事業拡大に充てられる予定だ。また、同社は現在、B-Corp(ビーコープ)認証を待っているところだという。

2022年初頭には、企業向けのリアルタイムカーボンフットプリントソフトウェア「Ecologi Zero(エコロジ・ゼロ)」の発売を予定している。

これによって同社は、Normative(ノーマティブ)、Spherics(スフェリックス)、Plan A(プランA)といった他のカーボンフットプリントSaaSスタートアップと競合することになる。

Ecologiは、9カ月間で650%以上の成長を遂げ、2020年1年間で炭素削減による効果を330%増加させたと主張している。2021年1月におけるARR(年間経常収益)は300万ポンド(約4億6000万円)だったが、2021年は850万ポンド(約13億円)のARRで終える見込みだという。

同社はこれまでに合計で2500万本以上の木を植え、120万トンのCO2を相殺したと主張する。これらの木の大部分は、マダガスカル、モザンビーク、ニカラグア、米国、オーストラリア、英国、ケニアで植えられた。さらにインドネシアの泥炭地保護、トルコにおける埋立てガスからのエネルギー生産、インドにおける廃棄籾殻からのエネルギー生産などのプロジェクトを支援している。

共同設立者でCEOのElliot Coad(エリオット・コード)氏は次のように述べている。「コミュニティ・オーナーシップは我々の活動の中心であり、過去2年間の成長の原動力となってきました。だから、当社の熱心な定額会員のみなさまに、Ecologiの株式を所有する機会を提供することは、当然のことだと考えました。そこで私たちは、2021年4月にGeneral Catalystから出資を受けて以来、この3カ月間はベンチャーキャピタルからの出資を断り、コミュニティベースのクラウドファンディングを採用したのです」。

画像クレジット:Ecologi / Ecologi co-founder Elliot Coad

原文へ

(文:Mike Butcher、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

代替肉ブームに乗って海藻をハンバーガーにしたAKUAが3.6億円獲得

世界の代替肉の市場規模は、2年前には45億1000万ドル(約5140億円)で、2027年までに倍増すると見込まれており、スタートアップを惹きつけている。AKUA(アクア)のような代替肉テック企業も含まれる。同社は、この新しい業界で、重要な地位を確立することを目指している。

テクノロジージャーナリストだったCourtney Boyd Myers(コートニー・ボイド・マイヤーズ)氏は5年前、Matthew Lebo(マシュー・レボ)氏と共同でAKUAを創業した。マイヤーズ氏は、後世に何かを残し、気候変動を食い止めるという使命を果たせる仕事を探していた。

フードマーケターの父のもとで育ったボイド・マイヤーズ氏は、ファストフードの食生活が人に与える影響を目の当たりにし、地球にも良い影響を与える、より健康的な食品を常に探していたと話す。

AKUAの共同創業者でCEOのコートニー・ボイド・マイヤーズ氏(画像クレジット:AKUA)

創業者らは当初、食品に関して持続可能性に欠ける部分、つまり工場的畜産を再生可能な海洋農業に置き換えることを考えていた。ボイド・マイヤーズ氏は友人からケルプの養殖場を見せてもらう機会があり、行ってみたところ、とても気に入り、それからAKUAが誕生した。

AKUAは米国時間11月5日、Vibrant Venturesのリードによる320万ドル(約3億6000万円)のシードラウンドを発表した。資金調達総額は540万ドル(約6億2000万円)となった。総額には、プレシード投資家やRepublicのキャンペーンからの投資や、共同創業者らの出資が含まれている。

また、今回のラウンドには、Pegasus Sustainable Finance、Halogen Ventures、Fifth Down Capital、Alumni Ventures Group、Karmagawa、ニューイングランド・ペイトリオッツのコーチで元ラインバッカーのJerod Mayo(ジェロッド・マヨ)氏、美容業界の創業者であるCristina Carlino(クリスティーナ・カーリノ)氏、SmartyPantsのCEOであるCourtney Nichols Gould(コートニー・ニコラス・グールド)氏、Sir Kensington’sの共同創業者であるBrandon Child(ブランドン・チャイルド)氏、Gellert Global Groupの社長であるAndy Gellert(アンディ・ジェラート)氏、SOAのSeabird Ventures、Blue Angelsといった面々が参加した。

2019年には、4種類のフレーバーを揃えた最初の商品「Kelp Jerky」を発売した。これはボイド・マイヤーズ氏が、海で養殖されたケルプを新しい形で人々に見てもらう良い試みだと考えた商品だった。

「運を天に任せてというところはありました。ですが、とにかくヘルシーです」と同氏は付け加えた。「パンデミックの際には新製品の開発に戻り、『The Kelp Burger(ケルプバーガー)』を考案しました」。

このバーガーは、ビーガン(完全菜食主義者)、非遺伝子組み換え、大豆フリー、グルテンフリーで、原材料として、海で養殖されたケルプ、クレミニマッシュルーム、エンドウ・プロテイン、黒豆、キヌア、クラッシュ・トマト、複数のスーパーフードが含まれる。

しかし、ジャーキーでは可能だった試食が実施できなかったため、フードクラブを立ち上げ、ハンバーガーのサンプルを送った。最終的には1000人の顧客が登録し、The Kelp Burgerは「英雄的商品」になったとボイド・マイヤーズ氏は話した。

肉の代替品には、化学的な保存料や耳慣れない成分が含まれていることが知られており、より健康的な選択肢を求める目的が損なわれてしまう。最近では、Shiruのように、この問題に注目しているスタートアップもある。同社は、より体に良い肉の接合剤の開発を目指し、1700万ドル(約19億円)を調達した

ボイド・マイヤーズ氏は、AKUAがケルプバーガーの原材料を考える際、そうした主張がヒントになったと話す。ケルプバーガーは15の原材料から成り、すべてが食品または食品由来だ。

「植物由来の食事の第1波は、Boca Burger、豆、豆腐でした」と同氏は付け加えた。「第2波はImpossibleとBeyondです。第3波はホールフードやクリーンな食事への回帰になるでしょう。これまでに存在したものがなければ、私たちは今日ここで、より優れた植物性バーガーを作ることはできなかったと思います」。

AKUAは5月に消費者への直接販売を開始し、現在はアラスカとハワイを除くすべての州に出荷している。ボイド・マイヤーズ氏は、同社には売り上げがあり、リピーターもいるものの、成長の指標を語るには時期尚早だと説明する。しかし、同社は小売店舗にも手を広げており、ニューヨークでは100店以上から予約注文を受けた。今後数カ月のうちに出荷し、続いてサンフランシスコとロサンゼルスの店舗にも出荷を見込む。

同社の品揃えには、ジャーキーやハンバーガーの他に、ケルプパスタもある。今回の資金調達は、代替肉や植物由来のシーフードの分野で、ケルプやそれ以外の食品、例えばレンズ豆などを使った新製品の研究開発に充てる。

同社は、ケルプのひき肉製品をソフトローンチした。2022年第2四半期にはケルプのクラブケーキを発売する予定だとボイド・マイヤーズ氏は話す。また、人材をさらに採用し、販売・マーケティング活動を強化する。

同氏は、Vibrant Venturesの創業者であるJarret Christie(ジャレット・クリスティー)氏と一緒に働けることをうれしく思うと語った。他の創業者から紹介されたという。Vibrant Venturesは、7月に発足したロサンゼルス発の新しい「植物由来志向」のファンドだ。

クリスティー氏はボイド・マイヤーズ氏を知るにつれ、同氏がコミュニティビルダーであると考えるようになった。工場的畜産から脱却し、気候変動と戦い、人々がより低価格で健康的な食品を手に入れられるような運動を起こしていると見ている。

「半年前には誰の目にも留まらなかったケルプですが、今では作物の飼料や包装資材、作物の肥料としても検討されています」とクリスティー氏はいう。「ボイド・マイヤーズ氏はケルプの生産者と手を取り合って働いています。これは始まりに過ぎないと思います」。

画像クレジット:AKUA / AKUA Kelp Burger

原文へ

(文:Christine Hall、翻訳:Nariko Mizoguchi

魚やフジツボにも負けず海に浮かんでデータ収集する自律制御式センサーの増加をSofar Oceanが計画

海は広大で謎めいている……が、数千個もの小さな自律制御式のブイが毎日興味深い情報を報告してくれたら、そんな謎はかなり減るだろう。それこそがSofar Ocean(ソーファー・オーシャン)という企業の目的であり、同社は7つの海をリアルタイムで理解するというビジョンを実現するために、3900万ドル(約44億円)を調達した。

Sofar Oceanでは「オーシャン・インテリジェンス・プラットフォーム」と称しているが、本質的には海流、水温、天候など、さまざまな重要な海洋指標のリアルタイムマップを同社は運営している。これらの情報の一部は、人工衛星や海上の大規模な船舶ネットワークからいつでも簡単に得ることができるが、数千もの熱心な観測者が波に乗ることで得られる粒度やグラウンド・トゥルースは非常に明確だ。

昨日の測定値や通過する衛星による推定値ではなく、15分前のデータを得ることができれば、航路や天気予報(陸地でも)などについて、より多くの情報に基づいた判断を下すことが可能になる。もちろん、このような大量のデータは無数の科学的応用にも役に立つ。

現時点で、数千個の同社が「スポッター」と呼ぶものが海に存在しているという。

「海の大きさを考えると、この数はまだ少ないと言えるでしょう」と、CEOのTim Janssen(ティム・ヤンセン)氏はいう。確かに、他の誰も実現したことがない数ではあるが、まだ十分ではない。「私たちはすでに5つの海すべてをカバーしていますが、これからさらにギアを上げて、この分散型プラットフォームの密度を高め、可能な限りパワフルなセンシング能力を発揮できるようにします。そのために、今後数年間で急速に多くのセンサーを追加し、収集するデータを拡大して、より正確な海洋の洞察を得られるようになると我々は予想しています」。

SofarとDARPA(米国防衛高等研究計画局)は先日、人々が独自の海洋データ収集装置を設計する際にリファレンスデザインとなるハードウェア規格「Bristlemouth(ブリストルマウス)」を発表した。これは、海中で増え続ける自律機器を可能な限り相互運用できるようにすることで、重複しながらも互換性のなかったネットワークの問題を回避することを目的とするものだ。

フジツボに覆われ、魚にかじられ、風雨にさらされた、何千ものロボットブイのネットワークを運営する難しさは想像に難くない。ヤンセン氏によると、同社の「スポッター」は外洋での長期間の活動に耐えるように設計されているため「最小限のメンテナンス」しか必要としないという。「最近では、過酷な天候のために氷に覆われてしまったスポッターがありましたが、数カ月後に氷が解けた途端、自動的にデータの共有が再開されました」と、同氏は振り返る。スポッターが海岸に打ち上げられてしまった場合は、同社が発見者を支援し、必要な場所に戻す。

このデバイスは、手動のデータオフロードやメッシュネットワークではなく(それもオプションの1つだが)、イリジウム衛星ネットワークを介して報告する仕組みになっているが、ヤンセン氏によれば、同社は「Swarm(スウォーム)のような、衛星通信分野に革命をもたらす最新技術にも取り組み始めている」という。TechCrunchでも初期の頃から取材しているSwarmは、低帯域の衛星通信ネットワークで、消費者向けインターネットではなく、IoTタイプのアプリケーションに焦点を当てたものだ。現在、SpaceX(スペースX)が同社の買収を進めている。

海流などの海の状態を表示するSofarのインターフェース(画像クレジット:Sofar Ocean)

今回の3900万ドルを調達した投資ラウンドは、Union Square Ventures(ユニオン・スクエア・ベンチャーズ)とThe Foundry Group(ザ・ファウンドリー・グループ)が主導した。両社はプレスリリースの中で、海運業のような現在の事業においても、気候変動の研究のような将来に向けた仕事においても、より多くのデータが必要であることは明らかだと述べている。

「特にCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)の開催を受けて、気候変動に関する議論がようやく中心的なものになってきました。世界各国の政府が、ハリケーンや暴風雨の増加、海面上昇、サンゴ礁などの生態系の危機に備えて、調整や計画を進めています」と、ヤンセン氏は説明する。「気象パターンの変化、海流や気温の変化、繊細な海洋生態系の変化について、明確な情報を提供できるようにすることは、当社やそのパートナーにとってだけではなく、地球上の1人ひとりにとっても、刻々と迫る時間に間に合わせるために一丸となって取り組む上で、本当に有益なことなのです」。

政府が何かをすべきかと考えている一方で、もちろん、海運会社やサプライチェーン管理会社は、燃料使用量を最小限に抑えて物流全体を改善するためのより良い経路選択を期待し、Sofarのデータに喜んでお金を払う。

「リアルタイムのデータにアクセスできるようになることで、これらの業界全体の不確実性が低減し、より効率的で、より良いビジネス判断ができるようになり、さらに燃料を節約して炭素排出量を削減することができます。つまり、すべて持続可能性や将来に対する備えの向上につながるというわけです」と、ヤンセン氏は述べている。

画像クレジット:Sofar Ocean

原文へ

(文:Devin Coldewey、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

今、対応を迫られている気候変動リスクとは何か?ジュピター・インテリジェンスCEOとキャシー松井氏がわかりやすく解説

Jupiter IntelligenceのCEOリッチ・ソーキン氏

気候変動リスクへの対応が迫られている。2022年4月には東京証券取引所が「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編され、プライム市場に上場する企業は気候変動リスクを開示しなければならない。日本初のESG重視型グローバル・ベンチャー・キャピタル・ファンドであるMPower Partners Fund(エムパワー・パートナーズ。以下、MPower)でゼネラルパートナーを務めるキャシー松井氏は「投資家は投資先のリスクを評価して意思決定を行いますが、企業が気候変動リスクを開示しなければ『十分なリスク評価』は行えません」と話す。

気候変動リスクを予測・分析するプラットフォームを提供するJupiter Intelligence(ジュピター・インテリジェンス。以下、ジュピター)CEOのRich Sorkin(リッチ・ソーキン)氏と同氏が対談し、気候変動リスク対応の今後を語った。

「気候変動リスク」とは?

気候変動リスクはビジネスにおいてどう重要なのでしょうか?

ソーキン氏:エネルギーセクターを例に考えてみましょう。気温が下がり過ぎてしまうと、発電設備が停止してしまうことがあります。あまりに強い風が吹けば電線が吹き飛ばされてしまいます。水温が高すぎると、発電設備全般、特に原子力発電の冷却効率が下がります。洪水が起きればオペレーションが止まったり、送電が止まってしまいます。

米国では2021年2月「February Freeze」と呼ばれる現象が起き、テキサス州全域の送電網が2週間と3日にわたって停電しました。影響はメキシコにもおよび、一部サプライチェーンの停止も引き起こしました。こうした例は枚挙にいとまがありません。

MPower Partners Fundでゼネラル・パートナーを務めるキャシー松井氏

地球温暖化などによる気候変動は、エネルギー供給に影響します。さらに、どんなビジネスもどこかのプロセスで電力を使うので、無関係ではいられません。気候が工場や社屋、ロジスティクスに与える影響を考えれば、その重要性が極めて大きいことはご理解いただけるでしょう。

MPowerは9月中にジュピターに投資を行いました。ESGと気候変動リスクの関係をお教えください。

松井氏:少し前まで、ESGは「コンプライアンスの問題」とされていました。しかし今、企業の成長においてESGは避けては通れない課題です。世界的に規制が増加を見てもわかるように、環境への配慮が社会的に要請され始め、気候変動リスクの開示も求められています。

投資家は、投資先を決定する上で、企業のリスクを評価します。先ほどソーキンさんが話した通り、気候、天候がビジネスに与える影響は大きなものです。つまり投資家は、気候変動リスクの評価を抜きに十分なリスク評価はできないのです。企業が成長する上で、気候変動リスクを開示し、ESGにも配慮して投資家を惹きつけることは喫緊の課題なのです。企業、官公庁などの組織が気候変動リスクをより正確に把握し、リスクマネジメントすることの重要性は増すばかりです。

ジュピター・インテリジェンスのビジネス

ジュピターはどのようにしてスタートしたのでしょうか?

ソーキン氏:当社の創業は2017年ですが、ビジネスのアイデア自体は2016年頃からありました。気候変動の影響が大きくなり、2015年のパリ協定で設定した目標を各国が達成したとしても、状況の悪化は避けられないのだと、私は考えたのです。しかし、この事態が何を意味するのか、どうすればいいのか、明確な答えを持っている人はいませんでした。それにもかかわらず、企業、官公庁、NGOなどの意思決定者は行動を起こさなければならなかったのです。

そこで、気候変動による物理的な影響や、深刻化の進捗の具体的な割合、影響を受ける地域などをソフトウェアによってモデル化し、可視化しようと考えました。

創業から今までの間にコロナ禍があり、クライアント企業の状況も変わっていく中で、山も谷もありました。ですが、コロナが落ち着き始め、一度去ったクライアントが戻り、2021年には米国の国防総省とのコラボレーションが始まりました。また、もともと米国内の気候変動リスクの分析のために当社を活用していたクライアントが、ヨーロッパやアジア地域の会社資産の気候変動リスクの分析も任せてくださるなど、活躍の場を広げています。

松井氏:ジュピターは日本でも顧客を増やしています。2020年7月からはMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスとMS&ADインターリスク総研と連携し「TCFD向け気候変動影響定量評価サービス」を提供しています。また、チューリッヒ保険やNASAなど、大きなクライアントを抱えています。MPowerは気候変動リスク分析ではジュピターがリーディングカンパニーだと考えて投資しています。

気候変動リスク分析とは

ジュピターはどのように「気候変動リスク分析」を提供しているのでしょうか?

ソーキン氏:当社では大きく分けて2種類サービスを提供しています。1つは、リスクに曝されている資産すべてをスキャンするサービスです。顧客層としては、1000万件の住宅ローンを保有する銀行や、世界中に工場を持つ製薬会社を想像してもらうとわかりやすいでしょう。このサービスでは、顧客は世界中に分散している自社の資産が気候変動によって受けるリスクを確認することができます。

もう1つのサービスは、資産の種類ごとにリスクを分析するサービスです。こちらはワクチン生産の施設や、発電所、軍の基地、ホテル、大きなオフィスビルなど「物理的な資産」を念頭に考えていただくとわかりやすいと思います。こうした物理的な資産は、特定の場所に存在し、その場所特有の気候変動リスクに曝されています。それを分析するのです。

ジュピターのサービスはどんな問題を解決するのでしょうか?

ソーキン氏:順を追って説明しましょう。誰かが何かを建てようとするとき、その建築物は想定されるリスクに耐えられるように設計されます。そのリスクは風だったり、洪水だったり、水を使う施設なら、水温だったりします。こうした想定リスクは、設計時点での「平均的な天候」を基に計算されています。

ここで、完成して10年経った発電について考えてみましょう。発電所の建設には時間がかかるので、完成の10年前くらいに計画が始まります。この発電所の計画時点で採用される想定リスクのデータは、過去10年ほどの平均データです。それを使って10年かけて発電所が建てられます。つまり、この発電所の完成時点における想定リスクは、20年前の想定リスクです。

リスクが変動しないのであれば、想定リスクのデータが古くても問題ありません。しかし、実際、20年もあればリスクも変動し、洪水のリスク、海面の上昇、風の状況などが変わります。さらに、この発電所はすでに10年使用されており、その間にリスクも刻々と変化しています。つまり、既存のやり方で想定リスクに対応しても、実際のリスクには対応できていないのです。

では、ジュピターはその問題をどう解決するのでしょうか?

ソーキン氏:私たちは今の気候、天候はもちろん、1年後、5年後、10年後と、それぞれのタイミングで気候と天候がどう変化していくのかを予測します。火災、風、水温などの予測データを活用することで、顧客はより洗練された設備を建設することができます。また、顧客がすでに保持している特定地域の施設や建物などの資産が将来的にどんなリスクに曝されているのかを知り、対策を練ることもできます。

企業に迫る「開示」の圧力

2022年4月には東京証券取引所が新しい3市場に再編され、プライム市場に上場する企業は気候変動リスクを開示しなければなりません。

松井氏:「気候や天候が企業にとって大きなリスクである」という認識は、世界的に急速に広がっています。金融庁も有価証券報告書による気候変動リスクの情報開示の義務化を検討しています。対象になるのは上場企業や非上場企業の一部など約4000社といわれています。

開示に関する規制が迅速に進んでいく一方、企業の情報開示のための体制が整っていないのもまた事実です。そのため、ジュピターのようなサービスを提供している企業が重要になってくるのです。

ソーキン氏:気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures, 以下、TCFD)の提言をきっかけに当社のサービスを検討する企業も多くあります。TCFD提言は、企業等がビジネスに影響する気候変動のリスクと機会を把握し、ガバナンス、戦略、指標と目標について開示することを推奨するものです。

気候変動リスクに関する情報を開示するということは、リスクを理解することです。リスクを理解したら、企業は手を打たずにはいられなくなります。そのため、TCFDは自社の気候変動リスクに向き合うとても良いきっかけになります。

松井氏:どの企業も、どの業種も、規模に関わりなく気候変動リスク対応を行わなければなりません。気候は刻一刻と変わっています。日本だけでも深刻な自然災害が次々に起こっています。気候変動リスクを把握できていなければ、資産、人、地域に対するリスクも把握できていないということです。私たちのような投資家やステークホルダーは、投資先企業の全体像を見なければなりません。こうした背景があるからこそ、日本政府もカーボンニュートラルを急いでいます。

測れないものは管理できません。気候変動リスクの対策をするなら、リスクを把握することから始めなければいけません。これはもう選択の問題ではなく、避けられないことなのです。

ジュピターが日本でしようとしていることがあればお教えください。

ソーキン氏:日本は当社にとって非常に重要な市場です。私たちには、パートナーや顧客とコミュニケーションをとる日本担当のカントリーマネージャーが必要です。銀行、保険、電力、パブリックセクターに強い人材を必要としています。なぜかというと、私たちは「日本でビジネスをする米国企業」ではなく「日本の企業」としてこの国でビジネスを行いたいからです。興味のある人はぜひ、挑戦してもらいたいですね。

本日はありがとうございました。